すた☆だす   作:雲色の銀

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第34話「It's all too much」

 私は知ってしまった。

 冷静で、人を寄せ付けようとしない表情の裏にある、辛い事情を。

 幼い頃に、大切な人を目の前で失ってしまった。その悲しみは、多分私では計り知れない程だと思う。

 それに、今まで私を心配してくれたのも、きっと病弱な彼女を知っているから。

 

『けど、無理だけはするな。自立と無謀の違いだけは履き違えるな。少しでも無理して走って体調を崩す真似をするなら、俺は全てを岩崎に話して、奴の前にお前を土下座させてやる』

 

 以前、持久走でつばめ君がかけてくれた言葉の意味も漸く分かった。

 だから、私は確信する。つばめ君は間違いなく、いい人だって。

 辛い思いを胸に秘め、強く生きようとする彼に、私は惹かれていたんだって。

 

「俺を好きだなんて、言うな!」

 

 校舎裏で告白しようとした私を、つばめ君は大声で止めた。

 見たことがない位怒って、けど何処か辛そうな表情をしている。

 どうして、そんな悲しいことを言うんだろう。

 

「俺がいい人? 笑わせるな。俺はゆたかが好きになるような人間じゃない。好きだった女を死なせる程馬鹿な畜生だ。分かったら、俺なんて忘れろ。いいな?」

 

 そんなことない。

 つばめ君は優しくて、強くて、人のことを考えることが出来る素敵な人だ。

 そして、私が好きになった人。忘れることなんて出来ないよ。

 つばめ君はそのまま私に背を向ける。

 引き留めたい。けど、私は声が出なかった。

 声を掛けたら、きっとつばめ君に嫌われてしまう。彼にまた辛い思いをさせてしまう。

 結局、彼の姿が見えなくなるまで、私は立ち尽くしただけだった。

 

 

 

 教室で会ったら、どんな顔をすればいいんだろう。

 そんなことを考えながら、私は教室へ向かう。

 まずは、謝らないと。それで……今まで通りの関係でいよう。友達なら、きっとつばめ君は一緒にいてくれる。

 それで、つばめ君の心を少しでも癒せれば……!

 

「おはよう」

 

 教室に入ると、みなみちゃんやひよりちゃん、かえで君、さとる君がいる。

 けど、皆いつもと違って深刻な表情を浮かべている。

 何かあったのだろうか。

 

「あ、ゆたか……」

「これ、見てくれ」

 

 不安そうなみなみちゃんの横から、さとる君が自分の携帯の画面を見せてくる。

 そこには、私に更にショックを与える文章が書かれてあった。

 

〔お前達とはもう、いれない。最悪、学校を辞めるかもな〕

 

 差出人は、つばめ君だった。

 私が変なことを言おうとしたから。

 つばめ君の気持ちを考えずに、告白なんてしようとしたから。

 

「教室にも来てないんだ。普段なら来てる時間なのに」

「うーん、これは深刻だね……」

 

 かえで君とひよりちゃんの話も、私の頭には入ってこなかった。

 どうしよう、私のせいでつばめ君が遠くへ行ってしまう。

 

「ゆたか!?」

「あ、あれ……?」

 

 みなみちゃんの声で気付けば、私は涙を流していた。

 私が悪いのに、涙は止まってくれない。

 

「……今朝、何かあったのか」

 

 すぐに、鋭いさとる君に感付かれてしまう。

 うぅ、こんなんじゃ誤魔化せられないよ……。

 

「つばめの奴、学校にいるんだな?」

 

 その時、かえで君が冷たく低い声を発し、席から立つ。

 いつも笑顔の絶えないかえで君が、すごく怒っている。

 強く握り締めている携帯は、メール着信の光を点滅させていた。

 

 

☆★☆

 

 

 今日は雲が厚く、太陽は完全に覆われていた。

 ゆたかの告白を聞かずに去った後、俺は教室に入る気が起きなくなっていた。

 ここに入れば、きっとかえで達が喧しく俺を迎えるはず。

 そんなこと、望んでいない。

 俺のことを知ったなら、余計にそんな真似をして欲しくない。

 

「はぁ……」

 

 俺は今、屋上に足を運んでいた。

 ここから見る景色は、あの病院の屋上に似ている。

 こんなところでも、あの忌まわしい記憶を思い出させる。

 やっぱり、俺は過去の罪から許されないんだな。

 

「……本当に辞めるのもアリだな」

 

 さとる達に送ったメールには、もう相容れないといった内容を書いた。

 そのまま、転校しちまうのもいいかもな。そうすれば、また0から始められる。

 誰とも結びつかない、俺の孤独な生活を。

 そう、誰も傍にいなくていい。

 

「俺といれば、不幸になる」

 

 はるかも、はるかの両親も、自分の両親も。

 俺が傍にいた所為で、不幸になった。俺が不幸を呼び寄せた。

 だから、俺は誰も傍に寄らせたくなかった。好きな奴が不幸になるのを、もう二度と見たくなかったから。

 ゆたかも、かえで達も、白風先輩も。いずれ、不幸になってしまう。そうなる前に、俺が立ち去ればいい。

 

「不幸せにさせるなら、俺が嫌われた方がいい」

 

 ここも見納めだな。授業にも間に合わないし、今日はもう帰ろう。

 今までの思い出を置き去りにし、俺は屋上を後にしようとした。

 

 

「一日サボりだなんていい度胸だな、後輩」

 

 

 上の方から声がし、俺は驚きながら見上げる。

 屋上への入口の屋根、給水塔のある場所に、その人はいた。

 空色の髪と翡翠色の瞳、憎らしい態度とやる気のない表情は一見何処にでもいそうだが、一度関われば忘れられない存在感を放っている。

 

「……何時からいたんですか、はやと先輩」

 

 恐らく最初からいたであろうはやと先輩を、俺は睨んだ。

 きっと、今までの独り言を全部聞かれていた。自分の失態に、また怒りが込み上げてくる。

 

「知らないのか? ここはずっと俺のテリトリーなんだよ。ここはいい昼寝が出来る」

「知りません」

 

 というか、アンタもサボりなんじゃないか。それでいいのか受験生。

 飄々とした態度を崩さず、はやと先輩はその場に立ち上がり、俺を見下ろした。

 

「何か用ですか。ゆたか達の差し金ですか」

「は? 何で俺がアイツ等の言うことを聞かなきゃいけないんだ?」

 

 てっきり、ゆたか達が頼んで俺を引き留めに来たと思ったが、違ったようだ。

 それもそうか。この人が素直に後輩の頼みを聞く訳がない。

 

「最初会った時に言ったよな? 今は、俺はお前を助ける気はない、と」

 

 はやと先輩の言葉で、俺は思い出した。

 夜の自販機の前、はやと先輩は俺の心を見透かした上で忠告をしてきた。

 その忠告は正しかったんだと思う。けど、俺には必要ない。

 それに、助ける気はないと突き放された。ならば、先輩が俺を引き留める理由はない。

 

「そうですか。じゃあ、失礼しま」

「待てよ。確かに、俺にはお前に用はない」

 

 しかし、はやと先輩は俺を止めた。

 一体何なんだ。この人の考えることは未だによく分からない。

 

「けど、お前に用があるって奴が他にいる。だから、場所を教えておいたんだ」

 

 続けて放たれた言葉で、俺はハッと目を見開いた。

 はやと先輩は、持っていた携帯を見せつけている。しまった、嵌められた!

 はやと先輩は俺の独り言を聞いている間に、かえで達にメールを送っていたんだ!

 気付いた時には遅く、入口のドアが勢いよく開かれる。

 そこには茶髪に碧眼のいかにも軽そうな男が、こちらに視線を向けていた。

 

「つーばめちゃん、遊びーましょー」

「テメェ……!」

 

 満面の笑みを見せるかえでだが、目は明らかに笑っていなかった。

 右手をゴキゴキと鳴らし、俺を挑発している。

 つばめちゃん、という呼び名を辞めない奴に、俺は遂に怒りを爆発させた。

 

「危ねぇな、オイ」

 

 かえでが勢いよく扉を開けた所為で、上に立っていたはやと先輩がバランスを崩していた。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 かえではいつものヘラヘラした笑顔ではなく、真面目な貌でこちらを睨みつけてくる。

 

「言ったはずだよな? ゆたかから笑顔を奪うってんなら、黙っちゃいないって」

「だから?」

 

 きっと、告白に失敗したゆたかが教室で泣いたのだろう。

 それでいい。泣いて、俺を忘れてくれれば。

 俺の返答に、かえでは更に眉間に皺を寄せる。

 

「お前をボコボコにしてでも、ゆたかにお前の本心を吐かせる」

 

 俺の本心を探るのに、遂に実力行使に出たか。そんなことをしても無意味だというのに。コイツは本当に俺の過去を知ったのか?

 

「本心も何もないだろ。俺は恋人を死なせた、ただのクズだ。だから」

「ただのクズを、ゆたかが好きになる訳ないだろ!」

 

 俺の言葉を遮って、かえでは吠えながら殴りかかってくる。

 まさか本当に殴りかかってくるとは。しかも、予想以上に速い。

 避けることが出来ず、俺は左頬に拳を受け、倒れこみそうになる。

 しかし、かえでが襟首を掴んできたので体は床に着かなかった。

 

「それに、俺はまだお前の心からの声を聞いてない」

 

 ……ウザい。

 どうしてえ、コイツが俺をこうもイラつかせるのか、漸く分かった。

 閉ざしたい俺の心に、理不尽かつ強引に入り込んでくるんだ。

 ウザい。ウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザい!

 

「聞かせる、理由があるのかっ!」

 

 俺は奴の顔面に思い切り頭突きを放ち、奴から離れる。

 今なら、思う存分かえでを殴れる。今までのイラつきの数だけ、コイツをブチのめせる。

 

「そんなに聞きたきゃ、お望み通り俺をボコボコにしてみろ!」

「上等! 元不良ナメんじゃねぇ!」

 

 もう、たくさんだ。

 二度とふざけた口を聞けないよう、この場でぶっ潰してやる。

 

「つばめぇぇぇぇっ!!」

 

 かえでが俺の名を叫びながら、右腕を振りかぶってくる。

 お互い頭に血が上っても、俺の方が冷静だったな。

 俺は奴の拳を屈んで避け、同時にがら空きになっている腹を殴りつけようとした。

 しかし、俺の攻撃はかえでの左手に阻まれる。

 どうやら、俺の動きを読みつつ、攻めてきたのだろう。

 

「この、馬鹿野郎っ!!」

 

 かえでは空いた右手で俺の肩を掴むと、左手で掴んだ俺の腕を引き寄せつつ、膝蹴りをお見舞いしてきた。

 避けることも出来ないまま胸を蹴られ、俺は唾液を吐きながら後ろに倒れこむ。

 

「人と話す時は、ちゃんと目を見ろっ!」

 

 そのまま俺の体に乗っかってきたかえでは、自分の思いを吐き出しながら俺の右頬を殴る。

 

「もっと周囲を見ろ! 俺達と向き合え!」

 

 拳の力を緩めることなく、俺を何度も何度も殴る。

 周囲を見ろ、だと?

 お前達と向き合え、だと?

 

「俺達を、頼れよぉ……!」

 

 最後の一発は、涙声になりながら放った、とても弱弱しいものだった。

 ……さとるではないが、今のかえでの心境なら分かった気がする。

 どうしても俺が心を開かなかったのが、寂しいらしい。

 

「……だから、何だっていうんだよ!!」

 

 俺はかえでの体を引き下ろし、逆にマウントを取る。

 向き合ったところで、頼ったところで、何かが変わるっていうのか?

 ふざけるな。ふざけるなっ!

 

「俺は関わりたくなかった! お前にも、ゆたか達にも! 誰とも仲良くもならず、繋がりもない孤独な生活を望んでいたんだ! 静かな独りきりの環境を!」

 

 かえでと同じように、俺は自分の本心を吐露しながら、かえでの頭を左右から殴りつける。

 人の話を聞かない。無駄に話しかけ、笑わせようとしてくる。

 こっちから避けようとしているのに、寧ろ積極的に距離を詰めようとしてくる。

 

「何で、お前なんかが俺に話しかけて来たんだ!」

 

 関わりたくなかった。

 こんなヘラヘラしているような奴が。

 ゆたかみたいな心の優しい奴が。

 俺の所為で不幸になっていくのを見るくらいなら。

 

「俺に関われば、皆不幸になっていく! はるかは俺の所為で死んで、両親も俺の所為で悪くもないのに謝ってばかりだ! 皆、皆不幸になる! だから離れたのに、何でお前は迫ってくるんだ! あんなに態度も悪くしたのに、普通避けるだろ! 無視してるんだからくっついてくんなよ! 恋人死なせてるんだから、疫病神なんだからいい人だとか言うなよ!」

 

 今まで溜め込んでいた感情を全て爆発させ、かえでに殴りつける。

 どうして思い通りにならない。醜態を見せ続けて、何で友達面が出来るんだ。

 困惑と怒りと願いが入り混じり、頭の中で次々と破裂していく。

 お前らの方がよっぽどいい奴だ。だから、俺なんかの所為で不幸になってはいけないんだ。

 

「――れが……」

 

 不意に、俺の手首をかえでが掴む。

 ボコボコに殴られた顔は腫れてしまっているが、瞳からはさっき以上の怒りを感じる。

 次の瞬間、かえではもう一つの手で俺の首を絞め、そのまま押し倒してきた。

 何処にこんな力が……!?

 

「誰が俺達が不幸になったって決めたんだよ!!」

 

 目に涙を溜め、かえでは激昂する。

 まだ……まだ俺に関わるつもりか!?

 

「俺達の幸せを、テメーが勝手に決めんな!!」

 

 首を掴んだ手を解き、かえでは手の甲で俺の顔を殴る。

 一瞬、かえでが何を言ったのか分からなかった。

 

「俺はお前がいて楽しかった! 笑わないし、不愛想だし、ムカつくぐらい自分勝手だ! それでも、つばめがいて楽しかった!」

「お前がいっ!?」

 

 自分勝手なのはお前だ。

 そう言おうとするが、途中でかえでに殴られて遮られる。

 

「ゆたかやみなみだって授業のノート取って貰ったり、さとるやひよりとだって一緒に昼飯食べたり、駄弁ったりして楽しんでた! お前がいて不幸せだったことなんてないはずだろうが!」

 

 遂に殴るのをやめ、かえでは襟首を掴んで思いを訴えてくる。

 きっと、殴られていなくとも、俺は言葉が出なかっただろう。

 不幸じゃ、なかった……?

 

「お前の恋人だって、お前が無理矢理連れ回したんじゃないだろ! 全部お前が悪いだなんて、あるはずないんだ! 疫病神ぶるのもいい加減にしろ!」

 

 一気に捲り立て、かえでは俺の体を突き離す。

 嘘だ。皆、俺が悪いはずなんだ。

 俺がしっかりしていれば。俺がはるかの体調に気を使ってやれれば。俺がはるかを好きにならなければ。

 恋愛というノイズに引っかかった俺が、はるかを殺した。この事実はどうあっても曲げることが出来ない。

 息切れしているかえでを思い切り突き飛ばすと俺はすぐに起き上り、奴の頭を思い切り蹴り飛ばす。

 叫び、殴り続けたかえでには体力が残っていなかったようで、倒れこんだまま立ち上がれずにいた。

 は、ははは。いい様だな。勝手なことばかりを言った結果がこの有り様だ。

 

「はぁ、はぁ、黙ってろ」

 

 もうかえでにふざけたことを言わせないよう、トドメを刺そうと近寄った。

 その時、後ろから腕を掴まれているのに気付いた。

 

「お前もな」

 

 そして、顔面を思い切り殴られ、かえでと同様に屋上に倒れこんでしまった。

 意識自体はハッキリしているが、俺も起き上がる体力が残っていない。

 散々殴り合ったせいか、体中に力が入らない。

 何とか上体を起こし、俺を殴った相手を見る。

 すると、そこには入口の屋根から降りたはやと先輩が右手を振りながら立っていた。

 

「もういい、うんざりだ」

 

 先輩は吐き捨てるように言って、俺を睨みつけた。

 何なんだ。手を出さないんじゃなかったのか?

 

「いい加減、自分を許したらどうだ」

 

 俺を見下すはやと先輩。

 許せる訳がない。俺がはるかを、大事な人を死なせたんだ。自分が一番許せないに決まっている。

 

「今のお前は自分の過ちを悔やみ続けて、空を見上げることも出来ない駄々っ子だ。いい加減、「自分を許す強さ」を持て」

「……ハッ、いつもいつも偉そうに」

 

 いよいよ先輩への不満も高まってきたので、ついでに吐き散らすことにした。

 部外者なのに、いつも人を見透かしたような物言いで、その癖真を突いてくる。だからムカつくんだ。

 

「アンタは関係ないだろ! 出張ってくんなよ!」

「……そうだな。お前らの問題だし、お前の過去にも関係ない」

 

 俺の文句に対し、はやと先輩は意外にも素直に認めて来た。

 だったら、何でここにいるんだ。部外者なら、さっさといなくなれよ。

 

「俺はただ、お前が気に食わないからここにいる」

「……は? 何だよ、それ」

 

 意味が分からない。喧嘩を売ってるんだろうか?

 立つことも出来ない相手を挑発して、何が楽しいんだ。

 

「大切な人を、目の前で失ったのが自分だけだと思うなよ」

 

 はやと先輩は、今まで以上に気迫に満ちた声で俺に話しかける。

 一瞬、はやと先輩の言葉の意味が理解出来ず、呆然としてしまった。

 まさか、この人も俺と同じ経験をしているのか?

 

「大事な人を亡くすことは、自分が怪我するよりもずっと辛い。それが手の届く距離でのことなら、尚更だ。寂しくて、無力な自分が嫌になって、消えてしまいたくなる」

 

 やる気のない表情しか知らない俺にとって、意外なほど悲しい表情で、はやと先輩は話を続ける。

 間違いない。はやと先輩も、自分の目の前で掛け替えのない人を失っているんだ。

 なら、自分を許せない俺の気持ちが分かるはずだ。俺の神経を逆撫でする行動を取り続ける先輩に苛立ちが募る。

 

「けどな、いい加減に前を向かなきゃいけない時期が必ず来る。どんなにタイミングが悪くても、自分がこの上ないくらい嫌だと思っていても、無慈悲なまでに時間は迫ってくるんだ」

 

 イラつくのに、先輩の言葉には不思議な重みがあった。

 これは、先輩の経験なのだろうか。

 

「俺が今のお前みたく塞いだ時、必死に救いに来たお人好しがいてな。やや強引で後先考えず、こんな情けない俺だけの為に頑張ってくれた。ソイツのおかげで、俺は「自分を許せる強さ」と「誰かを愛する勇気」を得ることが出来た。この生徒が大勢いる学校の中で、そんなことが出来るのがアイツだけだったんだ」

 

 語る先輩は、苦笑しつつも何処か嬉しそうだった。コロコロと雰囲気の変わる人だな、全く。

 

「誰も時間を選ぶことは出来ない。人はいつか死ぬし、どんなに自分を責めても命は絶対戻ってはこない。生き返りなんてしないんだ」

 

 もし、俺が入院しなければ。

 もし、はるかと隣でなければ。

 もし、外になんて連れ出さなければ。

 そんなことばかり考えていた。

 けど、はやと先輩の言う通り、考えていてもはるかは生き返らない。

 だから自分のしてしまったことを深く責め、許すことが出来ない。

 

「じゃあ、自分は悪くないと開き直ればいいんですか? 先輩はそうやって立ち直ったんですか?」

「俺は墓場に埋まるまで自分の罪を忘れない」

 

 俺の問いかけを強く否定するように、はやと先輩は即答した。

 自分を許したと言った癖に、罪は忘れないなんて都合がよすぎる。

 

「自分を決して責めるな、何て俺は言ってないしな。罪は消えないけど、自分から許すことで改めて前に進める。俺はつかさに支えられて、前を向くことが出来たんだ」

 

 罪は消すことは出来ないが、許すことが出来る。そんなこと初めて聞いた。

 許していいんだろうか。

 

「だから不幸にするだとか理由付けて逃げてないで、お前も周囲を頼ってみろ。ちょっと相談するだけでいい。簡単だろ?」

 

 はやと先輩は、笑顔で倒れたままのかえでに目をやる。

 かえでだけじゃない。俺の周りには、嫌だと言っても集まってきた連中がいる。

 

「そこから先は、自分で考えろ。進むことを決めるか、塞いだまま逃げるのか」

 

 はやと先輩は、結局言いたいことだけを言って、屋上から去って行った。

 本当、何処までもマイペースで、宣言通り俺のことを救おうとしないで帰ってしまった。

 でも、ムカつくけど、悔しいけど、先輩の言ったことは正しかった。

 

「……かえで」

「……何だよ」

 

 後に残ったのは、倒れこんだ無様な男2人。

 両方ともボロボロで、酷い表情をしている。溜め込んだものを吐き出した所為か、声も枯れている。

 

「……全部話すから、俺の疫病神押し付けていいか?」

「……スマイルメイカーのポジティブ精神で、掻き消してやるよ」

 

 けど、何故だか不快感はなかった。

 空を見上げると、何時の間にか厚い雲の隙間から日の光が差し込んでいた。




どうも、雲色の銀です。

第34話、ご覧頂きありがとうございました。

今回はつばめとかえでがガチで激突する話でした。

前回がつばめ視点の過去と自身の罪の独白でしたが、今回はつばめの本心に触れています。
はるかを死なせてしまい、両親にまで迷惑をかけた。その結果、誰かと繋がることで不幸を呼び寄せてしまうのではないかと臆病になっていたんですね。
だから、誰も近寄らせたくなかった。

つばめの本心を引き摺り出すのがかえでの役目。そして、似た経験をしたはやとがつばめの傷だらけの心を導く役目でした。
ただ、かえではガチンコでぶつかったのに対し、はやとは昼寝してたらつばめと出くわして、最後に美味しいところを掻っ攫っただけです。
もうやだこの主人公(笑)。

因みに、タイトルの「It's all too much」はYUIの曲で、映画カイジのテーマ曲でもあります。
歌詞や雰囲気が1st Seasonのはやとにすごく一致してると思うので、是非聞いてみてください。

次回は、いよいよつばめ編ラスト!

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