すた☆だす   作:雲色の銀

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第30話「持久走」

「今度の持久走に?」

「うん、挑戦しようと思って」

 

 ゆたかの宣言の後、チャイムが鳴ったので話を放課後まで置いておくことになった。

 改めて田村が話を切り出すと、ゆたかは肯定の意を込めて首を縦に振る。

 ゆたかといえば、授業中にも体調が悪化して岩崎に保健室へ運ばれるほど、体が弱いというイメージが多い。

 そのゆたかが、かなりの体力を使う持久走に参加しようというのだ。

 なので、話を聞いたかえでや岩崎、さとる達は勿論、他人に関心を寄せないこの俺ですら驚いた。

 

「中学の時までは見学だったから……家でも、お姉ちゃんと練習してるんだ」

 

 お姉ちゃん、という言葉に、俺は青毛の小さな先輩を思い出す。

 一学期の期末試験の勉強会で一度会ったきりだが、テンションが高くて俺の苦手なタイプであることは覚えている。

 だが、姉を巻き込んでまで自分の弱点を克服しようという姿勢は、素直に感心する。

 

「へぇ、偉いもんだな~」

「休めるものなら、俺は休む」

 

 かえでもゆたかの向上心を認める一方で、運動が苦手なさとるは欲望を正直に出していた。

 俺も、持久走なんてサボれるものならサボりたい。

 というか、自ら進んで持久走やりたいなんて言い出す奴、初めて見た。

 

「けど、ウチの持久走って長めでしょ? 大丈夫?」

 

 田村の言う通り、県内屈指のマンモス校である陵桜学園は、持久走も長めに設定している。配布されたプリントでコースを確認するだけで反吐が出るくらいだ。

 いくら練習しているとはいえ、ゆたかの体力では流石に無理が出るんじゃないか。

 ゆたか自身も自覚はしているようで、少々自信なさげな様子だ。

 

「私が並走する……」

 

 そこへ、沈黙を保っていた岩崎が提案を出す。

 岩崎は体育も得意で、足の速さはクラスで男子も入れてもトップクラスだ。体力もあるので、ゆたかとの並走も余裕だろう。何より、保健委員だしな。

 これで問題はなくなった、さぁお好きにどうぞ……とはいかなかった。

 

「だ、ダメだよ! ちゃんと走らなきゃ!」

 

 さっきまで不安そうにしていたゆたかが、岩崎に突っかかってきたからだ。

 気弱なはずのゆたかが、一番の親友の岩崎に、自分に有利になる話を突っ撥ねて、強く言い放つ。

 これには一同、本日二度目の驚愕を受けざるを得なかった。

 今日のゆたかは、何か変だ。

 

「……あ、えと、ほら、こういうのって、成績に響いちゃいそうだし」

 

 きょとんとする岩崎達に、自分の発言に気付いたゆたかは慌てて事情説明をする。

 確かに、仲のいい友人同士で並走すれば、手抜きと見做されなくもない。俺は別に手抜きでもいいけど。

 

「わ、私は成績とか、あまり気にしないから……」

「っ! 気持ちは嬉しいけど、そういうのはよくないと思う!」

 

 それでも岩崎はゆたかを心配して並走しようとするが、ゆたかは再び強く拒否する。

 2人の言い合いに、流石のかえでも口を挟めない。

 

「ごめん、嬉しいけど、今回は……ちゃんと自分で頑張るからっ! みなみちゃんもちゃんと最後まで頑張って走ってね!」

 

 それだけ言い残し、ゆたかは逃げるように鞄を持って帰ってしまった。

 ここまでくると、意地のようなものを感じる。……ま、俺にはあまり関係ないが。

 

「だそうだ。本人がいいなら、別にいいんじゃね?」

 

 呆然とする岩崎にさらっと言い放ち、俺も帰宅することにした。

 話が終わったなら、長居する必要もなし。ガヤガヤうるさい教室にいつまでも缶詰はごめんだ。

 

 

 

 ゆたかと岩崎の言い合いから数日後。

 持久走も間近だというのに、ゆたかと岩崎の関係はぎこちないままの状態が続いていた。

 

「うーん、どうにかしないとな」

 

 恐らく、初めての喧嘩をしている親友2人に対し、かえでと田村が頭を悩ませる。

 俺とさとるは相変わらず読書中だが。

 さとるは人の考えが大体読める癖に、人間の感情に疎い。なので、喧嘩の仲裁なんかは専門外なんだとか。

 因みに、俺は単に他人の喧嘩に興味がないだけだ。

 

「つばめー、お前もあの2人が仲直りする方法考えろよー」

「黙れ」

 

 いい案の浮かばないバカに本を取り上げられ、俺はキツく睨む。

 案の1つも自分で浮かばないのなら、黙ってればいいのに。

 

「……さとる、あの諺なんて言ったっけか。他人の喧嘩なんて放っとけって奴」

「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」

「それだ。お前らは気にしすぎだ」

 

 やっぱ、さとるは辞書並に役に立つな。

 俺は呆れた風にかえでから本を取り返し、無駄な心配をする連中を睨む。

 岩崎はただゆたかを心配している。けど、ゆたかはゆたかなりの考えがある。それでいいじゃないか。

 

「意見の食い違いぐらい、誰にだってある。そこにバカな考えで口を挟んで、状況をややこしくするな」

 

 無駄な行為を咎めてから、俺は再び本に視線を移した。

 別に薄情だと思っても構わない。自分が火傷を負うくらいなら、薄情のまま対岸で本を読んでいたいからな。

 

「意見の食い違い、か……」

 

 田村は何か思うところがあったのか、小さく呟いていたけど。

 そして、放課後。

 今日も1人で帰ろうとしていると、下駄箱にゆたかが暗い顔で突っ立っているのに気付いた。

 外履きを持ったまま俯いて、何かを考えているようにも見える。

 

「邪魔だ」

「え? あ、つばめ君……ゴメンね」

 

 呆れながら近付くと、ゆたかはこっちに気付いたようで慌てて下駄箱から離れる。

 俺は靴を履き替えながら、周囲を確認する。今、この場には俺とゆたかしかいないようだ。

 

「……お前、何で岩崎の誘いを断ったんだ?」

「え……?」

 

 俺はふと気になったことを尋ねてみた。

 勿論、俺は1人でいる方がいいから並走なんてものはいらない。

 けど、ゆたかは違う。体力も自信がないのに、親友からの誘いを断る理由が、普通に考えても見当たらない。

 つまり、何か裏があるんだろう。ゆたかが何かに裏を持つなんてこと自体が珍しいから、俺はふと興味を持ったのだ。

 

「……みなみちゃんに、言わない?」

「俺が岩崎と会話する理由があると?」

 

 やっぱり理由があるらしい。岩崎に知られたくない内容が。

 別に教えてやる義理もないし、本人が教えたくないなら俺が口出しする必要もない。

 すると、ゆたかは俺に向き直って説明を始めた。

 ……聞いておいてなんだが、コイツは俺のことを信用しすぎなんじゃないだろうか。

 

 

「実は、聞いたんだ。みなみちゃんが体育の先生に怒られてるところ」

 

 体育の、ということは授業の後か。

 体育の授業は男女で別なので、岩崎が呼び出しを食らったと聞いたのは初めてだった。

 

「私を庇ってばかりだから、みなみちゃんをきちんと評価出来ないって」

 

 体の弱いゆたかを岩崎が守っているせいで、岩崎自身の成績が真面目に付けられない、ってことか。

 それなら、ゆたかが岩崎へ罪悪感を感じるのも、誘いを断るのも不思議じゃない。

 結局、お互いのことを考えていたがための、意見のすれ違いでしかなかったのだ。

 

「……私、みなみちゃんの優しさにずっと甘えてた。けど、頼りっぱなしじゃダメだから」

「今回の持久走に1人で挑戦したくなった」

 

 ゆたかの今回の行動理由はここに収束していた。

 じゃなきゃ、いきなり持久走に挑戦するだなんて言い出さないし、姉を巻き込んで練習もしない。

 自分だけで完走することで、岩崎の甘えを断ち切るつもりだったんだろう。

 

「……ゆたか。お前がどうしても1人で完走したい、岩崎に甘えを見せたくないっていうんなら、俺は邪魔しないし、させない」

 

 他愛のない喧嘩の理由を知った俺は、柄にもなくゆたかに忠告をしていた。

 ほんの些細なことだけど。

 

「けど、無理だけはするな。自立と無謀の違いだけは履き違えるな。少しでも無理して走って体調を崩す真似をするなら、俺は全てを岩崎に話して、奴の前にお前を土下座させてやる」

 

 俺の脳裏に浮かぶのは、夏休み中に見た「あの夢」。

 俺はもう体の弱い奴が無謀な真似をするのを見たくない。

 だから、これだけは強く忠告しておいた。

 

「……分かった。ありがとう、心配してくれて」

「誰がいつ心配したんだよ。ただの興味本位だ」

 

 話を終えて頭を下げるゆたかを突っ撥ねて、俺はさっさと家路に付いた。

 だから、何でアイツは俺に対してああも無防備なんだ。

 

 

 

 持久走当日。

 俺はいつも通り、気怠そうに集合場所に集まっていた。

 男女でコースが違うので、走っている最中はゆたか達がどうなっているのか知ることが出来ない。

 

「うーん……みなみとゆたかは大丈夫なんだろうか」

 

 ので、かえではいつも以上にウザく、心配を向けていた。

 大丈夫も何も、問題なんてほぼ起こってないようなもんだろうが。

 すると、いつもより若干鬱そうなさとるがかえでに喋りかける。

 

「ひよりがみなみに何か話していた。だから、大丈夫だろう」

「そ、そうか……」

 

 田村が動いたと聞き、かえでは若干の落ち着きを取り戻す。

 動いた、とはいえ今朝はどちらも普段通りだったので、悪影響にはなってないようだから気にしないでいた。

 

「おっす」

「あ、おはようございます」

 

 そこへ、はやと先輩達が合流してきた。

 先輩方の中では、天城先輩がトップになるんじゃないだろうか。

 はやと先輩と冬神先輩は……逆にビリ争いでも

しそうだ。特に冬神先輩は見た目通りのもやしっ子らしく、さとる以上の鬱オーラを漂わせている。

 

「あ、月岡先輩!」

「かえで、頑張ろう!」

「あれ、しわすとかえで君って知り合いだったの?」

 

 そういえば、先輩グループの中に以前の勉強会にいなかった人間が2人いた。

 その内、金髪の先輩はかえでとさとるとは面識があるようだが、怖い顔付きの先輩はかえでしか知らないらしかった。というか、先輩方もこの2人が知り合い同士だったことは初耳だったみたいだ。

 

「ま、皆お手柔らかに~」

「そうだね。手を抜くつもりはないけど」

「上、目指す!」

 

 天城先輩、先程紹介してもらった檜山先輩と月岡先輩がそれぞれ闘志を燃やす。

 トップ候補の天城先輩と張り合えるってことは、この2人も体力に自信があるということか。

 まぁ、精々頑張ってください。俺はトップに興味ないんで。

 

「俺も、勝ちを譲るつもりはありませんよ」

 

 しかし、かえでは勝ちに拘っているようで、先輩方の見栄切りに参加する。

 おお、暑苦しい。最も、かえではさっさとゴールして女子の方に行くつもりなんだろうけど。

 

「全員、位置について!」

 

 いよいよ、スタートの号令が掛かる。

 暑苦しい連中はさておき、俺ははやと先輩と同様、無難にやらせて頂きますよっと。

 

 

☆★☆

 

 

 男子のスタートの少し後、女子もスタートの合図が出された。

 今回はみなみちゃんの足を引っ張りたくなかったから、最初から別々にスタートをすることにした。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 走り出すと、すぐにトップの集団は見えなくなって、田村さんの姿も気付いたらいなくなっていた。

 きっと、今の私はビリかもしれない。

 けど、目標はあくまで完走だから、順位については気にしなかった。

 

「私の、ペースで……」

 

 私は今朝、つばめ君から聞いたことを思い出していた。

 

『完走を無謀にしたくなければ、常に自分のペースを保つことだ。誰かに付いていこうとすれば、すぐに息が切れる。亀のように遅くても、順位がビリでも、お前の第一目標は走り切ることだからな。それだけは忘れるな』

 

 今日は頑張ろうね、と話しかけたらそんなことを教えてくれた。

 おかげで、私は無理に誰かの背中を追うことなく、走り続けていられる。

 やっぱり、私はつばめ君は優しい人だと思うなぁ。

 

「みなみちゃん、何処まで行ったかなぁ……?」

 

 ゴールはまだ先だけど、トップ争いの最中だったらいいなぁ。

 そう考えながら、私は自分が出来る最大限のペースを保ち続けていた。

 けど、持久走はやっぱり体力勝負。

 軽く見ていたつもりはなかったけど、半分を超えたところで辛さがどんどん溜まっていった。

 息は苦しくなって、体中から汗が流れ落ちる。

 

 駄目だ……。

 苦しいよぅ……。

 休みたいよぅ……。

 もう、走れないよぅ……。

 

 弱い自分の囁きが頭の中を駆け巡る。

 誰もいない。誰も見ていない。孤独の中のマラソンは、自分の弱さを余計に引き出してくる。

 私、駄目だな……。皆の前で、あんなに偉そうに見栄張ったのに。

 苦しさと、自己嫌悪に、涙まで浮かんでくる。

 もうどのぐらい走ったんだろ?

 あとどれくらい走れば終わるんだろう?

 やっぱり、私には無理だったのかな……?

 

『最後に一つだけ』

 

 その時、つばめ君から聞いた最後の言葉を思い出す。

 

『無理にしたくなかったら、まずは自分で無理だったと思うな。自分自身だけは、最後の一瞬まで出来ると信じ続けろ』

 

 そうだ、私が諦めちゃいけないんだった。

 みなみちゃんの優しさに頼り切らないよう、足を引っ張らないよう、走りきらないといけないんだ。

 

「――たかっ」

 

 誰かの声が聞こえる。

 とても聞きなれた声が、私を呼んでいる。

持久走のコース脇に目をやると、そこにはみなみちゃんが私を応援する姿が見えた。

 

「頑張れっ、ゆたか!」

 

 途端に、私は驚きと悲しさが同時に湧き上がってくる。

 どうしてみなみちゃんがこんなところに?

 まさか、私を待っていたの?

 また、私はみなみちゃんの足を引っ張っちゃったの?

 けど、それはすぐに思い違いだと気付いた。

 

「ゆたか! もうすぐだぞ!」

「あと少しでゴールだ」

 

 みなみちゃんの横で、霧谷君と石動君も応援の声をかけてくれる。

 その後ろでは、つばめ君が何も言わず私の走る姿を見つめている。

 そして、みなみちゃんの胸には1位の印の花が付けられていた。

 みなみちゃんはしっかりと自分の力を出し切って、見事に成績を残したんだ。

 だったら、私も頑張らなきゃいけない。

 頭の中に残る弱さを全て振り払い、私は最後の力を振り絞った。

 

 

☆★☆

 

 

「完走、お疲れ様。ゆたか……」

 

 ゴールテープを切って、タオルを被りながら倒れこんだゆたかに、岩崎が労いの言葉を掛ける。 

 ゆたかは言った通り自力で完走し、自分に持久走は無理ではないことを証明した。

 そして、岩崎は岩崎でゆたかが負担ではないと安心させる為、全力を掛けて1位を取った。

 今回ばかりは、2人の頑張りを賞賛したいと思う。

 

「あっ、えと……色々ゴメンね。ありがとう!」

 

 ある程度体力の戻ったゆたかは体を起こすと、岩崎と笑顔で仲直りをした。

 岩崎も見たこともないような笑顔で頷く。

 ほら、やっぱり問題なんて起こってなかった。外野が騒ぎすぎなんだよ。

 

「ありがとう、ひより……」

「え? あ? ど、どういたしまして……?」

 

 すると、岩崎は話を聞いてもらった田村に礼を言った。……って、今初めて名前で呼ばなかったか?

 田村は田村で、名前で呼ばれたことと礼を言われたことで、戸惑いっぱなしだが。

 

「よかったよかった!」

「一件落着……」

 

 事態が解決したことに、満面の笑みで頷くかえで。その胸には、2位の花が付いている。あの先輩陣の内2人に勝ったのか、コイツは。

 対するさとるは、息も絶え絶えな様子で状況を眺めていた。

 

「あ、あの!」

 

 かくいう俺も流石に疲れた。

 スポーツドリンクを飲んで気を落ち着かせていると、ゆたかが声をかけてくる。

 なんだ? 水持ってくるのでも忘れたか?

 

「つばめ君、色々ありがとう!」

 

 振り向くと、ゆたかは疲れを感じさせないような笑顔で俺に礼を言ってきた。

 あまりに急な出来事に、俺は目を見開くが、すぐにそっぽを向いた。

 

「別に、礼を言われることはしてない」

 

 不思議と、悪い気はしなかったが。

 

 後日、俺の手抜きがバレて先生に呼び出しを食らうことになったのは別の話。




どうも、雲色の銀です。

第30話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は原作の「日和、南にありてゆたかに」をベースにした話でした。

つばめは本当に冷たい考え方しか出来ない奴です。それもはやと以上に。
それでも、適度に首は突っ込まないけど、気にはしちゃう。不器用な優しさは持ってるんですよね。

因みに、男子の1位はみちるでした。うつろを取り込んでから、イケメン力と主人公力に磨きがかかってます。

次回は、最近放置され気味のやなぎ×かがみ!

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