すた☆だす   作:雲色の銀

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第20話「満ちたものが零れる時」

 高校生活最後の桜藤祭が終わろうとしていた直前。

 俺はデートを中断し、つかさを連れて保健室に来ていた。

 理由は簡単。俺の仲間、檜山みちるが倒れたと連絡を受けたからだ。

 絶好だったムードをぶち壊され、普段なら連絡を入れて来たあきに拳の一発でもくれてやるのだが、今回は要件が特別過ぎた。

 つかさに事情を説明して共に保健室に向かうと、いつものメンバーは既に集結済みだった。

 連絡を寄越したあきは勿論、最近知り合ったしわす達C組の面子までいる。恐らく、あきの奴が手当たり次第に連絡を回したのだろう。

 

 

「あ、はやと。つかささんも」

 

 

 しかし、事件の張本人であるみちるは、ベッドの上でピンピンしていた。しかも、天原先生が用意したであろう羊羹を美味しそうに頬張っている。

 いつもの調子で迎えられ、俺もつかさも拍子抜けしてしまった。他の連中もそれは同じようで、集まったはいいが特に何事もなく困った様子だった。

 

「とりあえず……あき、一発殴らせろ」

「何で!?」

 

 俺は行き場のなくした気持ちを、事を大きく仕立て上げたあきにぶつけることにした。

 やなぎとかがみからも、やったれというアイコンタクトを受け取ったし。

 

「皆さん、少しいいですか?」

 

 そこへ、神妙な面持ちのみゆきが俺達を表へと誘った。

 どうやら、この事件にはまだ続きがありそうだ。

 ここは真面目なみゆきに免じて、俺は拳を下ろした。

 

「天原先生、みちるさんをお願いします」

「はい」

 

 意味深なやりとりを見ていたにも関わらず、天原先生は何も聞かずに俺達を見送った。

 みちるもみゆきも、天原先生には頭が上がらなくなるな。

 みちるを後に残し、俺達は保健室の外で話をすることになった。

 

「皆さんにはまず、お騒がせしてすみませんでした。実は、天城さんに連絡を頼んだのは私なんです」

 

 開口一番に、みゆきは頭を下げて詫びた。

 あきに頼んだ、ということは第一発見者はみゆきだったのか。

 確かに、あきならここにいる全員分の番号を知っているだろうしな。

 

「んで、話ってのはうつろと関係があるのか?」

「……はい」

 

 俺の問いに、みゆきは表情を更に深刻そうにして頷いた。

 うつろとは、みちるのもう1つの人格のことで、主にみちるが激しく怒ったり、気絶すると表に出て来てしまう。

 何より厄介なのは、性格がみちると正反対なことだ。傍若無人で強欲なうつろに、俺達は何度手を焼かされてきたか。

 そして、みちる本人はうつろに関する記憶は何一つない。しかし、純粋で心優しい本来のみちるがそのことを知れば、深く傷付くだろう。

 だから、うつろのことはみちるにだけは内緒にすることが、俺達の中で暗黙の了解となっていた。

 今回、みゆきがわざわざ保健室にみちるを置いて話をしようなんて言ったのも、うつろが関係していることだから。ここは容易に予想出来た。

 

「けど、今日は出て来てないんだろ?」

 

 みちるが倒れたと聞いた時、まず真っ先にうつろのことを思い浮かべた。気絶したのなら、間違いなく出て来るからな。

 けど、保健室に着いた時にはみちるは問題なさそうだったし、周囲もうつろと対峙したような感じは見られなかった。

 

「ねぇ、冬神君。白風君の言ってる「うつろ」って何のこと?」

「ああ、「うつろ」ってのはもう1人のみちるみたいなもので……」

 

 特に、C組の連中はうつろのことを知らない。今も、うつろについての説明をやなぎに受けているところだ。

 みちるが倒れた。けど、うつろは出て来ていない。

 イレギュラーな事態が発覚し、雰囲気がますます悪い方に変化していく。

 

「実は、この前の旅行の時、うつろさんに1度お会いしているんです」

 

 みゆきのカミングアウトに、旅行へ行ったメンバーは全員驚きを隠せなかった

 今年の別荘旅行。あの時は、確かにうつろが一度目覚めている。

 しかし、うつろが出て来たのは男湯での話だ。女子勢はうつろに会っていないはず。

 俺以外の奴も初耳ってことはみゆきの奴、1人でうつろに会ったってのか。

 

「その時は、みちるさんが眠ったから出て来たのだとうつろさんから伺いました。恐らく、目覚める頻度が増えているから、表に出て来やすくなっているとも……」

 

 みゆきの言葉に、俺はこれまでうつろが目覚めた時を思い返してみる。

 初めて出て来たのが、去年の6月辺り。それから、彼是2、3回ぐらいしか出て来ていなかったはず。

 ところが、3年に上がってから、確かに出て来る頻度が増えている気がする。

 

「つまり、出て来る度にみちるの身体を侵食している、と……」

「ちょっと寝るだけで出て来るなら、相当ヤバいんじゃねぇか?」

 

 やなぎとあきの推測通り、現状は非常にマズい。

 これから毎晩うつろと移り変わるかもしれない上、更に入れ替わる頻度が上がったら身体を乗っ取られることだって考えられる。

 

「何でそんな大事なこと、今まで言わなかったのよ!」

「す、すみません……」

 

 かがみが怒るのもご尤もだ。

 けど、みゆきが言えなかった気持ちも何となく分かる。

 言えば、周囲は更にみちるに神経質になる。それが本当にみちるの為になるかどうか。

 

「かがみんや。分からなくもないけど、みゆきさんを叱るより、今後どうするかを考えようよ」

「分かってるわよ……みゆきだって辛かったでしょうに」

「泉さん、かがみさん……」

 

 こなたに宥められ、かがみも冷静になってみゆきを慰める。

 かがみも、みゆきのことが分からない訳じゃない。

 ドイツもコイツも真面目すぎて周囲に心配翔けたくないから、自分の中に仕舞い込んじまうからな。

 さて、こなたの言う通り、今後をどうするかだよな。

 うつろの浸食速度もそうだが、発覚したところで俺達にはどうすることの出来ない問題だ。

 ここはやっぱり、みちるを見守るしかないんだろうか。

 

 

 

 話し合いで解決出来ることでもないので、一先ず保健室に戻ることにした。

 しかし、ドアを開けようとしたところでしわすが異変に気付く。

 

「何か、聞こえる……!」

 

 中から聞こえた声に違和感を覚えたしわすは鋭い目付きを更に細め、保健室のドアを思い切り開けた。

 部屋の中には、ベッドに腰掛けるみちると天原先生以外は誰もいない。

 

「ふゆき、俺のものになれ。可愛がってやるぜ?」

「先生にそんな口を利いてはいけませんよ、檜山君」

 

 けど、しわすが感じた違和感の正体はすぐに分かった。

 少し時間を空けただけだというのに、しかも紳士的なみちるが天原先生を口説き落とそうとしている。

 これは確実にうつろが出て来ている。まったく、何でよりによって今出て来るんだよ。

 

「ん? よぉお前等、遅かったな。俺のことでそんなに盛り上がったか?」

 

 みちる改め、うつろは俺達に気付くとベッドにふんぞり返って迎える。

 偉そうな態度がまたムカつくが、自分のことを話題にしていたことは見透かしている。

 

「すみません、時間潰しに怪談話をしていたら、檜山君の様子がおかしくなってしまって」

 

 みちるの面倒を見ていた天原先生曰く、趣味の怖い話をしてみちるを驚かせたら、ふと様子が急変していたと。いや、何してんだ養護教諭。

 けど、驚くだけで人格交代するってことは、いよいよ限界が近い証拠だ。

 

「お前、みちる違う。体、返せ!」

「おーおー、争い嫌いつってる割に噛み付くねぇ」

 

 友達を乗っ取られたからか、温厚なしわすが珍しく怒鳴るが、うつろは怯むどころか挑発で返す。

 しわすが争いごとを嫌うことを知っている辺り、うつろは今までのみちるとの思い出を全部内側から見ていたようだ。

 

「んーで、俺を追い出す方法は思い付いた? それとも、いっそ今から俺の下に就くか!」

 

 未だに解決方法を思いつかないこともお見通しってことか。

 その上でそんな誘いを言っているのなら、コイツは本気で性質が悪い。

 

「冗談は辞めにしましょう」

 

 そこへ、みゆきが毅然とした態度で一歩前に出る。

 眼鏡の奥からは、真面目で誰からも慕われるみゆきには珍しくはっきりとした敵意が向けられている。

 みちるの危険な現状を俺達に話したことで、覚悟を決めたってことか。

 

「うつろさん。みちるさんから出て行ってください」

 

 みゆきの今までにない強気な態度にうつろは一瞬顔を顰めるが、すぐにニヤけた笑みに戻る。

 なんだ、まだ何か余裕があるのか。

 

「残念だが、それは俺が決めることじゃない」

 

 挑発的な口調はそのまま、肩を竦めてうつろは話す。

 人の身体を侵食して何言ってんだ、コイツは。

 

「今日、みちるは少しの間だけ気絶した。外からの要因は何もないのに、だ。加えて、俺は出て来れなかった。その意味がお前等如きに分かるか?」

 

 うつろからの指摘はイラッとくるが、確かに的を得ていた。

 そもそも、みちるは何で倒れたんだ? 普段なら、何かが頭にぶつかったり転んだりして気絶するのだが、今回はただ倒れたと聞いただけだ。

 

「みゆき、みちるは何が原因で倒れた?」

「それが、急にフッと倒れただけで……」

 

 やなぎの問い掛けに第一発見者のみゆきが答える。何もなく倒れるって、貧血かよ。

 しかし、ただの気絶ならうつろが出て来るはずだ。例え、体の異常で倒れたとしても。

 じゃあ、何故コイツは出て来れなかった、なんて言ったのか。

 

「いよいよ、身体の所有権を争う時が来たってことだ」

 

 考え抜いた末の最悪のシナリオを、うつろは言い当てるように答えた。

 

「俺とみちる。2つの人格にこの肉体が耐え切れなくなってるんだろうな」

 

 つまり、今回みちるが倒れたのは肉体の容量を超え掛けているから。どちらの人格も表に出れなくなった状態だ。

 そして、いずれはみちるの内側で肉体の真の所有権を決めなくてはならなくなった。

 

「んで、争いに敗けた人格はそのまま消える」

 

 うつろは自分の身体を見て楽しそうに呟く。

 元はと言えば、お前の人格が膨れ上がったからじゃないのか?

 舐めきったうつろの態度は、俺達の怒りを十分過ぎる程買った。しわすなんて、何時でも噛み付きそうな勢いだ。

 

「おーっと、お前等部外者がいきり立っても、出来ることなんて何もねぇ。大体、この肉体はお前等の大事なお仲間、檜山みちるのものだってことを忘れるな? それでもいいんなら、相手してもいいぜ」

 

 うつろは再度、俺達を挑発してくる。

 が、奴の言う通り、うつろの身体はみちるのものでもある。下手に傷付ける訳にもいかず、何も出来なくなってしまう。

 面倒事が嫌いな俺でも、ここで指を咥えて見てることしか出来ないってのは歯痒い。

 

「嫌なら、大人しくみちるが消えるのを見てるんだな」

 

 さっきからのうつろの余裕は、自分がみちるに勝つという自信があるから。

 喧嘩が嫌いなみちると、闘争心剥き出しのうつろ。どちらが勝つかなんて、俺でも想像が付く。

 

「いいえ、出来ることはあります」

 

 しかし、みゆきは諦めなかった。

 幼い頃から好きだった幼馴染が消えようとしていても、みゆきは表情を変えることなくうつろに立ち向かう。

 

「私は、みちるさんを信じてます」

 

 俺達が出来る唯一のこと。それは、みちるが勝つと信じることだった。

 みゆきの言葉に、諦めかけていた周囲も頷き出す。みちるは、こんな自己中心的な奴に負けないと。

 

「信じる、ねぇ。そんなんでみちるが俺様に勝てたら苦労ねぇけどな……」

 

 余裕の笑みを崩さなかったうつろは、急に頭を抱えだす。

 やっと、みちるが戻って来るのか。

 

「それでもアイツが勝てないようじゃ、この体は俺のモンだな」

「みちるさんは、絶対負けません!」

「だが覚えておけ、みゆき。お前の幼い愛じゃ、アイツは救えな……」

 

 最後に意味深な言葉を残して、うつろはベッドの上に倒れた。

 後に残された肉体は、小さな寝息を立てていた。

 いや、この緊迫した状況で寝るなよ。

 

「えっと……これはどういう状況ですか?」

「やなぎ、任せた」

 

 状況に付いていけず、すっかり置いてけぼりを食った天原先生をやなぎ押し付け、俺達は張りっ放しの気を緩めた。

 

 

 

 みちるをみゆきと、後からやってきたみなみに任せて、俺達はとりあえず帰ることになった。

 こういう時、同じ東京に住んでる奴がいるとありがたい。

 

「そういや、みなみはかえでといたけど何かあったのか?」

 

 隣を歩くつかさに、ふと気になったことを話してみる。

 今朝、見た時までみなみはかえでを明らかに避けていた。が、さっき一緒に保健室に来た時には距離が縮まっているように見えた。

 

「そ、そうかな?」

 

 つかさは浮かない顔で首を傾げる。

 単に気付かなかったってのもあるだろうが、みちるのことを心配してますって顔に出ていた。まったく、相変わらずの人の良さだな。

 少しだけ嫉妬してしまう辺り、俺も情けないけど。

 

「アイツは……鈍感で誰よりも純粋で、本当に頭がいいのか疑うくらい騙されやすい奴だ」

 

 俺は暗くなるつかさの頭を撫で、みちるのことを思い浮かべる。

 コイツと付き合う前の俺だったら、きっとみちるが勝つなんて信じなかった。

 勿論みちるに勝って欲しいが、勝率はどちらも互角だ。俺の母さんが手術の失敗でこの世を去ったように、今回も最悪の結末が考えられる。

 

「でも、みちるは芯が通っていた。何度騙されても誰を疑うこともなく、特に女性には優しい」

 

 みちるは俺達の期待を今まで裏切ったことがない。

 皆が認める、完全無欠かつ天然のお坊ちゃん。それが檜山みちるだ。

空っぽで自己中心的な奴なんかに、負けるはずがない。

 

「俺は奇跡を信じない。みちるは、確実に勝つ」

「……うん!」

 

 それだけ言うと、つかさは大きく頷いた。

 実は、俺がみちるをここまで信じれる理由がもう一つあった。

 それは、うつろが眠る直前に言った言葉にあった。

 

『お前の幼い愛じゃ、アイツは救えな……』

 

 みゆきの幼い愛では救えない。それは、別の方法ならみちるを救える可能性があるということだ。

 全ての鍵はみゆきが握っている。俺はいつも通りつかさとじゃれ合いながら、みゆきの動向を見守ることにした。

 




どうも、雲色の銀です。

第20話、ご覧頂きありがとうございました。

今回はみちる&うつろ編の導入回ということで、状況の整理が主でした!

みちる編は今回のようにシリアスな流れですので、珍しく日常物のらき☆すたと噛み合わない話になります。その辺はご了承ください。
そもそも、二重人格キャラなんてモンを話の中心にしてる時点で時点で(ry

ベッドの上でもどっさり構えて余裕を崩さないうつろさんマジラスボスの鏡。
※本来の主人公はやっぱり働きません。

次回は、みちるの過去話と、うつろ生誕の話です!

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