梅雨。俺が一番嫌いな時期だ。こう雨が続くと、屋上で昼寝が出来ないからな。
今日もまた雨。気分までどんよりしてしまう。
「怠い~」
「だらしないわねっ!」
特にすることもなく机でだらけてると、他所のクラスのはずのかがみに叱られた。
「いつも寝てるんだから、こんな日位シャキっとしたら?」
「それは違うな、かがみ」
「何が?」
「こんな雨が続くからこそだらけるんだ!」
「力説すなっ!」
チッ、通じないか。隣のつかさはコクコクッと首を縦に降っているのに。
「それ分かる~」
「だろ?」
「ああ、もうコイツ等は……」
だらしない2人に頭を抱えるかがみだった。
第4話、完。
「ちょっと、やなぎからも言ってやってよ」
むっ、最終兵器を持って来たか。けど、もやしの説得如きで屈する気はないな。
「だらける程元気が余ってるなら、俺とチェスでもしないか?」
「さー、元気だ。シャキっとするかー」
「えっ!? はやと君!?」
「おおっ、効果抜群ねっ!」
一瞬で体を起こした俺に、かがみは満足そうに頷く。
やなぎとチェスだ?
冗談じゃねぇ。一瞬で見せ物にされるだけだ。
やなぎのチェスの強さは一級品だ。が、あまりの戦略に相手をオーバーキルする癖があるのだ。一度だけ乗せられてやった時は、駒を全て取られて負けた。
「つかさ、ここは従っとけ」
「う、うん」
普段ツッコミ役のやなぎも、チェスになるとボケ側に移るから余計に性質が悪い。
つかさに大人しく言うことを聞くよう耳打ちする。
「じゃあかがみ、やるか?」
「わ、私も別にいいわよ…」
やなぎはやる気満々だったらしく、相手がいなくなったのでかがみを誘い出す。
かがみもやなぎの恐ろしさを知ってたか。
「かがみじゃ、到底やなぎには勝てないな」
そこへ、かがみの背後からやなぎをよく知っている、あきが煽った。
「じゃあアンタはどーなのよ」
「残念だったな!」
なっ、まさか!?
あのバカの代名詞、中間テストは赤点スレスレの天城あきが、頭を使うゲームで学年トップのやなぎに勝ったと!?
「チェスのルールすら知らない」
あきの答えに全員がずっ転けた。
余計にダメな方かよっ!
「体力勝負じゃもやし君に勝てるのに」
「悪かったなっ! もやしでっ!」
いや、体力勝負でやなぎに負ける奴っていんのか?
こうして見てみると、あきとやなぎはつくづく対極にいると思う。運動のあき、勉学のやなぎ。
この2人に得意分野で勝てるとすれば、みちるぐらいじゃないだろうか。
「かがみに勝てるのは……」
「な、何よ?」
「体しぼ」
「一度鉄拳制裁を下した方がいいようだな……!」
どす黒いオーラを纏って、あきににじり寄るかがみ。
あき、墓参りには行ってやるぞ。初めの2回くらいは。
「ヤバッ、逃げろ!」
「待てぇぇっ!」
外で土砂降りの雨が降る中、教室内での追い掛けっこが始まった。
元気有り余ってるよなー、アイツ等。
☆★☆
今日、僕は宝物を持って来た。
ある1枚の写真なんだけど、とても大切な品物。
「みゆき!」
それを見せたい人を見つけて、声を掛ける。
眼鏡を掛けた幼馴染、みゆきはいつも通り優しい笑顔で言葉を返してくれる。
「何ですか? みちるさん」
「ほら、覚えてる? この写真」
写真立ての中を見て、みゆきも思い出したみたいだ。
「わぁ、懐かしいですね」
写真の中は小さい頃の僕、みゆき、みなみ、子犬のチェリーがいた。
この後引っ越してしまい、僕が持っている3人で写っている写真はこの1枚だけ。
それだけにとても大切なものなんだ。
普段は部屋に飾ってあるんだけど、今日はみゆきに見せたくて特別に持って来た。
「みゆきはこの写真持ってたっけ?」
「はい、大切に飾ってありますよ」
みゆきの言葉を聞いて、また嬉しくなる。
「あの、1つお願いがあります」
「何だい?」
「みちるさんのフルートを聞かせて頂きたいのです」
フルートは僕の昔からの特技だ。今でも時々吹いているから、人に聞かせるぐらいの腕前は持っている。
僕のフルートと、みなみのピアノのセッションがみゆきは好きだったっけ。
「勿論、みゆきのためだけの演奏会を開いてもいいよ」
「っ!」
快く承諾すると、突然みゆきの顔が赤くなった。どうしたのかな?
「あ、久々にみなみとセッションもしたいなぁ」
「え……そ、そうですね」
みゆきのおばさんや、みなみのおばさんも喜んでくれるかな?
「どいたどいたぁーっ!」
「待てぇっ!」
みゆきと昔のことを談笑していると、あきとかがみがこちらに走って来た。
また喧嘩でもしたのかな?
「みゆき、危ない!」
「きゃっ!」
あきがぶつかりそうになったので、慌ててみゆきを庇う。
「みちるさん、ありがとうござ……みちるさん?」
「ヤバッ!」
あきがぶつかった拍子に、写真立てを落としてしまった。
「ちょっと! 謝りなさいよ!」
「わ、悪い、みちる!」
写真立てのひび割れたガラス。僕の思い出が……。
あれ? なん、で……? いし、き……が……。
☆★☆
教室内で起こった事件に、周りはシーンと静かになる。
あきはひたすら謝ってるし、みちるは反応せずに動かない。
床には、割れたガラスと写真立て。中の写真はそんなに大事なものだったのか?
みちるは普段怒らないタイプだったので、不安に駆られる。
「本当にゴメンなっ! 写真立てなら弁償するから!」
あきはみちるの肩を持って謝り続ける。こんな光景も珍しい。
「……気安く触ってんじゃねぇ!」
「!?」
恐らく教室内の誰もが、一瞬何が起こったか理解出来なかっただろう。
あのみちるが、あきをぶん殴っていたのだから。
「あーあ、怒らせやがって。お陰で俺様が出られたんだけどな」
口調まで変わっている。ってか、明らかにみちるじゃないような喋り方だ。
「み、みちる?」
「みちる……さん?」
殴られたあきも、隣にいたみゆきも呆然としている。
「はっ、俺様は「みちる」じゃねぇ!「うつろ」だ!」
うつろ? みちるじゃない……?
何言ってやがんだ?
「二重人格、か」
やなぎが落ち着いて物を言った。
「二重人格って、アニメやゲームのキャラによくあるあの?」
こなたが食い付く。いや今、アニメやゲームの話してないから。
「ご名答。俺様はみちるが主に激しく怒った時に出て来れる」
みちる……いや、うつろが自ら語り出した。
本当に二重人格だったとは。
「今日はそこのバカが写真立てを割ったから怒った訳だ」
「うっ……」
うつろに指差され、バツの悪そうな顔をするあき。まぁ、大体お前の所為だな。
「主に、というと?」
「知るか。それしか知らねぇよ」
やなぎの質問をうつろは適当に流した。
コイツ、本当にみちると違うな。
「さてと、とりあえずここの女は全て俺様のものになれ」
「……はぁぁぁ!?」
説明を終えた奴は、いきなりトンデモ発言を放ちやがった。
教室内が再び驚愕に包まれる。
「お前等のものは俺様のもの、俺様のものは俺様のものだ」
何処のガキ大将だ、お前は。
「おいお前、何かジュースを買って来い」
あきに命令するうつろ。
次から次に自分勝手なことを言いやがって。
「みちるを返せよ」
あきはとうとう、うつろにケンカを売った。
あんな奴を出した、責任感を感じてたのもあるんだろう。
「あ?」
対するうつろは、何も言わずにあきを殴った。
言うことを聞かない奴は暴力で捻じ伏せるってか。
「貴様ぁ、誰に口聞いてんだよっ!」
倒れこむあきを踏み付けるうつろ。
奴の態度はまるで、いや暴君そのものだ。
「みちるさん、やめてください!」
みゆきが止めようとするが、うつろは聞かない。
「みゆきぃ、お前はもっと賢い女だと思ってたけどなぁ?」
「……?」
「俺様は、うつろだ!」
あの野郎、みゆきを突き飛ばしやがった!
女に、しかもみゆきに手を出すなんて、誰もが信じられなかった。
「アイツは全てを持ち、欲しがらなかった「満ち足りた存在」だった! けど俺様は全てが欲しい! 金も、女も、力も! 「虚ろなる存在」、それが俺様だ!」
うつろが何か演説しているみたいだが、俺はもうそんなもの聞く気にはなれなかった。
「へっ、使えねぇ。んじゃあお前、ジュース買って来い」
うつろは、今度は俺に指を差し命令する。
「もし翼があったら、みちるを簡単に取り戻せるんだろうか?」
「はぁ?」
俺は右側のホルダーからダーツを3本出し、うつろに投げた。
針先は麻酔薬だ、暫く動くな!
「うおっ!?」
けど、うつろは屈んでダーツを避けた。
チッ、反射神経もいいみたいだな。
「てめぇぇぇっ!」
激昂するうつろ。ヤバいな、俺は喧嘩は苦手なんだ。
「そこまでだ」
「っ!」
そこへ、復活したあきがうつろの体を羽交い絞めにした。いい働きするじゃねぇか。
「離しやがれ!」
「やれ、はやと!」
「よし、動くなよ!」
俺は動きの止まったうつろに、再度ダーツを投げた。
「っざけんなぁぁ!」
うつろはあきの足を思いっきり踏み付けた。
痛みに顔を歪ませ、うつろを捕える力が弱まってしまった。
その隙にダーツから避けるうつろ。
「死んどけぇぇぇ!」
そのまま俺に向かって走り、殴り掛かった。
俺は殴り飛ばされ、教室の壁に叩きつけられる。
いってぇな……クソッ!
「はやと君!」
「平気だ」
つかさが心配して駆け寄ってくれた。
一応大丈夫だが、相手するには少々骨が折れるかもな。
「次ィ!」
うつろは次に、あきを標的に捉えた。
「来い、目ェ覚まさせてやる!」
あきも本気でやるようだな。
先に動いたのはうつろ。走り出し、あきとの距離を縮める。
一方あきはボクシングの姿勢を取った。うつろは気にせずあきに拳を突き出す。
しかし、見切られて逆にカウンターを放たれる。
「はっ!」
鼻で笑い飛ばし、うつろは空いている手でカウンターを止めてしまった。
「で?」
「っ!?」
一瞬動きが止まったかに思えたが、すぐさま頭突きで攻撃した。
不意打ちに近かったからか、あきのダメージがデカい。
「くたばれ」
そのまま、うつろはあきを蹴り飛ばした。
聞こえる女子からの悲鳴をBGMにし、倒れるあき。
「立て、立つんだジョー!」
空気読め、こなた。
「くそっ、燃え尽きたぜ……真っ白にな……」
あきも乗らんでいい。
「もう終わりかぁ?」
唇を舐め回し、あきに近付くうつろ。
「お前はただじゃ済まさねぇ。骨2、3本折って病院送りに」
もうダメかと思った時、ピタリとうつろの動きが止まる。
目線の先には、座り込んだままのみゆきと割れた写真立て。
写真立て。
写真。
「ぐおっ!?」
突然、うつろが頭を抱え出した。
「チッ、もう終わりか……!」
終わり? もしかして、みちるが返って来るのか?
「だがな……俺様はまた……」
それだけ言って、うつろは完全に動かなくなった。
「……あきっ!」
「は、はい!?」
「写真立て割れちゃったじゃないか! 僕も流石に怒るよ!」
うつろが現れた時と同じように辺りが静かになる。
「みちる、さん?」
「ん? どうしたのみゆき? 座り込んで」
どうやら、みちるに戻ったらしい。
ったく、ヒヤヒヤさせやがって。
「って、あき! その怪我は!? それに……」
教室内はあきとうつろが戦った所為で荒れていた。
それより、みちるは何も覚えていないのか?
「一体何が起きたの?」
うつろが出ていた時の記憶は、みちるにはないらしい。
それでも、教室内の奴等の視線がみちるに集中する。
「えっ……僕がやったの?」
マズいな。
うつろと違って、みちるは優しい奴だから自分がやったと分かったら、激しい自己嫌悪に陥る。
「変な男が入り込んだんだ」
そう言ったのは、我等が知将やなぎだった。
敢えてうつろのことを教えないのか。
いや、その方がいいかもしれない。
「あきとはやとが追い払ったんだ。みちるは気絶してたから覚えてないんだろう」
「そーそー! 案外強くてさー」
「大した奴だったな」
俺達もやなぎの話に合わせる。周囲も空気を呼んで、同調し出した。
すると、みちるは漸く納得した。
「そうだったのか……。あき、大丈夫?」
あきに手を差し伸べるみちる。
「平気だ。んなことより、写真立て悪かったな」
「ううん。写真は無事みたいだし、それに」
みちるはあきを立たせると、みゆきの方を向いた。
「大切な思い出が消える訳じゃないよ」
この日、2-Eに暗黙のルールが出来た。
それは、「みちるを怒らせないこと」。
☆★☆
あきとはやとを保健室に送った後、教室に戻ると、中は綺麗に片付いていた。
倒れた机や椅子も元通りだ。
「みちる君、はやと君達どうだった?」
「大丈夫みたい。はやとは「授業がサボれる」って喜んでたけど」
はやと君らしいね、と笑うつかささん。
2人とも軽傷で安心したよ。
「みちるさん」
「みゆき、大丈夫? 突き飛ばされたって」
「私は大丈夫です。それより、これを」
みゆきが持っていたもの、それはガラスの割れた写真立て。
そして、大事な写真。傷が付いてなくて本当によかった。
「ありがとう。新しい写真立てを買わなきゃ」
「あの、その時は私もご一緒しても……?」
みゆきからの嬉しい誘い。もちろん断る訳もない。
「みゆきが選んでくれるの?」
「えっ? ええ、よろしければ」
「嬉しいなぁ! 今度、一緒に行こうね!」
「はい!」
そうだ、もしも写真がなくなっても、思い出が消える訳じゃない。
例え消えたとしても、君との新しい思い出を作ればいい。