梅雨明けまでそろそろかという頃になってきた。
最も、今朝も外は土砂降りの雨だが。
「おはよ」
「冬神!」
「どわぁっ!?」
教室に入った俺を待っていたのは、勢い良く詰め寄ってきた日下部だった。
あまりの迫力に、俺は廊下に後ずさってしまう。
「な、何だ!? 脅かすな!」
「いいからこっち来い!」
自分から追い出した癖に、日下部は俺に来るよう急かす。
朝から一体何がしたいんだ。
奥の方では、かがみが呆れながら日下部を見ていた。峰岸は相変わらず苦笑している。どうも、この2人も関わっているようだ。
「何の悪巧みだ」
俺は日下部を睨みながら尋ねる。
日下部は普段ならば俺ではなく、かがみに絡んでくる。
が、俺を呼ぶ辺り、何かの悪巧みをしているとしか思えなかった。
「ふっふ~ん、よく聞いてくれた。いいか、今から話すことは内緒だからな」
相当の自身があるのか、日下部は胸を張って話し始める。
内緒なら、声のボリュームを下げろ。隠す意味がないだろうが。
「今日の昼休み、月岡を追跡しようと思うんだ」
「却下」
日下部の案を即効で却下する。
一応聞いてから決めようとは思ったが、予想通りの内容だった。
「何でだよ!」
「寧ろこっちが聞きたい」
自慢の意見を否定され、憤慨する日下部に俺は尋ね返す。
一体、何のメリットがあって月岡なんて危険人物を追跡する必要があるんだ。
「だって、気になんじゃん! 何で髪が濡れてんだとか!」
「ならん」
気になる、というだけでこの案を出したらしい。日下部らしいな、悪い意味で。
因みに、かがみと峰岸も既に聞いていたようで、流石に否定派の模様。
「大体、何で俺達がお前の無鉄砲な遊びに付き合わなくてはならないんだ?」
「う……と、友達を見捨てんのか!?」
「友達に危険なことをやらせるのか?」
正論を言い返すと、日下部は言葉が見つからず悔しそうにする。
口で相手を言い負かす。俺のやっていることはまるで、はやとみたいだ。
「もういいよ! あたしだけでやるかんな!」
とうとう逆ギレした日下部はビシッ、と指を刺して宣言し、自分の席に戻った。
「ゴメンね、冬神君。みさちゃんが我侭言って」
一連のやり取りの後、日下部の保護者役である峰岸が謝ってきた。
日下部と峰岸は幼馴染で、かがみ以上の古い付き合いらしい。
峰岸も相当苦労しているだろうな。頭の軽い幼馴染が傍にいると。
「いや、我侭なら聞き慣れている」
あきの突飛な行動には劣るがな。
すると、俺の内心を読み取ったのか、峰岸も笑い出す。
「けど、ああ見えて人のことをよく見てるから、月岡君のことも放っておけないんだと思う」
峰岸も、日下部のことを良く見ているようで、フォローをする。
日下部も何も考えていない、という訳でもなさそうだな。
俺は峰岸の話を聞いて、アイツのことを思い出した。
小学校の頃からの腐れ縁で、俺を引っ張り回した、底抜けに明るい奴を。
「……仕方ないな」
「やなぎ!?」
考えを変えてポツリと呟く俺に、かがみが驚愕する。
「引っ張られることにも慣れてるし、日下部1人だけだと何を仕出かすか分からんだろ」
一応峰岸も付いて行くみたいだが、女子だけでは不安だ。
「はぁ……本当、仕方ないわね」
すると、かがみは深く溜息を吐いて言った。どうやら、かがみも付いて来てくれるようだ。
「冬神君、柊ちゃん。ありがとう」
行くメンバーが決まり、峰岸が日下部の代わりに頭を下げる。
こうして、俺達4人は月岡の行動を探ることになった。
そして、昼休み。
月岡が教室を出るまでは、いつも通り談笑をする。
「……行ったぞ」
見張り役の日下部が、月岡が教室から出たことを確認し、呟く。
すると、俺達はすぐに後を追った。
4人が固まって動けば、標的に気付かれやすい。
なので柱や角に隠れながら、俺達はバラバラに行動した。
幸い、廊下にいる生徒達は月岡を避けているので、見失うことはない。
教室を出た月岡は階段を下り、1階の廊下を進む。が、その方向に購買はない。
「やっぱり、購買以外にも寄っていたのか」
これで日下部の推測は当たっていたことになる。
問題は、購買以外の場所で何をしていたのかだ。
もしもカツアゲなんかしていたのなら、生徒指導部に知らせるべきだろう。
俺の考えとは裏腹に、月岡は外に出ようとしていた。
「何で外に行ったんだ?」
「知らないわよ」
日下部の疑問にかがみも肩を竦める。
激しい雨の中、普通の生徒が昼休み中に外へ出る理由などない。
が、相手は月岡しわす。隠れてタバコでも吸っているのかもしれない。
「行こうぜ!」
「あ、みさちゃん!」
峰岸の制止も聞かず、日下部は追跡を続行した。
全く、どうして話を聞かない奴ばっかりなんだ。
さっさと行ってしまった日下部を追いかける俺達。1人で行動して、見つかったらどうする。
だが、日下部は急に足を止め、ジッと1点を見つめていた。
そこは、校舎裏の草叢だった。目立たないこの場所なら、何かを隠すには打って付けだ。
「オイ、あれ……」
日下部が差す指の先を見る。それは、俺達にとって予想外の光景だった。
「美味いか」
傘を差したまま、月岡はしゃがんで草叢に隠したダンボールに話し掛けていた。
手には魚肉ソーセージが握られており、ダンボールの中の何かに餌付けをしている様子だった。
噂に聞く不良とは懸け離れた、優しげな光景に俺は思わず近付いてしまう。
ダンボールの中にいたのは、一匹の子犬だった。雨をしのげるように、ダンボールの上には折り畳み傘が置かれ、土で濡れないようにシートも敷かれている。
「誰だ?」
近付き過ぎたのか、月岡が俺達に気付いた。
が、それでも表情からは野蛮な印象を受けない。
これは、本当にあの月岡しわすなのだろうか?
「いや、その……」
「月岡君」
答えに困る俺の後ろで、かがみ達でもない誰かが声を掛ける。
振り向くと、養護教諭の天原先生が優しい笑顔で月岡を見ていた。
「先生!」
「大丈夫です。お話は保健室で聞きましょう。貴方達も、来てくれますね?」
月岡に怯える様子もなく話す天原先生に、俺達もただ頷いた。
どうやら、この先生は月岡の正体を知っているようだ。
「まず、このことは他の人達に言わないでくださいね?」
保健室でお茶を入れながら、天原先生が念を押す。
言わないのはいいが、ついさっきまで畏怖の眼を向けていた相手と向かい合って座るのは居心地が悪い。
かがみと峰岸もそれは同様で、戸惑っているようだ。
「何で子犬に餌なんてやってたんだ?」
唯一、物怖じしない日下部が月岡に対して尋ねる。当の月岡は残った魚肉ソーセージを食べていた。
何だ、この空間は。
「あの子犬は、月岡君がこの近くで拾ってきたんですよ」
月岡の代わりに、天原先生が答える。拾ってきた、ということは捨て犬か。
「俺、寮暮らし。犬、飼えない」
漸く月岡も口を開く。って、何で喋り方が片言なんだ?
「学校でも飼えませんから、月岡君は一先ずあの草叢で隠れて飼うことにしたんです」
なるほど。最初に内緒にしておけって言ったのはこれが理由か。
もしも校内で隠れて動物を飼っていたなんてことがバレたら、大きな問題になる。養護教諭がそれを黙認してることも問題だけど。
しかし、大きな問題がまだ残っている。
何で不良という噂が立っている月岡が子犬の世話なんてしているのか、ということだ。
「俺、動物好き。犬、可愛い」
月岡は屈託のない笑顔でそう答えた。
そんな単純な理由で犬を助けたのか?
「それに、子犬、生きてる。命、放っておけない」
表裏のない月岡の言葉に、俺達はますます訳が分からなくなっていた。
今まで恐怖の対象になっていた、月岡しわすとは一体なんだったのか。
「月岡君は、貴方達の思っているような不良なんかじゃありませんよ?」
俺達の疑問に、天原先生がお茶を差し出しながら再び答える。
「月岡君は、入学してから一度も喧嘩なんてしてませんし」
「えっ!?」
「喧嘩、嫌い」
天原先生の答えに俺達はまたもや驚いた。月岡本人も頷いているし。
「学校をサボったこともない、普通の生徒です」
確かに、月岡は授業をサボったことはない。けど、それは自分の縄張りを守る為ではなかったのか。
月岡本人と天原先生の話で、次々と月岡の真実が分かってきた。
月岡しわすは世界を又に駆ける獣医の息子で、幼い頃から動物が好きだった。
頬の傷はアフリカでライオンを診た時に、引っかかれて付いた傷だそうだ。片言な喋りも、海外生活が長かったからである。
傷を負っても動物への思いは変わらず、大きな動物にも負けないよう体を鍛え、ガタイもよくなった。
だが、無口な性格、色黒で筋肉質な身体、鋭いツリ目と三本傷が周囲の人間に与えたのは恐怖心だった。
それは近所のヤンキーにも同じことで、根も葉もない噂を勝手に付けられたのだ。
最初は否定したが聞き入れてもらえず、最終的には誰かと話すことを辞めてしまったらしい。
動物に好かれたい男が、普通に生活をしているだけで他人から嫌われる。これは一体どういう訳か。
「所詮、噂は噂ってことね……」
未だにショックを隠しきれないかがみも、納得はしたようだ。
「俺、何もしてない。けど、皆離れる。何故だ?」
天原先生のお茶を飲みながら、月岡は俺達に疑問を投げ掛ける。
外見だけで相手を判断し、勝手に忌み嫌う俺達に。
「ゴメンな、月岡……あたし等、勘違いしてさ」
話を真面目に聞いていた日下部が、涙を零しながら謝る。
もしかしたら、日下部は月岡の優しい本質を感じ取っていたのかもしれない。
「そういえば、何で天原先生は月岡とこんなに親しいんですか?」
残った疑問を口にする。
月岡の評判は教師達にも行き届いており、一部の教師も月岡に恐怖の視線を送っている。
いくら心の広い天原先生でも、月岡のことは怖かったのでは?
「月岡君は1年の頃から保健室に通ってたんですよ。何でも、父親の医務室に近い雰囲気だったからだそうで」
そう言って、天原先生は思い返しながら笑う。
けど、養護教諭と獣医じゃあ全然違うだろうに。
「桜庭先生とも仲がいいんですよ? 担任になった時はここで大喜びしてました」
俺達の担任、桜庭ひかる先生は天原先生と幼馴染だと聞いている。なので、保健室で屯しているんだとか。
月岡も保健室の常連なら、知り合っていてもおかしくない。
初日に桜庭先生が月岡のことを怖がっていなかったのはそういうわけだったのか。
「けど、月岡君があの子犬を拾ってきた時は本当にビックリしました」
天原先生は月岡が子犬を拾ってきた時のことも教えてくれた。
酷い雨の日。朝からいた桜庭先生と話していると、外の出入り口を叩く音がした。
『はい、どうし』
『先生! コイツ、弱ってて……けど、俺飼えなくて! 助けて!』
天原先生が開けると、外にいたのは開いた傘を肩に掛け、震える子犬の入ったダンボールを抱えた月岡だった。
『いや、助けてったってなぁ……』
『校内では飼えませんし……』
『死なせたくない! 先生、助けて!』
息を切らし、涙目で頼み込む月岡。獣医の息子として育った月岡にとって、子犬も立派な命。放って置けるはずもなかった。
困り果てた先生達は断るわけにも行かず、隠れて飼うことを黙認したのだった。
「あそこまで必死な月岡君、見たことありませんでした」
小さな命にそこまで真摯に向き合える月岡に、天原先生は感心していた。
この日、俺達は秘密を共する仲となった。仲間が増えたことに、月岡はとても喜んでいた。
中身は子供みたいな奴だな、コイツも。
数日後。
すっかり梅雨が明け、久々にはやと達と皆で屋上で昼食を取ることになった。
「かがみん先生……」
「テストが、辛いです……」
期末テスト間近ということで、あきとこなたがかがみに教わるべく正座で頼み込んでいた。
対するかがみは仁王立ちだ。何処のバスケ漫画の構図だ。
「諦めたら?」
「「ぐはっ!?」」
しかし、かがみの言葉は辛辣だった。
高校3年にもなって、自分で勉強しないのが悪いな。
「そういや、やなぎ。お前のところの不良、何か事件でも起こしたか?」
ふと、はやとがそんなことを聞いてきた。
不良、というワードに俺とかがみが一瞬反応する。
「……何もないさ。何もな」
俺は首を横に振った。
本当ならば、俺は月岡の真実を伝えたかった。それはかがみも同じだろう。あの優しい男の誤解をどうにか解きたい、と。
だが、同時にあの子犬の話をしなければならなくなる。それは月岡や天原先生との約束に反する。
あの子犬の飼い主が見つかった時、月岡の真相を伝えられる。その日まで、俺達は口を硬く閉ざすことにした。
「ま、油断はすんな」
軽い態度で、はやとはその場に寝転んだ。コイツが月岡のことを知ったら、どんな反応をするかな。
俺は校舎裏の方に、チラッと視線を向ける。
今頃、月岡と日下部、峰岸が子犬に餌をやっているはずだ。
どうも、雲色の銀です。
第8話、ご覧頂きありがとうございました。
今回は月岡しわすの話でした!
しわすはギャップ萌えを目指しました。見た目が不良っぽい野蛮そうな外見に反して、実はいい奴で動物大好きという。
いかにもテンプレ臭いキャラだけど、気にするな!
因みに、モチーフは某アマゾンです。しわす、みさお、トモダチ!
次回は、先輩達と後輩達の出会い回!