始業式から暫くしたある日の休み時間。
俺、天城あきはいつも通り、こなたやはやとと談笑していた。ここ最近はデカい事件もなく、至って平和だ。
「いや~、担任が黒井先生じゃなかったらもっと平和なのになぁ~」
「まったくだねぇ~」
頭にコブを作りながら笑う俺とこなた。授業中に居眠りをした結果、黒井先生から愛の鉄拳を受けたのだ。
「自業自得だ」
そんな俺達の会話を、かがみがバッサリ切った。相変わらず容赦ないツッコミだこと。
そういえば、かがみとやなぎのクラスには悪名高い不良、月岡しわすがいる。何か事件を起こしていないだろうか?
「やなぎ、クラスメートの月岡君はどうだ?」
はやとも気になっていたのか、俺が問い掛けようとしていたことをやなぎに尋ねる。
呆れた表情をしていたやなぎも一瞬真面目な顔をするが、何故かすぐに疑問符を浮かべたような顔になった。
「何もない。本当に、孤立や授業のサボりこそすれど、暴力沙汰の事件を起こす真似は今の所な」
やなぎの証言にかがみも頷いているところを見ると、何も起きていないらしい。相手が相手だし、油断は出来ないけどな。
「泉さーん、1年生の小早川さんが来てるよ~」
丁度良く、暗い話を吹き飛ばすようにこなたへ呼び出しが掛かる。小早川……あぁ、ゆたかちゃんか。
「はいは~い」
「俺も行く~」
「来なくていい」
こなたに付いていこうとしたら断られてしまった。
何だよケチ、俺もゆたかちゃんと話したいんだよ!
こなたが行ってしまうと、案の定ゆたかちゃんを知らない他の面子が俺に尋ねてきた。
「オイ、誰のことだ?」
「小早川ゆたかちゃん」
「前にこなたが話してた従妹で、ここの新入生よ」
俺の前につかさとかがみが説明し、その他一同は思い出したかのように頷く。
この中じゃ、会ったことがあるのは俺以外では柊姉妹だけみたいだ。
「でも何でお前が知っているんだ?」
やなぎが疑惑の眼差しを向けてくる。
いや、だって俺こなたの彼氏だし。
「分かった分かった、話してやろうじゃないの。俺と可愛い妹分の出会いって奴を」
その瞬間、何処からともなくチョークが俺の脳天目がけて飛来し、クリーンヒットを決めた。
投げてきた先を見ると、綺麗な投球フォームを決めていたこなたの姿が。こなたさん、学校の備品は大切にしてください。
時間は今から約1ヶ月前、春休みの時まで遡る。
勝ち組の俺は、恋人であるこなたの家に遊びに行く所だった。
この頃にはこなたの親父であるそうじろうさんとも、いくらか冗談を交えて話せるようになってきた。格ゲーでフルボッコにされることもあるけど。
HAHAHA! もう俺に恐れるものなどないのだよ。
チャイムを鳴らし、ドアが開くのを待つ。
春休みもまだ長いし、今日こそはこなたと……ムフフ!
なんて、白昼堂々イケない妄想をする俺だが、ふと異変に気付く。
何時かみたいにドアが開かない……なんてことはなかった。それはいい。
「はい、どちら様でしょうか?」
ドアの向こうから出て来たのは、濃い桃色の髪をツインテールにしたこなたより小さい幼女だったのだ。
「……ちょっと失礼」
一瞬、家を間違えたかと思った俺は慌てて表札を確認する。しかし、ちゃんと「泉」って書いてあるし、どう見てもこなたの家で間違いないはずだ。
念の為、幼女に尋ねてみた。
「あのー、ここは泉こなたさんのお宅でいらっしゃいますよね?」
「はい、そうですけど……あ、お姉ちゃんのお友達ですか?」
やっぱり間違ってなかった。それよりこの子、こなたのことお姉ちゃんって呼んだか?
こなたにこんな可愛い妹がいるなんて聞いてない。そもそも、アイツ1人っ子って言ってたし。
はは~ん。さては、この子が以前話してた従妹か。となると、本当は高1の年齢になる訳で。本当にここの家系はどうなっているのやら。
色々自問自答を繰り返していると、女の子は困ったような表情でこちらを見ていることに気付いた。
この純粋無垢な瞳は、こなたなんかじゃなくてつかさやみゆきさんに近いな。可愛い。
ではでは、俺の紹介でもしてあげるとしますか。
「俺は天城あき。こなたの彼氏だよ」
「ふぇ!? そ、そうなんですか!?」
爽やかな笑顔で自己紹介する俺に、女の子は少し頬を染めて驚いた。
見た目通り初心なのか、この手の話に弱いみたいだ。
「そう。えっと……」
「あ、えと、小早川ゆたかって言います」
ゆたかちゃんは多少もじもじしながら答える。
人見知りなのかな? しかし見るからに小動物系だ。つかさやみゆきさんと仲良く出来そうだ。
さぁ、ここから本題だ。
男たるもの、可愛い幼女に言ってもらいたい一言がある。黒い欲望をひたすら抑え、あくまで優しい笑顔で語りかける。
「よろしくね、ゆたかちゃん。俺のことは「お兄ちゃん」って呼んで」
いいからね、と言い掛けたところで俺の顔面を激しい衝撃が襲い、一旦俺の意識は途切れた。
ぼやけた視界へ最後に入ったのは、白い布地だった。
「はっ!?」
次に目が覚めた時、俺は見覚えのある部屋の中にいた。
女の子の部屋に敷いてありそうなカーペットにフィギュアが陳列してある棚、日付の進んでいないカレンダー。
そう、ここはこなたの部屋だ。
「目が覚めた? 性犯罪者」
目覚めて早々、恋人からの心無い言葉をぶつけられる。
全く、ガラスのハートが砕けそうだぜ。
「性犯罪者ってお前なぁ……」
「ゆーちゃんを怪しい目で見てた癖に?」
ベッドに腰掛けた俺の彼女、こなたはこちらを汚いものでも見るかのように睨んでくる。
つーか、こなたさん。ベッドがあるなら床に寝かせないでください。
「で、ゆーちゃんに何吹き込んだの?」
間髪入れず、ジト目で睨みながら問い質すこなた。
吹き込むって、俺はそんなに信用ないんでしょうか?
俺は渋々、経緯を細かに話してこなたの誤解を解くことにした。
「別に怪しい真似はしてないっての」
「「お兄ちゃん」って呼ばせようとしてたのに?」
「ロマンだろ?」
「ゆい姉さんに連絡して」
「すみませんでした! 出来心でした!」
目にも留まらぬ速さで携帯を取り出すこなたに、これまた俊敏な動きで土下座をする俺だった。
チッ、折角可愛い小動物系義妹が出来たと思ったのに……。
「ってか、ひょっとして妬いてないか?」
「もう一回蹴られたいの?」
流石に2度目を食らったら顔面骨折しかねないので、黙ることにした。
「お姉ちゃん、あきさん起きた?」
そこへ、お絞りを持ったゆたかちゃんが部屋に入ってきた。
けど、やはりというか、残念ながら呼び方は「あきさん」で定着してしまったようだ。
「大丈夫だよ、ゆたかちゃん」
せめてものお兄ちゃんスマイルで、ゆたかちゃんの不安を取り除く。
まぁ、こなたも後遺症が残らないよう蹴っただろうし、実際痛みも殆ど残ってない。
「そうですか、よかった……お姉ちゃん、やりすぎだよ~」
「だって狼の牙が向けられてたんだよ?」
安心したゆたかちゃんは、今度はこなたに膨れっ面を見せた。怒った顔も可愛いなぁ。
それに引き換えこなた、余計なことを言うな。
「とにかく、あき君から半径50m以内は近付いちゃダメ」
「遠っ!? ってか、もう範囲は入っちゃってますけど!?」
「ふふっ、お姉ちゃんとあきさんは本当に仲がいいんだね~」
理不尽なやり取りを見せたおかげで、ゆたかちゃんは漸く笑顔を見せた。うん、やっぱり笑った顔が一番可愛い。
それから、3人でお茶しながらゆたかちゃんのことについて聞いたり、逆に俺とこなたの馴れ初めについて話したりした。
ゆたかちゃんは生まれつき体が弱く、今でも保健室の常連になってしまう程らしい。
なるほど、背が低いのはその所為だったか。てっきりこなたがウイルスでも撒いて……ゲフンゲフン!
それでもゆたかちゃんは勉強に励み陵桜を受験、結果は見事に合格。自宅より陵桜に近いこなたの家に居候することになったのだ。
健気なゆたかちゃんに、思わず感動してしまう俺。
ん? 何か周囲に似たような境遇だった奴がいたような……。萌えないからどうでもいいか。
「じゃ、ゆたかちゃんは俺の後輩になる訳だ」
「はい」
病弱な小動物系妹キャラの後輩かぁ……。
本人には悪いけど、非常に盛り上がって参りました!
「分からないことがあったら何でも俺に聞いてくれ」
「絶対聞いちゃダメ。まずは私に聞いてね」
折角のカッコいいシーンをこなたに横取りされてしまった。
本当に貴方の中での俺の評価低いですね!?
「えっと、どっちも頼りにしてるね! これからよろしくお願いします!」
「「あ、うん。勿論~」」
俺達の言葉を真に受けたのか、ゆたかちゃんは深々とお辞儀してしまった。
そのあまりにも可愛らしい姿に、俺もこなたも和んでしまうのであった。
結局、その日はゆたかちゃんと話をしたり、そうじろうさんが帰ってきてからゲームをして終わってしまった。
これから先、ゆたかちゃんがいるんじゃおイタは出来そうもないなぁ……トホホ。
「と、いう訳だ」
「お前が変態だということはよく分かった」
話し終えると、開口一番ではやとから厳しいお言葉を頂戴した。
失礼な、俺程の紳士は他にいないぞ。
「そもそも、妹分ですらないじゃないの」
「今回ばかりはこなたに同情する」
続いて、かがみとやなぎからもツッコミが入る。アレ、ひょっとして味方ゼロ?
「言っとくけど、ゆーちゃんに手を出したら私とお父さん、ゆい姉さんであき君をシメるから」
「ちょっ!?」
トドメにこなたからの処刑宣言を食らい、俺はすっかり萎縮してしまった。
まだ何もしてないのに、何故ここまで言われなきゃならんのだろう……お兄さん悲しい。
けど、ゆたかちゃんの力になりたいのは事実だ。
一瞬だけだが、校内で楽しそうにしているゆたかちゃんの姿が見れて安堵する俺であった。
☆★☆
現在は昼休み。
静かに過ごしたかったはずの俺の周囲には、雑談をしながら昼食を取るクラスメートが集まっていた。
「新発売のジュースが不味いのなんのって!」
殆ど一方的にかえでの野郎が喋っているだけだが。一緒に食おうと言い出したのもかえでだ。いい加減殴らなきゃ黙らないだろうか。
因みに岩崎はスルー状態、さとるは適当に相槌を打っているだけだ。
「お待たせ~」
「おぅ、お帰り!」
そこへ、小早川が用事から戻ってきた。何でも、3年の従姉に用があったとか。
かえでも話を中断し、小早川を迎える。
「で、何の用だったんだ?」
「お姉ちゃんが私とお弁当間違えちゃってて……」
さとるの質問に苦笑しながら小早川が答える。
なるほど、それなら仕方ないな。俺からすれば間違えた奴が来いって気分だが。
「へぇ。で、どんなお姉さんなの? 美人? 彼氏とかいる?」
「黙れ」
漸く昼飯に有り付ける小早川に、かえでからの質問ラッシュが襲う。
いい加減ウザくなったので拳骨を見舞ってやった。
「優しくて、頼りになるいいお姉ちゃんだよ。恋人さんもいるんだ~」
答えなくてもいい質問に、人のいい小早川はふにゃけた笑顔で答えた。
ほぅ、彼氏持ちか。
「彼氏はどんな人だ?」
懲りないかえでが更に聞いてくる。これで最後にしやがれ。
すると、小早川は変わらぬ笑顔で答えた。
「彼氏さんも面白くて、頼りになる人だよ~。あんな人がお兄さんならいいなぁ、なんて」
小早川が言うぐらいだ。どんな出来た人間か、一度見てみたいな。
……気が向いたら、後ではやと先輩に聞いてみるか。
どうも、雲色の銀です。
第4話、ご覧頂きありがとうございました。
今回はちょっと時間を巻き戻して、ゆたかとあきの初対面の話でした!
話が進むにつれ、こなたのあきに対する扱いが悪くなってる気がするのは多分気の所為です(笑)。
案の定、あきの変態的な目論みは失敗に終わりました。ゆいさんがいれば即逮捕されていたでしょうに。
今後とも、ゆたかにあきをお兄ちゃんと呼ばせることはありません!
次回は煩いことに定評のある、霧谷かえでが主役の話です。