すた☆だす   作:雲色の銀

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すた☆だす 2nd Season
第1話「再び、始まり」


 俺は奇跡なんてもの信じない。

 ドラマなんかでよくやる「奇跡」。俺はそれが嫌いだ。

 奇跡なんてあんなに頻繁にあってたまるか。

 だから奇跡なんて安っぽいもの、俺は信じない。

 

 母さんが死んだあの日から、俺はそう思い翼を失っていた。

 

 

 

 去年から出会ったアイツが、俺の歪んだ場所を少しずつ変えてくれた。

 ライトパープルの頭に、黄色いリボンをカチューシャみたく結んでいる。ぽややんとした雰囲気の女子。

 料理が飛び切り上手くて、風邪を引かない程丈夫で、包容力が異常にある奴。

 

 始めは屋上ですれ違っただけ。二度目は教室の入り口で衝突した。

 それから、まさか心から頼れる女性(ヒト)にまでなるなんて、世の中分からない。

 

 もし、この出会いが奇跡なら、俺はもう一度信じることが出来るかもしれない。

 

 

 また、新たな1年が始まる。

 高校生活、最後の年。

 

 もし翼があったら、俺は――。

 

 

☆★☆

 

 

 世の中は騒音に溢れている。

 道路を行き交う車、人の話し声や足音。

 雑音だらけだ。

 

 皆、黙ればいいのに。

 

 

 

「付きましたよ」

 

 隣から掛けられた男性の声で、俺はアイマスクを外す。

 最初は本を読むつもりだったが、トラックの音が煩いのでやめた。

 本にも集中出来ず、やることのない俺はアイマスクを着けて眠っていたのだ。快眠とは程遠かったけど。

 

 トラックの助手席から降り、目の前にあるアパート「夢見荘(ゆめみそう)」を眺めた。

 

 第一印象は、静かだ。

 本当に他の入居者がいるのかってくらい、殺風景だ。

 

「荷物運びますけど、部屋は何処です?」

 

 引越し屋の男性に言われ、俺は部屋の番号を確認する。……2階か。

 部屋番号を告げると、引越し屋は苦笑いする。ま、大きな荷物もあるからな。運ぶのが面倒だ。

 

 

 俺の高校生活はここから始まる。

 

 誰とも結び付かない、孤独な生活。そうなることを望んでいた。

 

 

☆★☆

 

 

 遂にこの時が来た。

 

「ふ、ふふ……」

 

 俺は目の前にある物を見て、堪え切れず笑みを零してしまう。

 ずっと待ち続けたのだ。今日の為に、俺は度重なる空腹を我慢してきた。

 

 磨き上げられた真っ白なボディは、陽の光を浴びて一段と輝く。

 グリップを握ると手の平に丁度よく納まり、まるで早く動き出したいという期待の声が聞こえてくるようだ。

 

「レギュレーターオープン。スラスターウォームアップ、オーケー。アップリンク、オールクリア」

 

 期待に答えるべく、俺はテキパキと調整を行った。

 呟いている言葉の意味は、正直俺にもよく分からない。

 

「さぁ、行こうぜ? 相棒」

 

 全ての準備が整った。

 漸く手に入れた相棒に呼び掛ける。

 俺はもうワクワクを押さえられないようだ。

 

「シューティングスター、白風はやと! 出る!」

 

 出撃シークエンスを終え、俺はペダルに脚を掛けた。

 

 今、俺は風になる――。

 

 

 

「は、はやと君?」

 

 聞き慣れた女子の声が聞こえ、我に返りブレーキを掛ける。

 

「な、な、な!?」

 

 振り返り、俺は唖然とする。

 目の前には、恥ずかしながら俺の意中の相手、柊つかさが自転車に乗りながらこちらを見ていたからだ。

 さっきまでの自分を思い返し、顔を真っ赤にする程恥ずかしくなる。

 

 俺は食費を削りながらもバイト代を貯めて、念願の自転車を買ったのだ。

 車体の掃除やサドル、ブレーキの調整を行ってから近所のスーパーまで走らせるつもりだった。

 

 けど、自転車に夢中になって……まぁ遅れて来た中二病だ。

 しかしまさか、よりによってつかさに見られるなんて……!

 

「えっと、うん。格好良いと思うよ!」

 

 つかさは見てはいけないものを見てしまったような風に苦笑いしていた。必死なフォローが心に刺さる。

 

「オイ、まっ」

「それじゃ!」

 

 誤解を解こうと呼び止めるが、先につかさはさっさと行ってしまった。

 何でこういう時だけ動きが速いんだよ!?

 

「待てっての! 俺にそんな趣味はねぇぇぇぇ!」

 

 全力で逃げるつかさを、全力で追う俺。

 

 結局、お互い息が切れるまで自転車同士で追い掛けっこをして、漸く誤解を解いた。

 これも俺達の春休みの日常だ。

 

 

 

 

 そんなことが色々あったりして、春休みは瞬く間に過ぎていった。

 まぁ2週間程度だしな。

 

 そして、始業式の朝。

 

「ん……」

 

 携帯の目覚まし機能を切り、俺は気怠そうに目を開ける。

 天気は晴れ。布団でも干していくか。

 

 いつも通りに朝食を取り、さっさと支度を済ませる。

 本心は誰にも話さないが、実は今日が結構楽しみだった。

 なんてったって、屋上ライフリターンズだ。春の陽気に当てられながら惰眠を貪る。これぞ、至福の一時。

 

 それに、クラス替えもある。今までどうでも良かったが、今回ばかりは違う。

 つかさと一緒のクラスになれるかどうかの問題だ。去年のやなぎみたいなオチはゴメンだぜ。

 

「おーい、はやと」

 

 そんなことを悶々と考えていると、アパートの大家にして俺の一応恩人の海崎さんが呼んできた。

 何だ? 家賃なら払ったぞ。

 

「今日は嬉しいニュースが2つある」

「嬉しいニュース?」

 

 俺に関係ないことならさっさと言えよ。これから学校なんだから。

 海崎さんは勿体ぶりながら言った。

 

「まず1つ。ここ、夢見荘に新たな住人が来る」

「はぁ」

 

 興味なさそうに俺は答える。確かに昨日辺り表でドタドタしてたな。

 夢見荘? そういやこのアパートそんな名前だったっけ。

 

「しかも、お前の部屋の隣の隣だ」

「ややこしいな」

 

 隣でいいじゃねぇか。何故1つ空けたし。

 

「お前の後輩に当たるから、仲良くしてやれよ」

「善処はする」

 

 ま、相手次第だな。生意気な後輩なら潰すまでだ。

 

「で、もう1つは何だよ」

 

 いい加減時間が惜しくなった俺は話を急かす。

 これで大した話じゃなかったら一発蹴り入れてから学校行くか。

 

「2つ目は新入生の歓迎の為にすき焼きをすることになった。お前も参加するか?」

「いよっしゃああああ! ヒャッホーイ! イエイエー!」

 

 特大クラスのグッドニュースに、俺は気が狂ったのかって位喜ぶ。

 だって、すき焼きだぜ? 食うの何年ぶりだっての!

 

「ちゅーか、キャラ崩壊するぐらい喜ぶのはいいけど、タダで参加させる気はねぇ」

「!?」

 

 海崎さんの余計な一言で俺の動きがピタッと止まった。

 何だよ、金でも取る気か? ふざけやがって。

 

「ほれ」

 

 海崎さんは俺に1枚のメモと千円札3枚を渡してきた。

 ……ってこれ、買い物リストじゃねぇか。

 

「今日のすき焼きの食材を帰りに買ってこい。それからだ」

 

 海崎さん、アンタって人ぁ……。

 本日の俺の仕事と楽しみがまた1つ増えた。

 

 

☆★☆

 

 

 家の近くの公園に咲いている桜が花弁を舞わせている。

 

 今日は入学式だ。俺の人生の新たなる一歩。

 高校生活、アパートへの引っ越し、人間関係の構築。

 

 

 全部引っ括めて言う。面倒臭い。

 

 

「つばめちゃん、朝ご飯出来たわよ~」

 

 下の階から母さんの呼ぶ声が聞こえる。

 つばめちゃんはやめろ、と言っているにも関わらず最後までやめなかったな……。

 俺は溜め息を吐きながら、下へ降りていった。

 これで家で食べる朝食も最後か……。

 

「頂きます」

 

 別段何とも思わなかったので、さっさと食べた。因みに我が家は和食派である。

 

「つばめちゃんとも暫く会えないのね。お母さん寂しいわ」

 

 食器を片付けていると母さんが引っ付いてきた。

 鬱陶しい。その台詞何度目だよ。つばめちゃんやめろ。

 色々言いたかったが、結局言わなかった。

 

 これで暫くは母さんの煩い声を聞かなくて済むからな。

 

「あ、写真撮りましょ! 陵桜の制服の!」

 

 ウンザリしている俺を差し置いて、母さんはカメラを取りに行った。……荷物持っておくか。

 大きな荷物は既にアパートに送ったが、小さな荷物と共に正式に引っ越すのは今日だった。

 理由は簡単。母さんが許可しなかったからだ。寂しがりめ。

 

「つばめちゃん笑って~!」

 

 カメラを向ける母さん。当然俺は笑わなかった。

 

「……撮れた~! うん、いい男!」

 

 何処が。デジカメに写っていたのはしかめっ面の俺だった。

 

「……つばめちゃん、最後にお別れぐらい言って。寂しいから」

 

 母さんが泣きそうになる。朝っぱらから家の前で泣かれると困るんだけどな。

 

「はぁ……母さんはハシャぎすぎなんだよ」

 

 今日二度目の溜め息を吐き、俺は母さんを見つめる。

 冷たい態度を取ってはいるが、母さんが嫌いだって訳じゃない。

 けど……煩すぎるんだ、母さんは。

 

「……行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい」

 

 挨拶を交わし、俺は荷物を持って歩き出した。

 

 暫く裁てば、少しは俺も寂しくなるんだろうか?

 所謂ホームシックって奴。掛かれるものなら掛かってみたい。

 

 

 電車の中では本を読みながら時間を潰したかった。

 

 俺の小さな願望を壊したのは、騒音。

 平日の朝の電車と言えば、人混みだ。話し声やヘッドホンから漏れる音楽で狭い車内は満たされる。

 そんな煩い空間で本に集中出来るか。

 

 不満そうにする俺の目の前に、大股開けて座るバカがいた。

 ヘッドホンからは洋楽がダダ漏れで明らかに迷惑な人間だ。本人は気付いてないみたいだが。

 イライラがピークに達し、俺はソイツの足を踏ん付けてやった。

 時間はまだある。絡まれても問題はない。

 

「イテッ!? オイテメー、何処見てんだよ!?」

「お前こそ何処見てんだよ。邪魔な足広げてて踏まれないと思ったのか? ただでさえ人が多いってのにスペース取ってんじゃねぇよカス。ヘッドホンから音漏れしてんのも迷惑だ。お前が聞いてる音楽なんか興味ねぇんだよ。足広げて音楽聞きたいなら家でやるか公園でも行けよクズが」

 

 次々に文句と罵声を浴びせられ、クズ野郎は顔を真っ赤にして俺を睨んでいた。

 

「テメー!」

「狭い車内で暴れんな、モラルが欠けたチンパンジーが。人間の言葉理解出来んの? 賢いねー」

 

 初日からトラブルは御免だったが、イライラしたから仕方ない。

 次の停車駅は運良く俺が降りる駅だ。

 チンパン野郎は俺を引きずりながら電車の外に出る。

 

「覚悟出来てんだろうな?」

 

 指を鳴らして威嚇するチンパン野郎。別に怖くないけど。

 あー、やっぱりホームも人が大勢いて煩い。野次馬もいて俺達を見てるし。

 

「何とか言ってみろよ」

 

 チンパン野郎が吠える。コイツの声も、もうウンザリだ。

 

「黙れ

 

 一言呟いて、俺はソイツの頭を掴み、顔面を地面に叩き付けた。

 ゴツンッ! と痛そうな音がした。額から行ったから鼻や歯は折れてないと思う。

 気絶した男を放置し、俺は改札に向かった。朝から無駄な労力を使ったな、全く。

 

 

☆★☆

 

 

 春――

 新しい何かが始まりそうな予感のする季節――

 新しい出会い。少しの不安と大きな期待――

 

「――って爽やかなイメージあるけど、実際は知らない人と一から始めなくちゃいけないから鬱だよね……」

 

 ここまでがこなたの1人語りである。

 いや、納得出来る部分もあるけど、春にそんな爽やかなイメージを抱いたことすらないぞ。

 大体、お前彼氏持ちなんだから出会いがあったらダメだろ。

 

「私はもう慣れたけどな。アンタはマシでしょ?」

 

 かがみが遠い目で返す。

 そりゃかがみとやなぎだけ違うクラスだったからな。今年はどうなってるのやら。

 

「こういう所でお約束が働いたりするんだよな~」

「おいバカやめろ」

 

 縁起でもないことを言うあきに、やなぎが突っ込む。

 でも、恋人が一緒のクラスってだけでも俺は十分な気もするけどな。

 

「えっと、俺は何処のクラスだ……?」

 

 で、確認の結果。

 

「「…………」」

 

 見事にお約束が働いた訳で。

 かがみとやなぎだけ違うクラスになったのだった。あーあ。

 

「じゃ、後でな」

「お姉ちゃん、元気出してね」

「うん……」

 

 固まる2人を背に、俺達は自分等のクラスであるB組へと向かった。

 とりあえず、つかさが一緒で俺は心から安心した。

 

「一緒でよかったね~」

「ああ」

 

 そんな俺の心境を知ってか、呑気に話すつかさに俺は微笑みながら返した。

 春、出会いの季節。まぁ、間違ってはなかったな。

 

 ほのぼのとした雰囲気の俺達と、丁度1人の男が擦れ違う。

 深緑の髪にダークブラウンの鋭い眼。ガタイのいい体に、頬には3本の傷がある。

 どう見ても不良ってオーラを醸し出していた。

 

「確かアイツは……」

「はやと、知り合い?」

 

 俺の反応を見たみちるが尋ねて来る。以前、どっかの奴が噂してるのを屋上で聞いたっけ。

 月岡(つきおか)しわす。札付きの不良で、近辺のヤンキー共に恐れられているらしい。

 

「あまりいい印象はねぇな」

「へぇ~」

 

 あんなのと同じクラスになった奴は可哀想にな。

 

 

☆★☆

 

 

 はやと達と別れるが、かがみはショックが大きかったのか未だ呆然としている。

 初詣の時にも同じクラスになれるよう、願っていたから当然だろうな……。

 

「おーす柊、クラス割どぉ?」

 

 そこにかがみの肩に腕を乗せながら話し掛けてくる人物が1人。

 八重歯が特徴的な、黒っぽい灰色の髪に黄土色の瞳の女子。振る舞いは男みたいだが。

 名前は日下部みさお。去年俺達と同じクラスだった人間だ。

 更に後ろから、額を出した橙系の長髪に水色の眼の大人しい女子が来る。

 彼女は峰岸あやの。日下部の保護者的存在で、これまた昨年俺達と同じクラスだった。

 

「おっ、また同じクラスじゃーん」

「……何?」

 

 確認してみたが、確かに俺とかがみのクラスであるC組の名簿には日下部と峰岸の名前もあった。

 

「中学時代も合わせるとこれで5年連続か?」

「またよろしくねー」

「え?」

 

 同じクラスになったことを喜ぶ2人だが、かがみは気付いていないらしかった。というか、中学も同じだったのか……。

 日下部達とかがみの間に気まずい空気が流れる。

 

「あ……あれ!?」

「いるよなー、自分の第一目標以外目に入らない薄情君てさー。私等はさながら背景ですぜ」

 

 全く予想外だったかがみに対し、苦言を呈す日下部。

 けど、かがみも俺も自分のクラスよりつかさやあき達のクラスにいる方が多いからな。

 

「何だ、お前等も同じクラスか」

「冬神まで酷くね!?」

 

 一応俺も反応しておく。別に不満がある訳じゃないけどな。少しは話せる奴がいるのも悪くない。

 かがみも知った顔がいることで元気を取り戻せたみたいだ。

 

 

☆★☆

 

 

 駅からバスに乗り、やっと学校に到着する。

 因みに、バスの中も騒音だらけで本に集中なんて出来やしない。

 次からはアパートから徒歩での通学なので、もう乗ることはないがな。

 

 陵桜学園(りょうおうがくえん)の第一印象は、「デカい」だった。

 陵桜にはクラス数が13もあり、生徒数も半端なく多い。実際、入学説明会等で予想以上の人数が集まっていた。

 俺としては、図書室さえ煩くなければそれでいい。

 

「さて、クラスを確認しないとな」

 

 案山子みたいに突っ立っていても意味はない。

 俺は下駄箱で靴を履き変え、掲示板に張り出されたクラス表を確認しに行く。

 

 俺の名字は湖畔(こはん)だ。珍しい分、名簿でも見付け易い。

 案の定、俺はすぐに自分の名前を見付けることが出来た。

 

「……Dか」

 

 この時に、何故呟いてしまったのか。時が戻せるなら俺は自分にこう言いたい。

 

 黙れ、と。

 

 

「お前もD組か?」

 

 

 右隣から話し掛けられた、ような気がした。

 俺のことじゃないだろうな、と願いつつチラッと目をやる。

 

 そこには茶髪に碧眼のいかにも軽そうな男が、こちらに視線を向けていた。

 明らかに俺に話し掛けている。しかし、面倒そうな人間だったので無視することにした。

 

「お前もD組なんだろ? 聞こえたぜ~」

 

 茶髪は馴々しく俺に話し掛けてくる。

 ああ、どうして呟いてしまったのか。黙っていれば教室で出くわすまではコイツに会わずに済んだというのに。

 

「俺は霧谷(きりや)かえで! よろしくな!」

 

 勝手に自己紹介まで始めやがった。

 俺はこういう煩い人間が一番嫌いだった。

 だからいい加減に鬱陶しくなり、遂に口を開いた。

 

「黙れ」

 

 馴々しかったとはいえ、初対面の人間に邪険な態度を取ってしまう。茶髪は現にポカンと口を開けている。

 これはトラブルは避けられないな、と覚悟した。

 

「何だよつれないな~。後で紹介するんだし、名前ぐらい言えよ~」

 

 ところが、この男は未だに親しく接してきた。

 何なんだ、コイツは? バカか?

 だが、確かに後で名前は知られる。どうせなら名前を明かし、さっさと離れてしまえばいい。

 

「……湖畔つばめ。じゃあな」

 

 名前を明かし、俺はその場を去ろうとした。

 しかし、奴は何時の間にか俺の肩を掴んで離そうとしなかった。

 

「そっか、つばめか。よろしくな、つばめ!」

 

 茶髪はまたも馴々しく、俺を名前で呼びやがった。

 どういう神経してんだ? コイツは。

 

「俺のことはかえででいいぜ? 女みたいな名前だろ?」

 

 自分でわざわざネタにするか。

 かえでという男は、この後も馴々しく俺と一緒に教室まで向かった。

 

「お前も無愛想にしてないで、笑った方がいいぜ? 笑えば皆ハッピーってな!」

 

 俺はお前のおかげでアンハッピーだ。

 いくら邪険にあしらおうとも、かえでは俺から離れない。

 

「まぁまぁ、お互いこの学校に来て初めて話した仲なんだし、仲良くやろうぜ?」

 

 何? まさか、コイツが陵桜で初めて話し掛けた人間が俺なのか?

 だとしたら、かなりの屈辱だった。こんな煩い奴に最初に目を付けられたのが俺だったなんて……。

 

「ほら、スマイルスマイル」

「黙れ」

「黙らない~。お前が笑ったら黙ってやるよ」

「煩い」

 

 こんなやり取りが教室に着くまで行われた。

 今日はこれ以上不幸が増えないで欲しいな……。

 

「ほら、笑う角には福来たるって言うぜ?」

 

 かえでの戯言を無視し、教室のドアに手を伸ばす。

 しかしドアは勝手に開き、いきなり誰かがぶつかって来た。

 今日は厄日なのか?

 

「わっ!? ご、ごめんなさい!」

 

 ぶつかって来た相手を見て、俺は目を丸くした。

 相手は女子だったが、それはどうでもいい。

 問題はその容姿。どう見ても小学生程度にしか見えない位小さかったのだ。

 濃い桃色の髪を両側で結び、緑色の垂れ目が申し訳なさそうにこちらを見上げている。

 容姿にこそ驚きはしたが、制服を来ている辺りここの生徒であることに間違いはない。

 

「……ああ、悪い」

 

 大人しそうな女だったので素直に謝り、道を空ける。

 多少急いでいた所を見ると、トイレなんだろう。

 桃色髪の女はペコッと頭を下げ、小走りで教室の外へと向かっていった。顔色が少し悪そうだったが、大丈夫だろうか?

 これが、俺と小早川(こばやかわ)ゆたかの始まりだった。




どうも、雲色の銀です。

2nd Season第1話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は1年サイドの新主人公の活躍とクラス分けがメインでした!

今回登場した湖畔つばめ。初期はやと以上の鬼畜、冷徹っぷりでした。
しかも口癖が「黙れ」。本当にこんな奴ばっかが主役でいいのだろうか……?

そしてはやとは出オチ担当でした(笑)。
チャリ購入が余程嬉しかったんでしょう。

さて、次回は主に1年サイドの自己紹介です!

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