すた☆だす   作:雲色の銀

30 / 76
第30話「終わりと始まり」

 暗い。

 俺はあの日から晴れない闇で覆われたようだった。

 

 

 母さんが死んで、丁度2年。

 俺は父さんと一緒に、墓参りに来ていた。

 墓参りを最初に言い出したのは俺だ。母さんが死んで、すぐに家を出た俺は母さんが何処に眠っているのか分からなかったんだ。

 

「みどりが逝って、もう2年か……」

 

 タバコを吸いながら、父さんは感慨に耽っていた。

 この人との和解も、キチンと母さんに話した。

 

「……父さん、暫く席を外してくれ」

「……ああ」

 

 俺が頼むと、父さんは何も言わずに去っていった。

 俺自身のことも報告したかったんだ。

 

「俺、ちゃんと陵桜に行ってるよ」

 

 サボったりしてるけど。母さんが知ったら怒るかな。

 

「友達も出来た。バカとかもやしとかチビッ子、凶暴な奴とかいるけど、皆悪い奴じゃない」

 

 そして、大事な奴も出来た。まだ片思い中だけどな。

 俺はアイツに出会ってからの1年を振り返ってみた。

 

 父さんを恨んで勝手に家出をしてからも、俺は陵桜に通い続けた。

 それは、母さんとの約束だったからだ。もう1つの約束は破っちまったしな。

 けど、勉強はする気がしなかった。

 役に立つとは到底思えなかったし、勉強なんてした所為で母さんと過ごせたはずの時間を潰したんだ。

 気付けば、俺は屋上で空を眺めていた。

 母さんが見ていた空。

 母さんが飛びたいと願った空。

 母さんが昇っていった空。

 

「もし翼があったら……」

 

 翼があれば、俺は母さんの元へ行けるだろうか?

 何処までも自由に空を飛び、好きなことが出来るだろうか?

 なら、俺には無理だ。

 もう母さんには会えないし、前へ進むことも出来ない。俺は無力で何も出来ないただのガキだ。

 俺は翼を失った。

 闇に取り残され、ひたすら空を眺めることしか出来ない哀れな男。

 

「もし翼があったら、俺は……」

 

 けど、そんなのは夢だ。

 何時しか、それは俺の口癖になっていた。

 何も出来ない俺への戒め。そして、未練がましい俺の不自由な心の象徴。

 このまま、哀れに俺の生は終わるのだろうか?

 そんなことを考えていると、ある日アイツに出会った。

 黄色いリボンが印象的な紫髪の少女。

 飛んで行った鳩の羽根を頭に乗せた、ちょっとボケッとした女子。

 初対面の時は頭の羽根を取ってすれ違った。偶然、屋上にいただけの女子だったから。

 けど、俺達はすぐに再会した。しかも同じクラスだった。

 それからアイツと、アイツの友達と知り合って、仲良くなった。

 

「はやと君。何時か、飛べるといいね」

 

 始めは妹みたいなモンだったんだ。

 いつもボケボケしていて、お人好しで騙されやすいですってオーラを出している。

 そんなアイツを俺は放って置けなかった。

 本来の保護者役の姉は別のクラスだし、何かと気にかけていた所為で何時の間にかクラスじゃアイツの保護者扱いだ。

 実際、体育で倒れた時は保健室へ連れて行ったり、人混みに飲まれた時は探してやった。泳ぎを教えたことや、変な奴に絡まれた時に助けたこともある。

 何だかんだでアイツも俺を頼りにしてたし、悪い気も別段しなかったんだ。

 でも、何時しか立場が逆転していた。気付けば、アイツが俺を気にかけていたんだ。

 屋上で授業をサボっている俺を連れ戻しに来たり、俺の食生活を気にしたり。風邪を引いた時は押しかけて看病してくれたっけ。

 そして、俺と父さんが再会した時も俺を支えてくれた。

 俺の家にまた押し掛けてきた時は驚いたけど、来てくれなかったら俺はずっと父さんに脅え続けていただろう。

 俺の情けない過去を真剣に聞いてくれたし、話し合いをしに行った時も傍にいてくれた。

 普通、そこまでしないよな? そこがアイツのいい所だけど。

 持ちつ持たれつの関係が、何時の間にか俺達の日常になっていた。

 隣につかさがいることが当たり前になっていた。

 それがとても幸せなんだって、振り返ってみて思うよ。

 

「俺はつかさが好きなんだ」

 

 俺の暗い闇を優しい光で払ってくれたつかさが。

 何処かで母親を求めていた俺の隙間を埋めてくれたつかさが。

 俺の冷めた日常をガラリと変えてくれたつかさが。

 

 

 

 俺を覆う闇が一気に晴れた。

 周りには雲が浮いていて、まるで空の上みたいだ。

 というか、俺も浮いている辺り本当に空の上なのかもしれない。

 

「はやと」

 

 俺の目の前には白い衣服の女性。

 翠色の長髪と優しそうな瞳。俺のよく知る人物だ。

 

「やぁ、母さん」

 

 母さんは笑顔で俺を見つめていた。

 よく見ると、背中に白い羽根が生え頭に輪っかが付いている。まるで天使みたいな格好だ。

 

「願い、叶ったんだ」

「ええ。最高に気持ちがいいわ」

 

 くるりと一回転してみせる母さん。

 死んでいる人間に言うのも何だが、元気そうな姿を見たのは初めてで安心した。

 けど、俺には母さんに謝らなきゃいけないことがあった。

 

「……ごめん、約束破って。父さんは悪くなかったよ。母さんは全部分かってたんだ」

「ええ。あの人は運が悪いけど、我武者羅に頑張る人なの」

 

 確かに運の悪さは筋金入りだな。

 母さんは微笑みながら、俺の頭を撫でた。今までしてくれたように。

 

「はやとにも辛い思いさせて、ごめんなさい」

「母さんも悪くない。俺が」

 

 俺が悪い。そう言いかけた時、つかさの言葉を思い出した。

 

『でも、よかったね……誰も悪くなくて』

『誰も?』

『はやと君も、はやと君のお父さんも』

 

「……誰も悪くない。誰も、悪くないんだ」

「ありがとう、はやと」

 

 誰かが悪い、なんてことはない。不幸が重なっただけなんだ。

 頭を撫でていた手は、頬へと移る。

 

「これから辛いことがあっても、貴方なら大丈夫よ。自信を持って」

「うん」

 

 段々と母さんの姿が消えていく。

 待ってよ。まだ話すことがあるんだ!

 

「貴方の優しさは、もう私にじゃなくて別の誰かの為に使うもの。でしょ?」

「母さん……」

 

 綺麗な光の粒になって、母さんは天へ昇っていく。

 

「頑張ってね」

「……うん」

 

 最期まで笑顔だった母さんを、俺も微笑んで見送った。

 

 

 

「……とく……ん……」

 

 誰かの声がした。まるで誰かを呼んでいるようだ。

 

「……やと……」

「は……おき……」

 

 しかも1人じゃない。男も女もいる。

 何人も誰かを呼んでいる。

 

「はやと君! 起きて!」

 

 ああ、俺か……。

 じゃあ、行かないとな。

 

「ん……」

 

 目を覚ますと、俺は机の上に突っ伏していることに気付いた。

 

「やっと起きたか」

 

 最初に、かがみの呆れた声が聞こえて来る。

 

「しっかりしろよ」

「もう皆体育館に行っちまうぞ」

 

 続いてやなぎとあきの声。体育館……?

 ああ、そうか。今日は終業式か。

 体育館集合まで、俺は机に突っ伏して寝ていたんだったな。

 

「ふぁぁ~、わりぃな。先に行ってりゃよかったのに」

「いえ、そうも行きませんよ」

「はやとなら、起こさないとずっと起きないかもしれなかったから」

 

 みゆきとみちるが苦笑しながら話した。言うようになったな、このお坊っちゃんも。

 

「はやと君の寝顔も写メ出来たしね~」

「ちょっ、消せ!」

 

 むふふ、と笑うこなたから携帯を取り上げようとしたが、逃げられてしまう。くっ、このチビすばしっこい!

 

「いいから、早く行かないと本当に遅刻になっちゃうわよ?」

「へーい」

「チッ」

 

 かがみに叱られ、俺は渋々体育館に向かうことになった。

 こなため……覚えてろよ。

 

「あはは……でも、よく寝てたね~」

 

 いつものほんわかした調子で、つかさが話し掛けて来た。

 授業中居眠りしかけるお前に言われたくない。

 

「……夢を見たんだ。墓参りの夢」

 

 つかさには打ち明けておいた。

 この前の休みに、俺は父さんと墓参りに行ったこと。その時のことを夢に見たってな。

 勿論、母さんの夢のことは伏せた。言えるか、恥ずかしい。

 

「そうなんだ。お父さんと仲良くなれてよかったね」

「ところがギッチョン。そう上手くはいかないもんだ」

 

 墓参りが終わると、俺はあっさりとアパートに帰った。

 父さんとも多少なりと話せるようにこそなったが、やっぱ許せないんだ。

 間に合わなかった父さんも、勝手に家を出た自分も。

 

「そっか……でも、時間をかけて仲良くなっていければいいと思うよ」

「ああ、サンキュ」

 

 こんな時でも、つかさは優しく励ましてくれる。

 結局、2年の内に告白できなかったな。3年でまた同じクラスになれるとも限らないし。

 

 

 

 体育館では、列が出来つつあったが話はまだ始まっていなかった。

 いや、校長の話なんか微塵も興味が湧かないけど。

 

「じゃ、後でね」

「じゃあな」

 

 別クラスのかがみ、やなぎと別れ、自分のクラスの列に入る。

 さて、立ったまま寝るか。

 

「2年は色々あったな~」

「あったね~」

 

 あきが唐突に話した言葉に、こなたが相槌を打つ。

 コイツ等が付き合い出したのもデカいニュースだったな、確か。

 体育祭後のやなぎとかがみの交際発覚もかなり驚いた。

 

「3年も同じクラスになれるといいな~」

「そうだね~」

 

 とりあえず、リア充は爆発してろ。

 

「3年こそは……」

 

 後ろでみゆきが何か決心を固めている。視線の先には、天然の鉄壁要塞。まぁ、頑張れ。

 そうこうしている内に校長が登場。周囲が静かになる。じゃ、お休み。

 

 

 

 こうして、俺の2年生の生活は終わりを迎えた。

 この1年は俺にとってかなり重要だったと思う。

 校舎を出ると、屯していた鳥達が一斉に羽撃く。

 

「あっ」

 

 ヒラリと舞った羽根がつかさの頭に乗っかる。

 

「ほら、付いてたぞ」

「ありがとう」

 

 それを取ってやると、つかさは嬉しそうに微笑んだ。

 俺達の新しい日常の始まりはもうすぐだ。

 

 

 

 俺は奇跡なんてもの信じない。

 ドラマなんかでよくやる「奇跡」。俺はそれが嫌いだ。

 奇跡なんてあんなに頻繁にあってたまるか。

 だから奇跡なんて安っぽいもの、俺は信じない。

 けど、星屑のようにちっぽけな俺達が出会えたことが「奇跡」だとしたら。

 それはそれでアリかもしれない。




どうも、雲色の銀です。

第30話、そして今まで「すた☆だす」を御覧頂きありがとうございました。

今回は今までのまとめとはやとの心情が主な内容でした。
はやとがつかさの面倒を見ていたように、つかさもはやとの欠けた心を埋めていた。そんな相互関係にあったことを改めて実感しました。

はやとの母親、みどりの姿はゲーム「陵桜学園 桜藤祭」のパッケージのかなたをイメージしました。
ゲームではあんなシーンありませんでしたが(笑)。

まとめとしては、「1st Season」はあき×こなた、やなぎ×かがみの成立、はやとの過去と恋愛感情の自覚が主でした。
あき×こなたを最初にしたのは、やはり上記のゲームの影響です。
こなたをくっつけるなら桜藤祭しかない!と思っていたので。あきへの態度は、そうじろうのそれと似た感じにしています。一見酷い扱いの中にデレが隠れている。最近の原作を見ていると、真のツンデレはこなたではないかと。

因みに作者が1番好きなエピソードは、やはりはやとの過去編(第21話~第23話)です。
取り乱すはやと、母性的なつかさ、暖かい柊家が書けて満足!

それでは、「すた☆だす 2nd Season」で再びお会いしましょう!


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。