すた☆だす   作:雲色の銀

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第29話「3倍返し」

 俺は頭を抱えて悩んでいた。

 来たる日、3月14日のホワイトデー。つかさに何を返すかを。

 

「つーか、アレの3倍て……」

 

 つかさがバレンタインに渡してきたチョコは、義理なのにやたらと凝ったものだった。しかも手作り。

 とりあえず、最初にホワイトデーには3倍返しとか言い出した奴、出て来い。

 

「タダでさえ返すのが金銭的に厳しいってのに」

 

 当然、何も返さないという選択肢はない。

 義理とはいえ、好きな奴にチョコを貰ったんだ。返さなかったらかなり最低な奴になる。

 

「大体、何を返せばいい?」

 

 ホワイトデーは一般的に飴やクッキーを贈るらしい。どうせお菓子会社の販促の為だろうけど。

 ただ、3倍を理由付けにブランドバッグ等をねだるクズも中にはいるらしい。

 やれやれ、バッグなんかじゃお菓子会社涙目だな。

 

 無論、つかさはブランドだとかに興味もないし、それどころか贈り物をねだったりケチ付けたりしないだろう。

 つまりは何でもいいってことだ。

 

「その何でもいいが問題なんだよなぁ……」

 

 何でもいいと、逆に具体的なイメージが付けられない。だから余計に何を贈るべきか悩むんだ。

 

「少年、かなり悩んでるな」

 

 と、そこにあきとやなぎがやってくる。彼女がいる奴等は大変だな。

 

「俺達も悩んでてなー……」

「どうしたものか」

 

 三人いれば文殊の知恵とかいう諺は、どうやら嘘らしい。

 あき、やなぎ、俺は必死に考えたが、碌な考えが浮かばない。

 

「そういや、全員手作りだったよな?」

「そうだが……ちょっと待て。何でお前、かがみのチョコが手作りだって知ってるんだ?」

 

 あきの言う通り、全員貰ったチョコは手作りだった。

 

「じゃあこの中で飴かクッキー作ったことある人ー」

 

 言い出しっぺのあき含め、全員手を上げなかった。

 家事レベル最低な俺達がクッキーなんて作ってみろ? 炭の塊を量産することになるぞ。

 

「そこで助っ人ですよ!」

「助っ人?」

 

 つかさにでも習う気か? 渡す相手に習っても仕方ないだろ。

 

「みっちー先生! お願いがあるんだけどー!」

 

 ああ、みちるか。

 お菓子作りなら上手いって聞いたことがあったっけ。

 俺達は希望の星、みちるに事情を話した。

 

「ホワイトデーにクッキーを?」

「ああ」

「頼む! 俺達にクッキーの作り方を伝授してくれ!」

 

 あきに頼み込まれ、押しの弱いみちるはちょっと引いていた。

 まぁ、元から断るつもりはなさそうだし。

 

「じゃあ、僕と一緒に作ろう」

「サンキューみちる! 流石は俺達の王子!」

「お、王子?」

 

 調子のいい奴め。テンションが上がり、ウザくなったあきを押さえつける。

 

「あはは……材料とかは用意するから、今度の土曜にウチに来てね」

「了解」

 

 みちるがいてくれて本当に助かったぜ。

 

「そういや、みっちーはホワイトデーどうすんだ?」

 

 そうだ、肝心なことを聞き逃していた。

 みちるは遠目から見ても分かるぐらい、クラスの女子からチョコを貰っていた。つかさの義理チョコも含むがな。

 

「全員に返すよ? そうだ、皆にも渡すね!」

 

 天然で鈍感なお坊っちゃんはいい笑顔で言った。オイオイ、チョコを渡してない、しかも男相手に贈るのかよ。

 

 

 

 それから、土曜日に勉強会以来の檜山家に向かう。

 ぶっちゃけ以前来たときから日が大分浅い。

 

「上がってー」

 

 が、2回程度じゃこの家のデカさには慣れなかった。

 相変わらず俺の家がこの家の1部屋以下だと思い知らされる。

 海崎さんには悪いが、人間の格差って奴が胸に突き刺さるぜ……。

 

「ここだよ。道具は好きに使ってね」

 

 キッチンはこれまた広く、4人が平気で入れるぐらいだ。

 中央のテーブルには材料や生地を伸ばす棒、クッキーの型がズラリと並んでいた。

 これ、面子が女子だったら可愛らしいお菓子作りの図になるんだろうが、生憎男だらけだ。

 家庭科の授業みたく、エプロンを付けてバンダナで頭を覆う俺達。

 やなぎは髪が長いので、更に1つに纏めている。ポニーテールみたいだな。

 

「うっし! やるぜ!」

「何を?」

 

 やる気を出すあきだったが、手順がまるで分からない。

 みちるのやり方を習ってやるしかなさそうだ。その為の助っ人だ。

 

「まずは生地を作ろうか」

 

 みちるが用意したのはガラスのボウル。中にバターと砂糖を入れ、混ぜてクリーム状にする。

 

「おっしゃー!」

 

 バカがガチャガチャとクリームを掻き混ぜる。が、勢い余って飛び散っている。

 

「バカ! 力任せに掻き混ぜていいモンじゃないだろ!」

 

 そういうやなぎのバターは全然混ぜれてなかった。

 コイツ等、料理向いてねーな。

 次に卵黄と小麦粉を加え、素手で練る。

 

「ここは強すぎず、軽く練るのがポイントだよ」

「分かった!」

 

 みちるのありがたいアドバイスを裏拳で弾き飛ばすかのように、あきは生地をグニグニと力任せに捏ねる。

 

「人の説明は聞け!」

 

 やなぎにまた突っ込まれる。今回は軽く練るだけだから非力のもやしにも出来たようだ。

 なんか、こなたもかがみも料理出来なきゃ苦労しそうだな。

 

「あとはラップで包んで冷蔵庫で冷やせば生地の出来上がりだよ」

 

 手順が分かれば案外簡単だったな。

 

「うし、生地が出来るまでゲームだ!」

「お前なぁ……」

 

 俺が女だったとしても、アイツ等のクッキーは食いたくない。

 

 暫く生地を冷やした後、棒で生地を伸ばす。

 大体4、5mm位がいいらしい。

 

「何か幼稚園の粘土遊びを思い出すなー」

 

 ここではあきの腕力が役に立つ。

 一方、非力なもやしは全く生地を伸ばせていなかった。

 

「ぜぇ、ぜぇ……ぐぅぅっ!」

 

 そんなに力まんでも。お前はどんだけ貧弱なんだよ。

 

「生地を伸ばせたら、型を抜いて焼いて完成だよ」

 

 型、ねぇ……。みちるが用意した型はハートマークや星型等、色々なものがあった。

 中にはクリスマスツリーやサンタとかも。お前これクリスマス用だろ。

 

「俺は断然ハートマークだ!」

 

 あきは喧しく型を抜いていく。

 全部ハートかよ。こなたがウザがりそうだ。

 

「みちるはいいのか?」

 

 そういえば、みちるは1人だけ途中で作り方を変えているような気がした。

 

「あ、僕のはスコーンにしたんだ。気にしないで」

 

 へぇ、生地1つで色々出来るもんだ。

 

「はやとはどんなのを贈るの?」

 

 どうしようか考えていると、みちるが聞いてきた。

 俺はつかさのように凝ったものは作れない。素人が手を出して失敗したら目も当てられないしな。

 

「型抜いて焼いて終わりだ」

「つまんねー」

 

 あきがチョコペンで字を書きながら横槍を入れてきた。つまんなくて悪かったな。

 でもまぁ、字ぐらいなら何か書いてやるか。

 

 各々デコレーションを済ませ、オーブンで焼き上がりを待つ。

 檜山家のオーブンもまた本格的なデカい奴だ。お前はパティシエにでもなる気か。

 

「けど、3倍返しには程遠いな」

「つかさの3倍は俺達には無理だ」

 

 だよなー、と苦笑する。素人が束になってもアイツの凝りすぎたチョコの3倍の出来は無理だ。

 

「でも、気持ちが籠っていればきっと大丈夫だと思うよ」

 

 みちるが笑顔で言う。

 けど、お前の場合大体が本命を友達感覚で返されるからなぁ……不憫だ。

 

「その通り! ハートが大事ってね!」

 

 あきも底抜けに明るく言う。こなたなら毒舌かましながら嬉しそうに食いそうだ。

 

「相手を思って作れば気持ちは通じる、か……」

 

 やなぎは何か思う節があるようだ。まぁ、相手がかがみだしな。

 

 俺は……本命ではないのが残念だが、つかさの優しい気持ちの籠ったチョコを食った。

 なら、それに相応しいクッキーを贈るのが友達だ。

 

「……つかさ、残念だな」

「ああ、可哀想に」

 

 あきとやなぎが何かヒソヒソと話していた。話の中身までは分からんが。

 

 

 

 そして、14日。

 俺にしては上手く出来ただろうクッキーを持ち、登校する。

 途中、海崎さんにホワイトデーの準備は出来ているか聞いたら

 

「放っとけ! アホ!」

 

 と返された。多分バレンタイン貰えてないな、アレは。

 

 

 教室ではバレンタインの時期より控え目だが、甘い雰囲気が漂っていた。

 

「はい、どうぞ」

 

 みちるが笑顔でスコーンを女子に配っている。

 お手製の贈り物を受け取り、みゆき含めた女子達はかなり幸せそうだ。

 但し、配っていたのはクラス全員だったが。そこまでサービスするか、普通。

 

「こーなた♪ほい、ホワイトデー!」

「何これ、クッキー?」

 

 隅の方では、あきがこなたに例のアレを渡していた。

 あきのクッキーは力を入れすぎた所為で硬くなっていたのだ。

 おまけにハートマークのクッキーには「LOVE こなた」とチョコペンで書いてある。

 

「硬っ!?」

「げ、やっぱり?」

 

 案の定、クッキーという名の鉱物を食すのに苦労しているこなた。

 まぁ、アイツなりに一生懸命作ったから大目に見てやれ。

 やなぎの奴が上手く行ったかも気になるが、俺にもやることはある。

 

「つかさ、来い」

「ふぇぇ!?」

 

 クラスの連中に気付かれないように、つかさを連れて屋上に向かった。

 

 

 屋上に誰もいないことを確認すると、つかさを解放する。

 

「ど、どうしたの? はやと君」

 

 顔を赤くし、モジモジするつかさ。

 

「いや、ホワイトデーのお返しにな」

 

 俺は持っていた小さな袋を渡した。

 

「中、見てもいい?」

「ああ」

 

 そっと受け取ると、つかさは袋の中身を見た。

 どうやらクッキーに書いてある文字に気付いたようだ。

 

「これって……」

 

 俺にはつかさやみちるのように凝った物は作れない。

 あきみたくストレートに好きだと表現することも、やなぎのように既に告白した相手に本命を贈ることも。

 

 けど、普段の感謝を文字にすることぐらいは出来る。

 星型のクッキーに書いてあるのは、ありがとうの五文字。

 

「ああそうだよ。俺に3倍返しなんて出来る訳ないだろ」

 

 こんな陳腐な贈り物じゃあ、つかさもいらないか。

 

「ありがとう、はやと君! すごく嬉しいよ!」

 

 それでも、つかさは笑って喜んでくれた。気持ちが籠ってれば、か。

 

「……言っとくが、味の保証はしないからな」

「きっと美味しいよ~」

「食ってから言え」

 

 急に気恥ずかしくなり、つかさから視線を逸らす。

 義理のお返しだってのに、屋上には暫くほんわかした空気が流れていた。

 

 ほんわかしすぎて、2人で授業に遅れたのは内緒だが。

 




どうも、雲色の銀です。

第29話、ご覧頂きありがとうございます。

今回はホワイトデーの話でした。

お菓子会社の陰謀に乗せられたはやと達でしたが、何とかお返し出来ました。
3倍返しというのは、実は友達間ではしなくてよかったりします。はやとはそのことを知りませんでしたが(笑)。

因みに、やなぎのクッキーはあきとは逆に柔らかかったりします。味はお察ししてください。

あ、次回は最終回です。


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