12月31日、大晦日。
一年の終わりの日も、俺にはあまり関係なかった。
だって、テレビもラジオも炬燵もねぇし。
因みに、携帯の……ワンセグだっけ?は使ったことがない。
「寒ぃ……」
ガタガタと震えながら、俺は布団に包まっていた。
部屋は密室だが、暖房もない為冷たい空気のままだ。
去年はこれで乗り切った。
「……そろそろ沸いたか」
しかし限界が近いので、お湯を沸かす。
風呂に入るか、暖かい茶を飲むかすればまだなんとか耐えられる。
「……去年は何ともなかったんだけどな」
去年は生活費を稼ぐのに、バイトをしまくって忙しかったし、日に当たって少し眠れば寒さなんて感じなかった。
だが、今年は何をしても寒い。
理由ならとっくに分かっていた。つかさや、柊家の暖かさを知ってしまったからだ。
心の中でどうしても求めてしまう。
「はぁ……」
風呂に浸かりながら、弱い心を振り払おうとする。
クリスマスだって、結局は世話になってしまった。だからって、自分から頼ろうとするのは愚の骨頂。
都合良く泊まらないか? なんて誘いもある訳ないんだし、甘えた考えは捨てるべきだ。
風呂から上がると、携帯の着信が鳴る。
タオルを投げ捨て、俺はすぐに携帯を取った。
「もしもし?」
〔あ、はやと? 珍しく出たな~〕
だが、相手は俺の期待していた人物とは違った。
……何を期待してたんだ、俺は。バカか?
「用件を40秒以内で言うか、俺にカイロ詰め合せを寄越せ」
〔うおっ、何キレてんだよ!?〕
「別に。何の用だよ?」
イライラしながら、俺はあきの話を聞くことにした。
〔今日さ、深夜に鷹宮神社に初詣に行かないかって話になっててさ〕
「ほぅ」
鷹宮神社、つまりはつかさの家の神社だ。
地元民じゃないみちるとみゆきは来れないらしいが、あき、こなた、やなぎと面子は揃っている。
〔で、お前は来るよな?〕
「何で?」
〔えっ?〕
俺は正直、神頼みなんて真似したくはない。
ましてや、叶わない願いに賽銭を出すなんて惜しすぎる。
〔いや、だって見たくないのか?〕
「何を?」
獅子舞でもやろうってか?
俺の気を惹かせるようなものなんて、そうないぞ。
〔つかさの巫女姿〕
ぐああああああ!? かなり迷ってしまった! けど、けど……!
「……行く」
〔そうこなきゃな! じゃ、23時に現地集合で!〕
一方的に電話を切られると、俺は床に膝と手を付いた。
ここまで、つかさが俺の中で大きなウェイトを占めていたとは……。
23時。俺は重い足取りで鷹宮神社に足を運んでいた。
「来た来た! 何浮かない顔してんだ!」
「寒いんだよ!」
この場でカイロを持ってる奴は爆ぜろ!
とはいえ、俺もコートに手袋、マフラー着用なんだけどな。でなきゃ、この季節に外を出歩く気にならない。
「まぁまぁ、巫女目当て同士。仲良くやろうぜ?」
「「お前と一緒にするな」」
やなぎと声をハモらせて突っ込む。ま、お互い「ただの」巫女が目当てじゃないしな。
さて、俺達3人がこの場にいるのはなんら問題ない。
「……このおっさん誰?」
俺はこなたの隣にいる、いかにも怪しいおっさんを指差す。
「ウチのお父さん」
「娘が世話になってますー」
こなたよ、父親を連れてきたのか。
あきと似たような雰囲気から、何が目当てなのかはすぐ分かった。こなたの親父だしな。
「じゃ、行こうか」
「おぅ!」
こなたは親父の目の前であきと手を繋いで先に行ってしまった。
オイ、お前の親父が嫉妬に歪んだ表情になってるぞ。
石段を登ると、境内は参拝客で溢れていた。普段は閑古鳥が鳴いてるってのに。
「ありがとうございましたー」
いのりさんとまつりさんも、巫女服を着てお守りやらの販売をやっていた。忙しいんだろうな。
「おーい」
こなたが手を振って何処かへ行く。つかさ達を見つけたんだろうか。
「かがみー、つかさー、あけおめー」
「お」
やっぱりいた。
かがみはツインテのリボンまで紅白にしていた。
ふーん、まぁ似合ってんじゃね?
「あ、はやと君!」
俺を呼ぶ声がして、振り向く。
「あけましておめでとう」
そこには、いつものリボンをかがみと同様に紅白にした、巫女服姿のつかさが立っていた。
「ああ……ってまだ早くないか?」
年明けにはまだ数十分早い。あけおめを言うのはそれからだ。
そんなことより、巫女姿のつかさを見て思っていた以上に、俺は冷静でいられた。
多分、ある程度予想通りだったからだろう。勿論、似合ってはいたが。
「おや、はやと君は思う所なしか」
あきが不思議がる。余計な御世話だ、ほっとけ。
「けど、よく来たわね。寒いし、面倒がると思ったけど」
「いやまぁそうだけど」
かがみの問いかけにこなたが答える。
「1年の計は元旦にあるから初詣に行って1年の英気を養おうって」
「へぇ、殊勝じゃない」
そんなご立派な理由じゃないと思うぞ。
「お父さんが。私はこたつでぬくぬくしてたかった」
「どもー」
「あ、あけましておめでとうございます」
ほらな。かがみも急に何か引っ掛かったらしく、微妙な表情になった。
「因みに俺は」
「もういいから」
あきの答えも、概ねこなたの親父と同じだろう。
「ちゃんと初詣に来たのはやなぎとはやとだけか」
「いやぁ、それはどうかな」
急にこちらに話を振られ、遠目で見ていた俺達はあきの指摘に固まる。
「アイツ等もああ見えて巫女服目当てかもしれないぞ~」
「「お前と一緒にするなっての!」」
再び、俺とやなぎは強くあきに突っ込む。
くっ、何故だか知らんがムキになってしまった……ああ、そうだよ! 図星だよ!
軽く会話していると、間もなくカウントダウンが始まるとの知らせが入った。
「今年も色々あったなぁ」
そうだな。去年と比べ、3倍は内容が濃かった気がしていた。
つかさ達と出会い、同じクラスになった。
あの頃はまさか2組もカップルが出来るなんて想像もしてなかったな。
そして、俺がつかさに惚れるなんて全く思っていなかった。
夏休みは祭に合宿……ああ、看病もしてもらったっけ。
初めてだらけの出来事を俺に体験させたのもつかさだった。
一緒に花火を見たり、泳ぎを教えたり……。
桜藤祭……の後には、今年最大の出来事があった。
父さんとの約1年ぶりの再会と、一端仲直り。
それと、柊家に最初に世話になったのもあの時だ。
あれからずっと、みきさんには息子扱いされている。いのりさんやまつりさんにもつかさの彼氏扱いだし、正直心臓に悪い。
んで、つかさへの想いに気付いたのもこの時か。
結局年内に告白はしなかった。こんな俺じゃあ、告白自体が無理な話だ。
自分とも、母さんとも、父さんとも向き合わないとな。
なんだかんだで、1年間俺の隣にはつかさがいてくれた。
つかさだけじゃない。皆が俺に楽しい毎日をくれたんだ。
俺の高校生活も、捨てたもんじゃなかった。
「10!」
カウントダウンが始まった。
「9! 8! 7! 6!」
来年もまた、皆と一緒にいたい。
「5! 4! 3!」
許されるのなら、つかさに想いを伝えたい。
「2!」
俺なんかが、いいのかな? 母さん。
「1!」
気付けば、俺はつかさの頭に手を置いていた。
「ハッピーニューイヤー!」
さて、帰るか。
「はやと君!?」
帰ろうとする俺を、つかさが呼び止めた。
何だよ。寒いんだよ。新年迎えたんだから帰らせろ。
「お参りしてかないの!?」
お参りぃ? だから賽銭にやる金はないっての。
第一、俺は神頼みしない主義だ。
「見事に雰囲気ブチ壊しだね」
「はやとェ……」
あきとこなたが俺に冷たい視線を送る。
「15円ぐらいケチんな」
「今日ぐらい神頼みしなさいよ」
やなぎとかがみも俺を引き留めようとする。
「はやと君……」
トドメに、つかさが心配そうな表情で俺を見つめてきた。
「……へいへい、分かりましたよ」
俺はポケットから15円取り出し、参列客の一番後ろに並んだ。
人混みは嫌いだっつーのに……。
「はやと君も素直じゃないねー」
こなたが呆れ顔で言った。何がだよ。
「最初からやる気満々だったんだろ? そうなんだろ? そうなんだろって?」
今度はあきが鬱陶しく、歌っているかのように俺に聞いてきた。ウザい。
「じゃなきゃ、ポケットに丁度15円が出て来るはずないしな」
チッ、バレてやがったか。ポケットの15円は予め用意したものだ。もう帰りたいのは本当だけどな。
「今年もおみくじとかやってかない?」
「そうだね。折角だし」
適当なお参りを済ました後、つかさの勧めでおみくじをやることになった。
「はい、はやと君」
いや、俺は金がないんだっての。
と、断ろうとしたらつかさが笑顔で箱を差し出してきた。
コイツ、まさか狙ってやってるんじゃねぇだろうな?
「ったく……」
渋々財布から100円を出し、俺はおみくじを引いた。
「!?」
先に引いたこなたは凶を引いていた。
一方、こなたの親父は大吉だった。
「新年早々最先いいですねっ」
「本当、いいものも見れたし。今年はいい年になりそうだね」
つかさが笑顔で相槌を打つと、おっさんは更に気を良くする。
次に、つかさはこなたにもフォローをした。
「大丈夫だよ。今が最低なら後は運気上昇していくだけだもん。いいことあるよー」
「うん、何て言うかものは言い様だよね……」
流石は神社の家の娘、それなりのフォローの仕方は身に付けているようだ。
因みに、俺は中吉だった。
巫女つかさからのありがたい言葉は
「今年1年安定した運気でいられそうだね」
だった。安定してるならまぁいいかな。
それから甘酒を飲んで体を温めたり、司祭姿のただおさんを見てきたりしながら時間は過ぎて行った。
すぐに帰る予定だった俺も、すっかり長居してしまった。
こなたは父親からお年玉を貰うとかで先に帰った。
あきとやなぎも、家族との新年の挨拶があると言い、何時の間にか俺だけが残っていた。
「アンタは帰んないの?」
参拝客もかなり減った頃。かがみがボーっとしていた俺に話しかけた。
別に俺にはお年玉を貰う相手も、新年の挨拶をすぐにするべき相手もいないしな。
「いや、帰って寝る」
手をヒラヒラと振りながら帰路に着こうとすると、今度はつかさがやってきた。
「はやと君、今年もよろしくね!」
今年も、か……。
「ああ。そのつもりだ」
最後につかさの巫女姿を脳裏に焼き付けて、俺は帰った。
途中、ふと俺はある家の前に立ち止まる。
標識には「白風」の文字。
「……あけましておめでとう。父さん、母さん」
俺は小さく呟く。すると、何処からか、女性の声がした。
『今年も頑張ってね』
聞き覚えのあった声で、応援されたような気がした。
幻聴でも、悪い気はしない。俺はフッと微笑みながらアパートに向かった。
どうも、雲色の銀です。
第26話、ご覧頂きありがとうございます。
今回は年明けの話でした。
神頼みが嫌いな主人公の所為で、内容を練るのに苦労しました(笑)。
はやとの中では、つかさの存在がかなり大きなものとなってきています。次の年では結ばれるのでしょうか?
次回はかなり飛んでバレンタイン!いきなり告白チャンス到来です!