すた☆だす   作:雲色の銀

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第23話「縮まる距離」

 体育祭にて、あきと対決することになった俺は、まずは人並みに体力を手に入れようとトレーニングを積むことにした。

 

「まずはジョギングをしよう」

 

 走れなければ元も子もない。

 俺は、家の周り500mを3周は走ることにした。

 そして、30分後。

 

「も、もう無理……」

 

 ゆっくりペースで走っていたはずの俺は、体力切れで地に伏していた。

 お、おかしい……。こんなに早くダウンするなんて……。

 

「ペース配分を間違えたか? それとも、最初から距離を長くしすぎたか……」

 

 休憩しながらプランを練り直していると、携帯が鳴りだした。

 あきの奴が茶化しにかけてきたものだと思ったが、ディスプレイに出ていた名前にそんな考えは吹き飛んだ。

 

「かがみ?」

 

 二人三脚の相方からの電話に疑問符を浮かべつつ、電話に出る。

 中止にでもなったか? 他のペアが出るとか。

 

「もしもし?」

〔あ、やなぎ? 調子はどう?〕

「別に悪くはないが」

 

 だが、かがみは特に何もない様子で話して来た。

 ん? 何でかがみは俺の調子を聞いたんだ?

 

〔じゃあさ、どうせなら一緒に練習しない? 二人三脚なんだし、呼吸を合わせる必要もあるでしょ?〕

 

 俺はトレーニングを始めたことを誰にも言っていない。

 どうやら、かがみには俺の行動が読めていたようだ。

 

「そうだな……」

 

 かがみの誘いは常識的に考えても、悪いものではなかった。

 しかし、ある決定的な欠点を抱えていたが。

 

「俺はお前について行けそうもないぞ?」

 

 たった今、息が上がっていたばかりだ。

 呼吸を合わせて走るなんて言ったら、ただ足を引っ張るだけではないか。

 

〔いいわよ。私が合わせるから〕

「それではかがみの練習にならない」

〔そんなことないわよ。だって二人三脚だし、足の速さよりリズムを合わせて走る方が重要よ〕

 

 む、確かに個々の足の速さより2人のコンビネーションを重要視した方がいいかもしれない。

 相手はあのヲタクカップルだ。普段はふざけているが、いざという時の息の合いようは恐ろしさすら感じる。

 

「……分かった。今からそっちへ向かう」

〔うん、待ってる〕

 

 電話を切ると置いてあった荷物を持ち、そのまま鷹宮神社へ向かう。

 ……何でかは知らないが、心は妙に高揚していた。

 

 

 

 神社には、ジャージ姿のかがみと私服姿のつかさが待っていた。そこまではいい。

 

「何でお前までいるんだ」

「知るかよバーロー」

 

 何故か、はやとまで木に寄りかかりながら見学していた。

 正直、やりづらい。

 

「はやとは雑用に呼んだのよ」

「本当は嫌だけど、ここん家には世話になったからな。断れねぇんだよ」

「そ、そうか」

 

 はやとは若干眠そうな表情をしながら、近くに立てかけてあった箒を手にする。

 はやとが本気で断れないのだとしたら、深い事情があるようなので、敢えて聞かなかった。 恐らく、以前つかさが電話で聞いてきた父親関係のことだとは思うが。

 

「さっき言った通り、まず落ち葉の掃き掃除。終わったら境内の雑巾掛けお願いね」

「大掃除かよチクショー!」

「つかさははやとをしっかり見張っていること。すぐサボるから」

「分かった。頑張ってね~」

 

 かがみの指示を受け、はやとは箒を巧みに扱い落ち葉を集めて行った。

 つかさはそれを眺めながら、のんびりと俺達に手を振った。

 

 この光景を見ると、はやとは本当に変わったと思う。心の中の枷が外れたというか、何というか。

 最近では屋上で昼寝をする回数も減ってきている。

 つかさが与えた影響が、アイツにとってそれほど大きかったんだろう。

 

 ま、これ以上他人の詮索をしても仕方がない。俺は俺のやるべきことをしよう。

 軽くストレッチをした後、お互いの片足を縄で括り付ける。

 

「じゃあ、1で右足ね」

「分かった」

 

 そう言うかがみは、普段はツインテールにしている髪を1つに纏めていた。

 ……俺の長髪も纏め上げるべきだな。

 

「「せーのっ!」」

 

 俺達は合図と同時に「右足」を出そうとし……盛大に転けた。

 まさか初っ端からこんなギャグみたいなことを仕出かすとは……。

 

「イタタ、右足だってば!」

「だから右足を……待て。どっちの右足かは決めてないぞ」

 

 二人三脚は、基本出す足は内側か外側になる。

 しかし、かがみの右足は外で俺のは内だ。同時に出すことは出来ない。

 

「そ、そうね。迂闊だったわ……」

「じゃあ外側からでいいんだな」

「ええ。気を取り直して」

 

 互いにリズムを合わせ、俺達はゆっくりと走り出した。

 始めはゆっくりとしたペースで走ることにした。

 いきなりスピードを上げてもリズムを合わせづらいし、まずは慣れる方が大切だ。

 

「はっ、はっ……」

 

 しかし冷静に考えると、女子と肩を組んで走っている訳で、結構緊張をしていたりする。

 かがみの髪、シャンプーの匂いが……って、邪念を捨てろ! あきと同レベルに落ちたくない!

 雑念を振り払い、かがみと合わせて走ることに集中する。

 だが、ふと周囲を見ると……。

 

「あらまぁ、二人三脚だなんて仲のいいわね~」

「若いわね~。おまけにペアルックなんて」

 

 近所のおばさんからの注目を浴びることとなった。

 いや、ペアルックじゃないから。学校のジャージだから。髪型は同じだけどただ結んでるだけだから。

 

「…………」

 

 かがみも気付いたのか、顔を赤くして俯いている。

 俺達は無意識の内にペースを上げ、住宅街を突っ切っていった。

 その所為か、人気の少ない道に出た時には、俺の息はかなり上がっていた。

 

「やなぎって、本当に体力ないのね」

 

 かがみの何気ない一言が胸を抉る。事実だが、はっきり言われると辛いな……。

 

「う……スマン」

「ま、パートナーだしね。少し休憩にしましょ」

 

 縄は結び直すのが面倒なのでそのままにし、俺達は近くのベンチに腰掛けた。

 

「かがみ」

「何?」

 

 休憩ついでに、俺は疑問に思っていたことを聞いてみた。

 

「何で俺との二人三脚を断らなかったんだ?」

 

 かがみは他の種目にも出るし、例え二人三脚に出るとしても日下部とか、もっと足の速い人間もいる。

 しかし、かがみははっきりとは断らなかった。

 

「べ、別に深い意味はないわよ」

 

 かがみはこちらを見ずに答える。

 

「そうか」

「そうよ! たまにはやなぎと走るのもいいと思ったの!」

 

 かがみの顔が耳まで赤くなっている。素直になれない証拠だ。

 あまり困らせるのも可哀想なので、ここは問い詰めなかった。

 

「でも、こうしているとダイエットに付き合った時を思い出すな」

 

 俺達を巻き込んだマラソンで、俺と組んでいたかがみは足を挫いた。

 そんなかがみを少ない体力で運んで、倒れたんだっけな。

 

「あ、あの時は……ごめん」

「気にするな。いい運動になったのは確かだしな」

 

 苦笑しながら言うが、実際はかなりキツかった。もやしと呼ばれるのも納得してしまったし……。

 すると、今度はかがみが俺に質問をしてきた。

 

「やなぎはあきのこと、どう思ってるの?」

 

 あきのことか……。何度目かの話題に、俺は思わず溜息を吐いてしまう。

 

「腐れ縁だが、何でだ?」

「だって、やなぎがあんなにムキになるなんて珍しいじゃない」

 

 ……そうだな。あき相手に本気で対抗心を燃やすなんて、らしくなかったか。

 

「端から見てると、まるで好敵手(ライバル)みたいな」

「好敵手? 違う違う」

 

 そこは強く否定した。俺とアイツが好敵手なもんか。

 

「釣り合わないんだ。アイツと俺じゃ、違いすぎる」

 

 俺は初めて自分の内を曝け出した。あきがいる前だと、恥ずかしくて口に出せないようなことを。

 

「あきもここまで扱いが酷いと可哀想になるわね」

 

 苦笑しながらかがみが言う。ふむ、どうやら勘違いしているな。

 

「いや、あきが下なんじゃない。俺がアイツに敵わないんだ」

「えっ!?」

 

 本当のことを言うと、かがみは酷く驚いていた。

 

「意外だったか?」

「当たり前よ! 普段の扱いから見ても、そんな風に見えないし」

 

 だよな。ま、それはアイツがバカやって制裁を喰らってるだけだ。

 本当のアイツは、ぞんざいに扱われていいような奴じゃない。

 

「俺は昔、病弱で学校休みがちだったって話したろ?」

「ええ、あきが押し掛けて、おかげで丈夫になったって」

「……半分は違うんだ。本当は俺がアイツの後を追って行ったんだ」

 

 遠くを見るように、俺は語り出す。

 

 俺はずっとアイツの背中を追っていた。

 いつも強引に俺の前に現れて、明るく気楽に騒いでいられる。

 俺は、そんなあきが羨ましかった。

 そんなあきの強さを妬ましく思っていた。

 

「勿論、体力的な面でもな。運動神経もいいし、成績は悪くとも興味のあることへの頭の回転は早い」

「ああ~」

 

 かがみは普段のあきの、アニメやゲームへの異常な記憶力を思い返していた。

 親と賭けをしたとはいえ、実際に陵桜に入ったしな。

 

 だから、アイツにはどうやっても勝てないと思っていた。

 そんな風にコンプレックスを抱いている俺なんかが、あきの親友を語れる訳がない。

 好敵手としても、釣り合いが取れない。

 

「じゃあ、「腐れ縁」だったら気軽な付き合いが出来るだろ? だから俺達はずっと腐れ縁で通してきた……今まではな」

 

 けど、今回はそうもいかない。

 かがみには悪いが、俺は今回の二人三脚は降りるつもりだった。あきが出ると聞くまでは。

 

「初めて、俺はあきに勝てるかもしれないんだ。あきと同じラインに立てるんだ。そう思って、ついムキになったんだ」

 

 俺はそう呟き、自嘲的に笑う。

 勝てる訳ないのに。あきは俺とは違うのに。

 こんな情けない話に巻き込まれて、かがみも俺を見下すに違いない。

 

 

「さてと、じゃあ行きましょ」

 

 

 しかし、話を聞き終わったかがみは、すくっと立ち上がる。

 

「ほら、アイツに勝つんでしょ?」

 

 俺を見て、かがみは微笑む。

 それは嘲笑なんかじゃない。俺が勝てると信じている顔だ。

 

「いいのか?」

「この前は私が助けられたんだから、今度は私が協力する番よ」

「何とも思わないのか?」

「負けられない理由があるなら、それでいいでしょ?私もこなたに負けたらなんて言われるか分からないし」

「……勝てるのか?」

「2人なら、ね」

 

 笑いながら手を差し伸べてくれる姿が、とても綺麗に感じた。

 2人なら、か……そうだな。啖呵を切った以上、どうにかしないとな。

 それにかがみが支えてくれるなら、大丈夫な気がしてきた。

 

「よろしく頼む、かがみ」

「こちらこそ。やなぎもしっかりやんなさいよ!」

 

 かがみが差し出す手を取り、俺は立ち上がる。

 

 

「「せーのっ!」」

 

 

 俺達はまた走り出した。今度はしっかりと、段々スピードを上げて。

 これは余談だが、神社に帰ると。

 

「ほっ、はっ」

「はやと君すごい~」

 

 掌に箒を乗せて遊んでいるはやとと、それを見て楽しんでいるつかさがいた。

 

「何してんのよ、アンタ等はっ!!」

 

 境内にかがみの怒鳴り声が響いたのは、俺達が神社に戻ってすぐ後だった。

 




どうも、雲色の銀です。

第23話、ご覧頂きありがとうございます。

今回は訓練と、やなぎが抱えるあきへの心情の話でした。

やなぎがあきを腐れ縁と呼ぶ理由ですが、半分が今回の通りコンプレックスからです。もう半分は気恥ずかしさから来ています(笑)

次回はいよいよ体育祭にて対決です。


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