ワン・アイズ・クロウ・ウィズ・ワンス・サマー   作:ターキーX

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#7

 

涼やかな水音に合わせ、優雅なシシオドシの音が響く。アッパーの料亭「ブブヅケ」、高級官僚も利用する料亭で紹介者無しでは利用できず、ランチメニューでマケグミ・サラリマンの月収が吹き飛ぶ。「アー」その料亭の一室、アケビの間においてタカギ・ガンドーは落ち着かなげに言った。「確かに高セキュリティの場所で話そうとは言ったけどよ」

 

 

「わたくしの知る中で、此処が一番セキュリティ面で安全ですわ。防音面でも対ハッキングについても。イチカ=サン達も遠慮なく召し上がってくださいね」「……アッハイ」イチカは部屋の空気に圧倒されつつ、希少なオーガニック・エビを使ったテンプラにハシを入れた。

 

 

ワン・アイズ・クロウ・ウィズ・ワンス・サマー  #7

 

 

「それで、捜査の進捗はどうなってますか?」チャを飲みつつシャルが尋ねた。「ああ、まだ最後の確認が終わってないが、大凡の形は見えてきたぜ」ガンドーはそう答え、高級チャブの上に幾つかの写真と書類を広げた。その中の一部はシャルやリンが手助けしたIS学園の教員以上が閲覧可能な情報や、セシリアが入手した情報も含まれている。

 

 

「……そもそもの問題は、キョート・アポカリプス以後のIS学園の懐具合だ」書類の一つを示す。細かな数字が並んでいるが、ある所から急激にその数字が減少している。キョート・アポカリプス。キョートに未曽有の人的・物的被害を与えた人体発火・キョート城消失・大規模暴動等の災害の一斉勃発───という事に表向きはなっている。

 

 

ガンドーは言葉を続ける。「国際的機関のIS学園がキョートに存在してた理由は、その中立性と安全性が信頼されていたからだ」ハイ・テックを疎んじるザイバツ・シャドーギルドがISを軽視していたってのもあるがな。ガンドーは内心で呟く。「その信頼性が、あの大災害で崩壊したと?」ホウキの質問にガンドーは頷いた。

 

 

「それで、こうなっている訳ですわね」セシリアがチャブ内臓のキーボードに触れる。各人の座席の前にホログラム投影される右肩下がりのグラフ。各国からのIS学園への支援金の推移を示す表だ。「ちょ、ちょっと! こんなに減ってたの!?」リンが驚いて腰を浮かせる。

 

 

最新鋭のテックを扱うIS学園は、その維持費だけでも莫大な予算が必要となる。公立校扱いとはいえ、当然それはキョートのみで賄えるものではない。代表生を送り込む各国からの支援金があったからこそ、世界で数百体しか存在しないISの数十体もの所有と管理が可能だったのだ。

 

 

「で、でも、それだとISの技術交換やテストの場が無くなるんじゃ?」「いつまた災害が起こるか分からない場所に予算をつぎ込むなら、代表生を戻らせて自国で研究した方がマシ。まあ、そう考える奴は居るだろうさ」シャルの言葉にガンドーは答えた。先天的なものであるISの高適合者は替えの利かない国の財産である。その価値は計り知れない。

 

 

「……実際、私にもドイツから帰国の打診が来ている」それまで沈黙を保っていたラウラが言った。「そうだったのか?」イチカが尋ねた。「まあ、こちらにヨメが居るから離れられないと説明しているがな」「………」イチカの頬に汗が一筋流れる。いずれ婚約指輪でもドイツから送られてくるのではという想像を打ち消す。

 

 

「アー、話を戻すぜ」咳払いしつつガンドーが言った。冷めかけたシシトウ・テンプラを摘まんで口に放り込む。「で、そこでIS学園に出資しようって話を向けて来たメガコーポがある。それがこいつらだ」写真のひとつ、チフユの最後の授業の際に観客席にいた二人の女性の拡大画像。サイバーサングラス着用の女性の白衣の胸に「ヨロシサン」のバッジ。

 

 

「ヨロシサン製薬? 何で薬品メーカーが?」イチカは怪訝な顔で尋ねた。栄養ドリンクからバイオペット開発、サイバネティック義肢まで手掛ける国内最大手の医療メーカーだ。「薬品メーカーってのはあくまでこの会社の表の顔だ。裏社会ではこいつらはクローンヤクザの製造販売や、バイオニンジャの開発を行ってる」

 

 

「はあ? クローン?」リンが呆れたように言った。一般社会ではクローンが既に実用化されている事は伏せられているのだ。「ああ、クローンだ」大真面目な顔でガンドーは返し、言葉を続ける。「レジェンド・ヤクザの遺伝子を元にしたクローンを企業やヤクザに売り込んでる。お前たちも、気付かずにどこかで会ってると思うぜ」

 

 

「………」イチカは無言で息を呑んだ。自分たちが触れようとしている事柄が、今までの人生で踏み込む事の無かった闇の世界の片鱗に繋がっている事を改めて知ったのだ。「アブナイに近づけば怪我をする」とはミヤモト・マサシの格言である。だが、それでもイチカは真実に、消えたチフユに近づきたかった。

 

 

「大体は見えてきましたが……まだ話が繋がりませんわね」セシリアがチャを飲みつつ尋ねる。「IS学園の予算が枯渇しかけて、そこにヨロシサンが支援を持ちかけた。結果としてオリムラ・センセイが連れて行かれた。では何のために? 社会人チームの秘密コーチでも頼むつもりなんですの?」「そんな甘いモンじゃねえ」

 

 

ガンドーは首を振る。「これはアンタらの方が詳しいだろうが……ISってのはユニット自体もそうだが、高いレベルの適合者ってのも極めて希少な存在だ。訓練でどうにかなるモンじゃなく、地道に適性検査で探すしかねえ。砂漠から砂金を探すようにな」一同を見渡し、低い声でガンドーは言った。「これを、大量生産できるようになったら?」

 

 

シャルが思わず口に手を当てる。「……オリムラ・センセイのクローンを!?」理解力の早い少女達だ。ガンドーは頷いた。「そうだ。モンテ・グロッソ初代優勝者にして二連覇確実だった国内最強のIS適合者。素体としては申し分ねえ」「そんな事をすれば、各国のパワーバランスは崩壊するぞ!」ホウキがチャブに拳を叩き付ける。

 

 

「それならまだいい」事前にガンドーと共に調査していただけあり、ラウラは冷静なままだ。「それを『商品』として使われた場合、各国はわざわざ民間から適合者を探す必要も無くなる。更に結果として、提供元のヨロシサン無しでIS界隈は立ち行かなくなるだろう」つまり、一企業が世界のパワーバランスを左右する事になる。

 

 

「で、でも、それってクローンが上手く作れたら、センセイは帰ってこれるって事よね?」焦りながらも僅かの希望を頼りに尋ねるリンに、ガンドーはやはり首を横に振った。「トップシークレットのオリジナルだ。クローンの調整とかで必要と考えると殺されるとまでは行かないだろうが……それでも、一生ヨロシサンの施設内で飼い殺しだろう」

 

 

「そんな……!」ブッダ! 何たる邪悪にして無慈悲な企てか!「なら、どうすればいい?」イチカの表情にも深い焦燥が刻まれている。「落ち着け」内心はどうかは不明だが、ガンドーは落ち着いた様子でチャを飲んだ。「こういう時こそ順序だてて考えないとダメだ。冷静に、落ち着いて、花札タワーを組み立てる時のように丁寧にな」

 

 

ガンドーは手元のキーボードを操作し、各人の手前に新たなホログラム画像を表示させた。何かの建物のようだ。「これは?」「アンダー第七層にある廃工場だ」更にキーボードを操作。加えて幾つかの映像が表示される。「過去にケミカル食品を製造していて、とっくに廃業している……筈なんだが、ここ数日、そこに大量の物資が輸送されている。送電量も急増」

 

 

更に操作。業務用リフトエレベーターから降りるチフユと二人の女性の姿。ガンドーが警備会社をハッキングして盗み出した防犯カメラの映像だ。「そして、この第七層でチフユ=サンの足取りも途絶えてる。別の何かの目的で使われている工場かもしれんが、当たってみる価値はある」

 

 

「大丈夫なんですか?」不安そうに尋ねるシャル。ガンドーは陽気に笑った。「アクション映画よろしくチフユ=サンをそこで救出しようって訳じゃねえ。まずはそれの下準備ってところだ。ヤバいと思えば即撤退、安心しといてくれ」「では、次の集まりはそれからですわね」話の終わりを感じたのだろう。セシリアが言うと、チャブの呼び出しボタンを押した。

 

 

「さて、それではお食事を済ませてしまいましょうか。ドサンコ産アズキを使ったアンコ・パフェにオーガニックマンダリンですわ。イチカ=サン、よーく味わってくださいませ」自慢げに言うセシリア。おそらく彼女は自分でなくイチカのためにこの場を予約したのだろう。ガンドーは軽い頭痛を覚えつつ言った。「アー、次はランクをもう一つ落としてくれ」

 

 

……無菌状態の廊下を歩く、髪を結わえた黒スーツの女性。その顔の半分はメンポに覆われている。「オツカレサヨロシサンマデス」時折すれ違う白衣の男性は全て同じ顔、同じサングラス、同じ髪型の研究員カスタム仕様のクローンヤクザ。彼らはルーティンワークめいた作業を任せるにはこの上なく効率的な存在だ。給料も福利厚生も要らない。

 

 

やがて彼女はその突き当りの銀色のドアにたどり着いた。指紋認証を行うと空気圧縮音と共にドアがスライドし、中の冷えた空気が女性を出迎える。中でモニターに流れる数字の推移を眺めていた、白衣にサイバーサングラス姿の女性研究者が振り向きアイサツを行った。「ドーモ、デコイ=サン」「……ドーモ、ウズムシ=サン」

 

 

彼女の名はウズムシ・ツタデ。本計画の主任であり、デコイと呼ばれた黒スーツの女性ニンジャの上司にあたる。「タバネ=サンの様子はどう?」「チフユ=サンの言う通りです。こちらが危害を与えられないと分かってるのか、まともにアイサツすら返さず作業を続けています」「傷ひとつ付けないでくれたまえよ。私の為にも、お前の為にも」

 

 

飄々と言うウズムシに、デコイは眉をひそめながらも頭を下げた。「……ヨロコンデー」ニンジャとはいえ、ヨロシサン謹製のバイオニンジャではないデコイの組織内での立場は決して高いものではない。外注警備会社のいち警備員であった彼女は警備中に爆弾テロに会い瀕死の重傷を負い、そこでニンジャソウルに憑依され、結果ヨロシサンに雇用された。

 

 

「ニンジャになればカチグミになれる」そう思っていた彼女の考えは余りに甘かったと言えるだろう。ヨロシサンには既にバイオ強化された生物兵器めいたニンジャが幾人も上位に存在しており、彼女に与えられたのはデコイ(餌)という自虐的なニンジャネームと、敵の狙いを自分に引き付けさせる文字通りの餌役としての任務だった。

 

 

(だが、それもここまでだ)デコイはそう思い、本社から遥か離れたキョートの地の寂れたアンダーガイオンまで送り込まれた自分の運命を呪うと共に、この先に待ち受ける栄光を信じた。この計画が成功すれば、自分は本社のバイオニンジャすら上回る力を手にする事になる。いけ好かない研究者ではあるが、その意味においてウズムシに感謝もしていた。

 

 

ニンジャになってから判明した、本来ならば何の役にも立たずに終わる筈だったデコイの適性、高度のIS適合者。これに目をつけたのがウズムシだった。彼女もまたヨロシサン内での地位向上を目指しており、その元々の計画に付け加える形でデコイを警備兼要員として迎え入れたのだ。「おっと」ウズムシが何かに気付き、手元のコンソールを操作する。

 

 

「気分はどうかね、チフユ=サン」部屋の中央には巨大なシリンダーめいた水槽が置かれ、透明な緑色の液体が満たされている。その中で酸素マスクを着けながら浮かぶ、全裸の黒髪の女性。その胸は豊満である。『問題ない、快適だ』スピーカーから聞こえるオリムラ・チフユの声。彼女は覚醒している。

 

 

「そうだろうとも。水質、水温、全て最適に調整してある。少し反応を測るため微弱な通電はあるが、まあセントーに入ってると思ってくれたまえ」『ああ、そうさせて貰おう』サイバーサングラスを挟み、ウズムシとチフユは眼を合わせた。強化ガラス越しとはいえ、チフユの超人的な身体能力であればこの水槽を破壊する事は可能かもしれない。

 

 

だが彼女はそれを、仮にこの場にデコイが居なかったとしても実行しない事をウズムシは確信していた。ソンケイに値する愛校精神だ。いや、あるいはそれは家族愛か。「完了後、手間だがまた我々と共にタバネ=サンの所に同行してくれ。彼女は我々ではまともに話を聞いてくれなくてね」『ヨロコンデー』チフユは即答した。感情を映さない瞳で。

 

 

……その偽装された研究所を見下ろすビルに二つの影があった。「あれか」「ああ、再稼働し始めたのはつい数日前からだが、建築系の業者が入った形跡はねえ。建物の構造自体は変わってねえ筈だ」ラウラとガンドーはそう言葉を交わし、研究所を眺めた。「さてと……」双眼鏡を取り出し、ガンドーは周囲の警備状況を探る。

 

 

ニンジャ憑依現象は対象者に大幅な身体能力の強化をもたらすが、それは元のニンジャソウルの影響によって強弱や偏りがある。ガンドーの中のカラス・ニンジャは三倍の脚力と影のカラス化というジツを持つが、カラスだけにか視力はさほど強化されていない。「待て」ラウラがそれを押しとどめると、左目に付けた眼帯を外した。金色の瞳が顕わになる。

 

 

「……正面に二人、裏門に二人。全てクローンヤクザY-14型。装備は……NN447アサルトライフルに、防刃ジャケット。一撃で仕留めれば問題なさそうだ」淡々とラウラは言い、眼帯を戻した。「………」「どうした?」呆気にとられつつガンドーは言った。「いや、何だ、片目じゃなかったんだな」「秘密という訳ではないが、見せびらかすものでもないからな」

 

 

『ヴォーダン・オージェ』肉眼へのナノマシン移植手術による、視力の爆発的な強化とセンサー化による後天的な肉体的特徴である。知識として知る訳ではないが、普段隠しているという事はあまり触れられたくはないのだろう。ガンドーはそれを察し、ラウラにそれ以上尋ねず体を起こした。「よし、行くか。行動は迅速に、そして丁寧にだ」

 

 

「ああ。行くとしよう」そう言うとラウラはガンドーの大きな背中に回り込むと軽く飛び跳ね、その太い首に手を回し背中に乗った。いわゆる「オンブ」の体勢である。「………」「………」数秒、沈黙が場に流れる。「……なあ、ラウラ=サン。こりゃどういうつもりだ?」「ニンジャならここから飛び降りても平気だろう。私は飛び降りたら死ぬからな」

 

 

なるほど。軍人らしい、効率を重視した絵面を気にしない発想だ。「アンタはここで……」「相手の内部戦力が不明な以上、外部で退路を確保する要員が必要だろう。クローンヤクザであれば私も問題なく、気兼ねなく殺す事もできる」「………」残念ながらラウラの言葉は正解である。単独での潜入と脱出は実際危険が大きい。だが、それだけだろうか。

 

 

おそらく彼女も強く思っているのだ。チフユを救いたいと。力になりたいと。「……分かった、しっかり摑まっておけよ」少女を首にしがみつかせながら宙を舞う探偵か。まるでひと昔前のカートゥーンだ。ガンドーはそう苦笑すると、マフラーをメンポめいて首筋に巻き付けた。「ンッ」マフラーの感触がくすぐったかったか、ラウラが声を漏らす。

 

 

「……さあ、行くぜ!」そう言うとガンドーはラウラと共に、ビルの屋上から身を躍らせた。


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