ワン・アイズ・クロウ・ウィズ・ワンス・サマー   作:ターキーX

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#6

薄暗い街並み。だらしなく垂れた電線に停まったバイオスズメが人工的な空に飛び立つ。安っぽいスカイブルーで塗られたアンダーガイオン8層の天井には幾つもの大型タングステン・ボンボリが吊り下げられ、その光量の強弱によって疑似的な昼夜を作り出している。ボンボリの光は次第に強さを増していた。疑似的な朝が来るのだ。

 

 

その光は8層の街並みに均等に降り注ぎ、タコ地区のガンドー探偵事務所の窓にも差し込んだ。「ウゥ……」錆びついたパイプベッド上、タカギ・ガンドーは顔にかかる疑似的な日差しに獣めいた呻きを上げ、寝返りを打とうとした。

 

 

「……ん?」強い違和感。何かが身体の上に乗っている。ガンドーは再度の眠りに落ちようとする意識を無理矢理起こし、目を開けた。銀髪の小柄な少女が身体を丸め、ガンドーの身体を敷布団にするようにして寝息を立てている。その身体には眼帯以外は何も着けていない。

 

 

「………」無言でガンドーは今の状況を把握しようとした。彼の目覚めに反応したのだろう。銀髪の少女が目を開け、「オハヨ、ガンドー=サン」起き抜けだというのに明確な意識で口を開いた。ガンドーは大きく口を開け、「……オハヨ、ラウラ=サン」とりあえずアイサツを返した。朝のアイサツは実際大事だ。

 

 

アイサツを終え、ガンドーはラウラに尋ねた。「なあラウラ=サン、三つ聞いていいか?」「何だ?」ガンドーの上から降り、ベッドに腰かけるラウラ。そのバストは平坦である。「エート、アンタ確か昨夜、ウチで寝床を貸そうとしたら『構わない。適当な所で泊まる』って言ってたよな?」「ああ、そうだ。流石探偵、記憶は良いようだな」

 

 

何故か堂々とラウラは答えた。「安宿を見つけたはいいが、そこの主が何を勘違いしたのか私に金を出して前後を要求してきてな。殴り倒して出て来た」「………」おそらくは家出か、何かしらの後ろめたい事情を持つ少女と思われたのだろう。ガンドーは額に手を当て、二つ目の質問を口にした。「で、何で服を着てないんだ?」「寝る時に着る服が無い」

 

 

やはり堂々とラウラは答えた。「……まあ、それじゃ仕方ねえな」本人がそう言う以上、そうなのだろう。周囲がどう思うかはさておき。「そこまでは分かったが……何で俺の上で寝ていたんだ?」「アンダーガイオンの夜は意外と肌寒い。とりあえずここに戻ってきて、一番体温が低下しない場所で寝ようと思っただけだ」

 

 

やはり堂々とラウラは答えた。ガンドーはどう注意したものか言葉を探し……やがて、諦めたように言った。「アー……何だ、肌寒いなら何か着て寝たらどうだ?」「ふむ、確かにそうだな。考えておこう」それだけ答えるとラウラは全裸のまま洗面台に向かった。ガンドーは朝から草々に頭痛を覚え、額を軽く叩いた。

 

 

ワン・アイズ・クロウ・ウィズ・ワンス・サマー #6

 

 

何故このようになったのか? それは前日の夕方、ガンドーがセシリアの入金により依頼を受けざるを得なくなった時点から説明せねばならないだろう。「さて、依頼を受けるとなると必要な事がひとつある」受けた以上は真剣にやる。探偵としての顔にガンドーは変わり、真面目にイチカに言った。「できればアンタ達の中から一人、バックアップが欲しい」

 

 

「バックアップ……ですか?」イチカが尋ねる。「この件だが、本格的に調べようと思ったらアッパーとアンダー、それとIS学園とも行き来が必要になる。それのフォローと連絡役だ」IS自体がブラックボックス性の高い兵器である都合上、IS学園のセキュリティレベルは物理・ネットワーク共に実際高い。バックドアを用意する内部協力者は必須だった。

 

 

「それともう一つ、俺に万一があった時に音信不通って訳にもいかねえしな」苦笑混じりでガンドーは言ったが、これも実際本心からであった。実際危険な仕事の気配がしていた。強い気配が。「……分かりました。だったら俺が」「私がやろう」考えつつイチカが名乗り出ようとした時、ラウラが有無を言わせぬ勢いで言った。

 

 

「ラ、ラウラ=サン?」驚くイチカ。ラウラはイチカに言った。「イチカ=サンがこれ以上動くのは良策ではない。センセイの弟である以上、一度マークされれば逆にチフユ=サンの弱みになるかもしれない」「あ……」その言葉でイチカの記憶が引き出される。第二回IS世界大会「モンテ・グロッソ」、誘拐された自分、消えた二連覇。

 

 

「………」言葉を無くすイチカ。更にラウラは言った。「それに私であれば自分の部隊への一時帰還などで数日の休みを取る事はできる。口裏を合わせておけば学校側からも怪しまれはしない」「そ、それはそうかもしれないが!」口を挟んだのはホウキである。「と、歳が離れているとはいえ、一つ屋根の下で男と寝食を共にするというのは……!」

 

 

「さっきのヨタモノの話では、このガンドー=サンは年季もあるプロの探偵だ。依頼人を傷物にする事は無い。そうだな?」「あ? ああ……勿論だ。そこは信用してもらっていいぜ」いきなり話を振られ、ガンドーは戸惑いつつ答えた。自分の探偵事務所というホームで話をしているはずが、どうもこの場では彼女らに主導権を奪われがちだ。

 

 

「他はどうだ?」「………」異論は出ない。ラウラは改めてガンドーに向き合うとオジキした。「ガンドー=サン、ヨロシクオネガイシマス」「あー、ラウラ=サン、ヨロシクオネガイシマス」オジギを返すガンドー。「とりあえず今晩はIRCネットで集められる情報をまとめて、本格的な調査は明日から始める。動き有ればすぐに連絡するぜ」

 

 

「ヨロシク、オネガイシマス」イチカは深々と頭を下げた。まだこの探偵と出会ってから数時間と経っていない。しかしイチカは彼とのイクサとその後の会話から、直感的に信用すると決めた。先程騙されたようにこれは少年特有の短絡的な思い込みかもしれぬ。だがそれでも、少なくとも彼はアッパーの名ばかりの探偵よりは遥かに信用できると思った。

 

 

「では、お願いしますわね。追加の必要経費が発生した場合は遠慮なく申しつけ下さいな」セシリアが言った。「……出来るだけ抑えるさ」ガンドーが気まずそうに答える。やはりハイティーン相手に大金をこれ以上要求するのは気が引けるのだろう。「頼むわよ探偵さん! オリムラ=センセイは私達全員にとって大事な人なんだから!」リンが強く念を押す。

 

 

「ガンドー=サン、ヨロシクオネガイシマス」最後にシャルが丁寧に礼をする。他と違ってそこまで当たりが強くないその態度に、ガンドーはやや和らいで答えた。「ああ、任せといてくれ」「ただ……」シャルは笑顔のまま、声のトーンを落とした。「もし調査中にラウラ=サンに何かあれば、全力の絨毯爆撃をお見せしますね」シャルは笑顔のままだ。

 

 

「……ああ、任せといてくれ」成程、このグループの中で一番怒らせてはいけないのは彼女か。ガンドーはそれを知り、僅かに背を震わせた。時刻は既に夕方に近い。学園へ戻るイチカ達を送り、半壊した事務所内にはガンドーとラウラのみが残った。「さてと、それでアンタの寝床だが……」「構わない、適当な所に泊まる」

 

 

そう言って、今後の簡単な打ち合わせを行った後にラウラは事務所を出て、ガンドーはUNIXの修復作業を行って幾つかの調査を行い、就寝した。そして今朝の一件に繋がる。「……昔は助手がいたのか?」大き目の洗面台の鏡の前で歯ブラシを動かしつつラウラが尋ねた。「何でそう思うんだ?」その横で同じく歯ブラシを動かすガンドー。

 

 

「歯ブラシにコップが二つ、デスクだって複数あった。探偵でなくても分かる」「ああ、昔居たぜ。優秀なのがな」「今は居ないのか?」「アー、まあ、居ないって訳でも無いんだが……」そう言うと、ガンドーはどう答えたものか考えているのか額の黒い太陽めいた弾痕をトントンと叩いた。ラウラはコップの水を含み、口を漱ぐと何か察したように頷いた。

 

 

「なるほど……そういえば日本の独身男性は自身の孤独を埋めるために、自分の脳内に『ノウナイ・ヨメ』なるものを飼うと聞いた事がある。それか」「……それで構わねえよ」面倒になったのだろう。ガンドーは顔をしかめつつ口を漱いだ。「それよりラウラ=サン、こっちからも聞いていいか?」「何だ?」「何で名乗り出たんだ?」

 

 

ボーイフレンドのイチカへのアピールか、チフユを救いたいと思う気持ちの強さからか。ガンドーからすれば軽い気持ちからの質問だったが、返ってきた返答は遥かにシリアスだった。「イチカ=サン達に殺人はさせられないからな」ガンドーはコップを戻す手を止め、ラウラの方を向いた。「何だと?」

 

 

「最初のイチカ=サンへの説得も、学生に対しての高額な依頼料も請求も、これ以上関わらせないためだったのだろう? 彼女の資産を甘く見たな」「………」「それだけ危険な調査ならば当然身の危険もあるだろう。その時、イチカ=サン達では相手を殺す所までは出来ない。だが、軍で『殺し方』を学び、実践してきた私なら出来る」

 

 

「……大したもんだ」ガンドーは素直に感心した。このどこか天然めいた少女が、自分が思うより遥かに重い覚悟で挑んでいた事に気付いたのだ。「ラウラ=サン、ブッダのこの話を知ってるか?」だが、それ故に危うさをガンドーは感じた。彼女は余りにシリアスになり過ぎている。「どんな話だ?」

 

 

「ある日ブッダは使徒を集め、ワニで満たされた蓮池の上に一本の縄を渡すと、そこを渡るように使徒に命じた。最初のひとりは全くブレずに縄を渡ろうとして、あえなく池に落ちた。二人目は棒を持ち、左右にブレながら歩く事で見事これを渡り切った」「ブッダの使徒は無謀な訓練を平然と行えるほど訓練されていた、という話か?」

 

 

「……まあ、そういう解釈もあるけどよ。俺の師匠はこう言っていた」真顔で答えるラウラに、ガンドーは軽い頭痛を覚えつつ話を続けた。「シリアスになり過ぎて右にブレ過ぎても、リラックスし過ぎて左にブレ過ぎても、小さなブレを恐れてもいけない。そうしなければ縄を渡れずに落ちるってな」「……なるほど、それが探偵の流儀か」

 

 

ガンドーの言葉の意味の何割かでも伝わったのか、ラウラは口元に僅かな笑みを浮かべた。「そうだ、それでいい。陽気に、真面目にだ。とりあえず朝飯を食ったら調査開始だ」「分かった、協力しよう」頷くラウラに、ガンドーは今更ながら言った。「……いい加減、着たらどうだ?」彼女は未だに全裸のままだった。

 

 

───それからの数日は、ガンドーにとっても、またイチカ達にとっても慌ただしい時間だった。

 

 

IS学園・IRCルーム内、シャルは緊張した表情でキーボードに指を走らせていた。その一方で、廊下に顔を出しつつリンが周囲を警戒する「リン=サン、誰か来てる?」「まだ大丈夫!」ピポッ、画面から小さいPING音が鳴った。ガンドーが複数の外部サーバーを経由して、ラウラとシャルのIS学園生アカウントを利用して学内のネットに潜入したのだ。

 

 

これは言わば、IS学園の分厚い校門を二人の学生証を利用して突破したような状態である。とはいえこれだけでは達成率は50%、ここから更に職員室に忍び込み、会議ログを盗み出すのがこの行為の目的だ。当然ながらこれは学生の権限を大幅に逸脱した行為であり、発覚すれば良くて厳重注意、悪ければ停学も有りうる。

 

 

「接続良好。数分の接続状況維持頼む」ガンドーからのメッセージ。シャルは偽装として開けた別ウィンドウで友人と他愛ないメッセージの交換を行う。「……ヤバイ、センセイが来てる!」廊下のリンからの声。シャルは額に汗を浮かべガンドーに警告を送った。「リン=サン、足止めお願い!」「わ、分かった!」

 

 

リンは慌てて廊下に出ると、こちらに向かう途中だった教師に何気ない素振りで声をかけた。「あ、あの、センセイ! 質問があるんだけど……」「あら、どうしたの? リン=サン?」「エ、エート、その……」モニターではカエルとウサギのCGが荷物の受け渡しを行っている。ダウンロード率、60%……70%……80%……90%……

 

 

「来た!」『ダウンロード完了』の表示と共にシャルは接続を切断し、画面を通常状態に戻した。「あ、ゴメンナサイ! リン=サン、もう解決したから!」素早く廊下に出て、たどたどしく話すリンに助け舟を入れる。「そ、そう? 良かった! センセイ、解決したみたいなのでこれで!」「え? リン=サン?」呆気に取られる教師を残し、二人は逃げ出した。

 

 

IS学園・シミューレータールーム。「むう……流石はオリムラ・センセイ。全く動きに無駄がない」「感心している場合じゃないぞ、ホウキ=サン?」ホウキとイチカが確認しているのは、チフユの最後の授業の映像記録だ。戦闘の参考にするために、記録映像の閲覧は生徒には許可されている。無論、一般市民にとってはこれも極秘事項だ。

 

 

イチカ達の目的は、アリーナを出る時にチフユに同行していた二人の映像である。「ウーン……」録画はチャイムが鳴る所までしかされていない。最後の画像が残っていれば話が早かったのだが、仕方なく客席がフレームインしている画像を1カットずつ確認してゆく。「イチカ=サン、これはどうだ?」

 

 

ホウキに呼ばれ、イチカはその画像を見た。授業終わり間近、イチカとチフユが組み合っている部分だ。客席の一部に黒い影。それを拡大する。黒髪のスーツの女と、サイバーサングラスに白衣の女性。「これだ!」「こいつらが、オリムラ・センセイを……?」それは一見ただの二人の女性。しかし、映像からも伝わる邪悪さをイチカ達は確かに感じ取った。

 

 

アッパー市街地の高級カフェ。サマードレス姿のセシリアは優雅にチャブ上のティーカップを手に取り、紅茶を一口飲んだ。「あの……」灰色のスーツを着た青い瞳の老人が彼女に声をかけた。「スミマセン、私はキョートは初めてで……ガイジン向けの観光地で、何か良い所はありませんか?」

 

 

セシリアは落ち着いた口調で答えた。「そうですわね。でしたらリキシャーに乗って五重塔巡りなどは如何でしょう? バイリンガルなドライバーなら丁寧に案内して下さいますわよ」「アリガトウゴザイマス。お礼と言っては何ですが、これを……」丁寧に頭を下げ、老人はマンジュウ菓子を机に置くと歩き去った。

 

 

「………」セシリアは無言でマンジュウを手に取ると、二つに割った。中にマイクロフィルム。IRC端末を手に取り、静かに言う。「こちらオルコット。どうやら本当だったみたいですわね」情報は揃いつつあった。

 

 

──某所、某時刻。

 

 

赤い照明が点灯する室内。無数のケーブルが床に這い、室内の各所に用途不明な機材が無造作に転がっている。その中央に玉座のように置かれた、リクライニングチェアめいた銀色の椅子。そこに座り、8つのホログラムモニターと8つのホログラムキーボードを同時展開して高速タイピングを続ける女性。

 

 

BEEP、BEEP、BEEP、「訪問者ドスエ」アラート音と共にマイコ音声が響く。「んー?」タイピングを行う指を止めぬまま、その女性は視線だけを動かして壁沿いのモニターを見た。「お?」その指が止まる。「おーおーおー!」蒸気排出音めいた響きと共に隔壁が開く。そこに立つ三人の女性。「おわー! ちーちゃん! ちーちゃん! 生ちーちゃんだよ!」

 

 

「……『生』はやめろ」オリムラ・チフユはテンション高くはしゃぐ彼女を前に、あくまで落ち着いた口調で言った。「嬉しいなー! 初めてじゃない? ちーちゃんからここに来てくれたのって!」しかし相手はそれを聞くつもりも無いようだ。余程嬉しいのか、ぴょんぴょんと室内を跳ねまわっている。

 

 

歳の程は20代前半だろうか。ブルーのワンピースにエプロン、頭にはウサギ耳めいたカチューシャ。到底この場所のアトモスフィアとは噛み合わない姿である。少なくとも、街中でこの姿で歩いていて彼女がISの最初にして唯一の開発者、シノノノ・タバネであると分かる者は居ないだろう。

 

 

「いやいや待っててね。今すぐオチャとオカキ用意するから」チフユの後ろの二人を少し見ただけでスルーし、タバネは戸棚へ向かおうとして……その足を止めた。彼女としては極めて珍しい事にその背後の二人を二度見し、顎に手をあてる。「ほー、ほほー、ニンジャ、ニンジャだね。珍しいねえ、ニンジャなんて。ニンポ使える? ブンシンできる?」

 

 

スーツの女性の方の眉が不快そうに歪む。それを抑えるように白衣の女性がサイバーサングラスに指を置いた。液晶画面に『オチツケ』と表示される。「……タバネ=サン、頼みがある」チフユは僅かに表情に苦渋を浮かべると、静かに口を開いた。


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