ワン・アイズ・クロウ・ウィズ・ワンス・サマー   作:ターキーX

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#5

「……!?」オリムラ・イチカは驚きを顔に浮かべつつ眼前の白髪の巨漢を見た。生身の相手に全力のISの攻撃を叩き込めば実際死ぬ。確かに加減した攻撃ではあった。しかしそれでも生身の人間の反応速度では対応困難な速度と、無力化させるには十分な威力を込めた一撃の筈であった。

 

 

だが、相手の速度はイチカの予測を上回っていた。ビャクシキ装着による奇襲の一撃を、装甲展開から衝撃までの一秒にも満たない時間で反応し、回避したのだ。「……何者だ、アンタ?」驚きを浮かべたままその巨漢、ガンドーに尋ねる。「そりゃこっちの台詞だぜ、ギャラクシーファイター」マグロ=スシを口にいれつつ、探偵はそう答えた。

 

 

ワン・アイズ・クロウ・ウィズ・ワンス・サマー  #5

 

 

(さて……こいつは何だ?)タカギ・ガンドーはイチカの白い装甲を見据えつつ思考した。ニューロンの奥から眼前の少年が装備するパワード・スーツの正体に関する情報を検索する。やがて、その中から掘り出される幾つかの新聞記事。

 

 

オーバーテクノロジーめいた女性しか扱えない超兵器。表向きはスポーツ競技として、アッパーにそれの操縦者を育成する国際機関が存在するのはガンドーも知っていた。その中で唯一の男性操縦者の存在はキョート新聞のスポーツ欄を一時期賑わせていた。まあ、それもカタストロフ後はうやむやになってしまったが。

 

 

(とすると厄介だなァ、こりゃあ)オムラ・インダストリの欠陥AI搭載ロボ程度ならガンドーも相手をした事があるが、それとは性能は格段に違う筈だ。何より(おそらくはこちらの事を勘違いしたままの)少年を相手に全力で戦うというのはガンドーとしても気は引けた。(だったら……)「イヤーッ!」ガンドーは床を蹴り、真横に飛んだ。

 

 

その先には古びたコート掛け。スラックスと白いシャツ、サスペンダー姿だったガンドーは咄嗟にそのコートを手に取ると、即座にそれを羽織った。同時にガンドーの首回りに黒いマフラーが生成され、メンポめいてその顔を覆う! ガンドーは両脇に手をやり、そこから黒光りする巨大拳銃・49マグナムを取り出した。(手品めいたやり方だが……!)

 

 

おお、見よ! 破損したデスクの影から数羽のカラスが飛び立ち、弾の込められていない49マグナムに飛び込み弾丸と化したではないか! これこそガンドーに憑依するニンジャ、カラス・ニンジャのジツである! 「ニ、ニンジャ!?」それを見てイチカは明らかな動揺を見せた。「ニンジャナンデ!?」

 

 

古代よりニンジャは超常的な能力で世界を裏から支配してきた。全てのモータルには、遺伝子レベルでニンジャへの恐怖が記憶されている。それは普段は顔も出さないが、ニンジャと直面した時に呼び起され、モータルに抑えがたい恐怖とパニックを引き起こすのだ。これがNRS(ニンジャ・リアリティ・ショック)である。

 

 

如何に強力なISだろうと装着者はモータルである。ガンドーは正面からでなく、こちらをニンジャと認識させる事でNRSを引き起こし無力化させようと考えたのだ。「イ、イヤーッ!」しかし、イチカは表情こそ動揺を露わにしながらも的確な動きで近くの椅子を足場に宙を舞った。行動に支障なし!

 

 

これはISに搭載されている操縦者保護機能による。宇宙空間での運用をそもそもの前提としていたISには、着用者を守る機能が幾重にも搭載されている。例えば急加速や急制動などでブラックアウト・ホワイトアウトを着用者が起こしかけた場合、ISのナノマシンが血流のコントロールを行い健康状態を維持するのだ。

 

 

イチカは確かにガンドーのメンポとジツを見てNRSを起こした。しかしナノマシンが急激な心拍数の上昇等を感知し、自動的にイチカの身体をヘイキンテキな状態に戻したのだ。「イヤーッ!」イチカは空中で三回転すると、ガンドーの背中に蹴りを叩き込んだ。「グワーッ!」SMAAAASH! そのまま壁沿いに置かれたロッカーに頭から衝突! 

 

 

「ヤ、ヤバイ!?」イチカはやり過ぎたかと焦った。しかしガンドーは軽く頭を振っただけで立ち上がった。「ああ畜生、やっぱりそう簡単にはいかねえか!」ISの聴力強化機能がそう呟くガンドーの声を拾う。改めて向き合う両者。ラウンド2だ!

 

 

『これは、何と! 見えます、爆破されたドヒョー・リングの上に人影が!』ノイズ混じりのオスモウ中継が二人の間に空気を読まずに流れる。「………」無言でイチカはガンドーを見た。どこかサイバネ化しているのだろうか。この探偵は常人に比べて遥かにタフネスだ。何とか抵抗されない程度に無力化しようと考えていたが、加減が難しい。

 

 

「オイ、少年」一方、ガンドーはイチカが規格外の装備を持ちながらも、その精神は普通の少年のそれと変わらない事に気付き始めていた。ならばここは駆け引きから隙を作りだし、場の流れを掴むべし。「アンタの格好いいそれ、拳銃くらいなら平気か?」「エ?」ガンドーの奇妙な質問にイチカは一瞬戸惑い、そして律儀に答えた。「……ああ」

 

 

「聞いた事あるぜ。それ、ISって奴だよな? 新聞じゃ『ミサイルだって跳ね返し空も飛ぶ。実際スゴイ』とか書かれていたな」視線を合わせたまま言葉を交わす。「詳しいな、アンタ」「探偵だからな」ガンドーの口調はあくまで軽い。基本的に陽気な男なのだ。「……探偵で、人買いだろ?」そう答えるイチカの視線は険しい。

 

 

「………」ガンドーは答えなかった。ここで彼の言葉を否定しても信じてはもらえないだろう。まずは落ち着いて話が出来る状況まで持っていかなければ、この手の血の気の多い少年は止まらない。過去の様々な事件の経験からガンドーはそれを知る。「……泣くんじゃねえぞ!」

 

 

ガンドーは床を蹴り、イチカに肉薄した。ハヤイ! カラス・ニンジャ憑依時にガンドーが得た、常人の三倍の脚力による加速だ! 「イヤーッ!」BRAM! BRAM! ガンドーの49式マグナムが黒い弾丸を吐き出す! 「イヤーッ!」しかしイチカはその銃撃を予測、一手早く動き弾丸を回避! ワータヌキ置物粉砕! 陶製フクスケ粉砕!

 

 

だが「イヤーッ!」「グワーッ!?」イチカは予想外の方向から強烈な衝撃を受け、その身体を大きく後退させた。シールド防御をして無視できぬ衝撃だ! BRAM! 再度の銃撃! その銃撃はイチカの方に向いていない。しかしその49式マグナムの爆発的反動によるガンドーの肘が立て続けに叩き込まれる! 「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

 

ゴウランガ! これこそ暗黒武道ピストルカラテ! 常人ならば発砲の衝撃だけで骨折する程の49式マグナムの爆発力をカラテの速度と威力に転化した、危険極まりないカラテである! それにガンドーのニンジャ筋力とニンジャ瞬発力が加わる事により三倍、つまり百倍のカラテとなる。その威力は爆弾にも引けを取らぬ!

 

 

イチカは背中に鉄の翼を展開し、後方に下がる! (やれるか!?)ガンドーは吹き飛んだイチカに肉迫しようと脚に力を込めた。幸いISの防御力は触れ込み通りのようだ。両手の49マグナムの残段数は右が4発、左が5発。一対一のイクサであれば十分な数。

 

 

(こいつは!?)一方、イチカはここに来て相手の戦力を見誤っていた事を悟った。先ほどのニンポ(訳注・ニンジャが使うジツ(術)と異なる、魔法めいた概念)といい、この探偵が本物のニンジャであると信じざるを得ないようだ。イチカは焦りから左手を構えた。その手の先からエネルギーの爪が生まれる。ビャクシキの兵器の一つ、「セツラ」である。

 

 

アブナイ! この爪の一撃を受ければ如何な頑丈なガンドーの身体だろうと無事では済まぬ! しかしイチカのシールドも今の連撃で大きく消耗している。もしガンドーの残りの弾を全て使ったカラテを食らえば無事には済まぬ。緊急用の絶対防御の発動のタイミング次第では、イチカの肉体にもダメージは及ぶであろう! 

 

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」距離を詰める両者! 「イヤーッ!」瞬間、そこに赤い影が割って入った! 「シバラク、シバラク!」制止の声。CRAAASH! 衝撃音と共にデスクが吹き飛ぶ! 「……何だァ?」ガンドーは呟いた。イチカと同様の、赤いISを装着した少女が両手のカタナでイチカのクローとガンドーの49式マグナムを食い止めている。

 

 

「シバラク! このイクサ、待った!」赤いISの少女、ホウキは必死に声を上げ制止しようとしていた。「ホ、ホウキ=サン!?」驚くイチカ。「イチカ=サン! バカ! スゴイ、バカ!」容赦ない罵声をホウキは浴びせた。「……その探偵は人身売買のバイヤーではないぞ、イチカ=サン」ドアからの声。そこに立つ4人の少女と、大きなボロ雑巾めいた何か。

 

 

銀髪の少女、ラウラはそう言うと手にしたボロ雑巾を床に投げた。「こいつ!?」イチカは驚いた。ボロ雑巾に見えたそれは、徹底的に叩きのめされた人間だ。そしてその人間にイチカは見覚えがあった。「……どうやら、見えてきたな」ガンドーはため息を一つつくと緊張を解き、49マグナムを回転させるとホルスターに戻した。「さて、話をしようじゃねえか」

 

 

……20分後!

 

 

無茶苦茶になった事務所内を何とか話が出来る程度まで片づけ、何とか破損を免れたチャブを挟んでイチカ達とガンドーは向き合っていた。「スミマセン!」「アー、まあ、何だ、騙されてたんだから、気にする事はねえよ」ドゲザするイチカにガンドーは軽く答えたが、スクラップ化したデスクを見て軽い頭痛を覚える。これでガンドー事務所は素寒貧だ。

 

 

「それよりも、事情を聞かせて貰えないか?」とりあえずガンドーは事務所の修繕の事を一旦ニューロンの奥にしまい込み、イチカ達の話を聞く事に思考を切り替えた。ISというのは装着に適性があるという。彼ら、彼女らは適性者という時点でアッパーでもVIPクラスの筈だ。そんな存在がこうしてアンダー中層まで来る必要がある事情、興味はあった。

 

 

「えっと、でも、それは……」「一応は探偵の端くれではある。話は聞くぜ?」申し訳なさそうに頭を上げたイチカにガンドーは重ねるように言った。そう言いつつ近くのコンパクト冷蔵庫からZBRカクテルの缶を取り出してプルタブを押し開け、一息に呑む。「まあ」セシリアが眉をひそめた。大凡上品とは言えない行為だ。

 

 

「……アー、これは痛み止めだ」普段通りに振る舞いすぎたか。ガンドーはセシリアの反応に咳払いで返すと、改めてイチカに向き合った。「で、誰を探しているんだ?」そう言われ、イチカは背筋を伸ばし答えた。「……姉を、探しています」そしてイチカは語り始めた。チフユの最後の授業、謎の二人、それからの音信不通とアッパーの探偵社での出来事。

 

 

「三日で?」ガンドーはそれまで黙って聞いていたが、探偵社の下りでイチカに初めて質問した。「ハイ。依頼をしてから三日で『ウチでは無理』と断られました」「………」顎を擦りつつガンドーは考えた。余りに早く、そして不自然であった。その表情に苦みが増す。

 

 

アッパーの探偵社は資金面、人材面でも優秀だが、何よりアンダーと比べて勝っているのはメガコーポ等との強いコネクションだ。情報そのものを商品として、簡単な依頼であればその繋がりを通じて容易に解決させてしまう。ミツケル探偵社ほどの大手であれば、IS学園の教師ひとりの足取りを掴むのは可能だった筈だ。

 

 

では何故イチカに断りを入れたのか……答えはシンプルで、かつ厄介だ。おそらくは、大手探偵社の繋がりがあるメガコーポでも太刀打ちできない程の暗黒メガコーポが、そして、その規模の相手であれば……確実にニンジャが絡んでいる。だからこそ調査を打ち切り、イチカに断りを入れざるを得なかった。そう考えるのが自然だ。

 

 

(さて……)ガンドーは更に考える。ここでイチカを普通に帰しただけでは、彼は諦めず姉の捜索を続けるだろう。それで踏み込み過ぎれば、邪悪な企業ニンジャと遭遇して殺される可能性は実際高い。ガンドーのようにモータル時の人間性を維持したままニンジャ化する者は少ない。多くはニンジャ邪悪性に呑まれ、躊躇なく他者を殺傷できる存在になる。

 

 

そしてその規模の相手では、如何にガンドーがニンジャとはいえ単独で挑むには荷が重い案件と言えた。国内有数クラスの大企業は何処も裏の仕事のためにニンジャを雇用している。それは一人二人ではない。バックアップ無しでそれに挑むのは、激流に命綱無しで飛び込むのと同義と言えた。

 

 

「……いいか、イチカ=サン」暫しの沈黙の後、ガンドーはイチカ達に言った。「おそらくそのチフユ=サンの件だが、ニンジャが絡んでいる」「はあ? ニンジャ?」リンが呆れたように言った。モータルにとってニンジャはあくまで宇宙人めいた架空の存在だ。その反応を当然のものと受け止めつつ、ガンドーは大真面目に返した。「ああ、ニンジャだ」

 

 

「え、ええっと……」「シャル=サン、リン=サン、この人の言っている事は本当だ」反応に困るシャル。イチカは彼女らにフォローするように言った。その視線を再びガンドーに合わせる。「……ガンドー=サン、アンタもニンジャなんだよな?」頷くガンドー。「そうだ。だから分かる。危険だ」「ニンジャに殺される。そう言いたいのか?」ラウラが言った。

 

 

「………」ガンドーは意外そうにラウラを見た。「何だ?」「いや、随分あっさり信じてくれると思ってな」「ドイツ軍でもニンジャの存在は認識しているし、軍属のニンジャも居たからな」あっさりとラウラは答えた。「も、勿論わたくしも存じていましたわ!」謎の対抗心からかセシリアも言う。

 

 

「……イチカ=サンを信じるとしよう」ホウキはそれだけ言うと、ガンドーを静かに見た。居心地の悪さを感じつつ、ガンドーは言葉を続けた。「もう一度言うぜ。イチカ=サン、アンタの姉のチフユ=サンの失踪だが、ニンジャが絡んでいる可能性が高い。これ以上追いかけるのは危険だ」

 

 

イチカの表情に険しさが混じる。「……諦めろ、と言うんですか?」「諦めるんじゃない。アンタの姉さんを信用しろと言ってるんだ」我ながら詭弁だ。そう思いつつガンドーは言った。「自分の意思で彼女が姿を消したなら、戻ってくる可能性だってある。それをもう暫く待ってみるんだ」「………」納得していない。まあそうだろう。ガンドーは嘆息した。

 

 

「ガンドー=サン。貴方も探偵との事ですが、ご依頼は出来ませんの?」セシリアが身体を前に出して尋ねた。予想通りの展開。ガンドーは演出的な苦笑を浮かべた。「アー、まあ、俺としても引き受けたい所ではあるんだが……」わざとらしくスクラップ化したデスクに視線を向ける。「アッパーで調査をするには、予算がなァ」

 

 

「弁償を含めて依頼料はちゃんと出しますわ。お幾らですの?」真剣な表情で問いかけるセシリア。ガンドーは少し考え、予想される必要経費よりややふっかけた額を言う事にした。「まあ……最低でも初動で500万は必要だな」「ごっ……」言葉を失うイチカ。ガンドーは内心で安堵の息をついた。彼らには悪いが、これで諦めてくれれば危険は遠ざかる。

 

 

「………」セリシアはその額を聞き、無言で携帯IRCを取り出した。「ガンドー=サン、こちらの事務所の口座番号をお教えいただけます?」「あ? ああ……」多少戸惑いつつもガンドーは素直に答えた。「………」無言で携帯を操作するセシリア。キャバァーン! 突如、奇跡的に破損を免れていた事務所のUNIXがジングルを鳴らした。

 

 

「あ?」嫌な予感を覚えつつ、ガンドーはモニターを見た。事務所の預金口座の金額のケタが二つ増えている。「………」言葉を失うガンドーに、セシリアは堂々と言った。「イチカ=サンのご依頼、受けていただけますわね?」セシリア・オルコット。イギリス名門貴族にして、両親の遺した遺産を守り抜いた少女。彼女はその莫大な予算の使う時を知る。

 

 

「………」ガンドーは暫し天を仰ぎ何とかここから言い逃れる術を探り……やがて、諦めたように頭を下げた。「……ヨロコンデー」


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