ワン・アイズ・クロウ・ウィズ・ワンス・サマー   作:ターキーX

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#4

「第4層開発計画推進要求」「アッパーと見紛うサービス」「スシ」「カラテが身を護る」「良心的価格」「アルヨ仕事」「キョート・アポカリプスの真相説明会」等々の胡乱なチラシが灰色の壁に貼られ、アンダーガイオン3層の緩い風に微かに揺れる。しかしエレベータ搭乗口に並ぶ者たちはそんなチラシを一瞥もしない。

 

 

オリムラ・イチカはエレベータのゲートで警備を行うケビーシ・ガードにIDカードを差し出した。第3層までは比較的フリーで来れたが、ここからはより警備が厳しくなるようだ。下からパス無しで侵入する者を防ぐ役割もあるのだろう。ガードはイチカのIDを確認すると、気遣うように言った。「君、ここからは実際アブナイだよ?」

 

 

イチカはIS学園の白い制服を着たままである。アッパーの学生が制服のまま向かうには、確かにここから下は安全とは言えないだろう。「ダイジョブです。人と待ち合わせていて、ガードも居ますから」イチカはそう答えた。これは半分嘘であり、半分は本当だ。まだ人と会うアテは無いが、ガードは彼の右手に存在している。

 

 

「分かった。カラダニキヲツケテネ」「アリガトウゴザイマス」カードを受け取り、イチカはエレベータに乗った。降りる人は少なく、乗る人は多い。中層に住居を持つ労働者が多いのだろう。大半が男性で、古びた対汚染ブルゾンやダスターコートを羽織っている。イチカは改めて自分が降りようとしている場所の空気の違いを感じた。

 

 

そのイチカの背中を数十m後方から伺う少女の一団があった。ホウキ達5人である。「ちょっと、乗り遅れますわよ!?」「ここから先のリフトに同席すれば流石に気付かれる。次の便で行くべきだ」焦るセシリアをラウラが止めた。IS学園の制服を着たガイジンを含む5人の少女グループ、それも全員がカワイイでは確かに目立つのは避けられない。

 

 

「だが、せめてイチカ=サンが何層で降りるかだけでも把握できないと見失うぞ?」「……なら、私が先行しよう。尾行は訓練済だ。イチカ=サンが何処で降りたかを確認したら、合流ポイントを決めて落ち合おう」「え? ラ、ラウラ=サン?」焦るホウキに、ラウラは頷くと返事を待たずエレベーターに向かい始めた。

 

 

何時の間に着替えたのか、彼女だけはIS学園の制服でなく着古したジーンズにチェック柄のシャツ、少し汚れたフード付きのパーカーというアンダーでも珍しくない服装である。確かにその姿で単独なら、イチカにも気付かれないだろう。BEEP、BEEP、アラート音が鳴り、ラウラは駆け込み乗車めいた所作でエレベータに乗り込んだ。

 

 

「ラウラ=サン、全く!」ホウキは勝手に先行したラウラの背を見つつ言った。IS学園の生徒は各国からIS適性を見込まれ送り込まれたカチグミである。それ故か彼女らは個性的でマイペースな者が多い。特にラウラは他の少女と異なり、ローティーンの頃からドイツで軍の特殊部隊に所属し、今ではその隊長も兼任しているとホウキは聞いていた。

 

 

「ま、まあ、間違った事は言ってないんだし、私達はラウラ=サンの報告を待って次の便で降りようよ」シャルが怒るホウキを宥めるように言う。「ねえ君たち、アッパーの学生だよね?」その時、彼女ら4人に声をかけてきた者たちがいた。「え?」リンがそちらを振り向くと、数人の若い男たちのグループがこちらに軽薄に笑いかけている。

 

 

彼らは一様に日焼けし、鍛えた筋肉を誇示するように半袖から太い腕をむき出しにし、襟を開けて胸筋をアピールしている。おそらくは大学でカラテやケマリをしているジョックの大学生グループであろう。彼らのリーダーと思しき、金髪チョンマゲの大学生が声をかけた。「アンダー初めて? 俺ら案内するよ?」

 

 

ナムサン! 彼らはこうやってアンダーガイオンに慣れていない女子に目に付け、親切な振りをしつつ秘密部屋に連れ込み前後行為に持ち込んでいるのだ! 「えっと……どうしようかな」シャルは考えるような素振りで胸元のクロスを弄った。一見恥じらいのように見える行動だが、それは実際拳銃の撃鉄に指を置く行為に等しい。

 

 

ISは、シノノノ・タバネの生み出したハイ・テックにより通常は粒子化され各自のアクセサリに収納されている。それらを彼女たちは1秒以内で完全展開できる。いわば今も彼女らは完全武装の状態なのだ。「……リン=サン、次の便は何分後だ?」ホウキは彼らを文字通り塵紙を見るような視線で眺めると、背後のリンに尋ねた。

 

 

「えっと……10分後ね」IRC端末に時刻表を表示し、リンが答えた。「十分だ」ホウキはそう言うと、金髪チョンマゲに向かって言った。「いいだろう。案内してもらおうじゃないか」(ああ、これはホウキ=サンがあの人たちをISで叩きのめして、ボク達がそれに巻き込まれる展開だね)(そうね)(ですわね)シャル・リン・セシリアは無言で視線を交わした。

 

 

ワン・アイズ・クロウ・ウィズ・ワンス・サマー  #4

 

 

───アンダー第8層・イカ地区・メヒジキ=ストリート

 

 

「ア、アイエエエ!?」ストリートギャング”ブラッディ・オキナ”リーダーのタケゴトは眼前の光景に悲鳴を上げ、腰を抜かした。彼らブラッディ・オキナは血も涙も無いギャングである。上層から迷い込んできた旅行者やアッパー住民などに目を付け、包囲し、金を巻き上げ、更に身分が高そうな者であれば拉致して身代金を要求する。

 

 

今回彼らが目をつけたのも、そんな上層から迷い込んできた学生の筈であった。明らかにアンダー慣れしていない挙動、上質な白い制服。アッパーから度胸試しに来たイディオットな少年と見定め、タケゴト達十数人は手に手に金属バット、バール、サスマタ、ジュッテ、ブラックジャック等を威圧的に構えてその少年を包囲した。

 

 

今思えば、包囲した時の反応からおかしかった。「良かった。思ったより早く会えた」そんな事を言い、まるで平然としている。「ナンオラー!?」「スッゾコラー!」威圧的なヤクザスラングと共に包囲が狭まってゆく。「ザッケンナコラー!」舐められたと思ったタケゴトは叫びと共に金属バットを振り下ろした。腕の骨の一本程度は折るつもりだった。

 

 

しかし、確かに少年の腕に叩き込まれるかに見えた金属バットは突如出現した装甲によって澄んだ金属音を鳴らすに留まった。「何だ、こりゃあ……?」「時間が無いんだ。えっと、アンタがリーダー?」「アッコラー!?」不穏な気配を感じた部下が背後からジュッテで殴る! 金属音! やはり突如現れた装甲で少年は無傷!

 

 

「チェラッコラー!?」それを見た別の部下が右からバールで殴る! 金属音! やはり少年無傷! 「スッゾスッゾコラー!」別の部下が左からサスマタで殴る! 金属音! やはり少年無傷! 既に少年の身体は、白いヨロイめいた装甲と不可視の障壁で包まれていた。「ア……」タケゴトが悲鳴を上げかけた瞬間、その顔に鉄の拳が叩き込まれた。

 

 

実際手加減はされていたのだろう。タケゴトは鼻血を噴き出しながら仰向けに倒された。周囲の部下が色めき立つ。「アンタ達、見た目通りの悪人みたいだし遠慮は要らないよな!?」その少年はそう言うと、周囲のヨタモノ達に拳を向けた。タケゴトの意識があったのはそこまでで、おそらくは数十秒の気絶の後、目を覚ました時には全員が昏倒していた。

 

 

「アイエエエ!」もはやギャングとしての威勢も失い、這いずりながら逃げようとするタケゴト。その襟首を誰かが掴んだ。「ちょ、ちょっと待った!」見ればその少年が装甲に包まれた手で自分を軽く持ち上げている。「アイエエエ……」「この第8層がアンダーで一番誘拐や失踪が多いって聞いたんだ。アンタ、何か知らないか?」

 

 

少年……否、既に名を伏せていても賢明な読者の方々はお気づきだろう。イチカは焦りを顔に浮かべつつ、恐怖に凍ったままのタケゴトに尋ねた。何とも少年らしい向こう見ずな行動であった。「蛇の隠れ道は実際蛇が知っている」とはミヤモト・マサシの格言である。イチカは情報誌で知ったアンダーのそういった危険地帯で、チフユの失踪の手がかりを掴もうと考えたのだ。

 

 

「ザ、ザッケンナコラー!」「イヤーッ!」「グワーッ!」最後のギャングとしての矜持からタケゴトは拒絶しようとしたが、その右頬に鉄の拳が叩き込まれる。イチカも必死なのだ! 「ザッケ」「イヤーッ!」「グワーッ!」まだ粘るタケゴトの左頬に鉄の拳! イチカも必死なのだ! 「……何か知らないか?」「ア、アイエエエ……」

 

 

ここでイチカにとって幸運だった事が二つ、不運だった事が二つある。まず幸運のひとつは、彼が最初に出会ったのがニンジャでなかった事。ザイバツという巨大組織こそ消滅したが、今もなお根無し草めいたニンジャは存在するのだ。もう一つはこのタケゴトが、アンダーでも失踪等については腕っこきの探偵を知っていた事。

 

 

逆に不幸であった事は、このタケゴトがその探偵にかつて誘拐絡みの一件で殺されかけ、深い恨みがあった事、そしてもう一つは、この状況においてなおタケゴトがギャングとしての狡猾さを持ち合わせていた事である。「あ、ああ……知って、知ってます。この8層には人買いの元締めがいて、失踪とかなら……」

 

 

「それだ! 誰だ、何処にいる!?」食いつくイチカ。タケゴトは表面上は従順を装いつつ言葉を続けた。「と、隣のタコ地区で、身分を隠して暮らしています。案内しますから、離して……アイエッ!」突如離され、タケゴトは尻餅をついた。「分かった。変な事は考えるなよ?」「アイエエ……も、勿論です」頭を下げつつ、タゲコトはイチカの前を歩きだした。

 

 

幾つかの小路を抜け、寂れた通りへ出る。人工的な茜色の光が町を照らしている。地下都市であるガイオンには当然ながら太陽は無い。遥か高い天蓋に取り付けられた照明が疑似的な昼夜を作り出しているのだ。「あ、あそこです」タケゴトの指差す先に、一軒の事務所めいた建物があった。看板には「ガンドー探偵事務所」

 

 

「探偵事務所……?」「あれが表向きの顔です。探偵として失踪者や行方不明者の情報を集めながら、裏で人間のトレードをしているんです」怪訝な顔をするイチカにタケゴトは説明した。明らかな嘘! しかしサツバツたるアンダーガイオンの流儀を知らぬイチカはその嘘を見抜けない。「……分かった。案内ドーモ」そう言ってイチカは踏み出す。

 

 

「も、もう帰っていいですか?」おどおどと尋ねるタケゴトに、イチカは思い出したように言った。「ああ、オタッシャデー」「オ、オタッシャデー」そう言い残し、イチカは事務所に入ってゆく。そろそろと距離を離し、自身の安全が確保された事を確認してからタケゴトは舌打ちすると小走りに駆けだした。「ペッ、イディオットが!」

 

 

タカギ・ガンドーは実際強い探偵だ。元々油断ならぬ強さだったが、暫く事務所を空け、帰ってきて営業再開してからは更にカラテに磨きがかかりブラッディ・オキナのヨタモノ程度では手が付けられなくなった。あの少年と潰し合ってくれれば良し。どっちが酷い目に合ってもタケゴトの留飲は下がる。

 

 

「バケモノ同士、勝手にやってやがれ!」「人のヨメをバケモノ扱いとは心外だな」「エ?」「イヤーッ!」「グワーッ!」毒づくタケゴトの真横で突然の声。彼がそちらを振り向くと、猫の手のように第二関節だけ曲げられた拳が鼻と唇の間に叩き込まれた。カラテの禁じ手のひとつ、一本拳人中打ちだ! 

 

 

「イヤーッ!」「グワーッ!?」銀髪をフードに隠した少女、ラウラはのけ反ったタケゴトの身体に今度は回し蹴りを食らわせ、そのまま路地に叩き込んだ。倒れ込み、咄嗟に逃げようとするタケゴトの背中に爪先を食い込ませる。「……私は尋問をするのもされるのも苦手でな、教官をよく怒らせた」「グワーッ!」

 

 

「これからお前がイチカ=サンに何を吹き込んだのかインタビューするが、うっかりオタッシャしてしまったら……まあ、許せ」「ザ、ザッケ」「イヤーッ!」「アバーッ!」……ナムアミダブツ! 

 

 

……その60秒前!

 

 

『……スゴイ! 新人のナギノウミ、ドヒョー上からベテランのクロハガネを挑発している! しかし電流爆破ドヒョーの時限装置は既に働いているぞ! 残り一分で勝負を着けるつもりなのか!?』欺瞞的なオスモウ番組をかけ流しつつ、タカギ・ガンドーは眼前のスシ・パックの残り二個のスシ、タマゴとマグロのどちらから食べるかを吟味していた。

 

 

結局胃袋の中に入るものではあるのだが、その時の気分や口に残る後味等を考えると、なかなか重要な問題であった。何しろ現在のガンドー探偵事務所の預金残高では、このスシ・パックを食べきると次の収入が入るまでより安価なガリ・スシやオカラ・スシに頼らざるを得なくなるからだ。『……答えた! クロハガネ、ドヒョーに上がった!』

 

 

「マグ……いや、タマゴか」ガンドーは一度マグロに手を伸ばしかけ、少し考えてタマゴを手に取り、咀嚼した。マグロの後味を少しでもニューロンに残しておこうという発想だ。『アーッ! 時間が、時間が! ドヒョー爆発まで残り10秒、9、8……』その時、ドアがノックされずに開いた。少年が入ってくる。

 

 

ガンドー探偵事務所は壁の無い1フロアに低い衝立を置き、仕切りにしている。彼のデスクからでも来客は確認できたが、ガンドーはその少年をまるで火星人が入って来たような顔で見て、そして眉をひそめた。(ブッダ! こりゃ面倒な客臭えぞ)

 

 

その少年の身なりは上質で、顔色も良かった。アンダーの人間は自然の太陽光を浴びる事が極端に少ないため、顔色の悪い者が多い。明らかにアッパーの、それも相応の扱いをされている人間だ。それに加えてガンドーが不穏な気配を感じ取ったのは、その少年の顔つきだった。

 

 

そこには焦りがあった。そして決意があった。自分が今から行おうとしている事が法に照らせれば無法で、しかしそれを選ばざるを得ないという決断的な視線があった。そしてガンドーは彼とは初対面だ。心当たりも無い。これらの情報を下に、ガンドーの探偵としての錆びかけた洞察力とニンジャ観察力がはじき出した結論は……

 

 

(……何かの重要な目的があってアンダーに来て、俺に関する良からぬ嘘を吹き込まれたって所か?)ブルズアイ! ガンドーは少年に先んじて立ち上がり、アイサツを行った。「エート、はじめまして……だよな? ドーモ、タカギ=ガンドーです」「……ドーモ、ガンドー=サン。はじめまして。オリムラ=イチカです」少年もアイサツを返す。

 

 

アイサツは絶対の礼儀だ。例えそれが、不穏な空気の中だろうと。「で、イチカ=サン、場所を間違えてねえか? ボーイスカウト事務所なら二本向こうの通りだぜ?」陽気な口調でガンドーはイチカに言った。しかしイチカの表情は険しいままだ。「……ガンドー=サン、アンタがここの所長でいいんだよな?」

 

 

「……ああ、そうだ」ガンドーは机に残ったままのマグロ・スシに一瞬目をやり、再びイチカに視線を向けた。とはいえガンドーに面倒と思う気持ちはあったが、危機感は無かった。相手は体格もガンドーに劣る学生である。多少のカラテをやっている程度であれば難なくいなせるだけの実力差はあると踏んでいた。

 

 

「悪いけど……アンタに聞きたい事がある!」──少年の腕から発せられた光が装甲に代わり、振り上げられた拳がデスクを破壊するまでは。

 

 

KRAAAASH! スティール製のデスクが大きくひしゃげ、上に載っていたジャンク基盤や枯れたサボテンやワータヌキ置物が跳ね上がる! 「!?」少年は怪訝な顔をした。一瞬前までそこに立っていた筈のガンドーが居ない。「オイオイオイ!」見よ、2m近い巨体ながら、ガンドーはその一瞬で7フィートの距離を置いた場所に立っているではないか!

 

 

「エート、お前はアレか? カートゥーンとかに出てくる『超未来から過去を変えるために来た暗殺者』って奴か?」ガンドーはそう言うと、何とか鉄の拳が叩き込まれる寸前に拾い上げる事に成功したマグロ・スシを口に放り込んだ。「……悪いが、人違いだぜ」


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