ワン・アイズ・クロウ・ウィズ・ワンス・サマー   作:ターキーX

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◆注意◆本作はニンジャスレイヤー本編のツイッターアー更新の文体へのリスペクトとして、地の文と台詞が一体化した独特の文体となります。また、ニンジャスレイヤー未読の方には一見誤植に見えるような独特のタームや叫び声等が多々出てきます。これは『忍殺語』と呼ばれる独特の言葉です。ご了承ください◆注意◆

 

 

 

◆開幕な◆

 

 

 

ワン・アイズ・クロウ・ウィズ・ワンス・サマー #1

 

 

 

それは古代ローマのコロッセオを思わせる空間であった。直径200mほどの円形のフィールドと、それを囲むように築かれた観客席。軽く1000人は収容できるであろう客席の大半は空席で、その片隅に数十人が座っているのみである。居るのは全員が女性、それもほぼ全員がハイティーンの、まだ若い少女たちだ。

 

 

彼女らが眺めるアリーナに二人の人影あり。一人は競泳水着めいたタイトなボディスーツに身を包んだ、金髪をショートに整えた少女。小柄ながらその胸は同世代の少女と比べやや豊満である。もう一人は少年。やはり競泳水着めいたタイトなスーツで上下を覆っており、片手には小手が装着されている。

 

 

客席に座っていた一人が立ち上がり、手を挙げた。他のボディスーツ姿の少女達よりやや年上の女性。サイズが合っていないクリーム色の服をだぼつかせている姿は持前の緩い性格を伺わせるが、大きめの眼鏡の奥の瞳は真剣な教師のそれだ。「ハジメ!」手を振り下ろすのを合図に、アリーナ内の二人は身構えた。

 

 

先に動いたのは少年の方だった。「イヤーッ!」気合の込められた声と共に小手からホタルめいた光の粒が巻き起こり彼の全身を包む。光の粒は瞬く間に白いアーマーを形づくり、少年を護るヨロイと化した。鋭角の多い装甲によって彩られたそれは、まるでカートゥーンに登場するシャープなデザインのパワード・スーツだ。

 

 

「イヤーッ!」ほぼ同時に少女も声を上げた。胸に付けられたクロス型のアクセサリから同様の光の粒が巻き起こり、少年よりも早い速度でヨロイを形作る。少年の白のヨロイに比べてやや武骨な印象を与えるオレンジのヨロイ。手足こそアーマーに包まれているが、ボディは胸元を僅かに覆うだけでほぼ剥き出しの状態だ。

 

 

しかしこれは着用者の危険性を意味するものではない。一見剥き出しに見える箇所も、不可視のシールドによって守られている。その防御性はヨタモノのナイフを防ぐ程度ではない。機関銃の掃射どころか、緊急であればミサイルの直撃すら耐えうる代物である。それが彼ら、彼女らの使用するI・S───インフィニット・ストラトスのシールド防御なのだ。

 

 

「イヤーッ!」少年の身体が”飛翔”した。アリーナの砂を蹴り、十数メートルの高さまで浮き上がる白いヨロイ。それに対し少女のオレンジのヨロイは接地したまま迎え撃つ体勢。「イヤーッ!」オレンジのヨロイの椀部に光の渦が巻き起こり、1秒も経たずにガトリング砲を形作った。激しい砲火が白いヨロイを襲う。

 

 

「イヤーッ!」それをアクロバット飛行めいた動きで回避しつつ距離を詰める白いヨロイ。その右手にはライトセーバーを思わせる赤い光の剣が形作られている。200メートル程あった両者の距離が急速に縮まる。「イヤーッ!」少女は素早くガトリング砲を捨てると次の武器を形成した。右手にブレード、左手にショットガン。

 

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」両者の刃が切り結ばれる。その瞬間を狙って、白いヨロイの腹部に容赦ないショットガンの接射が撃ち込まれる! 「うおっと!」少年は焦りの声と共に深く打ち込む寸前に身を引いた。シールドで受ければエネルギーが減る。少年の機体は燃費が悪い。無駄なダメージは抑えなければならない。

 

 

「動きが鈍いよ、イチカ=サン!」少女の叱咤するような声。少年の態勢が崩れた今を好機と捉えたか、地を蹴り高速で体当たりを食らわせる。肉弾戦の距離。剣を扱うには逆に難しい間合いだ。「まだだ!」イチカと呼ばれた少年はそう言うと速度を上げ、再び間合いを剣の距離まで戻した。性能的には白いヨロイが上なのだろう。その速度は実際ハヤイ。

 

 

今こうして展開しているトゥーンめいた光景は電脳上の仮想空間での出来事でも無ければ、SF映画の撮影でもない。れっきとした現実での光景である。ではこれは何なのか? それを説明するには、まずISという宇宙開発用強化外骨格───として開発され、現在は「兵器」として見なされている───について説明せねばならないだろう。

 

 

「適性」さえあれば手足のように操縦可能で、平時はアクセサリ程度のサイズに粒子化でき携帯可能。恒星間移動も理論上可能とする速度と機動性、隕石すら耐えうる防御性、そして現行兵器を凌駕する火力を並立しうる、自己成長の可能性すら持つ超技術───自称天才工学博士、シノノノ・タバネが突如として学会に提示したそれは当初、宇宙開発同様の稚気じみた夢物語として物笑いのタネとなった。

 

 

だが、それが物笑いで済んでいたのはひと月程度の僅かな間であった。日本以外の世界各地に突如として現れた純白のIS、通称「シロキシ」による日本に向けられたミサイルの撃墜と各国の精鋭部隊の圧倒。それは傲慢な態度の学者を二桁以上ドゲザさせ、少なくない数の国の防衛責任者をケジメ、あるいはセプクに追いやった。

 

 

その後、諸外国の思惑が交錯する中でキョート・リパブリックに訓練施設が造られた。それが今、彼、彼女らが戦う複数のアリーナを含めた巨大学園・通称IS学園である。当初は日本の首都であるネオサイタマに設置が検討されたが、ネオサイタマは表向き磁気嵐を理由に鎖国制度を敷いている。故に、海外との窓口のあるキョートが選ばれた。

 

 

また、治安上の理由もあった。ネオサイタマは世界屈指のサイバネティックス技術を持つ都市であり、同時に世界屈指の犯罪都市でもある。比べてキョートはアンダーガイオンに下がりさえしなければ安全は保たれている。高いIS適性を持つ人間は貴重である。送る諸外国からしてみれば、リスク回避の思惑もあったのだ───少なくとも、先ごろの大崩壊「キョート・アポカリプス」以前は。

 

 

IS学園はキョート沿岸部、キョート・ライン川の流れ着く先に半島のように造られた人工島に建造された巨大学園だ。直径200mのアリーナはISの実践演習場であり、それが複数。更に通常授業に使われる三学年分の教室、巨大食堂、各部活動のための部室棟、学生寮、更にはタバネ博士が失踪した事で半ロストテクノロジー化したIS技術を研究・整備するための施設まで収まっている。

 

 

そして、この学園を語る上で避けて通れないのが先程から度々挙がる「適性」についてである。その条件とは、女性である事。ISは何故か男性には一切反応せず、女性の、更にIS適性を見せた者のみ扱える存在だったのだ。この要因については各国機関が最優先事項として研究を進めているが、未だにそのブラックボックスだけは解明されていない。

 

 

ここで賢明なる読者諸氏はこう思われるかもしれない。「女性しか扱えないならば、あのアリーナで戦っている少年は何なのか? トランスジェンダーなのか?」その疑問は当然である。そして、それが彼、オリムラ・イチカが唯一の男性生徒として在籍している理由でもある。彼は───イレギュラーなのだ。彼は男性で唯一、IS適性を持つ存在なのである。

 

 

厳密にはそれは「ある人物」の気まぐれめいた作為的なものだったのだが、それについてここで語る事は伏せておこう。ここで言える事実は、イチカがこの学園に「常駐している」唯一の男性として存在しているという事だけである。

 

 

「イヤーッ!」「ンアーッ!」数度目の剣合わせでイチカが押し勝った。苦悶の声を上げ少女、シャルロット・デュノアが弾き飛ばされる。「くっ……!」右手のブレードがパージされ、また新しい武器を形作る。パイルバンカー、精度こそ必要だが、零距離からであれば相手のシールドを全て消費させダウンに追い込める彼女の必殺武器。

 

 

さて、イチカを「常駐している唯一の男性」と示した通り、それ以外の出入りする人間が全て女性という訳ではない。食料や雑貨を搬入するドライバーや業者、また清掃業者などは女性だけという訳にもいかず、男性も(学園側からすれば渋々ではあるようだが)学園内に入る事は認められている。アリーナの物陰でモップを擦る清掃員もそうだ。

 

 

「………」清掃員は黙々とモップを動かしている。何とも清掃員らしくない清掃員であった。身長は2m近く、おそらくは3Lはあるだろう清掃服が窮屈に感じられる程に筋肉が浮かび上がっている。帽子の間から除く髪は完全に白く、頬には深いほうれい線が刻まれている。何より特徴的なのは、右目を隠す眼帯と額に付けられた大きなバンソウコウだ。

 

 

「あの、ヤマダ・センセイ。わたくし花を摘みに行きたいのですが、宜しいでしょうか?」観客席に座る生徒のひとり、長いブロンドにウェーブを優雅にかけた少女、セシリア・オルコットが手を挙げた。その胸は豊満である。「花を摘む」とは、女性が用を足す時の奥ゆかしい表現だ。「はい、大丈夫ですよ。オルコット=サン」名を呼ばれたヤマダ・マヤは頷いて彼女を促した。

 

 

「アリガトウゴザイマス」優雅に礼をすると、セシリアは内心の焦りを見せずにあくまでゆったりと一団から離れ、歩き出した。その様子を見て清掃員がモップを肩にかけ、バケツを手に移動してゆく。「………」客席から離れ、セシリアは薄暗い廊下を進む。反対側から歩み寄る清掃員。「ドーモ、ガンドー=サン」「ドーモ、セシリア=サン」

 

 

二人はタタミ一枚の距離で立ち止まり、アイサツを交わした。古事記から伝わるアイサツはどのような時でも絶対の礼儀だ。「IS同士の試合ってのは初めて見たが、派手なモンだなァ。まるでカートゥーンのSF映画だ」「いつもなら二人とも、もっと激しく撃ち合っていますわ。心ここに在らずという感じですわね」顎を摩りつつ言う清掃員に、セシリアは心配を織り交ぜて答えた。「……それで、どうですの?」

 

 

緊張した表情で尋ねるセシリア。それに対し、ガンドーと言われた清掃員は彼女を見据えて答えた。「……早ければ数日以内にこっちに襲撃が来る。そこがおそらく唯一の救出のタイミングだ」「無事は確認できまして?」「ああ、大したもんだ。自分の置かれている状況そっちのけでイチカ=サンの事を心配してた。『助けに来るな』だとよ」

 

 

「あの方らしいですわね」呆れ混じりにセシリアが言った。清掃員が言葉を続ける。「いいか、無理はするな。相手はニンジャで、しかも未知数のニンジャ用IS付きだ。仲間を逃がし、時間を稼ぐ事だけ考えろ」「言われるまでもありませんわ。イチカ=サンと添い遂げるまで死ぬつもりはありませんもの」「ハハッ」軽く笑う清掃員。「それだけ言えりゃあ安心だ」

 

 

「今の件、了解しました。イチカ=サン達にも伝えておきます。ラウラ=サンにはよろしくお伝えくださいな」「ああ、直前になったらまた連絡する。それまでは腕を磨くのに専念しておいてくれ」「お気をつけて、オタッシャデー」「オタッシャデー……」別れのアイサツを短く交わし、二人はそのまま視線を合わせずにすれ違った。

 

 

「……ハァ」セッションを終え、セシリアはため息をついた。アンダーガイオンの、それも薬物中毒者の探偵と協力して不法侵入の手助け。本土の家族が知ったら勘当は確実だろう。とはいえ、これ以外の手段はない。突如としてセシリア達の前から姿を消した、あの女性を救い出すためには。「……お待ちくださいませ、オリムラ・センセイ」そう呟き、セシリアは歩き出した。

 

 

何故このような事態になったのか? それはこれより二週間前、突如消えた姉を追い、ガンドー探偵事務所に来た少年が誤解から事務所を半壊させた所まで遡る───


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