Outsider of Wizard   作:joker BISHOP

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第八章 感情

毎朝目が覚めた後すぐにまた眠くなる……

 

それは、また授業を一時間目からやり直さなければならない事へのだるさが原因なのか……

 

学校生活の繰り返しとは、翌日、また授業が一時間目から始まりそれが終われば、また翌日には一時間目にリセットされているという時のリピートで出来ているものだから。

 

やっと山頂まで登ったかと思えば、目を閉じて次に開けた瞬間には地上に戻されているような気分を何日も何日も繰り返してきた。

 

それだけだと思っていた……

 

マックスはベッドに座り、これまでの学校生活を振り返っていた。

 

怠惰な日々の羅列の中で、唯一の心踊る場と言えば似た者同士が集まったチームだけだ。それは今も変わらないが、今のチームにはこれまでには無かった何かがある。

今は、以前のチームとは何か違う。

言うならば……より団結力と友情が増した。

 

そんな自分のチームの関係がより好転し、より質の高いチームプレイを楽しむことができるようになっている。

そんな今は、もはやただの退屈な日々からかなり遠ざかっているかもしれない。

 

マックスはベッドから立ち上がり、窓の外を覗いた。

 

「思えば、家に帰るのがこんな久しぶりになるなんて初めてかな。」

 

彼の今朝の目覚めはいつもとは違っていた。

それはここが他ならぬ彼の自宅の部屋だからだろう。

 

昨日の夕方に帰ってきてからというもの、一気に肩の力が抜けて久しぶりにリラックス出来ていると実感している。

それもそのはず、学校にいればチームプレイを忘れるわけにはいかない。そして何より、学校には訳のわからない敵がいることが最近確定したのだから。

 

しかしながら、あの大事な『学校内全システム書記』はしっかり自宅に持ってきている。これを手放すことは出来ない。

 

作者不詳でもあるこの本の事が、実は今抱える物事の中で最も謎多きものかもしれないと、彼は思っていた。

 

今抱える物事と言えば、レイチェルの事も重要だ。

 

これはレイチェルと出会った夜、彼女を仮のチームメンバーにした後マックスが悪夢と共に目覚めてからの事だ…………

 

 

マックスは朝早々から悪い気分で個室を飛び出した。

 

まだ寝癖がついたままの状態で寮室に入り、見渡すとすぐに友達の一人が視界に入った。

 

「ジャック、俺がお前より早く起きることは不可能なんだろうな。」

マックスは広々とした寮室の角のソファに座るジャックの所に行った。

 

「ああ、マックスか。」

彼はただ、窓の外をぼーっと眺めているようだったが……

 

「相変わらず朝から好きだな。ここから外見るの。」

「今はそういうつもりで外眺めてるんじゃないよ。気づけば無意識に見ていたようだ……」

 

マックスは彼の隣に座った。

 

「何かあったか?」

「いいや、何もないさ。ただ、今の状況を考えていただけだよ。何となくだけどね。」

彼の表情はいつも通り、穏やかそうに見えた。

 

「今の状況?」

「そうさ。今のチームのね。実に面白いと思わないか?」

 

彼が考えているのは、どうやら悪いことではなさそうだ。

 

「俺達が最初に出会ったのは中学三年の時だったね。」

「ああ、覚えているぞ。あの時にはお互い気を許していなかったかな。」

マックスは初めてジャックと知り合って話すようになった時の記憶をたどった。

 

「そうだったかもしれないな。でも、魔法使い同士だという事だけじゃなく、お互いどこか似た者同士だって事がわかってからは変わったね。」

 

「時間があるときには会う機会も増えていったからな。そしてお前も俺と一緒にここへ入学した。」

 

「そうだ。それからというもの、信じられない事の連続だ。似た者同士が更に二人いて、気づいたらチームが出来て、気づいたら危険な遊びをやってて、そして気づいたら危険な組織に……」

 

ジャックは続けた。

「更に昨日、チームの仲間が増えた。俺達が仲良くなって、そしてチームが出来てから2年足らずでここまでの事が起こった。こんな面白い話がどこにあるんだ。」

 

「言われてみれば、確かに色々あったな。時に過去を振り返るのは面白いことかもな。」

 

彼は、いや彼らはあまり良い過去を持っていない。何せ皆グロリアの被害者だ。無意識にも過去を振り返りたくないという思いはあるはずだ。

だが、そう悪い過去ばかりではなくなったことを今、ジャックは感じ始めているのだろう。

 

「そうだ、朝飯はまだだろ。行くか?」

マックスが言った。

 

「面倒だから俺はいいや。なんて、いつも言ってきたが、今日はご一緒させてもらうとしようかな。」

「それでいい。」

 

そして彼らは食堂へ向かった。

 

その頃、ジェイリーズは既に食堂にいるのだった。

 

これから食べ物を取る所だったが、一人の生徒が話しかけてきて立ち止まった。

 

「あの……ローアンさん。」

「えっ?あら、あなたは。」

そこにいた、ロングストレートヘアの女子生徒はレイチェルだった。

 

「おはようございます。」

「おはよう。昨日は良く寝れた?」

「まあ、それなりに……」

 

そして少し遠慮気味に。

「あの……もしよかったら、一緒に食べませんか?」

「いいわよ。あなたも一応チームのメンバーですからね。」

ジェイリーズは微笑みながら言った。

 

「よかった。あなたと一緒に食事なんて。」

彼女は少し嬉しそうな様子だった。

 

「あなた面白いわね。まるで男子みたいな反応ね。」

ジェイリーズはレイチェルにどんどん興味をもってきたようだ。

 

「知ってますよ、あなたの噂。男子にすごく人気なんでしょ?」

「クラスが違うあなたも知ってるの?」

「あなたの名前は有名ですから。」

 

彼女は続けた。

 

「だからあたし、ちょっとあなたに憧れてて……」

ジェイリーズは驚いた。

 

「あたしを襲った男といた人間に言われると物凄く不自然ね。」

「ですから、その時は自覚が無くて……」

レイチェルは慌てた。

 

「冗談よ。そういえば、あの日初めてあなたと話した時も様子が変だったわ。覚えてる?」

「はっきりとは……」

「やっぱり、あの時から既に操られていたのね。心ここにあらずって感じだったから。」

 

ジェイリーズは付け加えた。

「安心して。また操られた時には容赦しないわ。」

「ああ、わかってます!!」

「だから冗談だってば。」

 

二人が食器プレートに食べ物を乗せてテーブルに向かっている時、あの二人も食堂に到着した。

 

「いつもよりは人は少ないな。食べ物取るのに並ぶ必要はないみたいだ。」

マックスはジャックを連れて食堂の入口をくぐった。

 

ここで彼は気づく。

「おい、新鮮な光景だぞ。」

「ああ、だな。」

ジャックもすぐに見た。

 

「さっそく打ち解けたのか。いつの間に仲良くなった?」

 

彼らは食べ物を適当に取り、テーブルの一角に向かった。

 

「ジェイリーズ、良い後輩が出来たようだな。」

マックスがジェイリーズ達二人と向き合うように座った。

 

「気分はどうかな?」

ジャックも彼の隣に座る。

 

「寝たらだいぶん落ち着きました。色々ありがとうございます。」

レイチェルがジャックに頭を下げて言った。

 

「いいってことさ。こっちも仲間が多い方が力強い。ストレッドもこの展開は予想しなかっただろうよ。」

 

ジャックがそう言った後、ジェイリーズが話し始めた。

「そのストレッドの事だけど、また絶対この子に近づくはずよ。あたし達が監視してないといけないと思うわ。」

 

「そうだな。本当に操られていたとしたら、奴は今後もアリスタを使って何かしようとするのは間違いない。昨夜俺達と奴は完全に対立した。また会えばきっと攻撃する。君の時のように、怪我人が出る可能性も十分あるわけだ。」

 

マックスが言った。

 

「もっと力をつけないといけない。ひたすら魔法の学習と実践だ。」

「実践?」

ジェイリーズが言った。

 

「君はまだ知らなかったな。昨日の昼休みに、君が寝ている間に俺達は魔法の実践訓練をしていたんだ。」

 

「もっとも、マックスは朝から一人でずっとやってたらしいがな。」

ジャックがスープを一口飲んで言う。

 

「グラウンドに簡単な訓練場を作ったんだ。ジェイリーズと、よければアリスタにも使ってもらいたい。」

マックスが女子二人を見て言う。

 

「そんな具体的な事を始めていたのね。では、是非あたし達も参加させてもらうわ。」

 

ジェイリーズがそう言った隣で、レイチェルが反応した。

「魔法の実践訓練……って言うと、戦闘とかも?」

 

「むしろ俺達は戦闘呪文を主にマスターしたいと考えている。」

マックスは言った。

 

「あたしも戦うんですか?」

 

すると隣のジェイリーズが。

「ストレッドはあなたがあたし達の側についたと知れば、絶対に攻撃を仕掛けてくるわ。あなたも護身術は心得ておいたほうがいいわ。」

 

「彼女の言う通りだ。奴は自分達の行動が知られそうになっただけでジェイリーズを怪我させたんだ。対応が遅ければ死んでいたかもしれないほどな。」

 

マックスがそう言うと、レイチェルは表情が暗くなっていくのを感じた。

 

「もちろん、俺達が君をそんな危険な目には遭わせないがな。」

彼はレイチェルの気持ちを察してすぐに付け加えた。

 

「こっちは五人、奴は一人になったんだ。皆でかかれば絶対に勝つ。そして奴をもう一度捕らえて行動目的を話してもらう。」

 

食事の後は、一時間目が始まるまでの少しの時間を各自で過ごした。

ジェイリーズはレイチェルと共に寮室に入っていったが、その後の事はマックスは知らない。

 

そしてジャックはマックスと共に、彼の個室にいた。

 

「今こそこの本の力を発揮するときだな。」

ジャックはマックスの呪文の本を片手に持って読んでいる。

 

「まったくだ。それをもらって本当に良かったよ。それだけが頼りだ。」

 

マックスはベッドに座って『学校内全システム書記』を開いていた。

 

「そういえば、この本の著者名が書いてあるはずの所に何も無いんだ。これはどういうことだと思う?」

 

「どういうことって言われてもなぁ……書きたくなかったんじゃないか。知らないけど。」

ジャックは適当に言った。だが、マックスは彼の言葉を聞き捨てはしない。

 

「書きたくない……かぁ。確かに一理あるな。何かその名前を知られては困ることでもあったというのか……」

 

深く考え込む癖のあるマックスは、また考えだした。

 

地下の事が書いてある以上、この本を書いたのは魔法使いでほぼ間違いないだろう。しかしなぜ地下の秘密を知っていたのか、そしてその事を学校の資料本に書いた?

 

自分の名前は書けなくても地下の事は書いた。それもマグルの為の本に。

どう考えてもおかしい。著者の意図を考えよう……

 

 

マックスは本を眺めながらじっとして考えを巡らせる。

 

合理的に考えれば、地図に場所を記すのは人に位置情報を伝えるためだ。

地下重要物保管所をあえて書いたということは、あの場所へ人を導こうという意図があったはず。

 

あそこへは魔法使いでなければ行くことは出来ない。ということは、地図にあの場所の名前を書いたのは魔法使いへ伝えるためだということになるが……

 

「だめだ。頭がおかしくなる。」

マックスは本をベッドに置いた。

 

「今、考えても答えが出なければ考えるのは無駄というものだよ。魔法の勉強に頭を使ってればいいさ。」

ジャックが呪文の本を読みながら言った。

 

「お前は相変わらず冷静で的確な意見を言えるな。お前の方がリーダー向きだな。」

 

マックスは正直な思いを言った。

 

「それは違うな。俺は考えるのが得意じゃないだけだ。直感型人間なもんでね。」

 

「どうかな?以外と考えてるだろうよ。」

「何をかな?」

「何でもだ。」

 

二人は少しの間黙り、そして同時に笑った。

 

「話しはさておき、やっぱりお前との会話は面白いね。相変わらずのやり取りだ。」

ジャックが言った。

 

「同感だ。ここまで喋るのが楽しいと思える相手は他にいないだろう。」

「やっぱりリーダーはお前だマックス。お前じゃなきゃチームじゃない。」

「さほど立派な者じゃないぞ、俺は。」

「いや、お前には皆に無い何かがある。何か、特別なものを感じるんだよ。」

 

彼らは会話を続ける。

 

「何かって何だよ。確かに直感型人間だな。」

「皆も思っているはずだ。皆もお前を頼ってる。頼れるんだよ。」

ジャックは本心を語った。

そしてマックスにも彼の心がわかっていた。

 

「わかったよ。これからもきっちりリーダーを真っ当する。」

この時、彼は皆から頼られているという言葉に少々不安感を感じたのだった。

 

何か嫌な事が起こり得れば、それを知らせるかの如く気分が悪くなり、今朝は妙な夢にうなされた……

 

最近の自分の良からぬ変化を感じているマックスだったが、それを皆に打ち明ける気にもなれない。

 

何せ、チームのリーダーだから。

リーダーは頼られるもの。自分がしっかりしなければチームを危険にさらしてしまうのだ。

 

今までは考えたこともないような事が小さな悩みの種になったことを感じながら、親友であるジャックに対しても自分の不安な事は表に出さないマックスだった。

 

「さてと、俺はそろそろいくよ。授業が始まる。」

ジャックはそう言い、呪文の本を置くと立ち上がった。

「確か、マックスは一時間目は受けてる教科は無かったかな?」

「ああ。俺はまた一人で魔法の訓練でもするよ。」

マックスが言った。

 

「いいなぁ。俺も授業なんかサボりたいけど、さすがに今日の一時間目に出とかないとまずいことになるから、仕方ないかな。」

 

そして彼はマックスの個室を出ていったのだった。

 

それから数分後に授業開始のチャイムが部屋の外から聞こえてきた。

彼は少しゆっくりした後、今日の授業の教科書類と呪文の本をバッグに詰めた。

マックスは今一度自分の感覚を確かめた。

 

今朝は悪夢で目が覚めたが、今のところ悪い予感を感じはしない。とりあえず安心だ。

 

そう心の中で言い聞かせ、彼はバッグを持って立ち上がった。

 

部屋を出てからはどこへも寄り道せずにグラウンドへ直行した。

暇さえあれば魔法の実践訓練をしたいのだ。

それが心を落ち着かせる為にもなる。

 

そう思いながらグラウンド内へ足を踏み入れようとした時、少し離れた所にあるベンチに目が行った。

 

「あれは、彼女だ。」

 

マックスはそのベンチに座り、本を読んでいる一人の生徒の元に足を向けた。

 

近づいても、まだこっちに気づいていないようだ。

 

マックスはそこに座る女子の横に座り、同時に話しかけた。

 

「周りの人間の動きには注意しないと危ないぞ、アリスタ。」

 

彼女は一瞬びくっとして振り向いた。

「ああ、あなたは確かレボットさん。気がつきませんでした。つい夢中になってて……」

 

そこにいたのはレイチェルだった。彼は本を閉じて横に置かれたバッグに入れた。

 

「数学の教科書か?」

「ええ。選択している数学応用の教科書です。あの授業は1年のあたしでも受けられるから選択してみたんですが、1年が受けるにはレベルが高かったようなので、ついていくのに必死なんです。」

 

彼女が言った。

 

「君、数学好きなんだな。」

「はい。考えていると退屈を忘れられるんです。あたしには友達はいないし。暇だから。」

「一緒だな、俺と。俺もチームの皆と行動している時だけが楽しみなんだ。チームができる前は友達はいなかったから、毎日がつまらなくてどうしようも無かった……」

 

マックスは自分の事と重ね合わせた。

 

「ところで君、1年だったんだな。それでもって目くらまし術を扱えるとは大したものだ。俺達は皆2年だけど、まだうまく出来ない奴が一人いる。」

「親に教えてもらったらすぐに出来るようになって。あたしは存在感が無いから、姿を消す事と相性が良かったんでしょうね。」

 

マックスはなぜか、彼女のその言葉が異常に心に響いたのだった。

 

「そんな悲しいこと自分で言うものじゃない……」

 

マックスがそう言い、少し黙った後に彼女は話した。

 

「……ありがとうございます。」

「えっと、何で礼を言うんだ?」

マックスはよくわからなかった。

 

「そんな事、初めて言われたから……」

 

マックスは、彼女が初めて微笑んだ顔を見た。

 

「そうか。でも、俺も似たようなもんだ。存在感の無さには自信があった。」

「さっきの言葉、そのままお返ししますよ。」

レイチェルは少し笑ってそう言った。

 

「まあ、そう来るか。」

マックスも微笑んだ。

 

「あっ、でもレボットさんがチームを引っ張ってるように見えますけど、それで存在感が無いわけないですよね?」

 

彼女は昨夜の物置部屋での事を思い出しながら言った。

 

「確かに、一応俺がリーダーということになってる。でもそれは関係無いことだ。俺は基本一人なんだよ。」

 

マックスは率直な本心を言った。

 

「あの三人がいるからリーダーを何となくやってこれただけだ。でも、俺はチームが出来た今でも一人でいる癖がとれていなんだ。そんな奴にリーダーは似合わないだろ。なぜか、気がつけば一人になっている……」

 

「それ、あたしにもわかります。その……何か似てますね。」

 

この時、二人は互いにどこか近い存在だと確信し、同時に他の誰にもない親しさを感じたのだった。

 

「そう言えば、三日前の虹の煙事件って、レボットさん達がやったんじゃないんですか?」

「ああそうだ。あれは作戦の一部だった。」

「やっぱりそうでしたか。魔法にしか見えなかったので。」

 

彼女も大勢の生徒達と同じく、勝手に発生する色が変わるスモーク事件の目撃者だったようだ。

それは当然だ。あの騒ぎに誰も気づかないわけがない。

 

もっとも、図書室の真面目1年三人組はジェイリーズに目線を奪われていたが……

 

「あの時は何をやろうとしてたんですか?」

 

レイチェルはマックスのチームに興味が湧いてきたようだった。

 

「俺達が欲していたある物を手に入れるためで……」

 

ここでマックスは言葉が途切れた。

あの本の事を言うべきなのか、言わない方がいいのか……

 

もし彼女がストレッドのスパイだったら、あの本の事を知ったらどうするか。

 

油断させるために寂しい役を演じて近づいているのだとしたら……

 

マックスは急に不安感を思い出した。しかし彼女の言葉が、表情が、どうしても嘘とは思えなかった。

そして思いたくない……

 

俺達と居ればいずれ本の事は知ることになるだろう。

 

マックスは考えるのを止めて話した。

 

「俺達は、この学校に関する全ての事が記載された本『学校内全システム書記』を手に入れる作戦を考えたんだ。」

「それって、盗むって事ですよね。」

「まあ言い方を変えればそうなる。そして盗んだんだ。今、チームには欠かせない宝だよ。」

マックスははっきりと言った。

 

「そんな事をチームでやってるんですか。凄いですね。」

「それまではほんの遊び程度の事しかやってなかったよ。ただ夜中に寮塔を抜け出して誰にも見つからずにうろうろするだけでも面白いからな。」

マックスは本を手に入れる以前のチームの活動を思い出して言った。

「そんなチームにあたしなんかが入っていいんですか?」

「似た者同士だということがわかったんだ。むしろ歓迎する。」

これはマックスの本心だった。

 

「レボットさん達に出会って本当に良かったです。もっと早く出会っていたら、毎日楽しかったかもしれない。」

「今からそうなるさ。そして、マックスでいい。」

彼は言った。

 

「えっと……わかりました、マックス……」

彼女は照れながら言った。

 

「あんまり、人を名前で呼ぶの慣れてないもので。」

「これから慣れるさ。皆もそう呼んでる。さてと、もし気が進めば、今から魔法の訓練をやるからアリスタも一緒にどうかな?」

マックスは彼女を訓練に誘うことにした。

 

「それじゃあ、やってみようかな。」

 

そう言って彼女は目をそらして……

 

「あの……レイチェルでいいですよ。」

 

「そうか。じゃあ、レイチェル。俺達の訓練場へ案内する。」

 

そして二人は立ち上がり、グラウンドへ静かに歩きだしたのだった。

 

それから裏庭の訓練場に着くまでの間は、二人ともほとんど会話することはなかった。

 

特に話すことも思いつかない。そして二人とも、共に歩いているだけで何も不足はなかったのだ。

 

マックスは裏庭の草をかき分けて広場に到着したときに、そこに居るとは思いもしなかった男を見て声を発した。

 

「ディル!一人でここに居たのか。」

 

そこに一人、杖を片手に立っているのはディルだった。

 

「よお、マックスか。それと、君はアリスタだったな。」

彼は後ろを振り向き、歩いてきた。

 

「改めて、ディル・グレイクだ。よろしく。」

小太りの男は笑顔でレイチェルに言った。

 

「改めて、レイチェル・アリスタです。これからチームの活動に参加させていただきます。」

彼女も笑顔でそう言い、軽く頭を下げた。

 

「礼儀正しいんだな。ずいぶんまともなメンバーを獲得したもんだぜ。そして美人で可愛い。問題なしだ。」

彼は何かに納得した様子だった。

 

「そんな、あたしはそこまで言われるほどの出来では……」

「そう遠慮する必要はないよ。俺が言うのだから事実だ。」

そして彼はマックスの方を見た。

 

「それで、今から何の魔法を実践するのかな?その為に彼女も連れてきたんだろ。」

「もちろんだが、その前にお前は一人で何をやってたんだ?」

マックスが言った。

 

「まぁ、見てろ。」

そしてディルは杖を自身に向けて呪文を口にしたのだった。

 

「インビジビリアス」

直後、彼の体は背景と同化して見えなくなった。

「どうだ。俺も一人で出来るようになったぞ!」

 

姿無き声がそこから聞こえた。

 

「そういうことか。よくやったディル。これでジェイリーズの負担も無くなったわけだ。」

「そうだとも。チームの為にも、これ以上迷惑かけたくなかったんだ。だから朝からここで訓練してたんだよ。」

 

その後すぐに彼の体は現れた。

「ただ、まだそんなに長続き出来ないけどな。」

「最初はそんなもんさ。だが既に1年の彼女には負けてるけどな。」

マックスはレイチェルを指差した。

 

「1年だったのか!なんで俺はまだこんなレベルなんだよ。」

「負けてられないぞ2年。」

マックスは言った。

 

それから一時間目の授業が終わるまで、彼らは武装解除の呪文や防衛呪文など簡単な術の練習を繰り返したのだった。

 

レイチェルの魔法を扱うセンスはなかなか良いものだった。そしてディルも杖の扱いが確実に上達したようだ。

 

その後、マックスは二人と別れて二時間目の授業に向かった。

 

彼は一人で廊下を歩いているときに、ふと思った。

 

もっとレイチェルと一緒に居たい。

もっとチームの活動に参加させたい……

 

彼女はきっと今までずっと一人だったのだ。

そして今やっと、共に話し、楽しめる仲間が出来たんだ。

彼女は自分と似ている。だからチームが出来て一緒に行動するようになった時の気持ちを考えればわかるのだ。

 

彼女は今、心を開きかけている。ゴルト・ストレッドに無理矢理動かされていた事もあるし、もっと元気になってもらいたい。そしてもっと仲良くしたい……

 

それは初めて感じる純粋な彼の気持ちであった。

 

しかし今、また一人だ。

 

つい昨日までは何も思わなかった。だが今はどうだ?

なぜか一人でいることにわずかな違和感を感じる。

 

マックスはよくわからない、しかし明らかに初めての、何らかの感覚を覚えたのだった。

 

そのまま彼は教室へ行き、授業は始まった……

 

それから時は過ぎ、とある休み時間の事だ。

 

ジャックとマックスが寮塔の裏側出口から外に出た。

他の生徒同様、二人ともいつもとは違う大きなバッグを持っていた。

 

「水泳かぁ……勉強よりやる気でないな。」

ジャックがのろのろ歩きながら言う。

 

「同感だ。だが、体力をつけることは魔力の増幅につながる。そういう意味では他の授業より俺達の為になるよ。」

「まあ、正論だな。だがやっぱり水泳の授業は好きじゃないな。」

「彼とは真逆だな。泳げないというのに水泳の授業となると張り切っている。」

 

マックス達が話していると、後ろから誰かが走って来たのがわかった。

 

「その彼だよ。」

マックスが歩きながら後ろを見た。

 

「もう移動してたのか。お前達も張り切ってるな。」

それはディルだった。

 

「お前がそうだという話をしてたんだよ。」

「俺が何だって?」

「まあいいさ。さっさとこの時間を乗り切ろう。そうすれば昼休みだ。」

ジャックはいつも以上にテンションが低くかった。

 

三人は他のBクラスの生徒達と共に、グラウンド横の屋内プールの中に入った。

 

そこの更衣室にて、ディルがジャックと何やら話をしている。

 

「アリスタの事だけどさ、お前はどう思う?」

いち早く水着に着替えたディルが言った。

 

「今の印象だと、大人しくて礼儀正しい感じだな。」

ジャックが何となく言った。

 

「それは俺も同じだ。でもそういう事じゃないんだよ。」

「どういうことだよ。」

「わかるだろ。我ら男から見て、女子的にどうだってことさ。」

ディルは何やら必死に見えた。

 

「ああ、またそういう事か。良いほうだと思うが。」

「またお前は冷めた感じで。でも確かにそうだ。ジェイリーズとは全く違うタイプの良さだな。」

ディルは一人でうなずきながら喋った。

 

「彼女もBクラスだったら一緒に水泳受けれるのになぁ。おしいもんだ運命とは。」

「何言ってるんだか。泳ぐの苦手なのに何で楽しめるんだ。」

ジャックが言った。

 

「もちろん、女子達の輝かしい水着姿を拝める他にない時間だからさ。」

「まあ言うことはわかっていたが。それでもこの一時間泳がなくてはいけないんだ。怠くないか?」

ジャックは自分の中の正論を言った。

 

「だから、そんな時にちょっと周りを見渡してみろ。水着の美女達が嫌な思いを吹き飛ばしてくれる。その為に居るのだからな。」

「それは違うだろ。そうだとして、それで水泳が嫌にならないお前は幸せだな。」

ジャックは制服を詰めたバッグをロッカーに入れた。

 

「今年も始まるぞ。嫌な授業が。」

「そう言ってるが、この時間はジェイリーズの水着姿も見られる貴重な時間だということを忘れていないかな?」

ディルは言った。

 

「学校トップクラスの水着姿だぞ。誰もが見たいはずだ。」

「まぁ、それはそうだろうな。」

ジャックは何気なく言う。

 

「お前は興味が無いのか、本心を隠しているのか、本当にわかんないな。」

「それは人の想像に任せるよ。さて、行くか。」

 

そして授業は始まった。

 

相変わらずの広いプール。これを見るだけでやる気を無くす。

やがて生徒は整列し、黙々と泳がせられるのだ。

 

ジャックはマックスとプールサイドを歩いていた。

 

「俺も何とか魔力を鍛える為だと思ってみるよ。」

「それがいい。実際その為になる。まず魔力が低いと話にならない。」

「俺もマックスほどストイックだったら良かったと初めて思ったよ。」

 

そしてBクラスの生徒が全員集まり、整列し始めた時だった。

 

ジャックは一人の女子とすれ違おうとした。

 

「もうちょっと体鍛えた方がいいわね。」

 

聞き覚えのあるその声は、一瞬でジェイリーズだとわかった。

 

声だけではない。その身体を目の前にすると、他の女子とは違うことがはっきりわかった。

 

「どこ見てるの?目が泳いでるわよ。体を泳がせたらもっと筋肉もつくはずよ。」

彼女はいつもの得意の微笑みと話し方で言った。

 

「今から泳ぐんだから、問題ないだろ・・・」

ジャックにはわかった。ジェイリーズが相手の反応を試す時のやり方だ。

今までこうやって何人の生徒をとりこにしてきたことか……

しかしそうやって冷静に分析できる自分には効かないものだと、今までは思ってきた。今までは……

 

ジャックは目線を反らしたが、改めて意識的にジェイリーズの方を見た。

 

ここで初めて水泳の時の彼女の姿をはっきり見たのだった。

 

ジャックは景色を眺めている時の感覚に似たものを感じた。

 

それは言葉に表すならば……美、そのものだ。

 

「あらあら、あなたも男子ってことね。」

 

そう言ってジェイリーズは微笑みながらジャックを見ていた。

 

ジャックはジェイリーズをまともに見ることが出来なかった。

 

彼女はジャックの動揺を全てお見通しなのだ。ジャックはそれもわかっている。

それでもピッチリとしたスクール水着姿のジェイリーズを目の前にして、なぜか緊張が止まらない。

 

そんな彼の気持ちを察したのか。

「友達なんだから、気を使わなくていいわよ。」

そう言うと肩を軽く叩いて離れて行く。

 

ジャックはその感触を忘れることは出来なかった。

 

「今回ばかりは、ディルの考えを完全に否定は出来ないかな……」

 

 

水泳の授業が終わると、今日も昼休みを迎えた。

 

ジャックは今、一人で寮室のいつものソファに座っている。

何をすることもなく、ただいつもの風景を眺めて心を落ち着かせようとした。

 

多くの生徒が食堂に行っている為、今の寮室に人は少なく静かであった。

 

そこへ彼女は現れた。

「ジャック、隣に良い?」

 

ジャックはソファの近くに立つジェイリーズを見上げた。

「ああ、君か。良いよ。」

 

ジェイリーズは彼の隣に座り、話し始める。

「ぼーっとしてたみたいだけど、もし良かったら話し相手になるわよ?」

「君の用があるわけじゃないのか?」

ジャックは外を見たまま言った。

 

「そういう言い方は止めて。暇でしょ?それともあたしが話し相手じゃ嫌?」

 

ジャックはこの言葉に反応し、すぐに彼女の方を見た。

「違う!そんなつもりじゃ……」

 

ジェイリーズはむきになる彼の反応を待っていた。

 

「じゃあ素直になって、あの時みたいに。」

「あの時?」

 

それが、彼女が襲われた時だとすぐにわかった。

 

「あなたが必死で助けようとしてくれているのがわかった。あの時に初めて本当のジャックが見れた気がするわ。」

 

ジェイリーズは言った。

「あたし達が知り合ってから、もう2年目も終わろうとしている。でも、あなたはまだ何か隠してるわ。あの時みたいに、常に本当のあなたでいてほしい。マックスとディルとは仲良くやってるみたいだけど、あなたが直接あたしに話しかけることはあんまり無いでしょ?何か気に入らない事があったら何でも言ってほしいわ。さっきも言ったけど、気を使わないで。」

 

ジャックは彼女がこんな事を言ってくるとは思いもしなかった。

見ると、その表情は真剣だった。

 

「あなたは命の恩人でもあるわ。何かあるのなら、何でも力になってあげるわよ。」

 

そう言われた瞬間、彼は再び窓の方を向いたのだった。

 

「ちょっと、何でまたそうなるの!?」

「勘違いしないでくれよ。嫌いなんかじゃない……」

 

ジャックは涙をこらえてクールを保った。

しかしジェイリーズにはわかっていた。

 

「本当に素直じゃないわね。無理に格好つけなくていいわよ。」

そしてジェイリーズはジャックに近寄る。

 

「いいからこっち向いて。」

 

ジャックは言われた通り、ゆっくり彼女を見る……

 

そんな彼をジェイリーズは黙って見続ける。

ジャックは彼女の輝く瞳を見つめると、勝手に胸の鼓動が激しくなり、顔を赤くして思わず目をそらしてしまった。

 

これまでも、そしてまさに今も、ジャックは彼女の眼差しを直視できなかったのだ。

 

「……そういう事だったのね。ずっと近くに居たのに。気づかなかった……」

ジェイリーズは独り言のように静かに言った。

 

「何だよ、急に……」

「いや、気にしなくていいわ。勘違いしてごめんなさい。あたしが嫌いなんじゃないってことがわかった。」

彼女は立ち上がった。

 

「一緒に夕食食べに行く?」

「……いや、まだ腹減ってないから。」

ジャックは言った。

 

「じゃあ、また後で。」

 

そして彼女は寮室を出て言った。

 

ジャックはまだ緊張状態のまま外を眺めるのだった。

「彼女は……全てが反則だ……」

 

一方で、マックスは個室で一人、呪文の本を開いて考え事をしていた。

 

レイチェルにナイトフィストの事はまだ誰も話してないはず。

言うべきなのだろうか……

いや、ナイトフィスト関連の事にまで彼女を招く訳にはいかない。

危険な目には遭わせないと約束したのだ。黙っておこう。

 

その時だった。

突然、窓の外からガタンという物音が聞こえた。

 

マックスは瞬時に振り向き、警戒した。

 

見ると、窓の外に何かが置いてあるのがわかった。

さっきまでは何も無かった。あるはずがない。

ここは四階だ。誰がどうやって窓の外に物を置ける?

 

マックスは恐る恐る近づき、窓をそっと押し上げた。

 

窓の淵には厚みのある小包が置いてあった。

包みの紐には一枚の紙切れが挟まれている。

 

マックスは手に取ると、想像以上に重いことがわかった。

そして紙切れに書かれた文字を読むなり、中身の察しがついた。

 

「ついに来たな。」

 

 

 

 

 




レイチェル・アリスタ


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