Outsider of Wizard   作:joker BISHOP

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第七章 ターニングポイント 後編

「フィニート・レイヴ・カッシュ」

 

一人の男子生徒が壁に手を当ててそう言った。

 

そしてその光景を、マックス達がずっと見ている。

 

今にも動きだしてあいつを捕らえたいが、まだ待て……

 

マックスはあせる気持ちを感じつつじっとして見る……

 

男はその手を壁から離し、一歩下がった。

直後、壁の一部に異変が生じる。

 

四人とも息をのんで見つめる。

 

奴が立つ目の前の壁は徐々に何かを形作る。

うっすらと四角く縁取り、それは壁から押し出されて更に細かく形作る。

 

そして最後には黒く変色し、ただの壁だった所にはひとつの扉が現れていたのだ。

 

そして男が周囲を見渡しながら扉の取っ手に触れようとした時、杖を揺らめかせて……

 

「誰だお前達は!」

奴は杖をこちらに向けて構える。

見ると、マックス達の透明呪文は解除されているのだった。

 

「目くらましがっ。くそっ!」

そう上手くもいかないか……

「皆、捕らえるぞ!」

マックス達も男に杖を向ける。

 

すかさず相手は無言で杖を一振りし、杖先が光って呪文が発動した。

 

マックスは飛んでくる光線をギリギリの所で避けかわした。

「無言呪文というやつか。面倒だ。」

 

奴は更に何かの呪文を発動する。

そして迫る光線をジャックがガードした。

 

しかし相手が術を繰り出すスピードは早い。すぐに次の術が飛来し、ジャックの体に命中した。

 

「わぁーっ!!」

ジャックは後方に激しく吹き飛んだ。

 

無言呪文の発動スピードは明らかに早い。呪文を口にしているこっちが間違いなく不利になる……

 

「全員でたたみかけろ。数の強さを見せてやる!」

 

「ペトリフィカス・トタルス!」

ジェイリーズが術を飛ばす。

「ステューピファイ!」

ディルも直後に言い、二つの光線は高速で奴に向かうが、杖を一振りして弾かれてしまう。

 

「インペディメンタ!」

マックスも応戦するが、また防がれる。

次は奴が術を放った。

 

「クルーシオ!」

それはディルにかかったようで……

 

「うぁぁぁぁ!!」

彼は杖を取り落とし、その場に倒れてもがいた。

 

マックスはにらんだ。

奴は許されざる呪文も知っているか……

「サーペンソーティア!」

マックスは杖に力を込めて言った。

 

光った杖先から蛇が放たれる。それは黒くテカり、練習で出した時より太い蛇だった。

 

ジェイリーズは、マックスの杖から生まれた蛇を見て驚いた。

それは、蛇がにらむ先に立つ魔法使いも例外ではないようだ。

 

マックスは杖を蛇に向けて念じる。全神経を集中させた。

 

すると、蛇は素早く床を這いずり迷い無く目の前の男へ飛びついた。

「やめろ!」

蛇が体にぐるぐる巻き付き押し倒される。これで一時的に体勢は崩せた。

 

「今だジェイリーズ。同じものを奴に返してやれ……」

マックスはジェイリーズに言った。

 

彼女は、床に倒れて蛇に巻き付かれる男に杖を向けて・・・

「ペトリフィカス・トタルス!」

 

彼女の放った光線は男と蛇に当たり、同時に固まった。

 

辺りは再び静かになる……

 

マックスは倒れて蛇とともに固まった男子生徒の元へ近寄った。

「良い様だ。」

マックスは杖を蛇に向ける。

 

「ヴィペラ・イヴァネスカ」

蛇は尾から灰になり、やがて頭まで消え去った。

そこには動かない男子生徒のみが横たわる。

 

「さてと、その顔はよく覚えておこう。」

 

後ろからジェイリーズ、ジャック、ディルもやって来た。

 

「ジャック、マグル避け呪文とマフリアートを頼む。邪魔が入るわけにはいかない。」

「了解だ。」

 

ジャックは後ろを向き、空中で杖を振った。

マックスは再び男に杖を向ける。

 

「ブラキアビンド。ロコモーター・モルティス……」

二つの呪文が男にかかった。

「フィニート」

 

マックスは全身金縛り呪文を解除した。

 

「貴様、ただじゃ済まさん!」

男は途端に喋りだした。

 

「その状況で何を言うかと思えば。」

 

男の手足は見えないロープに縛られたかのように動かないようだった。

 

「少しでも逆らおうとすれば四本の杖がお前を狙うぞ。」

マックス達は横たわる生徒に杖を向ける。

 

「そもそも何で魔法使いがこんなにいるんだ!」

彼は言った。

「知るもんか!こっちが聞きたい。」

マックスが言った。

 

「まずは質問に答えてもらおう。お前はここで何をしていた?」

マックスは杖を近づけて問う。

 

「お前らには理解できん事だ。」

「それは何だ!」

「言っても理解できん。」

マックスは杖に力を込める。

 

「クルーシオ!」

「ぬぁぁぁぁ!!」

彼は床で震えた。

 

「名前は?」

「ゴルト・ストレッド。」

マックスは更に聞く。

 

「お前の目的を全て話せ。」

「崇高な目的が待っている。もはや時間の問題。」

「何を言っているんだ。はっきり言え!」

 

マックスは彼の顔に杖を突き付けた。

 

「崇高な目的が待っている!時間の問題だ!」

「何なんだこいつは……」

 

男は天井を一点に見たまま、視点は動かない。

 

「気でも狂ったか。」

「マックス、とりあえずその扉の奥へ行ってみないか?拉致があかない。」

ジャックが言った。

 

「だな。こいつは後回しだ。」

マックス達は現れた黒い扉の元へ近寄った。

 

「まさか、本当に隠し扉が……信じられないぜ。」

ディルがきつそうに言った。

 

「大丈夫か。苦しかったろ。」

「ああ、あれか。あの呪文はいったい何なんだ?胸が張り裂けそうだった。」

「あれはおそらく磔(はりつけ)の呪いだ。本には許されざる呪文と書いてあるだけで呪文は書かれてない。」

 

マックスは呪文の本の文字を覚えていた。

 

「磔の呪いは許されざる呪文のひとつで、拷問の際に使われた。術者の魔力や感情により、効果の幅は大きく変わる。」

 

「そんなもんあるのかよ。」

「ああ。そしてこいつはその呪文を知っていた。幸いこいつが呪文を口にしてくれたお陰で知ることが出来た。」

 

マックスは後ろを見た。

 

「まだ何か独り言言ってるのか。訳がわからん。」

そして目の前の扉の取っ手を触った。

 

「鉄の扉が石に化けていたのか。信じられん……」

 

ゆっくり取っ手を回し、引き開ける。

 

「さぁて、重要物保管所とはどんな所かな。」

マックスは好奇心と緊張感が同時に押し寄せた。

 

電気がついた地下廊下とは反対に、そこはあまりにも暗くて中が見えなかった。

 

「ルーモス」

皆、杖を光らせて扉の奥へ進んだ。

扉を閉めると、再び石壁へと戻っていく……

 

「ルーモス・マキシマ」

マックスは更に光を大きくし、杖を天井に向けて振った。

光は杖先を離れて天井に上がっていった。

三人も光を奥に飛ばし、部屋中を明々と照らし始めた。

そうして見えてくる光景は…………

 

「何なんだここは……」

 

そこは円形の広間だということがわかった。

光照らした天井はドーム状になっている。見た感じ、全体の壁は学校の壁と比べると、それほど古くないように思える。

 

奥にはアーチがあり、その先に更に部屋があるように見えた。

 

何とも不思議な空間だが、一番不思議なのは部屋の中央に設置された物だった。

 

「これ何に見える?」

ディルが中央部に近づく。

 

そこには直径60センチばかりの円形の台があった。

その上に透明のカバーが被さり、中にはクリスタルが保管されているのだった。

 

「でかいダイヤモンドみたいだ。」

ジャックも間近で見た。

「隠し部屋に、それもこんな感じで保管するなんてことはとても大事な物に違いない。壁の奥には確かに重要物保管所があったわけだ。」

 

四人は更に奥のアーチの先に踏み込んだ。

 

ここも円形で似たような造りだ。だが前の部屋より広く、中央には何もない。

その代わりに、壁にはにいくつも黒い扉が並んでいるのだった。

 

どの扉も、鎖と錠前であからさまにロックされているとわかる。

 

「いったい何なんだ?ここは本当にマグルの学校なのか、疑いたくなるよ。」

 

マックスはとりあえず一番右の扉に向かって杖を振った。

「アロホモーラ」

 

しかし錠前はびくともしないようだ。

 

「これじゃ効かない。ジャック、他にロック解除系の呪文あったかな?」

「今調べてるよ。」

ジャックはマックスから預かった呪文の本を開いていた。

「扉を開ける呪文ならポート・アベルトがある。アベルトに省略してもいいらしい。」

「それだ。アベルト。」

 

しかし結果は同じだ。

 

「これも駄目だ。他に無いかな。」

 

ジャックはまたページをパラパラめくる……

 

「これはどうだ。レラシオ、対象を引き離す呪文だとさ。」

「鎖を取り払うというわけか。レラシオ!」

マックスが再度呪文をかける。

 

だがこれも効果は無いようだった。

 

「レダクト!」

杖先が赤く光り、振動が手に伝わる。

術は発動した。だが、錠前に一瞬火花が散っただけで、傷もついていないようだった。

 

「入口の扉と同じく、何か強い保護魔法がかかっている。ならば、フィニート・レイヴ・カッシュ!」

 

しかし答えは違っていた。

 

「今開けるのは無理みたいだ。」

 

彼らは他の扉も試してみたが、どれもびくともしなかったのだった。

 

「現段階ではこれ以上進めない。それにしてもここに何の意味があるのか……」

「それにあのクリスタル。学校の地下にしてはどう考えたって不自然だ。誰がこんな所を造ったんだろうか。」

ジャックが部屋全体を見渡しながら言う。

 

皆、前の部屋に戻って再び中央の台に集まった。

 

「綺麗ね。そしてなんか不思議な感じがするわ。」

ジェイリーズがドーム型の透明ケースに触れて見ていた。

 

「女子を惹き付けるものがあるのかね。」

ディルは、クリスタルを夢中で見る彼女を見ているようだ。

 

皆が部屋を見て回っている時、マックスは部屋の壁に触れていた。

「校舎の城壁とは違う感じだ。新しいのか。」

 

壁に手を触れていたその時、彼は急に思い出した。

「この感覚……何か、嫌な感じだ。まだ終わってない……」

「マックス、どうした?」

 

ジャックは彼の異変に気づく。

 

「ここを一回出よう。悪い予感がしてきた。急ぐぞ。」

マックスは素早くその場から動きだした。

 

「おい、いきなりどうした?」

 

そしてそれは起こった。

「おい見ろよ!こいつが光りだしたぞ!」

マックスはディルの言葉で立ち止まった。

 

振り返って見てみると、部屋の中央から青い光が漏れているのが目に入った。

クリスタルが不自然に青く輝き、ケース中で乱反射しているようだ。

 

「俺は何もしてないぞ。」

ディルが中央から後ずさる。

 

「待て、何か感じないか?」

異変は更に重なるのだった。

 

「……地震か?」

マックスは、床が小刻みに振動しているのを足で感じ取った。

 

間も無く揺れは激しさをまし、部屋全体が明らかに揺れているとわかった。

 

「出るんだ!」

四人は走った。

マックスが入口の壁に手を当てて呪文を唱える。

「フィニート・レイヴ・カッシュ!」

 

瞬く間に扉が出現し、押し開けて外へ飛び出した。

 

皆が部屋を出た後、扉を閉めると勝手に壁へと戻っていく・・・・

 

「おい、ゴルト・ストレッドが居ないぞ!」

 

そこに横たわっていた魔法使いの生徒の姿は消えているのだった。

 

「くそっ!今はここを離れるのが先だ。」

 

地下廊下に出てからも揺れは確かに感じる。むしろひどくなっていくようだ。

 

「これは地震の揺れとは違う。間違いなくあのクリスタルが関係している。」

マックスは三人を連れて地下を走った。

この揺れが校内全域に及んでいれば見回りの教師が間違いなく動く。生徒の安全確保のために避難させに寮室へ来るかもしれない。

その時に自分達が居ないことがわかればまずいことになる。

今はとにかく急いで個室に戻ったほうがいい。

 

マックスはこれまでにない胸騒ぎと恐怖を実感した。

この揺れは何を意味する……どうなるんだ…………

 

そして四人が地下を出て一階中央廊下を走っている時だった。

 

「まずいぞ、教師達だ。」

 

前方の階段の上から複数人の声と足音が聞こえてきたのだ。こんな時に限ってうまくはいかないものだった。

 

「このまま寮塔へは行けない。真っ直ぐ突っ切るぞ。」

彼らは透明呪文をかけると、そのまま階段を横切り、廊下を真っ直ぐ走り抜けた。

 

走りながらマックスは『学校内全システム書記』の一階地図のページを高速で開く。

 

「ルーモス」

明かりを灯した杖を本に押し当てる。

後ろからは声が近づいている。

 

「ここから一番近い物置部屋に行く。ついて来るんだ。」

そしてすぐに杖明かりを消して、暗闇の廊下に目をこらしてひたすら走る。

 

その先の角を曲がり、透明化を維持しながら更に走る。

他の方角でも教師達と思われる足音や声が微かに聞こえてくる。

 

心臓が止まりそうだ……

 

ここで、前から一人の教師がライトを片手に現れ、こっちに向かって来ているのが見えた。

 

四人は瞬時に立ち止まり、廊下の壁に張り付いた。

 

教師は早歩きでこちらへ迫る。息切れした今、思う存分呼吸したいところだが音で存在がバレ兼ねない。

 

四人はそのまま必死で固まった。

ライトがそこまで近づく。そして目の前を教師が通り過ぎ、地下の方へと去っていくのだった。

 

マックス達は一気に深呼吸した。しかし気を抜いてはいられない。

「行こう。もうすぐ着くはずだ。」

マックスがそう言った時、徐々に体の透明化が薄れてきているのがわかった。

よく見ると、既に三人も効果がほとんど消えかけているようだった。

 

さんざん魔法を行使して走った今の状況下で、さすがにこれ以上目くらまし術を完璧に保つのは現在の彼らには難しかった。

 

こうなれば誰にも見つかる前に物置部屋に隠れるしかない。

マックス達は半透明の体のまま必死で足を動かした。

 

少しは揺れが収まったように感じる。

 

そしてゴールが目前に迫った時、彼らは再び足を急停止させた。

 

「彼女よ、アリスタ!」

 

ジェイリーズが前を見て言った。

彼らの目の前には、ゴルトの協力者と思われる女子生徒が倒れていたのだった。

彼女の手元には魔法の杖らしきものが転がっている。

 

マックスが駆け寄り、しゃがんで肩を揺すった。

既に彼の体は透明化が切れている。

 

「君、意識はあるか!」

 

マックスは何度か揺さぶった。そして目が開き……

 

「あなたは?あれ……ここは?あたしは何を……?」

彼女は少し混乱気味に思えた。

 

「とにかく来るんだ。こんなとこで教師に見つかるわけにはいかない。」

マックスは彼女の腕をつかんで立ち上がらせた。

 

そこから少し進んだ先に目的地の扉が見えてきた。

 

「マグルシールド張っとくよ。」

入口にてディルが言った。

 

「頼んだ。」

マックスは物置部屋の扉を開いた。

「五人入るには問題ない広さだ。早く隠れよう。」

 

マックス達は急いで入り、アリスタも連れ込む。

電気をつけて、ディルがマグル避け呪文を仕掛けてから扉を閉めた。

 

この時にはもう地揺れは消えていた。

 

「あなた達、魔法使いですね。」

部屋に入ってから最初に喋ったのはアリスタだった。

 

「そして君もだな。」

マックスはアリスタと向き合う。

 

「この学校にこんなに魔法使いが居たなんて……最近まではずっと一人だと思っていました。」

「もう一人居ることを知ってるな。そしてその男、ゴルト・ストレッドと何をやっている?なぜ協力する?」

 

マックスは杖をアリスタに向けて言った。

「全て話してもらおう。俺達の仲間が奴に襲われた時の事も含めてな。抵抗はしないほうがいい。」

 

マックスは力強く言う。

 

彼女はあわてて杖をスカートのポケットに入れ、両手を上げて口を開いた。

「……よくわからないんです。ストレッドと知り合ってから、彼と会う時、行動する時、そして何で廊下で寝ていたのかも。記憶がはっきりしない……」

 

「そんなことよく言えるわね。あたしが旧校舎で襲われた時の事も覚えてないとでも言うつもり?」

マックス達はジェイリーズがいつもより怖く見えた。

 

「ごめんなさい!でも、本当にわからない。あたしはただ、彼と行動しなきゃいけないって思ってただけで、自分がどこで何してたかあたしが知りたいわ……」

 

彼女は縮こまってうつ向いた。

 

これは演技なのか……俺達を騙しているだけなのか……

マックスはまだ様子を見る。

 

「君とゴルト・ストレッドの接点が知りたい。」

「突然彼から近づいてきて、魔女だということを言い当てられたんです。あたしは彼を知りませんでした。」

 

マックスは杖を突き付け続ける。

 

「本当なんですよ!そして彼は、崇高な目的の為に手伝ってくれないかと言って……」

 

マックスは地下での事を思い出した。

確かに奴はそんなこと言ってたかな……

 

「それで、その崇高な目的とは何なんだ?」

マックスは奴の言葉の意味を知ることが出来るかもしれないと思った。

 

「それもわからないわ。」

「わからない?じゃあなぜ君は奴の言いなりになった?」

マックスは答えにたどり着こうと焦る。

 

「なぜか、気がつけばやらなきゃいけないって思ってたのよ。あたしにもよくわからない!」

 

マックスは、彼女がおびえているように見えた。

 

そしてこの光景を見ているディルは、彼女がかわいそうに思えてきたようだった。

 

「なぁ、今のところよくわかんないけどさ。わからないからこそ敵だと決めつけるのは早くないか?」

 

「でも確かに奴に協力していたんだ。それにジェイリーズが襲われた時に助けなかったんだぞ。」

ジャックが言った。

 

「確かに、あの時の光景はうっすら覚えている。でも、何を考えてたのか、何をしに行ったのか全く覚えてないんですよ……」

アリスタが言った。

 

「それじゃあ、君はあいつに操られていたとでも言うのか……」

マックスはそう言った瞬間、あるワードが頭に閃いた。

 

「服従……」

彼は途端に彼女から離れた。

「ジャック、本を見せてくれ。」

「ああ、わかった。」

ジャックは、とりあえずマックスに呪文の本を渡した。

 

マックスは高速でページをめくる……

 

「やっぱりあった。服従の呪文。」

「服従の呪文?」

ジャックが言った。

 

「ああ。地下で奴が使った磔の呪いと同じく許されざる呪文のひとつで、相手の心を思い通りに操る術だ。いわゆるマインドトリックの効果だ。」

 

「じゃあ、奴が服従の呪文を使って彼女を手伝わせていたと言うのか。」

「もしアリスタの言うことが本当なら、そう考えれば納得はいく。」

 

そして再びアリスタに杖を向けた。

 

彼女はすぐさま手を上げて震えた。

 

「だが今はなんとも言えない。だから……」

マックスは杖を突き付けたまはま、三人を見た。

 

「彼女をどうするか、皆の意見を聞きたい。」

 

ジャック、ディル、ジェイリーズは顔を見合わせる。

 

ディルはアリスタの様子を見ると、答えはすぐに決まったようだった。

 

「とりあえず、俺達と一緒に行動してもらうのはどうかな?ストレッドが操ってたんなら、俺達の近くにいればそれも出来ないだろう。もしスパイだったとしても、こっちは四人いるんだ。明らかに有利だろ。」

 

「そんなことだと思ったよ。」

ジャックが言う。

「そして、俺も同じような事考えてた。奴と共に行動してジェイリーズが危険な目に遭ったんだから、今度は俺達と行動してもらって奴を危険な目に遭わせてやればいい。」

 

そしてマックスはジェイリーズを向いた。

 

「あたしは、近くにいたらこの子に襲われるんじゃないかと思うわ。でも、その時にはあたしが容赦しないから覚悟しときなさいね。」

彼女は無表情で、アリスタを一直線に見た。

 

「そ、そんなことしませんから……」

思わず目を背ける。

 

「まあ、そういうことだから。今後一緒に居ていいわよ。」

 

「答えは決まった。皆、俺と同じ考えだったようだ。」

そしてマックスは杖を下ろしたのだった。

 

彼女はやっと息をつく。

 

「名前は何だ?」

「レイチェルです。レイチェル・アリスタ。」

「マックス・レボットだ。」

 

「ディル・グレイク。よろしく。」

入口付近に立つディルが言った。

 

「ジャック・メイリール。」

その隣で彼は言った。

 

「あたしとは一度話したわね。ジェイリーズ・ローアンよ。」

 

「さて、俺達と行動することに反対は?」

マックスがレイチェルに言った。

 

「えっと、無いです。危険なことじゃなければ……」

「わかった。なるべく危険な目に遭わないようにはする。そして約束してもらうことがある。俺達の情報や俺達との行動を、他の誰にも言わないということと、ゴルト・ストレッドに関する情報があればすぐに俺達に報告すること。これだけだ。」

 

「は、はい!」

彼女は緊張気味に言った。

 

「あたりは静かになった。皆今夜は疲れただろう。個室に戻ろうか。」

 

そして彼らは動きだした。

「そうだわ、あなたは目くらまし術は出来る?」

「で、出来ます!」

「じゃあ問題ないわね。それにしても、そんなに肩に力入れてたら、この先あたしたちの行動についていけないわよ。」

そう言うと、ジェイリーズは謎に微笑んだ。

 

「あんまり怖がらせるなよ。」

ディルがマグル避け呪文を解きながら言った。

 

五人は物置部屋を出ると姿を消し、その場から去ったのだった。

 

レイチェルは一人Cクラスの寮室へ行き、マックス達はBクラスの寮室へ戻ってきた。

 

寮室には誰も居なかった。そしてその光景を見ると、マックスは今夜ここから抜け出した時のことを思い出した。

 

それにしてもおかしな様子だった。

個室の廊下にも、寮室にも、生徒が一人も出ていなかった。話し声すら聞こえず……

 

緊張が解けて一気に疲れが込み上げてきたのか、寮室に戻ってから眠くて仕方がない。

 

「悪いが、今日の勉強会には参加できそうにない。今にも寝てしまいそうだ。」

「俺もだよ。急に眠くなってきた。」

ジャックが言った。

 

「同じく。今日はもう寝るか。」

「そうしたいわ。」

ディルとジェイリーズも同様だった。

 

「ああ。今日は解散だ。」

その言葉を最後に、マックス達は自分の個室へ戻ったのだった。

 

マックスは本を机に置くとベッドに横たわり、杖をベッドに転がしたまま気がつけば意識は無かった……

 

それから何時間経ったか。

今は何時なのか……

朝なのか、夜か……

 

意識が戻り、ふと目を開けた。

 

ここはどこだ?

声は出ない。そして自分の周り一面が夜の草原だったのだ。

 

見慣れない光景だ。

 

そこから歩こうと一歩足を動かそうとした時だった。

 

前方から人影が現れた。それは少しずつこっちに近づいて来るではないか。

 

そして次に周囲を見渡した時、自分を囲むように人影があちこちに現れていることがわかった。

 

それらが近づくにつれ、何かこちらに話しかけているのもわかった。

 

何を言っている……

そして姿がよくわからない彼らは何だ?ここはどこだ……?

 

そして人影の手には魔法の杖があることがわかった。

その時!

 

「わあっ!!」

 

マックスは目をこすって周囲を見渡す。

「……夢か。」

彼は大量に汗をかいていた。

 

「変だ。昨日から変だぞ……」

 

ベッドから起き上がって時計を見た。

「7時半か。よく寝たもんだ。」

 

それから気が落ち着くまで深呼吸し、ゆっくり立ち上がった。

 

マックスは床に落ちた杖を取り上げて机に置く。それと同時に『学校内全システム書記』が目に入った。

 

何でこの本に地下の秘密が書かれているんだろうか……

 

マックスは頭の中を整理した。

 

ここはマグルの学校だ。そもそもここに魔法で隠された部屋があること自体おかしい。そしてその部屋の事を、この本を書いた人物は知っていた事になる。

 

いや待て、おかしいと言えば自分達だって十分おかしな要素なんだ。自分達魔法使いが四人もここへ集まったことだって……

 

マックスは昨夜の出来事を振り返る。

 

魔法使いは四人だけではなかった。

ゴルト・ストレッドに加えレイチェル・アリスタも含めて六人いたのだ。

 

ゴルトは無言呪文と許されざる呪文まで使える。魔法のレベルは明らかに自分達より上だ。

どこで訓練した?魔法学校にも行ってると言うのか?

 

考えればわからない事だらけで頭が混乱する。

しかし昨夜考えて行動した結果は良いものだった。

 

昨夜の行動で事はかなり進展した。四人係りで何とかゴルトを拘束し、地下の壁の秘密を解き明かすことができた。

 

その結果新たな謎は生まれ、ゴルトには逃げられたが代わりにレイチェルという仲間が増えた。

 

まだ完全に信じる訳にはいかないが、何かしらチームの救いになってくれるだろう。

 

考え事をしながらマックスは『学校内全システム書記』の最後のページを開き、著者名の部分を見てみた。

 

そこには、誰の名前も書かれてなかったのだった。

 

 

 

 


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