Outsider of Wizard   作:joker BISHOP

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第六章 ターニングポイント 前編

食堂は思いのほか人が少ない。まぁ時間的に考えて、ほとんどの生徒は既に食べ終わったということか……

 

マックスは静かな食堂に入る。その後にジャックとディルも続いた。

 

三人とも食器プレートを取って、食べ物のコーナーに行く。

人が少ないために並ぶ必要は全く無く、ストレートに食べ物を取ることが出来るのはどれだけ楽なことかとマックスは思った。

 

しかし三人ともあまり食欲が無いのか、少ししか取らなかったのだ。

 

特に、食いしん坊のディルがパンひとつと、豆のスープを少量だけというのは普段あり得ないことだった。

 

「少しでも食っておけ。魔力を消費すれば体力も削られる。」

 

マックスが二人にそう言って食堂に誘って来ているのだが、実際はマックス本人も腹はさほど減っていなかったのだ。

 

マックスはともかく、ジャックとディルは血で赤く染まった顔のジェイリーズを目の前にしたのだ。

その姿はまだ脳裏にはっきり焼き付けられ、彼女は無事であってもあの光景を目の当たりにした時のショックを忘れることは出来ず、食欲などあるわけがなかった……

 

三人はできるだけ角の席に座り、長テーブルにプレートを置いた。

 

「もう犠牲者を出さない為にも体力をつけて、魔力を成長させないと。」

マックスが言った。

 

「ああ、その通りだな。」

ジャックがいつも以上にテンション低めで言った。

それはディルも同じようだった。

 

「ジェイリーズがあんなことになって、始めて自覚したよ。これから先、俺達はそういう世界で誰かと相手していくんだってなぁ……」

 

「そうだな。俺も、遊びとの違いをはっきり感じるているよ。」

ジャックが言った。

 

マックスは二人の様子を見て……

「しかしお前達が対応した。そしてジェイリーズは結果として助かったんだ。その事を忘れたか?」

 

二人はマックスの方を向く。

 

「相手は俺達をなめているかもしれない。俺達だって同じ魔法使いだ。あり得ない不思議を起こしてみせる魔法使いだ。なめられたままでは終わらないということを必ず思い知らせる必要がある。そしてナイトフィストとしての最初の任務を果たす必要がある。」

 

「そうだな。大事なことを忘れるところだったよ。」

ディルが言った。

 

「つまりは、自信持てってことだな。」

「そういうことだジャック。このチームは終わらない。」

 

三人は昼食を済ませると、校内からは姿を消したのだった。

 

昼休みはあとわずかで終了しようとしていた。

外に出ていた生徒達は校舎に戻り、午後の授業の準備に取りかかっている頃だろう。

それとは逆に、彼らは外を歩いていた。

 

草が生い茂り、木陰で日が遮られるここはというと、学校の裏側だ。

 

でかいのは校舎だけでなく、敷地もだ。

表側のグラウンドと、それに隣接して屋内のプール施設があり、さらに学校裏側には庭もある。

その庭の奥は草木が生い茂り、誰も近づこうとはしないフィールドが潜んでいた。

 

マックスはここに目をつけ、戦闘訓練場として使うことにしたのだ。

 

「お前はこんな所で一人で練習していたのか。」

ディルはマックスに連れられて草木の間を通った。

「もうすぐ着くぞ。訓練場に。」

 

背の高い草をかき分けて進んだその先の光景は……

 

「おお、こんな広場があったのか。」

 

そこは草木に囲まれた空き地となっていた。

これまで生え放題だった草は短くカットされていている。

 

「あったんじゃない、作ったんだ。魔法で草を焼き払ったぐらいだけどな。」

 

「一人で頑張ったじゃないか。」

ジャックもディルに続いて訓練場となった空き地に足を踏み入れた。

 

「さて、今夜もジェイリーズを襲った魔法使いの動向を探る。それに加えて新たに発覚した仲間の女子の動きもだ。だから今回は軽めの訓練だ。俺が今知っている最も有効だと思う呪文を練習するぞ。」

 

マックスは二人と向き合うように立った。

 

「まずは防御からだ。プロテゴは知ってるか?」

「ああ、お前の本で見た。」

「俺も読んだぜ。」

ジャックとディルは言った。

 

「ならば話は早いな。今回やるのは対人用の一般的な使い方だ。ポイントはタイミング。」

 

そしてマックスは杖を取りだした。

 

「俺が放つ術を弾いてみろ。」

彼はディルに杖を向ける。

 

「まずはディルからだ。コツは、俺が呪文を唱え終わるのと同時に発動することだ。いくぞ。」

そう言って杖を軽く振った。

 

「ブラキアビンド」

マックスの杖先が一瞬光る。

「プロテゴ!」

ディルは思いきり杖を振った。その直後……

 

「うぁっ、なんだこれは。」

ディルの腕が勝手に動き、見えない手錠がかけられているかのように両手首を合わせていた。

 

「これは腕縛りの呪文だ。タイミングが悪かったようだな。もっと早くだ。それと、プロテゴは戦闘呪文じゃないからそんなに振りかぶっても意味はないよ。」

 

マックスはディルの手首に杖を向けた。

「エマンシパレ」

すると彼は腕を動かせるようになったようだ。

 

「ああ、覚えておくよ。その腕縛りと一緒にな。」

ディルは少々悔しそうだった。自信があったのだろうか。

 

「さあ、次はジャックだ。お前も俺の呪文の餌食になるかな?」

「試してみろ。」

 

彼らはお互い杖を構える。そしてわずかな間があり……

 

「ロコモーター」

「プロテゴ」

二人は素早く呪文を口にする。そしてほぼ同時に術が発動したかに思えた。

 

ジャックの様子はというと……

 

「俺の勝ちかな。」

彼の身には何も起きていないようだ。

「やるなぁ。良いタイミングだった。」

 

「やっぱ俺だけ駄目なんだよ。」

ディルは尚、悔しがる。

 

「これは慣れれば出来るようになる。さて、次は攻撃される前に相手の武器を取り去る術だ。これは、例えばライフルを持った人間にも有効だ。」

 

「超使えるじゃないか。」

ディルが言った。

 

「そういうことだ。上手く当てれば相手の武器を飛ばして自分が奪うことも出来るみたいだ。早速やってみよう。」

 

マックスはディルに杖を構えた。

「杖を向けてみろ。」

 

ディルが杖を持った手を伸ばした。その杖を狙いマックスは呪文を発動した。

「エクスペリアームス」

 

するとディルの手から杖が勝手に飛び上がり、数メートル先に転がり落ちたのだった。

 

「これで相手の武器を取り落とせるが、奪い取るとなればコツがいるようだな。」

「なるほどな。これは使えるぜ。」

 

ディルは地面に転がった杖を取り、ジャックと向き合った。

 

「今度は俺がお前にかけてみていいか。」

「ああ、どうぞ。」

そしてディルが杖を上げ、呪文を口にした時だ。

 

「エクスペリアームス!」

「プロテゴ」

ジャックが素早く杖を振り、ディルの呪文と同時に効果は発動した。

ディルの術は弾かれたのだった。

 

「うまいもんだな。」

マックスは彼の狙い定める素早さを見ていた。

 

「ルールが違うぞ!」

「ルールって何だ。」

ジャックが杖をディルに返す。

 

「わかったよ。俺の杖を奪ってみろ。」

マックスはディルに杖を向けた。

 

「何もするなよ。エクスペリアームス」

彼は杖を一振りした。するとマックスの杖に命中し、空中で回転した。

 

「おおっ。俺にも出来ただろ。」

「本番ではご丁寧に杖を固定してくれる奴はいないが……」

マックスが落ちてくる杖を掴み取って言った。

 

「本番はここからだ。」

「戦闘か。」

ジャックが言った。

 

「そうだ。中でも最も基本的で、そして効果的なやつの感覚を今日は覚えよう。俺も今日初めて戦闘呪文を使ったばっかりだ。ここからは皆が知らない領域だ。」

 

そう言ってディルに再び杖を向ける……

 

「今から俺が攻撃する。もし当たったら受け身とれよ。」

「受け身?何をするんだよ。」

ディルは心配そうに言う。

 

「少し吹っ飛ぶかもしれん。ステューピファイ!」

そう言い、マックスは杖を軽く振った。

直後、杖先が青く瞬き、光線が高速でディルの胴体へ走った。

 

「プ、プロテゴ!」

 

しかし言った時には既に体がわずかに宙に浮き、後ろに押し倒されるかのように地面に倒れたのだった。

 

「術の感想は?」

「速いよ。そしてすごい力の奴にプロレス技かけられたみたいだ。何も出来ないぞ。」

ディルは地面にあお向けになっていた。

 

「良い情報だった。これは失神呪文というらしい。でも今のはこの呪文の本気ではない。ただ体勢を崩させただけだ。」

 

ディルはゆっくり起き上がった。

「なんだと……確かに体に力が入らない感じはしたが、失神だと!」

 

「魔力の個人差はあるが、本気で使えばそこまで出来るということだ。ステューピファイの使い道は多い。上手くコントロールすることで相手の動きの妨害から本格的戦闘にまでも使える。」

 

「じゃあ今度は俺だ。」

「さあ、こい。」

 

ディルとジャックは向かい合い、互いに呪文を発動するタイミングをうかがう……

 

そして、ディルが杖を振ろうとする動作が見え……

 

「ステューピファイ!」

「プロテゴ!」

 

両者はほぼ同タイミングで呪文を発動させ、ジャックは高速で迫り来る青の光線のガードに成功した。

ディルの方は、術の反動で手から杖を取り落としそうになっていた。

 

「いいガードだったジャック。それと、ディルはもっと杖の扱いに気をつけた方がいいな。」

 

「ああ。戦闘呪文になるとこうも杖がぶれるのか。」

「確かに、この感覚には慣れが必要だ。反動を上手く利用することが出来ればこっちのものだ。」

 

マックスはジャックの方を向いた。

「今度は逆だ。ジャックがディルを攻撃だ。」

 

その後は、防御、攻撃、武装解除の特訓を三人でやり合ったのだった。

 

三人とも少し疲れが見え始めてきた頃、学校からチャイムが聞こえてきた。

 

「もう授業二時間分経ったのか。早かったな。」

ディルが言った。

 

「意味のあることをすると時間なんかあっという間なんだよ。」

マックスは携帯電話を取り出して時間を確認しようとした。

 

「ジェイリーズからメールだ。」

一件のメールが届いていることに気づいた。

「皆来てほしいとの事だ。今日はここで終わりだ。行くぞ。」

 

そして三人は訓練場を去った。

 

グラウンドを歩いていると、寮生以外の生徒達が校内から出てきて校門へとぞろぞろ歩いているのが見えた。

「俺達、一週間は家に帰ってないんじゃないかな。」

ディルが学校敷地から出ていく数々の生徒を見て言った。

 

「言われてみれば、もうそんなもんか。そういえばマックス、お前の家にはレマスさん一人だろ。たまには帰ってやったらどうだ?」

ジャックが言った。

 

「そうだな。近々そうしよう。だが今は忙しい……」

 

彼らは出ていく生徒とは反対に、校内へと戻った。

 

本校舎入口付近の廊下はいつもとは真逆の静かな空間になり、寮塔に近づくにつれて人の声が聞こえだした。

今日も家に帰ってない生徒は多いようだ。

 

マックスは寮塔に移った時、ふと考えが浮かんだ。

 

「そうだ。もう一人の魔法使いも夜中動いてるということは寮生の可能性があるな。」

 

だとしたら、奴は今も校内にいるかもしれない。寮室にでも居るのなら、この時間帯に突き止めることが出来るかもしれない。いや、他の生徒が多すぎるか……

 

それに、同時にこっちの正体も探られるかもしれない。

こっちは四人。その内ジェイリーズは顔を知られた。むしろ奴の方が探りを入れるには有利なのではないか……

 

マックスはまた不吉な感覚を覚える。

 

「なぁ、ジェイリーズは何も食べてないんじゃないのか?」

「ん?ああ、そうかもな。」

マックスはディルの声で我に返った。

 

「あんな事があったんだ。とてもすぐに食べる気にはならなかったはずだ。」

ディルが言った。

 

「そうなると、今夜の行動で無理するのは良くないな。今夜は俺達だけで動くとするか。」

マックスはそれが正解だと思った。

 

そして三人がBクラスの寮室前の廊下にたどり着いた時だった。

 

「おっ、ジェイリーズ。」

 

彼女はそこに立っていた。

「心配かけたわね。もう大丈夫よ。」

「それならよかった。ジャック達から聞いた時にはびっくりしたぞ。」

マックスが駆け寄った。

 

「あたしがもっとしっかりしていればねぇ。」

「いや、よくやったじゃないか。例の魔法使いの生徒について新たな情報を掴んでくれた。」

 

ジャック、ディルもうなずいた。

 

「そうだ、昼から何も食べてないだろ。もし腹減ってたら、食堂行かないか?」

ディルが言った。

 

「そうね。食べておいたほうがいいわね。今夜も動くんでしょ?」

「おい、今夜も参加するのか?」

マックスが言った。

 

「いけないかしら?あたしをチームの一員として見てないのかな?」

「そうじゃないだろ。俺は心配して……」

「あたしの事なら大丈夫よ。ぐっすり寝たし、あとは食べるだけ。」

ジェイリーズがマックスの話に割って入った。

 

「わかったよ。君がそう言うなら、俺達は無理に引き止めることは出来ない……」

 

その後、四人そろって食堂に行った。

 

テーブルにはマックスとジャックが座っていた。

 

「ジェイリーズもなかなかタフな心の持ち主だな。」

マックスはポテトサラダをつまみながら言った。

 

「ああ、実に頼もしい女子だね。チームに無くてはならないよ。そうだ……」

 

彼は続けた。

 

「彼女をどう思う?」

「どう思う?」

マックスは唐突な質問の意図がわからなかった。

 

「今も言った通り、タフだ。」

「それだけか。」

「それだけって何だ?」

 

マックスはジャックが何を言っているのかわからない。

 

「ディルは……いや、なんでもないよ。お前は相変わらず変わってないってことか。」

「急に何を言ってるんだ。変だぞ。」

「もとからだよ。」

 

そこへディルとジェイリーズが食器プレートを持ってやって来た。

ディルの食器の量を見るに、食欲が回復したらしい。

ジェイリーズの元気な姿を再び見たからだろう。

 

「皆そろったから、ここで今夜の事を軽く説明しよう。」

 

四人が椅子に座った所で、彼は話し始めた。

 

「例の生徒が何を考えて何をしようとしているのかはわからない。だがわかっていることがある。奴が地下に用がある事と、ジェイリーズが目をつけた女子が協力している事だ。」

 

「彼女はアリスタと言ったわ。」

ジェイリーズが言った。

 

「名前までわかっているのか。じゃあそのアリスタの事もふまえて、今夜は観察に重点を置きたい。」

 

「観察?」

ディルが言った。

 

「奴が夜中何をやっているのか探るには、まず観察するしかない。そして奴は必ず、また地下に行くと思っている。あの地下の行き止まりの秘密を知るためにも、気づかれずに見ることだ。」

 

「OKだ。ドキドキするぜ。」

ディルが肉を頬張りながら言った。

 

「ところで、これまで二夜とも奴は一人で動いていたようだが、今日の昼はアリスタと二人、旧校舎で何をしようとしていたんだろうな。」

ジャックが言った。

 

「それは気になる事だけど、あたしが失敗したからわからないわね……」

 

「自分を責めるな。十分よくやった。今は昼の事は考えてもわからないさ。まずは今夜の事だ……」

 

食事を済ませた後、人に見られないよう四人は離れて行動した。

 

早いことにもう夕方だ。

 

こうしている時にも、奴は何か企んでいるのかもしれない。だが人が大勢出歩いている間は行動しにくいはず。

だから夜に、必ず動きだすはず……

 

マックスの胸騒ぎは消えない。

寮室の壁沿いのソファに腰掛け、彼は一人で窓の外の夕日を見ていた。

 

すると、ここへ……

 

「マックス?」

「ああ、ジェイリーズか。」

 

振り向けばそこにジェイリーズが立っていた。

 

「アリスタを探しにCクラスの寮室に行ってきたんだけど、いないみたいだったわ。」

「そうか……」

マックスは窓を向き、話した。

 

「なぁ、外にでも行かないか?気分転換にでも。」

「いいわ。行こう。」

 

マックスは立ち上がった。

 

彼に特に用は無かった。普段、用も無しに人を誘ったりはしないが、今は誰かと居たい気分だったのだ。

そしてそれはジェイリーズもそうだった。

 

二人は学校を出て、グラウンド前のベンチのひとつに腰掛けた。

 

「急にどうしたの?こんなことしない人でしょ。」

ジェイリーズが言う。

 

「思えば、今朝から何だか嫌な空気を感じるんだ。一人で考え事しているとますます落ち着かなくなる……」

 

すると、ジェイリーズが遠くを見ながら静かに話し始めた。

 

「あたしね、初めて自分は死ぬんだと思った……本当に怖かった……」

 

マックスには、彼女の気持ちはわかっていた。

全身金縛りの呪文をかけられ、傷を負わされたのだ。

そのまま出欠多量で死ぬ確率のほうが高かったはず……

ディルとジャックが来なかったらと思うと恐ろしくなる。それは誰よりジェイリーズ自信がそう思っただろう。

自分の身にこんな事が起きて、恐怖を感じない訳がないのだ。

 

マックスには、皆の前では平然を装って心配させまいとしていたこともわかった。

 

「……だから、こういうこと言うのは苦手だけど、あたしも一人で居たくない。一人だと、また襲われるんじゃないかって不安で仕方ないわ。だから今夜も、皆と動きたいのよ。」

 

「ああわかるよ。今の俺には尚更わかる。でも、今夜行動することそのものが、俺が感じている胸騒ぎの答えだとしたら……そうも思ってしまう。」

 

マックスはこれまでには無い感覚を体感し続ける。

 

「はっきりしないことを考えても答えは出ないわ。あたし達はチームよ。何か起きても、チームでなら解決出来るわよきっと。今までも色々やってきたじゃない。あたしも危ないところをあの二人に救われたばかりよ。」

 

マックスは彼女の言葉で自信が戻って来るような気がした。

 

「そうだ。俺は大事なことを忘れていたな。チームの力を信じるべきだ。俺がリーダーにはならないほうが良かったのかもしれない。」

 

「安心して。あたし達は完璧なリーダーを求めてはいないわよ。」

 

「不完全で悪かったな。」

 

少しの間、二人はそのままのんびりと時が過ぎるのを感じていた。

 

やがて大陽は低く沈み、今日も夜を迎えようとしていた……

 

「おいジャック、今暇か?」

「いつも暇だよ。」

本校舎と寮塔を繋ぐ橋の上で、ディルがジャックに声をかけた。

彼は今夜も橋からの景色を楽しんでいたのだろう。

 

「こんな所でよくじっとしてられるな。」

「お前も風景観察してみたらどうだ?今よりは芸術心が高まるだろう。」

ジャックは適当に返した。

 

「俺にだって美しいものは美しいとわかるぞ。例えばジェイリーズとかな。」

ディルは言った。

 

「そういや、ジェイリーズとマックスはよく二人でいる気がするが、まさか本当に隠れてデートしてるんじゃないのかな?」

「それを俺に聞いてどうする?」

「もしそうだとしたら、お前はどんな気持ちだ?どう思う?」

ディルはジャックに質問で返す。

 

「それは……人の勝手だ。」

「答えになってねえよ。」

「じゃあディルはどう思う?」

ジャックも質問で返した。

 

「正直、なんか嫌だな。」

ディルはテンション低めで言った。

 

「彼女が好きだからとか言うんだろ。」

「俺の勝手な思いだってのはわかってるよ。でも、チームなのに、近くに居るのに誰かに取られるってのは嫌だな。彼女はずっとフリーでいて、俺達男子のアイドルでいてほしい。そのままでいてほしい……」

 

ジャックは、ディルが冗談で言っているのではないと感じた。

 

「お前、そんなこと考えていたのか。」

「まぁ、忘れてくれ。ただの俺の勝手な考えだ。」

 

ディルはそう言うと、話題を変えた。

 

「あの魔法使いは今もこの校内で何か考えているんだろうな。」

 

「だろうなぁ。そうだ、思っていることがある。奴がとんでもない事やろうとしてるのなら俺達は奴をどうすべきかな?」

「どうすべき、かぁ……とんでもない事って例えば?」

「殺人、この学校の占拠とか。現にジェイリーズに手を出している。殺していた可能性もあった。」

 

ジャックは言った。

 

「確かにそうだな。実際にヤバイことやってる。あいつが何かやろうとしてたら、それは間違いなく悪いことだ。俺達の遊びなんか比じゃないぜ、恐らく。」

 

「ああ、間違いないだろう。相手は魔法使い。ここはマグル界。ここで奴を監視することも捕らえることも出来るのは俺達しかいないということだ。だから、俺達が奴をどうにかしないといけないだろ。」

 

ジャックの考えはすぐにその通りだと理解できた。

 

「本当だ。マグル界で奴が何かやらかしても誰も何も出来やしないや。俺達だっていろんなミッションをやってこれたんだしなぁ。となると、俺達が奴の行動を止めないといけないだろうな。」

ディルが言った。

 

「やっぱり……それしかないよな。これまたずいぶんと面倒な役回りになりそうだねぇ。」

 

ジャックは続ける。

「でも、これがナイトフィスト最初の任務の中身なんだろう。」

 

サイレントと名乗る男……マックスは、彼から正体不明の魔法使いの調査をすることが最初の任務だと言われたらしい。

 

もしその魔法使いの目的が危険なものであるのならば、俺達がどう考えてどう動くかを試そうと思っているのだろう。俺達の実力を知ろうというわけなのだろう……

 

ジャックは考えた。

 

「俺達の行動力が試される時だ。」

「チームの活動もえらいことになってきたもんだな……」

 

更に時間は過ぎ去り、今夜も彼らの動きだす時が来た。

 

マックスはシャワーも既に済ませ、部屋着に着替えて『学校内全システム書記』を適当に見ていた。

 

思えばジェイリーズが襲われた時に、これを相手に奪われなくてよかったものだ。もしこれが奴の目に入っていたなら、今頃はこの本が自分達の手元には無かったかもしれない……

 

想像すれば色々と危ない出来事だったのだと後になるほど実感した。

 

これをまた誰かに貸すべきではないのかもしれない。

ジェイリーズを一人で動かせたのは危険すぎることだったのだ。

少なくともチーム全体が今より強くならないと、奴と一対一の勝負は避けるべきだ……

 

マックスは携帯電話を開いた。

 

「そろそろかな。」

 

彼は『学校内全システム書記』と『魔術ワード集』を抱え、杖を取った。

 

自身を透明化して個室から抜け出す……

 

この時のドキドキ感はいつになっても良いものだった。

 

そのまま寮室を出て寮塔の橋の手前に着くまでの間、かつてないほどに人が居なかったお陰でスピーディーに歩けた。むしろ透明化する必要も全く無いほどに……

 

橋の手前で止まると、続けてチームのメンバーは現れた。

 

「今日は人が全く居なかったわね。逆に不自然に感じたわ。」

「確かに。俺が来るときは個室の廊下でも誰ともすれ違わなかったぞ。」

ジェイリーズとディルが言う。

 

「ラッキーということで、さっさと行こうか。」

ジャックが言った。

 

「それじゃ、今日は俺の呪文の本も持ってきたから誰か持っててくれないか?本日の呪文アドバイザーとなってもらう。」

マックスは『魔術ワード集』を三人に見せる。

 

「ならば俺が引き受けようか。」

「頼んだジャック。」

マックスはジャックに本を一冊渡し、歩きだした。

 

これまではいつも通り順調だ。変わった点といえばいつも夜中まで起きている生徒の姿が、寮室だけでなく個室ゾーンの廊下ですら見なかったことだ。

 

きっと皆個室の中で遊んでいるのだろう……

今は四人ともその程度しか考えていない……

 

だが彼らが本校舎の廊下に出た時、それ以上にいつもとは明らかに状況が違っているのだった。

 

「電気が全て消えている。」

 

窓から射し込む外の明かり以外光は一切無く、いつもついている小さな電球まで全て消されているのだった。

 

「これはどういうことだ?暗すぎるぞ。」

ディルが後ろの方で言ったのが聞こえた。

「何かおかしいぞ。今夜はいつもと違う。」

マックスは胸騒ぎが一気によみがえる。

 

「ルーモス」

マックスは小声で言った。

「見え辛いだろうが、皆は光をつけないほうがいいだろう。奴に居場所を知らせることになる。」

 

彼は『学校内全システム書記』を開き、光る杖先を本に押し当ててなるべく明かりが本から漏れないようにする。

 

「もう一度地下に行こう。そこで今夜は一時張り込もうじゃないか。奴が現れるのが先か、俺達が諦めるのが先か、我慢比べだ。」

 

四人はいつも以上に暗闇と化した大廊下を歩き続けた。

今のところ見回りの教師の気配も感じない……

 

マックスは思った。

教師達が見回る時の為にも完全に電気を消すことはないはず。実際に今までこんなことは一度もなかったのだから・・・・

 

生徒のいたずらとするなら、今日の見回りの教師達がすぐに気づいて電気をつけないはずが無い。

いたずらや教師の意図でないとしたら……まさか奴が・・・・いや、理由がわからない。

 

考えはまとまらないが、いつもとは違う緊張感を確かに感じている。今夜は何かありそうだ……

良い事か、悪いことか……

 

彼らは一階へ下りた。

一階廊下も同じく電気は完全に消えている。本校舎だけ停電したとでも言うのか。

 

そのまま真っ直ぐ地下へと向かって歩いていた時だ。

 

マックスは急いで杖明かりを消した。

突然、地下の方から光が漏れ、そこに人が立っているのが見えたのだ。

 

四人は立ち止まり、息を殺す……

前方の光の中に立つ人影をよく見ると、その手には魔法の杖があるのがわかった。

 

その場の緊張感は増す……

マックスの読みは早速当たった。奴が地下へ向かっているのだ。

 

マックスは緊張感と同時に胸が踊った。これは地下の秘密を解き明かす最大のチャンスだ。

 

彼は再び歩き始める。歩くスピードが徐々に上がる。

三人も彼に続いた。

ここで奴を見逃せば話は始まらない。

マックスはどんどん距離を縮めた。

 

そして地下への階段が目の前に迫った。奴は地下の奥へ進んでいる。やはりここに用があるのだ。

 

階段を下りると、何故か地下だけはいつも以上に電気が明々とついていた。

どう考えてもおかしい。今から何か始めようというのか……

 

マックスの興奮は止まらなかった。

 

「透明化だ。」

彼は静かに言うと、四人とも目くらまし術をかけて姿を消した。

ひとつ気になるのは、電気がついていることで影が出来てしまうことだ。

 

奴が角をまがってから、一気に距離をつめるしかない……

 

マックスは頭が冴え渡るのを感じた。

 

そして前方を歩く魔法使いが曲がり角から見えなくなった瞬間、マックス達は足音をたてずになるべく急いで迫った。

ここでマフリアートの壁を作ってしまえば奴に魔力を感じとられてバレる恐れがある。なるべく空間魔術は避けたい……

 

魔法使いは四人の存在に気づいていないようだ。

そしていよいよ、奴は問題のあの場所へたどり着いた。

 

マックスは壁に張り付き、前方に目をこらし、耳をすました。

 

奴は杖を下げ、片手を壁に当てた。そして……

 

「フィニート・レイヴ・カッシュ」

 

その男は確かにそう言ったように聞こえた。

そして次の瞬間、その光景にマックス達は息をのんだ…………

 

 

 

 


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