Outsider of Wizard   作:joker BISHOP

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第五章 Danger Red

マックスは今、個室のシャワールームから出てきた。

 

皆は深夜3時までここにいた。しかしマックスはいつしか寝ており、気がつけば朝だったのだ。

 

「結局また制服か。」

予備の制服を着て今日の授業の用意をした。

 

また一日が始まった……

将来ナイトフィストとしてグロリアと戦う決意をした今、学校の授業が尚更無駄に感じる。

 

騎士の拳になるには、もっと魔法の勉強が必要なことはわかっている。そしていつかは並みの魔法使いのように、いや、それ以上の存在になりたい。

その日に近づくには自分で努力するしかない。ひたすら……

 

今日の午前中の教材を準備し終えると個室から出た。

 

今日の寮室は既ににぎやかになっている。昨日と一時間起きる時間が違うと、こうも変わる…

ジャックがいつも早く起きて寮室にいる訳だ。

 

ジャックは静かに景色を眺めるのが大好きな奴だ。少なくとも今の状態の寮室は、風景観察するには最悪だ。

そういうわけか、彼の姿が見当たらない。

飯を食いに行ったか、もしくは個室に戻ってるのか…まぁどうでもいい……

 

まだ完全に目が覚めきれないまま食堂へ向かう…

 

何だか頭が重い……あまり気分が良くない。

マックスは階段を下りながら感じる。

 

睡眠時間はいつも通りだ。だが昨日はいろんな事がありすぎた。

体も動かしたし魔法も使った。だから疲れているのだろう…

 

そう思いながらのろのろと食堂まで歩いた。

 

来る手前からわかっていたことだが、やはり食堂内も人は多く、騒がしい雰囲気だった。

ますます気分が悪くなりそうだ…そう思いながらプレート置き場へ歩く。

 

ふと、テーブルの方を見るとジェイリーズが食事しているのを発見した。

 

適当に食べ物を取り、プレートを持ってジェイリーズの隣に近づいた。

「おはよう。もう来ていたのか。」

マックスは隣の椅子に座った。

 

「あら、おはようマックス。夜はよく寝れた?」

「そのはずだけど…」

「相変わらず朝から冴えない顔。本当に寝たの?」

ジェイリーズがマックスを向いて言った。

 

「もちろん。君も知ってるはずだろ。俺は皆が本を見ている間に寝たんだ。」

「もちろん。知ってるわよ。でもよく寝た後の顔色には見えないわ。具合悪いんじゃない?」

ジェイリーズは再び食事を開始した。

 

「ああ、実はちょっとだけな。たぶん疲れが残っているのだろう。でも特に問題はない。」

マックスも食事を開始する。

 

「そうだ、お願いしたいことがあるわ。」

ジェイリーズが思い出したように言った。

「これから『学校内全システム書記』を皆で借りていいかしら? 昼間のうちは、四人がそろうことはほとんど無いわ。だから個人的に調べたいことがあればチームで本を借り合って使うといいかと思ったのよ。何かしら手助けになると思うわ。」

 

「なるほど、いい考えだと思うよ。じゃあ早速君に渡すとしよう。そう思いついたのならば早速やりたい事があるんじゃないのか?」

 

「その通りよ。眠そうな顔して名推理ね。」

「もう顔のことはいいよ。」

 

ジェイリーズは話を戻した。

「あたしの受けている数学応用の授業で一緒のCクラスの女子がいるんだけど、日頃何をしてるかわからないのよ。周りの子達に聞いてみたんだけど、いつも一人で何かしてるらしいわ。誰とも話さないし、気にならない?」

 

「一人が好きなだけかもしれんな、俺やジャックみたいに。でも調べたいのか?」

「うん。いい?」

「ああ。」

 

そしてジェイリーズは食事を終え、プレートをカウンターに戻しに行った。

 

マックスはまだ食べていた。

あまり食欲がない。そして、さっきから不思議に何かへの不安を感じていた。

朝起きてからの、何かと気が乗らない感覚といい、今日は何か変だ。

そして何か嫌な予感がする。何か……

 

それから時は経ち、生徒達は授業を受けていた。

 

「ジャック、次は同じ科目だったな。そろそろ教室行っとくか。」

 

ディルはジャックと一緒にいた。この時間は二人とも選択している教科が無かったらしい。

 

「なあ、今日マックスを見たか?」

ジャックが言った。

「いいや、そういえば見てないな。食堂にもいなかった。」

「まあ、お前はスープ目当てで朝早くから食堂行ってるから会う可能性は低いな。」

二人は廊下を歩きながら話す。

 

「まぁそうだな。でも、後でマックスに会いに個室に行ったんだけど、その時には部屋に居ないみたいだったぞ。俺が飯を食い終わってから2時間後ぐらいだから、多分8時頃だったかな。」

ディルは言った。

 

「そうか。俺は昨日の疲れのせいか、起きたのが8時前だった。そしてお前がマックスの個室に行ったのも8時頃となると、それまでにマックスが何してたか二人とも知らないということか。ジェイリーズはどうだろうか?」

 

ジャックは続ける。

「そういえば彼女もまだ見てないな。」

「俺もだ。こいつはまさか…」

ディルは何か思いついたらしい。

 

「何だ?」

「二人そろって朝からデートって訳かもしれんぞ。」

「まさか。あいつが何かしてるとすれば、一人で気になること調べたり魔法の勉強でもやってるんだよ。」

ジャックが言いきった。

 

「わからんぞ。なんせジェイリーズは超絶美人だ。誰だって一目見ただけで気に入るほどな。」

「それじゃあ、お前もそうなんだな。」

ジャックは言った。

 

「当たり前だろ。今更か?」

ディルは言った。

 

「思ったよりはっきり認めたな。まぁお前らしいか。」

「じゃあお前は違うって言うのか?今更だけどな。」

そしてわずかな間があり…

 

「…さぁ、どうかな。考えたことがないよ、そういう事は。」

「冗談だろうがよ。」

「冗談じゃないよ。そんなこと考えても、俺には無駄だからさ…」

 

軽々とした口調でそう言ったジャックだが、ディルには何かを思いつめて発言しているように思えたのだった。

 

それから次の授業も終了し、休み時間が始まった時の事だ……

 

ジェイリーズが数学応用の授業を終え、机から立ち上がった。

そして教室を出ていこうとする一人の生徒の肩を軽く叩いて話しかけたのだった。

「ねぇ、ちょっといいかな。」

「えっ…」

立ち止まったその生徒は、サラサラなストレートヘアの女子だった。

振り返った時、前髪をはさむヘアピンがキラリと光る。

 

「あなたと話すのは初めてね。」

「そうね。」

「もし暇があれば、お喋りしない? あたしは話し相手がいないし、うるさいのが嫌いだからあなたみたいに落ちついた人と話をしたかったのよ。駄目かな?」

 

話し相手は、彼女の言っていた例のCクラスの女子生徒だった。

 

「そう…いいわ。じゃあ、次も授業あるから昼休みにでも。」

「ありがとう。じゃあ寮塔の橋で待ってるわ。名前何ていうの? あたしはローアンよ。」

「アリスタよ。じゃあ…」

 

そう言うと、彼女は去っていった。

「何か気になるわね…」

そしてジェイリーズも歩きだした。

 

生徒達が行き交う大廊下を一人歩きながら人目を気にする。

前からも後ろからも、次々に生徒が現れる。そして行き交う人の波から外れ、廊下の角で立ち止まった。

 

そこでひたすら時を待った。

 

だんだんと人の数が減ってくる。生徒の多くが次の授業の教室へ移動し終えたのだろう。

更にその場で携帯電話をいじって待つ……

 

ついにチャイムが鳴り始め、廊下にはほとんど生徒の姿は無かった。

これを待っていたかのように彼女は携帯電話をスカートのポケットにしまって、代わりにバッグから『学校内全システム書記』を取り出した。

朝食の後、マックスから貸してもらっていたのだ。

 

ジェイリーズはバッグをからい本を開いて、人気が無くなった廊下を歩きだした。

 

授業は既に始まっている。この時間は自分の受ける授業は無かったのだろう。これからどこかの教室に行くことはなく、本と前方を交互に見ながら廊下を歩き続けたのだった。

 

しばらく動いたところで、一度立ち止まった。

 

「ここの学校探検は面白いわね。」

ジェイリーズは本の地図のページを開く。

「設備のコントロールまで書いてあるわ…」

地図には細かく電気の配電図まで記されてあるのがわかった。

まさにこの本があれば、校内の事は完全に把握できると改めて実感すると共に、更に校内を動き回りたくなるのだった。

 

「一人でこそこそ動くのは初めてね。興奮する…」

行先を決め、彼女は再び歩きだした。

 

そして六階への階段を上っている時だった……

 

「あれっ? この感覚は…」

ジェイリーズが空気の変化を感じた。

「何かの結界に入った? …そういえばここは…」

彼女は昨夜、六階の廊下を走った時の事を思い出した。

それは教師にディルの足音を聞かれ、階段で教師とチェイスした後、マックスが六階への入口をマグル避け呪文で封鎖した事だ。

彼女が今感じた感覚は、間違いなく昨夜マックスがかけたマグル避け呪文の残存効果であった。

 

並の魔法使いではないが故に一度かけた結界の魔力は長くは持たないが、魔術の感知に長けたジェイリーズには、まだうっすらマグル避け呪文の効果が継続していることに気づけたようだ。

 

「ちょうどいいわね。これで邪魔は入らない。」

 

さっきまでより周囲の警戒心を緩めて六階の廊下にさしかかった。

 

しかし角を曲がった瞬間、むしろ警戒を緩めてはならないことをすぐさま思い知った。

 

「あれは、まさか…」

 

ジェイリーズは足を止めてとっさに曲がり角に隠れた。

曲がった先の廊下には、確かに一人の生徒の姿があったのだった。

 

壁から顔をそっとつき出す……

一人の男子生徒が歩いている。こちらには気づいていない様子だった。

 

思えば、昨夜マックスは六階を完全に封鎖したはずだ。そして四人の誰もが呪文を解除しなかった。

ということは、この廊下の先の階段付近にかけた、もうひとつのマグル避け呪文が例の魔法使いによって解除されていなければ、今前方を歩いている生徒がその魔法使い本人だということになるのだ。

 

マグルがこの空間へ自分から入ることはまず不可能。

ジェイリーズは今いる生徒がもう一人の魔法使いだとほぼ確信した。

 

「インビジビリアス」

ジェイリーズは目くらまし呪文で透明化して後をつけることにした。

「色仕掛けで何でも聞き出そうかしら。」

 

ジェイリーズは角から出て廊下を歩き進む。

 

一定間隔を保ち、静かにつける……ここで誰かが前方の階段から上ってくるのが見えた。

それは教師の一人だった。

生徒は教師と挨拶し、すれ違う。

 

違ったのか…マグルの教師が入って来られたということは、その階段にかけたマグル避け呪文は解除されていたようだ。前を歩く生徒もそこから来たマグルかもしれない……

そう彼女が思って歩いている時だった。

 

教師の後に続き、一人の女子生徒が階段を上がってくる…それは例のCクラスのアリスタだった。

 

彼女は廊下で立ち止まり、前を歩く男子生徒と二人で、来た階段を戻るのだった。

「彼女…授業のはずなのに。デートの雰囲気でもないわね。」

ジェイリーズはすかさず彼女の後を追った。

 

そんな時に、彼は今……

 

周りには誰もいない。人の声も聞こえない。

彼は一人、杖を持って立っている。

 

「サーペンソーティア」

彼、マックスは杖を少し離れた草地の上に向けて呪文を唱えた。

 

杖先が一瞬小さく光り、そこから灰色の細い蛇が投げ出されるようにして召喚されたのだった。

 

地に着いた小型の蛇がマックスを向く。

「さて、まずその場をぐるぐる回って見せろ…」

マックスは蛇に杖を向けて集中した。

 

蛇が暗示にかかったかのように、ゆっくりと草地の上を円形にはい回りだした。

 

「いいぞ。ここまでは順調だ。ならば来い、俺を攻撃してみろ。魔法で具現化した作り物が攻撃出来るかな?」

マックスは杖を構えた。

そして蛇がマックスに再び向き直ると同時に、その口を大きく開けて飛び上がるのだった。

 

マックスは飛んでくる蛇を杖で払い避ける。

「プロテゴ!」

ガードはうまくいったようだ。蛇が見えないバリアに当たり、後方へ弾き飛ぶ。そしてその反動で蛇は勝手に灰と化し、やがて消え失せたのだ。

 

「まだこんな弱い奴しか出せんか。まだまだだな…」

マックスは再び杖を振る。

「サーペンソーティア」

 

マックスは再び蛇と対峙するのだった……

 

更に時は過ぎ、昼休み始まりのチャイムが鳴った。

 

この時、ジャックはマックスの個室にいた。

 

「プロテゴ…防御と反転の術。放たれた呪文を防ぐ、もくしは術の行使者に弾き返すことが可能。また、物理攻撃にも有効。空間魔術としても使用可能で、プロテゴ・トタラム、プロテゴ・ホリビリス、プロテゴ・マキシマがあり……」

 

彼はマックスが父親から授かった呪文の専門書『魔術ワード集』をずっと読んでいるのだった。

 

「術と術が繋がる場合もあり、この際はより強い魔力を注いだ魔術が押し勝つ…」

彼は更に読み続けた。

 

マックスと同じく、彼ももっと魔法を学びたい一心なのだろう…

 

将来、魔法界で戦うことが決まったのだ。今までのようなのんびりした遊び感覚の魔法では到底通用しないことは誰に言われなくてもわかる。

グロリア……あの男は魔法使いの軍隊と言っていた。

かつてどれ程の力を持っていたのか、そして今、どこまで組織の再構築が進んでいるのか全くわからない。

 

それはナイトフィストだってそうだ。まだ何も知らないのだ。今は…

 

彼は、これからいかなる覚悟で魔法そのものと向き合っていかなければならないかを考え始めていた。

そして知識が無いが為に、力が足りないが故に生きるか死ぬかが決まる。そういう世界に足を踏み入れたのだという現実を実感しきれないでいた。

 

実質、魔法で戦ったことなどありもしない。今はまだ、これまでと同じ事しかやっていない。ナイトフィストの一員だということを実感するには、具体的な活動をしなければいけない……この考えがまた、自分を焦らせることも理解できた。

 

それでも魔法の知識を少しでも頭に入れたいという衝動を押さえることは出来ない。それほどに、今は自分の魔法使いとしての無力さを認めざるを得ないジャックだった。

 

わかっている。はっきり言えば、不安なのだ。

 

突如突きつけられた現実と選択……自分の意思で受け入れたが、こういうのは時間が経つほどに実感がわいてくるものだ。

 

更に経験を積めば、より色々な事を実感できるようになるだろう。例え嫌でも……

しかし今は何もわからない。それが余計に不安を呼ぶのだということを、わかっている。

 

彼がマックスの個室にこもっている時、あの食いしん坊もまた、行動を起こしたがっているようだった。

 

「皆何してるんだろうなぁ……今日はあんまり会ってないなぁ。」

 

ディルは早速昼食を済ませ、食堂から出るところだった。

 

「ジャックはまだ腹減ってないと言うし、マックスとジェイリーズはどこに居るかもわかんないや。寮室にも来ないで、いったいどこで何してんだろうなー……」

 

ディルがのろのろと廊下を歩いている時に…

 

「よおディルじゃないか、久しぶりにゲームしようぜ。リックが新しいやつ家から持って来たんだ。」

 

後ろから一人の男子生徒が走ってきたのだった。

 

「バートンか。悪いが今日は遠慮しとくわ。やることがあるんだ。」

「またかよ。最近俺達の家にも来ねぇで、何かあったか?」

彼は残念そうに言った。

 

「別に何もないよ。最近勉強が忙しくてな。」

「お前が言うことかよ。そういや、お前あのジェイリーズ・ローアンとかいう美人と知り合いだったらしいな。なんで隠してたんだよ。」

「隠してたわけじゃない。ジェイリーズって本当に人気なんだな。」

ディルは歩きながら喋った。

 

「ああ。男子の間ではけっこう名が知られてるぜ。学年問わずな。先輩はセントロールスの美人ベスト5には入るんじゃないかって言ってたなぁ。それに、彼氏はまだいないという噂も聞いてるぜ。」

バートンという生徒はディルについて来ながら言う。

 

「まあ、そうだろうなぁ。しかし凄いや……」

「そうだ、お前知り合いなら紹介しといてくれないか? せめてちゃんと話したいな。」

「ああ。会ったら言っとくよ。」

 

ディルは適当に返事した。

 

「じゃあな。たまには俺らのゲーム会にまた来いよ。」

そして彼は別れて行った。

 

「まあ、ジェイリーズがお前と付き合う気はないね。」

ディルは独り言をつぶやいて歩いた。

 

「そういえば、透明になる時いつもジェイリーズに世話になってるな。まだ自分で出来ないのは足手まといだしダサい。旧校舎でも行って真面目に練習してみるか。」

 

ディルはそれから旧校舎へと向かったのだった。

 

チーム中、目くらまし術が使えないのは彼だけだ。

その為チームの行動で姿を隠さなければならない時に、必ず誰かにかけてもらう必要があるのだ。

 

一人の魔力の負担も大きくなり、確かに足手まといとなる。

ディルはこれからの事を考え、今ようやく本気で目くらまし術を習得するために動きだしたのだ。

 

ディルは人気が一気に無くなる旧校舎と本校舎とを繋ぐ通路に到着した。

 

この時、彼は確かに魔法の壁を感じとった。

 

「ん? これは、俺の得意なマグルシールドか。誰が仕掛けた…?」

 

マグル避け呪文はディルが自信を持っている魔法だ。

大好きなチームと周りの万人とは一緒にしたくない、されたくないというチームへの強い思いからこの魔法が得意になったと思われる。

故にこの術の感覚は良くわかるのである。

 

そのマグル避け呪文が何故にここに、そして誰が仕掛けたというのか……

 

ディルは杖を取りだし、慎重に進んだ。

旧校舎は相変わらず人の気配が無く、静かだ。物音ひとつしない。

 

「マックスかジェイリーズか、それとももう一人の…」

 

ディルは携帯電話を確認する…

何の連絡もなしだ。

彼はとにかくこの事をジャックにメールで知らせた。

「あいつなら今すぐ気づくはずだ。」

 

昼間だというにも関わらず薄暗い廊下をゆっくり歩き、ドアが外れた教室を見ながら進む…

誰もいない。しかし、魔法使いがここに術を仕掛けたのは間違いないことだ。もし例の魔法使いが透明化して潜んでいるとすれば、目では当然わからない。

 

廊下の奥まで来たが、この階には人の姿はなかった。

階段を下り、更に進む…

 

杖を構えて左右の部屋を見ていくが、誰かいる様子はなかった。

「ここで幽霊は勘弁してくれよ。」

ディルは徐々に緊張感が増してくるのを確かに感じた。

 

そして次の部屋を覗いた時、ディルはその光景に心臓が止まりそうになった。

 

「うあぁぁぁ!!」

あまりの想定外の事態に杖を取り落としそうになる…

そこで見たのは、床に座りこみ、額から血を流した女子生徒の姿があったのだ。

 

そして本当に驚くのは、彼女が誰かわかってからだった。

 

「ジェイリーズ……ジェイリーズだろ!!」

 

その顔を見間違えるはずはない。そこにいるのは確かにジェイリーズなのだ。

 

ディルは慌てて駆け寄った。

「おい!!」

 

彼女はぐったり座りこんだままびくともしない。

顔は血まみれで、頭から首まで垂れ流れている。

 

「こんなことが……」

 

ディルは震える手で彼女の腕を持ち上げ、手首を触った。

「脈はある!」

 

しかし全身の力は抜け、体を揺さぶってもその目を開くことはない。

 

「どうすれば…どうすれば!!」

あまりの光景にショックを抑えきれない……

 

その時!

 

「ディルか?」

「ジャック!!」

後ろにはジャックが立っているのだった。

 

「ジェイリーズ…どういうことだ!」

「わからない! 見つけた時にはこうなってた。意識が無いんだ! でもまだ生きてる!」

 

ジャックはディルの隣に駆けつけ、そこに力無く座るジェイリーズの肩を揺さぶった。

 

「固まってるみたいだ…」

ジャックは頭の中をあらゆる記憶が駆け巡った。

「まさか…」

そして杖をジェイリーズに向け、呪文を口にした。

 

「フィニート!」

 

判断は正しかった。とたんに彼女は目を開いたのだ。

 

「やったぞ。動いた!」

ジェイリーズは痛そうに頭を押さえる。

 

「そうだ、確か…エピスキー」

ジャックが杖をジェイリーズの額に向けて呪文を唱えた。

 

「これで傷は治った。もう大丈夫だ。たぶん…」

「あ、ありがとう…」

彼女はその場からふらつきながら立ち上がろうとした。

ジャックは直ぐに腕を支える。

 

「あなたが来てくれなければ、死んでいたかもしれないわ。ありがとう。」

「礼はこっちにも言うべきだよ。第一発見者だ。そして俺を呼んだんだ。」

ジャックはディルを見た。

 

「動けない時でもわずかに意識はあったわ。誰かが必死に呼ぶのが聞こえて、起こそうとしていた…」

ジェイリーズはディルの方を向いた。

 

「心配してくれてありがとね。」

「当然だろ。」

そう言うと、ディルはポケットからハンカチを取り出した。

 

「まずは顔を拭いてくれ。そんな血まみれじゃ、まともに見れない。」

「そうね。」

ジェイリーズはハンカチを受け取った。

「明日、ちゃんと洗って返すわ。」

「別に洗わなくても、俺は問題ないけど…」

 

「それはどういう意味かい?」

横からジャックが言った。

 

「ところでジェイリーズ、ここで何があったんだ?」

 

すると突然、何か思い出したように慌てた。

「そうよ! 彼女がグルだわ。」

「ちょっと待て、落ち着け。」

「あたしは一人の女子をつけてここにきたのよ。その時に男子生徒も一緒にいた。」

 

彼女は続ける。

「ここに来るまでは目くらまし術で上手く尾行できたんだけど、その男子が周囲に、人の存在を暴く呪文をかけてあたしの術が強制解除されたのよ。そして魔法で頭を怪我して、もう一度男が何か呪文を言った時には、動けなくなってたわ。」

 

ここでジャックが話しだした。

「ペトリフィカス・トタルスか。」

「それよ!」

「マックスの呪文の本に書いてあった。全身金縛り呪文だとな。だから全く動かない君を見た時にそれがかけられているのかと思ったんだ。」

 

「そうだったのか。」

ディルが言った。

 

「それで、追っていた女子はどうなった?」

ジャックが続ける。

 

「魔法使いの男子と一緒に去ったと思うわ。」

「なるほど。よくやったなジェイリーズ。例の魔法使いは俺達の敵ということがわかった。そして奴に仲間がいたことも。その女子は魔女なのか?」

「恐らく。ここに来るときにジャックとディルも感じたはずよ、マグル避け呪文。それは男子がかけたものよ。」

 

ジャック達はうなずいた。

「そうか。となるとますますやっかいだ。敵が二人というわけだ。」

 

その時、ジェイリーズが壁に手をついて…

「少し休みたいわ。頭がふらふらする…」

「ああ、寝るんだ。今日はもう休んだほうがいい。」

 

その後、三人は旧校舎を離れた……

 

ジェイリーズは今、自分の個室でぐっすり眠っている。

 

ジャックはディルと寮室にいた。

 

「俺はやっぱり無力だ…」

ディルが唐突に言った。

 

「どうした?」

「ジェイリーズのことだよ。お前が来なければどうなっていたことか…俺では解決できなかったよ。俺は役立たずだ。」

 

「何言ってる。お前の連絡があったから俺は来れたんだ。それに、暇だったからずっとマックスの本を読んでいたせいで呪文を知った。たまたまだ。」

ジャックは寮室の角に座って言った。

 

「俺はちっともそんな良い所見せられない…俺は駄目だ。」

ディルが隣の椅子に腰かけた。

 

「お前が思ってるだけだ。ジェイリーズは本当に感謝しているよ。」

「ならいいけどさ…」

 

その時、二人は同時に同じ方向を見た。

「マックス、来たか。」

「今までどこで何してたんだ? デートか?」

そこにはマックスが立っていた。

 

「デート?」

「それは無視していい。」

 

ジャックは本題に入った。

「早く言いたいことがあるから呼んだんだ。実は、ジェイリーズがさっき襲われた。」

「襲われただと! 誰にだ?」

 

マックスは二人と向き合って椅子に座った。

 

「例の魔法使いだ。それに、奴の仲間がいたこともジェイリーズの調べでわかっている。」

 

マックスは察した。ジェイリーズは朝から言っていた…気になる女子がいると。そして早速調べたんだ。その結果が早くも出たということだ。

 

「奴は俺達の味方になる気は無さそうだ。何せジェイリーズに怪我を負わせ、全身金縛り呪文で拘束していたんだから。」

「何だと、そんなことがあったのか…ジャック、よくその名を知ってるな。」

「お前の呪文の本が早速役に立ったということだね。」

 

「そうか。ずいぶん勉強になったらしいな。それでジェイリーズは…」

マックスは彼女の姿が無いことに不安を抱いた。

 

「心配いらない。個室で寝てるよ。でも、俺達が見つけていなかったら命の危険さえあった。ちなみに奴の仲間は女子だ。たぶん魔女だよ。」

 

「俺の知らない所で皆活躍していたようだな。そして体をはって新たな情報をつかんでくれたジェイリーズに感謝だ。」

 

マックスは思った。朝から感じていた不吉な予感はこの事を暗示していたのか…

 

「とにかくジェイリーズが無事で何よりだ。二人ともよくやったな。」

 

「でも焦ったぜ。どうしていいかわからなかったよ。」

「俺も、こういうことは始めてだった。あんなジェイリーズはもう見たくない…」

 

マックスは二人の表情を見れば、どれだけ恐ろしい光景を目の当たりにしたのかがわかった。

「酷かったのか。」

「ああ。頭を魔法で傷つけられて、顔は血まみれのまま動けなくされていたんだ。」

 

ジャックの表情に怒りが感じられた。

 

「こんなことされて、俺は悔しいよ。絶対にやり返してやろうぜ。」

ディルも同じくだ。

 

そんな二人にマックスは話しかけた。

「なあ、どうしてもこの後の授業に出ないと駄目か?」

「いや、そういうことはないけど。どうした?」

ジャックが言った。

 

「実は、俺は朝から授業には行ってない。ずっと訓練していたんだ。戦術の訓練を。」

「そうだったのか。それで見なかったのか。」

「と言うのも、朝から胸騒ぎがしてならなかったんだ。嫌な一日が始まる気がした。そして嫌な予感は当たった。」

 

マックスは続ける。

「まだ不安は消えない。また俺達を襲ってくるかもしれない。ここで提案だ。今から俺と戦術の訓練に付き合わないか。」

 

「それは極めて合理的な意見だ。やろうじゃないか。あんな事が起こったんだし。」

ジャックがすぐに応えた。

 

「もちろんだ。俺ももっと活躍したいぜ。」

ディルが言った。

 

「よし。ジェイリーズは今日は休ませて、俺達三人でやる。例の魔法使いに加えてもう一人、魔女がこの学校にいるという可能性が高まった。彼らが何をやっていて、何故ジェイリーズを襲ったのかはわからないが、ひとつはっきりした。奴が本気を出して攻撃すれば相手を殺しかねないほどの覚悟がある。ならばこっちにも立ち向かう覚悟と力がいるんだ。実際に戦うとはそういうことだ。」

 

彼らはまだ、戦闘に対抗する術をほとんど知らない。

しかし既に生徒の何者かによる攻撃をジェイリーズが食らっているのが現状だ。

更にはここにもう一人、魔女と思われる生徒の存在も明らかになり、探していた魔法使いの行動に協力していることが確定された。

 

アリスタと名乗るその女子と名の知れぬ魔法使いの男子との関係は何なのか……旧校舎で何をしようとしていたのか……

 

マックス達は、まだ答えを出すことは出来ない。

 

 

 


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