Outsider of Wizard   作:joker BISHOP

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第四章 チェイス

外は完全に日が落ちて暗くなった。

寮生は全員、寮塔に移動して本校舎が静かになる。

そして寮塔全域が騒がしくなるのだ。

 

マックスは自分のBクラスの寮室の窓際の椅子に座り、一人静かに夜景を眺めていた。

 

彼の耳にはイヤホンが装着され、音楽を流して周りの数十人分の話し声を遮断する。

そして考え事に集中するのだった。

 

ナイトフィストかぁ……明日から、いや、たった今からでも楽しくなってきた。これでつまらない日々には終止符が打たれただろう。

しかしまだ組織についてはわからない事だらけだ。

今日話しただけの彼らを完全に信用するのはまだ早いというもの……

 

それより今からのことだ。

今夜の行動目的は二つ……地下室と正体不明の魔法使い。

おそらくこの二つはセットで考えていいはずだ。

奴が何らかの目的で地下に行った・・・・重要物保管所とやらへの行き方を知ってる可能性がある。

 

そこへ、音楽しか聞こえないマックスの背中に迫る生徒が現れた。

 

彼はマックスの肩を軽く叩く。

 

「おお、ジャックだったか。」

マックスはイヤホンを急いではずした。

 

「ジェイリーズはどこだ?一緒じゃなかったのか。」

「さっきまでそこにいたけどな。すぐ戻ると言ってどこかへ行った。お前のほうこそ、ディルはどうした?」

マックスは言った。

 

「自販機だよ。何か買ってすぐ来るはずだ。」

「そうか、じゃあもうすぐ皆そろうだろう。そうだ、さっきのことだが。」

「ナイトフィストの二人か。なかなか興味深いことを言ってたな。まぁ、少々胡散臭い感じもするが。」

「その彼らのことで気になったが、お前とディルを連れていったあの男はどんな話をしていた?」

 

それはサイレントの仲間で、共にマックス達を姿現しで連れ出したもう一人の男のことだ。

 

「俺達が14年前の事件の被害者だってことと、ずっと監視してたってことの説明がほとんどだ。」

「そうか。やっぱりサイレントと似たような事を話したようだな。その他に何か気になることは言ってなかったか?」

マックスは再び質問した。

 

「いや、ないな。重要なことはサイレントが話すと言っていた。ちなみにその男はテンペストとか名乗ったかな。」

 

「テンペスト?またコードネームか。それはいいとして、俺は気になることがあるんだ。それはお前も同じく気になるはず。」

 

マックスは言った。

「そろいもそろって14年前のグロリアの被害者がここにいる。これは普通ではないよな。」

「それは思ったよ。その前に、魔法使いの同級生が四人も、同じマグルの学校にいることが既に奇妙だよ。」

「いや、地下で見た奴が生徒だとするなら合わせて五人だ。」

 

ジャックはどういうことかわからなかった。

「それはサイレントじゃないか。俺達の行動を監視してたって言ってただろ。」

「違ったんだ。地下の事はさっき聞いたが知らなかった。サイレント達は深夜に校内で動いてはいなかったらしい。」

 

「本当かなそれは?」

ジャックは信用しないようだった。

「そこで嘘をつく理由もないはずだ。まあ、本当だとしたらそいつを調べなくちゃならない。例の正体、行動目的共に不明の魔法使いを調べろとサイレントに言われた。」

「早速任務というわけか。確かにあの男が何か隠しても意味ないか。」

 

その時、会話している二人の間に別の声が割って入る。

「待たせたわ。ちょっと忘れていた事があってね。」

 

ジェイリーズが二人のところに足早に向かって来ていた。

「ジェイリーズが戻ってきたようだ。あとは、あのお調子者だけか。」

 

ジェイリーズはジャックの隣の椅子に腰かけて言った。

「ディルはまだなの?」

「途中まで一緒に来ていたけど、自販機の前から俺一人でマックスに会いに来たんだ。飲み物買うだけなら、もう来るはずだ……」

ジャックがまさにそう言った直後だった。

 

マックス達のいる寮室の角に向けて小走りでやって来る男の姿が見えた。

 

「皆合流してたようだな。ちょっと遅くなったかな。」

ディルが陽気な感じで言った。

「異常に甘いものが欲しくてミルクティー飲んでたら、急激に炭酸が欲しくなってな。」

「何かを欲した時のお前のバキューム力は相変わらずで何よりだ。さてと、早速さっきの事についてだが……皆、正直どこまで彼らの言葉を信じているか聞きたい。」

マックスは全員そろうと早くも本題に入る。

 

「サイレントの言葉が、今夜からの俺達の行動目的に関わってきたりする。まず今の段階で彼らをどこまで信頼するのか、彼らの言葉をどこまであてにするのかを決める必要があると思うんだ。」

マックスは皆と向かい合って言った。

 

「俺は、まずは疑ってかかったほうが身のためかと思うな。」

ジャックが最初に言った。

 

「あえて近づいてきたのは、あたし達を利用しようとしているってことは確かよ。でも、サイレントが他に何か重要なことを隠していなければ言うことを聞いてもいいと思うわ。」

ジェイリーズが言う。

 

「俺は……まだ何言われてもピンとこない。たったさっき色々な事を言われたばっかだ。まだ何もわかんないな。」

最後にディルが言った。

 

確かにディルの言い分は正しい。ついさっき自分達の過去を知らされ、二つの組織の事情を知らされ、更に自分達も組織に属することを約束した。

おまけに現れた二人の魔法使いは、昨夜地下へ向かった人物とは関係ないと言う。

 

思えば昨日の『学校内全システム書記』入手作戦の後から、色んな事が実にたたみかけて訪れたのだ。

今、状況を冷静に判断できるほうが無理というものだった。

 

「少なくとも、今は彼らの事は半信半疑が妥当だな。また彼らは必ず俺達の所へ現れるはず。聞きたいことはその時に聞こう。例えば、俺達魔法使いをここへ集合させる何らかの企てがあったとか。」

 

「でもそれは俺達が選んだからここにいるんじゃないのか?マックス、お前の場合はどうなんだ?」

ディルが言った。

 

「俺は14年前の事件以降、引き取って今まで育ててくれた親戚の薦めが一つと、自分の、何となくな感じで来たってのが理由かな。」

 

「俺も同じようなもんだぜ。親とか、例の事件の被害者である親戚が薦めたんだ。試しに受験してみたら俺の頭でも通ったから来たんだ。」

ディルが言った。

 

「あたしも、引き取ってもらった今の両親に薦められた。ちなみに私の場合は受験無しで通ったわ。」

「それっておい、何か魔法で……」

「そうよ。」

ジェイリーズがキッパリ言う。

 

ここでジャックが話はじめた。

「俺は自分の選択だったな。マックスがここに行くかもしれないって言っていたから、せっかくなら仲間の魔法使いが一人はいたほうがましかと思って俺もここに来た。」

 

「そう言えば、あなた達は中学三年の時から知り合いだったわね。」

 

実は、ジャックとマックスはセントロールスに来る前から知り合っていたのだった。

しかし彼らは同じ中学にいたがクラスは違い、互いに魔法使いだと知って話すようになっただけで、今ほど仲がいい友達というわけではなかったが……

 

「それにしても俺以外、皆身内の推薦で来たというのは変な話だよな。」

「ジャックの言う通りだ。偶然で有り得ることではないと思う。もしこの事もサイレント、もしくは彼の仲間が知っていたら聞かせてもらう必要がある。」

マックスが言った。

 

「待てよ、さすがにそれは考えすぎてないか。サイレント達が俺達をどうやってここへ導いたと言うんだよ。」

ディルは言った。

 

「あたしも、今答えを出すのは早いと思うわ。まずはサイレントの助言通りに行動していればいいと思うけど。」

「ああ、最もな意見だと思うよ。俺は考えすぎてしまう癖があるな。」

マックスは続ける。

 

「というわけで今夜の行動は考えすぎず、サイレントが俺達に与えたナイトフィストとしての最初の任務を実行する。それは俺達以外の魔法使いの調査だ。」

 

その時から、マックスは何らかの視線を感じだしていた。

それはジェイリーズも、彼女の様子から同様であることがマックスにはわかった。

 

「どうした?急に黙って……」

 

マックスはディルの言葉を無視し、横目でチラチラと周囲を確認した。

ジェイリーズも同じく周りが気になっている。

マックスは状況がわかった。

 

「男達が数人、こっちを見て何やらこそこそ言ってる。」

マックスは小声で言った。

「いったいあいつらは何なんだ?」

「あたしにはどういうことかわかってるわ。」

ジェイリーズが小声で言う。

 

「何人かはあたしと目があってすぐに背けたわ。」

 

そう彼女が言うと、だんだん意味がわかってきた。

「まさかあいつら、君の話をしてるんじゃないのか。」

「多分ね。ちなみにそこにいるグループの一人、彼はこの前近づいてきた男子だわ。」

 

マックス達はこっちを気にして話をしている男子生徒グループの中の一人を見る。

 

「やっぱりそういうことか。どうやらあいつらはジェイリーズファンとでも言ったところかな。」

 

その容姿故に、彼女を狙う男子生徒は多い。実際、相手を惹き付けさせるような彼女の対応がそういう結果を招いている原因かもしれないが、彼女自身は適当にあしらっているだけである。

 

「こんな事が続いたら、俺達がよく集まってることを多くに知られてしまうぞ。まともに話し合う機会すら奪われる。」

 

「なんか、ごめんなさい。」

「君が謝ってどうするんだよ。しかしモテるってのは実に辛いものだねー。そんな不便な毎日を送らなければいけないなら、俺はモテなくてよかったね。」

ディルがそっぽを向いて言った。

 

「嫌味っぽいわね。」

「ともあれ、少しでも俺達の噂話が広がったら命取りになりかねない。昨日の本の事件もあるし、今後はより周囲を気にする必要がある。とりあえず今は解散しよう。動くときに連絡する。」

 

そうマックスが言い、何事もなかったかのように四人はそれぞれ散らばっていくのだった。

それからというもの、次第に寮室にいた生徒は個室に移動し、やがて寮室からの外出禁止の放送が流れた。

 

マックスはこの時までは個室で一人、ずっと『魔術ワード集』を読んでいたのだった。

 

「魔法使いを相手にするならもっと魔法を知らなければ。」

 

集中すると時はあっという間に過ぎるものだった。

時計を見ると、今は午後11時を過ぎていた。

個室に入ってから3時間は経とうかとしているのだった。

 

マックスは机の上から携帯電話を取った。

見るとメールが一件きているのがわかった。ディルからだ。

「待ちくたびれてるらしいな。」

 

彼は今にも動きたくてうずうずしているらしく、マックスは今から動くことに決めたのだ。

行動開始を全員に知らせ、『学校内全システム書記』と杖を手に取ると自身に魔法をかける。

 

「インビジビリアス」

全身をカモフラージュさせ、個室を出た。姿のない影がうすく床に写り、動きだす。

皆にも姿を消して寮室の外へ集合するよう連絡しているため、歩く姿を見ることは出来ない。

 

個室が並ぶ廊下を進み、寮室を目指す。

ここまでは他の生徒とは誰にも会ってない。そして寮室への扉の前まで静かにたどり着いた。

 

壁に張りつき、そっと取っ手を掴んで音がしないようゆっくりと開く……

わずかに開いた扉の隙間から寮室全体の様子をうかがった。

遠くに少数の生徒を確認した。

椅子に座っている。極めて静かだ。

勉強でもしているのだろう。お偉いもんで。

 

マックスは更に扉を開け、隙間からすり抜けるように寮室へ侵入する。扉はあえて開けておく。

 

生徒は幸いこっちに背を向けているために全く見られる事はなかった。夜中勝手に寮室の扉が開くなんて学校怪談ができても困る。

 

マックスは足音をたてずに早足で出口へ歩いた。

見ると、そこにいたのは例の一年の真面目三人組プラス見知らぬ二人だった。やはり勉強会だ。

そんな彼ら以外の生徒は誰もいない。皆個室の中、もしくは自分達みたいに抜け出しているのだろうか。

 

今や真面目五人組となった彼らを後にし、寮室の出口の扉を静かに開けて出ていった。

出口は死角になっていて、扉が開くのを彼らの位置から見ることは出来ないが、今の勉強への集中力を察するに死角でなくとも気づかないことだろう。

 

マックスは寮室を出て少し離れた所で立ち止まる。

相変わらず暗い廊下だ。だがここで電気をつけるわけにはいかない。誰にも自分達の存在を知られてはいけないのだ。

 

マックスは小さい電球の下で目くらまし術を解いて、姿を現した。まだ誰も来ていないようだ。

 

それから一分も経たないうちにディルが目の前に姿を現した。

「早いな。」

「ずっと待ってたからな。」

「あたしも来たわよ。」

ディルの隣でジェイリーズも姿を現す。

まだ目くらまし術が出来ない彼は、またジェイリーズにかけてもらって来たようだ。

 

「あとはあいつか。」

マックスがそう言ってすぐだった。暗い廊下の先から誰かが歩いてきているのが見えた。

 

「奥から誰かが来るぞ。」

ディルが小声で言う。

「まずい。いったん姿を消すぞ。」

マックスとジェイリーズが杖を構えたその時だ。

 

「もう皆集まってたか。」

前方から歩いて来る生徒はそう言い、徐々に顔が見えてきた。

「ジャック。お前先に行ってたのか?」

「俺はずっと外にいたよ。橋にずっと立って夜を感じていたんだ。」

 

彼は三人と合流した。

「お前も本当に好きだなそういうの。」

「ああ好きだね。」

 

四人がそろい、マックスが話しはじめた。

「では早速、昨日行った地下にまた行く。そして俺が考えている仮説を確かめる。」

「隠し部屋のことだな。」

ディルが言った。

 

「ああ。知っている呪文をぶつけて何か起きないか試したいんだ。それと、運が良ければあの時の魔法使いに出会えるかもしれない。あの時地下で、それも地図に書かれた立入禁止の場所付近で突如姿を消したんだ。あいつが壁の向こう側に行ったという仮説が正しければ、あいつは行き方を知ってることになる。行く瞬間を見ることができるかもしれない。」

マックスが今夜の行動目的を話した。

 

「これまたずいぶんと危ない事だな。」

「嫌かな?」

「大満足だ。」

ディルは笑顔で言った。

 

「これはサイレントが与えた、ナイトフィスト最初の任務だ。今後組織で公式に活動するようになった時のための、テストだと思って行くぞ。」

「授業のテストよりずっと危険で、はるかに面白そうだな。」

ジャックが言った。

 

「なんだか興奮してきたわ。ますます寝れなくなるわね。」

 

そして四人は行動開始した。

薄暗い廊下を黙々歩き、寮塔から出ていく……

その先の長い橋にさしかかり、夜風に吹かれながら歩く。

ジャックはずっとここで夜景を眺めていたのだ。

確かに四階の高さで、遠くの街まで一望できる場所だ。風当たりも良い。今夜も月光がよく際立っている……

 

「ところで、お前だけなんで制服なんだ?まさかシャワーも浴びてないのか?」

ディルが何気なく言った。

確かにマックスだけが制服のままで、あとの三人は皆、私服だった。

 

ジェイリーズはモノクロの花柄ワンピース姿で、ディルはTシャツにパーカーを羽織っている。

ジャックは白シャツに黒ズボンで、制服と大差無い見た目だ。

 

「清潔にしとかないと、女子に嫌われるわよ。」

「別にどうでもいいさ。それにこれが終わったらシャワー浴びるつもりだ。」

 

そんなことを話しているうちに四人は橋を渡りきり、太い扉を押し開けた。

その先にはいつもながらの暗闇廊下が出迎えてくれた。

まだ見回りの教師には出くわしてない。いいスタートだ。

 

その後もスムーズに一階まで下り、地下へと続く一本の廊下に立った。

 

「やっぱり夜中の学校はぞくぞくするわね。」

「ああ。この何とも言えない雰囲気には慣れることはないだろうな。」

マックスが先頭を歩きながら言う。

 

「あの魔法使いは一人で行動するなんて、大した肝の持ち主なんだろうな。」

ディルが言った。

 

「そうだな。そこまでして動かなくてはいけない事って、何なんだ……」

 

夜中の太い、一本の廊下を一人で歩く恐怖感がどれだけのものかは容易に想像できる。ただの好奇心でそんなことやるはずがない。この廊下は普段使われないから、見回りの教師もほとんど来ないはずなのに……あの時はこの事には気づかなかった。

 

マックスは自分の仮説に自信が湧く。

やっぱりあいつは地下で何かをやろうとしていた。それなりの何かを……答えは地下だ。

 

そしてしばらく廊下を歩いた先に、地下への階段が見えてきた。

昨日の光景がよみがえる。だがまだ魔法使いは見ていない。

 

地下に近づくにつれ緊張感とわくわくが高まる。

 

マックスが階段を下りはじめた。

後ろの三人も続く。

誰も一言も言葉を発することはない……

 

マックスは全ての感覚が鋭くなるのを実感した。

まだ奴は現れてない。両サイドの扉は全部ちゃんと閉まっている。昨日との変化はない。

 

歩いているうちに曲がり角に到達した。そこから曲がったらそこが答えだ。

 

マックスは心が踊った。 今日は奴が来ていない。もしくは既に行ったのだろうか。幻の部屋へ…………

 

マックスの想像は膨らむ。

皆、より慎重に歩いた。もう突き当たりが見えている。

やっぱり誰もいなかった。

マックスは徐々に歩くスピードを上げて突き当たりの壁へ迫る。

 

「今のうちだ。何か試そうじゃないか。」

突き当たりで立ち止まり、本の地図のページを急いで開いた。

「ルーモス」

杖先に明かりを灯し、本へ近づける。

「確かにここなんだ。突き当たりの左側の壁。だがどう見てもただの壁だ。」

皆もルーモスで辺りを照らす。

 

「さぁて、まずは……フィニート」

マックスは壁に杖を向けてそう唱えた。しかし、何も起こらない。

「魔法で細工されてるかと思ってやったが駄目か。」

早速次を試す。

「パーティス・テンポラス」

マックスが小声で唱えた。しかしまたしても何事も起こらない。

 

「駄目か。ならば、確か真実を暴くのは……」

マックスは必死で『魔術ワード集』を思い出す。

「そうだ、レベリオ」

これにはある程度の自信があった。だが、またもや外れた。

 

「これも効かないのか。本当に何もないのかここには……」

 

壁に手を触れてみる。

だが特に気になるところはない。ただの冷たい石壁だ。

 

「何か出来ることは無いのか……」

マックスは自分に問う。

「なあ、やっぱり考えすぎだったって事はないか?そもそもここはあくまでマグルの学校だ。こんな所に何で魔法の仕掛けがあるんだよ。」

ディルが言った。

 

「あたしも、ちょっと自信無くなってきたわね。」

「そうなのかもしれないな。ならば、あの時に奴はどうやって……いや、まずどこへ消えたと言うんだ。姿くらましで去ったのか? いや、俺達に気づいた様子はやっぱり無かったと思う。」

マックスは段々と自分の仮説への自信が薄れていくのを感じてきた。

 

「何か隠されているものを暴く、あるいは呪文を無効にするような魔法を知らないか?」

三人と向かい合って言った。

 

「俺は思いつかないな。あんまり呪文知らないしなぁ。」

ディルが言った。

 

「俺も、お前が今使った呪文しか思い当たらない。」

ジャックも同じだった。

「あたしも知らないけど、ひとつ思いついたことはあるわ。おすすめは出来ないけれど。」

ジェイリーズはこう言った。

 

「なんだっていい。言ってくれ。」

「破壊系の呪文よ。この壁の奥に部屋が隠されていると考えてるんでしょ。空間転移の仕掛けが無ければ、物理的に壁を壊して中に入れるわ。」

 

「確かにそうだな。言われてみれば……極めて合理的だ。」

「でも壁は壊れるし、音は響くわ。まさか本当に試す気はないでしょうね?」

「その気だよ。」

マックスは考えだした。

 

「冗談でしょ、夜中に爆音出してどうするつもり

よ。」

「それだが、サイレントが現れた時の事を覚えてるか?」

マックスは言った。

「ええ。マグル避け呪文をかけて余計な邪魔が入らないようにして、目くらまし術をかけて近づいたわね。」

「その時だよ。彼は俺達にこう言った。足音を消しているのによくわかったなと。」

 

ジェイリーズは思い出した。

「言ったわね。確かに足音は全く聞こえなかったわ。」

「ああそうだよ。あの時サイレントはマグル避け呪文だけじゃなく、音を消す魔法もかけていたんだ。」

マックスはまた自信を取り戻し始めた。

 

「俺は『魔術ワード集』の空間魔法のジャンルでそれっぽい呪文が書いてあるのを見たんだ。」

更に続ける。

「壊れた壁は修復魔法で片付く。これは試す価値がありそうだと思うな。」

マックスは皆の反応をうかがった。

 

「なるほどな。俺は賛成だな。」

ディルが言った。

「まあ、俺もどうなるか気になるね。」

ジャックも同じく。

「わかったわ。やってみたら。」

 

これで決まった。マックスは再び心が踊った。

 

「ようし。じゃあまずはテストだ。消音の魔法は使ったことがないから、今から俺の周りに消音の結界を張る。皆はそのフィールドの外に出て、中の俺の声が聞こえるか試してもらいたい。」

「なるほどな。了解だ。」

 

ディル達はマックスから少し離れた。そしてマックスが杖を空中に構え、大きく振りかざした。

「マフリアート」

すると空気の膜ができ、天井から床まで広がった。

そこに結界があることは見た目では全くわからない。

 

するとマックスは何かを話しだしたのがわかった。

 

ディル達には彼の口が動いているのは見えるが、声は微かも聞こえていない。

「成功だな。これはいけるぞ。」

ディルのこの声は、消音空間内部のマックスには聞こえた。

 

結果がわかったところで彼は透明の空気の膜から出てきた。

「本当に聞こえなかったか?」

「ああ、全くだ。本当にしゃべってたんだろうな?」

「もちろんだ。ちなみに内側へはちゃんとお前の声は聞こえた。」

 

いよいよだ。この壁の向こうが自分達を呼んでいる気がした。

 

マックスは三人と共にその場から更に下がった。

「これぐらいでいいだろう。では、いくぞ。」

マックスは離れた所から杖を壁に向けて構える。そして呪文を唱えたのだった。

 

「ボンバーダ・マキシマ」

杖先に火花が散ったと思った途端、周りの空気を巻き込んで勢いよく風圧が壁に向かって突進した。

それは目標に命中したかに見えた。音は当然しない。

 

辺りにほこりが巻き上がる……

そして壁の様子を見に近づいたマックスは衝撃を覚えた。

 

「そんな、まさか……」

 

他の皆も明かりを灯した杖を壁に向けて近づく。

「おい、どういうことだよこれは。」

「確かに呪文は発動した。ということは、これは……」

「マックスの考えが正しかったようね。」

 

確かに爆破の呪文は発動したのだった。しかも威力を増幅させて放ったはず。

しかし命中したはずの壁の状態は、これまでと何一つ変わっていなかったのだ。

 

「どんな厚い壁だろうと、あの呪文を受けてかすり傷ひとつつかないなんて有り得ないよな。これでひとつわかった。やっぱりここには何らかの魔法の仕掛けがある。」

 

マックスの仮説は事実へと変わった。しかし、それがわかってもその先は打つ手が無いままだ。びくともしない壁を目の前に、なす術を思いつかない…………

 

「魔法で守られていて物理的に突破することはできないか……今は方法を思いつかない。ここは次の目的に移ったほうがいいな。」

マックスはやむ無くその場を後にすることにした。

「例の魔法使いが今夜も出歩いていないか探ることにしよう。見つけたら後を追って何を考えているのか突き止めようじゃないか。」

 

マックスは杖を一振りして消音呪文を消すと、向きを変えて来た道を戻った。

 

「まずはこの廊下から出る必要があるな。恐らく奴はここにはいない。」

マックスは本の地図のページを開いて、歩きながら行き先を考える。

 

「せっかく一階まで下りたんだ。残りの二本の基本廊下をあたってみるか。」

 

一階の基本となる三本の太い廊下の、残る二つへ行くことにした。

地下へと通じるこの廊下は城の中央を通っている。

あとは表側と裏側の二本で、この二本の廊下沿いに様々な教室が並んでいるのだ。

 

この中央の廊下には使われない部屋や、物置と化した古い教室しかなく、ほとんど用途としては旧校舎扱いに等しい。

そんなほとんど人の来る用の無い部屋の中を確認しながら歩く。やはり誰もいそうにない。

 

「今時刻は11時半を過ぎた。あと30分も経てば見回りの教師もほとんどいなくなるはず。俺達と同じく、奴にとっても行動を起こせやすくなるわけだ。その時こそ発見のチャンスだ。」

 

マックスが地図を見ながら先頭を歩き、あとの三人は左右、後ろに目を光らせて続く。

 

「まずは一階表側廊下に行こう。」

 

ここから表側廊下へ行くには、まず二階に上がる必要がある。

四人は来た道をとにかく戻る。

 

「まるで肝試しやってるみないだよ。」

ディルが小声で言う。

「でも俺達は魔法使いだ。むしろ俺達が驚かせる側だろ。」

ジャックが返した。

「確かにな。でもやっぱり夜の城なんて怖いぜ。これがまた癖になるけどな。」

「あたしも好きだわ。この恐怖と何か得体の知れない沸き上がる好奇心の融合。こんな気持ちにさせるのは、まさに今この瞬間だけよ。」

 

ジェイリーズは、ジャックとディルとはベクトルの大きさが少し違うようだ。

「階段まで来たぞ。これから一旦二階だ。廊下は更に長く、部屋数は多い。重ねて注意だ。」

 

マックスが二階への階段を上り始めた。なるべく軽やかに、音がしないように足を運ぶ。

そして二階に踏み込もうとしたその時だ……

 

四人は同時に立ち止まって顔を見合わせる。

足音が二階廊下の奥からどんどん聞こえてきたのだった。

音は確かにこっちに近づいている。見回りの教師か・・・・

マックスは黙って上を指差し、杖の明かりを消してそのまま更に階段を上がっていく。

皆も明かりを消してマックスの後に続く……

 

足音はだんだん近くなり、それにつれ光がこちらへと向かってきている。

マックスは三階への階段の途中で立ち止まって様子を見る。

 

二階の階段付近に光が強く射し込んできた。恐らく教師のライトだろう。

皆、階段で息を殺して固まる……

そして足音はすぐそこまで迫り、二階廊下の階段ゾーンへの壁の死角から姿が現れた。

 

やはり教師だ。その男教師は階段付近に到着すると、一回立ち止まって下に行こうか上に行こうか考えているようだった。

 

マックスはこの隙に静かに動きだし、三階廊下へと上がった。三人も後に続く。

 

直後に足音が三階へと近づいていた。

ついてないことに教師も階段を上がってきているのだ。

マックスは更にゆっくりと階段を上り、四階の廊下で止まった。

三人も体勢を低くして動く。

 

ここでディルが暗い階段につまずきそうになって……

 

「誰だ!」

 

ディルの足音が静寂を破り、教師に人の存在をばらしてしまった。

下から階段を書け上がる音が響く。それと共にあっという間にライトの光がそこまで迫った。

 

こうなればまず距離をとらなければいけない。

「ついて来るんだ。」

マックスは全速力で階段をかけ上り、六階の廊下までたどり着いた時、立ち止まって後ろを振り返る。

三人も六階へ到達する。

 

「レペロ・マグルタム」

 

マックスは杖を階段下に向けて呪文を発動した。

「これでここから人は来ない。魔法使いは別だがな。」

四人はそこから六階の廊下を歩きだした。

もう後ろから足音は聞こえない。

 

「それにしてもどうなるかと思ったわ。気をつけなさいよ。」

ジェイリーズが若干息を切らしながら言った。

 

「本当にごめんよ。ただ、暗いからついやっちまったんだ。気をつけるよ。」

ディルが申し訳なさそうに言う。

「まぁいいさ。ピンチを乗り切る力も必要だ。お前をかばってる訳じゃないぞ。」

マックスは突っ込まれる前にそう言う。

 

「最上階まで来てしまったな。こうなればこの階をうろうろするしかないな。」

ジャックが言った。

「そうだな。まずは六階を時間の許す限り見て回るか。」

四人はとりあえず、今いる六階裏側廊下を歩く。

 

窓からは校舎の裏側の景色が見える。ここからだと外の明かりが入ってくる事はなく、実に暗いものだ。

反対には数メートルの間隔を空けて小さな部屋がいくつか並んでいる。どれも必要そうには思えない、すっからかんな部屋だ。

 

「突き当たりが近くなってきた。ここからは左の階段を下りるか、右に曲がって表側廊下へ行くかの選択になる。」

 

彼らは廊下の終りまで歩いた。ここから右へ曲がれば、ジェイリーズが一年の真面目三人組を誘惑した図書室や、ジャックが本を手に入れた校長室がある表側廊下へと繋がっている。

ちなみに、左の階段から五階へ下りれば、ここへ来た階段から五階へ出た場合とはまた違った廊下に出るのだ。

セントロールスは今までこんな迷路のような城の構造を取り壊すことなく、そのまま学校として活用されてきたのである。

 

「よし、まず表側廊下へ行こうか。」

「ああ。しかし面白いな。本を盗んだ犯人たちが、盗んだ物を持って戻ってくるなんてな。」

「確かに、変な感じだな。」

 

四人が角を曲がろうとしたその時だった。

「また教師か。」

 

マックスは階段下から明かりがちらつくのを見た。

やがて階段の踊場へと上がってくる人影がちらりと見えた。

マックスは三人を連れてコソコソとその場を離れ、杖を振ると同時に走りだした。

「レペロ・マグルタム」

 

少し距離をとると再びゆっくり歩く。

「これで六階への二ヶ所の入り口を防いだことになるな。あとはここに誰かいない限り六階へ人が来ることは出来ない。落ち着いて魔法使い探しをしよう。」

 

「しかし今日はついてないぜ。続けざまに二人も出会うなんてよ。」

 

マグル避け呪文はマグルに対してとても便利な呪文だ。

これがかけられたエリアにマグルが近づけば、何か急用を思い出したようにして遠ざかり、その場所には来ないように暗示がかかる。

さっきの教師同様、今度も来た道を意味もなく戻ることになるだろう。そう思っていたが……

 

マックス達は聞いた。後ろから確かに足音がする。教師も生徒も来ることは出来ないはずなのに。

 

四人が同時に顔を見合わせる……

 

 

「まずい。とりあえず図書室だ。」

四人は走ってすぐ隣の図書室に入った。運良く扉は開いていた。

しかしマックスは図書室に入る際、誰かがこっちへ歩いてきているのが一瞬見えたのだった。

これはバレたはずだ。

 

マックスは三人を連れて、奥の巨大な本棚の裏に身を隠す。

夜中の図書室とは最悪だ。窓から見える月光以外、明かりとなるものは何も無い。

 

「確かに人が来ていたぞ。でもそれは有り得ない。」

「マグルだったらな。」

そしてその何者かはすぐに図書室の入口に現れた。

 

「後ろの出口から出るぞ。」

マックスは本棚から本棚の裏へと移り、後方へ向かう。

三人もそのあとを静かに追う。

 

入り口から明かりが入り、こっちへと近づく。見つかれば終わりだ……

 

緊張感が一気にこみ上げる。

ここでマックスが後ろのドアに着いた。急いで取っ手をつかみ押し開けようとする。

 

「やめてくれ。そんなの……」

なんと、後ろのドアには鍵がかけられていることがわかったのだ。

もはや出口は前しかない。しかし光は去ろうとしない。

 

四人はとにかく一番後ろの本棚の裏に隠れる。

 

徐々に迫り来る人の姿が見えてくる……

 

やはり見回りの教師ではない。それはマグル避け呪文を破って来ていることと、この光がライトではなく魔法の杖先で光っているのを見れば明らかだった。

 

こいつが昨日見た魔法使いだ。

まずはここを脱出しなくては……鍵を開ける呪文を見たことがある。確か……

 

マックスは高速で呪文の本の紙面を思い出した。

 

本棚の裏から杖を伸ばし、ドアにむける。

「アロホモーラ」

 

ロックが解除される音が静寂を破る。

 

「誰だ!いるのはわかってるぞ!」

魔法使いは杖先をすかさずこちらに向ける。

 

「急げ!」

マックスはドアを開け、三人と共に図書室から駆け出した。

もはや見回りの教師に見つからないようになど考えている場合ではない。今はとにかく姿を明かすわけにはいかない。

四人は必死で走った。

 

走りながらマックスは後ろを振り向くと、光が追って来ているのが見えた。今は姿を消す暇もない。

 

四人は奴が来た階段から駆け下り、四階まで来ると廊下へ出て走った。

走る途中でジャックが後ろを向き、呪文を発動する。

 

「マフリアート」

「ナイスだジャック。」

 

これで後ろから足音を聞くことは出来ない。

四人は更に走り続けた。

しかしジェイリーズが足を止める。

 

「ちょっと待って、もう無理よ……」

彼女は手を膝について息切れしているようだった。

マックス達も足を止め、彼女の所に近寄った。

「一旦この教室に隠れよう。皆も疲れただろう。」

 

廊下や階段を全力で走ってきたのだ。

女子なら尚更疲れるのは言うまでもない。

 

「アロホモーラ」

マックスは隣の教室の鍵を解除し、ドアを開けて入った。

最後にディルがドアを閉めたところでやっと一息ついた。

 

「こんな走ったのは久々だ。流石にきついぜ。」

ディルは壁に寄りかかった。

「これはいい運動になったね。明日の体育は休むと決めたよ。」

ジャックがその場にしゃがんで言う。

 

マックスは教室のドアを少し開け、顔を出した。

「今のところ奴は追って来てはいないな。ここまでは来ないだろう。」

 

四人はひとまずここで休憩することにしたのだった。

 

そのまま5分は経ったことか。皆、だいぶん息が整ってきたようだ。

 

「もう1時を過ぎた。そろそろ動こう。」

マックスが言った。

「ねえ、今夜はここまでにしない。疲れたわ。」

座り込んだジェイリーズが言った。

 

「そうだな。地下には秘密があることと、例の魔法使いは教師ではない。生徒の一人だということがわかった。これだけでも収穫だ。寝て明日に備えるとするか。」

「その事についてたけど、ひとつ提案があるわ。」

ジェイリーズは続けた。

「今回行動してわかったことがもうひとつあるはずよ。」

 

マックスは何が言いたいのかすぐにわかった。

「ああ、俺も思うよ。俺達はもっと魔法の知識をつけないといけない。いざという時に対応できなければ終わりだからな。」

「その通りよ。だから、今からマックスの個室に行っていいかな?皆であなたの呪文の本を読まない?」

 

マックスは、この提案は正解だと思った。

「それは必要かもな。サイレントも言っていたことだ。そう言えば魔法に関する勉強材料を用意すると言ってたな。」

「それが届くまではマックスの呪文の本が役に立ちそうだ。」

ジャックが立ち上がった。

 

「勉強は嫌いだけど、これは仕方ないことだな。」

ディルが言った。

 

「決まりだ。今から俺の個室に行く。そこで俺の父親の形見が役に立つぞ。」

 

マックスはドアを開け、杖を構えて左右を見た。

誰もいない。足音もしない。

 

四人は教室から出て寮塔を目指した。

 

その後はさすがに見回りの教師も寝たのか。一人も出会わずにBクラスの寮室へと戻ることが出来たのだった。

 

 

マックスは三人を自分の個室へと迎え入れた。

四人入ると少し狭く感じる。

 

「意外と片付いてるのね。」

「意外かな?」

マックスはベッドに腰かけ、ベッド下に『学校内全システム書記』を押し込むと同時に別の、小さなこれまた古い本を取り出した。

 

「さあ、お好きにどうぞ。」

 

マックスはその手に持った『魔術ワード集』を差し出した。

 

 

まずはオーケーだ。あの魔法使いが夜中に一人で何かをやっている。そして地下の事といい、仮説は当たっていたのだ。

ただ、こうなるとますます謎は深まるばかりだ。

 

マグルの学校に、どうして魔法が仕掛けられているのか……

そして、その場所がなぜあの本に書き記されているんだ……

 

ひとつの事が判明すれば、また謎は増える。

彼らはまだ事のほんの入口に立ったばかりだ。そして、間もなくかつて無い危険が訪れようとしているなど、知るよしもない…………

 

 

 

 




ディル・グレイク


【挿絵表示】


ディル専用杖


【挿絵表示】


インビジビリアス

ハリーポッター原作に出た目くらまし術のことだが、原作には呪文は出てこなかった為にオリジナル呪文を設定。
由来はラテン語で、見えない(invisibilia)

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