Outsider of Wizard   作:joker BISHOP

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最終章ー第二幕 ジュブナイル

携帯電話を片手に、廊下を一人で歩いている。

気分は良い。昨日までのもやもやした感覚とはまるで違う。

言うならば、やっと目が覚めたような感覚だ。

 

しっかりした足取りで歩きながら、彼は携帯電話の画面を見る。

そこには、今朝届いた一通のメール内容が映っていた。

 

あなたを捕らえる指令から外れたから、あたし達、もう戦わなくてよくなった…………

 

そんな文章が書かれている。

 

「本当に……」

マックスは呟いた。

彼女からのメールはもう一通ある。

それはメールの返信をした後すぐに届いたものだ。

そして今、彼はそのメールに書かれた目的の場所へ向かっているところだ。

 

一階の廊下を歩きながら、窓の外を眺める。

昼休みのグラウンドには、中央でボール遊びをしている男子生徒達が目立っている。

そんなグラウンドの片隅のベンチに、一人腰かけて本を読む女子生徒の姿を確認した。

見間違いはしない。彼女だ。

 

瞬間、自分の足が急ぎはじめたのがわかった。

すぐに会って話をしたい。足がそう言っているかのようだ。

 

本校舎の正面入り口から出て、グラウンド沿いにベンチまで向かう。

まだ距離はある。だが目的のベンチに座る彼女はこっちの方を振り向いて、早くも自分の存在に気づいたようだった。

 

足取りは一層早まる。

それは、ベンチから立ち上がってこっちに来る彼女も同じだ。

 

そして最後は二人とも駆け足でその距離を縮めた。

 

昨日と同じく、制服姿の彼女だ。その表情はとても明るく、自然な笑みを見せた。

自分もつられて微笑んだ。

 

「レイチェル、本当か?本当に俺を捕らえる任務は……」

「うん、もうその必要はなくなった!昨日の夜にバスクがそう言ったわ。」

今までで一番元気なレイチェルがそこにいた。

 

「嬉しかったから、すぐにでもマックスに知らせたいと思ったけど、さすがに夜は迷惑だと思って……」

「全然気にすること無いのに。どうせ今は暇なんだから。」

マックスが言った。

 

「そう……じゃあ、夜にメールしたりしてもいいかな……」

すこし照れくさそうにレイチェルは言った。

 

「もちろんだよ。何も遠慮しないでくれ。」

マックスは続けた。

「それはそうと、どういう風の吹き回しなんだ。何で今更任務を変えたんだ?」

 

「やっぱり彼にはお見通しだった。あたしがマックスに手出し出来ないってこと。」

彼女はグラウンドの方に目線を移して言う。

「このままじゃグロリアの皆から目をつけられて、そしたらどうなるかわからないから……」

彼女は何か言いかけて躊躇したような感じで……

「だから、もうあなたを捕らえる任務から外れることになったの。」

 

「そうだったのか。」

マックスは内心、自分の中のバスク・オーメットのイメージと照らし合わせて、彼が意外にも優しい決断をしたものだと思った。

 

「でもこうして好きに会っていいとは言われてないから、これからも会うときは密会ってことになるわね。」

レイチェルは再びマックスに視線を戻す。

「でももうちょっと話したいな。マックスが良ければだけど……」

 

そんなもの、答えは決まってるじゃないか。

「遠慮しなくていいって言っただろ。」

「うん。そうする。」

レイチェルはニッコリと笑って言った。

 

そうだ。この顔だ。

この表情がずっと見たかった……

 

レイチェルが元気になっていくのは、すなわち自分も元気になっていく。そういう事だと実感できた一日だった。

 

 

翌朝、自然と目が覚めたのは7時だ。

一時間目の授業まではまだ時間がある。

朝食にはちょうどいい頃合いか……そう思った時、ふと彼女の顔が頭をよぎった。

 

「誘ってみるか。」

でもそれは勝手過ぎるか。

そうも思うが、遠慮するなと言った本人が遠慮してどうする。という考えも同時に出てくる。

「いいさ。レイチェルに危険は無い。もうこの学校に害は及ぼさない。」

マックスは即と携帯電話を取り出す。

そもそも学校で朝食をほとんど食べない人間が誰かを誘って朝食なんて、近くにいるチームの皆にもやったことはないのに……

この行動が自分で不思議に思えた。

 

連絡を入れてたから返事が来るのは早かった。

彼女は快く受け入れたらしい。

マックスは早速制服に着替えた。

朝にこんな元気なことなど滅多にないことだ。いや、初めてかもしれない。

 

寮を出て本校舎に移ると、すぐそこの廊下の角でレイチェルの到着を待つことにした。

 

それから10分は経っただろうか、制服姿のレイチェルが何の違和感もなく、他の生徒達に紛れて廊下を歩いているのが見えた。

マックスは彼女の方に歩きだした。

 

レイチェルもすぐにマックスに気づいた様子だ。

そして二人が出会うと、今日は彼女が先に口を開いた。

「おはよう。待たせた?」

「おはよう。全然早かったよ。」

二人とも自然に挨拶した。

 

「メール見てびっくりしちゃった。」

「いきなりごめん。やっぱり無理させたかな?」

マックスが言った。

 

「いいや、むしろその逆。でもあたしなんかが、またここでこんな事して……良いのかなって。」

「遠慮は無しだろ。」

マックスがすぐに答えた。

 

「うん、そうだったね。そうする。」

今日のレイチェルも明るく、いい表情だ。

 

「じゃあ、行こうか。」

そしてマックスが食堂へ向かおうと、一歩足を踏み出そうとした瞬間……

「あっ……」

「ん、どうした?」

「その、手繋いだりしてもいいかな……」

レイチェルが照れ笑いしながら言った。

 

「もちろん。遠慮は無しだもんな。」

マックスは右手を差し出した。

それをレイチェルは左手で、そっと弱い力で握った。

 

顔を赤らめて笑う彼女は、本当に嬉しそうに見えた。

そして嬉しい気持ちは自分も負けてない。

 

手を繋ぎ、今までより近い距離で二人は歩く。

歩いているうちに、レイチェルはよりしっかり手を掴んだ。

その握力から、彼女の遠慮が消えたのを感じた。

 

ただ一緒に歩いているだけなのに、こんなに嬉しい気分になることもあるんだ……

 

周りには行き交う生徒達がいる。いるはずだが全く意識が向かない。

まるで二人だけの空間であるかのように、レイチェルの存在と手の温度しか感じない。

それは食堂に着いてからもそうだった。

 

いつもならば嫌気がさすことだろう。何せ食堂は多くの生徒達が群がっている。

この時間帯ならばいつもの事だ。わかりきっている。

だけど今日はそんな事、全く考えていなかった。

それでもまだ座れる席があったのは幸運な事だ。

 

テーブルを挟んでレイチェルと向かい合い、食事をする。

他の生徒達同様、何の変哲もない普通の人間の日常風景だ。

 

不思議な感じだ……

自分はナイトフィストについた。彼女はグロリア。

彼女は任務の為に自分達に近づき騙していた。

こっちもこっちでサイレントからの指示でナイトフィストの為の行動をしていたのだ。

でも今、彼女を目の前にして一緒に食事をしている。

それに、制服姿の彼女を改めて見てみると、そこからは何の脅威も感じない、無邪気で可愛い普通の女子生徒にしか見えないのだから……

 

パンを持ったまま手が止まっていたマックスは、ふとレイチェルと目が合った。

 

「どうしたの?」

彼女のその声で我に帰った。

「ああ、何でもないよ。ただ、制服似合うなと思って……」

とっさに思い付いた言葉だが、正直な感想でもある。

 

「えっ、ああ、そうかな。」

急な言葉にレイチェルは慌てた。

 

「そうだよ。他の女子に負けないぐらい可愛い。」

「そんな……初めてそんなこと言われた。」

彼女はまた顔を赤らめて目をそらした。相変わらず可愛いもんだ。

 

「自信持っていいと思うぞ。元が良いんだから、たぶんどんな格好でも似合うんだろうな。」

更に追い打ちをかけようと思ったのだった。

 

「いや、そんな……なんでそんな言うの……」

目線が定まらないまま言った。

「ありがとう。そういうマックスこそ、あたしは好きだけど……」

後半はほとんど聞き取れないぐいの音量で言った。

 

「え、なんだって?」

「もう話は終わり!食べよう。」

彼女は強制的にパンを頬張った。

 

なるほど、レイチェルを追いつめるとこうなるのか……

なんてことを思いながらマックスも食べ始めた。

 

朝食を済ませると、すぐに食堂から出た。

二人とも人混みが嫌いなことはお互いわかっている。

きっと互いに気を使って足早に出ていこうとしたのだろう。

 

「時間、大丈夫か?」

「たぶん……いや、大丈夫よ。」

二人は廊下の角で話していた。

 

「でもマックスは授業があるから……」

「そんなもの大事でも何でもない。もし君が時間を許すなら……」

言いかけた時……

「もっと一緒にいたい。二人だけの場所がいいな。」

「それなら旧校舎はどうかな?あそこなら誰も来ないだろう。」

そう言ってマックスは手を差し出した。

 

「うん。行く。」

レイチェルはうなずいて、その手を握った。

マックスは、握られたその手から不思議な安心感と高揚感、そしてわずかな不安感を感じたのだった。

それはただ自分が感じたものなのか、それとも彼女の気持ちが伝わってきたのか、あるいは両方なのか……

そう思いながら歩く足取りは遅い。

ただこうして二人で歩いているこの時間だけでも、大事な気がする。

少しでも二人の時間を守りたい。その気持ちに違いはなかった。

 

旧校舎に移ってからか、レイチェルが更に体を近づけた気がした。

周りに誰もいなくなったことで、人目が気にならなくなったからだろう。

 

ここはさっきまでとは打って変わって、誰の話し声も聞こえない静寂が広がっている。

その静けさの中で二人の足音だけがしっかり聞こえる。

そして旧校舎ならではの所々さびついた壁、床、日が当たらず薄暗い教室の不気味さも、今はどうでもいいぐらい気にならない。

 

「やっと二人きり……」

レイチェルの声がより鮮明に耳に届く。

「やっぱり静かな所が好き。」

「俺も同じく。落ち着くんだよな。」

 

二人は手を繋いだまま、廊下の真ん中で足を止めた。

 

「ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

レイチェルが唐突に言った。

 

「どうした?」

「あたしのこと…………嫌いじゃない?」

それはマックスにとっては訳がわからない話だった。

 

「何を言ってるんだ?嫌いだったら俺から誘ったりなんかしてないだろ。」

「じゃあ、マックスは今どういう気持ち?」

彼女は再び質問した。

 

「そりゃあ楽しいに決まってる。だって、また出会った時みたいに仲良くしていられるんだから。嬉しいさ。」

彼はただ正直に言っただけだ。

 

「本当に……」

彼女はまだ聞く。

 

「本当だとも。」

「そう。嬉しいなぁ。こんな酷い人間なのに……」

レイチェルは泣きそうな目をして続けた。

「ごめんね。騙してごめんなさい。あんな酷い事をしてごめんなさい。あなたを傷つけてごめんなさい……ごめんなさい!」

その声には後悔と贖罪の念が込められていた。

「本当はあんなことしたくないって気づいてたのに……あたし馬鹿だから……」

 

マックスは彼女の苦しみを止めるかのごとく、頭を撫でて話した。

「もういいよ。俺はとっくに許している。だからもう忘れよう。それに、笑ってるほうが好きだから。君には笑っていてほしい。」

 

そんな彼の言葉を聞いて、レイチェルは泣きながら微笑んだ。

「もう、優しすぎるんだから……」

彼女は目をこすって続ける。

「ねえ、ひとつお願いしてもいい?」

「なんだ?」

「抱きしめて……」

その言葉の後、マックスは静かにレイチェルの体を引き寄せた。

 

レイチェルの肩に手を回す。

彼女もマックスの背中に両手を回した。

言葉はなく、ただレイチェルの体温を全身で感じる……

この瞬間、自分の心こそ救われたのだ。

 

その後はもう少しだけこのままの状態で言葉を交わし、一時間目の授業のチャイムが聞こえてもこの場を動くことはなかった。

 

だが一緒にいる時間はそう長くは続かない。

お互いだいぶ気持ちも落ち着いてきた頃に、レイチェルの服から鈴の音が鳴った。

 

「今日はここでお別れね。呼び出しには出ないと。」

彼女はスカートのポケットからコンパクトミラーを取り出した。

 

「仕方ないさ。またいつだって会える。」

「うん……そうだよね…………」

彼女は少し暗い表情をしたが、すぐに笑顔を見せて続ける。

「じゃあ、またね。メールするから。」

「ああ、元気でな。」

 

そして彼女はその場で姿を消した。

一瞬空気が振動し、秒でおさまる。

そこにはもう、自分一人しか立っていない。

 

「そうだ。またいつだって会えるんだから……」

独り言をこぼして、マックスはゆっくりと歩きだした…………

 

 

その日の夜…………

 

魔法界ウィンターベール地方の大海原の上空に、いくつもの黒煙が飛翔している。

目指すは島の頂上。そこにそびえるのは月明かりに照らされ漆黒に輝く城壁、グロリア砦。

 

これより、何かが始まろうとしていた…………

 

薄明かりに照らされた部屋に一人……

彼女が見つめる先には、ハンガーに掛けられたセントロールスの制服がある。

そして正面を向くと、全身黒い格好の自分が嫌でも目に入る大きな鏡がこっちを睨んでいる。

まるで、これが現実なのだと言わんばかしに構えている。

 

彼女は、鏡の中のこわばった自分の表情を見て実感した。

新たな任務が間もなく始まるという事を。

グロリアとしてのレイチェルは今、椅子に腰かけてその時を待機していた。

 

「あたしはやるわ。やってやる。マックスと戦わない為に……」

レイチェルは自分の杖を、両手でしっかり握りしめた。

その時、後ろの方からドアをノックする音が聞こえた。

 

「準備は出来てる。行くわ。」

彼女は立ち上がって、床にブーツの足音を響かせた。

 

ドアを開けてみると、そこには彼女を呼びに来た一人の少年がいた。

その短髪の少年の服装は黒衣でも、グロリアのローブでもなく、W.M.C.の制服だった。

 

「ライバン、あなただったの。」

レイチェルが淡々とした口調で言った。

「マスターから、呼んで来いと……」

そんな彼はロドリューク・ライバン。元々デイヴィックのチームにいた、魔法学校W.M.C.の少年だ。

 

「そう。では行きましょう。」

レイチェルは表情ひとつ変えずに部屋を出て、ロドリュークを横切って行った。

ロドリュークは彼女のやや後ろの横を歩く。

 

廊下を歩いていると、次第に他の人間達にも出会していく。

彼らもレイチェル達と同じぐらいの歳で、皆が魔法学校の制服を着ていた。

彼らは開かれた巨大な扉の奥へと入っていく。

レイチェルとロドリュークも、彼らの後に続いた。

 

高い天井からシャンデリアがぶら下がり、仄かな光が広間の大理石の床を照らす。

その床の上には複数人の子供達が整列して立っている。

ロドリュークは彼らの列に加わり、レイチェルは一人、列の間を歩き進んだ。

 

子供達は目の前を通過するレイチェルを目で追った。

彼女が向かうのは広間の中央、グロリアの団員が座る場所だ。

 

長テーブルの両脇には、ローブに身を包んだ人間がずらりと列席していた。皆フードを取り、顔を出している。

そこにはヴィクラス・ロンバートの姿もあった。

そんな中、一つだけ空席が設けられていた。レイチェルの席だ。

彼女はその席につき、ここに全員がそろったのだった。

 

「さて、始めるとするか。」

広間の前方から誰かの声が響いた。

コツコツと足音が鳴り渡り、暗がりから徐々にその姿が現れる。

金縁のローブを揺らしながら歩いてくる人物は、深く被ったフードを取り払って皆に顔を見せた。

 

「よく来た同士諸君。そして未来の同士達よ。」

その重低音の声はバスク・オーメットに他ならない。

「若き未来の同士よ。いよいよ君たちの真価が試される時が来た。それが明日だ。」

バスクは両腕を開き、後方に整列して立っている子供達を見渡しながら堂々と喋った。

 

「同士諸君は既に伝えた通り、各自エリアで指示に従って動いてもらう。ここでの評価が君たちの組織での評価に繋がると思え。」

魔法で声が広間の隅まで響き渡る。

 

彼はゆっくり、はっきりと子供達に向けて語り始めた。

「皆、奴ら野蛮な反乱者達に動じる事などない。されど、恐れを誤魔化す必要もない。わかっているぞ、諸君らが恐怖を感じているのを。それでいいのだ。恐怖は力となり、諸君らを救ってくれる。グロリアの為に、魔法界の為に、己の正しさを信じろ。そして恐怖を怒りのエネルギーへと変え、彼らと戦えば良い。諸君らは正義だ。正義が揺らぐことはない。誇りと自信を忘れるな。」

 

次に、目線をテーブルの方へ向ける。

「同士諸君、君達の今回の作戦への参加を改めて感謝する。」

彼が言うと、列席する団員達がそろって頭を下げた。

 

「ブレント地方への移動は今夜から翌朝にかけて済ませろ。皆が現地に到着した後、合図は私が出す。現地での総指揮はロンバートに任せてある。それから……」

バスクは視線をレイチェルに移した。

「お前には、若き未来の同士達の手本になってもらいたい。同年代のグロリアとして、生徒達にその実力を見せてやるのだ。」

 

レイチェルは鋭い眼差しを彼に向けた。

「わかっているわ。任せて。」

なるべく力強い声を意識して発した言葉だった。

 

「よし、では各自、早速行動を起こすのだ。」

バスクのその言葉を封切りに、広間にいる者達が各々動きだしたのだった。

 

広間から人が消えていく中、レイチェルも静かに立ち上がって歩きだそうとした。

その時だった。

 

「レイチェル。」

バスクの声に彼女は立ち止まった。

 

「何……?」

「少し、話そうか。」

そう言うと、彼は窓ガラスの方に歩いていった。

レイチェルも、入り口から彼の方へ向きを変えた。

 

彼女が歩いてくる間、後ろではグロリアの団員達は瞬間に姿をくらまし、子供達もほとんどが出て行った。

 

そしてレイチェルがバスクの隣に来るのとほぼ同時に、背後で重い扉が閉まる音が響いた。

 

「調子はどうだ?」

ガラス窓の外を見つめ、バスクは唐突に言った。

 

「いいわ。最近の中では……」

レイチェルが言った。

 

「それは良い。」

 

一呼吸置き、バスクは続けた。

「私もお前と同じ場所で共に戦う予定だ。だから何かあったら私がカバーする。だが、明日は急遽やらなければならない仕事ができた。すぐには向かうことが出来ないから……」

「大丈夫よ。私なら大丈夫だから。心配しなくていいわ。」

レイチェルが途中で割り込んだ。

「そうか。」

バスクが静かに言った。

 

「あたしは生きて任務を全うする。だから、ひとつだけ約束してほしい……」

「何だ?」

バスクはレイチェルに向き直った。

 

「あたしは今回の任務でグロリアに貢献する。その代わりにマックスとの自由な関係を約束してほしいの。」

レイチェルもバスクの方をしっかり見て言う。

 

バスクは一瞬考えた後に……

「好きにするといい……」

「ありがとう。」

レイチェルは静かに言った。

「活躍を期待しよう。」

そして二呼吸ほど間が空いて、バスクはまた口を開いた。

「今朝は、セントロールスに行っていたのか……?」

それは鋭く的確な指摘だった。

 

「ええ。何せ魔光力源の一つがあそこにあるんだもの。用があるのはおかしい事ではないでしょ?」

レイチェルはなるべく堂々と喋る。

 

「そうだな。」

彼はなんだか間の抜けた返事をした後……

「楽しかったか?」

 

レイチェルは、その質問の真意を察した上で答えた。

「そうね……」

「それは良かったな。」

その言葉を最後に二人の会話は終わった。

 

廊下に出てみると、魔法学校の子供達がまだちらほら残っているのがわかった。

そして自分の部屋へと歩いている時、一人の生徒から声をかけられて立ち止まる。

 

「アリスタ。部屋に戻ってなかったのか。」

それはロドリュークだ。

 

「何か用?」

レイチェルは無表情で言う。

 

「明日から同じ場所で戦うだろ。だから、今のうちに聞きたいことがある。」

「何?」

レイチェルは彼に近寄った。

 

「その、お前は何の為に戦うんだ……」

それは彼からの唐突な質問だった。

だがそれに対し、すぐにレイチェルは淡々と答える。

「あたしの両親はグロリアで、その両親はナイトフィストとの戦いで死んだ。だから復讐をする。」

「そうだったな。これは野暮な質問だよな。」

 

だがレイチェルの答えは、まだ終わっていなかった。

「今まではそう思っていた。」

「どういうことだ?」

ロドリュークが言った。

 

「それは考えることから逃げてただけなのかもしれないって、今になって思う。家族を無くして、グロリアに入ってナイトフィストに復讐する事しかやることが無いって思っていたから。でも今のあたしには、あたしの意思がある。あたしが戦う理由は大事な人との時間を守る為よ。」

彼女は自分の気持ちを振り返りつつ、ロドリュークにきっぱりと答えを言った。

 

「大事な人の為……」

ロドリュークは依然として、何か思い詰めた様子でいる。

 

「あなたは何でグロリアに?」

レイチェルが質問を返す。

「俺は力が欲しかった。強くなりたかった。もっと、生徒の誰よりも……」

彼は続ける。

「でも、どうだ?俺は何で強くなりたいのか。強くなって何がしたいのか…………元々やりたい事なんか無かったのかもしれない。だから、戦う理由がわからなくなった。でも戦って、もっと力もつけて強くならないと駄目な気がしてならない。強くならないと、俺には何も無いんだ。大事な人だって……」

彼は今の正直な気持ちを吐露した。

 

「あたしも、つい最近までそんな感じだった。弱い自分を守る為に、自分の気持ちと向き合わずに戦って強くなる事だけ考えた。」

レイチェルの彼への口調に、わずかに感情が込められていく。

「あなたも自分と向き合えば、自分の意思で戦う理由が見つかるかもね。それと、大事な人も。」

「そうか。考えてみるか……」

ロドリュークは呟いた。

 

「あなたにも、そのうち見つかるわよ。」

そう言い残して、レイチェルはその場から歩き出した。

 

 

翌朝、その時が来た…………

 

ナイトフィスト・ロンドン本部の作戦会議室にて……

 

「作戦は以上だ。皆、ブレント支部に到着するまでは三人以上固まって行動するな。なるべくばらけて向かえ。では幸運を祈る。」

今、司令官が作戦説明を終えた。

皆、早速行動を開始する。目指すはナイトフィスト・ブレント支部だ。

 

皆と同様に、ライマン、ザッカス、サイレントも足早に動いた。

「何だか嫌な感じがしないか?」

歩きながらザッカスが二人に言う。

「ああ。魔法学校の騒動以降、オーメットの動きが見られなかった。今日の為に静かに準備をしていた可能性があるからな。」

ライマンが言った。

「何が起こるにせよ、結論は同じ事だ。これ以上、奴らの思い通りにさせるわけには……」

サイレントは言い終わる前に、スーツの裏側から両面鏡が呼んでいることに気づいたのだった。

素早く取り出してその手鏡に映る相手を確認する。

 

「リビングストン。どうした?」

そこに映るのは、どこかの病室のベッドに座る男だった。

 

「ウェンド、大事な事を思い出したんだ!」

彼は興奮気味で、早口で喋る。

「主に、前言ってた地下の魔光力源と、ギルマーシス・レボットに関しての事だ。」

それを聞いたサイレントは、その場で足を止めた。

 

「よく思い出してくれた。」

「これをすぐに伝えておきたい。直接会って話をしたいんだ。」

「わかった。すぐに行く。」

サイレントは手短に話を終えて、手鏡をスーツの内に戻した。

 

「すまんが、先に行ってくれ。私は少し遅れる。」

「わかっている。話が終わったら来てくれ。」

ザッカスがそう言って、ライマンと会議室を出て行ったのだった…………

 

 

同じ頃、セントロールス旧校舎の一角…………

 

昨日と同じく、また彼女とメールのやり取りをした。

だが今日は自分からではない。彼女からだ。

 

マックスはレイチェルからのメールで、今日も旧校舎に足を運んだ。

 

もはやこの旧校舎は嫌な思い出の詰まる場所ではなく、これからレイチェルとの密会を楽しむ場になりつつある。

そんなことを考えながら、静かな廊下を一人歩いている。

 

静寂を消すのは自分の足音以外、何もない。

この一人分の足音の中に、いつ彼女の分が聞こえてくるか……

 

そう思って角を曲がった時だった。

 

「マックス!」

彼女は既に待っていたのだ。

窓際の壁に背中をもたれて立っているレイチェルの姿は昨日とは一変していた。

 

「おはよう。待たせたか?」

「おはよう。全然。」

昨日とは立場が逆になってしまった。

 

「今日は制服じゃなくてごめんね。」

「気にするなよ。それより、なんでその格好なんだ?」

今日の彼女は黒のワンピースに黒の手袋、黒のロングブーツだった。

いつも背中にたらした長い髪は、後頭部でしっかりと結ばれている。

 

「実は、言って無いことがあるの。」

彼女は真剣な表情で続けた。

「あたしがあなたと戦わなくてよくなった。でもその代わりに別の任務が与えられたのよ。」

「別の任務って?」

「戦闘任務よ。」

 

それを聞いたマックスは嫌な展開を想像した。

「戦闘任務……じゃあ、まさか……」

「うん。今から行かないといけない……」

レイチェルの声に、段々元気が無くなっていく。

 

「やっぱりあたし駄目ね。あなたを目の前にすると、強気でいられない……」

彼女はマックスに近づいて話を続けた。

 

「でも、どうしても戦いの前に会いたかった。しばらく会えなくなるから……」

「そうなのか……」

突然の事にマックスは動揺を隠しきれない。

そんな彼の気持ちを察して……

「でも心配しないで。やられたりしないから。必ず戻ってくるから。だから待っててよね。」

 

レイチェルは最後の覚悟を決めた。今、目つきが変わった。

マックスはその瞳をまっすぐ見つめる。

レイチェルも彼の瞳から目線を外さない。

 

お互い、瞳の奥から何かを感じ取った。

 

大丈夫だ。ここで終わるはずはない。そんなことは認めない……

 

「ああ。約束だぞ。また必ず元気な姿を見せてくれ。」

「約束する。信じて。」

「よし、信じて待ってる。」

 

二人の距離は更に近づいた。

自然と手と手を重ねる……

 

「ねえ、最後にお願いがあるの。」

レイチェルの手がマックスの背中に触れる。

マックスもレイチェルの肩を包む。

 

「何だ?」

 

「キスして……」

 

二人は静かに瞳を閉じた…………

 

 

 

 


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