Outsider of Wizard   作:joker BISHOP

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最終章ー第一幕 別の悲劇、別の目的

この感情は何なのか…………

なんでこうしようと思ったのか…………

つい昨日までならそう思っていたことだろう。

 

でも今は違う。この行動は、はっきりとした自分の意思があってのことだ。

そう、俺は彼女を……レイチェルを救いたい。

何からの救いになるのか?そんなことは今はわからない。

だが間違いない。嘘偽りのない、これが今の自分の意思だ。

 

 

背後で風の揺らぎを感じ、彼女は空間に吸い込まれるかのようにその場から消えた。

彼の目線の先には、たった今術を放ったばかりの友達の姿がある。

彼らは互いに真剣な目つきだ。

 

「何をしてるかわかってるのかマックス。いったい何があった!」

ジャックが駆け寄った。

 

「だから言っただろ。彼女はもう敵じゃない。もう彼女が人を傷つけることはないだろう。」

近づくジャックに、マックスは堂々と言った。

 

「その根拠は何だ?」

ジャックもきっぱりと返す。

「俺は彼女の本心を、全て知った。全て喋ってくれたんだよ。」

「一度騙した相手の言葉だろ。グロリアの人間の言葉だ。」

「俺には嘘だとは到底思えない!」

「また騙して何か企んでると考えるのが自然だろ!」

「それはレイチェルの事を知らないからだ!」

 

話は一瞬途切れ、再び落ち着いて話し始めた。

 

「お前が彼女に肩入れする気持ちはわかる。でもどうしようもないだろ……」

ジャックが言った。

「ああ、お前が正しいことはわかってる。」

マックスも静かに言った。

「俺達はナイトフィストについた。そして彼女は最初からグロリアになるべくしてなった人間だ。だから個人の意思では敵対は避けられない。俺達はグロリアと戦うと既に決めたんだ。どうしようもないんだ。」

「俺も、ずっとそう思っていた。そう思って悩んだ……」

マックスは続ける。

「でももう違う。俺は決めた。彼女は……レイチェルだけは守るってな。そしてレイチェルも約束した。俺達はもう戦わないと。俺はレイチェルの言葉を信じる。もう疑ったりしないし、自分の気持ちに嘘もつかない。」

 

「マックス……でも、それがナイトフィスト側に知られたら、たぶん許されないだろ。」

「だろうな。そしたら俺は、ナイトフィストには入れないな。」

「じゃあグロリアとどう戦っていくつもりなんだよ。」

 

それを聞いたマックスは少し吹き出した。

「レイチェルにも同じことを言われたな…………」

そして彼は更にジャックに近づいた。

「ごめんな、こんな勝手なリーダーで。チームの皆にも迷惑がかかる。でも、それを承知で彼女を救いたくなったんだ。まだ彼女は間に合うだろうってなぁ。馬鹿なリーダーだなぁ俺は…………」

そう言う彼の頬を、一滴の涙がつたって落ちた。

 

「知ってたさ。お前は昔から馬鹿だった。馬鹿な事思いついては実行して楽しんでただろ。そして俺達はそんなお前についてきたんだ。だから、俺も馬鹿の仲間だろ。」

ジャックは言った。

「だから、俺はお前を止められない。全く、相変わらずがんこな奴だよ。」

そう言って彼は微笑んだ。

 

「それも同じこと言われたよ。」

マックスも笑った。

 

「でも、俺は正直彼女を信じきる確証はない。それは皆がそうだろう。だからお前達二人の問題に誰も手を出すこともできない。ここで起きた事も、俺は誰にも言わない。俺にはこれぐらいしか出来ないからな。」

ジャックが言った。

「十分だ。そうしてくれると助かる。」

 

 

それからは何事もなく、昨日と同じ学校の日常が繰り返された…………

 

 

 

その夜、この町から遠く離れた所での事…………

 

ここには黒衣に身を包んだ者達が複数人、広間の中央に置かれた長テーブルの両脇に向かい合って座っている。

彼もその中にいる。

 

あちこちから声が飛び交う。しかし彼はあまり話さない。

 

「それで、君の方はどうかな?オーメット。」

黒衣の一人が彼に話しかけてきた。

「新たな情報は無い。前回話した事が全てだ。」

彼は静かにそう言った。

 

「……そうか。まぁいいだろう。君が例え何を知っていようがいまいが、今は誰も統括する人間がいないのだからな。好きにするといい。」

その黒衣の男は続ける。

「我らが首領を失ってからもう14年だ。14年前の悲劇は奴らナイトフィストだけではなかったということだな。今では私含めここにいる12名のマスターが組織の管理をしているが、我々の中に首領の資格を持つ者はいない。我々にはかつての首領達が見てきたグロリアの始まりの記憶も先人達の意識も、何も見えん。それが首領の後継者ではない証だ。我々には首領の正当な後継者が必要だ。」

男は真剣に語った。

 

「しかしマスター・ドレイク、君含め、我々にもあるものがある。それは初代が抱いた願い。それは我々マスター達の中にもあり、今も尚ずっと潰えぬ確かな願いではないか。」

彼、バスク・オーメットは言った。

 

「ああそうだなオーメット、君からそれを言われるとはな。それはその通りだ。我々の願いは初代からずっと受け継がれてきたグロリアの願いだ。その願いは決して消えさせない、栄光にだ。それに後継者はどこかで生きている。このエンブレムが消失していないのが何よりの証拠だ。」

彼は首元に下がった、グロリアの紋章が付いたネックレスを見て言った。

「必ず首領の正当後継者を見つけ出すのだ。いつの日か、必ず。」

 

それから間もなく、黒衣の集団は広間から消えていった。

一人を除いては……

 

静まり返った広間に一人、向かい合うは整列した窓ガラス。

窓の外には、夜の海原が緩やかに波打つ光景が広がっている。

かすかに波の音が聞こえる以外、音という音は無い。

 

「……後継者か。」

バスクは窓ガラスの前に立って、夜の海を見つめながらつぶやいた。

 

なぜグロリア内部に首領の後継者がいないのか…………まさか、一般人の中に紛れているとでも思っているわけではなかろう。ならばとっくに我々の元に現れているはず……

 

一人、広間で考え続けた。

 

14年だ。失って14年も経つ。14年前の悲劇は奴らだけではなかった……とはまさしくだな。

その時、既に後継者はグロリア内部にはいなかったのだろう。となると、裏切り者の中にいた可能性が極めて高い。

普段顔を見せない首領に近づき暗殺出来たとなると、後継者自身もしくは首領の側近にいた誰か……

いずれにしても、ここまでくるとだいぶん絞ることはできる。

裏切ったとなると、現在ナイトフィストに協力していると考えるのが自然だ。

そしてグロリアの情報を奴らに流したか…………

いや、今一つ腑に落ちん。

今のところ奴らの行動からそれらしい臭いはしない。

では何だ?後継者の自覚を持ちながら何もしないでいる理由は……?

 

彼は海原に目線を固めたまま思考する。

 

そもそも首領後継者の自覚がない……という事は有り得るだろうか?

有り得るならばなぜ気づいていない?

グロリアを抜け出した後に何か予期せぬ事故があったか……

例えば、記憶を失った…………

 

彼はひとつの仮定を出した。

 

この推理が正しければ今現在、病院にいる可能性が大。

記憶復元の処方はまだ確立されていない。だがそんな処方困難な患者を置いておける大規模な魔法病院がこの国には数ヵ所ある…………

 

 

この時、外の波の音に紛れて、扉の外から微かに足音が聞こえてきた。

近づく足音は扉の前でピタリと止む。

同時に扉をノックする音が広間に反響した。

 

「入るんだ。」

彼の一声で、分厚い扉は重い音をたてて開かれた。

 

そこからコツコツとブーツの音を立てて現れたのは、黒いバラの装飾が施された黒いワンピース姿のレイチェルだった。

 

「もう会議は終わってたみたいね。」

彼女は言った。

「ああ。ついさっき皆帰ったところだ。」

バスクは考えを切り替えて、レイチェルの方を振り向く。

 

「それで、どうしたの?会議が終わってから来てくれって。」

彼女は言った。

 

「お前の事で話をしたかったのだ。二人だけでな。」

バスクは窓際から動いた。

 

「単刀直入に言う。お前がマックス・レボットに執着しているということを、私が少しも気づいていなかったと思っていたのか?」

彼はレイチェルに近づきながら続ける。

「彼を人質とし、サイレントとその仲間内を不利な状況に追い込む。特にサイレントはマックス・レボットに特別な感情を抱いているのは確かだ。我々の計画を完了させるための何かしら重要な鍵を手に入れるには重要な任務なのだ。」

 

「理解してるわ。今更……」

 

「しかしお前は彼に手出しすることが出来ない。この任務はグロリア全体に関わる事項だ。本来ならばお前は反逆罪に問われる所なのだぞ!」

 

バスクはいつになく感情的になった。

 

「組織の為とは言え、私はお前を追放などしたくないのだ。だが他の幹部の連中は違う。グロリアに対する非協力的行為と見られれば、必要とあらば強制的に我々二人とも処刑することも出来る。」

彼は真剣で、そして鋭い眼差しで続ける。

「そんな未来にさせないためにも、たった今から新たな指令だ。お前はマックス・レボット拘束の任務から外れ、各地でナイトフィスト壊滅の為に戦っている戦闘班の加勢をしろ。その活躍で真のグロリアだと皆に証明するんだ。そうすれば、彼とは戦わなくていい。」

それはいつもの余裕を感じる話し方ではなく、本心を感情のままに語っているようだった。

 

「……本当に、それで……」

レイチェルの言葉からは、わずかな希望が感じられた。

 

「ああ……いいだろう。」

彼はそれを受け入れる。

 

「あたし、戦うわ。ナイトフィストと戦う。」

「頼んだぞ。そして決して倒れるな。これは生きて達成するまでが指令だ。その為には私が何でもする。心配は何もいらん。以上だ。」

 

そして彼女は軽くうなずき、広間を後にした。

再び一人の空間となる。

 

「私も甘くなったものだな。14年の間、ずっと成長を見てきた。もはや我が子同然か……」

彼は誰もいない広間でつぶやいた。

「君には悪いなベリオール・アリスタ。今の私の計画には、私のわがままが入っている。だが約束する。私がグロリアを導くことを……」

 

その言葉を最後に彼は消え、広間の明かりも勝手に消えたのだった。

 

 

 

一方で、別の場所では今、部屋の明かりがつけられた…………

 

ロンドンの町外れに建つ二階建ての建物の中、レトロな木目調の室内に一人の男が帰ってきた所だ。

彼は帰宅するなり、そのまま部屋の角にある一枚の扉の前まで歩いた。

 

ポケットから鍵を取り出して、丁寧に鍵穴に差し込んで回す。

カチャリという音とともに扉は開かれた。

その先は、部屋の明かりでうっすらとしか見えないが、階段が下へ続いているようだ。

この先は地下に繋がっているらしい。

 

彼は地下への入り口にあるスイッチを入れて、階段をどんどん下りていった。

徐々に電気がつき、次第に内部の様子が明らかとなった。

 

その空間は上のレトロな雰囲気の部屋とは真逆で、壁、床、天井は全てコンクリートで固められた、無駄な物は一切無いシンプルな小部屋だった。

ただある物といえば、壁に掛けられた丸い鏡と、その隣に置いてある大きな縦長の収納ケースだけだ。

ケースは扉が閉められ、中は見えない。

 

男はかぶっていた中折れ帽を取り、壁の鏡に近づいた。

鏡の縁に右手の指を軽く触れて、刻まれた細かい装飾をなぞった。

するとすぐに鏡面に変化が現れた。

 

彼はぶしょう髭を手で擦りながら、その鏡に写る人物に対して話し始めるのだった。

「今夜の調査でひとつ、ほぼ確実な事がわかりました。」

鏡の向こうの人物は興味深そうに聞いている。

 

「やはり、あの男は今も生きています。そして今このロンドンのどこかにいる。」

「やはりか。となると狙いは……」

鏡の中の老人が言った。

「大いなる力の源、魔光力源。それが確かに存在していることをこの目で見ました。あいつの狙いはそれで間違いないかと。」

彼は言った。

 

「なるほど。お前がそう言うのなら間違いなかろう。それで、お前はその男をどうしたいのか?」

鏡の老人が言った。

「あいつのやろうとしている事は許されない。それにグロリアが関わるとなると、ナイトフィストとしての私のやるべき事はもう言うまでもありません。」

「ナイトフィストはわしらには関係ない。騎士としてのお前の気持ちを聞いておる。」

老人の目つきは真剣だ。

 

「……無論です、導師。」

男は静かに、落ち着いてそう言った。

「いいだろう。お前の好きにするのじゃ。」

老人は予想通りとばかりの反応をした。

「良いのですか?ここはイギリス、それに教団を離れた私に騎士の権限を……」

「わしが何の為にお前の魔導剣を調整してやったと思っとる?」

老人はうなずきながら続ける。

「お前の志しは十分承知した。それにもうお前は教団員ではない。故に教義に従う必要は無し。更にお前は今、遠く離れた故郷におる。教団員が手出し出来るのは日本の中だけじゃ。わしが黙認した時点で、今誰もお前を止めることは出来んよ。お前の剣じゃ、使うべき時に使え。その為に剣はある。」

 

男は頭を軽く下げて言った。

「ありがとうございます。では私が、"沈黙"の名にかけて剣を振るいましょう。」

そして再び顔を上げたとき、そこにもう老人の姿はなかった。

 

彼は収納ケースの方をおもむろに見つめた。

「また、その時が来たか。」

彼は何かの決意をしてその場から動いた。

電気が消え、そこが再び暗闇になると同時に扉がガチャリとしまる音が鳴り渡った…………

 

 

 

夜は明け、更に3日過ぎ去ってからの事だ。

 

ナイトフィスト・ロンドン本部、作戦会議室にて……

 

壁に貼りつけられた三枚の巨大な鏡の前で、人々が慌ただしく動いている。

皆、鏡の中央に立つ男の元へ集まっているようだった。

そしてその男から、何やら折り畳まれた紙を一枚受け取っている。

集まった皆が紙をもらい終えた時、20人以上の人間は並び立ち、全員男の方を注目した。

三枚の鏡にも、それぞれ一人ずつ違う人物がこちら側を見ている。

 

「よし、よく集まってもらった。これだけの同志が集まる作戦会議は久しい。」

その男、ナイトフィスト・ロンドン本部の司令官が喋り始めた。

「皆も知っての通り、ここロンドンの元情報管理所が急襲されて以降、アカデミーの占拠、そして各地で起こっている我々の拠点への攻撃と、奴らの行動が著しく激化している。現に失った拠点もあり、退却を余儀なくしたグループもある。はっきり言って、我々の状況はあまり芳しくない。そんな中、例の件が起ころうとしている。それが今日だ。」

そう言うと、司令官は集合したナイトフィストの中の一人に目で合図を送った。

すると、ナイトフィスト達の中から一人の男が前へ出てきた。サイレントだ。

 

彼は司令官の隣に肩を並べて話しだした。

「もう皆が知っているだろうが、4日前にグロリアのヴィクラス・ロンバートがブレント支部に偽の情報を流した。内容はブレント支部の活動区域内にてグロリアの一団が召集されるというものだ。」

彼がそう言った後、司令官の後ろの鏡から声が発せられた。

「そのロンバートはバロンズと名乗って顔も変えていたわけだが、今はブレント支部から消えている。そしてこの4日間、我々ブレントの管轄内の偵察を強化してみたが、特にグロリアの目立った動きはなかった。むしろ、奇妙なほど静かだ。」

 

「何もしないはずはない。奴がなぜブレントにグロリアが召集されると言ったのかがポイントだ。我々は、それは注意をブレントの一ヶ所に集めるためだろうと考えている。」

サイレントが言った。

 

「ああ。注意を引かせるとなると、一番手薄になるのはブレント地方の一番遠い活動拠点だ。」

司令官の男が言った。

 

「はい。我々攻撃グループを偽の情報で誘導し、ブレント支部管轄内で手薄になる最も遠方の活動拠点から襲っていく……というのが真っ先に思いつく可能性です。」

サイレントが言った。

 

「私の支部の攻撃グループを誘導か。しかし奴らが襲うであろう場所が絞れない。ロンバートがどれだけブレント地方の拠点の位置を知っているかもわからないだろ。」

鏡の中の男が言った。

 

「それについては私の仲間からの情報で絞ることができるだろう。」

サイレントがそう言うと、次に別の人物が前に一歩出た。

 

「私がロンバートをスパイしていたライマンだ。」

「そうか、君が。」

鏡の中の男が言った。

 

「ああ。私は奴の行方をずっと追っていた。だからわかることだが、奴がバロンズと名乗っていた際に、やけに三ヶ所の活動拠点周りの事を気にしている様子だった。奴がブレント支部に忍び込んでから約二週間、奴が把握しているのは可能性から考えてその三ヶ所ぐらいだと思われる。」

ライマンが簡潔に言った。

 

「我々ロンドンからも攻撃隊を送る。そしてその三ヶ所を起点に同時警戒する。それが今回の作戦だ。その為の地図は既に皆に渡してある。」

司令官が鏡を向いて続ける。

「うちの攻撃隊がブレント支部に到着してから、現地での判断は君に頼む。我々の攻撃隊の指揮はサイレントとライマンにやってもらう。」

 

「了解しました。心強い支援を感謝します。」

鏡の中のブレント支部代表が言った。

 

「さあ、皆気を引き閉めろ。奴が何を考えているか、はっきりしたことはわからん。」

「それに奴はバスク・オーメットの配下です。オーメットが指示を出しているということなら、オーメットの独自の計画が関係しているはず。あの男はグロリアの中でも特出している。今回も何を考えているのか読めない。」

 

全員の緊張感が高まり、皆これから起こるであろう戦いに備えるのだった。

 

それは最終章の、ほんの幕開けに過ぎない…………

 

 

 

 

 


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