Outsider of Wizard   作:joker BISHOP

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新章-第十三幕 frustration (後編)

目線の高さに杖先を合わせ、その腕を真っ直ぐ伸ばす。

 

マックスはその場で周囲をぐるりと見渡し、標的を定める。

彼の周りには数匹の蛇が点在していた。

胴を起こしてこちらを凝視し、威嚇している。いずれの個体も決して小さくはない。

 

マックスは杖を一直線に構えたまま意識を集中させる。

 

「どこからでもいい。かかってこい。」

マックスは静かにそう言った。

 

直後、右側に位置していた一匹の蛇が口を大きく開けてマックスめがけてジャンプしたのだった。

かと思いきや同時に別の方向からも、床を這ってみるみる近づいて来ている。

 

マックスは最初の蛇を身を回転させてかわし、ついでに迫り来る蛇に杖を向けて振った。

飛来した蛇はマックスを横切ってそのまま地面に落ち、杖先から放たれる閃光が一匹の蛇に命中した。

迫っていたその蛇は吹き飛び、後方へ強く叩きつけられたのだった。

 

しかし息をつく暇は無い。蛇はあらゆる方向からランダムに襲い来る。

マックスは常に全方位に意識を向けて、杖を持つ手を決して下ろさない。

左右から飛びかかる蛇を術でガードしたり、身をひるがえして避け、また別方向から近づいてくる蛇に術を発動する。

これを全て無言で行い、蛇が襲い来る限り高速で繰り返し続けた。

 

一匹倒す毎に方向転換して、別の蛇にターゲットする。

そして今、ジャンプして顔に迫った一匹を吹き飛ばしたのを最後に、全ての蛇は動かなくなったのだった。

これはほんの一分間ぐらいの出来事だ。

 

そこらじゅうに転がった蛇は一斉に灰と化した。

ここ屋上に吹き付ける風が灰を巻き上げて消し去る。

 

マックスは集中を一気に解いた。

その時には彼は、まるでダッシュした後のように息を切らしていた。

「まだだ……こんなものじゃダメだ。」

 

学校の屋上で一人、彼は特訓を続ける…………

 

 

 

そんな時に、彼のチームのメンバーは同じ場所に集まっていた。

 

寮室のいつものテーブルにて、三人はそれぞれ本を片手にしていた。

 

「まだ来ないな。個室にはいないみたいだし、あいつの選択授業はもう終わってるはずだけどなぁ。」

ディルが『魔法全史』の本をテーブルにドンと置いた。

 

「まさか、今日集まるって事忘れてはいないわよね?勉強会を提案した本人が。」

ジェイリーズが『魔法薬調合法基礎』の本をパラパラめくりながら言う。

 

「何か急用かな。まぁ、その内来るんじゃないか。」

ジャックは相変わらず窓際の椅子に座って、『魔法戦術』の本を読みながらつぶやいた。

 

「一回連絡しとくか。」

そう言ってディルが携帯電話を手にした。

 

「そんな慌てることもないだろうに……」

そう一人でつぶやくジャックには、マックスの状況が何となくわかっていたのだった。

 

そしてディルが電話をかけると、すぐに会話が始まった。

「おい、マックス。どこにいるんだ?…………何?適当にぶらぶらしてたってか?」

 

ディルの会話を聞いてジャックは、それは嘘だとすぐに思った。

 

「まさか忘れてたのか?!もう皆集まってるぞ。」

程なくしてディルは携帯電話を閉じた。

「おい、放課後に集まること本当に忘れてたらしいぞ。なんだか、あいつらしくないな。」

 

「また何か悩んでるのかしら?はっきり言ってくれたらいいのに。」

そうジェイリーズが言った瞬間だった。

その一言に無意識にジャックが反応し、横目でちらりと彼女を見ると、また何事もなかったかのように目線を本へと戻すのだった。

 

そんな彼の些細な動きに気づいたジェイリーズは、影でくすくすと笑った。

 

「ん?何か面白いか?」

ディルは全く訳がわかっていない。

 

「いや、別に。ねぇ……」

ジェイリーズはジャックの方を向いてそう言った。

「えっ?いや、俺に言われても……」

ジャックは再び本に集中しようとする。

 

「何だ?なんか今日ジェイリーズまで変だな。」

ディルが言った。

 

それから程なくして、マックスは彼らのもとに現れるのだった。

 

「皆、遅くなった……」

マックスは息を切らしながらこっちに歩いてくる。

 

「おい、ずいぶん疲れてないか?」

ディルが最初に口を開いた。

 

「ああ、急いで来たからな。」

マックスはそう言いつつ、さっきまで術の訓練をしていたことを隠す。

 

「そんなに急がなくてもいいわよ。ちょっと休憩してからにしない?」

ジェイリーズが言った。

 

「悪いな。遅れてなんだけど、そうさせてもらうよ。とりあえず何か飲んでからだ。」

マックスはまだ呼吸が整わないままドリンクの自販機の方へ行った。

「じゃあ俺も何か買ってくるよ。」

そう言って、ジャックも後を追うのだった。

 

そして自販機の前まで行ったマックスの後ろから、小声で話しかける。

「そこまで焦る特別な理由でもあるのか?」

 

声に反応してマックスはくるりと振り返る。

「お前か。やっぱり察していたか……」

すぐに前を向き、自販機にコインを入れる。

 

「お前の事だ。だいたいわかるさ。」

ジャックも横に並び立ち、ズボンから財布を取り出した。

 

「別に特別な理由なんか無い。ただ、じっとしていられなかっただけだ。俺たちはナイトフィストだ。何もしないよりましだろ。」

マックスはそう言い、自販機のボタンに指を触れる。

 

「サイレントからの指示が気に食わないのはわかる。でも、それだけなのか?」

ジャックがそう言った時、ボタンを押そうとする指が一瞬止まった。

 

「何が言いたいんだ……?」

マックスは指で触れたままのボタンを押し、下から転がり出てきた缶を手に取った。

 

「さあな。それは自分の心に聞いてみるべきだ。」

ジャックもコインを入れ、目の前のボタンを押した。

 

マックスは缶を手にしたまま、ジャックに言われた事を考えるのだった…………

 

それからしばらく本を読んだ後に解散した。

各々が一冊ずつ個室に持ち帰り、静かに夜の時間を過ごした。

 

今日も平穏な学校生活が終わったのだった。

 

夜が過ぎ、やがて再び太陽が登ろうとする頃………

 

寮の個室にて、マックスは急に目が覚めた。

体を起こし、窓をぼんやりと見る。

まだ外は薄暗い。よほど早く起きてしまったらしい。

 

彼はそのままぼーっと外を眺め続ける。

最近、時間の感覚が定まらない。時の経過が恐ろしく速い……

それに、何故だかよく眠れない……

 

それは将来戦いの中に身を投じなければならないという不安からか?

あるいは今の自分の力不足を感じる故の不安?

それとも、大して疲れるような事をやっていないせいで体が寝ようとしないのか……

これら全てが原因なのか…………?

 

マックスは窓の外を眺めながら、ぼーっとした頭で自問自答する。

 

どれもしっくりこない。

ただ、何か心地が悪い。頭もすっきりしない。

 

ほのかに感じる感情はある。

それは苛立ち……いや、悲しみ…………そのどっちもか?

 

食堂が使えるようになるまでは一時間以上ある。

しかし、そもそも何か食べたい気分でもない。

となると一時間目の授業までは、今から二時間以上もある。

今からまた寝る気もしない。とりあえずやれる事と言えば魔法関連の本でも読むぐらいだろうと、ベッド横の本棚に手を伸ばした。

 

しかし、結果そこで手に取ったのは別の本だった。

 

『Knight of Wizard』

それはまだ中学時代にはまって読んでいたファンタジー小説だ。

 

なぜだか、この本のタイトルが目に入った途端、自然に手が行った。

 

昔から本を読むのが好きだった彼が、中でも特に気に入った一冊である故、今でも概ね内容は覚えている。だからタイトルを見ただけで断片的なストーリーが脳内に展開される。

そのストーリーは、悪によって全てを失った冴えない一人の魔法使いが旅をしてまわり、強くなって、仲間とともに騎士として悪と戦うというシンプルなものだ。

 

彼が気に入ったのはラストの展開だ。

悪を完全に滅ぼすには、旅の途中で出会った最愛の人の命と引き換えに強力な魔法を手に入れなければならないというのだ。

そしてそれがわかった主人公は、復讐のために最も大切な人を犠牲にすることも、大切な人のために悪を生かすことも、いずれも騎士失格だと断言し、自ら騎士として戦うことをやめて、過去の憎しみや悲しみも捨て、今いる大切な人と幸せに暮らすという選択をするのだった。

そんなオチだ。

 

これを最初に読んだ時、マックスはこの主人公に憧れを抱いた。

何かに憧れるという感覚を覚えたのは、それが初めてだった。

 

「過去を忘れて、未来の幸福に目を向ける。かぁ……」

マックスは最後のページに書かれた文章を口にした。

「これは作り話だ…………」

それは自分に言い聞かせる為に言った言葉だ。

マックスは頭を切り替え、『魔法全史』を手に取って読み始めるのだった。

 

本に浸っていると時間が過ぎるのは速いものだ。

今日もまた、いつもと同じ何の変化も無い学校生活の始まりだ。

 

マックスは昨日まで同様、やる気の起きない頭を授業の席に持っていく準備を始めようと思った。

だが教科書をバッグに入れようとする手はすぐに止まり、サボるという考えが頭に横入りする。

 

今から何かやりたい事といえば、それは一つしか思いつかない。術の特訓だ。

今、唯一モチベーションを保てる事は呪文の特訓で体を動かしまくる事だけのようだ。少なくとも今の状況では。

 

そうと決まれば話は早い。お決まりの場所へ一直線だ。

マックスは杖をズボンに仕込み、早速寮室から飛び出した。

そこで目の前を見ると、本校舎への吊り橋には授業に急ぐ生徒達の大群ができていた。

マックスは人の波をできるだけ遠ざけながら前へ進んだ。

ポートキーでの移動は魔力を要する。今の実力では、これから特訓をするという時にポートキーを使うと、特訓ですぐに疲れきってしまう事が昨日の特訓の際にわかった。

術の特訓に最大限注力するには、なるべく魔力は温存しておきたいわけだ。

マックスはそのまま寮塔を後にし、屋上を目指した。

 

その頃他の三人はそれぞれの授業の教室へ向っていた。

サイレントからの指令は指令。一応言われた通り、他の生徒に紛れて目立たない行動を全うしている。 

しかしジャックが今から受ける授業へと向かう先に、思いもよらない展開が待っていたのだった。

 

廊下の先の方、他の生徒達が行き交う合間から見えた。

 

「ん、あれは……」

窓際をのろのろした足取りでこっちへ歩いている女子生徒がいる。

外を向いていて横顔しか見えないが、その顔は確かに間違いない。よく知った顔だった。

 

ジャックはその場で立ち止まり、学校生活が再開してから初めて、自分達の敵に対する緊張感が体に走る。

 

チャイムが廊下じゅうに鳴り始めた。

生徒のほとんどが教室に入ってしまう。廊下に残ったのは自分と廊下の向こうから歩いてくる、あいつだけだ。

 

彼女が目を前に向けると、嫌でも気づく。

廊下の真ん中にたたずむジャックと目が合う。

 

それが誰だか認識した瞬間、彼女ははっとした表情をした。

ジャックはズボンのポケットの中で杖を握る。

「アリスタ……」

チャイムが鳴り渡る中、自分にしか聞こえない声で呟く。

やっぱり間違いない。そこにいるのは、他の生徒と同じくセントロールスの制服を着たレイチェルだった。

 

彼女はその場に固まったまま、まだ何もしてくる気配はない。

ジャックは一直線ににらんだまま、彼女の方へ動きだす。

その足取りは勝手にスピードを上げる。

 

それを見たレイチェルは急にきびすを返し、廊下の奥へ走りだした。

 

ジャックも逃がすまいと一気に走った。

その手にはズボンから引き抜かれた杖が握りしめられている。

 

レイチェルは廊下の曲がり角を曲がり、見えなくなった。

待ち構えて何かしてくるかもしれない。

「インビジビリアス、マフリアート。」

ジャックは目くらましと消音化の術で、自身の体と足音を消した。

 

何でまたここに現れたのか、それにわざわざ制服を着ている。また潜入でもしているというのか?

 

走りながら考えを巡らす。

 

そしていよいよ廊下の奥の曲がり角だ。

胸元に杖を構えながら、角まで数メートルの所まで接近した。

その時だった。

ジャックは走る足を急停止し、壁際に体を避けて息を止める。

曲がり角から現れたのは、授業に向かう教師だった。

 

教師はジャックの存在には一切気づかず、そのまま廊下を歩いていく。

廊下の角が日陰になり、自分の影ができないのは幸いした。

ほっと一息ついて再び動きだした。

レイチェルを放っておいては何をするかわからない。

ジャックは先を急いだ。

 

チャイムは鳴り止み、一時間目の授業が始まった。

ジャックは授業の事など考えずに、たった今見た裏切り者の姿を探し続けた。

 

その頃、マックスの方も授業など一切頭になく、自分目掛けて襲い来る者達に全神経を集中させていた。

 

昨日同様、屋上で召喚した蛇達と戦っている。

 

無言呪文を連続行使して敵の相手をする。囲まれても対処出来るようになる。

その為には実践あるのみだ。

しかし今自分達が置かれた状況では、そんなことは叶わない。

サイレントからの指示もあり、チームの仲間でさえまともな特訓をすることを反対している。

ならば、今は召喚蛇に相手をしてもらうことが唯一為になる事だ。

 

四方から飛びかかったり地を這って来る蛇達を、マックスはステップを踏むように順番に避け、術でガードする。

まずはひたすら防御に徹する。

次は攻撃の隙を見つけることだ。

マックスはどの蛇がどういう動きで来るか、攻撃を防御しながら同時に辺り全体を俯瞰視した。

やはり戦いは集中力を要する。

 

何でこんなに激しい特訓をするのか…………

ナイトフィストとしての将来の為か?

突然、敵に襲われないか不安なのか?

それとも、このもやもやしたわからない感情をただぶつけたいだけなのか…………

 

蛇への集中力が一瞬途切れた時だった。

ズボンのポケットから着信音が聞こえた気がした。

 

「待て!」

マックスは杖を蛇達に向けて命令した。

彼を囲む蛇は攻撃を止めてその場で固まる。

 

携帯電話を取り出してみると、それはジャックからの着信だった。

いつから鳴っていたのか……それともたった今なのか?

 

杖を左手に持ち替え、とにかく電話を開いた。

「俺だ。何だ?」

マックスは言った。

 

「マックス、聞いてくれ。」

その声から、何かあったのだと察した。

「どうした、何があった?」

「彼女だ、アリスタが現れた。」

彼は単刀直入に言った。

 

「レイチェルが……」

「制服を着ていた。偶然、廊下で出会ってそのまま追いかけたけど見失った。」

「……そうか。俺も今から探そう。」

マックスは話しながらも、彼の言葉の実感がまだ湧かない。

「わかった、気をつけてな。空間転移に使われていた旧校舎六階の部屋は見たけど、もう使われてないみたいだ。今度は何を考えてるんだか。」

「そうだな……」

そしてマックスは携帯電話を閉じた。

一旦、彼は考えた。

いや、直感というほうが正しいかもしれない。

特に根拠はない。ただ、ある場所へ行ってみようと思ったのだ。

もしくは自分が行きたいと思っただけなのかもしれない。

 

マックスは杖をポケットにしまい、早速目的の場所へと向かう。

 

校内を歩いている最中も、まだジャックが言っていたことの実感がない。

なぜ今更、セントロールスに……それも制服を着ていたと言っていた。

 

しかし本気で理屈がわからなければ、なぜ今自分はあの場所に向かっているのか……

やはり、ただ自分が行きたいと思っただけか。

じゃあなぜそう思った。お前は何を願っている………

 

頭の中に、別の誰かの声が聞こえてくるような感覚がしながら、その場所はどんどん近づいている。

 

しかし到着する一歩手前で、彼は足を止めることになった。

 

この角を曲がった先に、あの場所がある。

そこは、夜中レイチェルと初めて出会った時に隠れた物置部屋だ。

ふと、マックスはレイチェルと会って最初に喋った時の光景を思い出したのだ。

 

だが物置部屋に入るまでもなく、その前の廊下で彼女とばったり出会えたのだった。

 

「……レイチェル。」

マックスは、セントロールスの制服姿の彼女が視界に入った途端、言葉を失い、思考が途絶えたのだった。

その姿は、まだ仲間だと思って楽しく会話した時の姿と同じだ。

マックスの頭の中に、その頃の光景がありありとフラッシュバックした。

 

「……マックス。」

レイチェルは一瞬嬉しそうな表情になった後、すぐに目線がうつ向いた。

 

マックスは一歩ずつ、少しずつレイチェルの方へ近づく。

「なんで……」

聞きたいことはわかっているが、なぜかうまく言葉にできない。

 

「その……場所を変えない?」

気まずそうな表情のまま、レイチェルは言った。

 

「ああ。そうしよう。」

マックスがそう言うと、レイチェルは少しずつ近づいてきた。

 

「あの公園はどう?」

彼女は言った。

「それがいい。」

 

するとレイチェルは黙って手を伸ばした。

その後、二人はこの場所から姿をくらましたのだった。

 

 

ジャックはというと、レイチェルの件をジェイリーズとディルにもメールで知らせ、引き続き探していた。

まず目的は何だろうか。それから行きそうな場所を絞らないと……

 

真っ先に思いつく地下の魔光力源は既に調べたが来ていなかった。

あれが狙いじゃないとなると何だ?

直接の目的が場所でないとすると、ここにいる人か?

まさか、またマックスを誘導するつもりで……

 

そう考えたジャックは、行き場所をだいぶん絞る事が出来た。

人目につかず、マックスと思い入れのある場所だ。

ジャックは思いつく場所を順番に探しに行くことにした。

 

 

そして今、レイチェルはマックスと廃公園に到着していた。

 

荒れた静かな公園のベンチに、二人はまた制服姿で肩を並べている。

 

マックスは横目で、隣に座るレイチェルを見て思った。

もうこんな日は来ないと確信していた。

しかし願わくば、許されるのならば、またあの頃のようにありたい……

 

それはマックスの本心で、近頃ずっと心がもやもやしていた事のひとつでもあるのだと、今はっきり自覚したのだった。

 

「変よね。こんなの……」

最初に声を発したのはレイチェルだった。

「自分の立場を知ってるのに。任務のために、あなた達を騙した人間なのに。またこの格好で、あなたとここにいる……」

 

「変じゃない。今は休戦期間だったろ。学校に現れた君と偶然出くわした。それだけだ。」

マックスは落ち着いた声で続ける。

「それに、変と言うなら俺のほうだな。俺も、自分の立場を自覚しているけど今ここにこうしている。この下にはナイトフィストの隠れ家がある。でも俺は拒まなかった。杖を向けることもしなかった。ナイトフィスト失格かもな。」

それは自分自身を客観的に見つめての、正直な言葉だった。

 

するとレイチェルがまた口を開いた。

「休戦期間って言ってたら敵対しなくていいと思って、甘えてた。けどもう無理そう。あなたを見つけ次第、攻撃して捕らえる。それがあたしの任務よ……」

 

今、雲が途切れ、雲間から日光が公園に降り注ぎ、二人を明るく照らした。

眩い光が二人の影をくっきりとつくる。

 

「でも出来ない。もう自分に嘘をつきたくない……」

レイチェルが地面に映る影を見ながら言う。

「今日だって、学校に行ったのは、少しでもあの頃を思い出したかったから。たぶん、一番幸せだったから。だから……」

 

14年前に両親を失ってから、ずっとバスク・オーメットだけが頼りだった。

他に仲間はいない。魔光力源の任務でセントロールスに行ってからも、当然友達はいない。

でも、マックス達に関わるようになってから変わった。

特に、マックスと話している時は今まで感じたことのない感情を覚えた。

 

それまではバスクからの任務が全てだった。

任務を信じ、全うする事しか考えなかった。

でも、彼に出会って話すうちに、心が熱くなる感覚を知った。笑うことを知った。人を想うことを知った。

 

だから今、正直に言える。いや、言わないといけない。

「……ありがとう。」

それが、思いの先に出た言葉だった。

 

「えっ……」

マックスは、彼女の突然の言葉に困惑した。

 

「あなたが感情をくれた。誰かを想って、胸が熱くなることを知った。今、あたしは任務を全う出来ない代わりに大事な物を持っている。だから、ありがとう、こんなあたしと仲良くしてくれて……」

そう言うと、彼女の膝に一滴の涙がこぼれ落ちた。

 

「そんな……それは俺もおなじだ。」

彼女の心からの声を聞いたその瞬間、まるでつまっていた栓が一気に抜けたように、胸につっかえていた何かが消えた。

 

「じゃあ、俺も今思っている事を話そう。」

彼は、自分も包み隠さず素直な言葉を語り始めた。

 

「この一年で高校生活は終わる。そうすると本格的にナイトフィストの一員として活動することになる。

今までそう思っていた。」

 

レイチェルは赤くなった目をこちらに向けて聞いていた。

 

「でも今、正直どうなるのかわからない。もしかしたら、ずっと曖昧な感じのままなんじゃないか……彼らが俺達を組織からの正式な任務にあてる気はあるのか……サイレント達がどう思っているのか。色々わからなくなってきたんだ。それに、君と敵対したくない。ずっとあの時が続くと思っていたのに……君と戦いたくない……」

 

するとレイチェルが唐突に言う。

「……ねぇ、二人で逃げない?あたし達がこの戦いの部外者になれば、敵対する理由はない。でしょ?」

 

それはもっともな話だった。

ナイトフィストとグロリアの関係性……このしがらみから手を引けば、もう誰の指令も聞く必要はない。

すなわち、レイチェルとも敵対関係ではなくなるのだ。

 

家族がグロリアの犠牲になった。だから将来ナイトフィストとなりグロリアと戦う。そしてかたきを討たなければならない。

最初はそれだけしか考えていなかった。空っぽの自分の前に差し出された運命だと思った。

だからその為に努力しようと動き出せたんだ。

 

しかし今はどうだ?

レイチェルの提案を、すぐさま否定することが出来なくなってしまった……

 

マックスは黙ったまま地面を見つめた。

 

「あなたをナイトフィストに執着させるのはやっぱり両親の事?」

レイチェルが言った。

 

「……かもな。」

マックスは続けた。

「それじゃあ、君はもうナイトフィストと戦う気はないと言うのか?親を殺した……敵だというのに。」

「もちろん簡単に許せるわけない。でも、復讐するよりも大事な気持ちをあなたがくれたから。何も気にすることなく、誰も気にする必要なくマックスとずっと仲良く出来るなら、そうしたい。」

 

それはすなわち、過去の一切を振り切って未来の幸福を望む。そういうことだった。

 

「ああ、そうだな。それが出来れば……それがいいだろう……」

 

既にそう思った奴はいた。自分だ。

小説がそんな考え方を教えてくれた。

しかしいくら物語の世界に浸っても、現実に戻ると話は変わる。

やはり現実は善くも悪くも現実なのだと、事実を見せつけられる。

だから創られた物語は好きじゃなくなった。

最初から現実だけ見ていた方がいいじゃないか……

だから俺は希望を抱くことをやめた。

希望を叶えるために努力することをやめたのだ。

 

だからこそ……

「君はすごいな……」

「すごい……あたしが……?」

今度はレイチェルが、彼の言葉に困惑する。

 

「君は過去を克服したんだ。そして現実を知りながらこれからやりたい事を言ったじゃないか。」

「そんなの、あたしのわがままで……」

「俺には出来なかったことだ。自分の希望を持つなんて、俺には出来なかった。そんな俺は君に何もしてあげてない。礼を言われるような事なんか何も……君は強いんだ。」

マックスは心の底から思うことを言った。

 

「あたし、強くないよ。それにそんな誉められるような人間じゃない。」

レイチェルは言った。

「俺から見たら強いさ。俺は弱いからな……」

そう言うと、レイチェルは彼の手を握って微笑んだ。

「じゃあ、あたしが守ってあげる。だってあたしのほうが強いんでしょ?」

その顔を見ると、マックスも自然とつられた。

そして彼女の手の温もりが、心にも暖かさを与えてくれる。

「俺も負けてられないな。」

「じゃあ、もう戦うのはやめて……」

「いや、そうじゃないさ。」

ここでマックスは、ある決心をするのだった。

「復讐しても過去は戻らない。だから過去に捕らわれて戦うのはもうやめた。でもグロリアがやった事、現にやろうとしている事は無視できない事だ。放っておいてはあまりに危険すぎる。」

彼は続ける。

「だから俺はそんな奴らと戦い、俺達が安全に、そして平和に暮らせる日常をつくる。戦いを終らせる為に戦うんだ。」

 

「それじゃああたし達の関係は今までと変わらないわ。」

「いや、変わるさ。俺はグロリアからも、ナイトフィストからも、チームからも何を言われようと君とは戦わない。もしそれを邪魔する奴がいたら、誰だろうと俺の敵だ。それがナイトフィストだろうと。」

 

「それでどう戦うつもりよ……」

 

「グロリアは変わらず敵だ。だからあくまでナイトフィストを上手く利用して戦えばいいんだ。俺は俺のやり方で戦う。組織に忠誠は誓わない。だから君にナイトフィストに入ってくれとも言わない。ただ、もうグロリアとして活動するのはやめてほしい。」

 

「気持ちはわかったわ。でも、あなたこそナイトフィストを抜けてほしい。あなたがグロリアと戦うのをやめなければ、グロリアはあなたを放っておかないわよ。」

「いいさ、俺は戦う。今逃げても、戦わなければどのみち安心して暮らすことは出来ないだろう。」

「言ったでしょう。あたしがあなたの命を守る。グロリアとして戦闘訓練もしてきたんだから。」

 

言い合っている最中、マックスの携帯電話が鳴った。

二人とも、一旦冷静になる。

 

「ジャックからメールだ。合流したいそうだ。」

「もう戻ったほうがいいわね。今日は会えて良かった。」

「俺もだ。また会おう。言った通り、俺は君と戦わない。それだけは約束だ。」

「あたしもマックスとは戦わない。絶対。」

 

そして二人は公園から姿を消し、再び物置部屋に現れた。

 

「それにしても、あなたもこりない人ね。」

「お互いじゃないかな。」

二人は明るい表情でそう言い、廊下に出た。

 

「じゃあ、今日はお別れね。」

「うん。何かあったら、いつでも連絡していいんだぞ。」

「そうする。そっちこそ。」

「わかってる。」

今は二人ともに、久々に心が晴れた瞬間だった。

 

そんな矢先だった。

 

「マックス!ここにいたのか。」

声を聞いて、はっとして振り向いた。

「ジャック。」

マックスは、曲がり角から現れたジャックと向かい合った。

マックスの隣にはもちろん、レイチェルもいる。

 

「さあ、術で拘束しないのか?」

ジャックが言った。

「いや、その必要はない。」

マックスは堂々と言った。

「そいつは敵なんだ。」

ジャックは杖を取り出してレイチェルに構える。

 

「杖を下ろせ。必要ないんだ。」

マックスは一歩前に踏み出た。

 

「何を言ってるんだマックス。何を言われた?」

ジャックは杖を構えたまま言う。

 

「もうレイチェルと戦う必要はない。もう敵じゃないんだ。」

「また騙されるのか。もうわかってるだろ。そいつはグロリアの指令を受けて動いていた。俺達を騙してな。」

「過去の話だ。もう違う。」

二人は譲らない。

 

「そこを退いてくれ。俺が捕まえる。」

「杖を下ろせ。」

そう言いってマックスはズボンのポケットに手を入れる。

「落ち着けマックス。そいつはナイトフィストの敵だ。俺達の敵なんだぞ。」

「ナイトフィストはレイチェルの事を何もしらない。俺は違うさ。」

 

そして次の瞬間、ジャックは持ち構えた杖を振った。

そうなることを予期したマックスは、同時にポケットから杖を引き抜き、レイチェルに迫る術を弾き飛ばしたのだった。

 

レイチェルはマックスの後ろで姿をくらまし、そこには杖を持つ二人の少年だけが向かい合っていた…………

 

 

 

 


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