Outsider of Wizard   作:joker BISHOP

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新章-第九幕 栄光の狼煙

「んー・・・やっぱり無いのか?魔光力源って何でこんなに情報が無いんだ?」

本棚を上から下まで眺めながら、デイヴィックはほぼ愚痴に近い独り言を言っていた。

 

「意図的に誰かが処分したとか・・・?いずれにしてもそう簡単な作業じゃないとは思ってたけど、まさかここまで探してそれらしい情報が全く見つからないなんてね。」

別の本棚の前で本を取り出しているリザラが言った。

 

「グロリアとナイトフィストに関しても同じよ。そもそも非政府組織だから、まあ普通に考えたらそんな記述があるほうがおかしいってもんよね。」

また別の方向からロザーナの声が聞こえた。

 

彼らはそのまま同じ作業を続けていると、そこへ足音とともにマルスの影が近づいてくるのがわかった。

「ずいぶん熱心なことだな。関心するよ。」

マルスがデイヴィック達の近くに現れて言った。

 

「でも正直、そろそろ根気が切れそうだ。今のところ欲しい情報は全くだよ。」

デイヴィックが一旦手を休ませて言った。

「なかなか思うようにはいかないさ。そんな時に悪いんだが、ナイトフィストから急な呼び出しがあってな。私はもう行かなくてはいけなくなった。」

マルスは言った。

 

「それじゃ、ここは引き続き俺達が頑張りますよ。何か掴んだら後で報告します。」

デイヴィックが言った。

 

「では、頼んだよ。」

その言葉を最後に、彼は本棚の広間の入り口の方へと姿を消したのだった。

 

「さて、やるか。」

デイヴィックは深呼吸し、再び本棚と向き合った・・・・

 

 

 

そしてこの時・・・・

 

ウィルクス・ウィッチクラフトアカデミーの敷地内には、そこで戦っていたグロリアと、ライマン率いるナイトフィスト達の姿はもう無かった。

 

また校内も同じく、あらゆる教室や廊下にいた大勢の生徒達や教師の姿は無く、学校全体で起こっていた騒動はおさまり静かになっていた。

 

まるで一瞬にして事が片付いたかのようだ。

しかし、これは問題が解決したという意味ではない。

 

静まり返った廊下には、波のように押し寄せていた生徒達の代わりに、黒いローブに身を包んだグロリアの人間が歩き回っている姿のみがあった。

いったいアカデミーの現状はどうなっているのか。

その答えは、この城の一ヶ所にあった・・・

 

城の中央の塔にある大きな二枚の扉の前に、二人のグロリアが行ったり来たりしている。

この扉の警備をしているかのようだ。

そこへ足音が聞こえてきて、二人が同時に立ち止まって振り向いた。

 

見ると、彼らと同じくグロリアのローブを着てフードを被った人物が一人、こっちの方へ歩いて来るのがわかった。

しかし暗がりから現れてからよく見ると、他のグロリアとは違い、ローブの縁が金に塗られているのが見えた。

 

二人はその顔を見て誰だか確認すると、扉の両脇に引っ込み、道を開けたのだった。

 

彼は頭を軽く下げる。

 

「見事だ。事は計画通り。」

近づいたその人物はフードの奥から渋い声でそう言い、そのまま二人の間を通り過ぎて片手を振った。

 

すると、二枚の巨大な扉は重そうな音を立てながらゆっくり動き、内側へ勝手に押し開かれた。

その男は足を止めること無く、そのままの速度で扉の向こうへ堂々と入って行った。

 

そこは高い天井の大広間で、更にその広さを埋め尽くさんばかりの大勢の人間が乱雑に立っている光景が広がっていたのだった。

彼らの中には制服を着た子供達もいる。

そう、ここの生徒と教師、そして戦いに来たライマン率いるナイトフィストの者達が皆この場に集められているのだ。

 

そんな彼ら全員が音に反応し、入って来た男に視線が集まる。

 

彼は目の前に広がる人々を見渡しながら歩き続けた。

「人数は多い方がいい・・・」

 

近づいて来る男を見る生徒達は何かしらの威圧感を感じ取ったのか、皆が後ろに一歩引く。

 

「ちょうどいい。来客もいるようだ。」

そう言うと、歩いている男の周りに黒い煙が現れて身体を完全に包みこんだ。

煙と同化した男はその場から舞い上がり、人々の頭上を通過して一気に広間の端まで飛ぶのだった。

 

煙は、ステージのような高台になった所に着地すると溶け、そこに男の姿が再び現れる。

 

彼はステージ上から人々を見下ろす。

 

怯える生徒の目、悔しさと不安感を感じる教師の目、打開策を考えるナイトフィストの怒りの目・・・

男はこちらに向けられるあらゆる目を見渡すと、被ったフードを両手で掴んで背中にやった。

 

そのフードの中から現れた素顔は、紛れもなくバスク・オーメットに違いなかった。

 

人々に紛れて立っているライマンと一部のナイトフィストの者は、当然これに反応する。

 

フードをとったバスクは本格的に話を始めた。

 

「まず最初に我々の紹介だ。この中の生徒達は我々を知らぬ者が多いだろうからな。」

重低音の声が広間に響き渡る。喉に音量増幅魔法でもかけているのだろうか。

 

「我々はグロリア。遥か昔から長く存在する組織だ。そして大抵の大人達は、この名を聞くだけで嫌悪することだろう。実に残念な事だ。彼らは何も理解していない・・・」

 

これを聞いているライマンは、人混みの中で仲間のナイトフィストと小声で話した。

「これからどんなつまらない話を聞かされるんだかな。」

「でも仲間が到着する時間稼ぎにはなりますね。」

「ああ。ただ、ザッカス達がどうやってここに乗り込めるかが問題だ。今はこっちで出来ることは、両面鏡で現状を知らせ続けることだけだ。」

ライマンは片手に手鏡を握り、W.M.C.からこっちへ急行しているザッカスの両面鏡に広間の音を聞かせ、少しでもこの状況を知らせようと考えているようだ。

 

この瞬間もバスクは話し続けている。

「率直に言おう。今ここにいる君たちには人質となってもらう。目的は今この場にいる、我々と常に対抗してきたナイトフィストという組織の者達との交渉だ。彼らが穏やかな判断をしてくれるのならば、我々はすぐにここを立ち去り、皆を解放すると約束しよう。今後、皆の身の安全まで約束してもいい。

だが一つ問題がある。そもそもこのような乱暴な手段に出なければならなくなったのは、ナイトフィストの判断が原因なのだよ。」

 

ステージ下の人々が静かに話を聞く。

 

「彼らは最初から穏やかな判断をしなかった。本来ならばこんな状況にすらならなくて済んだのだ。しかし彼らは武力行使した。戦いで我々をねじ伏せようとした。だから彼らがこの先、冷静な判断が出来るかどうか・・・せっかくこの場に彼らがいるのだ。直接話してみようではないか。」

 

そして、彼は集まった多くの人質の中から見慣れた顔とその仲間を探すと、目を止めた。

 

「代表者一人でいい、前に出てきてもらえるか?」

彼はライマンと目を合わせてそう言った。

 

周囲の生徒達がバスクの目線を追い、ライマン達ナイトフィストの方を一斉に見た。

 

「どうします?」

仲間のナイトフィストがライマンの耳元で言った。

「ああ、話をしようじゃないか。」

ライマンはそう言い、手鏡を仲間にこっそり渡してその場から動きだした。

 

近場の人々から身を退かし、ライマンの行く先を開けていく。

やがてこの場の生徒や教師達全員が広間の左右に分かれて、ライマンからバスクの立つステージまで、一直線の空間ができた。

 

ライマンはそこを堂々と通る。

周りの皆が、これからどうなるのか不安そうな表情でその姿を見守る。

 

彼はステージの近くまでたどり着くと足を止め、口を開いた。

「私が話し相手になろう。」

 

バスクは上からライマンと目を合わせた。

「こんにちわ、旧友。」

次に、広間の皆に向けて続けた。

「そうだ。彼と私はもともとナイトフィストとして、同じチームで活動していたのだ。私が、ナイトフィストが正しい組織だと信じていた頃にな。」

 

「それはこちらの台詞だな。私が彼を仲間だと信じていたのだ。しかし彼は裏切った。これが事実だ。」

そしてライマンもまた後ろを向き、皆に聞かせるように話した。

 

「まあ、ここで何を言おうとも皆からすれば水掛け論にしか聞こえんだろう。だから君と、君の仲間の誠意を示すには行動を皆に見せることでしか叶わない。私は、ここで君が交渉を成立させてくれるというのなら、皆を二度と同じような目には会わせないと約束した。そもそも最初から好んでこうはしたくなかったのだからな。ナイトフィストの誰かの判断が全ての原因だ。」

バスクはライマンと後ろの人々を交互に見ながら喋った。

 

「それで、要求とは何だ?その誰かに言ったのと同じように言ってみろ。」

ライマンはステージ上のバスクを一直線に見る。

 

「では交渉に入ろう。だがその前に、これは皆にも意味のある話だ。この機会、話の内容をここにいる皆にも共有しよう。」

そして彼の話が始まった。

 

「グロリアは、もとより魔法の根源を探る、言わば研究者の集まりのようなものだった。彼らは魔法使いがより高度な魔法を操り、生活、仕事、健康面と、あらゆる面で人が豊かな生活を送れるような魔法界を創ることが出来ると考えていたのだ。グロリアとは、そんな願いからつけられた名だ。」

 

バスクは広間を見渡しながら語る。

 

「そうして長い年月が経ち、グロリアはようやく一つの答えにたどり着いた。それは、魔術を用いて造られた特殊な装置がこの世界のどこかに存在し、その装置を起動させることが出来れば、今までに誰も見たことのないような強力かつ自由な魔法が産み出せるという可能性だ。これはすなわち、我々が探していた魔法の根源を擬似的に再現することが出来るということではないか。」

 

この時、真剣に語りかけるバスクの話に徐々に引きつけられる生徒が多数現れ始めたのだった。

 

そんな中、ナイトフィスト達が小声で話していた。

「何を考えてる?魔光力源の話を自ら大勢の前で話しはじめたぞ。」

「奴の事はライマンさん達から少しは聞いてる。何を企むかわからない、油断の出来ない男だとな。」

「魔法の力量も相当だそうだ。」

 

バスクは続ける。

「しかしだ。我々とは思想の食い違いで邪魔をする者達が現れた。それがナイトフィストだ。私はかつて、彼らが平和かつ自由主義であるという風に捉えていたが実は違った。彼らは常にグロリアに反対し、あくまで乱暴な手段に出たがる。冷静に話し合いは出来ないのであろうか?ナイトフィストの真の思想や行動理念はわからない。だが、もはや思考の放棄ではないか。今回の件もそうやって起きたのだ。」

 

「仮にそうだとしても、このテロ行為を考え、実行したのは他でもないお前達のやったことだ。それは否定できない事実だろ。」

ライマンがすかさず口を挟んだ。

 

「認めよう。しかし、だからこそまたこうしてチャンスを与えているのではないか。これ以上事態を酷くしたくはないからだ。」

 

そしてバスクは一歩前へ出て、ライマンだけに目を向けて話を続けた。

「だから今回は冷静に判断してもらいたい。ここから本題だ。」

 

そしてこの時、仲間のナイトフィストの一人が何かを察し、さっき渡されたライマンの手鏡をちらりと見た。

すると鏡面には、いつの間にかザッカスの顔が写し出されていたのだった。

 

彼は何か小声で言っている・・・

 

今バスクがライマンを見ている隙に、彼は仲間達の背中に隠れてしゃがんだ。

「ザッカスさん。」

彼は鏡を顔に近づけて小声で言った。

 

「気づいてくれてよかった。ライマンはどうした?」

ザッカスは、ちらちらと前方を確認しながら鏡に話しているように見えた。

 

 

そんな彼の現状は・・・・

 

高速で風を切り、すぐ下からは水しぶきが膝に当たる。

 

彼と仲間のナイトフィスト達は箒にまたがり、一面に広がる海の水面ギリギリを猛スピードで飛んでいた。

目線の先には白い塔が見えている。アカデミーだ。

故に、出来るだけグロリアに察知されないようにするためだ。

 

ザッカスは箒を操縦しながら片手で手鏡を握って話していた。

「もうじき着く。そっちの状況は?オーメットの話し声が聞こえていたが。」

 

「校内の人間は人質として、全員メインの塔の大広間に集められてます。ライマンさんはバスク・オーメットと対話してる所です。」

鏡の中から小声が聞こえた。

 

「敵の見張りは?」

「広間に連れて行かれる途中で確認できたのは、廊下の巡回と大広間入り口に二人。外の様子はわかりません。気をつけてください。」

「なるほど。なかなか手が打てない状況だな。よし、今俺達が乗り込んでやる。それまでは辛抱していてくれ。」

「了解です。」

 

そしてザッカスは手鏡をポケットにしまって前を向いた。

 

間もなく海が過ぎ去り、草原地帯に入る。

アカデミーの敷地がぐんぐん迫った。

 

そしてアカデミーの大広間では、バスクがライマンに要求を始めた・・・

 

 

「この事態を引き起こした時と同じ事を言う。」

バスクの目がライマンを一直線に捉える。

 

「今、君達が持っている魔光力源に関する情報と、ある一人の男に関して知っている限りの事実を要求する。答えが満たされれば、その時点で早急にこの場を立ち去り、アカデミー及び、他の部外者に二度と被害を及ぼすような事はしないと、破れぬ誓いまで立ててもいい。」

 

「ある男とは?」

ライマンは言う。

 

「通称サイレント。君もよく知っている男だ。」

 

彼の言葉の後、ライマンは探りを入れるように言葉を選んだ。

「確かに彼の事は少しは知っている。だがまずは、お前が彼にここまで執着する確固たる理由をおしえてもらわないとな・・・」

 

そう言って、ライマンはバスクの返しを見ようとした。

 

「・・・ではその質問の答えは、皆にも聞いてもらおう。」

バスクは再び広間全体に視線を向ける。

「サイレント・・・単にそう呼ばれている男がナイトフィストにいる。私はその男と事前に会話を交わし、その結果がこの事態に繋がったのだ。つまり、彼は我々の探求を完了させる為の何かを知っていて、その情報を開示してくれなかったのだよ。」

彼はステージ上で行ったり来たりしながら喋り続ける。

 

「サイレントと名乗る男は、言うなれば魔法界の未来に革命をもたらす為の鍵となる存在。彼は自分の持つ重要な情報をナイトフィスト内でのみ共有し、ナイトフィストだけが今後の魔法界をコントロール出来る存在に仕向けたいのだろうか?あるいは誰にも共有していないかもしれん。」

 

バスクは、黙ってこちらを向いて話を聞いている広間の人々の顔、一つ一つを見ながら話す。

 

「ナイトフィストが魔法界を操る、もしくはサイレントが独裁する世界が訪れる可能性がある。それが今の現実に起きている事だ。」

そして目線を再びライマンに戻し・・・

 

「私はそのどちらの未来も迎え入れる気はない。だから彼の握る何かを知り、我々グロリアがこの世界を未来へ導く為に交渉を行っているのだ。だがもし、君達ナイトフィストがグロリアに代わり、我々の夢や理想を、そして魔法界の住人達の救いになる未来を完成すると、ここで約束できるのであれば話は変わるがな・・・」

 

二人の会話は一旦途切れた。

 

彼らの後ろに並ぶ大勢の生徒達がこの光景を見つめている・・・・

 

ここでバスクは、広間の人質達に向けて語り始めた。

 

「どうだろう?皆もよく考えてはみないか?かつてのグロリアの夢や理想が、長年の努力の結晶により今ようやく実現しようとしている。今この時代にいる我々ならば、力を合わせることで魔法使いの誰もが心踊るような事を実現することが出来るであろう瞬間が来ているのだ。これは全ての魔法使いの未来への投資と捉えてもらいたい。我々グロリアに、画期的な魔法界を築くための責務とその大事な一手を任せてはもらえないだろうか。」

 

バスクは両腕を掲げ、大広間全域を見渡しながら生き生きと喋った。

 

「大昔の魔法使い達が抱いた夢や理想・・・それを引き継ぐのが我々グロリア。我々には先人の希望や大いなる責任が課せられている。それを邪魔して自分達が未来をコントロールしようとしているのがナイトフィスト。このどちらに未来を託すべきか、君達の判断を見たい。」

 

広間が少しざわつき始めた。

 

「彼の言うことに流されてはいけない!」

ライマンは後ろを振り返り、皆に向けて言った。

「彼の話には欠けている部分がある。重要な部分だ。彼の話はいかにも自分たちが良く、ナイトフィストが悪いかのような言い方しかしていない。しかし私達ナイトフィスト目線の話をすると、私達はグロリアの考え方、やり方が過去のものからどんどん変わってきているのがよくわかっていた。それは組織の指導者が変わったからだろうか・・・とにかく黙って彼らを好きにはさせておけない危険性を確かに感じた。だからナイトフィストがそれを正そうとしている。それがナイトフィストの事実だ。本当に魔法界の住人の事を考えているのはどちらか、私も皆に判断してもらいたい。」

 

すると今度はバスクが喋る。

 

「君達から我々がどう見えているのか・・・そんな主観的な事は私にはわからん。それはここにいる皆もそうであろう。だからさっきも言った通りだ。それでは水掛け論にしかならないと・・・」

彼はまたライマンの後方に視線を向ける。

 

「だが、今彼が言った事を否定はしない。彼らがそう思っているというのは嘘ではないのだろう。そして我々は確かに武力行使した。だが言った通り、ナイトフィストが交渉を成立させてくれるならば皆をすぐに解放してやれる上に、これから君達全員にとって確実にプラスになる新しい魔法界を創ることまで約束できる。今日のこの出来事は無駄にはしない。しかし、それは全てナイトフィストの判断次第なのだ・・・」

 

バスクは更にゆっくりと話を続ける。

「皆の判断はどうだ・・・?賢い者ならわかるはず。もう考えるまでもないと思うが。そしてナイトフィストにとって、皆を救う為の判断とは・・・?それも決まっているはずだ・・・」

そう言いながら、流れるように話し相手をライマンに移した。

 

「そうだろう?皆が救いを求めている。わかっているはずだ。君が真に正義の味方ならば、ここでやることは一つしかない。賢い判断をしろ。」

その言葉を最後に、バスクはライマンを判断の時へと追い込んだのだった。

 

ライマンはわかっていた。ここで下手をすれば事態は最悪化する。そして今後のナイトフィストへの人々からの信頼も失う。皆を救えない上にこの先ナイトフィストの仲間が増えない可能性まであるという恐れを。

 

しかし考えてみれば、この場を落ち着かせたとしても奴が欲する情報を全て与えてしまえば、どちらにせよ未来はグロリアが優勢になってしまう。むしろそっちの方が最悪の事態になってしまうではないか・・・

 

前にはバスクの自信に満ちた表情、後ろからは大勢の生徒達の眼差しを背中で感じ、彼は判断に悩んだ。

 

だがその時、状況は変わったのだった。

 

大広間の入り口が勢い良く開かれ、同時に広間の至る所に次々と人が姿を現すのだった。

広間の外には、グロリアの人間が彼らを狙って呪文を連発する姿があった。

生徒達は一変した状況に慌てる。

 

現れた複数の人々はグロリアと戦い、宙を飛び交う閃光が大広間の壁のあちこちにぶつかった。

ついさっきまでの静けさは無くなり、悲鳴や術がぶつかり合う音で辺りは一気に騒がしくなっていく。

 

そして気づけばステージ上に一人の男の姿が現れていた。

 

「皆外に逃げるんだ!」

バスクと同じステージに立つ男は叫んだ。

 

ライマンは男の方を向いた。

「ザッカス!よく来てくれた。」

「遅くなった。見張りが厄介でな。」

 

魔法で広間全域に響き渡ったザッカスの声に反応した教師達が、急いで生徒を開かれた入り口まで誘導し始めた。

反対に、ぞろぞろと進み出す生徒達の波をかいくぐるように、ナイトフィスト達はライマンの元へと集まっていく。

 

大広間の状態は大きく変わった。

人質達と入れ替わるように、ここにいるのはナイトフィストとグロリアの人間だけだ。

 

今、広間の騒ぎに駆けつけたグロリアと対峙するナイトフィスト。そしてステージ上ではザッカスとバスクが向かい合った。

 

「人質は解放した。さぁ、これでお前の作戦は終わりだ。」

ザッカスはバスクに杖を突きつける。

それに合わせて、ライマンと彼の横に並び立つ仲間達も杖を上げた。

 

「意外と登場が早かったな。まぁ、人質はそれほど重要ではないから構わん。」

バスクはまだ余裕の表情で続ける。

「しかし、それで脅迫のつもりか・・・」

 

「何だと?」

ザッカスはにらんだ。

 

「正直、今回の作戦では私の声が学校の皆に届けば半分はオーケーだ。それに・・・既に君達は不利な状況下にあるのだからなぁ。特に・・・」

バスクは目の前のザッカスと、ステージ下のライマンに指差しながら続きを言った。

「ザッカス、ライマン。君達には酷な現実が待っている。」

彼は口元をにやつかせた。

 

「どういう意味だ。」

ザッカスが鋭い眼差しのまま言う。

 

「それは・・・今からとある人物に語ってもらおう・・・」

 

そう言ってバスクが一歩下がった時、彼の前に空間の歪みが生じ、中から一人の男が姿現しで出現したのだった。

 

「紹介しよう。私の優秀な部下だ。」

バスクはそう言ったが、ザッカスとライマンがそこに現れた男の顔を見たまま、何を言っているのか理解できないような唖然とした表情になっていた。

 

「もう真実を伝えてもいいのですね。」

男はザッカスの方に一歩ずつ近づいた。

 

「・・・何だ・・・何を言ってるんだ?マルス。」

 

ザッカスは訳がわからないまま、ゆっくりと杖を構えた腕を下げた。

なぜならそこに立っている男の顔は、間違いなく仲間のマルスだったからだ。

 

ライマンだけでなく、マルスを知る他のナイトフィスト達も驚きを隠しきれない。

 

そんな中、ザッカスは一番早く現実的に捉えた。

「お前・・・いつからだ。いつから奴に・・・グロリアに寝返った?」

彼は動揺を抑えながら静かに言葉を発する。

 

「寝返った。というのは違うんだなぁ。」

するとマルスの周囲に黒煙が発生し、全身を包むと瞬時に煙が服装を形作った。

 

グロリアのローブ姿となったマルスは更に続ける。

「私は最初からグロリアにしか忠誠を誓っていない。正統なるグロリアの構成員なのだ。この服とネックレスがその証。」

 

「そうか・・・最初からグロリアのスパイだったという訳か。お前がな・・・」

ザッカスは14年前から活動を共にしてきた仲間の真実をしり、頭ではすぐに理解できるも心が受け入れきれなかった。

ライマンも彼と全く同じ思いで、黒い衣装に身を包んだマルスを見上げるしか出来ない。

 

だが、話はこれで終わりではなかった。

 

「君達は勘違いしている。マルスは正真正銘、ナイトフィストの味方だ。」

マルスが言った。

 

ザッカス達は無言のまま、彼の言うことが再びわからなくなっていく。

 

「マルスという男は、最初から最後までナイトフィスト側にいた。寝返ってなどいない。だが私は元からグロリアの人間だ。なぜなら、私はマルスではないからだ。」

その言葉の直後、彼の顔はみるみる変形していき、気づけばマルスとは全く違う、見知らぬ人間の顔が完成しているのだった。

 

「お前は誰だ・・・マルスはどうした!」

ザッカスが言った。

 

「私はヴィクラス・ロンバート、初めましてと言っておこう。まぁ訳がわからないのも無理はない。ザッカス、ライマン、君達はとある重要な出来事を認知していないからなぁ。」

 

混乱するザッカスを目の前に、彼は畳み掛けるように続けた。

「君達とマルスは、バースシティーのセントロールス高校を見回る警官に紛れていた時があっただろ。あの時は、ゴルト・ストレッドが死んでから間もない頃だったか・・・」

 

「ゴルト・ストレッド・・・サイレントから聞いた名だ。確か、セントロールスの生徒で・・・」

ザッカスが言った。

 

「ああそうだ。彼はマスター・オーメットが魔法界から連れてきたグロリアになるはずだった男だ。彼には、セントロールスに眠る魔光力源を見つけて起動させるというマスターの計画をサポートする重要な任務を与えられていたが、失態を犯してやむ無く消された者だ。」

 

「なんという事を・・・仲間であるにもかかわらず、それも子供だ!」

ライマンがステージ下から言った。

 

「驚くのは早い。本題はこれからだ。」

ヴィクラス・ロンバートと名乗る男はライマンを向いて言った。

 

「ある日、君達とマルスの三人はセントロールス校内の巡回中に一度私と対面している。そこで私達は戦ったのだよ。しかし君達の記憶には無いはずだ。それは私が去り際に君達に忘却術をかけて、事件が起こった間の記憶を操作したからだ。君達は戦った事も、私の顔も覚えていなくて当然なのだ。」

 

「それでマルスも同じく・・・」

 

「いいや、彼にはかけてない。」

ヴィクラスはザッカスの話を遮った。

 

「彼には忘却術などかける必要は無かった。何せ、マルスは私によって殺されたのだからな。」

 

「マルスが・・・死んでるだと・・・」

ザッカスは突然の告白に、それ以上何も言えなかった。

 

「あの時私は変身術で顔を変え、死んだマルスに成り代わり君達と行動することで、ナイトフィストの情報を掴む事を考えた。だから君達は死なせず、気絶させた上で忘却術で記憶を操作して生かした。意識を取り戻した君達は何も覚えておらず、警官達の騒ぎを察してその場を後にした。顔の知らない警官の死体が一人、そして後の二人がいつの間にか消えたとなると、謎の三人の警官事件としてマグル界を騒がせることにもなるはずだな。」

 

ヴィクラスは全ての真実を語り終えた。

 

「そんな事が・・・まさか・・・」

長い間活動を共にした仲間は既に死んでいて、それ以降、今まで敵が変装した偽者と行動を共にしていたのだという事実を突きつけられたザッカスは、焦点の合わない瞳を目の前の男に向け、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。

それはライマンも同じくだ。

 

ここでバスクがヴィクラスの前に出てきて話し始めた。

「このタネ明かしはもう少し後にしようと思っていたのだが、考えが変わった。そして今ここで、今回の作戦を完了させる。」

すると彼は険しい目つきになり、ステージ下のライマンの方をくるりと振り向いた。

 

「ザッカス、今から私の要求にイエスと答えろ。君の判断次第でこの男も死ぬ。」

そう言ってバスクはローブから杖を抜き取り、ライマンに向けた。

 

冷静な判断力が欠けている上、更に今ここでライマンまで失う可能性を見せつけられたザッカスには、もはや断ることは出来ない。

バスクはそう確信してザッカスに質問を始めようとした。

 

その時、広間の入り口から猛スピードで何かが飛来したのだった。

 

よく見るとそれは剣で、回転しながら広間を縦横無尽に飛び回り、あっという間にバスクの近くまで迫った。

 

バスクは鋭い反射神経で避けた。

刃が空を切る音が顔の横で聞こえる。

 

そして剣がまた勝手に方向を変えて飛んで行く。

 

その先には、いつの間にか一人のスーツ姿の男が立っているのだった。

 

「やはり来たか・・・」

バスクは自分にしか聞こえない声で呟いた。

 

剣をキャッチした男は、広間の中央からステージの上をじっと見ている。

「あれは、サイレント・・・」

ナイトフィストの一人が言った。

 

突如現れ、状況を打破した男はサイレントであった。

 

姿を現した彼を捉えようと、周囲に散らばるグロリア達が一斉に杖を構える。

 

しかし一人目の呪文が発動されるとほぼ同時に彼の姿は消え、一秒後に全く違う方角にいるグロリアの背後に現れていた。

 

その時、サイレントは刃に青い炎を帯びた状態になった剣を突き立て、グロリアの背中めがけて斜めに振り下ろした。

目の前のグロリアはもがきながら体全身が青い炎に包まれ、瞬間に灰となって宙に舞い上がったのだった。

 

これを見た近くの仲間達は彼から離れ、一斉に呪文の閃光を乱射し始めた。

 

サイレントは剣を巧みに振り回し、四方から迫り来る全ての術を的確に跳ね返す。

青い炎をまとった剣が風を切り、熱風と共に跳ね返す閃光の威力を増加させ、命中するグロリア達が火花を散らしながら一人、また一人と吹き飛ばされるのだった。

 

ナイトフィスト達もすかさず加勢をする。

 

「ここで無駄に犠牲を出す必要はない!引き上げろ!」

不利な状況に転じたのを察したバスクはグロリア達に向けてそう叫んだ。

 

声を聞いた仲間達は、一人ずつその場で姿を消していく。

そして気づけば、今まで広間にいた複数のグロリアは、バスクと共に完全にいなくなっていた。

 

これはほんの一瞬の出来事だった。

 

その場の音という音が一気に無くなる。

 

静寂がザッカスとライマンを再び酷な現実に引き戻す・・・

 

「無事で何よりだ。」

サイレントはステージの近くまで来て、その場に群がるナイトフィスト達に向けて言った。

 

「ああ、俺達はな。でもな・・・俺達は既に仲間を失っていた。親友をだ・・・」

ザッカスが下を向いて静かにそう言った。

 

「それに、奴にはしてやられた!」

次にライマンが話し始めた。

「オーメットは生徒達を人質にして、話を聞かせることも計画の内だった。広間の雰囲気を見た限りだと、奴の言葉に耳を貸し、影響された生徒は少なくないはず・・・」

 

「二人とも、詳しくは後で聞かせてくれ。まずは私達全員で城の被害を直す。それと教師達と今後の話をしたい。」

 

それからサイレントの指示のもと、皆が動きだしたのだった。

 

壊れた壁から夕日が差し込み、廊下のあちこちがオレンジに染まる。

ライマン達は広間から出た時に、もう夕方であることが初めてわかった。

 

この数時間で起きた事は無事片付いたが、バスクがアカデミーの生徒達に植え付けた話が、今後のグロリアとナイトフィストの活動に何かしら作用するかもしれない恐れができてしまった。

それに、ザッカスとライマンにとってあまりに酷な事実が告げられ、これから二人の感情が落ち着かない日々が続くだろう。

 

しかし容赦なく、バスク・オーメットは大きな手を打ち始めるのだ。

 

それは、いよいよグロリアの部隊力が本領を発揮する時が来たことを意味する・・・・

 

 

 

 

 


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