Outsider of Wizard   作:joker BISHOP

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新章-第七幕 Emergency!!

彼は訳がわからなくなっていた。

 

部屋はひとつしかないし、広くもない。

地下隠れ家に誰もいないことは一目でわかる。

 

「サイレントはここにいるとしか言わなかったんだ。いったいどこへ行った?」

「わからないのはさっきのナイトフィストの連中もよ。あきらかにあたし達の事を探していた。」

 

地下隠れ家の中で、二人は現状を整理しているところだ。

 

「話からすると、少なくともさっきの連中は、あなたがナイトフィストを裏切ってあたしをかくまっているって考えているようだけど。」

 

「ああ、状況が読めない。そもそも君が俺をここへ連れてきた。それも急きょこの場所に変更したんだ。なのにさっきのグループは俺達が一緒にいることをもう知っていた。しかも俺が裏切った?何を勘違いしてるんだか。」

 

マックスとレイチェルは、とりあえず地下室の椅子で落ち着いて話を続けた。

 

「それにさっきのグループの中の一人は顔を知ってる。サイレントと共に俺達チームの為に活動をしてくれていた。そしてそのサイレントはここにいるはずなのに・・・まさか、サイレントが俺を裏切りだと思ってナイトフィストに捜索させた?それは考えにくい・・・・」

 

「とにかく、よくわからない事が起こっているのは確かよ。そこで提案があるんだけど。」

レイチェルは続けた。

 

「今からあたし達、一時休戦にしない?」

「一時休戦?君がそれを言うとはね。」

マックスが言った。

 

「仕方ないでしょ。まず今起こってる問題を解決しないと、お互い不利な状態だと思うわよ。」

「言われなくてもわかってる。俺も同じ考えだ。チームの皆とも協力して調査してみようと思う。」

マックスが言った。

 

「いや、この件を他の皆と共有するのはやめてほしい・・・」

「どうしてだ?協力したほうが調査がはかどるだろ。」

「いい?少なくともさっきの連中はあなたを裏切りかもしれないと思って探しているのよ。グロリアとナイトフィスト、どっちに勘づかれても駄目。あなたも、あたしも身が危なくなるでしょ?それに大人数で動くほどバレやすくもなる。」

 

それは間違ってなかった。

 

「俺はジャック達が誰かに漏らすようなことはないと思っている。でも・・・確かにこの件は、より隠密に行動したほうが身のためかもしれないな。」

マックスは冷静に考えて言った。

 

「じゃあ、これからこの件に関しての活動は俺達だけのコンビで行い、他の誰かには一切喋らない。それでいいんだな?」

「うん。約束よ。」

 

そう言ったレイチェルは、どこか嬉しそうな表情をしているように見えたのだった。

 

「それにしても、サイレントも気になるな・・・」

 

そしてそのサイレントは今、重大な判断を強いられているのだった・・・・

 

 

 

 

薄暗く縦長い広間に男が二人・・・

 

グレーのシャツに黒ネクタイのスーツ姿の男はサイレント。

そして彼が睨む先に立つのが、首元から裾まで伸びた金のラインが目立つ、襟無しのスーツ姿の男、バスクだ。

 

「さあ、決めてもらおう。決めるのはお前の自由だ。」

バスクがブロンズに煌めく両面鏡を片手に言う。

 

「とは言え、私は二校がどうなろうが構わないが、お前が得する判断は一つしかないはずだ。お前が真に正義の味方であるならば・・・」

 

サイレントはぶしょう髭を擦り、黙ったまま打つ手を必死で考える。

同時に、バスクもこの後の展開を読んでいた。

 

奴が抱えている情報と魔法学校二校・・・そのうちウィルクス・ウィッチクラフトアカデミーは今現在、授業の真っ只中。大勢の人間がいる。

自身の情報か、大勢の罪無き人間の命か・・・奴が天秤をどちらに傾けるかで奴の抱える情報の重要性が明らかになる。

 

すると、ようやくサイレントが口を開いたのだった。

 

「なるほど。それがお前が用意していたもてなしってわけか。W.M.C.とアカデミーを同時に占拠とは大した準備だ。用意周到だなバスク・オーメット。非情な男だ。」

彼はズボンのポケットに手を入れて、そう言ったのだった。

 

「御託はいらん。そんな事を言っている場合か?今にもイギリスの誇る二大魔法学校が壊滅の危機にさらされているのだぞ。どちらか選べ。私の質問に答えるか、学校とそこにいる人間全員を見捨てるか・・・」

バスクが迫った。

 

「確かに、二校がおたくらに襲撃されるのは痛手だ。それも同時にな。夏休みに入ったW.M.C.だけならまだしも、アカデミーには多くの生徒と教師がいる。そこをグロリアの集団奇襲にあわれてはどうなることか・・・・しかしナイトフィストの情報をお前が手にすれば、それこそこの先学校だけの騒動ではすまなくなるだろうなぁ?」

彼はポケットに手を入れたまま続ける。

 

「だがグロリアによる被害は、ナイトフィストが絶対に許さない。」

 

「わかっているなら素直に降参しろ。」

バスクは強く迫る。

「私はお前から情報が聞ければそれで良いのだ。それで学校の大勢の人間は全員救われる。お前に選択の余地はなかろう。」

 

そして少しの間、会話が途切れた。

 

お互い、無言でにらみ合う・・・

 

そしてサイレントが、ズボンのポケットから手を取り出した後に口を開いたのだった。

 

「無論だ・・・」

 

「いいだろう。では早速話の続きといこうか。これから私の全ての質問に答えてもらおう。」

バスクは、やっぱりかという表情で喋った。

 

すると、今までとはサイレントの様子が変わった。

「そうか。だが、あいにく私はグロリアに降参する気はない。後にも先にもなぁ。」

 

「何だと?お前、状況はわかっているだろう。気でも狂ったか?」

バスクの顔が険しくなった。

 

「違うな。私は真面目さ、いつだってな。」

「ほう。それがお前の本当の答えならば構わん。後悔はするなよ・・・」

そしてバスクは両面鏡に向かって合図を出したのだった。

 

「私だ。実行せよ。」

 

彼は静かに鏡をしまった。

 

「さて、次はお前だ。」

バスクはスーツの裏から杖を引き抜いた。

「情報はきっちり頂く。ただし、力ずくになってしまうがな。」

 

サイレントも杖を握る。

「悪いが、力ずくで情報を頂くのはこっちの方だ。」

 

「ここで私とやり合うつもりか。学校を犠牲にしてまでなぁ。」

バスクはゆっくり杖をサイレントに向けた。

 

「それなら手は打ったさ。気づいてないだろうがな。」

「何だと・・・」

 

するとサイレントは、ズボンのポケットから両面鏡を取り出して見せたのだった。

 

「お前が私に選択を迫ったとき、私はポケットの中でこれを使って、仲間と連絡を取っていたのだ。」

 

彼は鏡を見せたまま続ける。

「仲間には私とお前の会話がしっかり聞こえていたことだろう。今頃、私の優秀な仲間達が学校を防衛しに向かっているだろうな。私は決して魔法学校を見捨ててはいないぞ。」

 

そしてサイレントも杖先をバスクに向けた。

 

「ああ、なるほど・・・・あの会話と間は、仲間に準備をさせる為の時間稼ぎだったという訳か。まったく、面白い男だ・・・」

彼は続ける。

「これから本気で戦いを楽しめそうだ!」

 

そう言った直後、バスクは素早く杖を一振りした。

 

バチン!と閃光が煌めいてサイレントへ迫る。

だがサイレントは当然のごとく無言でかわし、同時に魔術を発動させた。

 

しかしサイレントの瞬間の反撃をバスクは姿くらましで避け、一秒後にサイレントの背後に現れた。

 

恐ろしい気配を察したサイレントは瞬時にくるりと振り返る。

しかし奴はあまりにも近くに立っていた。

 

振り向き杖を向けようとするサイレントの胴体を狙い、バスクは左手の拳を突き出したのだった。

 

あろう事か、サイレントの身体はそのまま数メートルは吹き飛んだ。

 

宙を飛び、床にドサリと倒れるサイレントにバスクは容赦せず、間髪入れぬうちに彼の構えた杖先が青く光った。

 

サイレントは殺気を力に変えて、床に倒れたままで即座に姿くらましを行う。

 

バスクの杖からは、消える彼を追いかけるかのように一本の稲妻が床めがけて走った。

 

辺りに爆音と突風が巻き起こる・・・

 

その時サイレントはある程度距離を離した所に現れていた。

 

「なかなか良い動きだ。」

バスクが言った。

 

「さっきのは・・・拳に魔力をまとわせる格闘術。まさかお前が日本独自の技をたしなむとは驚いた。」

サイレントは言った。

 

「ほう・・・日本の魔法格闘術を知るとは・・・お前、やはりただ者ではないな。」

バスクが眉をひそめる。

「部屋が傷つくのは後が面倒だ。場所を変えよう。」

 

そしてバスクは左手を上げて、指を一回パチンと鳴らした。

 

すると扉が光りだし、一瞬で部屋中が眩い光りに包まれたかと思いきや、光はすぐに消えて状況が確認できた。

 

そこはだだっ広い平原で、遠くを見渡す限り周りは森に囲まれているようだった。

 

「そうか。空間転移の魔法がかかっていたんだったな。」

 

「ああ。ここは我々が戦闘訓練場として使っている場所だ。ここでなら私も心置き無く力を振る舞える。」

そしてバスクが早速先手を打って出た。

 

「キュムロニンバス」

 

直後、雨雲のようなものがサイレントの周りに現れた。

 

「気象呪い・・・」

サイレントは杖を頭上に上げた。

「プロテゴ・トタラム」

すると、杖から放たれた光りがドーム状に広がり、彼を完全に覆う透明の膜が完成した。

 

その時、彼をぐるりと囲む灰色の雲から次々と稲妻が発生し、サイレントを集中攻撃した。

 

雷鳴を轟かせて、激しい雷撃がサイレントを包むドームのバリアに衝突する・・・

 

ここからどう反撃に出るか、サイレントはバリアの力を維持しながらも流れを考える。

 

両者とも杖に気を集中する。

自ずと杖を握る手にも力が入る・・・

 

雲は更に厚みを増して、外からサイレントの様子はほぼ見えなくなった。

 

バスクも気を抜くことはなく、杖を前方に構えたまま術に力を込め続けた。

 

雷撃も激しさを増し、バリアの内側に地響きが伝わる。

 

見れば、バリアが少しずつ赤く変色してくるのがわかった。

「破るというのか・・・相当な力だ・・・」

 

それからみるみるうちにバリアは砕かれ、サイレントはタイミングを見計らって術を切り、雲の外に姿を現したのだった。

同時に杖を軽く振る。

 

「それぐらい読めていたさ。」

サイレントの杖先が光った時、バスクは身体の周りに黒煙を発生させ、煙と一体となって空中へ飛び立つのだった。

 

サイレントが放った閃光は煙をかすめ、遠くへと消えていく。

 

バスクは黒煙をまとって空中を高速移動しながら、サイレントめがけて次々と閃光を放った。

 

サイレントは上空を見上げ、色々な方向から飛来する術を杖で弾き飛ばす。

そして煙の動きを読んだところで、一筋の閃光が目の前に迫った瞬間に姿をくらました。

 

同時にサイレントは空中に現れ、すぐ下を通過する黒煙に杖を向けて呪文を発動させたのだった。

 

「フィニート!」

 

光りは煙の中に吸い込まれ、パッと晴れるように黒煙は消失した。

 

身体がぐるぐる回転しながら落下するバスクとサイレント・・・

二人は空中で姿をくらまし、直後、地面付近に現れて着地したのだった。

 

サイレントはバスクと対峙し、辺りには再び静寂が戻る・・・

 

「このままの戦い方ではおそらく決着はつかん。こうなれば・・・」

 

サイレントはそう言いながら、杖をスーツの裏にしまったのだった。

 

「やむを得ん。私も、自分の戦い方を振る舞うしかないようだ。」

 

「なるほど。隠し種があるようだな。」

バスクはすかさず、杖を持たない左手を振り下ろした。

するとたちまち竜巻のように渦巻く風がサイレントの周りに巻き起こる。

 

この時サイレントは目を閉じ、腕を後ろで組んで何かに集中しているようだった。

 

円を描いて彼の周りを走る風は強さを増す。

そして彼は目を開けた。

今、サイレントの真の姿が明らかになる・・・

 

「何?!どうなっている・・・」

バスクは全く予期していなかった光景を見た。

 

それは、サイレントの全身から紺色のオーラのような輝きが揺らめく姿だった。

 

「アクシオ・・・サイレンサー」

そして右手を真横に突き出した。

 

次の瞬間、空中が一瞬光り、そこから細長い何かが勢いよくサイレントの方へ飛んでいった。

 

長い棒状のそれはブーメランのように回転し、サイレントの周りを囲む風を切り裂く。

そして横へ向けた彼の手元へとたどり着いたのだった。

 

「その剣は・・・いや、まさかお前が・・・」

バスクは明らかな動揺を見せた。

 

サイレントが持つそれは、日本刀のような剣だった。

彼は剣を両手で持ち構えると、瞳を青く光らせる。

 

直後、目にも留まらぬ早さでその場を離れ、一直線にバスクの元に迫った。

 

「何!」

瞬間に反応したバスクは後方へジャンプすると同時に魔法を発動した。

 

「カストルム!」

 

すると、彼の前に城壁のようなものが出現した。

高さ三メートルほどの壁は横一列にずらりと並び、バスクを防衛する。

 

しかし、現れるサイレントが剣を振りかざし、防壁は十字に叩き切られた・・・

 

「分が悪いな・・・」

バスクは指をパチンと鳴らし、その場は一瞬にして激しい光りに包まれた。

 

サイレントは思わず目をつぶり、次に開けたときには古びたセントロールス旧校舎の教室に立っているのだった。

 

「はぁ・・・今回ばかしは、少々力を出しすぎたか・・・」

サイレントは息を切らし、その場に崩れるように座り込んだのだった。

その身体からは、もう光りは発していない。

 

一方のバスクは、薄暗く縦長の広間の椅子に腰掛けていた。

「あの光り・・・まさかあの男もネクストレベルだったとは。しかもあの剣・・・あれには確かな見覚えがある。間違いないとすれば、もしやサイレントとは・・・・」

 

 

 

 

二人の男の戦いが終わった頃、廃公園下の状況は・・・・

 

「表向きは、手を組んで活動をしていることを一切悟られないように振る舞うよう気を付けるんだ。」

「もちろん。わかってるわよそんなこと。そっちこそへまをしないでよ。」

「その台詞、そのまま返すよ。」

 

赤い服に黒いズボン姿のマックスと、薔薇飾りがついた真っ黒なワンピースに身を包むレイチェルが会話をしていた。

 

そんなある時だった。

 

話を止め、マックスは急いで携帯電話を手に取った。

「ジャックからメールだ。」

 

「じゃあ、あたしは行くわね。」

そう言ってレイチェルは地下を去ろうとした。

 

「行くって、バスクの元へ帰るのか?」

「そうだけど・・・」

レイチェルは地上への階段で立ち止まって振り向く。

 

「もしバスク・オーメットが君の様子を不審に思ったら、どうなってしまうか・・・俺はその後の展開が怖い。」

 

マックスは、バスクの元へ自分を連れてこなかったレイチェルが裏切ったと考えられ、最悪の場合ゴルト・ストレッドのように処分されてしまうといった展開を想像した。

 

全然確定している未来ではないのは言うまでもないことだ。しかしマックスは自分の嫌な予感がよく当たるというジンクス故に、不意に思い浮かんだ不安を無視できなかったのだ。

 

「心配してくれるんだ。敵同士なのに?」

レイチェルは、やや笑みを浮かべて言った。

 

「今は休戦だろ?それに、君が活動不能になってしまっては俺が困るというものだ。」

マックスは急いで理由を作った。

 

「そうね。でも大丈夫よ。あたしが何とかバスクに悟られないよう振る舞う。」

そしてまた階段を上った。

 

「じゃあ、またね・・・」

その言葉を後に、彼女は地上へ出て地下の扉を閉めたのだった。

 

マックスは手にしている携帯電話を開いた。

内容は、連絡が出来る状況ならば連絡してくれ。といったものだった。

 

「まだジャック達はセントロールスで警戒してるんだ。」

すぐにジャックへ電話をかける・・・

 

「マックス、今どうなってるんだ?無事なのか?」

ジャックが瞬時に応答した。

 

「俺は大丈夫だ。そっちは何も問題は起きてないか?」

「ああ。一旦三人で集まった所だ。よくすぐに連絡出来たな。」

「今は俺一人だからな。それに、実は今、地下隠れ家にいるんだ。」

 

この後のジャックの反応まで、少し間が空いた。

 

「・・・ん?地下隠れ家って・・・あの?」

「ああ、俺達の基地だ。いいか、起こった事を最初から説明する。俺が例の空間転移が仕掛けられた扉をくぐった先は、なぜか公園の近くに通じていて・・・それでレイチェルもそこにいた。」

 

彼はレイチェルに導かれてからの事を説明した。

 

しかしそれは、ナイトフィストの男達が現れる手前までの内容で、そこからは少し話を作った。

 

「彼女が去ってから、俺はまずサイレントに知らせようと思って地下に入った。でも何故だかいなかったんだよ。」

「確かに今はお前一人って言ったな。サイレントの事は俺達も何も知らないぞ。」

ジャックが言った。

 

「そうか。状況がよくわからん。」

「それはそうと、レイチェルの気が変わってお前が人質にならなくて幸いだ。彼女が何を考えてるのかわからないけどな。」

「とりあえず、今回の作戦はこれで終わりということで良さそうだ。それよりサイレントが気になる。俺は引き続き連絡取れるか試してるよ。」

「よし、じゃあこっちも引き上げだ。すぐ隠れ家に戻る。」

 

そして電話は切れたのだった。

 

マックスは携帯電話をしまうと、反対のポケットからサイレントからもらった両面鏡を取り出した。

 

鏡面に指を触れて、サイレントへの連絡を試みる・・・

 

「何も変化はない。気づいていないのか?それとも今鏡を持ってないというのか・・・・」

 

ひとまず鏡をテーブルに置いた。

 

「仕方ない。今は本でも読みながら皆の帰りを待つか・・・」

 

マックスは、近くに置いてあった『魔法戦術』を手元に引き寄せたのだった・・・・

 

 

 

少年が静かに本を読む光景が続く地下から、遠く離れたイギリスの上空にて・・・・

 

 

 

天気は良く、日光が透き通るぐらいの薄い雲が漂う青空・・・

 

ある所で、その雲の流れが突然乱れ、左右に分かれて消えていく。

そこに現れるのは、猛スピードで雲をかき分けて飛ぶ十数本の箒だった。

 

微妙にサイズと形の違う様々な箒には、いずれもゴーグルを着け、右手には杖を握った男女が股がっていた。

 

彼らは互いに一定感覚の距離を保ち、トライアングル形になるよう編隊を組んで雲を突き抜けて、徐々に高度を下げていく。

 

「気を付けろ!学校は近い。もう敵がいてもおかしくないぞ!」

先頭を飛びながら、周りの仲間に大声で伝えるのはザッカスだ。

 

そのままのスピードで、編隊を崩すことなく目的地へ急行するナイトフィスト一行・・・

 

箒が風を切る音だけが耳に入り、今日は実に穏やかな空模様だ。

辺りはそんな晴天の空が無限に、下には山と森林が広がる光景が続く・・・

 

そして異変は突然始まった。

 

先頭を駆け抜けるザッカスは、前方に雨雲のような黒い雲が現れ、驚く早さで膨らみ、広がっていく様が目に入った。

 

皆、箒の上で互いに顔を見合わせる。

 

「備えておけ!」

 

彼らは周囲に気を配りつつ高速で飛行を続ける。

 

空はみるみるうちに暗くなっていく。

気づけば頭上は曇天と化し、一気に太陽の光は遮られた。

 

ザッカス達の緊張感は更に高まる。同時に雲も恐ろしくうねりながら範囲が拡大する・・・

 

見渡すと、黒い雲は高速で進むザッカス達を見ているかのように、360度完全に覆い囲ったことが視認できた。

 

「気象呪い・・・いや、雲隠れか・・・」

ザッカスは、これが間違いなくグロリアの魔術であると確信した。

その時だ。

 

ザッカスは一瞬、壁に当たるかのごとく何かしらの強い魔力を肌で感じた。

 

「今のは・・・結界か!?」

 

直後、周囲を囲う黒雲のいたる方位から、黒い箒に股がった黒衣の人間が一斉に出現したのだった。

 

なびく黒いローブ、深く被ったフード、そして首元には金の大きなエンブレムがあしらわれたネックレス。

そんな姿の彼らは間違いなくグロリアだ。

 

人数はこちらと同等かそれ以上。

 

彼らは四方八方からザッカス達の所へ迫り、同時に杖の攻撃を放つ。

 

それら呪文の光線がザッカス達の背中や頭の横をかすめて飛んでいった。

 

「これでは蜂の巣だ!一旦バラけて一人づつ当たれ!!」

ザッカスは叫びながら箒をぐるりと旋回させた。

他のナイトフィストも別方角へ散らかる。

 

周囲はあっという間に、飛び交う大量の箒と無数の閃光で入り乱れる光景と化したのだった。

 

ザッカス達は、前から横からと飛来するグロリアに神経を集中し、敵の閃光をぎりぎりで交わしながら一人ずつ狙いを定める。

しかし敵も上等な箒のハンドリングで攻撃を交わす。

彼らはお互い引けを取らない素早い動きで空を舞った。

 

 

上空で彼らナイトフィストとグロリアの一部隊が戦闘を開始した今、ザッカス達が目指していた目的地の近くでは、既に別の人物達が行動を起こしているのだった・・・・

 

 

 

「今頃どうなってるかな?グロリアがまだ到着してなければいいけど・・・」

少年の声が辺りに反響した。

 

「それにあたし達のアカデミーはまだ夏休みじゃない。当たり前に授業をやってるわ。」

「そうよ。大変な事になりそう・・・」

背後から、グレーのワンピースの制服姿の二人の少女の声が聞こえた。

 

「心配なのはわかるわ。でもザッカス達だって戦いのプロよ。今はうちらの作戦に集中しないと。彼らの為にもね。」

続いて、少年と同じ制服姿で、ブロンドの長い髪の少女の声が響き渡る。

 

彼らは前に二人、後ろに二人で前方と背後を警戒しつつ歩いていた。

 

少年デイヴィックと彼のチームは今、ザッカスとライマンのとある指示を受けて行動を開始していたのだった。

 

そんなデイヴィックのチームが今歩いているのは、杖に灯した明かりがなければ普通に歩くことすら困難であろう暗闇に包まれた場所だ。

 

歩く足音が石の壁や天井に反響し、時々空間を通る隙間風の音が静かに聞こえる。

 

「それにしても驚いたな。学校にこんな秘密の抜け道なんかあったなんて・・・」

デイヴィックが杖で辺りをぐるりと照らしながら言った。

 

「ザッカス達もやるよなぁ。学生の時にこんなもの造って、いつでも自由に学校への出入りができるようにするなんて。ひっそり行動が好きな俺でも考えもしなかったぜ。」

 

「お陰で、閉めきられた学校に隠密に忍び込むという作戦も実行できるわけだもんね。」

後ろを歩くエレナが言った。

 

彼らは今、ロンドンの時計塔裏隠れ家でのザッカスとライマンの作戦を実行しているところだった。

 

作戦の内容は、夏休みに入ったW.M.C.に忍び込み、禁書が保管されたエリアとやらで魔光力源に関する情報が手に入らないだろうかといったものだ。

 

しかし学校周辺には警報の結界が張られ、校門にはいかなる術も受け付けない魔法のツタが絡みつき、敷地内には姿現し及びポートキー使用防止魔法がかけられている。

その為、ザッカス達が発案した方法が実行されているようだ。

 

彼らは歩いていると、徐々に地面が上へと向かっているのを感じた。

 

「出口は近いかもな。いや、入り口か。」

デイヴィックの歩く足取りが早くなる。

それにつられて皆の気持ちも高まった。

 

更にしばらく歩いた先に、杖明かりに照らされて何かが見えてきたのだった。

 

「階段だ。」

 

そこには取って付けたように、螺旋を描いて緩やかに上へ続く鉄の階段があった。

そして道はここで終わっていた。

 

「いったいどこに通じているかだ・・・」

デイヴィックから恐る恐る階段を上り始めた。

 

今自分達が歩いてきたトンネルの暗闇へ、カツカツと鉄の階段を踏む足音が吸い込まれるように響き渡る。

その音が耳に入る度、好奇心と緊張感が同時に押し寄せる・・・

 

彼に続いてリザラが、そしてエレナ、ロザーナと皆が円形の階段を上がる。

 

やがて、デイヴィックが天井に手が届きそうな高さまで上った所で、天井に取っ手が付いているのを確認した。

更に光をよく当てると、取っ手が付いた所だけ石壁ではなく木造であることがはっきりわかり、四角く溝が切られているのも見えた。

 

後ろに三人の少女達が追いつくと、彼は天井から飛び出ている取っ手を掴み、押し開けようと試した。

 

長い間使われなかったのだろう。最初、ギシギシと不安な音を立てながらなかなか動かなかったが、徐々に力を入れていくと一気に押し上がったのだった。

 

「やったぞ。本当に侵入出来る。」

デイヴィックは、早速開いた入り口から校内の床に上り立った。

 

「暗くてよくわらないな。ザッカスの話では、学校裏側の一番小さな塔の物置ということらしいが・・・正直ピンとこない。」

 

彼に続けて後の三人も床から出てくる。

 

「ひとつわかることは、床一面が木だということ。それもかなり古そう。」

リザラが、ぼそりとつぶやいた。

 

「まずはここの場所を把握することからだ。辺りを見回ろうか。」

 

彼らは、まずは学校に忍び込むことに成功したのだった・・・・

 

 

 

一方で、もうひとつのチームの間でも進展があった。

 

バースシティーの地下隠れ家にて・・・

 

今現在、マックスとチームの皆がそろっていた。

彼らは、今回のレイチェルの件について話をしているところだったが・・・

 

突然、テーブルに仰向けになった手鏡が鈴の音のような音を発しだしたのだった。

 

「まさかサイレントからか!」

マックスは手元に鏡を引き寄せ、その鏡面に手を触れた。

そこに写し出される顔を確認するなり、彼は食い気味に喋り始めた。

 

「一体どこに行ってたんだ?何があった?」

小さな手鏡に写るのは間違いなくサイレントだった。

ただひとつ気になるのは、今まで見てきた彼の堂々たる姿とは一変し、あきらかに疲れているように見えたのだった。

 

「ああ、マックス・・・無事か・・・」

鏡の向こうの彼は、若干息切れしながらそう言いった。

 

「ああ、全員無事だ。」

「そうか。ならば良かった・・・」

「今回の敵の作戦には少々変更があったようだから、大した事にはならなかった。でもその話の前に、サイレントがいついなくなって、そしてどこへ行っていたのか教えてくれ。見たところ、けっこう疲れているようだけど・・・」

 

マックスは早速聞いた。

 

「・・・そうだな。ちゃんと説明をしないとな。」

サイレントは少し呼吸を整えて続けた。

 

「まずは、作戦と違うことを独断でやった事を謝る。不思議に思うのは無理ないことだ。私は以前からバスク・オーメットと会って何かしらの情報が聞けないか、機会をうかがっていたんだ。」

 

「オーメットと話すために?じゃあ、あいつの所に?」

 

「そうだ。作戦会議の時にも言った通り、君が呼び出された先にはバスク・オーメットが待ち構えていると考えていた。だからここで待っている時にふと思ったんだ。これは奴から何か聞き出せる貴重なチャンスだと。」

 

「なるほど。ということは俺の後を追ってサイレントも旧校舎六階へ行ったということか。」

マックスが言った。

 

「そうだ。そこにやはり奴が待っていた。話しはしたが、大して有益な事は漏らさなかった。それどころか奴は用心深い男だ。逆に私から情報を聞き出そうと計画をしていた。」

 

サイレントは、今起こっている事を手短に説明した。

 

「今はあまり時間がないからゆっくり話はできないんだ。だから単刀直入に言うと、バスク・オーメットの指示で魔法学校二校がグロリアに襲撃されている。そして私の仲間が食い止めようと必死になっている。私もすぐに応戦に向かうつもりだ。話したいことは色々とあるが、今は急がなければ。私が戻るまでは地下で大人しくしていてくれ。いいな。」

 

そう急いで伝えると、すぐに鏡から彼の姿は消え、代わりに隠れ家とマックスの顔が写った・・・

 

マックスは、サイレントの話を聞いていた皆と顔を見合わせた。

 

「少なくとも、はっきりしたのは今サイレント達に大変な事が起こっているということだ・・・」

 

詳しいことは全くわからないが、ここはとりあえずサイレントの言う通りにした方がいいと感じたのだった。

 

 

 

大騒動は、まだ始まったばかりだ・・・・

 

 

 

 

 

 

 




バスク・オーメット(テンペスト)

【挿絵表示】



バスク専用杖

【挿絵表示】


カストルム
作中オリジナル呪文で、由来はラテン語で要塞(castrum)

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