Outsider of Wizard   作:joker BISHOP

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新章-第五幕 connect

静寂という静寂・・・・

 

自分以外誰もいない。そして自分は今、何をやっているわけでもない。

 

ただ、ここで待つよう言われて待っているだけ・・・

 

だからとりあえず今出来る事をしようと、何となく頭の表面に思い浮かぶ考えに触れて整理しようとしている所だ。

 

だが、なかなか考え事に集中することが出来ない・・・

 

本当に静かな状況というのは、微かな音があちこちから聞こえてきて逆に耳障りになるものだ。

壁に掛かった時計の針が一定リズムで音を放ち、その針の音がする瞬間だけ、耳に覆い被さるかのような真空音が途切れる。

 

この、時計の針と空間の音が交互に自分の思考を邪魔するのだ。

 

だからこんな静寂は昔から好きじゃない。

こんな空間に一人でたたずんでいると、また嫌な記憶と複雑な感情がわいて出てくるだけだから・・・

 

暗い部屋の電気をつける気にもならず、窓からの光だけが部屋の角を少し明るくする。

そしてその明かりに照らされる壁に掛かった鏡の前に歩いた。

 

鏡に写る自分の姿・・・黒い薔薇の花飾りの装飾が施された全身黒のワンピースに身を包む自分・・・・

 

これが本当の自分の姿なのか?

それとも学校の制服を着ている時か・・・?

それも今でははっきりわからなくなってしまった。

 

わからなくなってきたのはずっと抱き続けてきた思いもだ。

 

これは全て、学校で彼らに出会ってしまったせいなのだろう・・・・

 

 

「待ったか?」

 

突然の彼の声が静寂を破った。

 

「バスク・・・」

 

暗がりからバスク・オーメットが歩いて来るのがわかった。

 

「会議が長引いてな。だが準備は整ったぞ。」

彼は鏡の前にたたずむ少女、レイチェルのそばに近づいた。

 

「さぁ、また君の出番だ。マックス・レボットを使う時がきた。私達の長年の計画を完了させようじゃないか。」

 

「うん、もちろん・・・」

そしてレイチェルは携帯電話を取り出した。

 

「まず君がうまく彼をおびき寄せる。それからは私の仕事だ。」

バスクが言った。

 

レイチェルはゆっくりと携帯電話のボタンを押す・・・

 

そして最後に通話ボタンに指を置いた。

ここで、心に何かしらの戸惑いがあらわれたのだった。

 

しかしバスクが見ているところで変な戸惑いを見せるわけにはいかない。

彼女はすぐに感情を無視してボタンを押した。

 

電話の呼び出し音が、静かな部屋に広まる・・・

 

「あとは・・・私の読みが正しければ、サイレント・・・あの男の過去を知れば、事は大きく進む。」

 

レイチェルの電話の呼び出し音はなかなか止まらない。

「警戒するのは無理ないな。待つんだ。」

彼らはそのまま相手の反応を待った。

 

そしてその呼び出し先では今・・・・

 

 

「マックス、わかっているだろうが絶対何かの企みだ。」

前に座っていたディルが立ち上がって言った。

 

「もちろん。当たり前だ。」

マックスは携帯電話を片手に言った。

電話からは、レイチェルからの着信音が発せられている。

 

「でもこれは現状を動かすチャンスでもある。敵が動いたということは、俺達に何かを求めているということだろう。」

マックスの隣に座るジャックが言う。

 

「かもな・・・」

そして携帯電話の通話ボタンに指を置いた。

「まずは話を聞いてみよう。それから内容にそった計画を考えようじゃないか。」

彼は通話ボタンを押して、ゆっくりと電話を耳に近づけた。

 

「俺だ。今さら何の用だ。」

マックスは力強く言った。

 

すると、久々のあの声が返ってきた。

「久しぶりに話すわね。そっちの調子はどう?」

その声を久々に聞いた瞬間、二人で仲良く過ごした少ない日々の記憶がフラッシュバックした。

 

「無駄話をしてる暇はないと言ったところだ。だから早く用件を言ってもらおうか。」

彼は感情を無視し、あくまで冷たく対応する。

 

「そうね。まぁこっちも暇ではないし・・・それに、これからあなた達に良くない事が起こるってことも伝える必要があるしね。」

レイチェルも同じ調子で喋った。

 

「何だと?はっきり言え。」

「そう焦らない。良くない事を阻止する方法を教えるためにも電話したんだから。」

彼女は続けた。

 

「今からセントロールス旧校舎六階に、あなた一人で来てもらうわ。無視したり仲間を連れてきた場合は、良くない事になるとだけ言っておくわ。」

 

「なぜはっきり言わない。」

「気になるならば約束を破ればわかるわよ。別にあたしはかまわない。」

 

マックスは次に言う言葉を考えた。

 

「なるほど・・・それで、俺一人を呼んで何をする気か?」

「ちょっと手助けをしてほしいだけよ。あたし達の大きな計画を成し遂げるための。」

「お前達の計画に加勢しろと・・・そんなことを頼むためにわざわざ電話をなぁ。」

「決めるのはあなたの自由。ただ、あなたの判断次第で仲間の未来が決まるから、賢い選択をすることね。とにかく、全ては来てくれたらわかるわ。それじゃあ、待ってるから・・・」

 

そして電話は切れたのだった。

 

マックスはゆっくりと携帯電話の画面を閉じて、皆の方を向いた。

「指定した場所に来いという話だった。」

 

「前にもこういう事あったわね。そしてデイヴィック達が襲われた。」

ジェイリーズが言った。

 

「そうだ。レイチェルはまた同じような手で、今度はお前を誘きだして何かやらかすのはわかっている。絶対に乗るんじゃないな。」

「ああ、俺も同じくだ。」

ジャック、ディルが順番に言った。

 

「でも、そうすると危険な事が起こると言ってきた。何をするつもりかわからないけど、約束を破れば良くない事が起こるってな・・・」

マックスは続けた。

「また前回みたいにグロリアの仲間が待ち伏せしている可能性は大だ。バスク・オーメットが絡んでいることも十分考えられる。そうなったら俺達ががんばって攻撃的な手に出ても太刀打ち出来ない。」

 

「それは認めざるを得ないな。自分達より確かに魔法を学んでいるデイヴィック達でもグロリアの大人には敵わなかったんだから・・・・」

ジャックがそう言った時、ディルが口を開いたのだった。

 

「こんなときにサイレントとかに知らせることができれば、何とかなるかもしれないんだけどなぁ。」

 

「そうだな。それができれば・・・いや、できるかもしれないな。」

マックスはある事に気がついた。

「両面鏡だ・・・」

 

「現代魔法使いの主な連絡手段か。サイレントからもらった教材で読んだ。」

ジャックが言った。

 

「それだよ。別の人間が持つ両面鏡に写る光景が自分の鏡にも写し出され、そして音も聞き取ることができる・・・・これに似た物が俺達の近くにも無いか?」

マックスがそう言った時、皆がすぐに察した。

 

「そうか、それだ!」

ジャックが真っ先にテーブルの上を指差して言った。

 

それは、この地下隠れ家に元からあった鏡のことだ。

マックス達はセントロールスを監視するためにこれを使っていた。

 

この鏡の機能は、ボーラーの視界に入る光景を鏡面に写し出し、更にその場所の音も拾う。

つまり両面鏡と同じようなものだ。

 

「もしこれが普通の両面鏡としての機能も備わっているなら、サイレントやデイヴィック達と連絡がとれる。もっと早く気づくべきだった。」

 

四人はテーブルの周りに近寄った。

「とりあえずサイレントと話せるか試そう。彼が自分の鏡を持ってないってことはないだろう。」

 

 

 

一方、その頃・・・・

 

ロンドン辺境の地にて、丘の上に構える砦のような巨大な城の周辺がざわつき始めていた。

 

城の正門から、子供達がどんどん出て来ては丘を下り、平地に並んだ六台のバスの元へと歩いていく。

 

そんな子供達に紛れるようにして、デイヴィックとリザラも門から出てきたのだった。

 

「今年の夏休みは特別なものになりそうだな。」

「なるわ。もう去年までのあたし達とは違うからね。」

二人も他の生徒達同様、丘の下へと伸びる舗装された道の上を歩いていく。

 

「この休暇期間、授業を気にすることなく堂々と動ける今こそナイトフィストと連携して活動する時だ。」

デイヴィックが言った。

 

「そうだ、マックスのチームはどうしてるかな?あんたからマックスの調子が悪いって話聞いて一週間は過ぎたと思うけど、もしチームの活動が再開してるなら彼らとも連携して動きたいとは思わない?」

リザラが言った。

 

「もちろん、思ってるさ。俺達はあいつらに借りがある。だからあいつらの信じたナイトフィストの為にも出来るだけ力を貸したいところだ。だけど今のあいつらの状況がわかんないからなぁ・・・・」

 

デイヴィックは、マックスが立ち直り彼のチームも活動を再開したことはまだ知らない。

故にグロリアの事を気にする一方では、同時にマックス達の事も気にしているのだった。

 

「まぁここで考えてもどうにもならないな。またマックス達の隠れ家に行ってみると会えるかもしれない。それよりまず一番気にすべきはオーメットが今何を考えているかだ。現状、ナイトフィストとグロリアのどちらが先に魔光力源に近づけるのかが重要なポイントになってる上で、あいつは一番魔光力源に近づいてる人物なんじゃないかと思う。何か恐ろしいことを企んでる気がするんだよな・・・」

彼は言った。

 

「魔光力源が何をもたらすのかも知っている可能性は高いし、残念だけどグロリアが今は有利な立場になってるって感じなのかな?」

リザラが言った。

 

二人が話しながら歩いてる先を見ると、生徒を乗せたバスが一台、また一台と発進しだしたのがわかった。

 

それら全ての車体に描かれた校章と思われるシンボルマーク以外、ただのレトロなバスと言った感じの外見だ。

だが徐々にスピードを上げていくと、ついには前輪からゆっくりと地面を離れ、大きなバスの車体は空に向かって飛んでいくのだった。

 

しかしデイヴィックとリザラは、残りのバスの待つ広場までは行かず途中で立ち止まった。

 

「早速連絡だ。話が早いな。」

デイヴィックはポケットから丸い手鏡を取り出した。

ふたを開け、そこに写る人物に話しかける。

 

「ザッカスか。今、学校を出た所だったんだ。」

「だろうと思った。そして君らは早速私達の活動に参加したがるだろうとも思っていた。」

「大正解さ。」

 

話す相手はナイトフィストのザッカスのようだ。

 

「都合がよければ今からでも作戦会議できるが、どうかな?」

彼の言葉の後、デイヴィックはリザラを見た。

そしてうなずく彼女を確認するなり、すぐに鏡に目を移した。

 

「俺達はOKだ。あとの二人には今から聞いてみる。」

するとリザラが口を開いた。

「あたしが聞いてみる。」

そしてバッグから、ひし形の装飾が施された手鏡を取り出したのだった。

 

鏡に向かって手短に話を済ませると、再び彼女はデイヴィックに向き直った。

「全員OK。」

「決まりだ。」

 

それからすぐに、二人はその場で姿をくらましたのだった。

 

その後は生徒達が次々とバスに乗り込み、六台のバスが飛び立ってバラバラの方向へ消えていった。

 

人が城の敷地内から消えると、大きな校門が勝手に閉まり、静まり返った辺りに重い鉄の音が響き渡った。

すると直後、地面からツタのようなものが何本も現れ、門に絡み付くようにしてどんどん伸びていった。

 

ツタは巨大な門全体を張り巡らすと、最後に石化して門を堅く閉ざしたのだった。

 

魔法学校、WMCの夏休みが始まったのだ。

 

 

 

そして今のこちらの状況はというと・・・・

 

「それにしても考えたな。この鏡を使って連絡しようとは。そろそろ両面鏡について話そうと思っていたんだ。」

サイレントがテーブルの上に置かれた鏡を持って言った。

 

「両面鏡の事は本で読んでいたから、もしかしてと思ったんだ。」

マックスが言った。

 

どうやら予想した通り、ここ地下隠れ家にあったあの鏡は両面鏡としての機能が備わっていたようだ。

そして鏡でサイレントと連絡を取った後、彼はここへ訪れていた。

 

「まぁ、その考えに至ったのはディルのお陰でもある。」

マックスはサイレントにそう言ったが、ディルはよくわかっていない感じだった。

 

「俺が何したって?」

「こんなときに知らせることができたらなぁって言ったのはお前だろ。」

「ああ・・・そうだったかな。」

 

するとサイレントが話しだした。

「いずれにしても、君達は確実に成長しているのは言うまでもないようだ。マグル界で育ったというのに、立派なものだよ君達は。」

 

「ありがたい言葉だ。でもさっき言った通り、俺達だけでは心細い問題と直面した。だからどうか力を貸してほしい。」

マックスはサイレントに向き直り、率直に本題に入る。

 

「もちろんだとも。君達が本気で助けを欲しているならば、力を貸すのが我々大人の役目だ。」

 

「その言葉だけでも安心するぜ。」

ディルが言った。

 

「ではその期待を裏切らないような働きをしないとなぁ。早速作戦を説明しよう。」

彼は続けた。

 

「大まかな話しはさっき鏡で聞いて理解している。まず一番注意すべきは相手の人数だ。君たちも予想している通り、これにはバスク・オーメットが絡んでいるのはほぼ間違いないだろう。そうなると、あいつは入念な奴だ。今回も手下を用意しているかもしれん。」

 

「そこまでは俺達も同じことを考えている。」

ジャックが言った。

 

「そこで、私にアイデアがある。」

すると、サイレントはスーツの裏から楕円形の手鏡を取り出して、マックスに差し出した。

 

「私の鏡だ。これを君に持って行ってもらう。」

「どういうことだ?」

マックスはサイレントの両面鏡を受け取りながら言った。

 

「電話で君一人で来ることを指定したのなら、仲間の存在を絶対に悟られてはいけない。私の存在は尚更だ。その為に一番良い方法は、当たり前に君一人で登場することだ。だが例え君が空間転移の部屋の先に行ったとしても、私がそこの光景を認識できれば姿現しで助けに行けるだろ。」

 

これを聞いて、マックスはピンときた。

しかし彼より先にジャックが口を開いたのだった。

「なるほど。両面鏡に風景を写せばいいのか。」

 

「いい推理だ。両面鏡の特性は、相手の鏡に写る光景が自分の鏡でも見れるというものだ。ならば助けが必要な時、鏡に周囲を写せば鏡面越しに私も状況を確認することができる。その場所に姿を現すことができるという意味だ。」

そしてマックスを見て続けた。

 

「君には少々心細いかもしれないが、念のためだ。下手に複数で動くのは避けた方がいいだろう。私はここに残ってこの鏡の前で待機しておく。助けが必要な時はその鏡とこの鏡の鏡面をリンクさせた状態で、密かに周りを写してくれ。場所の光景が把握できれば姿現しを使ってすぐに参上する。だがこの隠れ家みたいに姿現し防止魔法がかけられている場合がある。その時は私が判断してポートキーによる移動を行うから心配無用だ。」

 

「了解した。自分の役目に集中する。」

マックスはサイレントの手鏡をポケットにしまった。

 

「それからジャック、ディル、ジェイリーズには、それぞれ別の場所で遠くからマックスのサポートを頼む。固まって動かないことが重要だ。だから一人一人がしっかり周囲を警戒して動くこと。いいな。」

 

サイレントからの説明が終わると、彼らは早速作戦を実行に移したのだった。

 

サイレントは地下隠れ家に残り、マックス達三人がセントロールスへ向かう。

その際には、魔法の訓練のためにもポートキーを使っての移動を行った。

 

その結果、瞬時に校内の物置部屋に現れることに成功した。

ここまでは実にスムーズな流れだった。

 

ここからが重要だ。

 

物置から出る時には姿を消して、三人ともバラバラの方向に散って行った。

 

マックスは校内を見回る警備員に見つからないよう注意を払いながらも、目くらまし呪文の効果を切らさないよう集中し続ける。

 

そうして今日、再びあの場所を訪れる時がきた。

 

マックスは今、旧校舎六階の最後の廊下の上に立った。

目的地は目線の先に見えている。

背後にはマグル避け呪文を張り、もう目くらまし呪文を解いて姿を現している。

 

ここから先に歩く足取りが徐々に重くなっていく・・・

 

まるで体が何らかの危険を察知しているかのようだ・・・

 

一歩一歩、廊下の突き当たりが確実に近づく。

次第にあの日の記憶も脳の表面に浮き出てくるのだった。

 

相手は今回何を考えているのか・・・俺を仲間に取り込むというのか・・・

俺がそれに従うなどという安易な考えを、今更になってするはずはないと思うが・・・・

 

マックスは突き当たりに近づきながら考えを巡らせる。

 

しかし今回あきらかに違うのは、サイレントのサポートがついているという所だ。

 

何か起きたら、その時は彼に任せることで最悪の事態は防げるだろう・・・・

 

緊張感が高まるのを感じながら神経を尖らせる。

そしていよいよ、あの時と同じ扉が目の前にやって来た。

 

あるはずのない扉が部屋の入り口を仕切っている・・・それは、今回も空間転移の魔法が仕掛けられているという事を意味している。

 

マックスは扉の前で立ち止まった。

「またあそこに行かせるのか・・・」

 

ヒビの入った壁やさびついた廊下には相応しくない扉に近寄り、そっとドアノブに手を触れた。

金属の冷たい感触が、一層緊張感を高める。

 

そのままガチャリとひねり、一息つくと思いきりドアを押し開けて中へ足を踏み入れた。

 

「何だ?どうなってる・・・」

その瞬間、マックスは訳がわからなくなった。

 

扉をくぐった先にあった光景は、まさかの外だった。

辺りを見渡しても学校はどこにも見えない。しかしここが見馴れた場所であることがマックスにはすぐにわかった。

 

目の前の道を挟み、すぐそこに見えるのはなんとあの地下隠れ家がある廃公園だったのだ。

 

彼が扉から離れると、扉はスーッと消えて無くなり、扉があった所はただの家の壁になっていた。

 

見馴れた狭い路地、そして見馴れたフェンス・・・

 

とりあえず彼は公園の入り口まで歩き始めた。

 

「出発地点に戻されるだと・・・いったい何が起こったんだ?」

 

「何もおかしくないわよ。」

その声は彼の言葉に答えるように近くから聞こえたのだった。

 

マックスははっとして、公園の中へ走った。

そして確かに、彼女がベンチに腰かけている姿が目に入った。

 

「あたしがここへ連れてきたのよ。」

「レイチェルか・・・」

 

それは、マックスが見たことのない黒のワンピースに身を包むレイチェルだった。

 

「本当はここに連れてくる予定じゃなかったけど・・・急きょ思いついたのがここだったから。」

彼女はマックスの顔をはっきり見ることなく、座ったまま喋った。

 

マックスはレイチェルの方へ歩く。

「それで、用件は何だ?」

感情がわずかに揺さぶられるのを感じ始めたが、とにかく無視して近づく。

 

「あなたを人質にすること。」

彼女は視線をそのままにして続ける。

「そしてナイトフィストをコントロールしようというのがバスクの考えよ。」

 

「なるほど。でもここで俺を人質にしてどうするんだ?ここはナイトフィストのテリトリーだぞ。」

ある程度の距離をとり、マックスは立ち止まった。

 

「あたしがその計画をやる気が無くなったからよ。」

彼女の言葉にマックスは訳がわからなくなった。

 

「何だって?じゃあ一体何がしたくて・・・」

「わからないのよ!あたしはどうしたらいいか・・・」

彼女はマックスが話し終わる前に言った。

 

「どうしたらいいかなんて、明確じゃないか。」

「あなたは明確にわかる?これから何をやっていくべきか、何をしたいか?」

彼女は立ち上がって、今日会って初めてマックスの方を見ながらそう言った。

そしてマックスは唐突の質問に、何らかの意図があるのではないかと考えながらも質問の答えも考えた。

 

「今更言うまでもないことだ。俺はサイレントと出会ってからやるべき事がはっきりした。そしてやりたいこともな。俺はナイトフィストとして、同じ過去を持つ仲間と一緒にグロリアと戦うだけだ。そう決めている。」

 

彼は自分の言葉に力を込めて、レイチェルを一直線に見て言った。

しかしこれが本当にずっと決めていた事なのか、それとも今決めたことなのか、それははっきりとはわからないが・・・・

 

「へぇ・・・それがあなたにとっての生きる意味・・・というのね。」

「さっきから何が言いたいんだ。」

マックスは力強く言う。

 

「あたしは自分が本当にやるべき事も、やりたい事もよくわからなくなってきた。」

そう言うと、彼女はややうつ向いた。

 

「言った通り明確なはずだ。お前は14年前、グロリアだった親をナイトフィストとの戦いで失った。だからその復讐と、親代わりのバスク・オーメットと協力して親の計画を実行する。今までそうしてきたはずだろ?」

「確かにそうね。でもそれは人から与えられた役目・・・」

「では自分の意思ではないとでも言うのか?」

「そうだと思って任務を真っ当してきたわ。でも今、わからなくなってきた。あなた達と接するようになってから・・・特に、あなたと親しくなってからは・・・・」

 

彼女はどんどんと元気が無くなってくるように感じた。

だがマックスは気を抜かない。

 

「俺達と接触し、親しくなる。それはバスクからの重要な任務だった。それで何が変わったって言うんだ?ずっと俺達を騙して黒幕の被害者を演じていたじゃないか。」

その頃の記憶がマックスの脳裏を走った。

 

「もちろん最初は任務のためだった。全ては計画を成し遂げるために・・・・でも、他に誰もいない今だから正直に言える。あなた達と接してから、それまでずっと死んでいた感情が戻って来るのを確かに感じた。」

 

マックスは彼女の話を黙って聞いた。

 

「自分と似た者がこんなにいて、でも自分とは違って仲間と楽しく、仲良く接して頑張っていた。あたしは・・・本当はこんな仲間が欲しかっただけなんじゃないかって思えてきた・・・」

 

マックスは少しの間黙り、そして静かに口を開く。

 

「それは・・・演技なのか・・・・また騙しているのか・・・・?」

それは切実なる質問だった。

 

「いいや。と言っても、もう信じられるわけないのはわかってる。ただ、一度本当の気持ちを聞いてもらいたかっただけよ・・・・」

 

マックスは、そう言うレイチェルの表情から辛さを押し隠しているのが伝わるような気がしたのだった。

なぜなら、その感覚を自分も知っているからだ。

 

だが、仲間だと思っていた矢先に裏切られた時の記憶が純粋な思考の邪魔をする。

 

また繰り返そうとしているのか・・・また信じた者にまんまと裏切られるのか・・・・

 

もう二度とそんな事を繰り返したくはない。しかし、今目の前の彼女がまた騙しているとはっきり決めつけることが出来ない。

これが自分の弱さなのか・・・まだまだ判断が甘いと言うことなのか・・・・

 

その時だった。

ふと、自分達がエレナ・クラインを仲間に迎え入れた時の事を思い出した。

 

あの時、エレナはセントロールスの廊下に一人で座りこんでいた。

自分はあの時、彼女の言うことを全く信じなかった。

だがジャックは違った。

 

あの時ジャックが彼女を信じてやらなければどうなっていただろうか・・・・

 

あの時、ジャックは迷い無く彼女の話を信じてやった。

そしてジャックが俺に言ったことは・・・

 

「目を見ればわかる。」

 

マックスは改めてレイチェルの瞳をしっかりと見た。

そして余計な考えを取り払い、自分の感覚に頼った。

 

「相変わらず鋭い目つき・・・あたしの事が、さぞかし憎いでしょう・・・」

 

マックスの視線に彼女は再び目線を背けた。

そんなレイチェルに、マックスは近寄りながら言った。

 

「今度は俺の番だ。」

「・・・えっ?」

「今度は俺が本心を語る番だと言ってるんだ。これを聞いてどうするかは自由だ。」

そしてマックスは、彼女が座っていたベンチに腰掛けた。

 

「今は、君を信じる信じないは考えないことにした。ただ、今から話すことは俺の正直な気持ちだ。」

 

これから彼の、そして彼女の本音が繋がる・・・・

 

 

 

 

 

 


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