Outsider of Wizard 作:joker BISHOP
「マックス、朝食出来たわよ。」
一階から自分を呼ぶ女性の声が聞こえた。
「ああ、今行く。」
マックスは自分の部屋のベッドから立ち上がって言った。
今、下で彼を呼んだのは魔女のテイル・レマス。14年前、マックスを引き取って育ててきた、現在の彼の母親だ。
14年前のグロリアによるサウスコールドリバー襲撃の際、彼女は家族を失った。その時に親戚のレボット家も戦いに巻き込まれてマックスだけが生き残ったのを知って、彼を引き取って育てることを決意したのだった。
その際に、彼女の元にマックスを運び、レボット家の現状を伝えに来た男が居たそうだが、それが誰だったのかは今もわからない……
マックスは一階に下りて、食卓に並べられたテイルの料理を目にした。
以前はもっと頻繁に家に帰って彼女の手料理を食べていたのだが、最近になるに連れてチームでの活動機会が多くなってきたから、つい寮での生活が続いていた。
しかし、その寮にもしばらくは戻ることはない。
これは、ジェイリーズがジャックの気持ちを察した後からマックスが家へ帰るまでの出来事である…………
今、ジャック、ディル、ジェイリーズの三人はマックスの個室へ来ている。
マックスが彼らへ、暇ならばすぐに来て欲しいと伝えて呼んだのだ。
ちなみに何の用かは三人とも知らない。
「それにしても集まるの早かったな。」
マックスは三人に向けて言った。
「当たり前だろ。基本的に俺達は暇なんだから。」
ディルの言葉は確かにうなずけた。
「じゃあ早速これを見てもらおう。」
そう言って、マックスは机の上に置かれた分厚い小包を指差した。
「さっきこれが俺の部屋に届いた。」
「お前に贈り物とは珍しいな。どんな奴だった?」
ディルが言った。
「サイレントだ。」
マックスの言葉で三人とも気が引き締まる。
「いつの間に忍び込んでたんだあの男は。」
「いや、たぶん彼本人が持ってきたわけではない。突然、窓を叩くような音が外からして、見てみたら淵に置いてあった。その時に飛んでいく鳥みたいな影が微かに見えたから、たぶんそいつが運んできたんだろう。」
マックスは言った。
「鳥を宅配便代わりに使ったと言うのか?」
ディルが信じられないという顔で言う。
「魔法使いは、動物を使い魔として操るという話を聞いたことはないか?」
「あたし、それ聞いたことあるわよ。」
ジェイリーズが答えた。
「サイレントからの贈り物ということは、あのことかしら?」
「そうだ。」
そしてマックスは小包を抱えて皆に見せる。
ジェイリーズが、その包みの紐に挟まれた紙切れを読んだ。
「新入りのナイトフィストへ、これで魔法界の知識をつけるように。呪文に関しては最適な物をマックスが持っているはずだ。では君達の今後に期待している。"サイレント"。」
「そういうことだ。そして早速気になる点があるな。」
マックスは言った。
「君が呪文の専門書を持っていることを、彼は知っている。だね?」
ジャックが言った。
「ああ。知るはずないんだが……まぁそれはいいとして、中身を見ようじゃないか。俺もまだ見てないんだ。」
そう言って、彼は包みの紐をほどいた。
そして紐をゴミ箱に投げ捨て、包み紙を開くと……
「なるほどな。確かに想像した通り、合理的な物だった。」
それは、三冊の本だった。
一冊ずつそこそこの厚みがある。かなり分厚かった訳だ。
「これはまるで学校の教科書だな。見るだけで頭が痛くなりそうだ。」
誰よりも勉強嫌いなディルが言った。
「魔法学校ではこういう物で教師が教えてるんだろう。」
マックスは机の上にドサリと置き、一番上の本を取った。
「『魔法全史』か。」
続けてジャックとジェイリーズも順番に取る。
「『魔法薬調合法基礎』だってさ。」
「あたしのは『魔法戦術』よ。」
彼らはそれぞれに手に取った本をパラパラとめくってみた。
「専門的な雰囲気満載って感じだな。すごいや。」
ディルがジャックの隣で覗き見た。
「それと俺の『魔術ワード集』も合わせて、これら四冊の専門書で魔法界に関する基礎知識を詰め込めということだ。いよいよ知識がつくぞ。」
マックスは、学校の授業とは比べ物にならないやる気の差を感じた。
「それじゃ、これから四人で四冊を貸し合って読んでいこう。とりあえず好きなのを選んでくれ。」
マックスは言った。
「ならば俺は『魔法全史』が興味深いかな。」
ジャックが言った。
「じゃあ俺はジャックが持ってるその魔法薬とかいうやつでいいや。」
続いてディルが言った。
「それじゃあ、あたしは戦術で。」
「女子が戦術なのか。」
「悪いかしら?」
そして残ったのはマックスの『魔術ワード集』となった。
「俺は今まで通り、この本でもっと呪文の知識をつけるよ。借りたい時にはいつでも言ってくれ。」
これから本格的に魔法の勉強が出来るようになった。
ますますチームは強くなる。そしてまずは奴を、ゴルト・ストレッドの力を越えて、レイチェルが危険な目に遭わないように守るんだ。
マックスは目の前の目標を決めたのだった。
「今夜の行動目的が決まった。今夜もまたストレッドが動きだすかもしれない。そこで、俺達は奴を見つけ次第攻撃する。」
「また大胆な作戦だな。」
ディルが言った。
「奴はレイチェル含め、俺達チームにとって危険でしかない。更にあいつは地下の秘密を知っていて、何かしようとしている。となれば俺達が次にやる事はゴルト・ストレッドを捕まえて、ひたすら喋らせるだけだ。」
マックスはズバリ言った。
「その為に今から俺は早速特訓をする。皆、時間はあるか?」
そこでディルは言った。
「さっきも言った通り、俺達は基本暇だ。それに、リーダーのお前がしたい事なんだろ。俺はそれだけで乗る気満々だぜ。」
ジャックとジェイリーズはうなずいた。
「よし。それじゃあ、訓練場へ行くぞ。」
「そうだ、アリスタはどうする。」
ディルが言った。
「そうだな。一応レイチェルも誘うか。」
「じゃあ、あたしが連絡するわ。」
そう言うとジェイリーズは携帯電話を取り出した。
「頼んだ。実は今朝、俺とディルと彼女が偶然出会って三人で少し特訓したんだけど、彼女の腕はなかなか良かった。練習を続ければ立派になるだろう。」
「妙な組み合わせだな。そういえば今朝ディルはどこにいたんだ?」
ジャックが言った。
「一人で訓練場に行ってたんだよ。目くらまし術を習得したくてな。皆が知らない間に出来るようになってたら驚くだろうと思ってたんだけど、まさかマックス達にバレるなんてな。」
「なるほど。それで、出来るようになったのか?」
「一応は出来るが彼女の方が既に上手だ。」
マックスが言った。
「事実だが、お前が答えるなよ。」
それからすぐに、ジェイリーズの携帯電話に一件のメールが来た。
「彼女も参加するそうよ。」
「決まったな。じゃあ早速動こう。今夜、奴に勝負を挑むんだからな。」
そしてマックスは呪文の本を入れたバッグを持ち、彼に続いて三人とも個室を出た。
寮室を通る時に、そこにいた大勢の男子達が歩き去るジェイリーズに目を奪われるのだった。
それがジャックにはわかった。
「本当に、好かれてるな……」
ジャックは誰に言うわけでもなくつぶやいた。
「どうせ彼らは見た目だけで判断してるのよ。まさか嫉妬ですか?」
「もういいよ。」
四人は寮塔の橋に到着し、後はレイチェルが来るのを待つだけとなった。
「ジャック、気がついたか?」
橋から風景を眺めるジャックにディルが近寄り、小声で言った。
「急に何だ?」
「マックスはさっき、レイチェルと名前で呼んだんだよ。昨夜知り合って、まだ完全に仲間だと信用してなかったあいつがだ、次の日さっそく名前で呼ぶと思うか?特にあいつなら考えられないと思わないか?」
「ああ、確かに今朝まではアリスタと言ってたかな。それがどうかしたか?」
ジャックは静かに言った。
「相変わらず鈍いな。考えてみろ。今日一日で彼女とこっそり仲良くなってるって事だよ。さっき言った通り、俺が朝訓練場で一人練習してた時にマックスが彼女を連れて来たんだ。その理由はちょっと考えればわかるだろ。」
ディルは言う。
「わかるさ。でもそんな事どうでもいいじゃないか。何かアリスタと気が合う部分があったのだろう。」
ジャックの予想は当たっていた。
「相変わらずこういう話には冷めてんな。」
その時、ジェイリーズが後ろを指差した。
「あの子が来たわよ。」
Cクラスの寮室への廊下からレイチェルが小走りで現れたのだ。
「お待たせしました。」
「全然待ってないよ。」
ディルが明るい表情で言った。
「君には朝の続きをやってもらおうと思う。護身術は必要不可欠だ。」
マックスが言った。
「訓練の相手はあたしがやるわ。手加減はしないわよ。」
「あっ、はい!お願いします。」
そして五人は橋を歩きだした。
「あんまり怖がらせるなって。」
「だって、彼女の反応面白いんだもん。」
ジェイリーズは笑顔で言う。
「皆のアイドルは、実はドSてことか。」
ディルが残念そうに言った。
「ドは言い過ぎよ。」
彼らが寮塔を出て本校舎の廊下を歩いている時だった。
五人はその場で立ち止まる。
「外出禁止の放送だ。ここからは姿を隠して行くしかない。皆、各自で訓練場に行くんだ。」
「それじゃあ、あなたがあたしの手を引いて連れていってくれるかしら?」
ジェイリーズが言った。
「あたしですか?!」
「ディル、早速習得した技の実践というわけだ。」
マックスがディルに言う。
「おう、なんか本番というと緊張してきたな。」
皆、杖を取り出して一斉に呪文を唱えた。
レイチェルはジェイリーズの手を握ったまま体を透明化し、ディルも皆と同じく姿が見えなくなった。
ここにいた五人の姿は完全に消え、夜のグラウンドへ出ていった事など誰も知ることはない。
裏庭には完全に光が当たらず、夜の暗闇に吸い込まれそうな奇妙な感覚がする。
暗さに伴い草木の量も増し、視界をどんどん自然が覆う。
それを抜けた先には、誰も居ない広場が現れるのだ。
マックスが一番早く到着して目くらまし術を解除した。
次にジャックとディルがほぼ同時に姿を現し、それから少し遅れてから草木が揺れて、二人分の人影が微かに見えたのだった。
ここに、再び五人の姿が集まった。
「あなたの手、汗で濡れすぎだけど、緊張してるのかしら?」
「それは……あのローアンさんの手を、あたしが握って連れてくるなんて事考えたこともないですから。」
「あなた本当に女子?」
ジェイリーズ達が話している一方で、マックスも話し始めた。
「今からやるのは基本的な防御と攻撃の練習だ。それと、まだ知らない呪文を覚えてそれに対抗する術も知らないといけない。今夜は本を見ながら少し踏み込んだ事もやってみるつもりだ。」
それから五人はグループを組んだ。
「あたしも全力でいきますよ、ローアンさん。」
「上等な1年生ね。」
ジェイリーズはレイチェルと向かい合って杖を構えている。
「俺も昨日から上達したぜ。お手合わせ願おう。」
「お前が上達したなら、俺もしてるってことだよ。」
ディルがジャックと向き合う。
その二つのグループの中央にマックスが立って言った。
「攻撃する際は、相手に当たっても傷つかない呪文のみ使うんだ。二人とも満足したら、次は二人がかりで俺と対決だ。では始めよう。」
その言葉の直後、同時に二つのグループの間で光線が飛び交った。
「エクスペリアームス」
「プロテゴ、ブラキアビンド!」
ディルの攻撃にジャックが呪文を次々にぶつける。
「プロテゴ!」
ディルも呪文の防御が確実に上手くなっていた。
一方で、女子グループも彼らに負けず劣らずのやり合いをしていた。
「ペトリフィカス・トタルス」
レイチェルが呪文を発動する。
「プロテゴ!あたしにその術を使うとはねぇ。」
ジェイリーズが高速で迫る光線を弾いて言った。
「あの、すみません。」
「いいのよ。インカーセラス!」
すると杖先からロープが飛び出し、レイチェルへと向かった。
「プロテゴ!」
レイチェルはロープが体に着く寸前で防ぎ、ロープは地面に放り投げられて消滅したのだった。
「面白い。なかなかやるじゃない。」
彼らは術特有の、癖のある杖の反動にもどんどん慣れてきて、連続して的確な位置に術を放つ事も出来るようになってきた。
しばらく二人一組で同じ事をやり合った後、ジャックがマックスに歩き寄った。
「では、そろそろ俺達と相手してもらえるかな?」
「来たな。やろうじゃないか。」
ジャックとディルが並んで立ち、マックスと対峙した。
マックスは杖を下げたまま、まだ動かない。
「好きなタイミングでかかってこい。」
彼は二人をじっと見ている。
ジャックとディルは杖をマックスに向けたまま、動かない。
両方ともタイミングを見計らっている。
そしてディルが杖を振ろうと、腕を動かした瞬間をマックスは見逃さずに同時に攻撃を仕掛けた。
「ステューピファイ」
しかしその直後、ジャックが杖をそのまま動かさずに。
「エクスペリアームス」
マックスは高速で迫る空気の振動を肌で感じ、とっさに杖を横に振った。
「プロテゴ!」
更に立て続けにディルが攻撃する。
「ステューピファイ!」
「プロテゴ!」
マックスはこれにもなんとか対応したのだった。
「コンビプレイか。面白い。」
「お前も隙のない奴だな。」
その後も攻撃と防御の練習は続き、皆疲れが見え始めてきた。
「よし、一端休憩にしよう。続きは5分後だ。今度はまだ使った事のない魔法を試そう。」
マックスがそう言い、皆は杖を下げた。
改めて周りを見渡してみると、暗い森林に囲まれて実に気味が悪いということが実感できる。
皆、休憩と言えども心はちっとも落ち着かなかった。
それでもジャックは一人、夜空を見上げてぼーっとしているのだった。
「自然を眺めるの、本当に好きね。」
ジャックは隣を見ると、同じく夜空を見るジェイリーズがいた。
「そうだな。心が一番落ち着く事なんだ。」
彼は再び空を見上げて言った。
「ロマンチストなのね。女子ウケけはいいと思うわよ。」
彼女は言った。
ジャックは横を見てみると……
「またあの時みたいに視点が定まってないわよ~。」
彼女はあの微笑みでこっちを見つめている。
またこの表情だ。また反応を楽しもうとしている。
それはわかっている。そして対抗したいが、出来ない。心臓の鼓動が早まり、ずっと見ていられなくなってしまう……
ここで、彼女は黙っているジャックから目線をずらして話題を変えた。
「そうだ、夏休みには皆で集まらない?皆で魔法の勉強会しようよ。」
「ああ、いい考えだ。そうしようじゃないか。」
「じゃあマックスに相談しておくわね。」
そして彼女は離れていった。
その時ジャックはわずかにほっとし、同時に大きな寂しさに包まれた……
やがて休憩が終わり、マックスは呪文の本を片手に持って、皆と一緒に知らない呪文の使用を試したのだった。
それから一時間後、時刻は10時を過ぎていた。
「これぐらいで今日の訓練は終わろう。では解散だ。皆、自分の個室に入るまでは姿を消して移動するんだ。」
マックスはそう言い、皆が杖を自身に向けて呪文を唱えた。
五人は透明化し、各自で寮塔へと向かった…………
かのように思えたが。
その後一階の廊下にて、四人が姿を現した。
「彼女を今夜の行動に参加させるわけにはいかない。」
マックスが言った。
「そうよね。あの子はなるべく戦いから避けないとね。」
マックスはバッグに呪文の本をしまうと、次は別の本を取り出すのだった。
「一応『学校内全システム書記』も持ってきてある。校内の迷路は俺達のものだ。」
レイチェルだけを帰らせた四人は廊下を歩きだした。
目標はゴルト・ストレッドだ。
奴を見つけて、昨日よりもこっちの力が確実に上がっている事を見せつけてやるんだ。そしてまた捕まえて今度こそ知ってる全てを話させるのだ。
短い間でのこの結果をサイレントが知ったらさぞ驚くことだろう。自分達を組織へ招いた事を、必ず正解だったと思わせてやる。
マックスはこの先の展開を想像し、力がみなぎってくる感覚を感じた。
「まず奴が現れそうな地下周辺で見張ってみよう。奴も俺達の動きを知ったんだ。前にも増して警戒しているはずだから十分に注意するんだ。」
マックスは小声で言って、暗い廊下を突き進んだ。
まずはこの表側廊下から、地下へ繋がる中央廊下に行く必要がある。
彼は今夜もかなり足を使う予感がした。
廊下の上を見ると、いつも通り小さな電球が端までずっとついている。思えば昨日は四階から一階中央廊下まで全ての電気が消えていたが、何のためだったのだろうか?
そしてそれとは裏腹、地下は逆に電気がきっちりついていた。
その事も含め、全てはストレッドを捕らえたら聞けばいい。
彼は黙々と歩き続ける。
「既に透明化して動いている可能性もある。足音や物音、わずかに写る影にはよく気をつけるんだ。」
「ちなみに、今日は何か悪い予感はするのか?」
ディルが言った。
「いや、今のところ特に……」
マックスは立ち止まった。
「誰か来てるな。」
「上からだ。」
四人は杖を自分に向け、目くらまし術をかけて静かに進んだ。
階段の上から足音が少しずつ大きくなって聞こえる。
彼らは階段の周りで杖を構えて待機した。
徐々に光が下りてきた。その中に動く人の姿が見える。
そして一階に下り立った人物が誰かわかると、透明の四人は杖を下ろしたのだった。
見回りの教師だ。
教師はそのまま四人が来た道へと去っていった。
呪文を解除したマックス達は再び先へ進んだ。
その後も数回、教師の姿を遠目に確認しただけで標的は未だに現れていない。
姿を消して動いているのだとしても、絶対にこのチームに攻撃を仕掛けるはずだ。
そして今夜も、マックス達は地下への階段の手前まで到着した。
「この先の重要物保管所に行ってるのかもしれない。」
「一応マグルシールド張っとくか。」
「頼んだディル。そして、ジェイリーズは人間感知の術の担当をお願いする。」
「任せて。」
「そしてジャック、また呪文のアドバイザーとなってもらおうか。」
「OKだ。じゃあ貸してもらおう。」
そう言い、ジャックはマックスから呪文の本を受け取った。
「よし、踏み込むぞ。」
ディルは地下入口にマグル避け呪文を張り巡らし、ジェイリーズが地下廊下に杖を向ける。
「ホメナムレベリオ」
四人とも、体の間を冷たい空気が通り抜けていくような感覚がした。
それからしばらくして空気の振動が消える。
「誰もいないみたい。あいつが地下に来ているとすれば壁の奥よ。」
「そうか。昨日もここへ来てあの部屋へ行こうとしていたんだ。そして俺達が本を手に入れた夜もそうだった。あそこで何かやろうとしている事は確実だ。今日も行った可能性が高い。」
マックスは心が踊りだすのを感じた。
ここに教師が来る事はない。奴は少なくとも地下廊下にはいない。
四人は一気に一番奥まで進み、今夜も偽物の壁の前に立った。
「今日は俺がやってみていいか?」
「どうぞ。」
ディルが石壁に手を当てて、呪文を言った。
「フィニート・レイヴ・カッシュ……」
手を離すと、壁が滑らかに変形し、色も変わっていく。
「やっぱ魔法はすごいな。」
「魔法使いが言う台詞ではないが、同感だ。」
四人は現れた黒い扉を引き開けて足を踏み入れる。
辺りは真っ暗だ。奴が暗闇から狙っているのか……
「ホメナムレベリオ」
そこへジェイリーズが前に出て、感知の術を発動した。
また独特な空気が辺りに広がる。その結果は……
「誰もいないわよ。」
「本当か?」
マックスは杖を天井に向けて振った。
「ルーモス・マキシマ」
三人も同時に光を灯し、杖を振って光の球体を天井へ飛ばす。
円形の広間は相変わらずで、今は中央のクリスタルは光ってない。
マックスは奥の部屋へ走り、見渡す。
「いない。まだ来てなかったのか。」
マックスの元へ三人も駆けつけた。
「見込み違いだったかな。少し待ってみるか?」
ディルが疲れた様子で床にしゃがんだ。
「そうするつもりだ。奴が来たら必ず壁が入口に変わるからすぐにわかる。そこを狙うんだ。今まで扉からここへ来ていたようだから、恐らく姿現しは出来ないのだろう。いずれにしろ勝算はこっちにあるんだ。」
ここで彼らは休憩しながら、ゴルトが現れるのを待つことにした。
しかし、しばらく経っても人が現れる気配はなかったのだった……
「マックス、どうする?」
ジャックが部屋をうろうろしながら言う。
「このままここに居てもどうしようもないな……」
予想は外れたのか……
今どこで何をしている?全く別の場所で何かしてるのか?
「ひとまず出ることにする。」
四人は再び地下廊下へと戻った。
この後はどうするか……
奴と出会うまで、あてもなく学校をうろつくか。それはとことん足を使うことになる。
「あいつが何したいのかわからない以上、どこにいるのか特定するのは難しいな。」
マックスは今からの行動に悩んだ。
「ストレッドが次に手を打つとすれば、邪魔者の排除。つまり俺達の行動を止めることだろう。そうなれば、奴の方こそ俺達を探していると思うけどね。」
そうジャックが言い、マックスは考えた。
「そうだな。そうなるのが自然かもしれない。もしくは怖じ気づいたのか。」
マックスは昨夜、ストレッドを拘束した時の事を思い出した。
奴に行動目的を問いつめたら、崇高な目的が待っている……という言葉をただ繰り返すだけだった。
あれはどういう事だったのか……
考えてもわかるわけない。本人にもう一度聞かなければ。
「なぁ、俺は今日はもう疲れちまった。後は部屋で本でも読まないか?」
ディルが言った。
「あたしも同感。特訓ではりきり過ぎたわ。」
続けてジェイリーズが言う。
確かに皆、今日の訓練には力を入れていた。奴が現れないならば、学校をさまよってもきりがない。
「ああ、そうするよ。今回はがっかりな結果になってしまった。俺の考えが間違っていたかもしれない。」
「気にするな。今夜は特訓で満足してるよ。」
「それに、何事も無くて良かったじゃない。」
ジャックとジェイリーズがフォローする。
「そういうことだ。じゃあ、寮に戻って各自で選んだ本を見ようぜ。」
この日の行動はこれで終了することになった。
四人がマックスの個室に戻ってからは、ジャックが『魔法全史』、ディルが『魔法薬調合基礎』、そしてジェイリーズは『魔法戦術』の専門書を手にして各自の個室に向かったのだった。
個室で一人になったマックスは自分の『魔術ワード集』を開いて眺めていた。しかしそれもつかの間、気付けば本を持ったまま寝ているのだった。
何も考えていない…………無の空間が自分を包み込む。
音もなく、何の感覚もない。
しかし、ふと誰かの声が頭の奥から聞こえて意識が戻った。
「この学校には何か秘密がある…………奴はそれを知っている……」
それは自分の声だ。
マックスはもっと耳をすます。
「レイチェルを守らなければ…………ナイトフィストの事は知らせないほうがいいだろう…………」
そして頭の別の方向から、別の声が聞こえてくる。
「お前がリーダーだ。お前じゃないと駄目だ…………」
この声は、ジャックか。
更に声の数は増し、複雑に頭の中を駆け回った。
「14年前の出来事は知っているだろう…………」
「今夜は特訓で満足してるよ…………」
崇高な目的が待っている…………
それはグロリアの大規模侵攻による被害だった…………我々のリストに名前が載っていたからだ、マックス・レボット…………彼女を危険な目に遭わせてはいけないわ…………崇高な目的が…………元は宗教的団体だったものが…………レイチェルでいいですよ…………もっと苦しみたいか、クルーシオ!…………崇高な目的が待っている…………それがナイトフィストとしての最初の任務だ…………崇高な目的…………それはグロリアによる被害だ…………崇高な目的…………服従の呪文で操られていたのだろう…………崇高な目的…………それはグロリア…………操られていた…………お前は誰だ…………誰だ!
「誰だ!」
マックスは叫びながらベッドから飛び起きた。
心臓のドキドキが止まらない。またこの感じだ。
恐怖心なのか?
何か得体の知れない緊張感が胸を締め付ける。
「俺はいったいどうなってるんだ……」
ただの夢だ。そう思い込んで一刻も早く気分の悪さを忘れようとした。
しかし、まだ微かに声の羅列が頭に残っていた。誰が何を言っていたかははっきり覚えていない。
マックスはまだベッドから立ち上がる気にはなれなかった。
これまでは悪夢なんて見たこともなかったというのに、最近は明らかにおかしい。
全てはあの本を手にしてからだ……
マックスはバッグの中からあの本を取り出した。
「まったく、こいつは呪われてるのか。」
彼は『学校内全システム書記』の地図のページを開いてぼーっと眺めた。
確かに重要物保管所と書いてある。呪文の本にも載ってない呪文で隠された部屋の事が、確かにそこに書いてある。
「訳がわからないことだらけだ。この学校は何なんだ?」
少し考えるのをやたら気が落ち着いて、彼はベッドから離れた。
その日は何かとやる気が出ず、ずっと悪夢の感覚を引きずっているかのようだった。
そんな時に、彼はレイチェルを見かけたのだった。
マックスが近づくと、彼女はチラッと横目で確認し、それが誰だかわかったようだ。
「マックスさん。」
「早速、周囲を注意する癖がついようだな。」
マックスは、グラウンド横のベンチに座って本を読む彼女の隣にいた。
「マックスさんに言われたので、周りの人の動きを警戒するようにしました。」
「それがいい。それと、もっと気軽に喋っていいぞ。」
マックスは隣に座った。
「ああ、うん。じゃあ、マックス……」
レイチェルは照れながら言う。
「マックス達は何でゴルト・ストレッドと敵対してるの?」
「あいつがジェイリーズに攻撃したのが始まりかな。それまでは、チームの新しいメンバーに出来るかと考えていたんだ。君みたいにな。」
「あたしが、しっかりしていればあの時に止められたかもしれないのに。」
「もうその話はいいよ。君は何も悪くない。悪いのは全てゴルト・ストレッドだ。自分を責めるなよ。それにしても、奴がまだ君を攻撃しに来てなくて良かった。」
マックスの言葉に、レイチェルは少し笑った。
「良いリーダーね。」
「ジャックも似たような事言ってたかな……」
彼はその言葉通り、良いリーダーであるという自覚はなかったが。
「俺は本当に良いリーダーかな?」
「あたしは、人の事はよくわからないけど、マックスは良い人に見える。」
「君にそう言われると、何だか元気が出るよ。」
マックスは、彼女と話すと自然な心でいられる事が自分でわかった。
「あたしも、あなた達と出会ってから学校が少し楽しく思えるようになったわ。」
マックスは朝の悪い感覚が一気に晴れる感じがした。
「やっぱりどこか似てるよ、君は。」
「こんな冴えないあたしに似ても良いことないかも……」
彼女は控えめに言う。
「既に今、良い気分だ……」
その時、校舎からチャイムが鳴り響いた。
「じゃあ、次授業があるから。」
「そうか、じゃあまた……」
そしてレイチェルは立ち上がり、本校舎入口に向かった。
一人になると途端にいつもの感覚が戻ってくる。
それは当たり前の感覚だが、今は違和感を感じる。
もっとレイチェルと居たい。何もしなくても、ただ居るだけでいいんだ……
それから今日も時間はすぐに過ぎ去り、日は沈むのだった。
マックスは今、ゴルト・ストレッドの顔を思い出しながら寮塔の廊下を歩いている。
どこかですれ違う可能性は大いにあり得る。
恐らく奴も寮生だ。そしてこれから先の時間は寮生しか居なくなる。
とは言っても、この学校の寮生は多い。手当たり次第で出会う生徒の中から見つけ出すのは難しいことだ。
マックスはBクラスの寮室に入り、そこにいる生徒達の顔も確認する。
すると見覚えのある顔が視界に入った。
「おい、どうしたんだ突っ立って。」
ジャックが歩いてこっちへ来ていた。
「ああ、何でもない。お前を探していただけだ。」
「ならばちょうどいい。今から食堂に行くところだったんだ。」
そしてマックスはジャックと再び寮室を出ていくことになった…………
この日の夜も当然行動を起こした。だが、昨日に続いて進展はなかったのだった。
ゴルト・ストレッドの現状が気になりつつも、この日も何事も無く終わったのだ…………
しかし穏やかな日は続かない。
マックスは翌朝、ディルからのメールで飛び起きたのだった。
急いで個室を出ると、寮室へと向かうジェイリーズがいた。
「ジェイリーズ!」
「マックス、まさかあなたも……」
彼女は立ち止まって後ろを振り向いた。
「ああ。ディルからメールが来た。」
二人はとにかく寮塔を出て食堂へ急ぐ。
「まさか、あいつ本当なのか。」
「ジャックも一緒にいるみたいよ。」
そして彼らが食堂の近くまで来たときに、明らかにいつもとは状況が違っていた。
早朝だというにも関わらず、食堂は既に大勢の生徒が集まっている。そして騒がしい。
二人が入口から入ると、すぐにあの二人がこっちへ来た。
「マックス、ジェイリーズ!」
「本当なのか。」
「この通りだ。とにかくあれを見ろ。」
ジャック、ディルと合流して、彼らは生徒達が集っている所へ走った。
大勢の生徒は何かを囲むように立っている。そして皆、床を見ているのだ。
見ている所は一ヶ所。
マックス達は生徒達の間を通って中心へと近づく。
そこでマックスは見た。
「本当だ……どういう事だ。」
そこには、床に仰向けに倒れてびくともしないゴルト・ストレッドの姿があったのだ。
目を見開いたまま、恐怖の表情で固まっているようだった。
「誰が金縛り呪文をかけたんだ。」
マックスが言った。
「いや違う。金縛り呪文じゃない。」
ディルは言った。
「既に生徒が何人も脈をみたようだが、皆、死んでると言っていた。誰かに殺されたんだよ。」
マックスは訳がわからなくなった。
「あいつが、殺された……?」
彼はゴルトの状態をよく見てみた。
目を見開いたまま、表情は固まっている。首を閉められた痕は見当たらない。傷もなし。
ここで一つの結論が浮かんだ。
「魔法で殺された可能性が高い。死の呪文だ。」
それからすぐに教師達が来て脈をはかるが、やはり死んでいるようだった。
今日のセントロールスは早朝から騒がしい一日となった。
外を見れば救急車とパトカーが来ている。
この後、食堂にいた生徒達の簡単な事情聴取が始まるのだ…………
そして今現在、マックスは自宅にいる。
当然、警察はゴルトの死因を断定することは出来ず、現状では薬物による殺人、もしくは自殺と予想されている。
あの後全生徒が体育館に集められて、急きょ明日から少し早い夏休みになるという説明があった。
卒業式は後日行われるようで、無事3年は卒業し、マックス達は3年になるのだ。
話しによればゴルトは3年だったらしい。後少しのところで卒業することができなかったということだ。
だがゴルトの事はどうでも良かった。むしろチームにとって、そしてレイチェルにとって危険な人物が消えたのは都合がいい。
だがまさか、再び姿を現したかと思えば死んでいた……
チームの中に犯人はいない。レイチェルがやったはずもない。
死の呪文は許されざる呪文の中でも最も許されない、生き物を一瞬で殺す呪文なのだ。
それ故に、十分な魔力がなければ発動することすら出来ない高レベルの魔法でもある。
つまり、まだ知らない強力な魔法使いの仕業だと断定していいだろう。
これで奴から話しを聞くことは出来なくなった。
まるで口封じのようだ。ゴルト・ストレッドには他にも仲間がいたということなのか……
マックスは色々と考えたが、この日の夜は久しぶりの自宅のベッドでリラックスして寝ることが出来た。
そして翌朝…………
「マックス、朝食出来たわよ。」
一階からテイル・レマスが呼ぶ声が聞こえたのだった。