Outsider of Wizard 作:joker BISHOP
一人の17歳の少年は、学校近くの公園に立ち寄っていた。
誰もいない、ずいぶん静かな所だ。
しかし静かな所は好きだから、こんな所はかえって居心地が良いのだ。
その少年、マックス・レボットはブランコの一つに腰かけ、曇り空を見上げていた。
「つまらない。どうせ学校にはうるさいガキのような奴らばかりだ。あいつらを除いては。」
マックスはとある人物たちを頭に思い浮かべていた。
彼には三人の友達がいる。とは言ってもいつも一緒にいるわけではない。同じような考えを持つ者同士として、色々行動する協力者達といったところだ。
そんな友達と行動する事以外、いつも学校はつまらないと思っている。
だからといって帰りがけに盗みなどをして遊んだりもしない。
マックスは今までに万引きしている学生、大人を見ている。
その時は必ず、「つまらんことをするものだ。」と呟いて通りすがるのである。
だが少くとも明日は楽しい日になると確信している。
マックスはそのあと、学校の寮へ帰ったのだった。
そして翌日、マックスはある所に到着していた。
教室ではない。裏庭の人目のつかないような木陰にいるのだ。
その他に二人の男子と一人の女子がいる。彼らがマックスの友人だ。
「揃ったな。さあ、この時が来た。どんなに面白いことになるか。」
マックスが話しはじめた。
「では最後にもう一度作戦をおさらいだ。いいか、俺が空にスモークを打ち上げる。周りがそれに気をとられている隙に、ジャック、お前は職員室へ行き、『学校内全システム書記』を奪うんだ。」
マックスは、彼と背格好の似た、長身で細身の男子、ジャックに言った。
「OK 、そして図書室に毎日来ている真面目男たちは、ジェイリーズ……」
ジャックは四人の中で唯一の女子を向いて言う。
「わかってるわ。あの一年の男子達はあたしが引き付けておく。」
美形でスタイルもいい女子、ジェイリーズは言った。
「任せたぞ。職員室へは図書室を横切らなければ行けないからな。きっと図書室にいる奴らもみとれることだろう。」
マックスは他の生徒とあまり接しはしないため、他の大勢の生徒のことは知らないが、ジェイリーズはかなり上位の美人であるという自信がある。
「そして最後にディル、お前は生徒達が近づいて作戦の妨げになりそうな場所にマグル避け呪文を頼む。」
マックスは体格のいい男子、ディルに言った。
「任せておけ。よりスムーズに作戦を行えるようにする。」
「ようし、今から俺はグラウンドへ行く。ジェイリーズとディルはさっそく動いてくれ。ジャックは職員室へ忍び込むスタンバイだ。では、これより『学校内全システム書記』強奪作戦開始だ。幸運を。」
マックスの言葉を最後に、4人はそれぞれ動きだした。
彼らはグループを組んで行動しているのだ。マックスがリーダーに立ち、作戦を考える。
今回の作戦は、職員室から『学校内全システム書記』という本を手に入れることだ。これには校内のあらゆる事が書き示された本だ。
これははっきりいって、盗みである。
マックスは裏庭からグラウンドの端のほうに動いた。
木の裏に隠れるなり、ズボンのポケットから30センチばかりの細長い棒を取りだし、胸元でそれを上に向けて構えると、ある呪文を唱える。
「インビジビリアス。」
すると、足先から徐々に消えていく……
そのまま頭のてっぺんまで背景が透けて見え、やがて彼の体は完全に透明になった。
そう、彼は魔法使いである。そしてジャック、ディル、ジェイリーズもだ。
彼が手に持つ棒は魔法の杖なのだ。
間もなくグラウンド中にチャイムが鳴り響き、生徒達はどんどん学校に入っていく。
しばらくし、門が閉ざされた。もうすぐ一時間目の授業までの自習時間が始まるのだ。
ここで、今や透明と化したマックスはグラウンド中央へ歩き、そこで杖を高々と上げた。
「サンクタス・フューマス。」
とたんに杖先から黄色い光が放たれ、一直線に空高く上がって……
マックスは杖をしまった。
校内からはざわめき声が聞こえてくるのがわかった。
見るとグラウンドの真上には黄色い煙が渦を巻いて漂い、次に赤へと色が変わった。
マックスが杖を振ると、その方向に煙は移動する。
「そっちもうまくやってくれよ。」
マックスはその場で虹色に変わる煙を操り続けた。
教室では生徒達が窓から空を見上げて騒いでいる。
その頃……
「やっぱりあの真面目3人組はいたな。騒ぎになど全く気づいてないらしい。いや、興味がないだけなのか。」
ディルとジェイリーズは6階、図書室前の廊下の角に隠れていた。
「じゃあ、行ってくるわ。」
「うまくやれよ。万が一職員室から出てきた教師がここら辺に来ないようにマグルシールドを張る。」
「その呼び方、ほんと好きね。」
ジェイリーズはややあきれたように言う。
「いいだろ。マグル避けよりこっちの方がかっこいい。」
「好きに言ってればいいわ。」
そう言うとジェイリーズは静かに図書室へ向かって歩く。
そしてディルはその場に隠れた。
ジェイリーズが図書室入り口に来ると、杖を取りだし、杖先をスカートの裾に当てて小声で呪文を言った。
「レデューシオ。」
そして杖先をゆっくり上へと上げていく。それにともないスカートの裾も上がっていき、どんどん短くなっていくのだ。
「なかなかやるなあ……」
ディルが廊下の角から顔を出して図書室入り口を見ていた。
ジェイリーズは、短くなりすぎたスカートのポケットに収まらない杖を首からシャツの中に入れると、入り口から姿を現し図書室へ入った。
目線の先には長机の一角で、椅子に座り本を読む3人の男子生徒の姿があった。
ジェイリーズは3人へ近づきながら声をかける。
「ねぇ、ちょっといいかな?」
優しげな声が聞こえ、3人は同時に振り返る。そしてゆっくり近づいてくるジェイリーズの姿を見ると同時に動揺した。
「君たち、外で起きてることは知らないの?」
ジェイリーズは3人の目を見つめながら徐々に迫った。
「窓から見えたから知ってるけど、ぼ、僕たちにはどうでもいいことさ。た、ただ調べものをしてるだけで・・」
「そう。ぼ、僕も。」「僕たちは騒ぎなんか興味なくて……」
学校でこれほどの美人と話したことがないと、3人とも思っているに違いない表情であった。
ジェイリーズは話に乗っかった。
「あたしも、騒ぎには興味ないわ。」
そう言いながら1年の真面目3人組の真横まで迫った。
3人は本を向くが、思わずすぐ近くの彼女に目が移る。
「あたしも調べものは好きよ。だからあの煙は何なのかって、気になって見てるのよ。」
ジェイリーズは3人の横側に面した広い窓ガラスの前まで歩いた。
窓の縁に手を置いき、スカートの中が見えそうなぐらいに前のめりになって窓の外を眺めはじめた。
3人は完全に本から目を離し、ジェイリーズの後ろ姿を見ていた。彼女には後ろの3人は見えないが、そろってこっちを見ているという確信があるのだった。
「君たちは煙の正体には興味ないんだね。」
そう言ってちらりと後ろを向く。
3人は焦って目を反らす。
「あれ?興味なかったんじゃなくて?」
彼女は尚も追い込んだ。
「え、ああ、無いけども、ええと……」
彼らは固まったのであった。
今や3人が図書室前の廊下を振り向く危険性はゼロとなった。ジェイリーズは携帯電話を取りだし、メールを打った。
「おっ、いよいよ俺の出番か。ドキドキしてきた。」
ジャックがジェイリーズからの合図のメールを受け取り、動き出した。
ディルがかけたマグル避け呪文のお陰で生徒と教師は近くに全くいないため、足早に図書室前の廊下に来ることができた。
少し先にはディルの姿が見えた。
「ディル、お前のマグル避け呪文の効果はよく効いてるようだ。おい。」
ディルはこっちに気づいてないらしい。
ジャックは静かに走ってディルの側に寄った。
「俺だ。今からが本番だぞ。」
「おっ!誰かと思った。ビックリしたじゃないか。」
「お前が全然気づかないからだろ。じっとして何してたんだ。」
ジャックは図書室の中を覗いてみた。
「なるほどな、そういうことか。」
「誰だって見てしまうだろ。」
「そんなこと言ってる場合か。ジェイリーズが頑張ってる間にさっさと作戦を終わらせるぞ。」
「ああ、そんなことわかってる。」ディルがむきになって言う。
「おれが本を取ってくる。その間にこの廊下に誰も入れないように頼む。更にマグル避け呪文をかけておいたほうがいいかもな。」
「了解だ。だがちょっと待て。」
「どうした?」
「マグルシールドな。」
「勝手に呼んでろ。」そう言い残し、ジャックは図書室前を素早く通り抜け、その先の職員室へ急ぐ。
ジャックはまず入り口のドアにくっつき、耳をすます。話し声はほとんど聞こえない。職員室にいた教師はほとんど外の件で出ていったのだろう。
ジャックはポケットから杖を取りだし、呪文を唱える。
「インビジビリアス。」
みるみるジャックの身体が透けていく。自分の体が完全に見えなくなると、ドアの窓から職員室をのぞきこんだ。
数人の教師がデスクに向かっている。各自の作業に集中しているようだった。これはついている。
ジャックは教師たちから遠い、奥のドアから侵入することにした。
足音を立てず、職員室前を小走りでかける。
その後ろをディルがついていく。
「レペロ・マグルタム。」
ディルが奥の階段に向けて杖を振る。
「気が利くじゃないか。マグルシールド名人。」
「やっぱりその名が好きなんじゃないか。」
「言ってやっただけだ。」
気を取り直し、ジャックは職員室後ろのドアをゆっくりと開けていく。
ディルはその斜め後ろの階段から降りていき、付近に人が近づいていないか見張る。
辺りに緊張感が漂った。
ドアの隙間から職員室が見えた。誰もこちらに気づいていない。
ここで呼び寄せ呪文を使えば飛んでくる本を見られる危険性が大だ。そのままスーっとドアをスライドさせ、職員室に侵入した。
ここからは一切声を発してはいけない。つまり呪文は使えない。
ジャックは考えた。重要な本だ・・・ずっと昔からある古い本だ……となると表に置いてあるわけはない。きっと奥にしまってあるはず……
ざっと職員室全体を見渡したところ、本が並べられてある棚が3ヶ所。その一つがすぐ目の前にある。
ジャックはまずガラス張りの巨大なケースを調べることにした。
教師はこっちを向いていない。音をたてない限りまず気づかれることはないだろう。
ジャックは足音を消して歩み寄った。
下段が物置、上段が本棚になった巨大なケースのガラスの扉ごしに中の本の名前を一冊ずつ見ていく。
どれも違うものだらけだ。
次に下段の扉を静かに開き、中を確かめるが、本は一冊も無いようだった。
となると、残り二つの戸棚を調べるしかない。
その頃、グラウンドでは……
マックスが杖を振り、色が変わる煙を上空で操り続けている。
ふと、学校正面入り口を見た。教師がぞろぞろと出てくるのだった。
しかし、いくらグラウンドを調べたところでマックスの姿を見破ることはできないが。
マックスは一旦呪文を切り、携帯電話を取り出す。
「ディル、そっちの状況はどうなってる?」
マックスはディルと話し始めた。
「さっきジャックが職員室に入った。まだ見つけられてないようだ。」
ディルが小声で言った。
「そうか。こっちは教師たちがグラウンドに集まってきている。目くらましの呪文で見つかることはないが、この呪文の効果を長く持たせるのは難しいから、もうすぐ校内へ向かうぞ。」
「わかった。気を付けろよ。」
「そっちもな。」
そしてマックスは電話を切った。
「呪文が切れるのが先か、逃げ切れるのが先か。おもしろくなってきた。」
彼は空の煙を操りながら自身の目くらまし術も維持し続けているのだった。
煙は呪文を切ってもしばらく浮遊している。マックスは杖をポケットにしまい、目くらまし術が効いてる間に校内へ逃げ込むことにした。
5人の教師がグラウンドまで来て上を見ている。背景と同化したマックスはグラウンドを遠回りで走る。
誰も気づくことはなく、教師たちは上を見ながら会話している。
無事グラウンドから出て、正面入り口に走り込んだ。まだ気を抜いてはいけない。校内から煙を操り、ジャック達が戻るまで人の気を引いていなければならない。
まだ姿を消したまま彼は上の階へと向かった。
そして職員室では……
デスクで作業していた教師たちが立ち上がり、職員室から出ていこうとしていた。やはり皆、外が気になるのだ。図書室の3人を除いては。
ジャックは心が踊った。これはいける!
すぐさま動こうとしたが、何かに気づいて急いで携帯電話をとりだした。
今、職員室前の廊下は両サイド共にマグル避け呪文がかかっている。このままでは教師たちがこの廊下から出ていくことはできないのだ。
ジャックはメールを高速で送り、返事を待つ。
職員室から出た教師を遠くへ追い出すため、一時図書室から反対側の階段のマグル避け呪文を解除しろとの内容だ。
教師たちが次々職員室から出ていく。ディルがメールに気づくかどうか……
一瞬不安な空気が漂ったが、直後メールが帰ってきた。
「よくやった。さて、今しかない。」
職員室にいた教師は皆出ていった。そしてその後ろから、誰かが声をかけて歩いてくるのがわかった。
校長だ。
これはしめた。このまま校長まで外に行けばこの廊下には、他にジェイリーズと一年の3人組しかいなくなる。校長室に入ることも可能だ。校長室……
ジャックはひらめいた。
「ずっと昔からある、この学校全体のことを記載した本だ。なぜ校長室にある可能性を考えていなかった。」
教師たちと校長が階段を下りていったのを確認するとジャックはすぐに後ろのドアから飛びだして、その隣にある校長室の扉を開こうとした。
鍵はかかってない。思いきり扉を開いて中に踏み込んだ。
やはり誰も居ない。そしてその場で杖を構え、その呪文を唱えるのだった。
「アクシオ『学校内全システム書記』」
予想は当たった。一つの引き出しがバン!と開いて、中から一冊の古びた本が高速で飛んできた。
ジャックはキャッチし、手に触れると同時に本が透明になった。
開いたひきだしの中を簡単に整理し、戸を閉めるとすぐに校長室から出て辺りを見渡す。
誰にも見られていない。作戦は成功したのだ。
ジャックは走りながら作戦完了のメールをジェイリーズ、ディル、マックスに送った。
図書室ではジェイリーズが3人組を相手にし続けている最中、メールを確認する。
「あっ、そろそろ時間だから、もういくわね。」
彼女は微笑み、優雅に図書室を出るとすぐさま杖をシャツの中から引っ張り出してスカートに一振りした。
「エンゴージオ」
スカートの長さは元の膝上まで伸びたのだった。
「まったく、皆お好きなこと。」
ジェイリーズは足早にその場を去った。
図書室では3人がまだ緊張して固まったままだった。
一方ディルはマグル避け呪文を解除しながらマックス達のもとへと向かった。
マックスはというと、既に教室の机に座っていた。もう外の煙は薄く、消えかかっていた。
メールを確認すると、すぐにジャックが教室へ入ってきた。
「よくやったな。」
「そっちも、大したマジックだな。皆騒いでるぞ。」
「なんせタネも仕掛けもない極上のマジックだからな。」
すると後ろからディルとジェイリーズが現れた。
「なかなか楽しかったぞ今度の作戦は。こんな興奮今まではなかった。」
ディルが満足げに言う。
「そうでしょうね。あたしの足をずっと見られたからね、スケベさん。」
「そんな言い方は……俺だってちゃんと活躍したんだ!」
ディルがむきになった。
「よせ、ともあれこれを入手できた。」
マックスはジャックから本を受け取り、パラパラとめくった。
「ついに手に入れた。これで校内のことはよくわかるだろう。より行動を起こせやすくなるんだ。」
その後は各自、散らばって授業が始まったのだった。
そしてこの日も夜を向かえる。
ここ、イギリス・バースシティーに建つ巨大な城のような外観のセントロールス高校は寮の暮らし心地が良いということで有名だ。多くの生徒が寮に入り、ここで寝泊まりしている。
マックス達も同じく、ここが家のようなものだ。
セントロールスにはAからFまで6つのクラスがあり、1クラスごとに寮室という広間と、その奥に生徒の個室が設けられており、生徒数はかなり多い。
そして今、マックスとジャックは本校舎の隣に建っている寮塔と呼ばれる、これまたでかい校舎にいるのだった。
ここはマックスの所属するBクラスの寮室。寮室は同クラスの全学年の寮生達が共有する広場ということで自由時間にはかなりうるさくなる。
広々とした部屋のいたるところに様々な形とサイズのテーブルがあり、椅子が囲んでいる。その椅子に座る生徒達は皆、今日あった事件の話をしている。
今日の放課後行われた全校集会では、現段階では煙が出現した原因は解っていないが、もし生徒によるイタズラであったならば、実行した生徒は名乗ること。なかなか申し出ない場合は大きな罰を下す。という校長の話があった。
しかし例の本のことは教師の誰もが口にしなかった事を考えると、今のところはあの本が無くなっていることは誰一人気づいていないらしい。
いずれ気づいたとしたら、また集会が開かれて生徒は騒ぎだすのだろうか。今ここにいるキーキー騒いでいる生徒たちのように。
そんな生徒達とは離れて、寮室の片隅で、彼らは椅子に腰かけていた。
「そう言えばディルはどこだ?」
マックスは向かい合って座るジャックに言った。
「さあな。またどこかでイタズラでもしてるんだろう。」
ジャックは窓の縁にひじをついて外を見ながら言った。
「いつものことだな。」
マックスは缶ジュースを飲みながら呟く。
「そうだ、ジェイリーズは今夜の行動には参加するのか?」
「まだ何も聞いてないな。ディルは参加したいと言ってたが。」
「そうか。ジェイリーズと言えば、あの3人への影響はすごかったぞ。」
「図書室の事か。」
「ああ。少ししか見てないが、あれはかなり動揺してたな。」
ジャックは今日の作戦中の事を思い出した。
「まあ誰だって振り向くだろうな。」
「振り向くなんてレベルじゃなかったよ。ディルも例外ではなさそうだったしな。」
「あいつが気を取られてどうするんだよ。」
マックスも小窓から外を眺める。
「まったく、面白いやつだ。それで、本題に入ろうか。」
「その事だが、話がある。」
マックスはジャックを連れて部屋の奥にある扉から部屋を出た。
その奥は横長い通路があり、壁には端から端までいくつものドアが並んでいた。ここから先が寮生の個室ということになる。
二人は奥へと歩いていき、ひとつのドアの鍵を開けて入った。ここがマックスの個室だ。
中は、一人が暮らすには十分なほどのスペースがあり、壁沿いにはベッドが、反対側には小さな棚と机があった。
棚には教科書類と数冊の本以外何もなかった。
ドアを閉めると、マックスはベッドの下に手を突っ込んで、隠された本を取り出した。
マックスが持つ古びた紺色の本は『学校内全システム書記』だ。
「もう読んでみたか?」
「地図のページをな。そこで少し気になる所を発見した。」
「何だ?」ジャックはさっそくわくわくしてきた。
「ここからが俺が見たページだ。」
マックスはとあるページを開き、ジャックに渡す。
「これは、学校全体の地図だな。」
「さらにページをめくってみろ。」
ジャックは1枚ページをめくった。次は一階を詳しく書き示した地図があった。
このページは一階の半分で、更にページをめくるともう半分の一階の地図が書いてあった。
ここで、一ヵ所に小さく赤ペンで印がつけられていることに気づく。
「この×印は?」
「俺が書いた。実はそこを見てほしいんだ。よく考えてみろ、そんな場所あったか?」
そう言われ、ジャックは地図と自分の記憶を参照しながら考える。
この学校は広すぎるぐらい広い。隅々まで完璧に覚えようとするならば、どれだけ学校をうろつき回らなければならないことか。
そんな校内の至るところを訪れた時の事を思い出した。しかし、答えは出てこない。
「はっきり言って、あるかないかわからんな。」
「同じだ。はっきり言えない。これには、立入禁止、重要物保管所と書いてある。調べてみたいとは思わないか?」
「思うよ。さっそく今夜かな?」
「もちろんだ。この本があれば校内は把握できる。たとえ夜の暗さだろうが関係ない。走ってどこへでも行ける。まあ走ったら足音でばれるがな。」
マックスは一旦本をベッドの下に入れた。
「ディルとジェイリーズには伝えておく。行動は皆が個室に入った頃だ。」
「OK。それまではおとなしくしていよう。」
そしてジャックは出ていった。マックスはディルとジェイリーズに今夜の行動内容をメールで伝えると、棚から一冊の小さな本を引き抜いた。
『魔術ワード集』と書いてあるそれを開くと、ベッドに腰かけたまま個室を出ることはなかった。
それからしばらくして、寮からの外出禁止の放送が学校中に流れた。
少しずつ本校舎内が静かになっていく。それと同時に寮塔にぞろぞろと生徒が移動してくる。
個室のなかでマックスはうずうずしていた。動くときは近づいている。
制服を脱いで私服に着替え、机の上の杖を取ってズボンのポケットに押し込む。
一方、ジャックも既に着替え、個室の窓から夜景を静かに眺めていた。
ディルはというと、自宅から持ち込んだスナック菓子の袋を開けているところだ。
ジェイリーズも着替え、波打つ髪を後ろで結んでいるところだ。
個室の外から話し声がどんどん聞こえてきた。生徒が自分の個室に入っている。
更に待つ。通路からほとんど会話がなくなるまで待つ……
そしてその時がいよいよ来た。
マックスは行動開始の合図のメールを送り、携帯電話をしまう。そしてベッド下からあの本を引きずり出して抱える。
そして静かにドアを開けた。
通路に出ると、個室から生徒の話し声が聞こえてきた。友達を連れ込んで遊んでいるのだ。
だがそんな他の連中とは比べ物にならないほど楽しい遊びがこのあと待っているのだ。他ならぬ優越感を感じながらマックスはドアを閉め、鍵をかける。
振り返ると、通路の先からジャックが歩いてきているのがわかった。
「今行く。」
マックスは通路を小走りで進んだ。
「待ち遠しかったよ。」
「俺もだ。こんなわくわくする行動は初めてだからな。」
ジャックと合流して二人で寮室の方向へ歩いた。
途中、数人の生徒とすれ違う。
「まだ生徒はうろついている。十分注意しよう。」
「恐らく寮室にはまだ人がいるだろう。」
通路の左側に大きな扉が見えてきた。
近づくにつれ話し声がわずかに聞こえてくる。
そして一人の生徒が扉から出てくる。やはりまだうろついている生徒はいるようだ。
二人は扉を開け、寮室に入ると、
部屋に点々と生徒たちのグループがあった。
皆、楽しそうに話しているだけで、こっちには見向きもしない。
そして部屋の片隅の椅子に腰かける見馴れた顔に気づいた。
「ディル、もう来てたか。」
「待ちくたびれたぜ。」
ディルは立ち上がった。マックスとジャックはディルの所に行く。
「あとはジェイリーズだな。」
マックスが言う。すると、すぐ近くから姿なき声が……
「もう来てるわ。」
「驚いたな。どこだよ。」
「あなたたちの目の前よ。マックス達の後ろからずっとつけてきたのよ。」
それはジェイリーズの声だった。
「出ていくところを人に見られないほうがいいでしょ。男子が皆見てくるから。」
「どうもすみませんね、男が皆美人好きで。」ディルが皮肉そうに言う。
「まあジェイリーズの言う通り、人に見られないほうがいい。早速行くとするか。俺達も透明になってここから出るぞ。」
そしてマックス、ジャック、ディルはソファの後ろに隠れた。
「寮室を出た先で誰もいなければ呪文を解除しろ。それが出来ない状況だったら本校舎に移ってからだ。」
「じゃあ、行こうか。」
そしてマックスとジャックは杖を取り、目眩まし術をかけた。そしてマックスはディルにも杖を向けて呪文をかけた。
「ディルも早く出来るようになれよ。」
そして3人とも徐々に体が透けていき、完全に見えなくなった。
マックスはそっとソファの裏から立ち上がって歩き出した。
誰一人彼らの存在に気づくものはいない。
スムーズに寮室を進み、出口の扉に近づく。
ここから生徒達がいる広間は死角になっているため、誰かが扉を開閉するのを見ることはできない。
マックスは音を出さずに扉をさっと開け、急ぎ足で寮室から出た。すぐ後に扉が見えない誰かによって閉められた。
同時にマックスら4人は姿を現した。
「まずは成功。まあ、当然だな。」
マックスは片手に持った本を見せた。
「ディルとジェイリーズにも見てもらいたい。」
「地図のことだな。」
ディルが本を受け取って開いた。
「ああ。メールの通り、今からは地図を見て気になった所を調べに行く。印を付けておいたから一度見ておいてくれ。」
ディルはしおりが挟まれたページを開き、そこに書かれた×印を見つけた。
「立入禁止、重要物保管所なんて書いてあるわ。」
ディルの後ろからジェイリーズが本を見る。
「ご覧の通り、気になるだろ。」
「ああ、楽しくなってきやがったぜ。」
四人は杖を片手に薄暗い通路の先に見える橋に向かって歩いた。
この橋を渡った先が本校舎となっている。マックスはわくわくと緊張が同時に沸き上がってくるのを感じた。
四人は寮塔を出て橋にさしかかった。
橋の両側には窓はなく、外の景色がしっかりと見える。
「それにしても、ここからの夜の眺めはいいものよね……」
独り言のようにジェイリーズが呟いた。
月光がほのかに床を照らし、四人の人影を映し出す。
風が静かに吹きつけ、少し肌寒くなる。
「だが、不気味でもある。」
ジャックが言った。
「だからこそ、また面白い。」
マックスが続けた。
4人は橋を渡りきり、突き当たりの扉を開いた。
太い廊下が横一直線に延びている。
所々に小さな電気がついている以外、光は一切無かった。
この不気味さはいつになってもなじめない。薄暗い廊下はいつもより長く感じられ、まるで別の場所のように見える。
4人は廊下を歩いた先に、階段の分かれ道があるのを確認した。
「例の場所は地下だ。下へ行こう。」
ここは四階だ。ここからひたすら階段を下りて一階を目指す。
そして一階への階段を下りている時、下から突然明かりがさしてきたのだった。
「まずい、見回りの教師だ。」
光の中から自分たちより背の高い人影が見えた。
おしまいか……と思った瞬間、光はいきなり下へと走って行った。
「あれ、どういうことだ?」
「教師ではない。」
4人は一旦立ち止まる。
「どうやら俺たち以外の抜け出した生徒のようだ。」
マックスが言った。
「いずれにせよ、俺たちが魔法使いだということを知られてはならない。」
マックス達は再び静かに歩きだした。
一段一段、暗い階段を下りていく。無事、一階もクリアだ。さっきの生徒はそこにはいなかった。
「地図を見せてくれ。」
マックスはディルから本をもらった。
「一階には基本となる廊下が三本ある。そのうち地下へ行けるのは一本だけ、それがこの廊下のようだ。この廊下の反対側に唯一の地下への階段がある。ここには長く行ってないな。」
この廊下には授業で使用する教室は無いため、生徒がこの廊下に来る用事はほとんどない。廊下の両側にはあらゆる物品が置かれたりする倉庫のような部屋しかなかった。
しかし夜の薄暗い廊下からは、部屋の様子はほぼわからなかった。
足音に気を付けながら4人は早歩きで廊下の突き当たりを目指す。今のところ見回りの教師には出くわしていない。
マックスは胸が高鳴るのがわかった。
さっきまでよりも暗さに目が慣れてきた所で、地下へと通じる階段があるのを確認できた。
「気味が悪すぎるな。」ディルが後ろから小声で言った。
「古い城なんだ。幽霊の一体でも出ておかしくはないぞ。」
ジャックがあえて真顔で言う。
「こんなときに冗談言うなよ。」
「冗談は言ってないよ。」
そしていよいよ地下への階段まで到着した。
「答えはすぐそこだ。行くぞ。」
再び緊張感が戻る。
4人は階段を下りていく……その時、またしても前方に明かりが。
マックス達は瞬間に立ち止まる。
明かりはそのまま地下へと歩き去っていく。
「これは厄介だな。ここからは姿を消して行くしかなくなった。」
マックスが静かに言う。
「それにしてもあいつは一人でなんで地下に?」
ジャックが言った。
「俺たちと同じく、日頃の学校には退屈してるやつかもな。」
マックスは続けた。
「地図によると目的の部屋は廊下を曲がった突き当たりの左側だ。そこの扉までは各自で透明になって行くんだ。」
マックス、ジャック、ジェイリーズは各自、目眩まし呪文をかけ、透明になった。
「そうだ、せっかくだから、ジェイリーズにお願いしようか。」
「お安い御用。」
そしてジェイリーズはディルに目眩まし呪文をかけた。こんなときでもディルは女好きらしい。
透明になった4人は地下廊下に下り立ち、一直線の短い廊下を進んだ。
地下は更に暗さが増した。両わきの壁にはいくつかの扉が並んでいる。さまざまな道具が収納されているのだろう。そして明かりとともに人影は先の角を曲がって行った。
そっと音を殺して歩き、マックスも突き当たりの曲がり角に来た。さっきの生徒はこの先にいる。自分達の目的地もそこにあるのだ。まず生徒を何とかしなければ……
そしてマックスは角を曲がった。その先はまたしても廊下がまっすぐ伸びていた。
マックスは暗がりの中、辺りをよく見渡しながら先を急ぐ。両側の壁にはまだ何の部屋も扉も見えない。
ドキドキする・・・もう突き当たりはすぐそこだ。
そしてついに地下廊下の終わりの壁までたどり着いた。
無い……部屋など一つも無いぞ。いや待て、その前に……
マックスは目眩まし呪文を解いて姿を現す。それにともない3人の姿も現れた。
「確かに本にはここだと書いてあった。でも壁だ。」ディルが言った。
「無いのは目的地だけじゃない。さっきの生徒の姿もだ。」
マックスが言った言葉の後、話は一旦途切れた。そして……
「まさか、あたしたちの他にも……」
ジェイリーズが口を開いた。
「俺達以外にもこの学校に魔法使いが?」ジャックが言った。
「あり得ないとは言えない。そうだとして、どこに。」
「あたしが調べる。感知の魔術は一番得意なの。」ジェイリーズは杖を取ってその腕をつき出す。
「ホメナムレベリオ」
マックスは辺りの空気がかすかに振動した感覚がした。そして何事もなく空気の揺れはおさまる。
「いないわ。どこにも隠れてない。」
「ならば目眩ましをして俺達がここに来るのと同時にあいつは出ていったのか。」ジャックが言った。
「それはそうと、地図は嘘っぱちじゃないか。ここには何もない。」
ディルが言った。
マックスは今一度本の地図のページを開く。
「確かにここで合ってる。今は取り壊された部屋なのかもしれない。何せこの本は昔からあるものだと生徒手帳には書いてあったからな。」
「なんだ。がっかりだな。」ディルが残念そうに言った。
探検の結果は、地図に書かれた立入禁止部屋は今は無く、埋められて壁になっているということになった。
そして新たに発見したことがある。それはこの学校にもう一人、魔法使いがいたことだ。その事実だけでも収穫になったと4人は思った。
だが、マックスはまだ何か引っかかる。
「なあ、思い出してみるんだ、あの魔法使いが地下廊下へ行く時、あいつは俺達に気づいていたように見えたか?」
「慌てている様子はなかったと思うが、よくわからないな。」
ディルは言う。
「正直、俺も同じだな。ほとんど光しかわからなかった。」「あたしもだわ。」
「そうだな。何とも言えないな。」
マックスは続ける。
「あいつは何の用も無しにここへ来て、そして偶然俺達と入れ違いですぐに出ていったのか……それはおかしくないか?」
「言われてみればそうだな。じゃあ俺達に気づいていて、逃げていったということか。」ディルが言う。
「そうかもしれない。でも、リスクがありすぎる。さほど広くないこの廊下で見えない人間が4人の見えない人間とぶつからずにすれ違わなければいけないんだぞ。もし気づいていたならわざわざここまで来るだろうか?」
マックスのこの意見は的確だった。これには誰もが納得していた。
「確かにね。物置にも隠れず、確かに角を曲がって行くのを見たわ。」
ジェイリーズが言う。
「隠れようとしない。ということはやっぱり俺達に気づいてなかったようだ。そして俺達みたいに目的地へ向かっていたような……」
ジャックが言った。
「そうだ。目的地、それだ。」
マックスはピンときた。
「今俺達が探していた場所へ行こうとしていた。そして行ったんだ。どこにも逃げてはいない。」
「ちょっと待て、ここには何もないんだぞ。あの生徒がどこに消えたっていうんだ?」
ディルが言った。
ここでジャックがマックスの考えを読んで言った。
「つまり、どこかに隠し部屋があるって言いたいんだなマックス。」
「さすがは、さっしがいいな。」
「そんなバカな。ここは魔法学校なんかじゃないんだぞ。」ディルは言った。
マックスは少し考えた。
「まあな、考えが行きすぎてるかもしれない。だとしたら後は……姿くらましは無いだろうな。」
「姿くらまし?」ディルが言った。
「俗に言う瞬間移動のことだが、これは高度な術だ。訓練しなければ絶対に出来ない。ましてやマグルの学校にいる生徒ができるとは考えにくいんだ。」
考えはまとまらなかった。
この夜はここで行動をやめ、寮に戻ることにした。
暗い廊下を歩きながら、まだ疑問の答えを考える。しかし前方からの足音で我に帰った。
足音はどんどん近づいている。見回りの教師だ。
四人は歩く足を止めて杖を構えた。だがこっちに姿を現すことはなく、階段を上って行ったようだった。
ほっとして皆再び歩きだした。
それ以降も誰にも遭遇することなく、四階の寮塔へと戻ってきた。
「それじゃあ、今夜はもうおやすみね。」
ジェイリーズはやや眠そうに言った。
「ああ。明日、行ければまたあの場所に行くつもりだ。詳しいことはまた連絡する。」
マックスが言った。
「それじゃ、明日も早いしとっとと寝るとしよう。」
ディルが言った。
「よし、じゃあ解散だ。」
マックスの言葉で四人は散った。
マックスはそのあとの事はよく覚えていない。今日ほど魔力を行使したのは久々で、ベッドに横たわった瞬間に眠気が襲い、自然と閉じた目は朝まで開くことはなかったのだった。
四人とも、本を手にいれたことを純粋に喜んでいる。
だが、これからイギリスの、いや世界の魔法界の歴史を揺るがすかもしれない事に足を踏み入れたという事実には、まだ気づくはずもないままに朝をむかえるのだ……