杏が空に向けて機関銃をぶっ放しているのと同時、千景は得物の大鎌を抱くようにして立ち尽くしていた。
戦いが始まる前、彼女はバーテックスをぶっ殺してやると思っていた。しかし、いざ実戦となると、変身までは出来てもそこから一歩も動けなかった。
(伊予島さんだって戦えているのに、私は……)
「ぐんちゃん!」
動かない千景の元に友奈がやってくる。
「た、高嶋さん……」
「ぐんちゃん大丈夫?」
「高嶋さん……私は怖い」
「よしてくれぇ、恐れを知らぬ勇者だろうが!」
「何かが私達を狙っている……人間ではない。全員殺される」
「うーん、そりゃバーテックスだからね、あれ」
言いながら、友奈は震える千景の手を取った。そして、安心させるように笑顔を見せる。
「私が傍にいるから、そんな顔しないで? 行こう! 手、握っててね」
そう言うと彼女は千景を引っ張るような形で飛翔した。
二人に気が付いたバーテックスが、口を大きく開いて接近する。
「高嶋さん、前っ!」
千景が悲鳴を上げる。だが、友奈はひるむことなく拳を振りかざし、
「とぉうっ!」
とバーテックスを殴りつけた。
神の力を得た友奈のパンチはいとも容易くバーテックスをミンチにしてしまった。
「私達はこんな奴らになんか負けない! ぐんちゃんにだってできるよ!」
言っている傍からバーテックスがもう一体、二人めがけて突っ込んでくる。
「自分の力を信じて!」
「自分の力……!」
今度は千景の番だ。大鎌を振り上げ、バーテックスに振り降ろす。
「刺身にするぞ!」
バーテックスの白い身体は思った以上に簡単に真っ二つに出来た。人々を食い殺し、厚い装甲さえも喰い破ったあいつらが、これほどまで弱かったとは。
「バーテックスなんか怖くねぇ!」
「ぐんちゃん! フラグ建設はやめよう!」
※
周囲のバーテックスを蜂の巣にした杏は球子の傍へ駆け寄った。
「タマっち先輩大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
球子は杏の手にする場違い極まる武器をまじまじと見つめた。
「ランボーみたい……」
「あながち間違いじゃないかも」
「伊予島杏が昨日見た映画を元に作られた武器だ」
そう言いながらミニサイズのジョンが杏の後ろから愛らしい羽をパタつかせながら姿を現した。
「な、なんだこいつ!?」
「一応ジョンだよ」
「よろしく」
「なんていうか……正直なところクッソ気持ち悪いな! 何だその似合わない羽は!?」
言われるとジョンはいつもの無表情のまま黙りこくってしまった。もしかすると、彼なりに傷ついたのかもしれない。
それはそうと、二人は一番前線で戦う若葉に目を向けた。
戦闘が始まって以来、若葉はまさに獅子奮迅の活躍ぶりでバーテックスを一方的に蹂躙していた。
「一人で引きつけてる……すごいな」
「うん……」
太刀を振るい、敵を次々切り捨てて行く若葉の姿は惚れ惚れするほど美しく、力強かった。しかし、杏にはその戦い方に引っかかるものがあった。具体的に何かは分からないが……。
「ん? おいあんず、あれ……」
球子が何かに気付いた。
見ると、バーテックスの雑魚どもが一カ所に集まり、合体し始めている。
「お友達みたいだな! ボディーランゲージで愛情を示してる」
「冗談言ってる場合じゃないよぉ! あれは、進化体だよ!」
進化体……バーテックスは難敵が現れるとそれに対抗するため融合、進化する。杏たちは初めて見るが、若葉は一度見たことがあったという。曰く、
「桁違いの強さだった」
とのことだ。
バーテックスはしばらくせずと融合を終え、一本の棒状へと進化した。非生物的で奇妙な形態である。一見すると別に強そうには思えない。
「ま、まずは私が……」
銃口を進化体へ向けて構え、引き金を引く。
「ああああああああああああああ!」
「黙って撃て!」
杏の放った弾丸は進化体の身体を貫く……はずだった。
しかし、進化体は大きな板状の組織を展開し、そこで弾丸を全て受け止めた。そればかりではなく、受け止めたものすべてを丁寧に杏の元へリリースしてきた。
「うわわっ!?」
「あぶねぇ!?」
球子が盾を展開して弾を全て受け止めてくれた。受け止めてくれなかったら、最初の戦死者になっていたところだ。
「あ、ありがとうタマっち先輩」
「さっきのお礼さ。 それにしても、とんでもない奴だなアイツ」
冷や汗を拭いながら球子は言った。
棒状の部分は反射板を展開するための基部だったのだ。並大抵の攻撃では弾き返されてしまうだろう。
「伊予島杏の使用する武器ではあの進化体に効果的なダメージは与えられない」
「遅すぎる情報助かったよ」
「気にするな」
「皮肉で言ってるんだよ」
「分かってる」
「あんず、もっと強い武器とかはないのか? バズーカとか」
「あるかもしれないけど、ぱっとイメージできないや。もっと映画観とけばよかった」
「これ終わったら一緒に見ような……友奈が行くみたいだ!」
遠距離で駄目ならと今度は友奈が進化体に飛び掛かった。しかし、弾丸をも跳ね返す反射板である。彼女の鉄をも砕く打撃も跳ね返された。
「くっ、友奈、いったん下がれ!」
若葉が呼びかける。
だが。
「一回でだめならっ」
友奈は諦めない。
「漕げばいいだろ!」
友奈は意識を集中した。
『切り札』……神樹とつながる勇者が、その膨大な概念的記録から力を抽出し、自らの身体に宿すことを便宜的にそう呼んでいる。
友奈の身体は竜巻のような光に包まれ、それが晴れると彼女の勇者装束はより力強いイメージの物へと変化していた。
切り札の力は未知数だ。何しろ誰も使ったことがないのだから。
「勇者・パァーンチ!」
切り札の力を得た友奈のパンチは段違いに強力であった。こちらの攻撃にピクリともしなかった進化体が身を震わせている。それでも、決定打にはなっていない。
「一回でだめなら、百回でも千回でも叩き続ければ良いっ!」
そう叫ぶや、友奈は連続で進化体を殴り続けた。
一見単純な脳筋的行動だったが、効果はてきめんだった。
打撃が八百を越えた時、板状組織に亀裂が入り、さらに百発加えるとそれは身体全体に広がった。
そして、千発。
「どぉーりゃっ!」
千発目を叩きつけると同時、進化体はついに粉々に砕け散った。
「ヒュー、すげぇ……」
「友奈さん流石ですね……」
進化体の破片に混じって、友奈は着地し、皆に自らが健在であることを示すようにVサインをしてみせた。
勇者まさにここにあり、と言った風だ。
※
四国の勇者たちの初陣は見事勝利で幕を閉じた。
戦いの後、勇者たちは喜びを胸に丸亀城へ凱旋した。
ひなたも、彼女たちを笑顔で出迎えた……ただ、襲来のせいで中断されていた昼食の席、若葉はひなたにこっぴどく叱られる羽目となった。
「お腹壊したらどうするんですかっ!?」
「いや、その……」
怒られるのも無理はない。なんと、若葉は戦闘中、ちょっとした拍子にバーテックスの身体を噛みちぎり、飲み下してしまったのである。
「昔友達を食ったアイツらに、その、報いをだな……」
「報いって言ったってそう言う理屈ではないでしょう!?」
「いや、もっともだ……」
ひなたの怒り方はかつて見たことがないレベルだ。それだけ若葉たちの身を案じてのことだとは分かっているのだが、怖い物は怖かった。
「ところで、若葉。バーテックスってどんな味だった?」
場を和ませようと球子が質問する。
「うん? そうだな、さしずめ味のないイカの刺身に近いか……美味い物ではないな」
「うーん、なら今度の戦いの時は醤油でも用意していくか!」
「タマっちさんッ!」
「ひぇ」
ひなたの怒号が球子の身体を貫く。日ごろが温厚な分、怒った時が強烈だ。
すると、ジョンが球子に、
「土居球子、ふざけるのはその胸のサイズだけにした方が良い」
「何だジョン? 喧嘩なら買うゾ?」
「俗に言う『ジョーク』だ。気にするな」
「ジョークが言えるのか?」
若葉がジョンに驚きながら問いかける。
「伊予島杏の部屋の本で学んだ。ジョークには人間同士の関係を円滑にする効果がある」
「つまらないジョークは空気を悪くするとは習わなかったのか?」
球子は抗議の視線を向けながらジョンにそう言うが、彼は意味を理解していないようだった。人間のジョークは精霊には理解しがたいのだろう。
「とにかく、今後バーテックスを食べようなんて、無茶なことはしないでくださいね!?」
「うむ……肝に銘じておく……あ、でも干物にしたら案外――」
「若葉ちゃんっ!」
「すまない……」
「……バーテックスの干物……案外売れるかも」
「おお、いいねぇぐんちゃん! シベリアの果てまで売りまくれ!」
「千景さん、友奈さんまで! 資本主義者め……」
※
勇者たちの初勝利は大社の広報によって大々的に報じられた。
それによって雑誌や新聞のインタビュー依頼が勇者たちの元に舞い込んだ。取材の類は全て若葉が代表して受けることになっている。
「勇者様にとっての無上の喜びは何ですか?」
「敵を打ち負かすこと、そいつらの息の根を止め、バーテックス共の悲鳴を聞くときです」
「イェア! それでいい! よく言った! それでは最後に、四国に暮らす人々に何かメッセージをお願いします」
「バーテックスが四国への侵略行為を続ける限り、我々もこの地で戦闘を続ける。奴らが枕を高くして眠ることはないだろう。死か自由かだ!」
「はい、ありがとうございます」
「人選ミスでしょ……」
インタビューを受ける若葉を眺めながら千景が呟いた。
「若葉ちゃんは勇者のリーダーですからね。広告塔の役割もあるんです」
「まぁ、そういうの全部引き受けてくれるのはタマ的には気楽でいいけどナ」
「タマっち先輩、こういうの好きだと思ってたけど、意外だなぁ」
「インタビューはさすがになぁ」
しかし、若葉も別に目立つことが好きでインタビューを受けているわけではない。インタビューの記事を通して、四国の人々を勇気づけるという使命のため受けているのだ。
「ふぅ、やっと終わった……」
取材陣が教室を出ると、若葉は深く溜息をついて椅子にもたれかかった。傍から見るとあまり感じなかったが、相当疲れているようだ。
「お疲れ様。さっすがリーダー、絵になってるなぁ」
「からかうなよ球子。さすがに四件続けてインタビューはキツイな」
苦笑しながら若葉は言う。そして、ふと友奈の席に目をやった。
「心配、ですか?」
ひなたが訊く。
「まぁ、な」
友奈はここ数日学校を休んでいる。
勇者に絶大な力を与える『切り札』だが、使用者にどれほどの影響を与えるかも未知数であった。そのため、友奈は大社の指示で検査入院をしているのだ。
「高嶋友奈の身体に影響は見られなかった。三日以内の退院が予想される」
「なら、いいのだが」
「それより、郡千景の精神面に不安が見られる」
「…………!」
ジョンの分析に千景はぎくりとした。
「……勝手に人の精神を計らないでもらえるかしら」
「高嶋友奈に会いたいと思っている」
「……むかつく……」
「とても幼稚な反応だな」
「おいジョン、やめないか」
若葉が窘めた。そして、話題を変えるように、
「そう言えば千景、明日バスで帰省するそうだが、支度は出来ているのか?」
戦いの後、勇者たちには順次休暇を与えると大社から通達があった。勇者として戦うにはフィジカルだけではなく、メンタルも大きく影響するからだ。勇者といえどまだまだ子供、丸亀城にずっと置いておくと精神的に参ってしまうだろう。
中でも、千景には優先して休暇が与えられた。
彼女の母親が、天空恐怖症候群……三年前のバーテックス襲来時のストレスが原因となる精神疾患……を発症しているからだ。それも、かなり重篤のものである。
「……大して持っていくものもないもの、今日の夜にでも済ませばいいわ」
千景はぶっきらぼうに答える。
「そうか……お大事にと、伝えておいてくれ」
「千景が帰れば、家族も喜んでくれるだろうな」
球子も気を利かせてそう言う。
それに千景は、
「ええ、そうね……」
とやはりぶっきらぼうに、そしてどこか影のある表情で答えた。
そのようなやり取りをしていると、彼女たちの教師が教室へやって来た。
「テレビ局の奴らが来ましたが入れますかァ!?」
「その前にボディチェェックだそれくらい分かるだろ!」
若葉は緩めていたリボンを整えながら答える。
「まだインタビュー受けるのか? 疲れてるなら断れよ」
「これも勇者の仕事だからな……」
「体調管理だって勇者の仕事だろ」
「そうですよ若葉ちゃん」
球子の意見にひなたが同意した。基本的に若葉はひなたに指摘されると逆らえない。
「むぅ……だが四国の人々を勇気づけるためには……そうだ!」
若葉が何か閃いた。
「誰か別の人が取材を受ければ良い! 何も私一人で受ける必要もないだろう?」
「でも、リーダーは若葉じゃんか」
「だが、勇者であることはみんな変わり無い。そうだろう? そういうわけで、どうだ、球子?」
「えぇっ!? い、いや、タマはちょっとなぁ~……あんずはどうだ?」
「え!? わ、私こそ無理だよ……千景さ――」
「悪いけど遠慮させてもらうわ」
「即答!?」
その場にいる勇者たちは皆そろってインタビューには乗り気ではなかった。
「断った方が良いんじゃないですか……?」
「うーん……」
若葉は腕を組んで考える。断るべきか、このまま若葉が取材を受けるべきか。
数秒の思考の後、彼女は「あっ」と閃いた。
「私に良い考えがある」
「……不安しか感じないフレーズね……」
「ジョンが取材を受ける、というのはどうだろう?」
若葉の提案に一同は言葉を失った。
「……何て言いました?」
念のため、杏が確認の質問をする。帰って来る答えは同じで、
「ジョンに取材を受けさせればいいんじゃないかと言ったんだ」
「あんたバカジャナイノ!?」
杏でさえも口調を荒げざるを得ない発想であった。日頃の彼を見ていて、そのような発想に至る思考回路が彼女には分からなかった。
しかし、若葉も適当に言っているわけではない。
「ジョンはジョークを言えるほどだ。インタビューの受け答えくらい出来るだろう」
「でも」
「問題ない」
不安がる杏にジョンが言う。
「伊予島杏の部屋にある本で、取材時における最適解を習得済みだ」
「ホントですかぁ?」
「信用しろ」
彼が不器用な笑みを浮かべながらそう言うのと、取材のテレビクルーが教室の前に現れるのはほとんど同時であった。
「どうも、『バル・ベルデTV』の者です! 勇者様の取材をさせていただきたく観音寺から参りました!」
観音寺市は丸亀市から車で40分ほどの街である。そこのローカル局が取材に来たのだ。
「ようこそ丸亀城へ。こちらへ」
若葉がテレビクルーを教室内へ案内する。
「今日は若葉様のお話を聞きたくて参りました」
「いや、それなんですがすみません、今回の取材は彼が受けることとなりまして」
彼女が示した先には身体に対してあまりにも小さな椅子に行儀よく座るジョンの姿があった。勇者と言うのは全員が少女だと聞いていたから、テレビクルーは驚きを隠せない。
「あの……彼も勇者なので?」
「そんなところです」
「はぁ、そうですか……」
「やぁテレビマン、どうぞよろしく」
ジョンはクルーに素敵な笑みを向ける。クルーたちはその素敵さに戦慄せざるを得ない。
しかし、彼らとて観音寺の視聴者たちのために勇者の言葉を記録しなければならないという使命がある。
クルーたちは意を決してジョンのと対面する。
「は、初めまして。今日は勇者様の言葉を聴きたく――」
「ガタガタ抜かすな、クソ野郎」
「は?」
突然の暴言にテレビクルーは言葉を失った。あまりにも唐突だったこともあり、彼らは聞き間違いかと思って取材を続けようとした。
「……そ、それでは最初の質問なのですが」
「さっさと失せろ、ベイビー」
「えっ?」
聞き間違いではないらしい。
困惑するテレビクルー全員にジョンは両手の中指を突き立てて見せつけた。テレビクルーは「もしやするとこの方は不機嫌なのかもしれない」という考えに至った。
「あ、あの、今日はこの辺にしておきます……」
「あぁ、ちょっと待って!」
慌てて若葉は引き留めようとする。しかし、すっかり怯えてしまったテレビクルーたちは機材を素早く片付けると痕跡を残すことなく教室を後にしていった。
ジョンはそんな彼らを「|地獄で会おうぜ、ベイビー」と見送った。
「『インタビューの受け答えくらい出来るだろう』、ね……」
呆れかえった様子で千景が皮肉気に呟く。
若葉はわなわなと震える。しかしジョンはなんら反省する素振を見せず、むしろどこか誇らしげに、
「先ほどのインタビューはテレビマンに絶大な印象を残すことに成功した。完ぺきな応対だったと言える」
「ジョオォォォォォォォォオンッ!」
若葉怒りの絶叫が丸亀城に響き渡った。