ゆゆゆいをプレイしている勇者部の皆さん、もうイベントはこなしたかな? まだの人はこんなの読んでないでイベントやろうね。
本作をお読みになる際の注意点。
1.本作は拙作『ジョン・メイトリックスは元コマンドーである』の外伝作品に位置します。読んでいようがいまいが意味不明さに変化はありませんが、一応お読みになることをお勧めします。
2.本作は『乃木若葉は勇者である』の二次創作となります。設定面は小説本編の他に漫画版の描写、ゆゆゆいのテキスト、独自考察などがミックスされたものとなります。無いとは思いますが、くれぐれも、本作の描写が公式のそれであると勘違いなさらぬようお願いします。
3.タイトルからして完全にコマンドークロスな感じですが、組合員的な意味での『コマンドー関連作品』を意味するので、必ずしもコマンドーのみのクロスと言うわけではありません。ていうかこんなのコマンドーじゃないわ、ターミネーターよ! まぁ誤差みたいなもんですけど。
4.本作はかなり広義の『コマンドー関連作品』のネタを使用します。「バトルシップとかトランスフォーマーも実質コマンドーだよね」などとほざく、組合員の中でも特に節操のない人向けです。ご注意ください。
以上の注意を受け入れることが出来る人だけ読んでください。受け入れられないのなら、ブラウザバックしてゆゆゆいに専念しろ。OK?
伊予島杏の趣味は読書である。
本ならなんでも読むが、特に好きなジャンルは恋愛もの。音楽や映画もそれに準ずる。
そんな彼女が、何故薄暗い部屋で筋肉バトルアクション映画を延々と見ているのか。何故、彼女の背後に筋肉まみれの大男がジッと立っているのか……。
ひとえに、それは彼女が『勇者』だからである。
※
時に西暦2015年7月末。
人類は最期の時を迎えようとしていた。
突如出現した『バーテックス』は世界中の人間を喰らい、ありとあらゆる文明を破壊しようとした。バーテックスの力は圧倒的の一言で、科学技術の粋を凝らし、地球をも滅ぼせる力を持つと謳われた各国の軍隊は為す術もなく壊滅した。
そんなバーテックスに立ち向かう力を持つのが『勇者』である。神々に見初められた、無垢なる少女たち。
杏もその『勇者』の一人だ。人類の防人として……神樹の庇護下にある四国で生き残ったわずか400万人の最後の希望として、戦う運命にあるのだ。
最初そのことを告げられた時、彼女は意味が分からなかった。
弱虫で、人見知りで、自分の殻に閉じこもっているような私が、そんな存在だなんて……。
自らと同じ使命を背負うことになった『仲間』とも言うべき他の少女たちも多少の違いはあれど事情は同じである。丸亀城に設置された『学校』の教室に集められた少女たちは、課された使命の重さをも理解できずに、ただただ困惑している。
……ただし、杏はこの後、彼女たち以上に困惑することとなる。
「既に聞いている人もいると思いますが、あなた達の手にした武器にはそれぞれ霊力が宿っています」
勇者たちの教師徒でも言うべき大社の神官が資料を見せながら説明した。
「乃木若葉さん、あなたのその太刀は『生太刀』というもので、文字通り生命を宿した太刀です」
言われた若葉は鞘から刀身をわずかに抜き、刃の輝きを見た。確かに、まるで生きているような輝きを放つ、奇妙な太刀である。
「高嶋友奈さんの手甲は『天ノ逆手』……これは古くから伝わる呪いのひとつです。具体的な作法は不明だそうですが、露骨な反抗心みたいなものでしょう」
友奈は得物である手甲をまじまじと見て、数度つついてみた。呪い、という感じはしないが、拳で戦うと言うのは分かりやすくて好きだった。
「郡千景さんは大葉刈……神度剣と呼ぶ文献もあります。文献では剣ですが、郡さんのそれは大鎌ですね」
千景は自分の身長ほどもあるその大鎌を一瞥し、刃を優しく一度撫でるとすぐに目を逸らした。
「土居球子さんの旋刃盤には神屋楯比売。大国主命の妻の一人でもある神屋楯比売命の名であり、神の矢と盾を意味するともされます。確かに、その旋刃盤は盾にもなりそうですね」
球子は良く分からんと言う風に頭を掻きながら得物を見た。しかし、ヨーヨーめいたこれを彼女は気に入っていた。
「伊予島杏さんのクロスボウには筋肉モリモリマッチョマンの変態が宿っています」
「は?」
あまりにも予想外な話のため、杏は得物であるクロスボウと教師の顔を交互に見つめてしまった。
なんで? なんで私だけ? 他のみんなが古事記や日本書紀のような神話から取られているのになんで私だけ?
彼女のめくるめく疑問を他所に、教師は話を続ける。
「精霊やあなた達の武器に関する資料を配ります。目を通し、より理解を深めるように」
そう言って教師はそれぞれ資料を配布した。古文書やそれに関する研究資料、などなど。
だが、杏に渡されたのは大量のDVDが収められた箱であった。
「あの、これは?」
「資料です」
「なんで私だけDVD……というか全部映画ですか?」
「そうです。今となってはそこそこレアなものもあります」
杏はDVDのパッケージを見た。ムキムキの男性が銃を片手にもってポーズを取っている。背景は爆発だ。何が爆発しているかは知れないが、ただ一つ言えることは、杏の趣味の映画ではないと言う事だ。
「杏はいいな~。映画とか楽しそうじゃん」
球子は呆然とする杏をよそに能天気に笑った。
※
それから約三年。
未だに杏はこの手の映画に慣れない。
来るべき日に備え、より武器や力への理解を深めるため見るように言われているのだが、一向に理解できない。
更に理解できないのは半年ほど前に彼女の前に突然現れた身長190センチばかりの大男の存在だ。
※
この大男とのファーストコンタクトは半年前のことであった
ある晩、自室に備えられたシャワーを浴びてさっぱりした彼女は寝る前に積んでいた小説でも読み進めようと思いながら寝室兼リビングに戻った。
そんな彼女を待ち受けていたのがこの大男である。
扉を開いた瞬間部屋のど真ん中で全裸でうずくまっていたわけであるから、杏は衝撃のあまり言葉を失った。
大男は杏に気が付くとやおら立ち上がり、のしのしと近づいてくるや、顔面蒼白の彼女を見下ろしながら一言、
「君の着ている服が欲しい」
杏の記憶はここでいったん途切れる。
目が覚めると医務室のベッドの上だった。時刻はだいぶ遅いようで、窓のカーテンからは月の光が静かに差し込んでいる。
左に頭を巡らすと、傍らには球子が座りながらこっくりこっくりと舟をこいでいるのが目に入った。倒れた自分を看病してくれたことは、言われなくても理解できた。
「む……」
杏の気配を感じてか、球子が目を覚ました。
「……はっ、あんず、大丈夫か!?」
「うん……ごめんね、タマっち先輩……」
「いったい何があったんだ?」
心配げに訊く球子。
「実は変な夢を見たんだ……。部屋に帰ったら変な男の人がいて……裸で迫ってきて、私の服が欲しいって言ってきたの。もう怖くて怖くて……」
「そっか。でも、タマが来たからにはもう安心だな!」
球子は年齢の割に小さな胸を思いきり張って杏を安心させようとした。その姿に、杏は頼もしさと安心感を覚える。
「ところで、その夢で出て来た男の人だけどさ」
「うん?」
「もしかしてコイツの事か?」
球子がベッドの反対側を指さす。
杏は頭を右へ巡らせた。
「…………」
「ひっ……」
思わず悲鳴が洩れた。
球子の反対側にいたのは、杏が部屋で見た大男だったのだ。その大男が、薄暗い医務室で瞳を爛々と輝かせながら杏を見つめているのだ。
「な……なんで……!? タマっち先輩、助けて……!」
「落ち着けあんず!」
「落ち着けって……この人、さっき夢の中で……あれ夢じゃないの!? ていうかまだ裸だし!」
「安心しろ。下は履いている」
男はスクと立ち上がると下にパンツを履いていることをこれでもかと杏に見せつけた。
「あんずに変なもん見せてんじゃねぇー!」
「そ、それよりタマっち先輩、この人、誰なの……!?」
杏は混乱の内でも球子がこの男が何者かを知っている口ぶりであったことを見逃してはいなかった。大社の関係者か、巫女であるひなたからかは知れないが、誰かしらからこのことを説明するようにお願いされているのだろう。
「うん、それなんだけど、ひなた曰くコイツはあんずの精霊だとかなんとかで」
「せ、精霊?」
「そう。精霊」
言いながら、球子も釈然としない様子であった。
当然である。
彼女たちにとって『精霊』というのは万物に宿る霊魂とか、死者の魂とかそう言ったもので、見た目も神秘的なものなのである。しかし現実に彼女たちの前にいるのは筋肉モリモリマッチョマンの変態で、精霊と呼ぶにはあまりにもマッチョネス過ぎた。
「えっと……私の精霊?」
「そうだ」
「名前は?」
「T-800 サイボーグ101型だ」
「精霊じゃないじゃ――」
「精霊だ」
T-800の言葉には妙な迫力があって杏は何も言いかえすことが出来なかった。ただ、この精霊を自称するサイボーグが悪者でないと言う事は何となく理解できた。根拠はないし、状況的にどう見ても不審人物なのだが――杏には不思議とそう思えた。
「と、とりあえずあなたが私の精霊なことはわかりましたから、何か服着てください」
「それがなあんず、コイツの体に合うサイズの服がここにはないんだ」
昼間なら適当に合いそうな服を見繕うことが出来るのだが、生憎今は深夜。街は完全な闇に包まれ、開いている服屋など存在しない。
「えっ、でもまだ三月で結構冷えるよ?」
杏が心配して言う。いくら精霊と言っても一晩の間ほぼ全裸でいたら風邪をひいてしまうのではないかと思ったのだ。
しかし、T-800は「問題ない」と言ってのけた。
「この身体は特殊合金のフレームを生体組織でカバーしたものだ。いわゆる『風邪』はひかない」
「やっぱり精霊じゃないんじゃ――」
「精霊だ」
「そう……」
とりあえず、この日杏はこのまま医務室のベッドで眠ることとなった。球子も自室に戻らずもう一つのベッドで寝るという。
精霊のT-800は、ずっと杏の横に立っていた。
(明日になったら消えてるかも……)
そんな期待を抱きつつ、夢の世界へと沈んでいった。
翌朝。
目を覚ました杏のまどろみの中に最初に飛び込んできたのはT-800の顔であった。
「グッドモーニング」
「……おはようございます」
挨拶に答えて、彼女はムクリと身体を起こした。T-800は相変わらずのパンツ一丁で、朝日に輝く肉体美を嫌と言うほど寝起きの彼女に見せつけてくる。
「バイタル正常、脳波レベル異常なし。伊予島杏は快適な睡眠状態であったと言える」
「あなたは、もしかして寝てないんですか?」
「寝る必要がない。寝なくとも活動できる」
「サイボーグだから?」
「精霊だからだ」
「そうですか……」
杏は適当に返事しながらサイドテーブルに置かれた時計を見た。あと30分ほどで始業の時間だ。やや寝坊と言っていいが、昨晩はこの自称精霊のせいで大変だったから致し方あるまい。朝食は抜きにして、お昼まで我慢だ。
「着替え着替え……」
制服は病室のハンガーにかけてあった。球子曰く、杏が倒れた時は若葉らも一緒に運んでくれたと言うから、その中の誰かが気を利かせて持って来てくれたのであろう。
「それは軍服か?」
「違います。学校の制服ですよ」
「学校? なぜ学校に通う」
「それは、勇者といえど一応学生だし」
「理解した」
一体何を理解したんだろう……。
そんなことを考えながら杏はパジャマを脱ごうとする。脱ごうとするが、ボタンに手をかけたところでハッと気が付いた。
「あの……」
「なんだ」
T-800は着替えようとする杏をじっと見つめながら無感情に返事をする。
「ベッドのカーテン閉めるんで、ちょっと出ててもらえますか?」
「何故だ」
「何故って、今から私着替えるんですよ?」
「それは理解している」
「男の人が一緒にいるのは、その、おかしいと思うんですけど」
「男性体をしているが、これは外見上の特質に過ぎない。性的欲求は存在しない」
「仮にそうだとしても……とにかく、出てってください! タマっち先輩のこと起こしてあげるなりしてて!」
杏はT-800を無理やり追い出すとベッドの仕切りカーテンを閉じた。彼は杏からの命令を実行に移したようで、仕切りの向こうから「何だお前!?」という球子の声が聞こえる。
「もう……」
すこし頬を膨らませながらパジャマを脱ぎ、制服に着替える。そして、上着を羽織ったところでふと気が付いた。
(私の精霊ってことは、ずっと付いてくるってこと……?)
とりあえず、彼女のプライバシーが死んだことは確かであった。
杏と球子、そしてT-800が教室に着いたのは始業の5分前で、他の面々はとっくに『登校』していた。
「おはよう。昨日は大丈夫だったか?」
教室の戸を開けて入室した杏に若葉はそう声を掛けてくれた。
「はい。どうもすみませんでした……」
「いやいいんだ。何ともないなら――」
そこまで言って、若葉は言葉を失った。何しろ杏の後ろからパンツ一丁の大男がヌッと姿を現したのだから。昨日も一応会っているのだが、やはり朝、明るい場所で見ると一際存在感がある。
「お、おはよう。えーっと……」
「T-800だ」
「そう……T-800……座席は、とりあえず杏の隣の空いている席で頼む」
「えっ、一緒に授業受けるんですか?」
「当然ですよ?」
杏の疑問の声にひなたが答える。
「彼は杏さんにとって謂わば『相棒』ですからね」
「なにー!? あんずの相棒はこのタマだぞ!?」
「そこ? そこなのタマっち先輩?」
そのような事を話していると、千景が登校してきた。彼女は一同を興味なさげに一瞥した後にあまりにも異質な筋肉に驚き二度見してしまった。そんな彼女に気付いたのか、T-800はずんずんと千景に近づく。
「な、なに……?」
人と接するのが苦手な彼女であるから、T-800の突然の接近に思わず後ずさった。彼はじっと千景を見下ろすと瞳をチカチカ輝かせる。千景は状況の意味が分からなすぎて困惑するしかない。
「スキャン結果、体格一致。君の着ている服が欲しい」
「……あなたのセンサー壊れてるわよ」
「郡さんから離れろ、その絵面は犯罪臭しかせんからな」
若葉に言われ、T-800は何故か不満げに彼女のもとから離れ、先ほど指定された席に着いた。
「何なのこの人……」
「ごめんなさい……一応、私の精霊らしいんですけど……」
「それは、知ってるわ。 ……理解は出来ないけど」
そう答えると千景は自分の席に着き、鞄からゲームを取り出すと自分の世界に入って行った。
(全くその通りですね……)
一晩経ってみたが、やっぱりT-800の存在は理解できない。精霊だと言われても、このパンイチ筋肉オバケがそうだとは到底思えないのだ。ましてや、自分の相棒だなんて。この中で彼をすんなり受け入れることが出来ているのは、ひなたくらいのものである。
……いや、彼の存在をすんなり受け入れてしまいそうな人がもう一人いた。
「おはよーございます! ギリギリセーフ!」
始業チャイムの直前、教室に友奈が飛び込んできた。いつもはもっと早く登校する彼女であったが、この日は遅刻ギリギリである。
「おはよう、高嶋さん。今日は、遅かったね」
ゲーム機から顔を上げた千景が真っ先に挨拶する。人と交わることを苦手とする千景だったが、友奈だけは特別であった。
「いやー、きのう格闘技の特番やってたでしょ? ごたごたの後気紛れにそれの真似してたら寝れなくなっちゃって」
答えてから友奈は杏にも声を掛けた。
「それで杏ちゃん大丈夫だった?」
「はい、お陰様で。ご迷惑おかけしました」
「いいっていいってー……」
杏の方に目をやると否応なしに視界に入ってくるのがT-800の姿である。明らかにサイズに合っていない机に鎮座するその姿はシュールレアリズムの極致ともいえた。
「あなたが杏ちゃんの精霊さん?」
友奈の問いかけに、彼は首をグリンと巡らせて、
「そうだ。正確にはT-800、サイボーグ101型だ」
「さいぼーぐ? 精霊じゃないの?」
「いや、精霊だ」
「そっかー。凄い筋肉! 今も鍛えてんの?」
「メンテナンスは最小限だ」
「へぇ、今時の精霊は便利だね!」
二人の会話を聞きながら若葉は感心したように、
「凄いな友奈は、アイツを当然のように受け入れている」
「ていうか会話が成り立っているのが凄い」
「あれ、成り立ってるのかなぁ……?」
「それより、もうすぐ朝礼ですよ。席に着かないと」
ひなたに促されて一同は自分の席に着く。それと同時、始業を知らせるチャイムが鳴り響いた。
杏は窓側の後列に座席を持っている。左を向けば丸亀城下の景色が見える席で、杏はそれが気に入っていた。しかし、今はそこには巨大な筋肉が聳え、杏の席に影を落としている。
どうしようもない状況にため息が漏れるばかりであった。
※
昼食の席、友奈の発案によりT-800の歓迎会をやることとなった。歓迎会とはいっても、いつも通り寄宿舎の食堂で一緒にうどんを食べるだけなのだが。
「それではアンちゃんより一言!」
友奈が元気よく振る。
「えぇっ!? ……えーと……。 ……お前らは女や子供たちをォ、殺したんだ」
「いや、普通に挨拶お願い」
「あ、わかりました。えー、出会いが出会いなだけにぶっちゃけ歓迎したくないですし、これからずっと付きまとわれることを思うと夜も眠れない気がしますけど……とりあえず、乾杯!」
「乾杯!」
一同(千景はやや遠慮がちであった)が水の入ったコップを掲げて乾杯の合唱をする。上座に座るT-800の前に、友奈がかけうどんを持ってきた。
「なんだこれは」
「うどん! とっても美味しいんだよ」
「なんだ、うどんを知らないのか?」
自分のかけうどんを啜りながら若葉が問いかける。精霊は神樹……つまり土地神の集合から生み出されたもの。この土地の魂でもあるうどんを知らないとは意外だったのだ。
「このボディは水素電池で稼働している。食事と言った燃料補給行為は必要ない」
「……水素電池で動くって……本当にあなた精――」
「精霊だ」
千景の指摘を遮るように言い切る。
「じゃあ、うどんを食べることは出来ないのか?」
「出来ないわけではない。必要がないだけだ」
「では、是非食べてみてください。美味しいですから」
ひなたに促され、T-800は器用な箸使いでうどんを口に運ぶ。
「良い歯ごたえでしょう? 余裕の味だ、馬力が違いますよ」
「…………」
しかし、T-800は一口食べた後じっと動かなくなってしまった。
「あれ、黙っちゃったよ? 美味しくない?」
友奈は驚きを隠せない。
友奈は本州からやって来た人間であったのだが、本場の讃岐うどんを食べるやあまりの美味しさに感動してしまったものであった。
そのような経験があるからこそ、無感動に見えるT-800の反応は衝撃だったのだ。
「まさか、口に合わなかったか?」
球子が半ば問い詰める形で訊く。するとT-800は、
「『うどん』及び『美味の概念』を保存、『うどんは美味である』と理解した」
「お、おう」
意味不明な返事を寄越したT-800に球子は困惑する。しかし、杏は「なるほど」と手を打って彼の状況を理解した。
「物を食べたことがないから『美味しい』がどんなものか知らなかったんだ……なんだか、SF小説のロボットみたいな話ですね」
「ン? アンちゃんそれってどういうこと?」
「つまり、このサイボーグと言うかアンドロイドは――」
「精霊」
「……精霊は、何も知らない生まれたての赤ちゃんみたいなものなんです。SF小説なんかでは、こういうロボットが交流を重ねる中で成長したりするんですよ」
「この見た目で赤ちゃん……?」
千景がやや引き気味に呟いた。確かに見た目だけなら赤ちゃんとは対極に存在する。
「赤ちゃんなら、名前つけないとね」
うどんをぺろりと平らげた友奈が言い出した。
「いえ、赤ちゃんっていうのはものの例えで……」
「でも、『T-800』ってのも呼びにくいし。うーん、そうだね」
腕を組み、しばしの思考の後、彼女はうどんを啜るT-800をズビシと指さして命名した。
「『ジョン』で!」
「高嶋さん、ジョンって言っても色々あるけど……どのジョンなの?」
「色々って?」
「ジョン・クルーガー、ジョン・キンブル、ジョン・ウォートン……他にもいっぱいいるけど」
「うーん、ジョンはジョンでいいんじゃないかな?」
「適当だなオイ!」
球子が突っ込む。しかし、T-800は気に入ったようで、目をチカチカと輝かせると、
「固有名『ジョン』を登録」
と言った。たぶん、自分に『ジョン』と名付ける処理をしたのだろう。
「では、これからは『ジョン』さんとお呼びすればいいんですね」
ひなたの問いにT-800改めジョンは「そうだ」と答えた。
こうして、ジョンと名付けられた杏の精霊(筋肉)は晴れて仲間となったのだ。
とはいえ、これによって杏自身の問題が解決したかと言えば、答えはNOである。
何しろこの精霊は彼女が危惧した通り、24時間ひっついてくる。睡眠時も傍らに控えており、夜中にふと目を醒ますと闇の中爛々と輝く眼に驚かされることもあった。さすがにトイレや入浴中にまで入っては来なかったが……常に存在感を放ち、息が詰まるというか胸やけを起こしそうであった。
しかしそれ以上に、コイツを普通に受け入れようとする他の面々の方が杏には恐ろしいのであった。
つづく