ぬこだって苦労はする 作:葉虎
舞う桜の花びらに、澄み渡った青空。
風もなく、心地よい陽気。
先日の飲み会の席で事情を聴いた3人は口外しない事を約束してくれた。
まぁ、あの3人ならある程度…信用は出来るんだけど…
若干、天然入っている楓さんがちょっと怖い。
んで、俺はと言えば大学で所用を済ませた帰り道。
新曲の打ち合わせの為に美城に行かなければならないのだが、
若干、時間が出来てしまった。
空いてれば、美城のレッスンルームもしくはライブハウスでギターでも弾こうかなと思っていたのだが、折角の陽気なので外で弾くのも悪くはなかろうと、公園にやって来た。
「~~♪…ん?犬?」
公園でベンチに座りながら、ギターを弾いていると足元に違和感があり、見てみると小型犬がじゃれついてきた。
首輪…というかリードが付いてるし、野良ではないだろう。
とりあえず、弦で怪我をしないようにギターを脇に置く。
「…人懐っこいな」
空いた手で頭を撫でているとどうやら飼い主が来たみたいだ
「はぁ、はぁ…ハナコ」
走ってきたのは、二人の女子……高生かな?一人は制服着てるし…
あと…
「…真夜君」
「あれ武内さん。どうしたんです?」
見知った顔だった。
「えっと…柊真夜です」
「渋谷凛です。ごめんなさいハナコが…」
「はは、大丈夫だよ」
取りあえずの自己紹介。飼い主さんはどうやら私服の方の子だったらしい。
「島村卯月です。」
制服の子が笑顔で挨拶をしてくれる。うん…いい笑顔だ。
「真夜くんは何をしているんですか?」
「天気もいいですし、外でギターでも弾こうかと思って……」
「東雲さんに怒られますよ……」
……うん。確かにちょっと軽率だったかもしれない。
溜息を吐かれ、プロとしての自覚と自分の立場を説教されそうだ。
だ、大丈夫。持ち歌は歌わないし。声が似てても。よく言われるで誤魔化せば
ばれないって……。
「あぁ、何かリクエストあれば弾くよ。知ってればだけどね」
チラチラとギターの方を見ている二人に話題を変えようと話しかける。
「ほ、本当ですか!!」
「い、いや、私は別に……」
キラキラと目を輝かせる島村さんに対し、遠慮がちな渋谷さん。
なんともまぁ、対照的な二人だな…。
島村さんの言葉に頷き、渋谷さんに遠慮しなくてもいい旨を伝えると、二人がそれぞれリクエストしてきたのはどちらも知っている曲で内心ほっとしつつ、弾きはじめる。
島村さんの曲は346プロでお馴染みの曲。
渋谷さんは豪胆にも765プロの如月千早さんの持ち曲。346関係者の前で中々の度胸だ。まぁ、島村さんも武内さんもそんな事で目くじらを立てるような人じゃないとは思うし、問題なさげだけどね。
「す、すごく良かったです。ねっ、凛ちゃん」
「う、うん。何って言ったらいいのか……とにかく凄かった」
演奏が終わり二人が拍手をくれる。うん、喜んでもらえてよかった。
リクエストされたのがどちらも女性ボーカリストなので演奏だけで歌は歌わなかった。
「……では、真夜君。私も一曲リクエストしてもいいですか?」
「えっと良いですけど…」
何か嫌な予感が…
「では…【drop】お願いします。あ、もちろん…歌付きで」
ちょ、ちょっと武内さん。それは…
「drop?聞いたことない曲だね…卯月は?」
「私も聞いたことありません」
2人が首を傾げる。そりゃそうだろうよ…
「えぇ、この曲は真夜君のオリジナルですから」
【drop】作詞、作曲。柊真夜……俺である。
そしてSIRONEKO名義でまだ世に出していない曲だ。
「いやいや、二人が知らない曲やっても仕方が…って」
あ、あの…島村さん。どうしてそんなキラキラした目で見ているでしょうか?
渋谷さんもジッと期待のこもった眼で見ないでほしいな。
「以前一度、聴かせていただいて……もう一度聞きたいと思っていました」
「瞳さんに怒られたら、一緒に怒られてくださいよ」
「……分かりました」
あぁ、もうどうにでもなれ
「はぁ、行きますよ」
リクエストに沿ってギターを弾きはじめ、イントロ部分を終えたところで歌う…。
あぁ…歌っていると、この曲を作った時の事を思い出す。
お前に強請られて良く歌ったっけな
『ここで歌うのか?えっと怒られるのは俺なんだが』
『あら、兄さんは可愛い妹の頼みも聞けないのかしら……』
あぁ、そんな事もあったな……今もそうだけどどうしてこれを歌う時には
誰かに怒られることって事を考えるんだろうな。
結局折れて、リクエスト通りに歌うのも同じだ。今、歌ってるのも心のどこかに
懐かしさが合ったからかもしれない。
歌い終わると決まって…笑顔を浮かべて喜んでくれるから…
歌い終わり、自分でも気づかずに瞑っていた目を開ける。って
「うぇっ!?ちょっ、ちょっとなんで泣いてるのさ」
「~~っ!うぅ~っ!!」
「~~っ」
号泣といった感じで涙を流しつつも必死に拍手をしてくれる島村さんと
顔を背け、静かに涙を流す渋谷さん。
飼い主の只ならぬ様子に心配そうに足元にすり寄るハナコ。
助けを求めるように武内さんを見れば
「ーーっ、すばらしい演奏でした」
と惜しみない拍手をくれる。うん。それはありがたいんだけどね。この泣いてる娘達をどうにかしてくれないかな?
暫く落ち着くのを待っているうちに、打ち合わせの時間が迫ってきて…
それに気が付いた武内さんに急かされ、泣いていた二人もそれを後押しし、釈然としないながらも……
「それじゃ…行くけど。またね。二人とも」
「はい、あの、また今度、歌を聞かせて貰えますか?」
「うん、私も聞きたい」
「はは、機会があったらね。んじゃ、武内さん。また…」
「はい、真夜君。」
三人に挨拶をし、美城に向かうのだった。
「~~♪」
あの日……柊真夜さんの歌を聞いてから気が付くとメロディを追っている……。
凄かった。世界が色鮮やかに見えた気がして…
歌は心に直接響いて来るようで…
感極まって…思わず涙がこぼれた。
卯月と話して、あの笑顔を見てアイドルになる事を決めた私は卯月と一緒に
346プロに向かっていた。
「~~♪」
隣からも同じように卯月がメロディを口ずさんでいて…
「「ふふ…」」
互いに目が合い、思わず笑みがこぼれる。
「ふふ、もうすっかり柊さんのファンだね。」
「そういう凛ちゃんだって…」
だって、あんなの聞いてしまったら…仕方ないと思う。
「でも、おかしいんだよね。CDとか欲しくて色々検索してみたんだけど全然見つからなくて」
「凛ちゃんもなんですか?私もなんですよ。探したんですけど見つからなくて…」
あの後、携帯で柊さんの名前やプロデューサーが言っていた『drop』という曲を探したが、見つからなかった。
どうやら卯月も同じみたい。っていうか、考える事は同じだね。
「あ、もしかしたら。まだ発売してないのかもしれません!だって、あんなにいい歌……発売してたらもっと話題になっているはずです!」
「……そうかもね。いや、そもそも柊さんもまだデビュー前とか…っていうか…あの声…何処かで聞いたことが…」
「凛ちゃんですか?私も誰かに似ているなぁと思って考えていたんですけど」
目を閉じて…恐らく柊さんの歌を思い返しているのだろう。だが…
「~~♪」
暫くしてメロディラインを鼻歌で歌う卯月。するとハッとなって
「考えようとあの歌を思い返すと…自然と鼻歌を歌うようになってしまって」
恥ずかしそうに笑う卯月。
「プロデューサに聞いたら分かるんじゃないかな」
もしかしたら、これから向かう346で柊さん本人にまた会えるかもしれないしね。
受付で入館証を貰い、30階でプロデューサと途中で出会った本田未央。そして、事務員の千川ちひろさんと簡単な自己紹介を済ませた後、早速レッスンに行くことになった。っと、その前に…
「プロデューサーさん。柊さんの曲はいつ発売されるんですか!?」
「柊?ってだれ?」
私が聞く前に卯月が聞いてくれた。聞き覚えのない名前に未央が首を傾げている。やっぱり、まだデビューしてないのだろうか…
卯月の質問にプロデューサーは何故か困惑気味で…
「……話が見えないのですが」
「柊さんだよ。この間、歌を聞かせてくれた。柊真夜さん。私もまた聞きたくて…だから色々調べてみたんだけど…CDとか出てないみたいだったから…これから出るんじゃないかと思ったんだけど……違うの?」
釈然としない対応に思わず割って入ってしまった。
そんな私の言葉を聞いて、罰が悪そうな顔をするプロデューサ。そして…
「…真夜君はプロではありません。美城プロの職員ではありますが…」
……は?
「ですので…CDなどの発売予定などはありません」
衝撃的な発言をした。
「えぇ!?なんでですか…あんなに…あんなに…」
「プロデューサー、私なんかスカウトしている暇があったらあの人スカウトしなよ!!」
「……スカウトはしているんですけど。良い返事が中々もらえなくて」
困ったように言うプロデューサーを見て、熱くなっていた熱が徐々に引いて行く。
柊さんがプロでない事に一番納得がいっていないのはもしかしたらプロデューサーかもしれない。
「えっと…プロデューサーさん。二人が言っているのって、真夜君の事ですよね?」
そんなやり取りを見ていた千川さんが探るように問いかける。
「えぇ、島村さん、渋谷さんと居る時にばったりと会いまして…」
「その時に歌ってもらった歌がとても素晴らしかったんですよ!!ねっ、凛ちゃん」
「うん。それにギターもね。いや…違う……曲も含めて全部が良かった。
千川さんも知っているの?」
「え、えぇ。っていうか…プロデューサー。瞳さんはこの事知ってるんですか?」
「えぇ、いちおう何かあった時の為にお話はしました。」
どうやら千川さんも、柊さんの事は知っているようだ。
っていうか、瞳さんって誰だろ?詳しく聞こうと口を開こうとしたが…
「私だけ仲間外れにしないでよぉ!!柊さんって誰!」
一人、柊さんと面識なく、会話に付いていけなかった未央が叫ぶ。
「本田さん、落ち着いてください。道すがら簡単に説明しますから。
皆さんも、真夜君の話は一旦終わりにして、今はレッスンをしましょう」
プロデューサーの言葉で一旦、会話を中断し。私たちはレッスンルームへと向かう足を速めた。
その途中…
「あれって、た、高垣楓さんだー♪」
「うわぁ…やっぱ美人だなぁ」
346所属のアイドルである高垣楓さんに会った。
満面の笑みで何故か白い猫を抱いている。
「ちょっ、か、楓さん」
卯月と未央が興奮する中、何故か焦ったように声を掛ける千川さん。
「あ、ちひろさん♪こんにちは。ほら、見てください。しん…むぐっ」
「ちょっと、こっちに。あ、プロデューサー。さ、先に行っててください」
何故か楓さんの口元を抑えながら、千川さんはプロデューサーにそう言うと、
返事を聞く前に連れだって何処かへ行ってしまった。
「どうしたんだろ?」
「……分かりません。ですが、とりあえずは先に行きましょう」
そして…レッスンを終え…
アイドルとしての第一歩、宣材写真を撮り終えた後、事務所にて…
「ええ!?私達がライブに!?」
「そっ、私のバックで丁度こんな子達を探してたんだ」
唐突に、ライブ出演が決まる…。
多分続かない。