――三大魔王という脅威が消滅してから、二ヶ月が経った。
人知を超えた、邪龍と【星獣】と呼称されるようになった怪物の激戦による爪痕も、ようやく回復し始めた頃。
「――以上が、【観測所】によって観測された事象『精霊休眠化』の報告となります。」
「うん、ありがとうグラシャ=ラボラス。」
そこでは、一人の女性――今は【観測所】が調査官、【グラシャ=ラボラス】の名を冠する才女【ラクス・クライン】が、【観測所】総出となって行われた調査結果を報告していた。
それは、ほんの些細な出来事――オルガマリー王女に仕える青年『エドモン・ダンテス』が飛行魔法を行った際、ほんの少しだけ高度と速度が下がったことだった。
持ち前の才能が故に、それを疲れや衰えのせいだと考えずに調査を行った彼は母である『グシオン』を通じて【観測所】へと調査を依頼した。
その結果、【観測所】は魔法を行使する際に『精霊』への干渉がしづらくなっていることを突き止めたのだ。
彼らは原因を【星獣】にあると考え、調査を進めていき――過剰なリソース消費に伴い、それを回復する為に『精霊』が休眠することでそのリソースを回復しようとしているのだと、結論づけた。
「『精霊休眠化』は我々が計り知れないサイクルで行われているので具体的な時期は不明ですが、いずれ我々は『魔道』という叡智を失うでしょう。それが、【観測所】の出した結論です。
「この大地がそこまで犠牲を払ってようやく終わらせることの出来た『魔剣』か――我々人類は、とてつもない負債を残してしまったものだな。」
「しかし、悲観してばかりもいられまい。今まで人類の旗頭となっていた英雄達もいずれは消えていく。負債があるというのなら、次代にそれを引き継がせないようにしていくのが今代に生きる我々に課せられた使命だ。」
「その通りだみんな。確かに、三大魔王という最大の脅威は消え去った――だが、だからこそ我々は今まで先送りにしてきた困難に立ち向かわなくてはならない。この平和を維持していく為にも、これからの未来をより善きものにしていくためにも。力を貸してくれ。」
王たるソロモンの言葉に、賢老七十二臣は頷きを返す。そして、彼らによって次々と議題が提案され、会議は進んでいくのだった。
「あー、それで。次はマシュとオルガマリーの結婚式についてなんだけど……」
「ソロモン!ならばぜひとも我々【兵装舎】のプランを見ていただきたい!」
「たわけっ!姫様の結婚式プランはこの【覗覚星】がいただく!」
「あ、【廃棄孔】はどのようなプランでも警戒任務にあたりますので。ほらそこ残念そうな顔をしない。」
「ふっふっふ……式場は【観測所】、【情報室】、【管制塔】により最適な場所を確保しております。」
「ソロモン!ソロモン!初夜についてもばっちり場所を確保して……」
「「「「「「「「「「控えろゼパル!!!!!」」」」」」」」」」
「やれやれ、ついこの間までとは掌を翻したかのような形だな……」
――会議がまったく違う方向性に発展していたとしても、それは、平和の証なのかもしれない。多分。
「左近さん、お疲れ様です!」
「おぉ、かばんどん!差し入れでごつか?」
「はい、皆さんの分のじゃぱりまんです!サーバルちゃんも駆け回ってるんですが、なかなか手が回らなくて……こちらはどうですか?」
「わこぅ連中を使ってやっちょるが、まだまだかかりそうばい。おーい各々方!かばんどんからの差し入れにごつ!ありがたくいただくように!」
「「「おぅ!」」」
――場所は移り、草原の国。
かばんが訪れたその場所では、難民の居住区画が急ピッチで作られていた。
星獣による被害でかろうじて邪龍に耐えていた小さな村や町も壊滅状態になり、七星国家全体に難民が押し寄せてくる。
特に草原の国はその気質故か特に難民が押し寄せており、女王であるサーバルもまた笑顔で難民を受け入れていった。
幸いなことに草原の国の民もその笑顔に答えようと、かつての出自に囚われず、皆が協力してこの困難を乗り越えようと努力していた。
「……本当は、狙う緒さん達も居てくれるとよかったんですけれどね。」
「仕方がなか。あんにはあんの事情があるばい。戻ってくるのを待つのも、家族ばい。」
「……はい!じゃあ、私は次のところに行きますね!」
「応っ!気をつけるでごつ!」
……無論、新たに輪に加わる者も入れば、去る者も居る。
かばんにはそれが何かは分からず寂しさを感じていたが、左近の励ましに笑顔を浮かべると、次の場所へと駆け出していった。
今日も、この草原の国には笑顔が溢れている。
それは、かけがえのない、太陽のような輝きに染まっていた。
「あーっ!ようやく見つけましたよ師匠!」
「ぬぬっ、なのはか……えぇい見なかったことにしろ。儂はぐーたらしたいんじゃ。」
「だーめーでーすー!コンゴウさんとフェイトちゃんから師匠を見つけたら捕獲してこいって言われてますんで!」
「さてはあやつめ今までの憂さ晴らしも兼ねておるな!?……で、なのはよ。なぜお主は隣に座る?」
「まぁ、捕獲してこいとは言われましたけど『いつまでに』とは言われてないので?ちょっと休憩でもしようかなぁって。」
「にょほほ……お主もワルよのう?ほれ、口止め料の桃じゃ。お主とフェイトが小さい頃はよくご褒美にくれてやったのう。懐かしや懐かしや。」
「あの頃から師匠は変わってないですよねほんと。」
――
そこでは、花が咲いた樹木の下でぐーたらしている太公望の隣に座り、共に桃を食べるなのはの姿があった。
そよ風を肌で感じながら、なのはは空を見上げる。
「いやぁ、今でも信じられないですよ。ついこの間まで邪龍と戦うのが日常茶飯事だったのに、こんな穏やかな日々が送れるなんて。」
「財政のジンや民事のルカはてんやわんやだがのぅ?まぁ、コンゴウはお主達には負担をかけっぱなしにしていたからな、今はゆっくり休むがよい……そういえば、甘粕殿はどうしたのだ?」
「あぁ、なんかどっかで知り合った冒険者と一緒に海へ征くとか言ってましたよ。師匠も、外交がんばってくださいね?今は、無限の未来が広がっていますから!」
「コンゴウめそんなとこまで漏らしておったか。当てつけのつもりか?……まぁよい、次代に何かを託すのも先達の努めだ。ではゆくとしようか。なのは、着いてこい。」
「あっ、ちょっ!?私まだ休憩中なのにー!」
そんなやり取りを繰り広げながら、なのはは立ち上がって去っていく太公望の背を追いかけていく。
誰も居なくなった樹木の下では、花弁がくるくると踊るかのように、風に舞い上がるのだった。
「――すまないな、色々あって来るのが遅れてしまったよ。まったく、本当に平和式典にまで駆り出されるとは思わなかったさ。」
――かつて、ペルフェクティオ王国とも、暁帝国とも呼ばれていた、星の爪痕と今は呼ばれるその地において。
ひっそりと建てられていた小さな墓標達の前に、アルタイルは立っていた。
アルタイルは自らの手で作り上げた菓子を墓標達に備えていくと、まるで懐かしい友に向かって語りかけるかのように、今まで会った出来事をぽつり、ぽつりと呟いていく。
もはや、擦り切れた記憶の奥底に眠るものだろうと、それは彼女にとって、きっと大切なものだったのだから。
どれくらいの時間が経ったのか、もはやアルタイルにもわからなくなった頃。アルタイルは立ち上がると、帽子をかぶり直して、そう呟くのだった。
「悪いが、まだ私はそちらにいけそうもない。紅玉が赤薔薇に何か仕掛ける為色々と動いているようだが、せめて約束は果たさないといけないからな……」
また、会いに来るよ。だから、逝った時は笑って出迎えてくれ。
――
――そして、
「いやー、ようやく旦那を見つけたと思ったら全てあふたーざかーにばるであちしどうしよって思ったけどまぁ結果オーライだわね。」
「いや、お前ほんとなんなんだお……?」
「まぁ、あちしのことは置いといて。旦那は買い出し?あちし猫缶ほしいの猫缶。」
「……まぁ、お金に余裕はあるから買ってやってもいいお。今日こそは、選びに選びぬいた食材で権造さんに勝つんだお……!」
「これまで食戟を挑んで20戦20敗だけど、飽きないわねやる夫も。」
「ま、まぁ領主様も息抜きで楽しんでるみたいだしいいんじゃないかな……?」
妙な
星獣達による災害によって結果的に、やる夫とユウキを【英雄】にするというウィリアムの計画は頓挫し。
また、最終的に三大魔王を倒したのが謎の『4』体という情報が各国に伝わった為、やる夫の特異性もユウキが新たな『魔剣』を手にしていたことも、ウィリアムという劇薬が再び現れていたことも、キングソード内に居たもののみが知る秘密となった。
ウィリアムもまた、役目を終えたと言わんばかりにやる夫達の帰還を見届けた後消滅し、やる夫(となぜか未だ現世に残っているニコル・ボーラス改め沙条愛歌)はちょっと不思議な力を持つ存在として、キングソードに留まることになった。
「いらっしゃーい、草原の国名物、じゃぱりまんだよー」
「ねーねーやる夫、疲れたから休憩しましょうよほら。あそこで美味しそうなもの売ってるわよ?」
「えー」
「そこのナマモノには猫缶買ってあげるのに私達にはないのかしら?????」
「ネコ差別よくないと思うよあちし!?」
「はいはい、わかりました……すいませーん、そのじゃぱりまんというの3つくださいお!」
やる夫達が食材を求めて市場を歩き回り数十分後。駄々をこね始めた愛歌に根負けし、やる夫は屋台に並ぶその食べ物を買う為、店員へと話しかけた。
「まいどどうも。では、どう……」
「ん、どうかしましたかお?」
すると、その黒髪をツインテールにしていた店員はやる夫の傍に居る愛歌の姿を見ると動きが止まり。
「 」
「あれ、どうかした邪神様?」
ユウキは、冷や汗を流し硬直する愛歌へと困惑する。
「――いやぁ、こんな偶然もあるとは驚きだ。あの白い竜騎士を遠目に見た時から確信を持っていたけど――懺悔の用意はいいかい、ニコル・ボーラス?まずは一発殴らせろ。」
「ひ、久しぶりじゃないウィザー!元気そうでなによりだわ!」
「「あっ」」
「やっぱりこの元凶トラブルホイホイでは?」
ネコアルクのそんな言葉をきっかけに始まった追いかけっこを眺めつつ、やる夫とユウキは――顔を見合わせると、頬を引きつらせた笑顔を、浮かべるのだった。
「――彼らの物語は、続いていく。しかしそれは、『魔剣の物語』ではない。」
――
その手には、かの『聖焔』を模した光――『星焔』を螺旋のごとく纏う星槍が、うねりを上げていた。
「魔剣に囚われた魂達を癒やし終わるまで、私はこの地で見守りましょう。この永きに渡る争いの果てに傷ついた、全ての魂に――安らぎと幸せを。」
そして、彼女は祈る。全ての魂が癒やされる、その日まで。
それから――永い、長い月日が経った。
いつしか、魔剣の物語が、遠き遠き御伽話となるような、果てしなく永い月日が。
「くっそぅ、遅刻、遅刻だ!なんで今日に限ってみんな俺を置いてくんだよ!?」
俺の名前はモードレッド!ヴォルラス女学院に通う高校一年生だ!
とは言っても、今は遅刻しそうなんで学院に向かって全力疾走してるところなんだけどな!
そんなことを考えながら、いつものように通り道の角を曲がろうとすると――
「きゃっ!?」
「おわぁっ!?」
どんって音と共に、俺は思わず尻もちを着いてしまう……やっべ、人とぶつかっちまったっ!?
「わ、わりぃ!急いでたんだっ!怪我はないか!?」
「えぇ、私は大丈夫です。」
俺と同じくらいの、青と白の服を着けた女の子の手を取って立ち上がらせると、俺はほっとため息をつく。
よかったぁ……これで怪我させたりしてたら大変だも……やばっ!?時間が!?
「そっか!本当にごめんな!じゃあ、俺急いでいるから!」
「えぇ……気をつけて、『モードレッド』」
「?え、なんで俺のなま……」
そのまま走り去っていこうとする俺に、その女の子が俺の名前を呼びながら見送ってくる。
そこに違和感を感じた俺はとっさに振り向いたが、すでに少女の姿はなかった……え、なにこれホラー?
「……まぁ、みんなへの話題にはなったりするか。それよりも遅刻の方が問題だぁっ!?」
俺はクラウチングスタートの体勢を取ると、学院へ向かって全力疾走を始めた。カリオストロ先生に見つかったら大目玉だからなっ!?
これにてデウスエクスマキナ編終わりです。
本来は邪龍と対をなす感じでアルトリア+αをぶちこもうってネタのはずが他の二次創作やらリプレイやら本編やら見ててネタが膨らんだ結果なんかこうなった。
こう、やっぱりちゃんと話考えようってなると自分の書きたい展開をうまく伝えられる文章になっているのかが悩みますね。
今後はまた単発ネタを書く感じに戻りたいです。