私の生まれた理由   作:hi-nya

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Mother

「お、お、お母さん!? ジョースターさんの!?」

 

 僕の驚愕の叫びに対し、コクリ、承太郎はただ無言で頷く。

 

「ってことは承太郎、君のひいおばあさん……? 冗談だろう? だって、せいぜい僕らのちょっと年上くらいにしか……」

 

「若づくりだ。実際はひゃく……」

 

 途端、スパーン! という小気味よすぎる音だけが僕の鼓膜に響く。

 

「じょ、じょうたろう──ッッ!」

 

 承太郎がやられた。気が付いたらやられていた。刺客の男を先ほど強烈なワンパンであっさり1ラウンドKOした彼が目にもとまらぬ攻撃(インビジブル口封じ)、たった一発で。

 

 女性は倒れ伏す承太郎および立ち竦む僕を意にも介さぬ様子でジョースターさんに囁く。

 

「起きなさい、JoJo。さもないと、もう一度『地獄昇柱(ヘルクライムピラー)』よ……」

 

 やばい。名前からしてもうやばい。絶対落ちたら死ぬやつだ、それ。朝起きない息子に対してお母さんがいう脅し文句のレベルを遥かに超えている。「ラジオ体操始まるわよ」的なノリで、過去に幾人もの挑戦者の命を奪っている修行場とか引き合いに出されても。あくまで名称からの推測に過ぎないが。

 

「……起きない。思った以上に重症のようね」

 

 正直ちょっと、いやかなり怖い。あの時恐怖を乗り越えたはずの僕でも怖いものは怖い。だが、もう僕しかいないのだ。僕が頑張るしかない。

 

「そ、そうですよ! 医師によると今夜が峠で、絶対安静と……って、あれ?」

 

 己を鼓舞し、恐る恐る割って入ってみてようやく気づく。横たわるジョースターさんをよく見ると、先程まで真っ白であった頬に僅かに赤みがさしており、乱れ荒かった呼吸も幾分穏やかになっていた。

 

「負のエネルギーを打ち消す波紋を流し込みました。これで少しは楽になったはず」

 

「は、波紋の力……」

 

 そういえば旅の途中アメリカンクラッカーを片手にジョースターさんが語ってくれたことがあった。特殊な油を塗ることで物質に『波紋』を送り込むことができる、またそれを通じて他者に力を伝えたりすることも。そういう感じだろうか……なんか最近似たような話を聞いた気もするが。兎にも角にも、まさか先程のマフラーでの容赦なき折檻にそんなふうに息子を思う母の愛が込められていようとは……つんでれ? 

 

「こいつはじじいの波紋の師匠でもあってな……」

 

 まだダメージが残っているらしい、よろよろと起き上がった承太郎も歩み寄り、ぼやく。

 

「にしたって、あんな荒っぽくやる必要ねぇと思うがな」

 

「久しぶりね、承太郎。それと……」

 

 ちらとこちらに視線が移った為、会釈と自己紹介をする。

 

「はじめまして。僕は、花京院典明といいます」

 

「……『リサリサ』と」

 

 そう呼べ、ということだろうかとどうにか理解する。まさにクールビューティ。承太郎の冷静、かつ言葉足らずな面はこのひと由来なのかもしれない。

 

「ふうん……」

 

 リサリサさんはさっと僕を一瞥すると向き直り部屋の隅を指差す。

 

「時間がありません。先に賊を締め上げることにしましょう」

 

 言いつつふんじばって転がしておいた刺客の二人にマフラーを飛ばすと、厳かに命令した。

 

「……話しなさい。包み隠さず」

 

 するとなんと刺客の女性『戦女神(ヴァナディース)』が立ち上がり、口をパクパクと動かし始めた。気絶したまま。波紋にはこんな使い方もあるらしい。便利すぎる。

 

「よくぞ聞いてくださいましたわ! 滲み出る気品からお分かりかと思いますが、わたくしはとある名家の超お嬢様ですの」

 

「……わかんねーよ」

「そして、自分で言うな……」

 

 そんな場合でもないが、ついツッこむ、僕と承太郎。

 

「幼馴染である『放浪者(ワンダラー)』さま……いいえ、もうそんな名前ではよびません。ここにいる素敵すぎるダーリンと婚約が決まり、幸せいっぱい夢いっぱい……そんな日々を過ごしていました」

 

 それをあっさり流しつつ、元『戦女神』は続けた。

 

 事の発端は半年前。元気だった弟が、急に病に倒れたこと。

 名医と呼ばれる医者に片っ端から診てもらうも原因不明、もちろん治療法も不明。

 そのままでは余命はもって一ヶ月。わかったのはそれぐらいで……家族全員で絶望に打ちひしがれていた。

 

「そこに現れたのが、ヤツでしたわ」

 

 

 ──事情は伺いしました。お困りでしょう? わたしが診てみましょう──

 

 

「誰も何もできなかった病状がヤツが来た途端一気に快方に向かいました。当然ですわね。呪い……病原体を植え付けた張本人なのですから」

 

 まんまと信用を得て、家に入りこんだある日のこと……

 

「わたくし以外の家人が、皆倒れました。ジョセフさんと違って、一般人である彼らの命などヤツの手中……」

 

 そうして、ヤツは言ったそうだ。

 

 ──わたしは『闇の呪術医(ダークプリースト)』。

 ひとつ頼みをきいてほしい。

 なに、ある人物に『届け物』をお願いしたい。それだけだ。

 君の能力をもってすれば至極簡単なこと……

 それだけだ。それだけで君と君のたいせつな家族はまた日常を取り戻せる。

 いい取引だと思わないか? くくく……くくくくく──

 

 そう言い残すとヤツぱっと姿をくらまし、後日、郵送にて例のスタンド『呪いの人形』達が送られてきた、ということだった。

 

「最愛の婚約者だ。ハニーの様子がおかしいことになど、すぐにぼくは気づいてね」

 

 男の方の刺客、元『放浪者』が補足する。

 

「どうにかしてあげたかったのだが……

 ヤツのスタンドは、遠隔自動操作の群集型で……どのような形でもいい。

 呪いの人形達を送り込み病原体を注入。標的に不治の病を発病させる。

 ……そんなことはわかるのに、肝心の名前がわからない。

 するとぼくはとんだ役立たずでね」

 

 自嘲気味に吐き捨てる。

 

「せめて、彼女の手助けを、とおもった……それがこのザマさ。情けないかぎりさ」

 

 

「……わかった。もういいわ」

 

 リサリサさんがそういって手を打つと、刺客達はすぐに意識を取り戻した。

 

「ハッ!?」

「ここは……!?」

 

 辺りを見回すと、男は観念したのかうなだれて降伏の意を示す。

 

「……くっ! ぼくの負けだ……殺せ!」

 

「やめて! ダーリンはわたくしのために!」

 

 轟く、彼らの悲痛な叫び。

 

「……余計な事はいわなくていいよ、ハニー」

 

 恋人を制し、男はこちらに決死の形相をむける。

 

「許されることではない。そんなことはわかっているが、お願いだ。ぼくはどうなってもいい。彼女だけは……」

 

「いいえ! それはわたくしの方ですわ! 彼はもともとなんの関係もない……」

 

 

「……やかましい! うっとーしいぞ!」

 

 

 そこへ場を切り裂くように一喝が入る。

 

「……いいたいことはそれだけかい?」

 

「「ならば……」」

 

 そして、友と声を揃える。

 

「「教えてもらおうか。ヤツ……『闇の呪術医』とやらの居所を」」

 

「要するにそいつをおれたちでぶちのめせばいい。そうすれば、じじいも、女の家族も治る……それだけだろうが」

 

「ふっ、そうさ。実にシンプルな話だ」

 

「君たち……」

 

 僕達の言葉に目を瞬かせる、刺客達。

 

「青いわね、貴方たち……」

 

 次いで、溜息と共に囁かれる。

 

「……でも、嫌いじゃあないわ」

 

 口の端にわずかに微笑を浮かべるリサリサさん。おもわずこちらもにやりとしてしまう。

 

 人形が送られてきた宅急便の消印等から割り出したという黒幕の潜伏先の情報を彼らから受け取った。その瞬間だった。部屋にけたたましい警告音が響く。

 

「いけない……!」

 

 発信源はジョースターさんに繋がった生命維持装置であった。

 

「わたしはここを離れられないようね。手のかかる『坊や』の面倒をみなければいけないから」

 

 リサリサさんは再びマフラーを引き寄せると、しかし今度はジョースターさんの額に手のひらと共にふわりと乗せる。慈しみのこもったその仕草の中に、この女性の本質を僕はようやく少しだけ垣間見た気がした。

 

「どうやら貴方達に譲るしかないみたいね。敵をぶちのめす、素敵な役は」

 

「しかし、ばば……リサリサ。おまえ……」

「そうですよ!」

 

 この刺客達が嘘をついているとも思えないが、全て丸ごと罠である可能性も否定できない。というか、その可能性の方が高いだろう。敵がまたここを襲撃してくるとみて、それに備えておくべきだ。

 リサリサさんがいかな波紋の達人であろうともスタンド使いでない以上スタンドはみえない。ジョースターさんを回復させながら、みえない敵から彼と自身を護り抜く……流石にそれは至難の業であろう。

 

「気遣いは無用です。さっさと行きなさい」

 

 取り付く島もない様子に帽子の位置を直しつつ、承太郎が言う。

 

「やれやれだぜ……花京院、頼みがある」

 

「なんだい?」

 

「おまえにここに残ってほしい。なんつーか、どうもキナ臭い感じがしてな」

 

「同感だ。まだ裏がある。そんな感じだね」

 

 頷き合う。そして、考えを告げる。

 

「……が、その頼みをききいれることに関しては、却下かな」

 

「なに?」

 

「承太郎、君が残れ。僕が行く」

 

「は!?」

 

「当然だろう? どちらが『当たり』かわからない。片方が残らねばならないならば、こんなときくらいジョースターさんの傍にいてやれ。リサリサさんもスージーさんもその方が心強いはずだ」

 

「心配するな。サッといってサッと締め上げて速やかに帰ってくるさ。僕の得意分野だ」

 

 承太郎にそう笑いかけると代わってリサリサさんが立ち上がる。

 

「花京院……でしたね。何故そこまで? わたしたちの身内でもなんでもない貴方が」

 

 飾り気のないストレートなそれにこちらも真っ向直球を返す。

 

「残念ながら、ジョースターさんは僕にとってはもう、身内みたいなものなので」

 

「貴方……」

 

「加えて言うならば、まぁ、人生の師匠というやつでもあるかな。あ、本人にはオフレコでお願いしますね。では、行って参ります……リサリサ師匠(せんせい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここか……」

 

 やってきたアラスカ州のとある奥地。そこはとても神秘的で静かな土地だった。

 

 雪の残る森の木立を異国情緒あふれる列車がゆっくりとくぐりぬけていく。

 車窓からは枝で羽を休める小鳥たち、そしてリスやコヨーテといった野生動物の姿も臨むことができた。

 動物大好きな『だれかさん』を連れて来たら、さぞかし喜ぶだろう……そんなことを考えているうちにたどり着いた、いくつもの山を越えて降り立った小さな街の小さな無人駅。

 傍には湖があり、霧が立ち込める湖畔には白鳥や鴨の優雅なシルエットが浮かぶ。

 

(暗殺者集団のボスが潜むアジトがあるだなんて到底思えないな……)

 

 『闇の呪術医』……はたしてどんな人間なのか。

 男か女かもわからない。常にフードを被った不気味な姿だったという。

 

 航空機および列車を乗り継ぎ、ほぼ丸一日かけて僕は教えられた街にたどり着いた。

 のどかな石造りの街並みを一瞥しつつ、急がば回れ。まずは情報収集か……と、歩き出そうとした僕に、背中から聞き慣れたふたつの声が飛んできた。

 

「……つれないな、花京院。わたしたちは仲間外れか?」

「バフ!」

 

「あ!」

 

 そして、振り向くと見慣れたふたつの姿。

 

「アヴドゥルさん! イギー!」

 

「承太郎から連絡を受けてな。ジョースターさんの危機であると……文字通り急いで飛んできたよ」

「グウゥ……(けっ、ったく、なんでおれまで……)」

 

「ふたりとも……! ありがとうございます」

 

 そして、友のさりげない計らいに感謝の意を唱える。

 

(承太郎……ありがとう)

 

 

 

「では、時間もない。さっさと行くとしよう」

「ええ」

 

 心強い味方を得、あらためて街を歩きださんとした、そのときだった。

 またも声をかけられる。

 

 

「ねぇ? 何か探しもの?」

 

「むっ!」

 

「……ぼくが、占ってあげようか?」

 

 声のした方向に視線を向けると、簡素な椅子に腰掛けた一人の……フード付きのマントをすっぽりと頭からかぶった人物が目に入る。なるほど言葉通り、足元には、看板代わりなのだろうか。これまた簡素な『易』と書かれた木板が置いてある。傍らに真っ白な長い毛並みの狼のような犬がピッタリ寄り添っているのが印象的だった。

 

「占い……」

 

 ちらと隣のひとを見る。

 

「……生憎だが、まにあっている。わたしは占い師だ」

 

 言いつつ、ずい、と一歩踏み出すアヴドゥルさん。

 すると、フードの人物はこんなことをいう。

 

「へぇ……奇遇だね。でも、聞く価値あると思うよ。だって……ぼくの占い、外れたことないから」

 

「ほお?」

 

「やってみようか? ぼく、視えるんだ。その人のご先祖様が。そして、聴けるんだ。その声を。占い師さんなら知ってるでしょう? そういうの」

 

「巫術……か。無論知っているが……」

 

 餅は餅屋。そうつぶやく専門家に問う。

 

「アヴドゥルさん、巫術とは?」

 

「ああ。降霊術……と言う方がわかりやすいか? 占いには多数種類がある。わたしは主にタロットで占うが、方法に霊視を用いる占い師も存在する。降霊術には懐疑的な意見も多いが……古来より、そういった民衆の宗教的機能を担う職能者は確かに存在し、人々のアドバイザーや心理カウンセラーの役割を担っていたと考えられている。実際世界の様々な地域において、そのような職能者が政治や軍事などの諸領域で活躍した歴史がある……というのは周知の事柄だろう?」

 

 言われてみれば、邪馬台国の『卑弥呼』などは、日本においてもそのような霊能者とうたわれる人物が国の実権を握っていた時代がある、といういい例か、などと思い至る。

 

「そうそう。さすがだね。まぁ、そんなとこ。産まれ故郷では巫女とか潮来って呼ばれてたかな」

 

(え……? ということは、この人物は……)

 

 フードの人物の言葉を受けふと思う。が、僕がその疑問を口に出す間もなくさっさと話は進んでいた。

 

「百聞は一見に如かず。ねぇ、占い師さん、ぼくと勝負しない?」

 

「……なに?」

 

 挑発的なその台詞に、ピクリ、アヴドゥルさんの眉間にしわが寄る。

 

「あなたに勝ってみたくなっちゃった。

 そうだなあ……じゃあ、あなたもしらない、そこの前髪の長い君の秘密とか、どう? ご先祖さまに聞いてみようか?」

 

「は? 僕の? なんで?」

 

 立つ気も皆無な矢面に何故立たねばならんのか。だいたい個人的に、そういったスピリチュアル関係のものは専門外だし興味の範疇外だ。メルヘンやファンタジーじゃあるまいし。

 

「……それがわかったら、ぼくの勝ちってことでいいよね?」

 

「ふん、いいだろう。やってみたまえ」

 

「ちょ、ちょっと、アヴドゥルさん!」

 

 しかし、やっぱりそんな僕の抗議の声はあっさり流される。

 

「よし、じゃあ、ちょっと待っててね」

 

 言うと、自称占い霊媒師はぶつぶつと呪文のようなものを呟き始める。

 

「……ご先祖様、教えて……」

 

 そして、突然、あたかも『そこにいるだれか』と話をしているかのように相槌を打ち始める。

 

「はじめましてー。……ふむふむ。そうなんだー」

 

「ち、ちなみに、どんな方が僕の……?」

 

 決して信じているわけではないが、一応聞いておく。

 

「ん? なんかねー、知的な感じのお侍さん」

 

(……。侍、か……)

 

 我が家系は元をただすと割と身分の高い武士だった、という話を父に聞いたことがあったような……。

 いや、くどいようだが断じて信じているわけではない。

 

「……へぇえー! ほぉー!」

 

 固唾を飲んで見守っていると、にやにやと何やら今度は感嘆の声を上げ始める。

 

「な、なんだ……?」

 

「ふーん。君、見かけによらず一途なんだ。

 ずっと想ってる……すごくすきなひとがいるんだね」

 

「あ、当たっている……!」

「ワン(おお! すげー!)!」

 

「み、見かけによらずは余計だ……」

 

 口々に感想を述べる僕らをよそに、占いは続く。

 

「それはもちろん、とてもいいことだけど……、

 君、最近ハマっていることにプチトマトの栽培があるよね? 

 その苗に彼女の名前をつけて丹精込めて育てているんだって?」

 

「なッ!? 馬鹿な!? 何故僕のトップシークレットを!?」

 

 無論誰にも話したことなどない。にもかかわらず……だ。

 が、しかし、隣からは驚きではなく、何故か納得の声。

 

「ああ、やってそうだ。花京院、おまえなら」

「グゥ……(ああ。すげぇそれっぽいな)」

 

「え……? そ、そうなの……?」

 

 仲間に抱かれているイメージに少なからずショックを受けつつも、これ以上の損害を阻止すべく自らの正当性を主張する。

 

「い、いいじゃあないか、べつに。誰だってやるだろう! ほ、ほら、あれだ! RPGをプレイするにあたり主人公に自分の名をつけた場合、当然ヒロインはすきな女子の名にするだろう! 常識的に考えて!! それと同じだッ!!」

 

「うーん、わからんでもないが……」

「ガゥ……(とりあえず、全然常識的ではねーな……)」

 

 そんな必死の自己弁護も虚しく、無情にも追撃の一手が入る。

 

「うん。まぁ、そこまでなら百歩譲って許そう……だが、しかし! それだけではなーいッ!!」

 

「ッ!?」

 

「毎日毎日その実を愛でながら、

 『仁美……きみをまるごと、たべてしまってもいいかい?』

 なんて語りかけて、来たるべき日に備えてのリハーサルだかなんだかをするのはどうかと思う。……ってさ。君のご先祖様が」

 

「うわーぁーッッ!! よ、よけいなお世話だ!!」

 

 頭を抱える僕。嘆く仲間。

 

「うっ! い、いや、これもすべては愛のなせる……」

「イギ……(毎日かよ……同情するわ。よく枯れねーな、トマト)」

 

「うわぁー、はこっちの台詞だよ。しかもいくら逢えなくて寂しいからって、旅行時にまで自作(しかもやたらとクオリティが高い)彼女ぬいぐるみを持っていくのは……しかも寝る前に、今日一日あったことを話しかけたり抱きしめたり、さらには……。……え? ……うわぁ……」

 

「……ぬわーッ! ストーップ!!」

 

「うう、不憫な……。花京院、おまえ、そこまでこじらせて……」

「グウゥ……(この変態野郎……)」

 

「ちょ! アヴドゥルさん! い、イギーまで!! 

 ふたりとも、そんな可哀想なものをみる目で見ないで!!」

 

 孤立無援……三対の冷ややかな憐みの視線が突き刺さる。

 

(く、くそ、なんだ、この公開処刑は……)

 

 そもそも一体僕がなにをしたというのだ。

 別に誰にも迷惑などかけていないはずなのに。あまりに理不尽だ。

 

「ええい! そんなのイカサマだ! トリックだ! でたらめだーッ!!」

 

 おもわず叫ぶ僕にしれっと言う占い霊媒師。

 

「でたらめなんかじゃあないよ。それは君が一番よく知ってるでしょ? ご先祖様が嘆いてたよ? あはははは!」

 

「ぐうぅっ……」

 

「ごめんごめん。おわびにいいことおしえてあげるね。

 『もうすぐ君の長年の努力は実る。代償行為はほどほどに、まぁ頑張れ』

 ……ってさ。ご先祖さまはなんでもおみとおしだから」

 

「え、ほ、ほんとうに……?」

 

「……。実るって……」

「バウ……(トマトのことじゃね……?)」

 

 

「よーし。そんなわけで、ぼくの勝ちー! 信用してくれた?」

 

「ぬぅ……」

「まぁ、少しは……」

 

 釈然としないながらも渋々認めると、占い霊媒師は立ち上がり、僕達を促す。

 

「じゃあ、案内してあげる。こっちだよ。ついてきて」

「は?」

 

「あなたたちの探してる……場所」

 

 

 

 

 

「ここだよ。この塔の最上階に君たちの探している人間は居る」

 

 案内されたのは町外れの古びた大きな塔だった。

 

(……『当たり』か)

 

 足を踏み入れる前に、確かに、僕は法皇(ハイエロファント)で把握していた。

 上方にある、二人の人間の気配……。

 そして、ジョースターさんの様子を調べた、あのとき見つけたものと同じ……邪悪なスタンドエネルギーを。

 

「はっ!?」

 

 そちらに気をとられていた一瞬のことだった。

 

 急に寒風が吹きすさび、入り口の扉がバタンとひとりでに閉まる。

 

 同時に呟く、霊能者。

 

「……でも、あんなこと言っといて残念だけど……

 君、もう、だいすきな彼女にはあえないかもね。ごめんね」

 

「は……?」

「……なに……?」

 

「君たちは……ここで死ぬ予定なんだから!!」

 

 言いつつ、バッ! とフード付きマントを脱ぎ捨てる。

 

「なにィ!?」

 

「あらためて、はじめまして、占い師さん……いいえ、『炎の魔術師』さん。御高名はかねがね」

 

 姿を現したのは、スカートの裾をつまみ、うやうやしくお辞儀をする、ひとりの少女。

 

「君は!?」

「何者だ!?」

 

「ぼくは『氷の魔術師(フロストメイガス)』なんて呼ばれていたりしてね」

 

(……『氷の魔術師』!?)

 

 挑戦的な笑みをこちらに向け、少女はいう。

 

「ねぇ、もういっかい勝負しない?」

 

 再びアヴドゥルさんを指しながら。

 

「こんどは、ほんとうの『魔術師』の名が相応しいのは、どっちなのか……」

 

 

 

 

 

(やはり罠か……。まぁ、わざと乗ってやったわけだけれども)

 

 言っておくが負け惜しみではない。時間が限られている現在のこの状況における最適解。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず……敵の居所を知るための苦肉の策だ。

 あとは無事この場を乗り切れば万事解決、作戦大成功……そういうことだが。

 

「みせてあげるね。綺麗でしょう? ぼくの、『白き雪の王女(スノウホワイト)』」

 

 粉雪を纏った少女のスタンドは、結晶が散りばめられたドレスを纏う、氷で彫像した雪の国のお姫様……まさにそんなイメージだった。

 

 そして、巫女とかイタコとか言い出した時点で日本人女性かと推測はしていたが……

 

(日本人……?)

 

 正体を現した少女は金色の髪に北欧系の顔立ちをしており、あまりそれとは思えなかった。

 

(あなたと……逆ってところかな?)

 

 イタリア人のクオーターであるも、日本人にしかみえない……そんなひとを僕はよくしっていた。

 

 そんなふうにまたうっかり思考が逸れていた僕を置き去りに、すでに『ふたりの魔術師』の間には激しい火花が散っているようだった。

 

「言い忘れていたけど、ぼく、スタンドも使えるんだ。すごいでしょう?」

 

「……ふん、わたしとて凄腕の占い師、兼、凄腕のスタンド使いだ」

 

「あ、アヴドゥルさん、それは自分で言っては……」

 

 そうだった。このひと意外と自分の範疇の事柄に関しては一本気ゆえ譲らないところがあるのだった。

 

「せっかくの御指名だ。無下に断るのも大人げない。

 花京院、ここはわたしに任せてくれ。

 このお嬢さんに真の魔術師とはなにか……少し指南するとしよう」

 

「……わかりました」

「わかっていると思うが……手を出すなよ?」

「はぁ……。よくわかっていますよ、そんなことは」

 

 溜息を突きつつ、一歩下がる。

 

 

 

「……アオーン!」

 

 そこで、部屋に高らかに響く、白き狼の雄たけび。

 ふたつの赤い眼がギロリとこちらを睨んでいた。

 その背後に浮かぶは機械犬……ロボットのようなスタンド。

 

「やはりあの狼も、か。……ん?」

 

 すると急に、ガタガタと、建物全体が振動し始める。

 

「なんだ……?」

 

「!? ガウッ!(馬鹿! 避けろ!!)」

 

 言いつつ、イギーが僕を突き飛ばす。

 

 すると次の瞬間、僕が立っていた場所の後ろの壁はぐしゃりと崩れ、窓ガラスが粉々に砕け散った。

 

「なにィ!? な、何が起こった!? 見えなかった……」

「バウ……(見えなくて当然だ。聞こえなかったのかよ? あいつのスタンドの気味悪ぃ鳴き声)」

「声? 音、音波か!?」

 

 人間の可聴周波数は約20~2万Hz、それに比べ犬は約65~5万Hzと広いそうだ。それでイギーは攻撃に気づけたわけだ。音波は衝撃波を生む。それを利用し、壁やガラスを砕いたのだろう。

 

「グゥウウウ……」

 

 狼が、唸る。

 

「グルルルル……(ああ? なんだと? 舐めやがって……)」

 

 それに呼応して唸り返す、仲間。

 『会話』を終え、僕に宣言する。

 

「ワン!(おい、しかたねぇからこいつの相手はおれがやってやる。有難く思いな)」

「……わかった。気をつけろよ」

 

「バウ……(チッ、生意気な狼野郎が。花京院、手、出すんじゃあねぇぞ)」

「はいはい」

 

 その姿に、ひとつ思い至る。

 

「ふっ、なるほどね。これが『犬は飼い主に似る』ってやつか」

「ガウ!(ああ? だれがだれの飼い主だって? うるせーぞ、変態)」

「はぁ!? だ、誰が変態だ! 訂正を要求する!」

「ケケケ……(事実だろ? さっきの話、後輩にいつかバラされたくなきゃ、あとでコーヒーガムな。けけけ……)」

「くっ! そんな卑怯な脅しになど誰が屈するか……! 

 だいたい、仁美さんにバレようが僕はいっこうにかまわんッ! 

 『……ばか。花京院くんのえっち。へんたいっ……』

 ……とか、ほおを赤らめた彼女に罵られるのもまた一興……」

「グフ……(……すまんかった。もう何も言うな。頼むから……)」

 

 

 

 そんな中、あちら側でも闘いの火蓋は切って落とされたようだ。

 

雪達磨輪舞(スノーマンロンド)!」

 

 少女の掛け声とともに、そのスタンドが手に持つ杖を一振りする。

 すると雪が舞い踊るとともに、現れたのは三体の雪だるま。

 ぴょんぴょんと周囲を跳ねつつ、なんと流暢に自己紹介を始めた。

 

『『『我ら、雪の王女の忠実なるしもべ! その名も……』』』

 

『……ダール!』

『……ヴィッシュ!』

『……ユー!』

 

「なんなんだ、その150km越えのストレートを軽く投げられそうな名前は……」

「変化球もキレッキレだろうな。……たぶん」

 

「よおーし! いっけーッ! 『トリプルスリー』ッッ!!」

 

 そんな僕達の呆れた呟きを意に介さず、魔女っ娘が叫ぶ。

 

「いや、それは投手でなく打者の……」

 

 僕の決して追いつくことのできないツッコミは虚しく空を切り、雪だるま達より一斉に投擲されたMAX155kmの縦スラ……もとい雪玉がアヴドゥルさんにむけて放たれる。

 

「……甘いッ!!」

 

 しかし、それをものともせず、赤き魔術師が発する、現代の魔球ジャイロボー……間違えた。燃え盛る火球が雪玉を迎撃。勢いそのまま、容赦なく雪だるま達もドロリと溶かす。

 そもそも火対氷……そりゃそうなるだろう。相性的に最悪な相手に敵も何故喧嘩を売ったのか。

 

「ああっ! ぼくのダールたんに、ヴィッシュたんに、ユーたんがッ!! も、もう許さないよ!」

 

 顔をしかめつつ、魔法少女が再び力を貯め始める。

 

千本氷針(アイスサウザントニードル)!」

 

 高らかにそう叫ぶと、数え切れないほど無数の氷の棘が彼を取り囲む。

 

「ハァッ!!」

 

 それが突き刺さる前に熱波で相殺するアヴドゥルさん。

 

「まだまだぁ!!」

「ぬっ!?」

 

 が、まさかの波状攻撃。第二波のすべては防ぎきれず、その一本が彼の顔を掠める。

 

「む……」

 

 頬に一筋、流れ落ちる鮮血。

 

「あ……、っ! す、すごいでしょう? 

 つ、次は、もっと当てるから!」

 

「……」

 

「あ、当たったら痛いよ! 

 だから……もう、降参しなよ!! そうしたら、許してあげるからっ!!」

 

 悲痛な表情で訴える少女。

 その手は、小刻みに震えていた。

 

「アヴドゥルさん! この娘……!」

 

 それに気づき、声をかける。

 

「……ああ」

 

 すると、わかっている、というように頷くと、彼は『魔術師の赤(マジシャンズレッド)』をひっこめた。

 

「……もう、やめなさい」

 

「!?」

 

「きみは……初めてなのではないのか? 誰かと闘うのは」

 

「ッ!!」

 

「人を傷つけたくなど……本当はないのだろう?」

 

「ど、どうして……!?」

「先程から見ていて、わかる」

 

 アヴドゥルさんはゆっくりと、諭すように少女に語りかける。

 

「それに……、占い師は、占いのしかたに、すべて出るものだ。術者の『人柄』が。悪戯心は多分にあれども、相手の心を真には傷つけないよう、きみはちゃんと気を配っていた」

 

「あ……」

 

(そういえば……)

 

──いいこと教えてあげるね──

 

 アヴドゥルさんの言葉に、先程の占い合戦(という名のただのつるし上げだったが……僕にとっては)時の少女の様子を思い出す。

 

「きみは……ほんとうは、やさしい娘だ」

 

 揺らぐ相手の瞳をまっすぐにとらえ、熱きその眼差しを向ける。

 

「……う……、うるさい! ……うるさいっ!!」

 

 必死にかぶりを振る、少女。

 

「そんなこと……ない……!

 そんなこと、ないもの!

 ぼくにだって、できる! 

 やらなきゃ……じゃなきゃあ……

 ぼくが、やらなきゃ、いけないんだ……! 

 ……ぼくしか……いないんだから!」

 

「……?」

 

「はっ!?」

 

 そこで気づく。

 

 正面にある大階段。それをカツリカツリと何者かが降りてくる音に。

 

「……何を遊んでいる? 『氷の魔術師』?」

 

「……あ! ……あ、あ……」

 

 その人物を確認した瞬間、少女の顔に明らかな怯えの表情が浮かぶ。

 

「だ、『闇の呪術医』様……!?」

 

(こいつが!?)

 

 その人物は真っ黒なローブに身を包んだ、高潔そうな雰囲気の貴婦人であった。

 

「……また失敗か? 

 いつも言っているだろう……

 『人は成長してこそ生きる価値あり』と」

 

 威厳を帯びた重みのある言葉が部屋に響く。

 

「わたしを……これ以上幻滅させるな」

 

 それだけを言い残すと『闇の呪術医』は踵を返し、階段を再び上っていく。

 

「待てッ!」

「……ダメ! 行かせない!!」

 

 追おうとする僕達を阻む、少女の言葉。

 

「……『凍り逝く棺獄(フローズン・デス・プリズン)』!!」

 

 そして……無数の巨大な氷柱。

 

「なにっ!?」

 

 少女を中心として発生する猛吹雪。視界がみるみるうちに白い霞みで覆われていく。呼吸をするだけで肺が縮こまる感覚。それほどの凍気が部屋中に満ちていく。

 

「ここではすべてが、凍りつく……ぼくの、この氷の檻のなかでは!」

 

「なっ!?」

 

「……もう、ここから脱出する術なんてない! 

 ぼくも……おまえたちも! 全員、凍り漬けになって死ぬんだ! ここで!!」

 

 そう叫んだあと、階段の方を仰ぎ、呟く。

 

「……『闇の呪術医』さま……。

 ううん、母さま……」

 

「!?」

 

(……は、母親!?)

 

「これで……ぼくを、みとめて、くれますか?」

 

 

 

 *         *         *

 

 

 

「チッ!」

 

 急激に部屋の温度が下がっていく。

 いつかの、あの『鳥野郎』との闘いを思い出し、余計に背筋に寒気が走るようだった。

 おれは何故こういううすら寒い敵とばかり縁があるのだろうか……反吐が出そうだ。

 

 次々と襲い来る衝撃波を煙に巻きつつ、おれは狼野郎に話しかける。

 

「おい、狼さんよ……てめーの御主人サマ、やべーことやりだしたぞ? 止めんのもペットの役目じゃあねーのか?」

 

「……わかったような口をきくな。犬っころが。

 ……彼女が望むことを叶える……それがワタシの正義……」

 

「ふん、堅物野郎が……」

 

Guile(ガイル)、……やれ」

 

 そんな様子を体現しているかのようなメカメカしいの敵のスタンド。花京院の言うようにこいつはどうやら『音』を操るスタンドのようだった。

 

『キィ────!!』

 

 スタンド機械犬が耳障りな音を発する。また攻撃が来ると、身構えていると、予想外の出来事が起きた。

 

「ちょこまかと、目障りな犬め。直接、噛み殺してやる。これだけ大気中に水分があれば十分だ。これが主人とワタシの絆のなせる技……」

 

 物騒な物言いと共に、どこからともなく大量の霧が現れたかと思うとヤツの姿がそれに覆われ、みえなくなっていく。

 

「……」

 

 姿も気配も完全に消える。ピンと張り詰めた空気のみがその場に残っていた。

 

「終わりだ……死ね、犬っころ」

 

 そして、鋭い殺気とともにその牙がおれの身体に突き刺さろうとする。

 

「……ばればれだぜ?」

 

「なにィ!?」

 

 それを『愚者(ザ・フール)』の体当たりで弾き飛ばし、押さえつける。

 

「……カウンターだぜ。形勢逆転だな」

 

「ぐっ……す、砂で……? きさま……超音波霧化において、固体が霧化の妨げとなることを……知って……?」

「さーな。そんな小難しいことは知んねーよ。

 砂振りかけりゃ沈んで霧がなくなるんじゃねーかって思っただけだ。それより……」

 

 間近で狼の姿を改めて眺めて、驚き気づく。

 

「おめー……、雌かよ?」

 

「悪いか……」

 

 睨みつけてくる相手に感想を述べる。

 

「いや、もったいねーな、と思ってな。

 けっこう好みだぜ。気のつえー綺麗な雌は」

「……ほざくな!」

「諦めてちっと、おとなしく……」

 

「……超音衝撃波(Super shock sonic boom)!!」

 

「……しねぇか。ったく、とんだじゃじゃ馬だぜ」

 

 

 

 *         *         *

 

 

 

「いかん! 『魔術師の赤』!」

 

 ふざけている、というか使いこなせていない。いや、無意識にセーブしていた、と言う方が正しいかもしれない。かくにも、この娘の潜在能力、秘めたるスタンドパワーは実は相当のものであるというのは先程から肌で感じていた。

 その全力を放出し、自らの命と引き換えに相手全員を仕留める『凍り逝く棺獄』……恐ろしい技だ。

 このままでは本当にこの娘含め全滅してしまう。どうにか状況を打開するべく、わたしはスタンドを出す。

 

「クロスファイヤーハリケーン!!」

 

 氷の柱を火炎で溶かし、創りだす。ここから脱出するための道を。

 

「よし! ……なに!?」

 

 しかし、溶かす端からまたすぐに再び凍り付いてしまう。

 

「くっ!」

 

(かくなるうえは……!!)

 

「……花京院! ここはわたしに任せて、先に行け!」

 

「アヴドゥルさん!? なにを!?」

「……わかっているだろう?」

 

 こちらから、炎で冷気を遮断し続けなければこの経路は維持できないこと。

 そして、この娘を殺せば無論この檻は消える。が、自らの意思ではない……言わば洗脳に近い。他者に闘いを強制されている。そんなこの娘を手にかけることなど、わたしたちにはとうていできまい……という、敵のどこまでも卑劣な目論見を崩してやるには、これしかない、と。そんな自明の理を。

 

「しかし……!」

 

「アオーン!」

「チッ! グァウ(『愚者』)!」」

 

「グゥウウ……(こいつの相手してやるやつがいるだろ? しゃーねーからおれも残ってやるぜ)」

「イギー……」

 

「グアゥ……(ふん、飼い狼に似合いのとんだおてんば姫さんだぜ。ったく、ロクなめに遭わねーな、ほんとおまえらといると。さみーの嫌いだっつってんのによ……おい、アヴドゥル! 帰ったらコーヒーガム箱一杯じゃあ済まねーぜ。覚悟しときな?)」

 

「ふっ……なら二箱だな」

「ワン!(商談成立だ)」

 

「ふたりとも!」

「バウ(ぼさっとしてんじゃあねーよ! 花京院!)」

「行け、花京院。だれかが行かねばジョースターさんが! ここで全員がやられるわけにはいかない」

 

「ッ! ……はい!」

 

 断腸の思いで階段へと歩みを進める男。

 

「……」

 

 振り返り、言う。

 

「アヴドゥルさん、イギー、……信じていますから」

 

「ふっ、もちろんだ」

 

「バウ(ばーか! ったりめーだ。とっとと行けっての)!」

 

 

 

 *         *         *

 

 

 

「おい……いい加減にしろよ?」

「……うるさい」

 

 あいかわらず、数だけはひっきりなしに飛んでくる音波と衝撃波。

 しかし、避けるまでもなかった。

 漫ろで、覇気のない、そんな攻撃など。

 

「……」

 

 おれは『愚者』をひっこめつつ、狼にいう。

 

「やめだ、やめ。ぜんっぜんやる気ねぇじゃねーか」

「……そんなことは、ない!」

 

「……おまえに、なにがわかる……!」

「……」

 

 その表情に明らかに見て取れる『苦悶』そして『迷い』。

 しかたがないので、言ってやることにする。

 

「おれは今、あそこの暑っ苦しい熱血野郎と、まぁ、一緒に住んでやっているわけだが……。最近気づいたことがある。そーゆー犬の仕事かつ特権、ってやつだ。教えてやろうか?」

 

「……な、んだ?」

 

「……『わがまま』をいうこと、だ」

 

「!? わが、まま……?」

 

「いってやれよ? なぁ? 

 めんどくせー、愛しの飼い主さんによぉ! 

 てめーの望みってやつをな!」

 

「あ……、わ、ワタシは……。ワタシは……!」

 

 しなやかで真っ白い毛皮を翻し、主に向けてまっすぐに駆けていく。

 

千那(ちな)! もう、やめてくれ! 

 ……ワタシは……キミに、生きていて、ほしい……!」

 

 その美しいすがたはすぐに雪と同化して、みえなくなった。

 

 高らかに響く、その嘶きのみを残して。

 

 

 

 *         *         *

 

 

 

 もう、10年にもなるだろうか。

 

 母に連れられ、家を出た。

 ……父と、弟たちを置いて。

 

 理由は、『知らない』。

 

 一度だけ、聞いてみたことがある。

 すると母は、とても、悲しそうなかおで首をふった。

 

 だから、……『知らない』。

 

 

 二年余り、ふたりきりで過ごした。

 学校の勉強も、巫女の修行も、なんにでも……

 きびしいけれどやさしい……そんな母と。

 

 でも、ある日のことだった。

 

 母は、変わった。

 

 

 日本を出て、次々と、住んでいる場所を移った。

 母はずっと『なにか』をさがしているようにみえた。

 

 でも、何を訊ねても返ってくる答えはこうだった。

 

 

 ──千那、おまえはしらなくていい。なにも、しらなくていい。

 

   ただ、わたしにしたがっていれば、それでいい──

 

 

 なにもわからなかった。

 

 でも、ひとつだけ、わかっていた。

 

 母さまにはもう……

 ぼくしか、いない。

 

 それだけは……。

 

 なにがあっても、じぶんだけは味方でいる。

 そう、心に決めた。

 

 

 でも、それは、逃げていただけだったんだ。

 

 今思えば、母の心は、『なにか』がきっかけで壊れる寸前だったのだ。

 

 臆病なぼくは、それに踏み込むことができなかった。

 

 ただ、怖かった。

 母に、疎まれてしまうのが。見捨てられてしまうのが。見限られてしまうのが。

 

 みとめて、ほしかった。

 ずっとどこか、遠くをみている母に。

 

 ここにいるのだ……傍にいるのだと……

 

 ぼくの存在を……。

 

 それだけだったんだ……。

 

 

 

 

 

 身を切るような極寒の中、ぼくは自らの力が全て放出されていくのを感じていた。

 

──やつらを、殺せ──

 

 そう、命じられた。

 

 疑問になど思うまい。そう、努めた。

 しかし、自分には、さっきまでのほんの短いやり取りで、すでにわかってしまっていた。

 

 このひとたちは、悪いひとたちではない。……むしろ……。

 

 じぶんはきっと、まちがっている……そんなことも。

 

(でも……! それでも……っ!!)

 

「……ウォン!!」

 

「アセナ……!?」

 

 虚ろになりかけていた意識の中、吹雪を乗り越えて飛びついてきた、だいすきな友だち……の声で我に返る。

 

「……グゥウ……!」

 

「なぜ? なぜだ!? 君まで……!」

 

 袖を咥えられ、引かれる。

 

 必死にぼくに何かを訴えかける、友だちの瞳。

 それが全てを物語っていた。

 

「わかっている……わかっている……!」

 

 耐えられず、目を逸らす。

 

「でも、……もう、とめられないんだ……!」

 

 力が抜け、その場に崩れ落ちる。視界がぼやけて、霞む。

 

「ごめん……みんな……。ごめんなさい……

 ぼくのせいで、みんな……死んじゃう……ごめん……なさ……」

 

 

「……いいや、誰も死なせはせん!!」

 

 そこに届く、熱く力づよい、声。

 

「はっ!」

 

 顔を上げ、目を開く。

 そこにあったのは、広く、そして大きな背中だった。

 

「全員、護ってみせよう! 

 そして、熔かしてみせよう! 

 きみのその凍てついてしまった心を……わたしの炎で!! 

 

「ッ!?」

 

「この、わたしの命に代えてでも!」

 

(このひとは……)

 

「……うおおおおおお!!」

 

(……ほんきで……っ!)

 

「……どうして? どうして、そこまで……? 

 あなたなら……ぼくを……ころせばいいだけじゃあないか……なんで……?」

 

(……いやだ! ……いやだ、いやだ……いやだ!!)

 

 

(……このひとを、死なせたくない!)

 

 

「もう、やめ……て……! やめてぇー!! いやー!!」

 

 

 

 *         *         *

 

 

 

 少女の叫びが部屋中に轟いた。

 その瞬間、嘘のように雪も氷も消えていた。

 

「……生きているんだ……、ぼく……

 『炎の魔術師』さん、あなたも……よかった」

 

 わたしは倒れ臥した、少女に歩み寄る。頷くと、彼女はこんなことを呟いた。

 

「……でも……生きていても……ぼくには、もう……なにもないんだ……。

 母さまもきっと……もう……。

 ぼくにはだれもいない……なんの価値もない……」

 

「馬鹿なことをいうな。そんな人間など、いない。

 ……隣をみてみるんだな」

 

「え……?」

 

「クウーン……」

 

「……アセナ……」

 

「そんなふうに寄り添ってくれる友がいるんだ。

 価値がないなんて、彼に失礼だと思わないか?」

 

 うつろなその目をまっすぐにとらえ、伝える。

 

「それに、きみには、あるじゃあないか。

 わたしにも負けないほどの占い……降霊術の才能が。

 きみはまだ若い。いくらでもやり直せる。

 もしも、その才能を伸ばしたい……

 そう望むのならば、わたしが後見人となり修行の場を紹介してあげよう。

 いつでも、連絡したまえ」

 

 メモを渡し、立ち上がり階段へと向かう。

 すると後ろから届く、悲痛な願い。

 

「おねがい……母さまを、とめて……!」

 

「……まかせておきなさい」

 

 それをしっかりと受け止める。

 

「よし、では、行くぞ、イギー!」

 

「バウ(へっ! ったく、ほんっと……あつっくるしーやつだぜ!)」

 

 

 

 

 




お気づきかと思いますが、重要事項として、このお話では4部のあるキャラの『家族』に関していくつか無理矢理解釈をしています。すみません! あのひとが、物心つくかつかないかの弟にやさしい嘘をついたんだよ……ということにしてください。んなこと言ったらネタがバレバレでんがな!

というわけで、ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
また、お気に入り、感想、しおり……感謝でいっぱいです!
そしてアンケート、御回答くださった方ありがとうございます!
あと三回くらいで完結なので、もう少し置いておきますね。まだの方、よろしければお気軽にぽちっとな御願いします!

もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?

  • そのまま4部にクルセイダース達突入
  • 花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
  • 花京院の息子と娘が三部にトリップする話
  • 花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
  • 読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!

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