そしてそして! イタリアといえば! の、とうとうあのひとも登場ですよ! 寮に入るまではあの辺りにいた……ということにしてください。天才少年すぎだろ……パネェぜ……さっすが! そこにしびれるぅ! あこがれるぅ!!
HERO
「……花京院くん」
「あ……!」
「あのね、もう……さがさなくてもいいよ」
「は?」
「ほら、さがしものってさ、一生懸命探しているときには出てこないものじゃあない?」
「……さがしていないときには、ひょっこりでてくるくせにね」
「だから、あんまり、さがさないほうが、いいよ。じゃあ……」
「ひ、仁美さん!? ま、まって! まってくださ……ッッ!!」
そこで、目が覚めた。
「いって……」
手を勢いよく伸ばしすぎて、ベッドから転がり落ちるというおまけつきで。
とっさに受け身はとったものの、おかげさまで全身にそこはかとなく感じる痛みとともに、非常にアンニュイな朝を迎える羽目になってしまった。
「……ほんとに、勝手なんだから……」
「よし。いいだろう」
「有難うございます」
あれが夢なのかなんなのか……よくわからないままの非常にもやもやとした気分とは裏腹に、仕事の方はすこぶる順調であった。自らが大学院生として所属するラボの
「というか、いい出来だ。この短期間でよくも……。相変わらずだな。どうにかケチをつけてやろうと思ったのに、あてが外れた」
「ふふ、御期待に沿えず申し訳ありません」
どうやらお墨付きをいただけたようだ。
この方、『世界の山村』。そんな二つ名を持ち、この分野では第一人者のひとりであると世界に名を馳せており、ノーベル賞候補にもなった実はなかなか凄い人だったりする、我らが尊敬すべきボスなのだ。
そして同時に『鬼の山村』。そんな風に学部生からあだ名されている自他ともに厳しい方であったりもする……のだが、言葉が少ないだけで根っこは優しい人間には慣れっこの僕としては可愛いものだ。今は遠きアメリカで愛娘に翻弄されているであろう友の仏頂面を思い出してしまい、つい笑みがもれる。
「それでは投稿しても?」
「ああ。そうしなさい。一発アクセプトとはさすがにいかんだろうが……リバイスが返ってくるまでは少しのんびりしていいぞ」
論文が科学雑誌に受理されるまでには基本、投稿後、査読者の返事をいただき、その指示に従い修正、追加実験を重ね……といったまだまだ長き道のりを経なければならないのだ。とりあえず、そういった初回の反応が返ってくるまで最低2~3週間は待機……要はそういうことだ。
「ただし、追加実験と次の学会での発表や学位審査の準備は……」
「はい、ついでに済ませてあります」
「……ふっ! 本当に可愛くないやつだ。お疲れさん」
「はい。では失礼します」
教授室を退室し、研究室に戻る。
片隅に設えられた給湯室で入れた珈琲を片手に与えられた席につき、パソコンを立ち上げ、投稿の手続きを滞りなく済ましていく。
細々とした入力に辟易しつつ、完了のEnterボタンを押したころには宵の口。ラボ仲間に挨拶をしたのち、退出。大学の門をくぐり抜け、帰宅の途に就く。
もはや通い慣れたそれを歩く道すがら、ぼんやりと夜空に煌めく明星をみあげつつ、想い出す。
「……さがさなくて、いい……か」
奇しくもその日のことだった。
僕に、彼女のお兄さん、義経さんからこんな電話がかかってきたのは。
「イタリア?」
「ああ、研修でな」
「へぇ。海外研修まであるんですか? 警察官も大変ですね」
「いや、強制じゃあない。割と自由意思を尊重されているやつだ。で、その前に休暇もとれた。
あいつのことだけじゃあなく……別件でも気になることがある国でな。
調べものをするのにちょうどいいと思ったんだ。渡りに船、というやつだ」
「気になることって……もしかして、おじいさんの?」
「ああ、じいさんのこと、仁美に聞いてるんだっけか?」
「ええ」
想い出す。あの、病院での夜、彼女が話してくれた『むかしばなし』(実話)。
「そうだ。せっかくだから可能な範囲で探してみようと思うんだ。
記憶を戻すきっかけがないものか……
ちょっとはじいさん孝行になりゃあいいんだが」
「なるほど……」
「一応おまえには伝えておこうかと思ってな。
なにか気になることがあればついでに調べてくるぜ?」
そういわれ、瞬時に浮かんだ案を口に出してみる。
「……しかたないな。じゃあ、僕もついていってあげますよ」
「は?」
「奇遇ですね。僕もちょうど『束の間の休息』を勝ち得たところなんですよ。
他に予定は入っていないし。それに……」
「それに?」
「義経さんひとりじゃあ危なっかしいですからね」
「はぁ!? おまえ、俺のことなんだと思ってんだよ!」
兄妹でもさすがにここは反応がちがった。
「まぁ、それは冗談として。これもなにかの縁ってやつかもしれないし」
「それはそうかもしれんが……。おまえ、去年あたりにも行ってなかったか?」
「……え?」
「ヨーロッパだよ。あれはフランスだっけか?
友人のところへ。気になることがあるので。……とか言ってたじゃあねーか」
「……そうでしたっけ?」
あちら方面の友人……すなわちあいつのことだろうが。
つい先日、国際電話で話をしたときの、相変わらずのあの能天気な声を思い出す。
(去年……?)
しかし、ど忘れしたのかさっぱり記憶になかった。
「おい、あまりにいろいろな国巡りすぎてわけわからなくなったのか?」
「失敬な。この僕に限って、そんなことあるわけないでしょう」
我ながら珍しいことだと思いつつ、応える。
「ま、どちらにせよ、おじいさんのことは僕も気になっていたんですよ。なので、お付き合いします」
「そうか?」
暫しの間のあと、義経さんは心なしか弾んだ声で呟いた。
「……じゃあ、行くか」
そうして僕と義経さんのふたりはローマ、フィウミチーノ空港に降り立った。とりあえず街の中心部へ向かうべくタクシーを拾おうということになり、乗り場へと移動する。
しかし、そこには僕達と考えも到着便も同じ利用者が殺到しているためか、順番待ちの長蛇ができていた。その列の最後尾に並ぶ。
「ところで、どうやっておじいさんの記憶の手がかりを?」
「まぁ、まずは地道な聞き込み……だな」
いいながら義経さんは胸ポケットからひらりと一枚の写真を取り出す。
「ばあさんと出逢ったとき身に着けていた服が、どうもこの、ローマ製らしくてな。
このあたりにいた……のかもしれん。
それにしたって、この写真の男知りませんか? なんて、どんだけ確率低いんだって話だが。
なんせ50年以上経っているしなぁ……。
あとは当時の行方不明者リストとか、事情話して資料を探してみる予定だな。
まぁ、今回だけでみつかるとは思っていない。気長にやるさ」
「そうですね」
頷きつつ、若い二人の男女が写る、差し出されたそれをまじまじと見る。
「それにしても……そっくりですよね。義経さん、若い頃のおじいさんに」
「ん? ああ、だろう? 隔世遺伝ってやつだな」
「瓜二つ、ですね。双子みたいに。髪の色以外。そして、仁美さんは、おばあさんによく似ている……」
「そうだな」
「……。なんか、この写真……見ているとモヤモヤするんですが。
なんだろう、このお兄さんに盗られた感……!」
「はぁ?!」
「だって! こんなに寄り添っちゃって! この愛おしそうな表情!
くそう! ちぎっていいですか? こう、ここで! 半分にッ!」
「ば、馬鹿! や、やめろ! 借り物なんだ! ばあさんに俺が殴られる!」
「……嘘ですよ。冗談に決まっているでしょう?」
「いや、花京院おまえ、ぜったいマジだったろ?
やめろよ。ばあさんの戒めのげんこつ、まじでいてーんだから……」
「ん? おっと、失礼!」
そんな風に後ろを気にせず話をしていたためか、走ってきた一人の少年とぶつかってしまう。
「いえ、こちらこそ。前方不注意でした。申し訳ありません」
丁寧に頭を下げる……まだ齢10歳程だろうに、やたらと大人びた様子が印象的だった。
少し長めの黒い前髪が目元を隠しており、表情はわかりづらいが。
(日本人? いや、違うか)
丁寧に頭を下げた後、再び走って行こうとする。しかし……
「……待ちな」
「義経さん?」
きつめの声色で少年を呼び止める。
「君。その、ポケットのものを出しなさい」
「……」
「いいから。出すんだ」
すると、少年はなおも無言でスッとポケットに手を入れ、そこからひとつの財布をとり出した。
非常に見覚えのある、それを。
「あッ! それは僕の!」
「どういうことか、説明してもらおうか?」
詰め寄るお兄さん。しかし、少年が飄々とした態度を崩すことはなかった。
「嫌だなぁ。そんなに怖い顔しないでくださいよ。
これは今しがたそこで『拾ったもの』ですが?
おや、貴方の財布でしたか? それはよかった。ではお返ししますね」
「そんな嘘が、通用すると?」
「そちらこそ、ぼくが『スった』……そんな証拠でもあるんですか?」
にこにこと顔色ひとつ変えずにそんなことをいう。
「それでは、これでぼくは失礼します」
「あっ! 待て!!」
そして、あっという間に去って行ってしまった。
「ちっ、現行犯だが……未遂だしな……」
追跡を迷う、そんな義経さんにいう。
「さすが、おまわりさんですね」
「うるせーな、花京院。おまえがぼーっとしてんのも悪いんだぞ。
ったく、どっちが世話焼けんだって話じゃあねーか」
「ふふ、面目ない」
「というか、おまえもちょっとは怒れよ。なんで俺ばっか……」
海外で財布をなくすのは、実は初めてではない(懐かしき、インド……カルカッタのあの雑踏)とか言ったら余計怒られそうだ。言わないでおこう。
(しかし……)
先程一瞬垣間見えた少年の瞳を思い出す。
「あんな少年がどうして……なにか事情があるんでしょうか?」
すれている、そんな風な濁った印象はまったく受けなかった。頭も良さそうだ。
それが余計に不思議だった。疑問を口に出す。
「さあな。この辺り、悪さをする年少者が多いとは聞いていたが……
時々あるけどな、親が子に命令して……とかそういう胸糞悪い話。
もう少し事情を聞きたかったが……」
(……親、か)
「気を取り直して、行くか」
「はい」
そのときの僕は迂闊にも気づかなかった。
「……あれは! あの顔は……ッ!!」
こちらに向けてじっと注がれる『ひとつの視線』に。
その後は、無事にタクシーを捕まえ、滞在中お世話になる宿泊場所にたどり着くことができた。
「なかなかいいホテルだろう? なんでも100年以上の伝統を持つ由緒正しいホテルらしいぜ」
「へぇ」
「そして、この『ネーロ』が名物だと」
「イカスミパスタ……ですね。本当に真っ黒なんですね。おお、美味い」
見た目に反して非常に美味なそれにレストランで舌鼓を打っていると、ガタッと誰かが立ち上がる音。
「まぁ!! 貴方!」
隣の席に今しがた案内され腰掛けた、上品そうな老婦人だった。
「そんなはず……ああ、信じられないわ!
それとも魔法使いはお年を召さないのかしら……!」
「え、ええと……」
「落ち着かれてください、御婦人。このひとがなにか?」
詰め寄られる義経さん。に、助け舟を出す、僕。
「はっ! わ、わたしったら……ごめんなさいね。
貴方が昔そこのトリトーネの泉で出会ったわたしの初恋の相手にそっくりで……! つい……」
「え!? そ、そうなんですか?」
「ああ、懐かしいわ……。
魔法をかけてあげるよ……。って! とろけるようなキスをくれて。
そしたら途端に意識が薄れてきて……本当に魔法みたいだったわ!」
うっとりとそのときを思い返す御婦人。
「ま、魔法?」
「というか……おじいさん、けっこうやり手な方だったんですね」
「……ばあさんには、とても言えん……」
そして、さらに奇怪なことを言う。
「でも、今思い出しても不思議……。
鳩が口から出てきてね。それでわたし我に返ったの」
「は、鳩ぉ?」
「おじいさん、手品師かなんか……?」
もはやすでに僕たちの頭は疑問でいっぱいだったが、なにはさておき、本人確認をするべきだ。
例の写真を取り出す義経さん。
「その初恋の方……というのは、この男でしょうか?」
「そうよ! まぁ! なぁに、この女性……!」
「そ、その男性に関して、名前とか、なんでもいい。
知っていることを教えていただきたいのですが……」
「名前なんて……。そんなの聞く暇もなく、
『ありがとうシニョリーナ。君とのひとときは忘れないよ……』
って、それだけ言い残して、やたら背の高いトッポイ殿方と老紳士とさっさと行ってしまったから……」
「そうですか……」
「ありがとうございました。よし、いくぞ」
「はい」
「あっ! 貴方あの方の……!
まぁ、また……あのときとおんなじね」
奇跡的にもいきなり重要な証言を得て確信を持った僕達は、引き続き街で地道な聞き込みを始めた。
が、以後は特にこれといった情報は得られず、今日はそろそろ引き上げようか……と、いうときだった。
大きめのスキール音を立てながら、数台の黒塗りのベンツが僕達の傍に止まる。
そこから、わらわらと降りてくる人間たち。彼らに囲まれ、凄まれる。
「シニョール? 我々と来てもらおうか?」
一斉に拳銃を構える黒服たち。その数およそ10人と少しといったところか。
「義経さん、さがっ……」
「さがっていろ、花京院」
僕を制し、袖口に仕込んでいたそれをスッと取り出し指に挟み構える義経さん。
ひとつ深呼吸して、叫ぶ。
「……射抜け! シャボン・ダーツ!」
そうして、その手から発射された……名前の通り、7本の虹色にきらめく膜を帯びたダーツが、波打ちながら、……明らかに自然の物理法則に逆らった動きで……障害物を避けつつ、物凄い速さで黒服の男たちの服と壁を縫い付けていく。
「ぎゃっ!」
「ぐおっ!」
「うおおおおお!」
「ひでぶ!」
「あべし!!」
さらに、あたかも猫のような構えを取ったかと思うと、まさに風の如し……
あっという間に残りの数人をぶちのめしてしまった。
「あ……? え……?」
残されるはあっけにとられる僕。
そして、衝撃で一様に気絶してしまっている黒服どもだった。
「……しまった。久々すぎて加減が。全員のしちまったか……」
「……ええぇー!?」
「言ってなかったか?」
「き、聞いてないですよ!」
酒場で夕食をとりつつ、先程の件について、義経さんを問い詰める。
「じいさん、気功だか拳法だか、そーいう『なにか』の達人だったらしくてな。小さい頃から鍛えられてんだよ、俺」
「……」
(そういえば、おじいさんが『大男』と闘っていた、って……
ということは、まぁ、たしかにそういうことではあるのか……)
「人間の記憶にはいくつか種類があってな。いわゆる“思い出の記憶”は『エピソード記憶』っていうらしい。で、それとは別に……例えば、スポーツや楽器の演奏とかで、何度も練習をして“コツをつかむ”感じ……そういうものを『手続き記憶』っていうんだと」
「ふむふむ」
「うちのじいさんの場合、エピソード記憶はなくても、そういう手続き記憶は今もしっかり保っているみたいでな。しみついた習性ってやつかね? いろいろ習ったぜ。おかげで売られた喧嘩には負け知らずさ」
仕込みダーツを取り出し、僕に渡しつつ、いう。
「じいさん、ダーツゲームも好きでな」
「い、いや、そういう問題……なんでしょうか……?」
「このダーツには特殊な石鹸水がしみこませてある。理屈は不明だが……これが『力』を伝わらせるコツなんだと」
「へぇ……」
うっすらと虹色にゆらめくそれを電灯に透かしてみる。
そして、隣で美味そうにビールを煽る人を見て、心の底からの感想を呟く。
「……どこが一般人だよ……」
──所詮……俺は、一般人にすぎない──
この人と初めて出会ったときのあの台詞を思い出す。
「ああ? おまえらに比べたらよっぽどだろ?」
「どっちが。貴方にいつぞやぶん殴られたと噂の仁美さんのストーカー、よく生きてましたね」
「ああ? そんなことまで聞いてんのか!? あいつ、余計な事を……」
「ってか、僕もよく無事で……」
気がついたらぶっとんでいた。あの時を思い出す。
「もちろんあんときは『力』はのせてねぇよ……ちゃんと。感謝しろ」
「……それはどうも」
それでも十分痛かったが。
「この『力』な、仁美も習いたがってたんだが……
女の子はおしとやかに! とか言って、じいさん俺だけに教えてくれてな。
あ、でもひとつ、できるんだぜ」
「え!?」
「やってなかったか?
痛いの痛いの、飛んでいけ……みたいなやつ」
「あ、あの『おまじない』ですか?」
「そうだ。……やっぱ知ってたか。あれもじいさん仕込みだぜ?」
「……」
あれは、本当にただの『おまじない』ではなかったのだ。
「……どおりで、よく効いたわけだ」
右手をじっと見る。
(理由はそれだけじゃあない……だろうけど)
想い出す。ふれた手のぬくもりを。
「しかし……、奴ら、一体何の用だったんだろうか……」
「ええ……」
あの黒服連中、『大男』の関係者なのか、それとも……。
あの後、当然の如く、現地の警察の方々が集まってくるのが見えた。
義経さんの立場上、研修前に騒ぎはまずい、ということでやむなく放置・逃走を図ったわけだが。
「すまん。俺がやりすぎたな」
「いえ。大丈夫ですよ。また来るでしょう」
「ああ、用があるなら、な……」
そして、翌朝。
やはり、『用』はあったらしい。
昨日と同じ黒塗りベンツ。
助手席から降りて来たのはウエーブのかかった髪の、精悍そうな男性。
後部座席のドアをあける。
その人に支えられながら姿を現したのは、ひとりの御老人だった。
老君は義経さんを一目みるなり、手を取り、涙を浮かべながらこういった。
「っ! シーザーさん……ッッ!!
ああ、やはり、生きて……いらっしゃったんですね……!!」
「「……えっ?!」」
* * *
「先日は申し訳なかった。うちの若い衆が……」
そうして俺と花京院が黒ベンツで連れられた、その先は、事務所だった。
なんと、いわゆる『マフィア』の。
「空港で君たちを見かけて……。丁重におもてなしをした上で、お連れするように、と部下に命じたのをどうやら勘違いしたようで……」
「は、はぁ……」
俺たちがもしも一般市民であったならば勘違いでは済まなかったような気もするが。
「して、君は、シーザーさんの……?」
「シーザー……、であるかはわかりませんが……」
そういいつつ、写真を差し出す。
「おお! まさしく!!
隣のこの方は細君か? なんとお美しい! さすがはシーザーさんだ!
か、彼は今!? 御健在なのかい?!」
力強く頷く。
「わたしは、この写真の男の、孫にあたります。
祖父は健在で、今日本におります」
「そ、そうか! そうなのか……。
……奥方……そして、こんな立派なお孫さんが……」
「実は祖父は……」
涙ぐむ老君に、事の経緯を簡単に説明する。
「そうだったのか……記憶喪失……それで……」
「はい、それで我々は手がかりを探しに……。
お伺いしてもいいでしょうか? 貴方は……祖父の?」
「ああ。わしはサルヴァトーレ・マランツィーノ、という。
シーザーさんの若い頃の、その、なんといったらいいかな……
まぁ……その、『舎弟』……かな」
「「舎弟!?」」
花京院と声を揃える。
「彼はわしの……いや、我が貧民街の、ヒーローだった……」
そして、老君はうれしそうに、かみしめるように語ってくれた。祖父との若かりし日の思い出を。
「誰よりも強くて、頭もよく、鋭く研ぎ澄まされたナイフのようだった。
でも、実は誰よりも仲間想いで……街のはみ出し者が集まってできたチームの、自然にリーダーのような立場になられてね」
「チ、チーム?」
「いや、まぁ、実は……盗みや喧嘩、けっして大きな声では言えないようなこともたくさんしたよ。しかし、餓えた者、弱き者からは決して奪わなかった。むしろ悪だくみで私腹を肥やしている輩から、苦しめられている弱きものに奪ったものを振舞う……そんな感じでね」
「へぇ。いわゆる義賊……というやつだったんですね」
花京院が感心したように呟く。
「ああ。暴力も、理由なしには決して振るうことはなかった。
すべて仲間や身内を護るため……そんな一本、筋の通った人だったよ。
今のわしの在り方はすべてシーザーさんから学んだと言っても過言ではない」
「そう、なんですか……じいさんが……」
老君の様子に、くすぐったいような、それでもやはりこちらまで誇らしい気持ちになる。
「しかし、ある日チームを抜ける……と。
やることができたんだ、と晴れ晴れしい表情で……
それでも、時に街で顔を合わせたらいつも声をかけてくれて……でも……」
そこで急に彼の表情が曇る。
「その数年後、突然消息を絶ったんだ。ぱったりと。
以後、彼の姿を見た者は誰もおらず……」
「それが……」
「あのとき、か」
じいさんの身に『なにか』が起こって、ばあさんと出逢った……あのとき。
「彼は、死んだのだ……そんな噂が流れた。
信じられなかった。……信じたくなかった」
そして、パッと再び晴れ渡る。
「それが今日は、なんてことだろう! 最高の気分だよ。
君たちのおかげだ……」
だが、しかし、そのときだった。
荒々しくドアが開けられる。
「失礼します! ボス! 襲撃です!!」
「なに!?」
「急ぎお逃げ下さい!!
お客人も! こちらへ!!」
別の出入り口へと誘おうとする。が、
「だめだ! 外も! 囲まれている!」
わらわらとわいてくる黒服どもに退路を断たれ、完全に挟み撃ちにされてしまう。
「マランツィーノ! 貴様もここまでだ!」
追い詰められた老君に一斉に銃口が向けられる。
「ボス、危ない!」
それを側近の……あのウエーブの髪の男性がその身を挺してかばおうとする。
「まとめて死ねぇい!」
(いかん! あ……!)
ふたりに躊躇なく引き金が引かれんとする……その刹那だった。
「ぐえっ……」
「うわっ!」
「ぎゃっ!!」
『なにもしないのに』襲撃者たちが突然、倒れる。次々と。
「……え?」
「な、なんだ……魔法か……?」
皆が目を丸くしている中、隣でひとり涼しい顔をしている『魔法使い』にこそっと訊ねる。
「おまえの仕業か……」
「気づかれないように、かつ、速やかに。ですよ」
いいつつウインクをする花京院。
「外にいた連中もまとめてお帰りいただいています。
嫌な気配がしたので……『結界』をはっておいて正解でした」
にこにことそんなことをいう。
「な、何が起きたかわからないが……命拾いしたようだ。
君たち、大丈夫かい?」
「ええ。マランツィーノさん、貴方こそ」
「こんな襲撃はしょっちゅうなんですか?」
「……まぁ、こんな家業をしていると……仕方がないことさ」
老君は眉根を下げる。
「引き留めて、とんだ騒ぎに巻き込んでしまったね……すまない。
さ、もう早く行きたまえ。
君たちになにかあってはシーザーさんに申し訳が立たん。
彼の無事がわかっただけでわしは満足だ。……本当に、ありがとう。
これからも息災でおられるよう、願っているよ……」
* * *
「……」
何とも言えない気持ちを抱えつつ、義経さんと共に事務所を出た。そのときだった。
(……ん? なんだ……?)
視線を感じた。
「……そこだ!」
その出処に向けて義経さんがダーツを投げる。
先程の連中の残党か……と駆け寄って見てみるも、そこに居たのは意外な人物であった。
「君は……!?」
まぎれもない。空港で出会った……あの、黒髪の少年だった。
「また君か。なんなんだ、一体……」
義経さんが解放してやると、やっぱり彼は飄々とこう言った。
「ぼくの名前は……ジョルノ。
ジョルノ・ジョバーナ……」
「……貴方たちの、力を借りたい」
「先程、マランツィーノさんへの刺客を追い払ったのは……貴方の仕業でしょう?」
僕を指し示す少年。とんでもない『情報』とともに。
「逃げていくやつらが言っていたのをぼくは聞いた。
『深入りすんな。本番は明日だ』と」
「「な、なにィッ!?」」
「これは、やつらは明日また来る。
しかも今日以上の勢力をもって……そういうことですよね?」
「……なん、だと……?」
「もう一度、追い返して欲しいんです。やつらを。
貴方たちなら簡単でしょう?」
それでもあくまで白を切る、僕。
「……なんのことかな?
僕たちは偶然この騒ぎに巻き込まれた、ただの一般人だよ」
「……か、花京院……」
しかし少年はそれを意に介さず続けた。
「やつらは……ギャングの風上にもおけない……汚い金と権利の亡者共だ。
ゆえに邪魔なんだ。マランツィーノさん一派が……
強きを挫き弱きを助ける……そんな、彼らのことが。
古き良きギャングの伝統を重んじる、誇り高き彼らのことが……」
疑問に思い、問う。
「ジョルノ君、といったね。君は……何者だい? 彼らの、息子さんかなにかかい?」
「いえ。ただの一般市民ですよ。……まだね」
含みのある言い方をしたのち、俯く。
「しかし、さる『理由』があって、ぼくは、彼らをなんとしてでも護りたい。
でも現状、ぼくには、その力が、ない……」
心底悔しそうに、拳を握りしめる少年。
「だから頼んでいるんだ! 貴方たちにッ!」
「……。頼む人間を間違えているよ。
僕たちはただの旅行者にすぎないのだから……ではね」
そんな彼に事実を伝える僕。だったのだが……
「……わかった」
「はぁ!? よ、義経さん!?」
隣から予定外の言葉が飛んでくる。
「あ、貴方、立場的にまずいでしょう!?」
「大丈夫だ。まぁ、ばれねぇだろ……たぶん」
……よく考えたら予想通りではあるが。さすが兄妹。
などと、どこかで諦めつつ止めるも、そんなことをいう。
「どちらにせよ、じいさんをあんだけ慕ってくれている人をそのままほっとくわけにいかねぇ……花京院、おまえだって、どうせどちらにせよこっそり助ける気だったくせによ。俺の手前あんなこといってるだけでさ。……ありがとうな」
「ぐ……」
(くそう……なんだよ……)
こんなところもやはり兄妹……そんなことを不覚にもおもってしまう。
「……話は聞かせてもらったぜ!」
そこへさらに飛んでくる、聞き慣れた能天気な声。
「あッ! あんたは!」
「よぉ! 久々ッ!
このオレも、しゃーねーから手伝ってやろう!」
そんなふうに高らかに宣言する男に告げる。
「……ポルナレフ、遅いぞ」
「おい、花京院……相変わらず、なんでオレにだけそんなに冷たいんだよ……」
そうなのだ。こちらへ赴くことが決定したあの日にこいつにはすでに連絡済みだった。
「おまえがこっち来るって聞いたから、急いで飛んできてやったのによぉ。
それが久々に会った親友に対する態度か? ったく……」
「ふっ! ……まぁ、ナイスタイミング……といってやらんこともない」
「だろ! ヒーローはいいところに遅れてやってくるもんだ。へへ」
そんな大口を叩きながらにやりと笑ったのち、少年を見ながら零す。
「しっかし、花京院、おまえボインゴといい、意外とガキんちょに縁があるよなぁ……」
そこに聞き捨てならないと、静かな反論が入る。
「ガキんちょ……ではありません。ジョルノと呼んでください。
花京院さん、この若干失礼な方は……?」
「ああ、僕の不肖の仲間がすまなかったね。
こんなんだけどいざというときは意外と頼りになる男だから」
「おい……、こんなんっておまえ……」
「ったく。で、あとは……」
ぶつくさ言いながらももう一人に目をやる。
「あ、そうだ。紹介する。ポルナレフ。
会うのは初めてだよな? 仁美さんのお兄さんの義経さんだ」
「おお! やっぱり! あんたが噂の! よろしくなー!」
「あ、ああ。どんな噂だか気になるところだが……。
ポルナレフ、あんたにも妹がとても世話になったと聞いている。
一度会って礼を言いたかったんだ。ちょうどよかった」
「おいおい、そんなかしこまんないでくれよ!
オレの方こそってやつだしな。あいつのおかげで何度命拾いしたか!
たしか同い年だろ? 仲良くやろーぜ、義経にーちゃん!」
陽気な調子で右手を差し出す。
「ふっ……、そっちこそ噂どおりだな。ああ、よろしく」
がっちりと結ばれるふたつの手を微笑ましい気持ちで見る。
(ふっ……)
こうして、役者は揃った。
「よし、そうと決まれば、一旦宿に戻って作戦を話し合うか。
夜からの張り込みに備えて寝ておくべきだしな」
「ああ」
「ジョルノ君、じゃあ、あとは俺たちに任せて帰りなさい。いいね」
「そうそう。ガキんちょはイイ子でさっさと寝るんだぜー」
「また結果はちゃんと報告するから」
「……はい」
そうして男三人、連れ立って、歩きはじめる。
「じゃあ飯食いながら作戦会議だな! オレ、ピッツァがいいな」
「いいねぇ。なら本場のマルゲリータにイタリアビールなんてどうだい?」
「おお! いいねー!!」
「まったく、討ち入りに備えようってときに、二人とも呑気なんだから。
……シチリアワインの種類も豊富な店でお願いしますね」
「ぷっ! 花京院……おまえ……」
「ふっ! どの口がいう……」
「ん? 腹が減っては戦はなんとやら……というやつですよ」
「……」
その最中、ふと思い、振り返る。
そこには先ほどと変わらぬ場所で佇む少年のすがた。
「……」
その瞳は、なおもまっすぐにこちらをじっと見つめていた。
……キスをされたと思ったら鳩が口から出てきた。なにをいっているのかわからないと思うが……以下略。
読んでいただいてありがとうございました!!
もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?
-
そのまま4部にクルセイダース達突入
-
花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
-
花京院の息子と娘が三部にトリップする話
-
花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
-
読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!