私の生まれた理由   作:hi-nya

7 / 82
第2章 Road to Egypt
イッツ・ショウタイム!


 太陽が西に沈んでいく。

 日が傾く時刻の早さに冬の訪れを感じつつ、まとめた荷物をトランクに入れる。

 

 出発の刻が、近づいていた。

 空条邸の前にどっしりとその姿を構える黒塗りのロールスロイス。

 ジョースターさんの手配した御抱え運転手付きのそれに乗り、僕たちは今晩発エジプト、カイロ行きの便が待つ空港に移動する予定であった。

 

 ジョースターさん。

 承太郎の祖父で、御年69歳とのことだが、そうは全く見えない若々しさをお持ちである。

 頑張って見積もっても50代くらいか……40代でも通じそうである。そう伝えたら、「企業秘密があるんじゃよ」と、ウインクとともにいわれた。

 彼は、スタンドとはまた別に、『波紋』と呼ばれる、DIOたち吸血鬼に絶大な効果を誇る力を操ることができ(僕に憑いていた肉の芽を消し去ったのも波紋の力らしい)、波紋戦士は体内の気をコントロールできる関係で、皆一様に年を取りにくい……とのことだった。

 その力を用い、50年前の地球存続をかけた闘いで生き残った歴戦の勇士なのだ! とは本人談。

 ひょうきんで気さくで冗談好きで……。

 そして、普段はとてもそうは思えないが、実は彼はニューヨークに本拠地を構える不動産王で、今回の旅をサポートしてくれる財団、スピードワゴン財団とともに、音に聞こえた大富豪であった。

 そう考えれば、この広々とした敷地に悠々と建っているこの家にも納得できる。およそ一週間御世話になったにもかかわらず、全貌が結局解明できなかったこの家の。

 

 そんな空条邸の、はてしなく続くかのような石垣のむこうを見ていたら、うしろから声をかけられた。

 

「いよいよだな」

「ああ、アヴドゥルさん。……そうですね」

「あとは保乃か」

「ええ。まもなく来るでしょう。そろそろ約束の時間ですから」

「……おっと、噂をすれば、というやつだ。」

 

 アヴドゥルさんが通りのむこうを指さしながら言う。

 それにしても、このひと、日本語はぺらぺらだし、このように諺まで使いこなしている。

 本人いわく、「日本は大好きな国だからね。」とのことだが、果たして好きだけで片付けられるものなのか。ちなみに昨日は茶室で彼の立てた抹茶をいただいたのだが、その作法も完璧だった(むしろこちらが門外漢なので正確にはわからないが。少なくとも素人目には)気がする。日本人よりもよっぽど日本人らしい。

 そして、ジョースターさんのいうとおり、スタンドに関する知識は本当に素晴らしいものだった。先日、いろいろと質問していたところ、その広さと深さに驚いたものだ。いったいどこで培ったものなのか……。これでいて本業は占い師、というのだから、このひともまた、謎な人だ。

 

 

 

「やぁ」

「こんにちは」

 

 彼女はこちらに気づくと小走りでやってきた。

 

「こんにちは。すみません、遅くなってしまって」

「いえ、まだ時間前ですよ」

 

 腕時計をみながら、いう。

 五分前行動……生真面目さがうかがえる。

 

「荷物は、それだけですか?」

「うん。これだけ」

 

 肩に斜めにかけた小さめのものと、手に提げているものがひとつ。

 女性というものは荷物がやたらと多いもの、というイメージだったが、彼女にはあてはまらないようだ。

 

「頑張って減らしたんだけど……。限界だった」

 

 昨日、彼女は宣言通り空条邸にやってきて、ジョースターさんにいろいろと旅に関するレクチャー(八割方は彼の虚構をまじえた自伝で構成されていた気もするが)をしてもらっていた。どうやらそれを忠実に守った結果らしい。

 

「……はい」

 

 車に載せるのを手伝うべく、手を差し伸べる。

 

「え? ……ああ! あ、ありがとう」

 

 大きい方の荷物を受けとり、トランクに入れる。

すると、驚いたようなかおでじっとみつめられていることに気づく。

 

「どうしたんですか? 」

「ううん。いや、その、えっと……紳士だなぁ、と」

 

 そして、控えめに、そんなことを言って、はにかむ。

 

「と、当然のことをしたまでですよ」

 

 からかわれているのかとも思ったが、そんな感じでもない。ストレートな賛辞にやはり調子が狂ってしまう。

 ……このひとと話していると、そればかりだ。

 

 振り返ると、ちょうど残りのメンバーがやって来たところだった。

 

「よぉ」

「よくきてくれた。忘れ物はないかの? 」

 

 ジョースターさんと承太郎だ。

 

「はい」

 

「揃ったな。では、いくぞ」

 

 

*         *          *

 

 

「おい……」

 

 走り出してしばらくたったころ、私は車内で隣になった人物に声をかけられた。

 十分に広いこの車も、この承太郎君にかかれば窮屈そうにみえる。ジョースターさんもおなじくらい背が高い。この一族の特徴なのだ、といっていたが。

 

「なに? 」

「……いまなら、引き返せるぜ。」

「いったでしょう? もう、決めたって」

「ちっ、物好きなやつだ」

「……ありがとう」

「ほめてねぇよ」

「わかってるよ。ほめられたと思って言ったんじゃないって」

「……」

「心配してくれて、ありがとう」

「ふん……」

 

 それ以上、承太郎君はなにも言わなかった。だから私も、黙っていた。

 言葉は少なくて怖そうに見えるけれども、やさしいのだ。このひとも。

 いつぞやのホリィさんとのやりとりを思い出す。

 

(ほんとは、すごく心配で離れたくないだろうに……)

 

 目を閉じる。

 

(助けたい。……かならず)

 

 目的地に向け、まっすぐに走る車の、エンジンの低い音だけが車内に響いていた。

 

 

 空港にたどり着く。

 出国に関する手続きはジョースターさんのお付きの人(財団の人……らしい)がほとんどしてくれたため、私はいわれるがまま、ゲートをくぐるだけで済んだ。にもかかわらず、審査員さんに簡単な質問されただけで、つい緊張してしまう。こんなことでは入国審査時が思いやられる。日本語だから今はいいものの、これが英語……ならまだともかく、エジプトだから……? 不安しかない。なんせ海外に出るのなんて、小学校以来、人生二回目なのだ。少ない経験を嘆いていても仕方ないが、ついため息がもれてしまう。

 ゲート前で出発を待つ間、なんとなしに窓の向こうの滑走路を眺める。 あたりはすでに真っ暗で、そんななか、管制塔の灯りだけがゆらゆら揺れていた。

 

「……なにため息ついてるんですか?」

「はっ! 」

 

 そこへ、うしろからふいにこえがふってくる。

 

「……花京院くん」

「……不安、ですか? 」

 

 なにもかも見透かされそうな瞳をむけられ、素直に答える。

 

「う、うん……。その……入国審査が」

「そうでしょう。入国審査、それはかくも厳しく険しい……。

 って、はぁ? 入国審査?! 」

「うん。気が重い……」

「……ぷっ! ふ、ははははは! そ、それかよ……! 」

 

 どうやら彼のツボにはまってしまったらしい。

 

「さっきからずっと深刻なかおしてるから……。僕はてっきり……く、くくく……」

 

 彼の笑いはおさまる気配がない。

 

「そ、そんなに笑わなくても……」

「いや、だって……」

 

 またやってしまったようだ。このひとには笑われてばかりだ、と、顔が熱くなる。

 

「……そんなの別にどうにでもなりますって。

 僕も夏に行ったことあるから、助けてあげられるし。だいじょうぶですよ」

「うん……」

「というかそれ以前に、無事入国審査が受けられるか、の方が問題ですよ」

「あ、そ、そっか。そうだよね……」

 

 敵方にも、こちらの動きはある程度察知されている、とのこと。エジプトに近づくのを阻止するべく、刺客が放たれていることは想像に難くない。あっさりカイロにたどり着けるはずがない、そういうことだ。

 

「……ごめん。気を抜かないようにするね」

「……すみません。逆に不安にさせてしまいましたね」

「そんなことないよ! ありがとう」

「い、いえ。まぁ、杞憂に終われば、それが一番なんですがね」

「そうだね……」

 

 しかし、私たちのその希望はもろくも崩れさり、彼の予感は的中するのであった。

 

 

 

 

 

 

 とうとう私たちの乗った飛行機が離陸の時を迎えた。

 長い助走のあとに機体が浮き上がる。何度か乗ったことがあるが、この離陸の際の押しつぶされるような感覚にはやっぱり慣れない。ひとつ前と、そのもうひとつ前の席にそれぞれふたりずつで座っている、私以外のみんなはさすが、飛行機なんて、なれっこのようだ。

 

 窓から下をながめると、星のようにまたたく街の明かりがみえた。

 

(綺麗……。戻ってくるときにも、また、みられるかな……)

 

 機体は高度をぐんぐんあげ、空へと昇っていく。それにつれ、地上の星たちはやがてみえなくなっていった。

 日本を離れていくのだ。それを今さらながら、実感する。

 

 

 機体がある程度の高度まで上昇すると、安定飛行に移ったのか揺れも少なくなった。スチュワーデスさんたちが運んできてくれた機内食も食べ終わり、機内の照明も落ちて……。皆、到着まで束の間の休息をとろうとしていた。そんな矢先のことだった。

 

「! ……おい、じじい! 」

「あ、ああ、わしも感じた。DIOに、みられておるっ! 」

 

 ジョースターの血統を引くふたりが、なにかを感じ取ったようだ。

 

 そして機内に似つかわしくない…いるはずのないものをみつける。

 

「……ん? な、なんだ? 虫……? 」

「クワガタ……? デカイ! 」

「ま、まさか! 追手のスタンド使いか?! アヴドゥル! 」

「わ、わかりません……」

「とりあえず、おれに任せな! オラァ! 」

 

 承太郎君のスタンド、『星の白金(スタープラチナ)』が虫に拳をはなつ。

 が、しかしそれはむなしく空をきる。

 

「ちっ! 」

「! かわされた……! 」

 

 そして、反す刀で…とでもいうように、舞い戻ってきたクワガタのようなそれは、口から長く鋭い針を出し、承太郎君の口に突き立てようとする。

 

(危ない! )

 

 とっさにセシリアではね返す。

 

「やはり敵のスタンド! 」

 

 アヴドゥルさんがなにかに気づいたようにいう。

 

「今、舌を狙ってきたっ!

 聞いたことがある……舌を好んで捕食するスタンド……

 それを使い、事故に見せかけ大量殺戮を行うスタンド使い、灰の塔(タワーオブグレー)

 DIOの手先になっていたのか……」

「じ、事故にみせかけて……!? 」

 

 この飛行機が、落ちたとしたら……今まさにその状況だ。私たちをまとめて始末するため、最適な相手を送り込んできたというわけか。

 

 はね返された虫のスタンドは、反対の列の席の方に飛び去った。

 

「なっ! ああッ! 」

 

 そして、何をするかと思えば、針を伸ばし、一列に並んでいる乗客の頭を串刺しにした。そのうえ、絶命した人々の舌を順番にもぎとっていく。

 

(な、なんてことを……)

 

 凄惨な光景に、そして……

 

(……護れ、なかった……)

 

 おもわず吐き気がこみあげる。

 

「……あなたは、みない方がいい」

 

 すると、私の視界を遮るように立ちはだかってくれるひとがいた。

 

「花京院くん……」

 

 敵を見る、その横顔は冷静そのものだった。

 

 しかし、その瞳には燃えるような怒りを秘めているようにみえた。

 

 

 虫スタンドはしたたり落ちる血を使い、壁に文字をつづる。

 

『massacre! 』

 

「マサクゥル……皆殺し……だと!?

 くそ、やりがった! 魔術師の赤(マジシャンズレッド)の炎で、焼き殺してくれるッ! 」

 

 そういってアヴドゥルさんがスタンドを出そうとする。それを花京院くんが制す。

 

「アヴドゥルさん、待ってください。この狭い機内……魔術師の赤では引火の危険がある。

 承太郎の星の白金も、パワーが強すぎて機体が損傷する恐れがある……」

 

 そこで、騒ぎに目を覚まし、こちらにやってきたおじいさんが、血文字に気づき、騒ぎ出す。

 

「な、なんじゃ、何事じゃ!? 」

 

「当て身」

 

 素早くおじいさんの首筋に手刀を下ろし、意識を奪う花京院くん。

 一介の高校生であるはずの彼が、なぜこんな技を身につけているのだろうか……不思議でならない。が、それどころではない。

 

「げふ……」

 

 彼は続ける。

 

「……かつ、このように他の乗客に気取られないよう、速やかに……

 ここは僕の静なるスタンド、ハイエロファントこそ、奴を討つのにふさわしい! 」

 

『花京院典明か。貴様のことはDIO様からよーく聞いているよ……』

 

 虫のスタンドが不気味な声で喋り出す。

 

『やめておけ。自分のスタンドが静、だと知っておきながらおれに挑むとは……愚の骨頂。

 きさまのスピードではおれをとらえることはできん!! 』

 

「そうかな……? 」

 

 いいつつ、彼はオリジナリティ溢れる構えをとる。

 

(き、決めポーズッ!! )

 

 ズアッ! とかいう効果音まで聞こえた気がする。

 気合いやら勢いやらはこうした幻聴までも生み出すものなのか。

 

(はぇー、すごいなぁ……

 あんなのどうやったら思いつくんだろ……? あとで聞いてみよっと)

 

 一介の高校生であるはずの彼が…以下略。

 やっぱりそんなどころじゃあないのに、つい見とれてしまっていた。某漫画において、カッコいいポーズで周囲の視線を釘付けにしてしまう魔法があったが……まさか体感できる日が来ようとは。

 

(あれ……、でもよく考えたら、私味方なのにかかっちゃ駄目なんじゃ……)

 

 そして、さらに至極どうでもいい方向に思考が逸れる。

 

(そ、そうだ、それどころじゃ……)

 

 必死に状態異常を打ち消すべく、頭を振り、状況を見直す。

 

 相手の挑発めいた言葉に彼が動じている様子はないようだ。ハイエロファントを出し、きらきらした緑色に輝くエネルギーを練る。

 

「……エメラルド・スプラッシュ!! 」

 

『キエエー!! 』

 

 彼の手から放たれた、美しい宝石達。

 私の目からみると十分に凄まじいスピードで、虫にむかって飛んでいく。

 しかし、それを上回るスピードで、それらはことごとくかわされてしまう。

 

「まずい! やはりかわされたッ! 」

 

 アヴドゥルさんが叫ぶ。

 そして、空中で旋回した虫はぴたりと止まると、反撃の口針を彼に向け伸ばしてくる。

 が、もちろん……。

 

「なにぃ!? とおらん!? 」

 

 ちゃんとやるべきこともやらなければ……セシリアに彼のことは御願い済みだ。針をはね返す。

 

(ふぅ……よかった。ひきつづき、御願いね)

 

『ちっ、なんだそれは……バリア……か?

 まぁいい……そんな強い力、長くはもつまい……』

 

(う……)

 

 しかし、あっさり弱点が看破されていることに、密かに動揺する。

 

『おまえの攻撃はおれには通用せんのだからなぁ!

 隙をついて、きさまのスタンドの舌にこの塔針を突き刺してひきちぎる!

 それになんのかわりもない! 』

 

「エメラルド・スプラッシュ! 」

 

 反撃よろしく放たれたそれも、再び空を切る。

 ぶんぶんと不快な羽音をたてながら、虫はあたりを飛び回りながら言う。 

 

『ファハハハ! 下手な鉄砲は数撃っても当たらんのだよ!

 スピードが違うんだよ、スピードが! ビンゴにはのろすぎるゥゥゥ!! 』

「エメラルド・スプラッシュ! 」

 

 そこへ、さらにもう一撃、彼が攻撃を放つ。

 

『わからぬか!ハハハハハーッ!

 おれに舌をひきちぎられると、くるい、もだえるんだぞッ! 苦しみでなァ! 』

 

「いかんッ! 」

「まずい!! 」

「またかわされているッ! 」

「花京院くん! 」

 

 次々に焦りの声をあげる私たち。

 

 しかし、窮地に立たされたかに思われた彼の表情は、それと対称的に涼やかなものだった。

 

「なに? ひきちぎられると、悶え苦しむ……? 」

 

 そして、にやりと笑う。

 

「……僕の法皇の緑(ハイエロファントグリーン)は……」

 

(あ……!! )

 

『グエッ! 』

 

 瞬間、周囲の座席のシートから、無数のハイエロファントの触脚が飛び出し、虫に突き刺さる!

 

『な、なにィィィ! 』

 

「……ひきちぎると、くるい、もだえるのだ、喜びでな!! 」

 

 無数に絡み付いた触手は締め付けを強くし、一気に虫をひきさいた!

 

「…すでにシートの中や下に触脚を潜ませ、張り巡らしておいたのだ。

 気がつかなかったようだな! スプラッシュはその罠に追い込むためのおとりにすぎなかったことに」

 

 

 

「「「「おおーッ! 」」」」」

 

 今度は皆で揃って歓喜の声をあげる。

 

「……」

「……? どうしたんですか? 」

 

 そして、遠巻きに彼を囲む仲間たち。

 

「……花京院、おまえ……」

「……ドMさんだったのね…」

 

「え!? 」

 

「だって……『喜び』なんじゃろ? ちぎられるの」

「ちょ! ちがう! あ、あれは言葉のアヤというか……」

 

 可哀想に、殊勲者に浴びせかけられる冷ややかな視線。たまらず助け舟を出す。

 

「そ、そうですよ! 」

「ひ……、や、保乃宮さん……! 」

「いいじゃあないですか。世の中広いんですから!

 そりゃあいろんな趣味が、ありますよ! うん!! 」

「……はぁ?! 」

「そうか。日本の男性は皆、シャイで受け身であると聞いていたが……本当だったのだな」

「アヴドゥルさん! そう! そうなんですよ! きっと!! 」

「……おれは違う」

「おまえハーフじゃろ……? 」

「ぼ、僕だってちがっ……」

「……い、いつでも言って。私でよかったら、その、ちぎるから……。

 はっ! でも、ちぎれるのかな? 素手で……。

 あ! そうだ! 承太郎君に……スタープラチナに頼んだ方が、こう、ブチブチブチッと……」

「……やんねぇよ。頼まれても。誰がやるか……」

「えー? 」

「……もうやだ、このひとたち」

 

 

「ぐえぇッ!!」

 

 そんな私たちをよそに、先ほどのおじいさんが急に苦しみだした。彼に当て身をくらわされた、あの……。その舌にはくっきりと、虫の刻印が記されていた。

 

「さっきのじじいが本体だったようだな……」

「しかし……こいつの額には肉の芽がうめ込まれていないようだが……? 」

 

 気絶している敵を覗き込む花京院くんの質問にアヴドゥルさんが答える。

 

「この灰の塔は旅行者を事故にみせかけて殺し金品をまきあげている、根っからの悪党スタンド。金に目がくらんでDIOに利用されたんだろう。」

 

 そのときだった。明らかに異常な機械音が、機内に鳴り響く。

 

「!? 変じゃ、さっきから機体が傾いて飛行しているぞ……まさか! 」

 

 コックピットに急ぐ。

 

「あ、ここから先は立ち入り禁止で……」

「知っている」

 

 ジョースターさんが華麗にスルーして操縦室へと消える。

 

「は! 」

「す、すてきな、方……」

「どけ」

「きゃっ! 」

 

 そして、自らの姿に見惚れていたスチュワーデスさんたちを押しのけ、続いてコックピット内に入っていく承太郎君。

 そのフォローをする花京院くん。

 

「申し訳ありません。

 女性を邪険に扱うだなんて、許しがたい奴だが……。

 今は緊急事態なのです。許して頂けますか? 」

「……はい……」

 

「……」

 

(……やっぱり、紳士だ)

 

 というかフェミニスト、というやつなのだろう。世の女性みんなに優しいのだ。

 

 一瞬にしてスチュワーデスさんたちを虜にしてしまった。

 甘いマスクにこの性格……当然だろう。

 モテるんだろうなぁ、なんて、おもう。

 

 ……いや、私には関係ないうえに、やっぱりそれどころじゃあないのだけれども。

 

「……仁美さん」

 

 真後ろでそんなことを考えていたら、急に彼が振り向く。

 

(わっ! )

 

 こころの声がもれたのだろうかと、一瞬焦る。

 が、そうではないようだ。

 

「……あなたはここにいてください」

「あ、うん、……狭いもんね」

 

 狭いコックピット、私まで入れば邪魔になってしまうだろう。

 

「いや、それもそうなんですが、

 ……見なくていいもの、また見なきゃいけないだろうから……」

 

「……」

 

(……ほら、ね)

 

 

 

 彼を見送る。その直後のことだった。

 

「……なっ!? 」

 

 倒れたかにみえた悪党スタンド使いの老人が、なんと起き上がった!

 

「ひっ!」

 

(い、いけない!)

 

 動揺しつつも、スチュワーデスさんたちに危害をくわえさせぬように立ちはだかり身構える。

 そのとき、異常に気付いたみんなが出てきてくれた。

 

「だいじょうぶですか!? 」

「どうした!? 」

「なにぃ!? 」

 

 そして、敵は断末魔の如き、叫びをあげた。

 

「ブワロロローベロォ! わしの『塔』のカードの暗示は、事故と旅の中止!

 たとえこの機の墜落から助かったとて、エジプトまでは一万キロ!

 その間、DIO様に忠誠を誓った刺客が次々と貴様らに襲い掛かるのドァッ!

 DIO様はスタンドをきわめ、それに君臨できる力を持ったお方!

 きさまらは決してDIO様のもとへたどりつけるわけがぬぁーいのどあああ!! 」

 

 それだけいうと、ふたたび老人は、倒れた。

 

「こ、こうしちゃおれん! 」

 

 再び操縦室に入っていく皆。

 花京院くんが残って状況を説明してくれた。

 

「やはり、パイロットが、もうすでに……」

「そう……なんだ……」

 

(……また、護れなかった……)

 

 拳を握りしめる。

 

「しかも自動操縦装置も破壊されてしまっていて……。

 やむを得ず、ジョースターさんがこの機体を胴体着陸させる、とのことです」

「え?! そんなことできるの!? 」

「……プロペラ機なら経験あるんじゃがのぉ……とか言っていましたが……」

「ぷ、プロペラ……」

 

 飛行機の不時着。そんなドラマで見たようなことを体験することになろうとは……。

 

(あのシーンでは、たしか、上手く着陸したのに……それにしたって、たくさんの人が……)

 

 スチュワーデスさんたちの指示で、緊急体勢をとる乗客たち。

 その顔は皆一様に、不安に満ちていた。

 

「うわーん、こわいよ、ボクら、死んじゃうの?! 」

「大丈夫、大丈夫よ……」

 

(……)

 

 覚悟を、決める。

 

 

 

*         *          *

 

 

(やはり、こうなったか……)

 

 すんなりことが運ぶとは思えなかった。なんらかの妨害を受けるだろうと予期はしていたが、いきなりこのような大惨事を引き起こしてこようとは。自分たちが襲撃を受けるのは覚悟していた。しかし、わかっていたことだが、まったく無関係の人達に危害を加えることを少しも厭わない。たまたま乗り合わせただけの人が大多数だというのに。敵の残虐性を再確認し、歯噛みをする。

 しかし、こうなってはもはやジョースターさんの腕にかけるしかない。せめて、犠牲が少なくあるよう、祈るような気持ちになる。

 

(……不安、だろうな……)

 

 隣に座る仲間の女性をみやる。と、そこでふと思い出す。

 このひとの場合、なにもしなければ、自身の安全は確保されるのだ。そういうスタンドなのだから。

 

 そう、なにもしなければ……だ。

 

 そして、気づく。

 彼女がやたらと思い詰めたような……。そんな表情をしていることに。

 

(もしや……)

 

 高度はどんどん下がっていき、地上が見えてきた。

 今にも接地せんとする寸前、彼女が申し訳なさそうに、こちらをみる。

 

「……花京院くん、ごめん。いきなり迷惑かけるかも……。あと、よろしく……! 」

「ひ、仁美さん!? やはり、あなたッ……! 」

 

 制止する間もなかった。

 左腕から、彼女の鳥型スタンドが飛び立っていく。

 

 次の瞬間、ズゴォオーーン、という、とてつもない轟音のみが聞こえた。

 そう、『音』のみが……。

 

 急ぎ外壁にハイエロファントを伸ばし、様子をうかがうと、予想通りの光景が目に映った。

 

 田んぼにポツンと佇むジャンボジェット機。

 それは必要最小限の範囲で薄桃色のドーム状の障壁にすっぽり覆われていた。

 

 本来、どれほどの衝撃があるか、なんてわからない。ただ、すさまじいものだということだけは想像に容易い。しかし、それを、ほとんど感じさせないほどだった。

 

(すごい……!

 こんな、巨大なものを、こんな衝撃から……。

 そんなことまで可能なのか……。でも……! )

 

 先日、このひとのスタンド能力を検証していたときのことをおもいだす。

 他のスタンドの一般的なルールと同様、その力は、距離や時間、範囲に比例して小さくなる……。

 逆に、瞬間的でもこの大きな機体を多大な衝撃から護ろうとすれば、莫大なスタンドパワーが必要だろう。

 

 使いすぎると、意識を失う。ならば、当然、今は……。

 

「ひ、仁美さん! 仁美さん!! 」

 

「……」

 

 声をかけて、揺さぶってみるも、予想通り、返答はなかった。

 

(ま、まさか……!? )

 

 限界の限界を超えたら、命まで……ありえないことではない。

 

 現に今、ホリィさんの命は危険に曝されているのだから。

 

 焦って彼女の腕をとり、脈を確認する。

 すると、しっかりとした拍動が指先に感じられた。

 

(……い、生きている……)

 

 とりあえずほっとするが、この間のようにすぐに意識が戻ることは、なかった。

 

 スタンドは精神がかたちになったもの……とすれば、スタンドのパワーの源は精神力なのだろう。

 それを使い果たす、ということは……どういうことになるのか……。

 

 自分の顔が、青ざめていくのを感じた。

 

「……ほとんど衝撃がなかったから、わしの腕前、すごくね?!

 って、思ってたのに!! 」

「じじい、おまえだけだ。それは……」

 

 声に顔を上げると、いつのまにかジョースターさんと承太郎がいた。

 

「保乃……やはりこいつのしわざか……」

「と、とりあえず、いつ爆発するかわからん! 逃げるぞ! 」

 

 

 

 

 

「しかし、なんて無茶をする娘だ……」

 

 アヴドゥルさんの呟きに心底同意しながら、僕は背負っていた彼女をベッドの上にそっと降ろす。

 

 あのあと、僕たちはジョースターさんの権力(要は天下で回っているあれだが)を使い、最速で、面倒ごとに巻き込まれる前にその場を離脱した。

 そして、深夜、最寄りの街……香港のホテルにたどり着いた、というわけだ。

 

「まったくだ。あんな力を一気に……」

 

 ジョースターさんが顔をしかめる。

 

 彼女の目はいまだ覚めない。

 傍目にはただ、眠っているようにしかみえなかった。

 

「……起きんのか?こいつ……」

 

 承太郎の言葉に、また心臓が嫌な風に波打つ。

 

「わからん……」

 

「……」

 

 沈黙が部屋を包む。

 

「……とりあえず、朝まで、様子をみよう。目覚めなければ、医者に……」

 

 たまらず、申し出る。

 

「……では、僕がついていますよ。」

「そうか……では頼む。彼女の目が覚めたら教えてくれ。何時でもかまわん」

「はい」

 

 

 そうして、三人は出ていき、部屋には僕と彼女が残される。

 ベッド脇に置いた椅子に腰かけ、ため息をつく。

 

(どうして、こんな……)

 

 それにしても、この華奢な身体のどこにあんな力を秘めているのか。不思議でならなかった。

 先程ここまで運ぶため、彼女をおぶったとき、その軽さに驚いた。女性というものは男よりもか弱い。ゆえに優しく大切に扱うべきもの。頭では理解していたが、それを実感したのは初めてだった。

 それほど、彼女のからだは細くて、でも、やわらかくて……頼りなくて。

 乱雑に扱えばすぐに壊れてしまいそうな、そんな感じだった。

 

 ふつうの、いや、……やさしい、ひとなのだ。残虐な光景からは、おもわず目をそらしてしまう。誰かが傷つけば、心を痛める。

 

(それなのに……)

 

 思い詰めたような表情のなかに、強い意思のこもった瞳をみた。

 

 今おもえば、彼女は気に病んでいたのかもしれない。

 乗客がやられたときも、パイロットがやられたときも……

 悲痛なだけでなく、悔やむような表情がうかがえた。

 彼らの命を、護れなかったことを、だろう。

 彼女に責任など、ありはしないのに。

 

 なぜ、そこまで、不思議におもう。

 一般人として、ずっと生きてきたであろうに。

 護る一族に脈々と流れる血の影響なのか、それとも……。

 

(そもそも、あのときだって……)

 

 あの、出逢いのときをおもいだす。

 

(それに、したって……。

 だめだろう……! そんな……)

 

 ぐるぐると堂々巡りをしながら、延々と考えていた。

 

 どれくらい時間が経っただろう。

 

「……。ん……」

 

 ゆっくりと、彼女の目が、ひらいた。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 目をあけると、映ったのは知らない天井。

 

(……。ここは……? )

 

 そして、いまやもう見知ったひとのかおだった。

 

「気がつきましたか! 」

「花京院くん……? あれ、私……? 」

 

 起き上がろうとしたら、彼および部屋が回転した。

 ……と思ったが、どうやら回っていたのは私の目および頭の方らしい。

 たまらず、ふたたび枕の上に軟着陸する。

 

「だめですよ! 無理しないで! 」

 

 一瞬状況がのみこめなかったが、すぐに思い出す。

 また、使い過ぎで、意識を失ったのだろう。私は。

 

 しかし、そんなことはどうでもよかった。

 

「……っ! ひ、飛行機は!? みんなは、無事!? 」

 

 必死にそう問いかけると、彼はため息まじりにこう言った。

 

「……はぁ。機体は無事、香港の田園地帯に不時着しました。奇跡的に負傷者はなし。

 約一名を除いて、ですけど」

「え! だ、大丈夫なの!? 」

 

 一人でも負傷したなら、なしじゃあないじゃないか……と、おもう。

 焦る私に、彼は含みをこめ、こんなことをいう。

 

「どうでしょうね? まぁ意識は取り戻したみたいですけどね。たった今」

「……。それって……私のこと? 」

「おや、わかりましたか? 」

 

 さすがにピンとくる。

 自分のことか。ならばかまわない。瞬時に、つい安堵の声がもれていた。

 

「そっか……。なら、よかった! ジョースターさん、すごいね! 」

 

 素直な感想だったのだが……また私はやってしまったようだ。

 

「……よかった、だと? ……ちっともよくないっ! 」

 

 その瞬間、彼の表情が一転した。

 いや、ほんとは最初から、だったのかもしれないけれど……。

 

「はっ! ご、ごめんなさい……。

 お、怒ってるよね……いきなり迷惑かけて……」

 

 意識を失った私を落ちた飛行機から運びだしてくれたのは、きっとこのひとなのだろう。

 しかも、今が何時かもわからないが、ずっとついていてくれたのだろうか……。

 本当にいきなり多大な迷惑をかけてしまった。申し訳ない気持ちになる。

 

 すると、あきれたような、……それがより一層怒気をはらんでいるようにおもえる……そんな声がきこえた。

 

「……ふーん、そうですか。この期に及んでそんなことをいいますか……」

「え……? 」

「迷惑だと? 迷惑をかけられたから僕は怒っていると。

 あなたはそう思っているわけですか、そうですか」

「……っ! 」

「あれだけの力、使ったらどうなるかなんて、わかっていたでしょう。

 もう、目覚めないんじゃないかと、みんな、どんなに……」

「……」

「……もう、あまり、無謀な真似は慎んで下さいね」

「……はい……」

「……さ、まだ夜中だ。もう少し休んだほうがいい」

 

 ふわりと、ふたたびやわらかな毛布をかけられる。

 するとすぐに、意識が遠のいていくのを感じた。

 このままでは、だいじなことを、いいそびれてしまう。

 

 薄れゆくおぼろげな意識の中、必死でそれを口にする。

 

「……花京院くん……。ごめんね……。ありが、とう……」

 

「……」

 

 なにやら彼が呟いたような気がしたが……私の耳には届かなかった。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「……まったく、あなたってひとは……」

 

 やはりまだ回復しきっていないのだろう。すぐに寝息が聞こえてきた。

 安心しきったかおで、すやすやと。

 

(よかった……)

 

 ジョースターさんたちの部屋に内線を入れ、報告をしたあとにふとおもう。

 

(……ありがとう……か)

 

 それは、あなたがいわれるべきことばではないのか、と。

 そして、つい、強い、責めるような口調になってしまったことを反省する。

 本来、自分たちを含む、乗客全員の命を救う大手柄なはずなのに、称賛することも忘れて…。

 

 でも、どうしてだろうか。褒める気になんてなれなかった。これっぽっちも。

 

 自分以外の人間に…しかも女性に、声を荒げるなんて……。

 

 ほんとうに、らしくない。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 目を覚ます。

 泥のように眠る、とはこのことか。

 

「……。ん……あれ? ああ……」

 

 映ったのはやはり知らない天井だったが、今度はすぐに状況を思い出した。

 香港のホテルの一室、だろう。気絶した私はそこに運び込まれたのだ。

起き上がり、まわりを見渡す。

 広い部屋だった。自分の下宿の1.5倍はあろうか。テレビやソファ、テーブル……高級そうな調度品が立ち並び、今自分のいるベッドもふかふかだ。きっととてもいいお部屋なのだろう。さすがジョースターさん。

 

 そして、もうひとつのベッドには、こちらに背を向け眠るひとがみえた。

 

(そっか……。そうだった)

 

 おもいだす。昨晩のことを。

 

 脇にある時計を見ると、朝の9時すぎだった。墜落したときから計算すると、ほぼ半日近く私は眠っていたようだ。……眠っていたという表現がはたして正しいのかはわからないが。

 

 そっとベッドから出る。

 寝すぎたせいか、力を使いすぎたせいか……、なんだか身体中が痛いうえに、汗でベタベタしていてきもちわるかった。迷ったが、今のうちのほうがむしろよいかと思いお風呂場に移動する。

 さすが高級ホテル、ひととおり必要なものが揃っていることを確認し、さっとシャワーを浴びる。

 当然、着替えはないが、それでもかなりさっぱりした。

 音をなるべく立てないように気を付けていたつもりだったのだが……

 

 バスルームからでると、彼が起きていた。

 

 

*         *          *

 

 

 目を覚ます。

 浅い眠りから……というか、結局ほとんど眠れなかった気がするが。

 ぼんやりとした頭を抱えつつ、隣のベッドをみて、青ざめる。

 

 彼女がいなかった。

 

(ど、どこへ!? )

 

 しかしすぐに、かすかな水の音がバスルームから聞こえてくることに気づく。

 

(ああ、……なんだ)

 

 ほっとすると、同時にまた、なんともいえないきもちになる。

 落ち着かない気分を誤魔化すかのように、無意味にテレビをつけたり消したりしていた。

 

 少しすると、ドアが開き、彼女が洗い髪をタオルで拭きながら、出てきた。

 

「あ! おはよう」

「おはようございます」

「ごめん、起こしちゃったね」

「いえ。そんなことは……」

 

 平静を装いつつ、いう。

 

「そ、それよりも! もう、だいじょうぶなんですか? 」

「うん。もう、なんとも」

 

 元気にうなずく。顔色もいいようだ。

 

「そうですか。よかった……」

 

 すると、僕をじっとみつめる彼女。

 

「花京院くん……あの、ほんとうに、……ありがとう」

 

 そして、ぺこりと、頭を下げる。

 ふわりと、シャンプーのいい香りがした。

 

「……昨日、もうききましたよ。それは」

「…そっか」

 

「というか、僕はべつに、なにもしていないじゃあないですか」

「え?! 」

 

 なにか驚く要素なんてあっただろうか、とおもっていると、彼女はこういった。

 

「……そんなこと、ないよ」

 

 そして、これまたふわりとほほえむ。

 

「う……あ、ええと、……では、僕も、シャワー浴びてきます」

「うん。ごめんね、お先に」

「いえ」

 

 逃げるようにバスルームへ飛び込む。

 

 あの笑顔には、どうやらみた者の体調に変調をきたす効果があるようだ。

 

 よく考えたら、さっきの自分の台詞は、恋人同士のそれ…のように聞こえなくもないんじゃあなかろうか……とか。そんなことをうっかり考えてしまったためだろうか。

 僕の血液を循環させる器官は余計におかしくなってしまったようだ。

 

 ほんとうに、どうかしている。

 

 

 

「で、勝算があったわけなんですか? 」

 

 シャワーを浴び終わり、幾分冷静さを取り戻した僕。

 部屋に備え付けのコーヒーを淹れてくれるという彼女の言葉に甘えることにする。

 待っている間、気になっていたことを聞いてみた。

 

「え? なにが? 」

 

 お湯を注ぐ彼女に問い返される。

 

「もちろん、墜落のときですよ。

 確かに皆の命の危機だったかもしれませんが、あんな無茶をして……」

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 カップを僕の前に置き、対面の椅子に座りながら、彼女は答える。

 

「……勝算、といわれれば、もちろんなかったけど」

 

 コーヒーにミルクを入れ、かき混ぜながら、ばつが悪そうなかおをしていう彼女。

 黒い中に落とされた白は中間色におちつく。

 

「そりゃ、完全に護れるとは思ってなかったよ。

 でも、少しくらいクッションになればと思って。ちょっとはましかなって」

 

 事実、怪我人すら0なわけなのだから、ちょっとどころではなかったのだろうが。

 しかし、そういう問題ではない。まったく自覚の無い彼女に告げる。

 

「いや、そうじゃなくて。……あなたが無事な保証ですよ」

「へ? 」

「あんな莫大なエネルギー……

 一気に消費したら、意識どころか、下手したら命まで……。

 とか、思わなかったんですか? 」

「ああ。それは、ないかな」

 

 しかし、予想に反して即答されてしまう。

 

「どうして? わからないじゃあないですか」

 

 思い付かなかったのであろうか? そんな浅はかなひとにはおもえなかった。

 意外とよっぽど楽観的なのか? などと、思っていたら、こんなことをいう。

 

「わかるよ。だって……セシリアはそんなことしない」

 

 きっぱりと言い放つ。

 

「あ……」

「それだけは、確信あったかな」

 

 猫舌なのか、珈琲の湯気を吹き冷ましつつ、いう彼女。

 

(そうか。自身のスタンドへの……)

 

「……信頼、しているんですね」

 

 すると、彼女は一瞬目を見開いたあと、すごくうれしそうなかおをする。

 

「もちろん。というか……」

 

 そして、ちらっとこっちをみる。

 

「……自分だって、そうなくせに」

「……まぁ、ね」

 

「ふふ……」

「ふっ……」

 

 カップ越しに、彼女と笑い合う。

 

 そうだ、彼女にとってのセシリアは、僕にとってのハイエロファントなのだ。

 少し、納得がいった。

 

 それにしても、ハイエロファントについて、こんなふうにだれかと話す日がくるなんて。

 

(昔の自分にいったって……信じやしないだろうな……ぜったいに)

 

 

「そうだ、素敵な名前だね」

「え? 」

「ハイエロファント……グリーン(・・・・)

「気付いていましたか。

 ……ええ。改名しました。……あのときの己と、訣別するために。」

「……そっか」

 

そういって、目を細める彼女。

 

「それにしても、昨日、本当に凄かったね! ひとりでやっつけちゃったもんね」

「まぁ、あの状況下では僕が一番適任でしたからね。能力的に」

「それにしたってだよ。あんな風に先陣切って……」

「……。それは……僕が……」

 

 ……一番信頼されていないはずだから。

 

「……」

 

 嘆いていてもしかたがないことだ。例えマイナスからのスタートだとしても、ひとつずつ行動で取り戻す。それしか術はないのだから。

 

「ん? 」

「いえ……」

 

 なのに、つい、このひとにはぽろっと言ってしまいそうになる。危なかった。

 ふしぎそうな彼女に誤魔化しがてらいい返す。

 

「そんなの、あなたには言われたくないな」

「いや、だからセシリアは……」

「それこそ、それにしたって使い過ぎでまた気絶するのはわかっていたでしょうに……」

「ああ。うん。わかってたけど……だいじょうぶだとおもったから」

「は? 」

 

「あなたが隣にいてくれたから。

 ちゃんと連れ出してくれるだろうって……信じていたし」

 

「……ッ! 」

 

 びっくりした。

 ……わかっているのかとおもった。

 

「はっ……! ご、ごめんね! すっかり頼り切っちゃって……。

 もちろん、この借りは必ず……! 」

 

 ……のは気のせいかもしれない。

 

「あ! そうだ! それこそいつでも、ひきちぎるから!! 」

 

「……」

 

 そうだった。すっかり失念していたが、そんなあらぬ疑惑も払拭しなければならないのだった。

 だいたい、自分はたぶん比較的、いじめられるよりいじめたい方……いや、なんでもない。

 

「もっと腕力つければちぎれるようになるかなぁ……修行? 筋トレ……? 」

「……ふっ! 」

 

まぁ、気のせいだとしても……。

 

「……ふくくくくく……!! 」

「はっ! ま、また笑われてる……な、なんで……? 」

 

「……さぁ? なんででしょうね」

 

 ほんとうに、おかしなひとだ。

 

 

 

 

 

 集合時間になり、ロビーで皆と合流する。

 すぐさま、凄い勢いで頭を下げる彼女。

 

「おはようございます! 昨日はすみませんでした! 」

 

「目覚めたと聞いて安心したよ。体調に問題はないかい? 」と、アヴドゥルさん。

 

「こいつめ! わしの腕が信用出来んのか! 」

「そ、そういうわけでは! す、すみません! 」

 

 ジョースターさんがからかう。どうやら本気にしているようで、必死に謝っている。素直すぎるのも考えものだ。

 

「無事でなにより、じゃ。心配しとったんじゃぞ。……約一名、特に……なぁ? 」

「うっ!? 」

 

 それは、誰のことだ……。

 

「ふっ……! 」

「ふん……」

 

 にやにやする他二名。

 僕か? 僕のことか?

 たしかに、心配だったが……。なんてこというんだ。

 

「へ? だれですか? 」

「にしし……さぁのう。まぁ、お説教は心配性なそいつに散々されたじゃろうから……いいか。

 あまり無茶はせんようにな」

「はい……」

 

 しかし、彼女はどうやらさっぱりわかっていない様子で、かおには疑問符が浮かんでいる。

 よかったような……。しかし、この様子ではまた無茶をするんではないか……ともおもう。

 

「さて、では飯を食いながら、今後どうするか話し合おうかのぅ」

 

 

 

 




海上→田園地帯…に墜落地点変わってます。ご了承ください。こういう微妙な改変ちょいちょいあるかと…すみません。
え?猛省すべきはそんなとこではないって?あはは…

ひきちぎられるのに喜びを覚えつつ、他人に従属するのを誰よりも嫌う…結局Sなのか…Mなのか…。よくわからなかったので、この世界では本人の申告通りです。…荒木先生正解教えてください…。
ってか、そんなことを真剣に考える羽目になるとは…人生って不思議ですね。
…おかしいのはおまえの頭の中身だって?あはは…

→追記です!!
すみません!自己解決しました!本当に、おかしいのは私の頭の中身でした!ド級の勘違い!積年の疑惑がようやく晴れました…。
よろこびでな!のくだりは、『ひきちぎられる』のが好きなんじゃあなくて、『ひきちぎる』のが好きって意味なんですね!!そりゃそうだろ…ハイエロさん、めっちゃ虫ひきちぎってるやん。なぜかめっちゃ思いこんでしまっていました…。あああああ…恥ずかしいッ…!穴があったら埋まりたいッ…!!ダイバーダウンッ(←ちがう。)!
皆様本当にすみません…。そしてごめんよ、花京院…。
が、しかし、ということは、まごうことなきドSということですね!よし!
…というのは冗談で、ちょっと真面目に考察すると、傷つけるのもほんとは全然趣味じゃあなさそうですよね。原作ではこの段階ではまだ『無理』をしていたということなのでしょうか…?一人称『わたし』ですもんね…。
兎にも角にも、お騒がせいたしまして、申し訳ありません…。内容はとりあえず戒めがてらそのままにしております。これからもこんな間違いがあるかもしれませんが、そのつど猛省、精進していけたらと思います…。お気づきの点がございましたらガンガンお叱りいただけると幸いです。…結局ドMはおまえやないか…。(H29.8.23)



ちなみに、やっちゃんの名字の由来は、
保:まもる
乃:爾(なんじ)、あなた
…です。『法皇』にちなんで後白河とか後鳥羽とかにしようかと思ったけど、あんまりなんでやめました。それっぽい、宮だけ残して。で、宮家の方の名前に入っている漢字『仁』のつく…わりと多い名前(前話参照)…ってことで『保乃宮仁美』になりました。安直!!
最初本気で『保乃宮保乃』にしようかとも思ったんですが…怒られそうだったので思いとどまりました。…ガイルも好きです。
同じような、まもる、という意味の『衛』を使って、『衛宮』にしようかとも思いましたが…以下略。fateも好きです。

やっちゃん…頭は決して悪くないはずなのに…どうしてこうなった…。
真面目で素直なだけが取り柄のあほの子ですが…可愛がってあげて下さるとうれしいです。

もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?

  • そのまま4部にクルセイダース達突入
  • 花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
  • 花京院の息子と娘が三部にトリップする話
  • 花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
  • 読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。