私の生まれた理由   作:hi-nya

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命名

 『あれ』から3日が経った。

 

 特にあのひとたちからの音沙汰はない。自分で逃げておいてなんだが、やはり、気になった。

 

 午後からの講義が休講になってしまったため、変な時間に帰宅することになってしまった。今日はバイトもなく、ぽっかり時間が空いてしまう。

 

(どうしよう……)

 

 ひとつの案が、私のあたまに浮かぶ。

 

(……お見舞いに、いってみようかな)

 

 とはいえ、元々なんの関係もない人間が行ってもいいものなのか…。

しかも逃げ出してしまったわけで。

 

(スタンド……。DIO……か……)

 

 結局、迷いつつも勇気が出ず、そのあたりをぶらぶらしていた。

 

 そして、あの石段。その向かい側の道まできて、気づく……。

 

(……あ、仔猫さんだ。あれ……お母さんは? )

 

「……あ! 」

 

 瞬間、道路に飛び出る仔猫。

 そこを狙い済ましたかのように、猛スピードで走ってくる一台の大型車。

 

「あぶないっ!! 」

 

 おもわず、飛び出て仔猫を庇う。

 激しい衝撃……などはまったく感じなかった。相棒に護られた私の身体は。

 とはいえ、ふっとばされはちゃんとする。宙を舞いながら、思う。

 

(しまった……。やっちゃった……)

 

 接地した直後、瞬時に起き上がると、慌てた様子で運転手さんがこちらに近づいてくるのが見えた。

 

「飛び出たりして、すみませんでした! 怪我はないので、大丈夫です!

 本当に申し訳ありませんでした!

 ……では、失礼しますッ! 」

 

 頭を下げつつ、とにかくそれだけ言い放つと、仔猫を抱えたまま走って逃げだした。

 

 

「はぁ、はぁ、ここまでくれば……」

 

 石段をおもいっきり駆け上がったため、息が切れた。ここ最近逃げてばかりだ。なんなのだろう。下の様子をうかがうも、幸い、騒ぎになっている感じはなかった。

 

(よかった……。もう……御免だもんね……。)

 

 あたまのなかに甦る。

 

 ……あの……黒く、暗い……。

 

「にゃあ……」

 

 つい呆けてしまっていた。心配そうな鳴き声で我に返る。

 

「あ! そうだった。ごめんね」

 

 そっと腕の中の仔猫を下ろす。

 

「……危なかったね。怪我ないかな? 」

「にゃー! 」

「ふふ、よかった」

 

 すると、お母さん猫が心配そうなかおで、よってきた。

 

「お母さん、ちゃんと見てないと駄目ですよー」

「にゃー! 」

「はいはーい、じゃあね。気をつけるんだよ」

 

 繁みに消える二匹を微笑ましくみる。

 

「……失礼。こんにちは」

 

「わぁっ! 」

 

 するとそこへ……そんなところへ、声をかけられる。

 

(し、しまった……! みられたッ……!? )

 

 おそるおそる振り返ると、そこには……。

 

「あ……! 」

 

 なんと……あの、『彼』がいた。

 

「……猫、お好きなんですか? 」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「調べがついたぞ。彼女の名は、保乃宮(やすのみや)仁美。近所に住む女子大の一年生。

 確かに本人と、大学に確認もとった。

 ……ここ近年の海外渡航歴もない。DIOの手のものではなさそうじゃな。」

 

 差し出される報告書を受け取り、目を通す。

 

「そうですか。……よかった」

 

(だろうな。悪いひとには、とてもみえなかった)

 

 納得する。と同時にもう一つの情報には驚く。

 

(しかし……女子大生……ってことは、年上?

 ……みえない……。せいぜい同い年くらいかと……)

 

 おもいおこす。

 翻る、黒く長い髪に……まだあどけなさが残るものの、整った顔立ち。

 そういえば私服だったな、などとおもっているとジョースターさんに言われる。

 

「というわけで、わしは行ってくる。

 ……花京院、おまえ、一緒に行くか? 」

「は? 何処にですか? 」

「決まっておる。勧・誘、じゃよ」

「勧誘!? 」

「厳しい闘いになる。

 アヴドゥルとも話したんじゃが、護る力……彼女が協力してくれたら、心強い。

 もちろん、拒否される可能性が高いが……。頼んでみる価値はあるのではないか、とな」

「それは……たしかに」

「こんなときに、こんなふうにスタンド使いが……。なかなかないことじゃ。

 なんというか、運命じみたものを感じると思わないか? 」

「……そうですね」

「やさしそうな、いい眼をした娘さんじゃったしな」

「……はい」

 

―「よかった……」―

 

 涙と微笑みを浮かべて、自分をみつめてくれていた……あの姿をおもいだす。

 

(あたたかい……やさしい……まなざし)

 

 そうだ。

 ……きれいだった。

 

 あの碧色がかった、宝石のような瞳。

 

 すると、ジョースターさんがにやにやとしたかおでいう。

 

「おまえ、いっしょに行けたらうれしいじゃろう? あの娘と」

「……なぜ、僕が?

 まぁ、たしかに僕たちの中に防御系のスタンド使い、いませんからね。

 戦力のバランス的にはとてもいいんじゃあないですか? 」

「とぼけおって。……ここ三日間ずーっと、気になっとったくせに。彼女のこと」

「なんのことやら。言っている意味がわかりませんね」

 

 しれっと微笑みを返す、が……。

 

「……こぼれとるぞ。茶が……」

 

「……」

 

 無言で拭く。

 

「ぷっ、わかりやすっ!

 おまえさん意外と、そーゆーのは普通の高校生、いや、それ以下なんじゃな……」

「ぐっ……! な、なにがですか!? ちょっと手元が狂っただけだッ! 」

「ふーん……。じゃあ、……行かないんじゃな? 」

「っ……! ……行きます……」

「ししし……! 」

「な、なにを笑っているんですか!? ぼ、僕は少し彼女に聞きたいことがあるだけで……」

「はいはい。じゃ、行くぞ」

 

 

 

 

 

 大学に行ってみたが、彼女の姿はみつからなかった。

 聞けば講義が急遽休講になったので、すでに帰宅したのだろうということだった。

 

「しかたない、家に行ってみよう」

 

 彼女の自宅に向かう。大学進学を機に親元を離れ、ひとり暮らしをしているそうだ。

 

 その道の途中。

 あの神社の石段に続く道……。

 そこで僕は遠目にみつける。

 

「あッ!? 」

 

 道路に飛び込む一人の女性を。そしてそこに今にも迫り来るトラックの姿を!

 

「危なッ……! ……くっ! 」

 

 ハイエロファントを出そうとするが間に合わない。トラックは勢いそのまま、無情にも女性の身体を跳ね飛ばした……が、

 

「な、なにィッ!! 」

 

 なんと、薄桃色の光に包まれたそのひとは、まるで何事もなかったかのように起き上がり、石段をかけ上がっていった。

 

「あ、あれは、まさか……! 」

「あの娘……じゃな。追うぞ」

「はい……! 」

 

 

 

 

 

「……お母さん、ちゃんと見てないと駄目ですよー」

「にゃー! 」

 

 二段飛ばしで石段を登り切ったその先で、彼女のすがたをみつける。

 会話の相手は予想外なことに、猫の親子だった。

 はたして本当に意思の疎通が図れているのか……それはともかくとして、事情をだいたい察する。

 

(猫……を、かばって……?)

 

 みずからの危険をかえりみず、猫を……。

 スタンドに護られているとはいえ、だ。

 

(漫画じゃああるまいし……そんなひとが実在しようとは……)

 

 おもわず我が目を疑ってしまう。

 

(よし……)

 

 ひとつ息を吸い込み、ゆっくりと彼女の方に歩みを進める。

 

「はいはーい、じゃあね。気をつけるんだよー」

 

「……失礼。こんにちは」

 

「わぁっ! 」

 

 背後からそっと声をかけると、これまた漫画のようなリアクションが返ってくる。

 どうやら猫に夢中で、こちらにはまったく気づいていなかったようだ。

 

(し、しまった……。驚かせてしまったか……)

 

 振り向く彼女。その瞳は僕をうつした時、さらに大きく見開かれた。

 

「あ……! 」

 

「……猫、お好きなんですか? 」

 

 

 

「あ、あなたは! 」

「……どうも」

 

「こ、こんにちは」

 

 戸惑いつつもぺこりと丁寧にあいさつを返す彼女。

 そこにこのひとも遅れてやってくる。

 

「わしもおるぞ! 」

「あっ! 承太郎君のおじいさん! 」

「ぜー、ぜー……この石段、こたえたわい……。くそ、もう若くないんかのう……」

「……お疲れさまでした」

 

 ご老公が息を整えるのを見守る僕に、おずおずと彼女が尋ねる。

 

「あの、あなたは……もう、だいじょうぶなんですか? お怪我は……」

「あ、……はい。もう、ほとんど……」

「そうなんですね。……よかった」

「あ、ありがとうございます……」

 

 安堵の表情のあとに浮かんだ、屈託のないその笑顔に、つい戸惑ってしまう。

 

 操られていたとはいえ、自分は彼女に危害を加えようとした。その事実はたしかで……。

 しかも我……を失っていた自分……ながら、あんなに、卑怯で非道極まりない姿をみられてしまったのだ。嫌悪感を示されてもしかたがない、そう覚悟をしていたのに……。

 

 

「今日は、おふたりで……どうしたんですか? 」

「いえ、あなたをさがしていたら、さっき、その、轢かれたのを見かけて……。そちらこそ、お怪我は? 」

「あ、ありがとうございます。だいじょうぶです。……あ……」

 

 そこで、なにかを思いついたかのように、彼女はつづける。

 

「……その、この子が、護ってくれたので」

 

 いいつつ、右手を差し出す。

 

(え……? )

 

 その矛盾したしぐさに対し、浮かんだ疑問を口に出す。

 

「……右? じゃあなくて……左手の、薄桃色の羽……小鳥……? のことですよね……? 」

「……はい!

 わぁ! すごーいっ! ほんとに……。みえてるんだ……!」

「え、ええ。もちろん…。」

 

 意図がよくわからず、僕は怪訝なかおをしていたのだろう。急に縮こまって謝る彼女。

 

「……はっ! すみません。試すようなことをしてしまって……。

 ほんとにみえているのか、しりたくて……。

 はじめてなんです! 私の、この子! みえるひと! 」

 

 しかし歓びを抑えきれないのか、再び声を弾ませる彼女。

 無邪気なその様子に、さらに調子が狂ってしまう。

 

「そ、そうなんですか……」

 

(……でも、……なんだろう……。そのきもちは、すごく……)

 

「それで……その、よろしければ、お願いがあるんですが……」

「あ……、はい、なんでしょうか? 」

 

 一瞬、そんな自らの思考に囚われていた僕は、遠慮がちにささやかれた言葉で気づく。

 

「あなたの、ええと、『スタンド』も…もういちど、みせてもらっても……? 」

「ああ……。もちろん」

 

 なんだそんなことか……とおもいつつ、相棒を呼ぶ。

 

「……ハイエロファント! 出ろ! 」

 

 彼をみた彼女は、目を細めながらこういった。

 

「……わぁ!やっぱり……」

 

「……すごく、きれい……! 」

 

「っ……! 」

「……人型って、どうなんですか? 言葉を話してくれたりもするんですか?

 あ、そうだ、ジョースターさんのスタンドは……」

 

 そこから先は、実はあまり聞こえていなかった。

 気づけば、僕は、彼女の手をとり、こう告げていた。

 

「……あなたのようなひとを探していました! 僕たちと一緒に来て下さいませんか?! 」

 

「! へっ!? あ、あわわ、わ、私? え、えぇっ!? 」

 

 そんな僕をジョースターさんが焦って止める。

 

「お、おい! 落ち着け! おまえ、ほぼ初対面のレディになんてことを! 」

「はっ! す、すみません、つい……」

「い、い、いえっ! 」

 

 真っ赤なかおのまま、しどろもどろに彼女が問う。

 

「え、えっと、それで……あ、あの、どういう……ことでしょうか……? 」

「それが……。少々事情が、変わってな……。ホリィが……」

「えっ……?! 」

「とりあえず、家に……道々で、話そう……」

 

 

 

 

 

 

 空条邸に着くまでにジョースターさんは彼女におおむねの事情を話して聞かせた。

 ジョースター家と、DIOの因縁。

 DIOの復活と、スタンドについて。

 そして、その悪影響で、ホリィさんにもスタンドが発現してしまい……。

 

「……抵抗力のない、娘は……このままでは、自身のスタンドに、憑り殺されて、しまう……」

「そ、そんな……! な、なにか方法はないんですか!? 」

「……ひとつだけ。エジプト、カイロにいるディオを、倒すことだ。……50日以内に……」

「ご、50日……」

「やつは、手強い……。その上、卑怯で、非道極まりない。知ってのとおり。

 ……一筋縄ではいかんだろう」

「……」

「そこで、だ……。協力を願いたいのだ。我々に手を貸してもらえないだろうか。

 君の護る力を、我々に……」

「……私の、ちから、を……? 」

「考えておいてほしい。とりあえずホリィに会ってやってくれ。君にとても会いたがっている」

 

 

 

 

 

「ただいま、ホリィ。具合はどうだい? ……お客さんがいるんじゃが」

「あらー、パパ! おかえりなさい。大丈夫! ずいぶん、調子いいわー。 承太郎もいてくれるし」

 

(……嘘、だな)

 

 明るい声でそう言いつつ、布団からゆっくりとホリィさんが上体を起こす。その顔色は遠目から見ても青白い。

 そしてなにより、背中から出ているスタンド……部屋中を取り巻くイバラ……がまた増えていた。

 

「ホリィさん……こんにちは。お邪魔しています」

 

 彼女がそっと声をかける。きっと面食らっているであろうにもかかわらず……動揺を顔に出さないように努めている様子が見て取れた。

 

「あら! 仁美ちゃんじゃなーい! またきてくれたのね。あ、花京院君ともお友達だったの? 」

「あ……えっと……その、それよりも、ホリィさん、具合……」

「そうなの。ちょっと風邪こじらせちゃったのよぉ。

 やぁね! せっかく遊びに来てくれたのに、ごめんなさいね! 」

「いえ、そんな! ……そんなこと……! 」

「また『シャンティ』のシュークリーム食べたいわぁ! 治ったら買いに行くわねっ……! 」

「は、はい……」

「……」

「ほ、ホリィさん!? 」

「また、気を失ったか……。気丈に振る舞ってはいるが、やはり……」

 

 悲痛な表情で発される、ジョースターさんの嘆き……。

 

「……。すみません、ちょっと失礼します! 」

「あっ! 」

 

 それが届くやいなや、そういって彼女は部屋から飛び出していった……。

 

 

 

 

 

「……戻って、こねぇな」

 

 かれこれ30分ほど経った頃だろうか。

 しびれを切らしたような承太郎の呟きにその祖父が応える。

 

「うむ……。奴の力を目の当たりにして、怖くなってしまったんかのぉ……? 」

「そんなこといったら、こないだの方がよっぽどだったじゃあねーか。

 まぁ、どちらにせよ、来たくねーなら、しかたねー」

「うむ、無理強いするわけにはいかん……残念じゃが……」

 

「……」

 

(いや、あれはきっと……)

 

 彼女の『なにか』を決意したような眼をおもいだす。

 

「……大丈夫。戻ってきますよ」

 

「花京院……? 」

 

 同時に、玄関の引き戸が開く音が響く。

 

「ほら、ね」

 

 予想通り。おもわずにやりとしてしまう。

 

「はぁ、はぁ……。す、すみません、話の途中で! 」

「おまえさん! こ、これは!? 」

 

 息を切らせてかけこんできた彼女は、大きな箱を抱えていた。

 

「こ、これ、うちの店のシュークリーム、です! よかったら、ホリィさんに……! 」

 

「……ふっ! ……茶ぁ、入れてくるわ」

 

 承太郎もにやりと笑う。

 

 そして、続けて彼女はいった。

 

「それと、ジョースターさん! 」

「なんだね? 」

 

「私、行きます! お願いします! 私を……私も連れていってください! 」

 

 

 

 

 

「保乃、おまえ……それにしても、買いすぎだろ……。おふくろ一人でこんなに食えるか、阿呆」

「ご、ごめん。勢いで、つい……」

「まぁ、いいじゃないですか。みんなで食べれば」

「うむ、いただこう」

 

 承太郎の淹れた緑茶と彼女の持ってきた山積みのシュークリームをいただく。

 甘すぎず、なめらかなカスタードクリームがたっぷりと詰まったそれは、たしかに美味だった。

 

 食べながら、少しひっかかった事柄を隣の男に問う。

 

「……保乃? 」

「やすのみや……は、なげぇ。そして、いいにくい」

「で、略しちゃったわけね。わしもそう呼ばせてもらおうかな」

「あ、はい、どうぞ」

「では、保乃よ。本当にいいのかね? かなりの危険をともなう旅になるが……」

「はい。それはもう、決めましたから」

 

 きっぱりと答える彼女。しかし、そのあと、少し不安そうなかおでいう。

 

「ただ、いくつか心配があって……ご相談があるんですが」

「なんだね? 」

「恥ずかしながら、私、海外に行った経験がほとんどなくてですね。御迷惑をおかけするかも……」

「ああ。そんなことか。心配いらん。わしもこいつらも慣れたもんじゃ。

 それに加えて今回の旅は、わしの知り合いのある財団が、資金も物資も全面のバックアップを約束してくれておる。わしらがいない間ホリィのことを引き受けてくれる医療体制もな。なにか困ったら、遠慮なくすぐに頼りなさい。助けてあげられるだろう」

「そうなんですね。よかった……。すみません、よろしくお願いします」

「うむ、安心したまえ」

「それと、あの、もうひとつ……」

「なにかな? 」

「えっと、私、スタンドに関して無知ですし……本当にちゃんと役に立てるのかなと。

 自分のスタンドがどんなものか、もっと知りたい。

 そして、実戦で使えるように、練習……もしておきたいんですが」

 

(へぇ……)

 

 頼まれて参加するかたちの旅なのに、そんなことを心配しているとは。

 横で湯呑をかたむけつつ、またも感心してしまう。

 

 一方、ジョースターさんは少し考えたのちにこういった。

 

「あぁ、そういうことなら、うってつけの男が居る。そろそろ帰ってくるはずじゃが」

 

 すると、玄関の方から声が聞こえた。

 

「ただ今戻りました」

「おお、ナイスタイミング!」

 

 そうして茶の間に現れた男性の肩を叩きつつ、改めて彼女に紹介するジョースターさん。

 

「保乃、アヴドゥルじゃ。こないだも会ったろう?

 こやつのスタンドに関する造詣の深さはかなりのものだ!

 いろいろ教えてもらうといい」

「保乃、か。君が旅に参加してくれると聞いて心強いよ。

 あらためて、わたしはモハメド・アヴドゥル。よろしく」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」

「では、早速。庭にでようか。承太郎と花京院もちょっと手伝ってくれ」

 

 

 

 

 

 

 連れ立って庭に出る。空条邸のそれは日本庭園のような…だだっ広いのにしっかりと手入れがなされている、見事なものだった。

 

「君のスタンドは『物理的な衝撃を遮断する』とのこと。

 先日スタンドによる力もはじきとばすことが可能だったそうだが……。

 そうだな、まずは……花京院、ちょっと彼女を攻撃してみてくれ」

 

 と、アヴドゥルさん。嫌な予感が当たった。

 

「ええ? もうそれはこないだ証明されているじゃあないですか……」

 

 どうして好き好んでまた彼女に危害を加えるような真似をしないといけないのか。

 

「まぁ、いいじゃないか。おさらいだよ。というか、わたしにも見せて欲しいんだ」

 

「はぁ。……気は進みませんが、仕方ない……いきますよ」

「は、はい! 」

 

 僕はしぶしぶハイエロファントを出し、エネルギーを練る。

 

「……エメラルド・スプラーッシュ! 」

 

 響きわたる爆発音。そして土煙があがる。

 

「……」

 

(……やりすぎた、だろうか……)

 

 隣の承太郎からつっこまれる。

 

「……花京院、お前、わざわざ必殺技で……。

 普通にちょっと撃つ、とかでもよかったんじゃねぇのか? 」

「うっ! ……心配無用、ちゃんと手加減はしているッ! 」

「うそつけ……」

 

 

*         *          *

 

 

 碧色の嵐が私を包む。

 彼の必殺技……その名の通り、美しい宝石たちに、そして爆風に囲まれる。

 本当だったらすごく痛いのだろうなどと呑気に考えつつも、ふと気づく。

 

(あれ……? )

 

「大丈夫か? 」

「はい! 」

 

(なんか、こないだのより……威力が増してる気が……あ、ほんものだからか)

 

 自己解決したのも束の間、アヴドゥルさんがまたとんでもない課題を出す。

 

「うむ。よし、では次。今からわたしが、花京院を燃やす! 」

 

「「は? 」」

 

 同時に疑問符を浮かべる、私たち。

 

「君はそれを護るんだ。

 ただし! 自分の身を呈してではなく、スタンドを使ってだ。

 承太郎は彼女が動かないように見張っといてくれ」

「おうよ」

 

ガシッと肩をつかまれる。

 

(へ!? ダメなの? )

 

「えぇ?! 待って下さい! そ、それ、やったことないです! 」

「だからだ! 」

 

 思いも寄らない限定条件に慌てて発した私の抗議の声は、あっさりと流される。

 

 そして、彼は彼でこんなことをいいだす。

 

「……大丈夫です。信じていますから」

 

「ちょっ、わ、私は私を信じてないですって! 」

 

 私の意思はすっかり置いてけぼりのまま、話は進んでいく。

 

「来い、マジシャンズ・レッド! 」

 

 アヴドゥルさんのスタンドは鳥の頭をした格闘家…のような外見だった。

 

「いくぞ! 」

 

 その嘴から勢いよく放たれた紅蓮の炎が渦を巻き、彼にむかっていく。

必死に相棒を呼び、頼む。

 

「や、やらなきゃ! 花京院さんが灰に……!

 御願い! 花京院さんを、護ってー!! 」

 

 凄まじい勢いの紅色にのまれ、みえなくなる彼のすがた。

 

(う、うそ……!? )

 

「……死んだか?」

「いやー!! か、花京院さーんッ!! 」

 

 しかし、私の叫びとは裏腹に、アヴドゥルさんはにやりと笑う。

 

「……ふ、上手くいったな。ちなみにわたしは手加減していないぞ」

 

 アヴドゥルさんがパチンと指をならすと、まるで魔法の様にたちまち火炎が消え、彼が立っていた。

 

「……ふう」

 

「か、花京院さん! だ、大丈夫ですか? 」

「ええ、まったく問題ありません。熱気すら感じなかった……すごいですね」

「よ、よかった……」

 

 気が抜け、へたり込む私にアヴドゥルさんがいう。

 

「以前、聞いたことがある。『護る』スタンドをもつ一族……。

 君はその末裔だろう? 」

「え!? そうなんですか……? 」

「自分でしらなかったのかよ……」

「おばあちゃんの代あたりで断絶したらしくて、私あんまりしらないんだよね……

 家系のこととか」

「と、いうわけで、これくらい君には朝飯前というわけさ」

「そっか……。はっ! それ先に言って下さいよ……」

 

 知っていたらこんなに焦ることもなかったのに。

 

「はい、じゃあ次! 」

「……」

 

 そしてまたもや華麗にきこえないふりをされる私。

 

「最強クラスの破壊力を持つ、承太郎のスタープラチナのパンチが防げるか、やってみよう」

「はい」

 

「オラァ!」

 

 言うが早いか、承太郎君がスタープラチナを出し、パンチを繰り出す。

 速すぎて私の目には見えもしないものの、障壁が勝手に瞬時に形成され、私の身体を護ってくれる。

 

「おお! これが防げるならガードに関してのパワーとスピードは相当なものだ。

 あとは射程だな……。移動するぞ。承太郎は家の中に居てくれ」

 

 

 

 意図がよくわからないまま、とりあえずアヴドゥルさんについていく。

 空条邸入り口の門をくぐり抜けて通りを少し歩いたところで、曲がり角でふいに立ち止まる。

 

「約100メートル。……この辺りでいいか。電話ボックスもあるし」

 

 そう言うとボックス内に入り、なにやら電話をかけはじめた。

 

「……もしもし、承太郎か。ジョースターさんを呼んできてくれ。あぁ」

 

 そして、私に声をかける。

 

「よし、準備は整った。

保乃、今からジョースターさんを護るように、スタンドをはなってみてくれ」

「はい。……御願い!」

 

 ようやくなんとなくわかってきた私。言われるがまま、薄桃色の鳥を飛ばす。

 

「もしもし。スタンドは? 来たか? ……まだ?

 ふむ、やはり若干タイムラグがあるか……。お、今来た?

 承太郎、じゃあ、さっきと同じで、……そうだ。

 ……は? ……割れた? 」

 

「おいーーー! 痛いわー! イタイケなじじいにいきなりなにするんじゃーーー!! 」

 

「……離れると、強度も弱まる……と。スタンドのルールどおりだな。さ、戻るぞ」

「おい、コラーーー! 」

 

 

*         *          *

 

 

「では、最後に、どれくらい持続できるのかだ。オラオララッシュで何秒もつか……。

 できるだけ粘ってみてくれ。ただし、無理はするなよ」

「は、はい! 」

 

(承太郎の、あれ、は痛かった……)

 

 先日、身をもってその威力を知った経験者として、僕は複雑な思いでみつめていた。

 

「……行くぜ。……オラオラオラオラオラオラ……!! 」

「10秒経過……」

「す、すごい、この強烈なラッシュを完璧に防いでいるッ! 」

 

「オラオラオラオラオラオラ……! 」

「30秒! 」

 

「……? 」

 

 そこで僕は彼女の様子がおかしいことに気づき、慌てて叫ぶ。

 

「はっ! いけない、アヴドゥルさん! 承太郎、ストップだ! 」

 

「……」

 

「き、気を失っている……」

 

「や、保乃宮さん! しっかり! しっかりしてください!!」

 かの有名な武蔵坊弁慶さながら、器用にも立ったまま気絶している彼女の肩を揺さぶる。

 

「はっ! 私……? あれ? 」

「……はぁ、よかった……」

 

 肝が冷えた。アヴドゥルさんも驚きの表情で呟く。

 

「限界を超えると意識を失う……のか。にもかかわらず、スタンドの効果は続くとは……」

 

(どうして、そこまで……)

 

 ぽかんとしている彼女にため息まじりにいう。

 

「大丈夫ですか? 無理するなって言われていたのに……」

「す、すみません。もうちょっと、いけるかなーって思ったんですけど……」

 

「ふん、なかなか根性あんじゃねーか……。おい、今日はこんなもんだろ」

「あぁ、この辺にしておこう」

 

 

 

 ぞろぞろと居間に戻る。

 

「お疲れ様。よく頑張ったな」

「いえ、この子のこと、いろいろわかって良かったです。ありがとうございました」

「いや、こちらとしても、君の能力の把握は必要なことだ。ただ、これが全てではないが……」

「どういうことですか? 」

「スタンドというものは術者の精神力に多大な影響を受ける。

 つまり君の精神状態や、成長によって、また変化する可能性があるってことさ」

「なるほど……」

 

 僕としても、初耳だった。

 

(……ハイエロファントも、いつか……『なにか』が変わったり、するのだろうか……)

 

「それにしても、君のスタンドは頼りになる。……助かるよ」

「ありがとうございます! 頑張ります」

「あぁ、そうだ、君のスタンドにも名前をつけなくてはな」

「名前……! 」

 

 アヴドゥルさんが懐からあるものを取り出す。

 先日承太郎にもやっていた、あれだ。

 

「わたしの本業は占い師でな。さ、このタロットを1枚引くんだ」

「はい、じゃあこれで……」

 

「女教皇のカード! 直感、安心、期待、聡明、神秘……といった意味を持つ。

 聖職者の女性、清らかな乙女を表していて、占星術では乙女座と関連を持つとも言われる……!

 ふむ、守護……聖者……乙女……。あの日は、っと……」

 

 言いつつ、本を取り出し、ぱらぱらとそのページをめくる。

 

「……よし、君のスタンドは『守護聖女の秋桜(Guardian St. Cecilia’s cosmos)』だっっ!! 」

 

「『守護聖女の秋桜』……? 」

「ああ。由来は君が初めてこの家に来たあの日を護る……守護聖人からだ。

 キリスト教では守護聖人というのが365日どの日にもいてね。

 あとはそのまま、見た目だ。

 鳥型だが、その羽は色も形も……さながら秋桜の花のようだからね」

「なるほど。……セシリア、ですね!

 ありがとうございます! よろしくね、セシリア! 」

 

 名付け親に礼をいいつつ、うれしそうにセシリアに語りかける彼女。

 

「気にいってもらえたようで、良かったよ。

 さて、今日は疲れただろう。帰ってゆっくり休むんだよ」

「はい、ありがとうございました。

 承太郎君、お邪魔しました。

 ホリィさんとジョースターさんにもよろしく伝えてね」

「ああ」

「それでは」

 

 言いつつ立ち上がる。そこへ、申し出る。

 

「あ、僕送ります。もう暗いし……」

「え!? いえ、大丈夫ですよ、家近いですし」

「駄目ですよ。あなたさっき気絶していたんだから……」

 

 遠慮する彼女にアヴドゥルさんも言う。

 

「そうだな。そうしなさい。花京院、頼んだぞ」

 

 すこしまだ顔色が悪い気がする。彼女のことが心配だった。

 それが半分で。あとは……。

 

 そう。肝心なことを僕はまだ彼女に聞けていなかった。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 外に出ると、あたりはもうすっかり暗くなっていた。

 薄明りの街をふたりならんで歩く。

 

 ……少し緊張している、自分に気づく。

 

「すみません、お言葉に甘えてしまって……」

「いえ、かまいませんよ。

 ところで保乃宮さん、その敬語やめませんか? 僕の方が年下ですし……」

「い、いや、それがなんかとても年下にはおもえなくて……」

 

 正直な感想を述べると、急に彼の声のトーンが下がる。

 

「……何ですかそれは? 僕が老けている……そういうことですか? 失敬なっ! 」

「あ! ご、ごめんなさい! ち、違う!

 あの、落ち着いていて、しっかりしていて、大人っぽいからで!

 その、決して悪い意味じゃなくて……! 」

 

(し、しまった……怒らせちゃった……!? ど、どうしよ!! )

 

 必死に誤解を解こうとする。すると、急にふきだす彼。

 

「……ふっ、嘘ですよ。わかってますって。……面白いなぁ……! 」

 

「はっ! か、からかわれた……!? 」

「ふふ、たしかに……僕も年上にはとてもおもえないですね」

「そ、そっちこそ失礼なっ! 」

「はいはい。失礼しました。じゃ、そういうわけで、以後敬語なしで、お願いしますね。

 あ、『さん』も不要です」

「うーん、じゃあ、花京院、……くん? 」

「……はい」

 

 そうであれば、と彼に伝える。

 

「あ、なら、私のことも適当にどうぞ。実際呼びづらいだろうし……」

 

 先程の一件を思い出す。

 『保乃』。結局皆にそう呼ばれることになったわけなのだ。

 が、このひとだけは、いまだ律儀に苗字プラス、さん付けだ。

 

「ああ。まぁ、たしかに……」

「いつもだいたい、ああ呼ばれてるし」

「そうなんですか」

「で、もう、名前自体が『保乃』だって皆思ってるっていうね……」

 

 名字に比べて、とってもありがちな、インパクトの薄い……

 そんな私の『ほんとうの名前』を知ってくれているひとなんて、家族くらいのものだった。

 

「というわけで、好きに呼んでください」

「わかりました。じゃあ……、考えておきます」

「敬語も別にいいんだけど……」

「ま、それも……追々」

 

「……しかし、昼間にあんなこと言った僕が、こんなこと言うのもなんですが……

 本当にいいんですか? 危険な旅で命の保証もない。それなのに……」

「ああ、私ね、ホリィさんとはもともと知り合いだったんだ」

「ええ、承太郎に聞きました。でも、どうして、そこまで……」

「うーん……、ええと、最初、バイト始めたとき、私、本っっ当に使えなくて……

 まぁ、今でもそうなんだけど、当時は今と比べ物にならないくらい。

 失敗ばかりでお客さんにも店にも迷惑沢山かけて……。

 恥ずかしいんだけど、実家出て独り暮らし始めたとこだったから、ホームシックみたいなのもあったのかな。そんなだったから、とにかくすごく、落ち込んでたんだ」

 

「そんなときにね、ホリィさんがお店に来てくれたの。

 だけど……私のミスで商品ダメにしちゃったんだ。

 すっごく叱られて、なによりホリィさんに申し訳なくて……。

 なのにね、謝りに行った私に……

 

『気にしない、気にしない。はい、これあげる! 甘い物食べたら、元気でるわ!

 さ、笑って! あなた、笑った方が可愛いわ!

 大丈夫。あなた頑張ってるもの! そのままで大丈夫よっ! 』

 

 ……って。あったかかったなぁ……。

 そのあとも、店に来てくれるたびに、声かけてくれて、気にかけてくれて。

 ホリィさんにとっては些細なことだったかもしれないけど、私にとっては……ね。

 それ以来、もう一人のお母さんみたいに、勝手にだけど、思ってて。

 ……だから、助けたいの。……必ず」

 

「そうだったんですか……」

 

「あとは……」

「あとは? 」

「なんでもない……」

「え?なんですか? 」

「い、いいの! 秘密っ!! 」

「ええ? 気になるじゃあないですか……」

「……お、追々、ね」

「ふーん……」

 

 不満げな彼の思考をそらそうと、自分も気になっていたことを訊ねる。

 

「そ、そっちこそ、どうして? 」

 

 すると、彼はにっこり微笑むとこういった。

 

「……理由は、僕にもよくわからないんですがね。……なんて」

 

 聞き覚えのある…ことばを。

 

 

 

*         *          *

 

 

「あ……」

「……あのとき、何故、あなたはわかったんですか?

 その、僕が、ほんとうの僕ではないと……」

 

問う。彼女に、ずっとききたかったこと、を。

 

「え……。なんでといわれても……。だから、よくわからないんだって……」

「……ほんとにわからないんですか…。」

 

 ぼかした、とかではなかったのかと、頭をかかえる。

 しかし、つづけて、彼女はいった。

 

「……ただ、ふたり、いるようにみえた。

 あの冷たい目の、奥に、ほんとうの……今の、あなたがみえた。

 ……それだけ。」

 

「……」

 

(さっき、アヴドゥルさんが言っていた。

 彼女のカードは『直感』を司る。だから、か……? )

 

 どちらにせよ、これだけは伝えておかねばならない。ゆっくりと口を開く。

 

「あのときは……、本当に、すみませんでした。ずっと、謝りたくて……」

「え……? 」

「操られていたとはいえ、僕は承太郎や、何の罪もない人を傷つけました……。

 そして、あなたのことをも……。

 謝って許されるようなことではないとはわかっていますが……

 って、え? ええっ!? 」

 

 彼女の方に目をやり、その様子に驚き慌てる。

 

「……っ! ……う……っ! どうして……? あなたは、なにも、悪くないッ……! 」

 

 その瞳からは大粒の涙が溢れていた。

 

「ななな、なんで!? なにを泣いてッ?! 」

「ご、ごめ、だ、って、だって……」

「……? 」

 

 涙とともに紡がれる彼女のことばをまつ。

 

「……つらかったよ、ね? 」

 

「え……? 」

 

「意思に反して、自分の……たいせつなスタンドで、だれかを傷つけさせられるなんて……。

 すごく、つらかったでしょう……? 」

 

「……」

 

 おもわず、呟く。

 

「……そんな、わからないじゃあないですか……

 僕は普段から、スタンドを悪用していた人間、かもしれませんよ……? 」

 

 すると、即時、返ってくる。

 

「そんなこと、ない。絶対、ないよ」

「っ! 」

「こんな……、信憑性なんてないかもしれないけど……。

 でも、絶対。そうでしょう? 」

 

 そうして、まっすぐに僕を、みる。

 

「……か、買いかぶり、すぎですよ……まったく」

 

(わけがわからない……)

 

 このひとと僕は、こないだはじめてであった。

 しかもそのときの自分は最低の人間で……。

 ひどいことをした。ひどいことも言った。

 軽蔑されて当然だ。

 なのに……。

 

 自分でも驚くほど自然に、次のことばがでてきた。

 

「……僕が、この旅に同行するのは……、承太郎達への罪滅ぼしと恩返し……

 それにホリィさんを助けたいというのも、もちろんあります。

 が、それだけではなくて……」

 

「……三か月前、DIOと対峙したとき、ただただ、恐ろしかった……。

 そして、願ってしまった! 助かりたい、死にたくない……と……。

 僕は、屈したんです……DIOに。……そして、弱い自分に……」

 

「もう二度と、あんな醜態は晒さない!

 DIOを倒し、取り戻したいんです。……弱さを乗り越え、己の誇りを!

 ……それが、一番の理由かも、しれません」

 

 つい、話してしまった。なぜだか、きいてもらいたかった。このひとに。

 

「……」

 

 彼女はしばらく黙ったあと、またもやぽつりといった。

 

「……つよいよ。」

 

「え……? 」

「……花京院くんは、つよいよ。

 だって、一度怖いって感じたものを、克服したいって思うこと自体、普通よりずっと、勇気がいること。

 だから……、すごいよ……」

「……そんな、こと…。」

 

 そして、強い光を帯びた瞳でいう。

 

「大丈夫! できるよ! 絶対! 」

 

「……」

 

 すぐにことばが出なかった。その瞬間の沈黙を勘違いしたのか、焦る彼女。

 

「……はっ! 私ってば、またよくもしらないくせに!

 ご、ごめんね! でも、嘘じゃないっていうか、その……! 」

 

 さっきまでの彼女はいったいどこへやら。といった様相だ。

 

「……ふふ、ふっ、ははははは! わかってますよ」

 

 こみあげてくる感情が抑えられなくなる。

 

「……まったく、ほんとうに、おかしなひとだなぁ……」

「なっ! 」

 

「……誉め言葉、ですよ。

 ……ありがとう。……『仁美』さん」

 

 そうして、実はとっくに考えついていた、その呼び名で呼んでみた。

 皆がそう呼ぶ。……なぜかそれとはちがうものにしたくなって、おもいついた……それで。

 

 

「っ! う、ううん! ……あ、あの、じゃあ、わ、私の家ここだから」

 

 すると、そういいながら彼女は指さしたマンションのエントランスへと向かう。

 そこからの逆光で表情はうかがえないが、なぜだかあせった調子で。

 

「ありがとう、送ってくれて」

「……いいえ。どういたしまして。」

 

 ほんとに近かったな……なんておもう。

 

「ええと、出発はまた三日後だよね? 」

「ええ、ビザの用意にまだ時間がかかりそうですし、直行便に乗ったほうが結局到着が早いですから」

「明日は準備として……、明後日またお邪魔してもいいかな?

 いろいろまだ聞きたいこともあるし」

「はい、じゃあそう伝えておきます」

「それじゃあ、また」

「はい、また」

 

 背を向け歩みを進める彼女。

 

「……」

 

 が、ふと立ち止まると、こちらにくるりと振り返る。

 

「……あの、花京院くん、」

「はい」

 

「あらためて、これからよろしくお願いします」

 

 丁寧に頭を下げる彼女。

 

(……ふっ……! )

 

 こちらもおなじように頭を下げる。

 

「ええ、こちらこそ。……よろしくお願いします」

 

「じゃあ、おやすみなさい! 気をつけてね」

「はい、おやすみなさい」

 

 

 

もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?

  • そのまま4部にクルセイダース達突入
  • 花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
  • 花京院の息子と娘が三部にトリップする話
  • 花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
  • 読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!

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