静かだ、と思った。
しかし、誰よりも強い、と。
「時間というのは絶え間無く流れているもの、連続しているもの、という認識があるだろう?」
誰もその存在など知らない森の奥深くの蒼い川。
「でも実際は、違うんだ。例えるとしたら、映画のフィルムのコマ送りのようなものと考えるとわかりやすいかもしれない」
澄んだ水が澱み無く滔々と流れる。そんなイメージ。
「まぁ、要は、あるんだよ。『すきま』が。時間と時間のあいだには。実はね。だれにも認識できないだけで」
男は語る。
「ところで、僕のハイエロファントは、好きなんだ。『せまいところ』に、潜むのが」
目を閉じ、淡々と。
「だからかな。入ることができるようになったんだ。そこに。ほかのだれも感じることすらできない、その『すきま』に」
ただ、ひたすらに。
「たとえ貴様が時を止めようが関係ない。まったく異なる次元、にいるんだからね。とらえることなど、不可能なのさ」
それが逆に如実に表しているような気がした。
「吸血鬼って、日光の他にも苦手って言われているものがあるよね?
そう。今の貴様の格好そのまま……十字架さ。
どうだい? 気分のほどは? まあ、あれは迷信だ、という話もあるけれど。
『Hierophant Crucify(法皇の磔刑)』とでも名付けようかな」
男の、哀しみを。
「『法皇の結界』を時間軸……すなわち『四次元』方向に拡大して、誰にも察知することすら不可能にしたもの……といえばわかりやすいかな。みえないけれども、うごけないだろう? 時間の概念を超越したところで捕縛しているわけだからね」
苦しみを。
「まぁ、名前も、理屈も……このさいどうでもいい。そんなもの」
痛みを。
「……重要なことは、僕は貴様をゆるさない。それだけだ。貴様は……」
そして……
「僕が……裁く!!」
底知れぬ、怒りを。
「その身ごと、すべての罪を洗い流すがいい! この法皇の怒りが引き起こす大洪水で……」
「
怒濤の如く押し寄せる、碧色に輝く激流がDIOを呑み込み、その身を砕く!!
「ぐわぁああああ!!」
眩く碧き大津波。それが過ぎ去った後、そこに在ったものはやはり『静寂』だった。
「……ぐっ……な、ぜ……!?
なぜだーッ! なぜ!? 花京院、おまえ……なぜ!? こんな!?」
その頭半分だけを残し、ばらばらになったDIOが叫ぶ。
「……これ以上、おまえに説明する義理などあると思うのか?
最期に、ただひとつだけ教えてやろう……」
ただひとこと花京院は告げる。
「貴様に対し、僕が、どれだけの怒りを感じているか、だ」
「ぐうっ……!?」
「そして……それは僕だけではない」
それを合図におれはザッと、地面を踏みしめる。
「……あとは、まかせるよ」
「じょ、承太郎ッ!?」
「おまえに対する慈悲の気持ちはまったくねえ。
テメーをカワイソーとはまったく思わねえ。
しかし、このままおめーをナブって始末するってえやり方は、おれらの心にあと味のよくねえものを残すぜ!」
這いつくばるDIOに向け、言い放つ。
「その身体が治癒するのに何秒かかる? 10秒か? 20秒か?
治ったと同時にスタープラチナをてめーにたたきこむ! かかってきな!
西部劇のガンマン風にいうと『ぬきな! どっちが素早いか試してみようぜ』というやつだぜ……」
「こ、こけにしやがって……しかし……しかし! 承太郎……やはりおまえは人間だ……」
血走る眼で怨瑳を呟く、奴の身体が瞬く間に再生していく。
「『勝利して支配する』それだけよ……それだけが満足感よ! 過程や方法なぞ……どうでもよいのだァーッ!!」
そして立ち上がったと思うやいなや、汚い血の塊をおれに飛ばしてきた。
「ッ!?」
「どうだ! 血の目つぶしだッ! 勝ったッ! 死ねいッ!」
「……そうくると思ったよ。この外道」
それを案の定、とばかりにすぐさま花京院がスプラッシュで吹き飛ばす。
「なッ!?」
「やれやれだぜ。本当に救えねぇ奴だ。……オラァッ!」
刹那、おれは
「うぐおおおおおああああ!?
なああにィィィイイイッ!」
拳をぶち込んだその場所を楔に、奴の体にひびが入り縦に割れていく。
「ば、ばかなッ! ……こ、この、DIOが……!
どこで……だ、どこでおれは……間違えた……?
か、花京院……! お、まえか……!!
おまえを、見逃したことで、こんな……こんな! く、くそがぁーッ!
き、きさまらなんぞに……。この、このDIOがァァァァァーッ!」
「てめーの敗因はたったひとつだぜ……DIO。
たったひとつのシンプルな答えだ……」
「「『てめーはおれ達を怒らせた』」」
「……やったな」
「ああ」
「花京院、あいつは……」
「……」
「……そうか」
その沈黙に、表情に、すべてを悟る。
「しかし、おまえ、本当にどうやって?
それは……ハイエロファント、か……?」
光った……という形容ではもうとても足りない、神々しい輝きをたたえた彼の傍に佇む『それ』を指さし問う。
「高速情報伝達の分野で新技術が発見された。米国某大学の研究チームが論文発表した、情報の『存在を隠す』技術さ」
それに対し花京院はゆっくりとぽつりぽつり、語り始める。
「時間とは、光の不変の速さで決定される変化の基準……というのは知っているよね?
特殊な物質をプリズム……ああ、前にそんな話も彼女としたな。
あの場にいたポルナレフはもしかしたらおぼえているかもしれない。
まぁ、あいつは途中から聞いてなかったから期待薄だが……。
三人で虹をみた、あのとき……」
ここではない遥か遠くを見つめながら。
「……きれいだった。きれいだったんだ。ほんとうに……」
「花京院……」
天を仰ぐと頬を打ってくる気がした。
眼には視えない、満点の星空に降り注ぐ哀しみの雨が。
「……すまない、話が逸れたね。
君がそんな顔、しないでくれよ。……ありがとう。
ええと、どこまで話したかな。そう。その特殊プリズムを媒体として、光を蓄積、分散させると、速さも変化する。光の速度を上げ下げして歪みを生じさせれば、時間領域で光線にギャップが生まれる。
すなわち、わずかな時間の『すきま』が生まれるわけだ。
論文では、この隙間を利用した光通信技術によって、周囲にまったく気づかれない形で情報を伝達できる。情報の存在そのものを隠蔽する。そんな画期的な新技術の可能性が示唆されているんだが……それにヒントを得て、ね。
エメラルドの結晶をプリズムとして、光エネルギーに変換したハイエロファントの触手を時間と時間のすきまに送り込む。まぁ、そんなことができるようになったんだ……」
「……物理には、あんまり興味がねぇな」
「ふっ……そうかい」
懐から一本取り出し、火をつける。
いたたまれなかった。
聞いてやることしかできない己の無力さに。
紫煙がゆらゆらとまっくらな天に向け昇っていく。
「『じぶん』とはなにか……考えた」
それでも、聞いてやらねばならない。そう思った。
こいつの静かな慟哭を。
「僕の生き方を受け止めて、叱って、涙を流してくれて。
僕は僕でいいのだ……そう僕を信じてくれたひとを想って……」
「こいつを昔と同じように、だれにも気づかれないようにしてやろう、と、思った。
DIOを討ち、あのひとのように皆を護る。そのために」
「乗り越えたい。DIOを。『世界』を……その一心だった」
「そうしたら、ハイエロファントはこの新たなすがたに……
そしてこの能力を得た」
「『時間』を『乗り越えて』、『気づかれない』『すきま』に『触手』を『侵入させる』。そんなちからを」
「『成長』、したのかな?」
「彼女がくれたんだ……」
「『世界』に挑んでいくちからを……僕に」
* * *
ふわふわと体が宙に浮いている感覚だった。
どこか非現実的で、実感など欠片もなかった。
例えるなら……そう、まるで夢の中で起きた出来事のように。
それは僕が、ただ単に拒んでいただけかもしれない。
とてもではないが受け入れることなど到底不可能な現実を。
僕は気づき、承太郎に指し示す。
「あ、ほら、きたよ。功労者が」
叢の陰から一匹の犬が飛び出し、こちらめがけて駆けてくる。
「ああ。あれか。おれの『そっくりさん』……」
思い出したように呟く承太郎に自分も回想しつつ、そのからくりを説明する。
「イギーの『愚者』で創った砂の承太郎を、僕のハイエロファントでマリオネットのように動かしたのさ。しかし、遥か向こうからこの橋の上に君がぶっとばされてきたときにはたまげたよ。あわてて回収したけどさ」
「バウ(おいおい、やったじゃねーか! へっ、おれのおかげだな。感謝しろよ)!」
千切れそうなほどにその尾を振りながら飛び掛かってくる小さな体を受け止め、頭をなでてやる。
「はいはい、そうだね。あの砂の影武者のおかげで『磔刑』をしかける時間が稼げたからなぁ。助かったよ、イギー」
「ワン(しゃーないから、コーヒーガムで許してやる。箱いっぱいな)!」
「わかったわかった、しかたないな」
そのやり取りを見ていた承太郎が咥え煙草をふかしながら呆れたように零す。
「……いつのまにそんなに仲良くなったんだ。てめーら」
「ふっ……さぁね」
「おーい!」
さらに通りの向こうからもうひとり仲間が姿を現す。
「ポルナレフ! 無事だったか!」
「承太郎! 花京院! イギー! ヤツは!?」
駆け寄ると彼は足を引きずりながらも懸命に訊ねる。
「ほれ。このとおりだ」
百聞は、とばかりに承太郎がDIOの縦に割れた死体を見せる。
「うおっ! やったじゃねーか! ええと、その……、ほかの、みんなは?」
「……」
その質問にうまく答えることができそうもなかった僕に代わり、承太郎が間に入ってくれる。
「あいつが……」
「っ!? ……そうか……」
哀しみだけではない、何か思うところがあるかのような、そんな複雑な表情を浮かべてポルナレフは俯く。
「それと……行くぞ。こっちだ」
ヤツの死体を引きずりながら、踵を返す承太郎に誘われ、皆で移動する。
「ジョースターさん?! ……くっ!」
たどり着いたその場所には血液を吸い出され、ミイラのような変わり果てた姿の彼が倒れ伏していた。
思わず面喰ってしまっている僕達と対照的に、承太郎は落ち着き払った様子でその体をそっと抱え上げる。
「勘違いすんな。じじいは……死んでねえ。まだ」
「え?」
「なくなったもんは戻しゃあいい。きっちり返してもらう。もともとじじいの血だ」
「なんだって!?」
「言葉通りだ。だから細切れにせずに残してやったんだぜ……」
その言葉の意を問おうとした瞬間、突如僕の全身に衝撃が走る。
「……ハッ!」
悪意? 殺意? そういった黒い感情の塊のようなものに包まれる。
(なんだ? この、『ぞわっとした感じ』……まさかこれは……)
そして僕の目に飛び込んでくる。ヤツの死体が妖しくうごめく様が。
「……せめて、みちづれだ! 死ねッ!」
「なにッ!?」
こと切れたはずであったDIOの腕が動き、鋭いその刺突が承太郎を貫こうとする。
「いかん! 承太郎!」
咄嗟にその間に割り込み、彼を突き飛ばす。
刹那、僕の眼に映ったのは己の腹にめり込もうとする腕だった。
「花京院ーッ!」
鼓膜に仲間たちの悲痛な叫びが響く。
が、それとは裏腹に僕の心の中は平静でどこか不思議な安堵感と満足感で占められていた。
(……いいんだ、これで。よかった。これで、胸をはって彼女に逢いにゆけ……)
しかし、どうやら……僕はそれを許してはもらえないようだった。
また、こえがきこえた。
──だめ──
「……え……?」
──よくない。させない──
「せ、セシリア……!? 仁美、さん……!!」
僕は再び、護られていた。
薄桃色の綺麗な鳥に。
「……私の心が生きている限り、セシリアは甦る、何度でも……か。
あいつらしいわ。ほんとに」
それをみてやっぱりどこか腑に落ちた様子でポルナレフが呟く。
「……オラァ!」
間髪入れずしぶとくも蠢く『腕』にスタープラチナの拳が叩き込まれる。
そうして、DIOは今度こそ、動かなくなった。
勢いそのまま駆け出す。
野次馬を掻き分け、赤色灯が揺らめく財団の救急車に飛び込むと、約束通り彼女の傍についていてくれた仲間の背中に声をかける。
「アヴドゥルさん!」
「花京院! 無事だったか!? でぃ、DIOは? どうなった!?」
返事の代わりに大きく頷く。
「そ、そうか! やったな!!」
「そ、それよりも……」
そして、震える声をどうにか絞りだす。
「仁美さんは!?」
僕の投げかけが届くと同時にサッと彼の顔に影が差す。
「それが……さっき、一瞬だけ心拍が戻ったんだが、また……」
「……そう、なんですか……」
ほんの少し開かれたかにみえた希望の扉がばっさりと閉ざされた想いで、再び闇の底にぐらりと崩れ落ちる。
「……あきらめてんじゃねーよ」
すると直後、頭上から蜘蛛の糸の如く叱咤が降り注いでくる。
「じ、承太郎……?」
顔を上げるとジョースターさんとDIOの身体の一部を抱えた承太郎が立っていた。
「ジョースターさん!? か、変わり果てた……姿に……」
アヴドゥルさんを始めとした周囲の戸惑い及び疑問にどこ吹く風で、承太郎はずいっと医師達の前に躍り出る。
「おい、医者。こっちの身体の血をこのじじいに戻せ」
「はぁ?!」
「む、無理ですよ! 血液を全身に送る心臓が止まっているんですから……」
彼らが口々に出した返答に少し考えると承太郎はいう。
「……どっちも、要は心臓を動かしゃあいいんだな?
それなら、さっきコツはつかんだ……。オラァ!!」
おもむろに横たわる二人のそばに屈みこむと、スタープラチナの両の拳でその心臓を直接掴む。
「あ……あ……! う、うごい……た!!」
するとなんと、ジョースターさんと彼女のバイタルを示すモニター……ずっと直線を示していたその波形に変化が訪れた。
「! し、信じられん! いそげ! エピネフリン……!」
それを皮切りに慌ただしく医師達が動き出す。
「……う……ッ」
そして、ほどなくしてDIOの身体から抜き取った血液を戻された『ジョースターさん』が目を開けたのだった。
「ジョースターさん!」
「……」
「……じじい?」
「……フッ、フフフ……ククク……」
「!?」
「……フハハハハハ! 残念だったな!
おかげで甦ったぞ!
だからきさまらは甘いといったのだ! さっさと塵にかえすべきだったのだ!
さぁ、順々に血祭りに……ぃィ!?」
「……『法皇の磔刑』」
「ぎゃっ! な、なにこれッ!? う、うごけん! 」
「よし……もう一度、今度こそくたばれ。……オラァッ!」
「ひぃッ! やめてッ! う、嘘ッ! 嘘ぴょん!
わしじゃよ! わし!! ほんものだって!!
ジョセフ・ジョースター! NY在住、不動産王! 好きな映画は……ッ……!!」
「……そのまま、ぶん殴っちまえばよかったのに」
「おい! ポルナレフ! ジョーダン! ちょっとした茶目っ気ってやつじゃろぉ!」
「やっていいジョーダンと悪いジョーダンがあるでしょう。ジョースターさん……」
「あ、アヴドゥルまで……ご、ごめん! ごめんってばッ!!」
「チッ。……くっ……!」
「まったく。……ぷっ!」
「ふっ! 死にかけたというのに……、全く変わらないんですね」
「へへ……! にくめないじじいだぜ! ほんと!」
「アウゥ……(けっ、やっぱつきあってらんねー)」
皆の笑い声が響く中、もうひとりの小さな仲間はそういいつつ、報酬……たらふくの好物を前に大変ご満悦であった。
翌朝、DIOの身体は夜明けと同時に日光に当て、完全に消滅させた。
日本のホリィさんも、今までの危篤状態が嘘のようにその容体は快方へ向かっているとのことだった。
これで、終わったのだ。やっと。
……そう、思った。
しかし、それは大きな間違いだったのだ。
すぐに僕は思い知ることとなる。
これは、これまでの出来事は……
ほんの『序章』に過ぎなかったのだということに。
「……なかなか、起きねぇな」
「ああ。けっこうこのひと、ねぼすけさんだからかなぁ……」
まっしろい病室、まっしろいベッドの上、眠る彼女。
繋がれたモニターからはその心臓の拍動を示す、規則正しい音が聞こえてくる。
その心地よい音に耳をすましていると、承太郎がぎょっとするようなことを言いだした。
「……こいつ、目が覚めたら、おれに惚れてるかもな」
「はぁ!? なんで?!」
「なんせ心臓……ハートをわしづかんでやったからな」
「……な、なんだ。
ふっ、いくら承太郎でも、それだけは……譲れないな」
「……安心しろ。
「はぁ? よくいうよ。ひとのこと、あんな完膚なきまでにブチのめしておいて」
「ふっ。ああ……そうだったな。そうだったのにな」
「……え?」
「ちっ、なんでもねえよ。そう思うなら、さっさとおまえがしっかり掴んどけ。
もう離すな。馬鹿が」
「ああ、まったくだ。
そうさせてもらうよ。ありがとう、承太郎……」
「……ほら、早く起きてくださいよ。伝えたいことが、あるんだ」
その日僕は、DIOを乗り超え、取り戻した。
あの日失った、己の大切なものを。
しかし、その代償は途轍もなく大きすぎた。
僕は、失ってしまったのだ。
なによりもたいせつなひとを。
彼女は、目を覚まさなかった。
その日も、次の日も。そしてその、次の日も……
もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?
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読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!