「……どうしてあなたがここにいるんだーッ!?」
幻でも見ている気分だった。
まるでわけがわからない。
「
しかし、
法皇を全速で後方に向かわせる。
DIOの元へ。……彼女の元へ。
「DIOッッ!! そのひとから……離れろ──ッッ!!」
「……花京院の……!」
──ゲロを吐くぐらいこわがらなくてもいいじゃあないか。安心しろ。安心しろよ、花京院──
赤き不気味な光を湛えた双眸がぎろりと相棒をとらえた瞬間、数か月前の奴の言葉がありありと甦る。
(……くそ! 二度と! 二度と……負けるものか……!)
「くらえッ!」
払拭するか如く、必殺の一撃を放つ。
「エメラルド・スプラッシュ!!」
「……フン……」
ところがヤツは少しも焦ることなく、おもむろに発射された礫のひとつを指ではじく。それはビリヤードの如く他の礫にぶつかり、命中するはずのものの軌道がすべてずらされてしまう。
「な、なんてやつだ! シートから少しも腰を浮かさずに指一本でかわすなんて……!」
落胆も驚愕も挟んでいる暇はない。挑むしかないのだ。息つく間も与えぬよう即時追撃を敢行する。
「ならばこれはどうだッ!」
分散していたそれを今度は全て一点に集中して発射する。
「こんなもの……」
「なにィ!」
が、それも両手で全弾はじき返されてしまう。
「く、くそっ……しかし!」
でも、今はそれでよかった。少しでも気を逸らすことができれば。それだけで。
「……仁美さん! つかまって!! 早くッ!」
反対方向のドアを開け放ち
「……花京院く……っ!」
差し出されたその手を必死に掴む。
勢いを利用しすぐさま躊躇いなく車外へと飛び出す彼女。それをそのまま引き寄せようとした、その時だった。
「うッ!?」
急に目の前に現れた。
立ちはだかっていた。
本当に、急に。
「『
(なんだ? いつ、スタンドを出したのだ!?
いつの間に!? バカな!? 気づかないなんて……)
初めて目の当たりにした『世界』は人型で、デザインはまったく異なるが、どこか
それが大きく腕を振りかぶって、法皇を襲う。
「ッ、せ、セシリアッ!」
同様の戦慄が走ったのであろう彼女が懸命に叫ぶ。
「きゃっ!」
「ぐぁッ!」
想定外の威力なのか、衝撃を完全には防ぎきれずに彼女もろともふっ飛ばされてしまう。
「チッ……距離がちと離れすぎていたか。射程外にすっ飛んでいった。
まぁいい。返してやるよ。ククク……」
「法皇ッ、戻って来いッッ」
離すものか、その一心だけで宙に投げ出された彼女を法皇で僕たちの車の方へと手繰り寄せる。
「仁美さんッ!!」
突風に吹き散らされたひとひらのはなびらのように舞い込んでくる。そのか細い身体を荷台の端、間一髪滑り込みながら受け止める。
「花京院くん……」
この腕の中に。たしかに。
「……ご、ごめんなさい、私……」
「ッ! 無事ですか!? どこも何も!? 」
呆然としている彼女の視線をとらえて一心不乱に訊ねる。
「……っ! 花京院くん!」
みるみるうちに碧の瞳が潤んでいく。それが零れてしまうとおもった刹那、胸の辺りに心地よい重みを感じた。
「……よかった。よかった……!」
「な……!? そ、それはこっちの台詞……」
寄せられた頬から学生服越しに彼女の体温が伝わる。
振り切ってきたはずのものが、それを引き金にあふれてくる。
「……ああ、もう……!」
こらえきれず、ぐっと両腕に力を込める。
どうしてだろう。不思議で仕方がない。
ほんの数時間ぶりなのに、何十年も離れていたような感慨を覚えてしまうのは。
どうしてだろう。本当に不思議で仕方がない。
この香りも、このぬくもりも、この感触も……この腕の中にあるすべてがこんなにも愛しくてたまらないなんて。
「話は後だ!
その声に瞬時に我に返り後方を臨む。
奴の車が不気味に停車した。と思った矢先だった。
黒い塊がぽつんと見えた。最初は小さな点だったそれがだんだんと大きくなってくる。
「あ、あれはッ!」
視認できる距離になり、ようやく気付く。隣の彼女も目を見開く。
「……議員さんッ!!」
ものすごいスピードで飛んできたのは、なんと『人間』だった。
「セシリアッ!」
彼女がすぐさまスタンドをミサイルの様なそれに放つ。
「お、御願い! だ、誰か! 受け止めてあげてくださいっ」
「やれやれ……」
「しかたねぇなぁ」
その声にスッと立ち上がる承太郎とポルナレフ。
「……オラァッ!!」
剛速球で向かってくるそれを星の白金が組んだ両腕でタイミングよく勢いを殺しながら上空方向へとはじく。そう。あたかも
「ナイスレシーブでーす、承太郎! ……ってか?」
黄色いつもりの野太い声でふざけつつも、高く舞い上がったあと落下してきたところで、ポルナレフがそれをがっしりと受け止める。
「ふっ、ナイスキャッチだぜ、ポルナレフ」
「へへ、スパイクかますのは一応やめといてやったぜ。感謝しろよ、保乃」
「は、はい。ふたりとも、ありがとう」
そして男の首根っこを猫掴みしたまま、ポルナレフが全員を代表して当然の疑問を漏らす。
「ってか……このオッサン、誰?」
それに答えつつも、生身で人間魚雷をしたのだ。当然ながら気を失ってしまっているその男に呼びかける彼女。
「ええと、お、恩人……です。議員さん! しっかりしてください、議員さん!! よ、よかった、生きてる!」
そこで僕達の車も停まった。人気のない閑散とした駐車場だった。一旦態勢を整えるべきだと判断したのだろう。
「ううーん」
「大丈夫ですか!?」
ほどなくして男の意識も戻った様だった。
「アアッ! ち、チミはさっきの、ほ、微笑みの爆弾ヒッチハイカーッ!?」
「あ、はい、どうもです。先程から大変御世話になっております」
謎の二つ名に動じることもなく律儀にぺこりと挨拶を交わす彼女。
「ゆ、夢じゃあなかったのか!? じゃッ、じゃあ、あ、あ、あああッ、あの悪魔は!? ……い、いない!」
酷く恐ろしい目に遭わされたらしい。議員と呼ばれた男は自らの頬をつねりながら錯乱気味にオドオドきょろきょろと辺りを見渡す。
「ヒィ! けど、なんかごっついのがいっぱい増えてるーッ!?」
「あっ、違っ! このひとたちは……」
「も、もうヤダ、お家帰るーぅ!! ゆ、ゆゆゆゆ! 夢だ! やはりすべては夢なのだ! 早く醒めてーッ!!」
弾かれるように立ち上がるやいなや脱兎の如く路地へと消えて行く彼を荷台から降り見送りつつ彼女は深々と頭を下げる。
「本当にすみませんでした、議員さん……でも本当に、助かりました。有難う」
「ひ、仁美さん! どうして……!」
そうしてようやく少しだけ思考が回るようになった僕は改めて、その背中に尋ねようとする。
「はぁ、聞くまでもないじゃろ。そんなもの」
「ああ」
「だな」
「まぁ、薄々予想はしていたがな」
すると彼女の代わりに、代わる代わる声を揃える仲間たち。
「このボケ女のこった」
「誰かさんまっしぐら。どうせ館に戻ろうとして、治療も受けずに病院抜け出したんだろ」
「で、そこをDIOにみつかっちまって……」
「あの議員とやらの命を盾に脅されて共にいた、というところか」
「あ……っ、あの、はい。ご、ごめんなさい、また迷惑……」
図星らしい。縮こまり今度は皆に頭を下げる。というかそのあたりは僕も当然わかっていたことなのだが。
「そんなこたぁいい。が、ヤス、おまえ……腕、というか、身体いいのかよ?」
承太郎が代弁してくれる。そうだ。そのとおりだった。しかし、一様に頷きその様子を心配そうに窺う全員に対し、彼女はにっこりとこんなことをいう。
「ありがとう。点滴をしてもらいましたから。もう大丈夫」
だが言葉とは裏腹に、弱々しい笑みを浮かべるその顔色はちっとも改善していないどころか、月明かりのせいだ、と信じたいくらいさらに白く、悪化しているとしか思えなかった。
……ここでは余談になるが、その理由は怪我の影響というだけでは決してなく実は他にもあったのだ。
しかし、その事実を含め、この日彼女に何があったのか、すべてを僕が知るのは、間抜けにも『すべて』が終わってからだった。
兎にも角にも、そんな蒼白の表情を目の当たりにして黙っていられるはずもない。僕は詰め寄り叫んでいた。
「大丈夫なわけ、ないだろう!?」
「……ある」
「戻れ! 戻るんだ!!」
「……いや」
再び繰り広げられる押し問答。双方一歩も譲らない争い。
ヒートアップしていく僕。一方、彼女は静かだった。だが、動かざるごと山の如しとでもいうべきか。その意志はあまりにも強固すぎた。それでもこちらだって折れるわけにはいかない。
(だめだ……! ぜったいにだめだ!
なんでだよ……なんでそこまでッ!!)
「なんで……」
それを口にしようとしたところだった。彼女がキッと顔を上げたと思った瞬間、小気味よい音と共に額に衝撃が走る。
「……いたっ! で、デコピン……?!」
「当て身の、しかえし」
額を押さえながら目を瞬かせていると、泣きそうなかおで彼女が僕の痛いところを鋭く深く突く。
「『なんで』? それこそ、こっちの台詞だよ。なんであんなことしたの? 私の気持ち無視して……」
「そ、それは……」
「私……っ、おこっているから」
「うっ……」
俯き、さらに必死で言葉を畳みかける彼女。
「自分だって、目がみえなくたって、とか言っていたじゃない。
私だって、私がここにいたいからここにいるの。私の意思で。
いいよ。べつに。もしもまた置いていかれたって、またこうして何回でも勝手についていくし。
それくらい、私にだってできる」
「くっ……! でも……!」
「……」
そして一瞬黙りこくったかと思うと、ポツリと零れる。
「……もう、いや」
「え?」
「もういや。はなれるの、いや。
……ぜったいに、いや」
「仁美さん……」
ふるえながら発されたそれが、僕の決心をぐらぐらと揺さぶる。
「……もう、あきらめろ。花京院」
そこにため息まじり投げかけられるひとつの声。
「いいじゃねーか、好きにさせてやれ」
「じ、承太郎!」
「わかってんだろ? てめーだってもう。『無理』だってよ」
「っ! し、しかし……」
「ガタガタうるせーな。なら言うが、てめーこそ、さっき人形になってただろうよ」
「うっ! そ、それは言わない約束だろう!?」
「人形……?」
首をかしげる彼女にジョースターさんがこそっと耳打ちする。
(あっ! 秘密にしといてくれるって……くそ! もう絶対奢らないからな)
ふたりのやり取りが気になりつつも、承太郎に反論する。
「そ、それとこれとは話が別だ!」
「別じゃねぇ。要は、誰がいつどうなってもおかしくない……ってことだ。
なら自分の意思を何より尊重させてやるべきじゃあねーのか?」
「……くっ……。わかって、いる……そんなことは……」
押し黙った後、堰き止めておくのにも限界に達した気持ちが決壊する。
「でも! だからこそ!
もう、これ以上……!
いやなんだ! ぜったいにッ!!」
「……花京院くん……」
「わかるだろう? わかって、くれよ……!」
すると彼女は、一瞬目を細めたあと、微笑みを浮かべながら、いった。
「……わかってるよ。
『なんで』だなんて、ほんとうは。
おこっている……なんて、うそ。
……ごめんね。
でも、あなたこそ……わかっているでしょう?
私も……おなじきもち、だもの」
まっすぐな瞳で、みつめられる。
(そんなの……)
抗うことなど、できなかった。
承太郎のいうとおりだった。本当は痛いほどもうわかっていた。
はなれるなんて……『無理』だ。
「……。……あー、もう、……わかったよ……」
「……ありがとう」
「……さ、そうと決まれば作戦会議、じゃ」
ジョースターさんがねぎらうかのようにぽんと僕の肩を叩き、場を収める。
「幸いというか……奴が追ってくる気配は今のところない。
別の車を物色しているのか、それとも他に何かをしているのかは定かではないがな」
奴の居るであろう、その方向を見やる。街は月明かりの下、不気味に静まり返っていた。
「何時でも我々全員を仕留めることができる、という余裕の表れかもしれんな」
「けっ、10秒数えてから追っかけるって、鬼ごっこのつもりか? なめやがって」
アヴドゥルさんの的を得た私見にポルナレフが息巻く中、ジョースターさんが僕を諫める。
「花京院、さっきの……気持ちはわかるが奴に近づきすぎじゃぞ」
そこにあわあわと割って入る彼女。
「す、すみません! あれは私のせいで……」
「いえ、つい……すみません」
頭を下げ合っていると、核心を訊ねられる。
「おまえたち……『世界』を見たのか?」
その質問に、同時に頷く。
「はい。桁違いの
「ええ……さっき僕は10mの距離から攻撃しましたが、あと少し近づいていたらやられていた。しかし、おかげでジョースターさん、貴方の推理通り、やつのスタンドが『接近パワー型』だということが確実にわかりました。承太郎のスタープラチナのような」
油断など片時もしていなかった。
にもかかわらず、突然、現れた。目の前に。
やはり同じような印象を受けたらしい。彼女も眉間に皺を寄せる。
「本当に……わけが、わかりませんでした。
「はい。奴のスタンドにはなにか想像を超える恐ろしい秘密が隠されている……」
「ああ。やはりなんとかDIOの能力の秘密を暴かなければ我々に勝ち目はない。
が、注意深く探るのだ。やつとの場合、石橋を叩きすぎるということは決してないからな」
「しかし、一体どうやって……」
(……ん?)
全員が思案にくれる中、なにかが頭に浮かんでいるような、そんな様子に気づき、声をかける。
「……承太郎、なにかあるんだろう?
君の意見を聞こうッ!」
「……」
すると、ゆっくりと彼が口を開く。
「……時間差攻撃」
「……は?」
突飛なそれに全員あっけにとられる中、彼は続けた。
「囮攻撃ともいうな。さっきポルナレフとやってたアレで思いついたんだが……まぁそれはいい。『逃げながらヤツと闘う』人間と『追いながらヤツと闘う』人間、分かれれば……」
「挟撃か!!」
察したアヴドゥルさんの言葉に承太郎は頷く。
「奴はおれたちジョースター家の気配を頼りに向かってくる。囮はじじいだ」
「わ、わし!?」
「兼、斥候だ。気を引きながら花京院と共に奴のスタンドの秘密を暴け。で、それを……」
彼の視線が動きが一点で止まる。
「……ヤス、てめーが護るんだろ?」
「……うん!」
その返事はまるで水を得た魚のようだった。
片や、再び僕はぼやかれる。
「つーか、さっきみてぇに離れたところでやりあわれちゃあ、一緒にいようがおれとポルナレフみたいな近距離スタンド使いにゃなにもできねーんだよ」
「か、重ね重ね、すまない……」
「ご、ごめんなさい」
それを受けアヴドゥルさんが提案する。
「ならば、分かれる組み合わせはスタンドの射程距離別が良いな」
「ああ。おれとポルナレフ。アヴドゥルは犬」
今度はポルナレフが呼応する。
「暗殺……だな?」
「そうだ。おれとポルナレフは気づかれないよう後方から近付いて強襲する。アヴドゥル達も別方向から奴を追って得意な距離から援護を頼む」
「そして……全員で奴を討つ」
「……よし、では……行くぞ」
作戦の確認を終えた後、頷き合い、歩き出す。
「……」
皆が先に進む中、おもむろにひとり立ち止まる。
「花京院くん……?」
気付き振り向く、彼女に告げる。
「ここでゆるしたこと、後悔させないでくださいよ。
いや、もう、かなりしている……けれども」
「……わかった。させない」
目を閉じ、うなずく彼女。
失われてしまった左腕。
それをかばう素振りもみせぬ、健気な、その姿。
口惜しい気持ちが胸いっぱいに広がり、唇を噛みしめる。
「どうしてあなたがこんな……」
「……しょうがないよ。これは『報い』だから」
「は……?」
消え入りそうなほど微かに発されたその言葉の意味がわからず怪訝な顔をする僕に、すぐさま首を振り訂正する彼女。
「ううん、日頃の行い、ってやつだよ。きっと」
「なにいってるんですか、まったく」
そこで思いつく。いや、嫌になるくらい想い知った。それを欠片だけ口に出す。
「なら、前科一犯ですね、あなたは」
「えっ!? み、見てた……?」
「え? 何を?」
「い、いや、なんでも!」
何を勘違いしたかぶんぶんとかぶりを振る彼女にいう。
「はぁ、よくわかんないけど、見てないですよ。だって、みえないから。あなたの罪は」
「え……?」
こんなにも、狂おしいほどに奪ってしまった。
僕の心を。
「さ、行きますよ」
答えずに歩き出そうとすると、今度は逆に彼女に呼び止められる。
「あの、花京院くん……」
「なんですか?」
「……。なんでもない」
「またか。変わんないな……ほんとに」
いいかけて、やめる。
「ごめん。でも、ほんとうに……なんでもないの」
決意する。
『覚悟』を、決める。
「……僕から、はなれないで。ぜったいに」
「……うん。もちろん」
もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?
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読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!