私の生まれた理由   作:hi-nya

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第5章 Fateful Day
Bluesy morning


 すごく、きもちわるい。

 

 どうにも言葉では表現し難いのだが、例えるならば……そうだ。浅い眠りに落ちた時。身体は眠っているのに精神は覚醒している状態。いわゆる金縛り。あれだ。感覚的にはそれに近いかもしれない。

 要するに、動きたいのに動けないのだ。意識はこんなにクリアなのに。

 いや、それには若干の語弊がある。意識清明ではあるが、視界は真っ暗。目を開けているのか閉じているのかすら判断がつかない。加えて、何よりもわからないことがあった。

 

 僕の身に一体、何が起こったというのだろうか? それが、よく思い出せないのだ。

 

 ならば、と、五感を研ぎ澄ましてみることにした。意外と視ようとすれば、聴こうとすれば、嗅ごうとすれば、味わ……。舌の筋肉を動かせないのでレロレロができない、ゆえにこれはさすがに不可能か。さっき発声をしようと試みてみたが、声帯を上手く震わせることができず「う、あ、う、ああぁぁああ……」という声ならざる声しか出せずじまいだった。……無理だと思うと逆に今すぐチェリーが食したくなってしまったではないか。どうしてくれよう。

 話が逸れてしまったが、聴こえたのだ。己の唸り声が。ならば視えもするかもしれない。つまり言いたいのはやろうと思えばいけるかもしれない、ということだ。

 そんなわけで、やってみることにした。

 

 ……予想通り。意外とやればできるものだ。

 

 薄らぼんやりと僕の網膜が受け取った刺激を視神経が伝え、脳内に像を映し出す。

 僕が居るのは……四方を海で囲まれた『島』だろうか?

 島といっても、本当に小さな島だ。ひょっこり、ぷかぷかと瓢箪が浮かんでいるかのような、せいぜい6畳くらいの面積のもので、田舎から上京してきた女子大生が借りるワンルームより狭そうだ。まぁそれを口に出そうものなら「東京のマンションの家賃は狭くったってべらぼうに高いんだよ!?」と、現在絶賛そんな部屋で日々質素倹約をモットーに暮らしているという彼女に猛烈批判をくらいそうではあるが。……よし。からかうための良いネタができた。きっと頬を膨らまして期待通りの反応を示してくれるに違いない。

 

 周囲はうっすらリゾート感すら漂う、波の音やヤシの木に囲まれた海岸だ。砂浜を呑気にカニがひょこひょこと横歩きしている。

 一方それと対称的に、島の中央には不似合いな4台のTVモニターが東西南北各々を向いて置かれている。

 そして、その前に対峙し、それぞれ画面を睨んでいる男が二人。

 

(承太郎……、ジョースターさん……、……ダービー……ッ!!)

 

 その光景を認めたとき、全身に衝撃が走る。

 

 ようやく、思い出した。

 

 僕は、敗北したのだ、と。

 

 魂を賭けたゲーム対決に。

 

 申し訳なさ、不甲斐なさといった負の感情が入り混じった、苦々しくもやもやとしたものが心の中を浸食していく。

 

 『人形』になってしまっているのだ。僕も。

 

 勝負前に見せびらかしていた、紳士ぶってはいるが反吐が出るほどの最低のサイコ野郎であることがうかがえる奴の『コレクション』。元は人間、今や変わり果てた姿で呻き声を発しながらぽっかりと虚空を見つめる彼らの漆黒の眼を思い出す。

 

 しかし、このまま生きた人形として自分も一生棚に収められる羽目になるのだろうか……といった今後に関しての憂いはまったくなかった。

 友の背中側に立ち実況をしているようにみせかけ、その実、『なにか』を企てている。そんな彼の祖父の表情が確認できた。

 きっと『最低限の仕事』はできたのだろう。僕は。だとすれば、あとは待つ。それだけだ。

 

 彼らが負けるわけがない。まぁ、そういうことだ。

 

 とはいえ、勿論自らが勝つ自信はあったのだ。が、『相手にフッ飛ばしてもらってコースをショートカット』だなんて裏技、独り(ぼっち)プレイ専の僕に喧嘩を売っているとしか思えない。ただし念のため言っておくが、ちっともうらやましくなどはない。ぼっちの利点、それを僕は誰よりも知っている……し、それに、だ。僕だって仲間の某隠れおたく(注、自身も同類であることを素直に認めるとともに、僕的には無上の褒め言葉である)と日本に帰ったら共にゲームに興じる約束をしたのだから。さらなる高みを目指すのだ。彼女とともに。……なんか違うか。

 

 我ながら、ふっとおかしくなる。表情筋を動かすことはできないが。

 

 残されたのは、ぼやけきった五感のみ。考えることしかできない。まるで眠りにつくかつかないか、その直前のような状況下、取り留めもなく思考が四方八方に飛び回る。

 

 そんな中、浮かぶのは……行きつくのは、結局のところ彼女のことばかりだ、と。

 

 旅に出る前、過去の自分に教えてやりたいものだ。

 

 おまえにも、ちゃんとみつかるのだ、と。

 

 それを気づかせてくれる、たいせつなひとに出逢えるのだ、と。

 

 暗闇に射しこむ、光。

 しかし明るすぎるそれは、否応なく影を創り出す。

 

 様子が、おかしかった。

 

 不安から来るものかと思ったが、それとはまた別の、なにか。

 本人に訊ねたが、緊張しているから、と、はぐらかされてしまった。もう少し突き詰めた話がしたかったが結局それは叶わずじまいで……。言いようもない不安に押され、せめて、と彼女のポケットに気づかれないようにこっそり『御護り』を滑り込ませた。あれが役に立つといいのだが。いや、無論役に立つ局面など来ないのが一番ではあるが。

 

 今朝のことだ。朝食のため集合した面々の前で彼女が驚くべきことを言い始めたのは。

 

「DIOの館が、みつかった」と。

 

 昨晩深夜、皆が寝静まった頃、イギーが連れて行ってくれたらしい。

 

 何故彼女に、というのは簡単なことだった。

 ルクソールで皆と再合流してから、彼女はイギーの世話係(彼的にはおれが世話してやってんだ、とか思っていそうではあるが)を嬉々として担当している。

 餌をあげたり、おやつを奪われたり、風呂に入れようとして水びたしにされたり……苦労しつつも楽しくて仕方がない様子だった。

 その甲斐あってか、素直でない彼の現在の寝床は彼女のベッドの上らしい。うらやましくなんてな……嘘だ。うらやましすぎるに決まっている。

 最初からフラットだった彼女の彼に対する真摯な態度。そして日々の努力に加えて、昨日の隼スタンド使いとの死闘も相まって……といったところか。理由は。

 

 彼らの案内で、カイロの端。ひとつの館の前に到着した。

 そこは隠者の紫が写し出した写真の映像そのまま、僕たちがずっと探し求めていた場所だった。

 なによりの証拠として、ジョースター家のふたりは屋敷を見上げながら確信めいた圧力(プレッシャー)を感じていたようだ。それこそが、『血の記憶』、というやつなのだろう。

 自分も彼らほどではないが、ずしりと、全身にのしかかるような……まとわりつくような、嫌な感覚を肌に受けた。反射的に己の抹消に起こった不随意な運動を誰にも悟られないようにひた隠しにしながら、武者震いだ。そう自分に言い聞かせていると、ジョースターさんが全員の総意を代表して呟いた。

 

「我々の旅は、とうとう終着点にたどり着いたのだ」と。

 

 門番はもちろん不在。

 ひとりでに開いた館の扉。

 

 しかし、そこには誰もいなかった。

 ただ、長い……本当に長い廊下が、あるだけだった。

 

 だがそう思ったのも束の間、場へ奇抜な恰好をした、ひとりの男がすべりこんできた。

 その自称・執事は驚くべき自己紹介を始めたのだ。

 

 男の名はテレンス・T・ダービー。

 あのギャンブラー、ダービーの弟だった。

 

 兄は兄、わたしはわたし。などと言いつつも兄のことを意識しまくっているブラコン野郎であることが随所に垣間見られた(今冷静になって考えたら勝負の際に言ってみればよかった。「Exactly、図星だろう?」と。人の精神力をどうこう言う前に自分はどうなのか、試してやればよかったのだ。まぁ、それはきっと承太郎とジョースターさんが現在進行形でやってくれているのだろうけど)その男は、ジョースターさんとポルナレフを軽く煽ったあと、幽波紋(スタンド)『アトゥム神』を出すと、巧みな話術で我々を誘導し、結局思惑にまんまと嵌まる形で一行はふたつに分断されてしまったのだ。「……とっておきの世界へお連れしましょう」そんないちいち鼻につく台詞と共に。

 奈落のような穴の先、たどり着いた屋敷の地下にはとても見えないこの島にて、承太郎、ジョースターさん、僕の三人をダービー弟がしたり顔で待ち受けていた。そして「身内でない貴方はいざとなったら逃げだす」などという舐めきった理由で指名を受けた僕が最初に闘った結果、今に至る、というわけだ。

 

「ポルナレフ、アヴドゥルさん、イギー、……仁美さん」

 

 現状を理解するとともにコツも掴めてきたのかすらすらと言語が発せるようになってきた。この場にいない仲間の顔を思い浮かべながら、その名を呟く。

 向こうは、大丈夫だろうか……こんな状態の僕が言えたことではないか。などと自嘲する。

 皆の事を信じている。が、どうしても嫌な予感が心にどんどん膨れ上がっていく。

 

 もどかしい。こんな状況下で片時も離れてなどいたくないのに。早く……僕は……

 

 どうしようもない焦燥感にただ抗うしかできないでいると、それを妨げるかのように上方向から無遠慮な声が降ってくる。

 

「お、おお、お兄ちゃん、新入りかい? ……ま、ママ! ママーッ!!」

「やぁ、はじめまして、新入り君。どこか痛いところはあるかい? ふむふむふーむ、そ、それはいけない、今すぐわしに診せたまえぇぇー」

「ダービぃー、ああー、ダァビィー!! さびしいの、わたしの話を! おねがい、お話を!」

 

「う、うわぁぁぁあああぁぁぁぁ!!」

 

 話しかけられてしまったようだ。例の変な『人形』達に。いや、今は自分も同じようなものなのだけれども。

 確かヤツの紹介によるとIQ190の天才ゲーマー少年タツヒコ君に、医者で殺人鬼(手にかけた数なんと8人)のエリオット氏、華麗なる恋多き女、ソニア嬢……だっただろうか。

 

「そんなにこわがらないでおくれよぅ。おでと遊んでおくれよ……ママーッ!!」

「案ずることはない。わしは超一流の外科医だ。……結局殺してしまうのが玉に瑕だがねぇぇ」

「新入りさん? この際貴方でもいいわぁー! わ、わ、わたしと話をしましょうぅぅ!」

 

 正直あまり(いや、かなり)関わりたくないが、付き合わなければ収集がつかなさそうだ。これが人付き合いならぬ人形付き合いというやつだろうか。人形も大変だ。

 

「お、おではタツヒコ。退屈で死にそうだよォ。ゲームしたいけど、今はダービーィぃさんがやってるから……お、おでとなぞなぞクイズで勝負しよう。全部解けたらお兄ちゃんの勝ちィィィー! ……ママーッ!」

「わ、わかった。ど、どうぞ……」

 

「では第一問! 表と裏が一緒に見える不思議なものは何?」

 

「続いて第二問! 何かを見ている時には決して見ることができないが、見える時には目をつぶっていても見えるものは?」

 

「そしてそして、第三問! 貴方が車で走っていると目の前の自転車少年がよろけてカゴに積んでいたバット、グローブ、シューズが転がってきた。貴方が最初に踏んだのは?」

 

 タツヒコ君から息つく間もなく繰り出される攻撃(なぞなぞ)達。

 

「答えは……」

 

 それを即座にさらりと迎撃する。

 

「……一問目が『野球のスコアボード』

 二問目は『夢』。

 そして三問目が『ブレーキ』」

 

「ピンポンピンポン! せいかーい! ややや、やるじゃーーーんっ!」

 

「ふう、どんな難題がくるか恐々としていたが。舐めてもらっては困るな」

「で、で、でもおでは負けないよ、ママーッ! 今のは肩慣らし。次こそはとっておきさぁ! 制限時間は30秒。あのアインシュタインの出した、98%の人が解けないクイズいっくどぉーッ」

「!?」

 

「ある所に 5つの家が 並んで建っていました。 それぞれの家は赤、黄色、緑、白、青の いずれかの一色で ペイントされていて、どの家もほかの家と違った色でペイントされており、それぞれの家には イギリス人、ドイツ人、ノルウェー人、オランダ人、スウェーデン人の家族が住んでいます。

 それぞれの 家庭では ほかの家庭とは 異なった飲み物……コーヒー、水、紅茶、牛乳、ビールの中のいずれかを飲み、異なった煙草……マルボロ、ショートホープ、キャスター、セブンスター、ダンヒルの中のいずれかを吸い、異なったペット……犬、猫、馬、鳥、魚の中のいずれかを飼っています。どの家庭もほかとは 同じ飲み物を飲みませんし、同じ煙草も吸いません。ペットも同様です」

 

「イギリス人の家族は 赤い家に住んでいます。

 スウェーデン人の家族はペットに犬を飼っています。

 オランダ人の家族は紅茶を飲みます。

 緑の家は白い家の左にあります。

 緑の家に住んでいる家族はコーヒーを飲みます。

 セブンスターを吸う家族はペットに鳥を飼っています。

 黄色い家に住んでいる家族はダンヒルを吸います。

 真ん中の家に住んでいる家族は牛乳を飲みます。

 ノルウェー人の家族は一番最初の家に住んでいます。

 キャスターを吸う家族は猫を飼っている家族の隣に住んでいます。

 ペットに馬を飼っている家族はダンヒルを吸う家族の隣に住んでいます。

 ショートホープを吸う家族はビールを飲みます。

 ドイツ人の家族はマルボロを吸います。

 ノルウェー人の家族は青い家の隣に住んでいます。

 キャスターを吸う家族は水を飲む家族の隣に住んでいます」

 

「では、ペットに魚を飼っている家族はどこの国の人? はい、スターッっトゥっ!!」

 

「……」

 

「10秒経過。ちなみにおでの記録は27秒さぁ! へっへ」

 

「……」

 

「20秒ーッ。きしし! 残り、10、9……」

 

 勝ち誇ったように鼻の穴を膨らませて(目の錯覚かもしれないが)カウントダウンを始めるタツヒコ君に向け、条件を脳内で整理し、瞬時に導き出した解答を静かににこやかに告げる。

 

「答えは……ドイツ、だね」

 

「な、なにィィーッ!! せ、正解だーッッ! 23秒!? おでより4秒も速いよ、ま、ママーッ!!」

 

「ふっ、この旅の道中、密かに幾度となく暇つぶしとして開催されている『ジョースター杯争奪☆クイズ&なぞなぞ大会』で負けなしの18連勝を誇り、ついに先日『さすらいのクイズ王』の異名を冠したこの僕に死角などないッ!」

 

 ちなみに最下位はぶっちぎりでポルナレフだったりする。なんてどうでもいいか。

 

「じゃ、じゃあっ、えっとえっと、次は……」

 

 すると、なおも問題を捻りだそうとするタツヒコ君を凄い勢いで押しのける一つの影。

 

「ちょっと、そろそろ交代よぉー! タツヒコだけ、ずるいわぁ。そ、ソニアともお話しましょうぅぅ!!」

 

 派手派手しいドレスを翻して割り込んでくる。

 

「わ、わかりました。何の話をしますか?」

「もちろん、華麗なる恋の話よぉおうっ! 新人さん、貴方も素敵! とってもイケてるわぁ! わたしとアバンチューーールな恋をしてみないぃぃーッ?」

「い、いえ、けっこうです。間に合っていますので」

 

 すぐさま丁重に、必死にお断りする。

 

「あら、レディのお誘いを蹴るなんて、失礼しちゃうわぁ! ジョンもボビーもマイケルも、殿方はみーんな目があった途端ソニアの虜になっちゃうのののにぃぃ。こまっちゃうのぉ! 彼らの元恋人達に何回刺されそうになったかわからないわぁ。嫉妬に狂っちゃって、見苦しいったらありゃしない。ほんと女の子ってこわいわぁぁああ」

 

 『他人のものを奪う』それ自体に明らかに優越感を覚えているようだ。例え容姿がどれだけ優れていようとも、そんな貴女の方が僕的にはよっぽど醜くて恐ろしいが……という素直な感想をぐっと呑み込むと、ひとつ思い立ち、訊ねる。

 

「……そんな貴女の現在の恋のお相手は、あのゲス野郎(ダービー)なのですか?」

「もちろんよおぉっ。カレは今までにソニアが出会ったダーリンたちの中でも断然素敵! でもね、お仕事が忙しいからって最近なかなかわたしのお話を聞いてくれないのぉ。真っ暗な塔の最上階にいる()()()()に夢中なのよぉ。しかも戻ってきたらいつも他の女の匂いがするのよぉっぉうぅおう……! さりげなくカレに聞いてみたら『捧げものとして捕らえている女たち(御食事)を毎晩彼の元にお届けするのも執事の役目なのです』なんていうの。キィーーッ!」

「……なるほど」

「もう執事なんて辞めて、わたしたちのお傍にだけいてくれたらいいのにっぃい……」

「そうですか。ならば今しばらくの辛抱ですよ」

 

 十中八九、もうすぐ解雇になりますから。とは言わないが。

 そこへ割って入る、壮年の男性の声。

 

「もういいだろう、ソニア。まったく女の話は長くていかんな。新人君、お疲れさん」

「はぁ、どうも……」

 

 ようやくまともな人(形)のお出ましか、と思いきや、残念ながら全くそんなことはなかった。

 

「今度はわし、エリオットの番だ。待ちわびたよ。では、切り刻ませてもらおうか」

「は……?」

 

「君の身体をぉぉぉおおッ、このメスでぇぇぇえええッッッ!!!」

 

「な、なにィィ!?」

 

 不意打ちまがいに振るわれた一刀をどうにか身をよじってかわす。避けきれず切られた一束の髪の毛が宙を舞う様が横目で見て取れた。小道具まで本物とは、変態サイコ野郎の細かすぎるこだわりを心から恨む。

 

「おや? どうして逃げるんだい?」

「に、逃げる決まっているだろうッ!」

「心配するな……わし、絶対に失敗しないのでぇぇぇえええ!!!」

「う、嘘だッ! こ、このヤブ医者ーッッ!! ……ハッ!?」

 

 兎にも角にも一旦距離を取ろうとしたところで、自分が身じろぎすらできなくなっていることに気づく。その原因は両端に纏わりつく二体の人形だった。

 

「……だ、だ、ダメだよ、おでにクイズで勝つなんて。お、お、おでは一番じゃあないといけないんだ……お兄ちゃんがいなくなれば、またおでが一番だ。そうだよねぇーッ、ママーッぅぅぅッッ!」

「クスクス……ごめんあそばせ。わたしの虜にならない男なんていらないわぁぁ。それに貴方みたいなお人形が増えたら、ダービィぃぃがまたわたしのお話きいてくれなくなっちゃうじゃないィィィ。恋のライバルは華麗に容赦なく消すのおおぉぉおッッ……!!」

 

「なッ!? は、離せーっ!」

 

 なんということだ。『死神13』といい、どうして僕はこんなオカルトじみた(やから)とばかり縁があるのだろう。あのときと全く同じだ。頼みの綱の法皇も出せない。

 

「や、やめろ……」

 

 再び、ギラリと光る刃の切っ先が迫る。

 

「う、うわぁあぁぁあああーっ!」

 

 切り刻まれる、そう思った。そうしたら今の僕の腹から飛び出すのは真っ赤な(はらわた)の代わりに真っ白な綿だったりするのだろうか……なんてちっとも洒落にならないことを考えていた矢先だった。

 

 意識が、視界が、ブラックアウトし、一瞬途切れた。

 

 

 

 

 

「う……」

 

「花京院! 大丈夫か!?」

「ハッ! も、戻ったのか……」

 

「……もしかして、オラオラですかーッ!?」

 

「はぁ、た、たすかった……」

 

 間一髪。敗者恒例鉄拳制裁の模様が、己の目を、耳を通じて自然に伝わってくることに心底安堵する。僕の『魂』は無事、元通り身体に戻ることができたようだ。

 ダービー弟の顔面がみるみるうちにメメタァされていく最中、ジョースターさんが屈んでこちらの様子をうかがう。

 

「どうじゃった? 人形になった気分は」

「一言で言うと……最低ですね」

 

 首をすくめる僕に彼はにやりと笑う。

 

「やーい、負けてやんの。かっこわるーッ」

「ぐっ……」

「ダービーのイカサマ兄ちゃんと闘ったとき『負ける気はありませんが?』とか、カッコつけていってたくせに! 誰かさんにむけて。ププーッ!」

「う、うるさいな! 勝負に負けはしましたが、ちゃんと承太郎に繋いだでしょう!? 送りバントはちゃんと決めたんですよ、僕はッ」

 

 あとタツヒコ君には勝った……が、それは言っても栓の無きことか。痛いところを見事に突かれ、つい反論してしまう僕に、ダービー弟をしばき終えた孫と祖父が口を揃える。

 

「「あいつに黙ってて欲しかったら、あとで何かうまいもんでもオゴれよ?」」

 

「……ふっ! ……しかたがないな」

 

 気付いておもわず笑みがもれる。

 遠回しすぎる二人の『Don't mind(きにすんな)』に。

 

「まったく、ほんとうに……君たちの家、超の付く大富豪でしょう? 高校生にたからないでくださいよ」

 

 こみあげてくるものに、僕はどうにかそう軽口を返すだけで精一杯だった。

 

 

 

 感傷に浸っている時間はなかった。先を急ぐべく、僕は先程ソニア嬢から得た情報、DIOがおそらく館の塔の最上階にいるということを二人に伝えた。「人形になってまで……転んでもただでは起きんなぁ、おぬし」とジョースターさんに半ば呆れられてしまったが。

 

 館はまるで迷宮のようであった。入り組んだ廊下と小部屋を何度も行き来しつつも、ようやく地下と一階とをつなぐ階段を見つけた。ここからさらに塔へと続く道を探さなければならないのか、と思っていたら、スタープラチナが壁に向かって振りかぶる。

 

「めんどくせぇ。一回外に出るぜ。……オラァッ!!」

 

 言うが早いか、ぽっかりと脱出口が開いていた。飛び出ると、そこは館の中庭のようだった。

 新鮮な外気を肺にいっぱいに取り込み、眩しい太陽の光を全身で感じながら改めて建物の全景を窺う。初めて目にした時と全く同じようにそれはひっそりと静かに不気味に、ただそこに佇んでいた。

 それを鑑みて、言うべきか悩んでいた事柄を僕は話しておくことにした。

 

「実は、もうひとつ……。この館には『DIOへの捧げもの』として捕らえられている女性がまだ数名中に存在するようなんです」

「そ、そうか……」

「ですので、穴へ落ちる前、ジョースターさんがアヴドゥルさんに叫んでいた、あの作戦……」

「ああ。最悪、館に火を放って奴を太陽の下に炙りだそうと考えておったのだが、それでは無理だな。助け出してやる時間はとてもないが、無関係の人間を巻き込むわけにはいかん……せめてあとで財団に探し出して逃がしてやるように頼んでおこう」

 

 その言葉を受け、承太郎が腕時計に目をやる。

 

「しかし、あれから10分なんて、とっくに経過しちまっているが……」

「ああ。この通り。幸か不幸かちっとも燃えとらん」

 

 先程分かれさせられた館の入り口方向を臨むも彼らの姿は見えなかった。既に内部へ突入済なのだろう。

 

「ということは……」

「うむ、あまり考えたくないが、あちらも中でなにかあったのかもしれん。だが……」

 

 見上げる。館の一角でやたらとその存在を際立たせている、天に向けて不遜にそびえたつ塔を。

 

「……急ごう。DIOの元へ。中で必ず会える。信じるのだ、彼らを」

 

 祈るように強く頷き合う。

 法皇と隠者の紫を駆使し外壁を伝い登り、塔のふもとにたどりつく。

 ひたすらに上を目指して昇っていると、あるポイントで禍々しい気配を中から感じた。

 

「ジョースターさん! 承太郎!」

「うむ、入るぞ!」

 

「……オラァッ!」

 

 承太郎が再びスタープラチナで壁をぶちやぶり、中に入る。

 ガラガラと崩れ落ちる瓦礫のすきまから臨んだそこには、仲間……ポルナレフとアヴドゥルさんが敵……最悪の敵と対峙していた。

 

(DIOッ!!)

 

 忘れもしない。あの顔。

 忘れるわけがない。数か月前の、あの屈辱を。

 

 ……己の、弱さを。

 

 

「ジョースターさん! 承太郎! 花京院!」

 

 二人が安堵の声を出す。

 

「安心するんじゃ……ポルナレフ、アヴドゥル……」

 

「……」

 

 僕らが入った壁の穴から陽の光がさし込む。

 それを嫌ったのか、ヤツは上階へと、その姿を消した。

 

「DIOッ!」

「今のがッ!」

「DIOだなッ!」

 

 追いかけようとしたところで、アヴドゥルさんがいう。

 

「ヤツを追う前に言っておくッ!

 われわれは今やつのスタンドをほんのちょっぴりだが体験した。

 い、いや、体験したというよりはまったく理解を越えていたのだが。

 に、二対一なのに、勝てる気が、しなかった……」

 

 ポルナレフが続ける。

 

「あ……ありのまま、今、起こった事を話すぜ!

『オレは奴の前で階段を登っていたと思ったら、いつのまにか降りていた』」

 

「!?」

 

「な……何を言っているのかわからねーと思うが、

 オレも何をされたのか、わからなかった……。

 頭がどうにかなりそうだった……

 催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」

 

「……」

 

(……()()()()()()()……?)

 

 いつか彼女から聞いた、あの情報を思い出す。

 

 

(ハッ!)

 

 そこで僕は、この場に、()()()()()()()ことに気づき、慌てて問う。

 

「ひ、仁美さんは? イギーも! どこに? ま、まさか!?」

 

 顔を見合わせるポルナレフとアヴドゥルさん。

 

「い、いや……。下にいる。ふたりとも」

「ぶ、無事なのか……よかった……」

 

 そろって、言いにくそうに口ごもる。

 

「……無事かといわれると……、その、一応……」

「一応……?」

「行こう……こっちだ」

 

 

 

 

 

「仁美さん! イギー!」

 

 二人に導かれるまま、階段を下りたところで、彼女の姿をみつける。

 

 

 正味、一時間。

 

 

 離れていたのはたったそれだけ。それくらいにすぎない。

 

 

「あ! みんな! 合流できたんですね。よかった……はっ!」

 

 ほっとしたかお、そして、一瞬、気まずそうな顔をしたあと、ポルナレフのうしろに隠れる彼女。

 

「? 仁美さん……? なにをこそこそと……」

「え? なんでもないよ?」

「なんか、さっきよりさらに顔色が……あっ!」

 

 

 しかし、そんな短き別れからの再会で……

 

 

「……。だから、なんでもないって、いっているのに……」

 

 

「……そ、んな……」

 

 

 僕を待ち受けていたのは、残酷すぎる現実だったのだ。

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました。というわけで今話はダービー・ザ・プレイヤー戦……における花京院(人形)の密かな闘いでした。

次回は、同時に起こっていたあの闘い……ヴァニラ・アイス戦予定です。よければまた、宜しくお願い致します。

もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?

  • そのまま4部にクルセイダース達突入
  • 花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
  • 花京院の息子と娘が三部にトリップする話
  • 花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
  • 読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!

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