――……すきなひとって、どんなひと? ――
「……は? 」
「いるって、いってたじゃない。
その……、胸に、興味があるひと。どんなひと? 」
「あ、ああ……。そ、それは……」
(またこのひとは唐突になにを……。
しかも、そんな覚え方しないでくれ……。
それじゃあまるで、胸にしか興味がないみたいじゃあないか……)
なにが哀しくて本人に本人の説明をしなければならないのか。
肩越しに、すこし恨めしい気持ちで、彼女をみる。
むこうを向いているため、その表情はうかがえないが。
天井をみつめながら僕が途方に暮れていると、さらに検討違いなことをいいだす。
「その……高校の、同級生……とか? 」
「はぁ? 」
(ほんとうに、ちっとも気がついていないのか? もしかして……)
我ながら、おさえきれないものが態度やことばにかなりあふれでてしまっていると思うのだが。
彼女ととても仲良しだった、あの家出少女が国に帰る時に言っていたことを今ごろ思い知る。
とりあえず変な誤解をされるのはまっぴら御免なので、むなしさを感じつつも一応ちゃんと否定しておく。
「言ったでしょう、友だちいないって。
それなのに、そんな人間、存在するはずがないでしょう……」
「う……。い、いや、いないんじゃなくて、つくらなかっただけでしょう?
それに、それとこれとは別かなーって。
ほら、よくあるじゃない。
ずっとひとりで生きてきた少年の心にひとりの少女が飛び込んできて、恋に落ちて……
……みたいな? 」
「……」
(それは、僕をその少年とするならば、少女は……まさにあなたのことだろう……)
内心、盛大にため息をつきつつ、いう。
「……ないですよ。
僕は子供の時からずっと、こう思っていた。
『法皇の緑』の見えない人間などと真に気持ちがかようはずがない。
……ってね」
「……」
彼女が振り向く。
「……軽蔑しましたか? 」
「……そんなわけない」
「え……? 」
「私も……ずっと、友だちいなかったから……」
「……ああ……」
おもいだす。
それは彼女のこころの奥深く、ずっと刺さっていた……
いや、今もなお刺さり続けている、忌々しい、棘。
「だから……すこし、かもしれないけど、わかる気がするよ」
「……そう、なんですね……」
「……」
そして、目を閉じ、嬉しそうにつぶやく。
「……でもね、この旅で……」
「……そう。あなたの、いうとおりで……。
ジョースターさん、承太郎、ポルナレフ、アヴドゥルさん、……イギーも。
みんなに、であえたんだ……。……僕も」
「……うん」
「あ! 本人たちには秘密でおねがいしますよ? 」
「ふふ……」
そして、躊躇いがちに彼女は続けた。
「……実はね、ジョースターさんに言われていたんだ。
もし、あなたの視力が戻らなかったら、ふたりでいっしょに日本に帰りなさい、って」
「なッ! 」
おもわず大きな声が出てしまう。
「ジョースター家の血統の因縁に、これ以上巻き込みたくないって。
私たちの身に、これ以上なにかあるのは耐えられないから、って……」
受けた衝撃。それをそのまま返すように思いを吐露する。
「そんな……! 巻き込むだなんて言わないでくれ!
目が、みえようがみえなかろうが、そんなの関係ない!
たとえ、なにがあろうとも……僕は皆とともに最期まで闘う!
それは、自分の意思だ! 」
するとぽそりと彼女はいった。
「……そう、いうとおもった」
「え……? 」
「だから、そういっておいたよ。
……まぁ、私たちのきもちはジョースターさんには、お見通しだったんだけどね。
目が見えなくても闘う……
あなたは、そういうだろうから、無理矢理にでも連れて帰れって」
「そうか。そうなのか……。まったく、あのひとは……」
眼頭が熱くなるのを感じた。あわてて彼女に背をむける。
「……護りたいね。みんなを」
「……はい、かならず」
「明日からまた、がんばろうね」
「ええ」
「じゃあ、おやす……」
そういいかけて、彼女は考え込むように黙り込んだ。
そして、こちらを向く、音がした。
* * *
「じゃあ、おやす……」
(そうだ。ひとつ、どうしてもいっておきたい……
いや、おかなきゃいけないことがあったんだった)
「あの……」
彼のほうをむく。
「どうしたんですか? 」
彼もこちらをむいてくれる。
「……あなたの、眼がみえるようになって、よかった。ほんとうに……」
そう私がいうと、彼は目を閉じて、なにかを決意するかのように力強く頷く。
「ええ。皆と、また、ともに闘うことができる。
奴との決着を、つけることができる……」
それをきいて、心の中でため息をつく。
(……また。このひとは、ほんとうにまったく……)
器用でクールそうにみえて、実際も、そうなんだけど……
でもほんとのほんとは、そうでもなくて……
まじめで、ひたむきで……まっすぐで……
そんなところに、すこしあきれつつ、とても心配になりつつ……
(まいった……なぁ。ほんとうに)
……でもやっぱり、そんなところがすごくすきだ、と、想う。
そんな複雑にからんだ想いを抱きつつも、たりなかった言葉をおぎなうことにする。
「いや、そうじゃなくて。
あ、まぁ……それもそうなのか。
あなたがしたいと望むことが、ちゃんと、できるわけだから……。
私がいいたいのは、単純に、これからさき、みたいもの、もちろんたくさんあるでしょう?
あなたがそれをちゃんとみられる。
それが、よかったといっているの! 私は」
「ッ!? 」
「あのとき、あなたが倒れているのをみたとき……心臓が、つぶれるかと思った。
もう、怪我なんて、しないでね。
ううん。そんなこと、ぜったいさせない、けど……
でも、万一なにかあったらって、おもうと……」
込み上げてくる、それを彼の瞳をみつめ、懸命に訴える。
「おねがいだから、あなたこそ……じぶんを、いちばんたいせつに、してね。
あなたのためじゃないの……私の……ために、だから……」
(はっ! ……こ、これって、また、私……)
気付いてはずかしくなって、ふたたび背を向ける。
「そ、それだけ! じゃ、おやす……」
「……」
そのときだった。
「ひゃっ!? 」
うしろから、ふわりと抱きしめられる。
「ありがとう、ございます。
この、入院中……。
身の回りのことはもちろん、なんですが。それ以上に……。
その、僕の心を、支えてくれて」
「……あ……」
「……実は、やっぱり、こわかった。もう、一生みえなくなるんじゃあないか、って、ね。
でも、そんな不安に襲われそうになるたびに、あなたのこえがきこえて……。
そういうふうに、ずっと、気をつけていてくれたんでしょう? 」
「! 」
「あと、僕が目覚める瞬間は、必ずこえをかけるようにしてくれていたでしょう?
おかげで……暗闇に、とらわれずにすんだ」
ひとつ息を吸い込み、彼は続ける。
「それに、なにより……あの、ことばも……」
かみしめるように紡がれていく。
「……ありがとう。ほんとうに」
それらが、静寂の夜の部屋に……私の全身に、しみわたっていく。
「そ、んな……。私なんて……。」
おもわず、彼の方に向き直る。
「……そんなこというなら、私なんて、ずっと……だよ?
この旅をつづけてこられたのは……
あなたがいつも、気にかけてくれて、支えて、くれて……たから
……あなたがいてくれたから、だ、から……。私こ、そ……」
(だいすき……。だいすき、だよ)
ことばにならなかった。
このひとと出逢えて、よかった。
さっきまでくだらないことで悩んでいたじぶんは、いつのまにか消しとんでいた。
(もう、なんでもいい。あなたがいる……。それだけで……)
胸がいっぱいで、耐え切れず零れた熱いものが頬をとめどなく伝っていく。
そんな私の耳にさらに届く。
「……そんなの、僕だって! 僕のほうだ……! 」
潤んでぼやけきった視界を必死に見開く。
からみあう視線。無意識にあふれでた想いを口にしていた。
「「ありがとう……」」
「ふっ……」
「ふふ……」
微笑み、抱きしめあう。
すごく、どきどきする。けど、それはとても心地のよい、穏やかなもので……。
しあわせなきもちで、こころがみたされていく。
(……あたたかい……)
* * *
このうでのなかに、彼女がいる。
しあわせ、だ。しあわせ、すぎる。
(……もう、いいじゃあないか。はっきりいってしまおう。
中途半端でも、意味がなくても、いいじゃあないか。
このきもちを今、伝えたい。……それだけで)
「仁美さん……」
自分の胸にかおをうずめている、愛しきひとにささやく。
「……僕のすきなひとは……
ほかのだれでもない……」
「……あなただ」
「……」
「……? あれ? 」
(なんか……)
あまりになさすぎなその反応に、確信めいたある予感を胸に恐る恐る訊ねる。
「あ、あの……仁美さん? 」
「すー、すー……」
「……やっぱり。寝てるし……。またかよ……」
すやすやと、安心しきったかおで。
(前にもこんなこと、あったような……。はぁ……)
デジャヴと脱力感が全身を包む。
(あー、もう、なんだよ。ひとがせっかく意を決して……)
「というか、なんで寝るかな……この状況で……」
と、届きもしない恨み言を呟きながら、はたと気づく。
彼女のことだ。どうせ、ここにきてからほとんど眠っていなかったのだろう。
敵を警戒するため、僕を護るため。気を張りつめて……ずっと。
そして、僕の眼がちゃんと治るのか、彼女も……ほんとうは不安だったのかもしれない。
やっと、安心して、気が緩んだのだろう。
(まったく、しかたがないな……)
「心配かけて、ごめん。
……お疲れさま。……おやすみ」
気づかれないよう、そっと、おでこにキスをする。
「ふにゃ……」
ゆるみきったかおで、しあわせそうなほほえみを浮かべ眠る彼女。
(……あー、もう……かわいいな……)
それをながめているだけで、しあわせなきもちがあふれてくる。
(……)
が、しかし同時に……少しずつ、ふつふつとその延長線上にある、べつのきもちも湧いてくるのを感じる。
困ったものだ。愛しさと比例して増加するくせに、それとは矛盾した性質をもつ、この欲求。
(……って、ちょっとまて……! もしかして……)
そして、とんでもないことに気づく。
(……あ、朝まで……この、まま……? )
ふたりきり、ベットの上、眠るすきなひとを抱きしめたまま、一晩中、なにもせず、堪えろ……?
(うわぁあぁーー!
なんだ、その難易度・地獄のミッションは!! 無理ゲーだろ、そんなの! 拷問か!? )
……やはり、今夜はながい夜に、なるようだ。
「……」
鳥のさえずりとともに、カーテンの隙間から朝日がさしてきた。
長かった。しかし、堪えた。僕は、こんどこそ、己に勝ったのだ。
彼女が身じろぐたび、うわごとのようなこえをあげるたび、へんなところに目がついいってしまい……、幾度となく押し寄せてくる衝動に寄りきられそうになりながらも、堪えきったのだ。
さすがのあの好角家も感嘆の言葉を発してくれるに違いない。
この僕の……手に汗握る、土俵際の駆け引きに。
ぶっちゃけ、キスぐらいしてしまえ。それぐらい、もう、許されるだろう……
とは思ったが、やめた。
そんなことしたら、それだけで終わるはずがない。それは自明の理だ。
そう思い、ひたすら素数を数えて耐えた。我ながらたいした自制心だと思う。
自分で自分をほめてやりたい。
……だって誰にも言えやしない。こんなこと。
だいたいなんなんだ。いくらなんでも無防備すぎるだろう。
いつか、こんなに我慢させたぶん、必ず……
「……おぼえとけよ……」
無邪気なかおをして眠る彼女にむけて、そう誓うのだった。
はい! 引っ張ったくせに案の定のオチですね。え? わかってた?
御詫びにもなりませんが、次回更新は早め予定です。今回短いし……すみません!
土俵際の駆け引き……手に汗握るよなぁッ!!
↑大好きです。EOHでも燃えたーッ!!
でも、花京院の特殊DHAが承太郎とのこれのみってのがなぁ……せめてポルナレフとさぁ……Jガイル戦とかあるんだしさぁ……って、こんなとこでぼやくなよ……
もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?
-
そのまま4部にクルセイダース達突入
-
花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
-
花京院の息子と娘が三部にトリップする話
-
花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
-
読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!