私の生まれた理由   作:hi-nya

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あなた……なら、かまわない

「……い。わ……した」

 

(……誰かの、話す、声がする……)

 

 

「ハッ! 」

 

 意識が、覚醒する。

 しかし、普段通りの目覚めの瞬間とはかけ離れたそれが僕を襲った。

 

(真っ暗だ。……何も、みえない。いや、目が、開かない……? )

 

 困惑の中、まだぼんやりとする頭で必死に思考を巡らせ、思い出す。

 

(ああ、そうか。僕は……あのスタンド使いに、目を、やられたんだった)

 

「……」

 

(今は? 朝……なのか? それとも……? )

 

(ここは……どこだ……? )

 

(……わから、ない、なにも……)

 

 闇が、自分に迫ってくる。そんな感覚に押しつぶされそうになる。

 

 

「……花京院くん 」

 

 

 そこへ、声が、ふってきた。一筋の光が指すように。

 

「仁美、さん……? 」

 

「……うん。おはよう」

 

 おだやかで、あたたかな。

 

「おはよう、ございます」

「気分はどう? 気持ち悪いとか、そういうの、ない? 」

「……はい。だいじょうぶ、です」

 

 身体の調子を確認しつつ、それを伝えつつ……ゆっくりと、起き上がる。

 

「よかった」という安堵の声とともに、彼女は僕の頭に渦巻いていた疑問の解答を述べてくれた。

 

「ここは、アスワンの病院だよ。

 昨日あれからここに着いて、今は翌朝の、7時すぎ」

 

 まるで、実はテレパスなんじゃあないかと疑うくらい的確に。

 ……肝心なことにはてんで鈍感なくせに。

 

 そんなふうに不思議におもっていると、シャッとカーテンを開ける音。同時に太陽の光が降り注ぐ感覚を肌に受けた。

 

「今日も、いい天気だよ」

「ええ、そうみたい、ですね。

 日差しを、……ぬくもりを、感じる」

「……そっか」

 

 彼女がふっと微笑んだ……ような気がする。みえないけれど。きっと、そうだ。

 

(昨日、あれから……ずっと、ついていてくれたのだろうか)

 

 よく考えたら、この場にいるのは彼女だけなのだろうか? それすらもよくわからない。

 

「他の皆は? 」

「街のホテルに泊まっているよ。あとで来ると思う」

「そうなんですか」

「あ、そうそう。さっき看護師さんから連絡があって、財団の派遣してくれた眼の専門のお医者さんが到着したから、今から診てくださるって」

「! わかりました……」

 

(そう、か。……僕の目は……。

 もしかしたら……、このままずっと……)

 

 つい、再び薄暗い闇に囚われてしまいそうになる。そのときだった。

 

「はっ! 」

 

「……寒くない? 」

 

 彼女がふわりとショールのようなものをかけてくれた。心地よいやわらかさに包まれる。

 

「……は、はい」

「あれ? もしかしてむしろ暑い? 」

「いえ。ちょうど、いいです」

「そう? また寒かったり暑かったりしたらおしえてね」

 

 そんなやり取りの中、室内にノックの音が響く。誰かが入ってくる気配とともに、聞いたことのない声がした。

 

「失礼するよ。遅くなって、すまないね。

 ……患者は、君か。

 傷以外の体調はどうだい? 」

「はい、それはなんとも」

「そうか。では傷の方をみせてもらうよ。包帯を外す……が、目は閉じたままだ。いいね? 」

「はい」

 

 診察を受ける。

 

「……ふむ」

 

 拍子抜けするほどあっさりとそれは終わったようで、再び僕の目には包帯が巻かれる。

 

「終わったよ。君の眼は……」

「……」

「…っ! 」

 

 固唾を吞んで答えを待つ。

 傍らで見守ってくれている彼女もどうやら同じようだ。

 

「……大丈夫だ。幸い切れたのはまぶたと眼球の一部。瞳に傷はついていない。

 切り傷がふさがれば、元通りだ」

 

「っ! ほ……」

「ほ、ほんとうですか!!ほんとうに!?

 彼の目は……ちゃんとみえるように、なるんですね!? 」

 

 僕が言葉を発そうとする前に彼女に先を越された。めずらしくすごい勢いでドクター詰め寄っているようだ。

 

「あ、ああ、大丈夫だよ。安心したまえ。」

「ほんとうですか! ……よ、よかった! ……よかった……」

「仁美さん……」

 

 声をつまらせる。なきむしなこのひとは、きっとまた……。

 じわりと胸の中、いっぱいひろがる。

 

「……ええと、それで、退院まで、何日くらいかかりそうでしょうか? 」

 

 その想いを噛みしめながらも抑えつつ、僕は、ドクターに問う。

 

「一週間、といったところかな。

 安静にすればするほど早い。とにかく、動かさない。これに尽きる」

 

(一週間……)

 

 脳内で行われる瞬時の計算。

 

 あのとき聞いた、ホリィさんの命の期限は、2週間。

 きっとDIOの奴と対峙するのも……

 

(ぎり、ぎり、間に合うかどうか、ぐらいか……)

 

「……今は考えないで、しっかり治そう。ね? 」

 

「はっ!」

 

 またも心を読まれてしまう。そして、それに賛同する声が医師からももたらされる。

 

「その通り。焦りは禁物だ。ゆっくり傷を癒しなさい。いいね。」

「……はい」

 

 大人しく返事をする僕。それ以上は何も言われず、医師の注意の対象は隣の彼女に移る。

 さりげない爆弾とともに。

 

「わかっているようだけれども、奥さんも。くれぐれも彼に無理をさせないように。よろしくね」

 

「へっ!? お、奥さっ!? わ、私のことッ?!

 わ、私は、そ、そのッ! ち、ちがうんです! 」

「そ、そうです。僕たちは……」

 

 僕たちの否定をまったく意に介さず、あっさりと流す医師。

 

「……そうなのかい? まぁいい。どうせ似たようなもんだろう?

 ではまた明日。消毒と傷の様子を診に来るから。

 しっかり食べて、抗生物質はちゃんと服用しておいてね」

「「あっ、ありがとうございました。」」

 

 そうしてドクターは去り、部屋にはなんともいえない空気が漂う。

 

「な、なんか、ごめんね……」

「いや、その、こちらこそ……」

 

「じ、じゃあ、私、ジョースターさんに電話してくるね! 」

「は、はい、お願いします」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「おお! そうか! それはよかったのー! 」

「はい、本当に! 」

「ご苦労さん。今からわしらもそっちに向かう。またあとでの」

「はい! 」

 

 先程もたらされた朗報。失明を免れた、ということをはじめとする彼の怪我についての医師の診断や治癒の見込みをジョースターさんに伝え、電話を切り、彼の病室に戻る。

 

 

(……セシリア、お疲れさま)

 

 部屋に入る前に忍ばせておいたセシリアを戻す。今のところ異常はないようだ。

 

「おかえりなさい」

 

 ドアを開けるやいなや、向けられる微笑みとひとこと。

 

「……た、ただいま」

 

 そういうのじゃあないなんてわかっているのに、こんな些細なことについ意識してどきどきしてしまう。さっきの先生のあのとんでもない単語のせいだ、なんて責任転嫁をしつつ、それを悟られないように誤魔化すべく、いう。

 

「今からみんな来るって。目のこと伝えたら安心してたよ」

 

 すると、うつむき、彼はこんなことをいう

 

「そうか。皆にも、迷惑をかけてしまった。申し訳ないな……」

 

「……。今……なんと? 」

 

 聞き捨てならない(半ば予想通りでもあったが)その台詞についピクリと反応してしまう。

 

「え? 皆に謝らないとなって……」

 

 どうやらまったくの無自覚のようだ。……これも予想通りだけれども。

 ちょうどいい機会なので、そっくりそのままお返しをすることにする。

 

「……私たちは、あなたが怪我をして、迷惑だと、謝ってほしいと……?

 そんな風に、あなたは思っているわけですか。そうですか」

 

「あ……! 」

「ふふ……いつかの仕返し! 」

「ふっ……。

 そうか。……そうでしたね」

「そうだよ! もう。 謝るだなんて……

 ……私たちを、みくびらないでいただきたい! 」

「それも僕の真似ですか?

 に、似てない……! ぷっ! ふ、ふはははは! 」

「えぇー? けっこう自信あったのになぁ……。……ふふっ! 」

 

 

 

 そこへ再びノックの音が響く。

 

「おはようございます。朝御飯ですよ」

 

 看護師さんが朝食を持ってきてくれたようだ。

 トレーを置き、私をみると、

 

「あ、大丈夫ですね。ではまた終わった頃に下げにきますね」

「え? 」

 

 何が大丈夫なのか、私はさっぱりわかっていなかった。

 

「わぁ、美味しそうだよ」

「ええ、いい匂いですね」

 

「……」

「……」

 

 暫時のあと、ようやく気付く。

 

(あ! そ、そっか! そりゃあ、そうだよね……)

 

 手探りでなんとかしようとしている彼。

 

(無理だよ……ど、どうしよう……)

 

 それこそお嫁さん……はおろか、恋人でもない自分が、はたしてそんなことをしてもいいものか。勇気がでない。

 

(今からでも看護師さんを呼ぶほうがいいのかな……? いや、でも……! )

 

――あいつはきっと、遠慮……――

 

 昨晩のジョースターさんの言葉が頭に響く。

 おまえは何のためにここにいるんだ、という己からの叱咤とともに。

 

 意を決し、震える手をスプーンへと伸ばす。

 

「あの、じゃあ、その、……はい」

「え? 」

 

「……口、開けて? 」

「 っ!は、はい……」

 

(こ、これはッ……! )

 

「……」

 

(……わぁーッッ!! )

 

 表面的には無言であるが、其の実、私の心中はまさにもはやてんやわんやの大騒ぎだった。

 

(……は、恥ずかしい……とてつもなくッ!! )

 

「……」

 

(い、意識するからダメなんだよね。そ、そうだ。うん)

 

「……」

 

(……無理)

 

「え、えっと、次はどれがいい?メニューはね……」

「では、……で」

 

(恥ずかしい……けど、なんか……)

 

「おいしい? 」

「……はい、とても……」

 

(……うれしい、かも)

 

 じわりと、胸によろこびが広がる。

 

(しかも、どうしよ……なんだか、可愛……。ハッ!なんてことを! )

 

「……」

 

(……恋人でも、奥さんでも、ないけど……。今だけ、ゆるしてね)

 

 

 

「あとはデザートだよ。プリン。今食べる? 」

「はい」

「じゃあ、はい、あー……」

 

 瞬間、悲劇は起こる。

 

「よおー!花京院! おまえ、よかったなぁ! 」

 

 彼の口とともに、ドアが開いた。そしてよく知る陽気な男性の声が響く。

 

「……あッ! 」

「あ……ッ……」

 

 部屋の時が、止まった。

 

「……。すまん。邪魔したな」

「わぁー! 」

「ち、ちがうんです! ま、まって、ポルナレフさんーッ! 」

 

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「しかし、本当によかったなぁ! 失明せずにすんで」

「まったくだ。安心したよ。」

 

 ポルナレフとアヴドゥルさんの声。

 

「ええ、幸い瞳のところを切られたわけではなかったらしいからね。

 数日したら包帯もとれる。

 そうしたらすぐ、君たちのあとを追うよ」

「ああ」

 

(間に合わせる……必ず! )

 

 

 そんな僕の決意をよそにポルナレフがいう。

 

「あれ? そういえばイギーは? 」

「え? あいつも来てるのかい? 病院に犬って……」

 

「勝手についてきたんだ。車に飛び乗ってきてな」とアヴドゥルさん。そこに承太郎が答える。

 

「犬なら中庭だ。子供のおやつ奪って泣かしてんの見たぜ」

「……なんてやつじゃ。承太郎、おまえも見たなら止めろよ……」

 

 孫のあまりの傍観者っぷりを祖父が嘆く。

 

 すると、犬と聞いて我慢できなくなったのか、そわそわとした口調で仁美さんがいう。

 

「……イギーさんって? 犬? 犬がいるんですか? 」

 

 説明するアヴドゥルさん。

 

「ああ、そうか。君は初対面のあのとき眠っていたんだったな。

 新しい仲間……といっていいのかわからんが……助っ人だ。人じゃあないが。

 スタンド使いの犬だよ。

 しかし、助っ人になりえるのか……性格に、難がありすぎるんだがね」

 

 昔、イギーを捕獲したのはアヴドゥルさんらしいが、そのときの苦労はいかばかりか。

 今のセリフにも重みがあった。

 

「っていうか、おまえ、気づいてなかったのかよ……」

「車に乗ってただろ……。

 しかも昨日の闘いの時、おれがどうやって空飛んでたのかとか疑問に思わなかったのかよ……」

 

 ポルナレフと承太郎があきれたような声を出す。

 それに対しやっぱりとぼけた返答をする彼女。

 

「……え? あっ! あれがイギーさんのスタンドなんだ……。

 い、いや、なんか新しい能力なのかなーって。

 スタープラチナって、その気になれば空ぐらい飛べそうだし……」

「んなわけあるか……」

 

 天然は修行後も相変わらずのようだ。

 まぁ、スタープラチナがなんでもできそう、というのはわからなくはないが。

 

 そんな彼女にアヴドゥルさんが助け舟を出す。

 

「まあまあ。それだけ必死だったんだよな! 」

「あ、そっか! そうだな。それどころじゃなかったもんな! おまえ」

「そうじゃなぁ。にしし。」

 

「? 」

 

(うん、そりゃあ、そうだよな。戦闘中だし。集中しているだろう)

 

「う……あ、あの、じゃあ、私、イギーさんに挨拶してきますっ!! 」

 

 しかし、彼女からはあわてふためいたような声が出る。なぜだか、この場から逃げ出そうとしているようだ。

 

「それならこれを持っていきなさい。」

 

 そんな彼女に、シュッとアヴドゥルさんが物を投げる音がした。

 

「コーヒーガム。イギーの好物だ」

「そうなんですか。ありがとうございます。いってきます! 」

 

 

 

 パタパタと彼女の足音が遠ざかっていく。

 それとともにポルナレフやジョースターさんが思い出すかのように口々にいう。

 

「でもすごかったな。あいつ。あのとき」

「ああ。一晩でなぁ。見違えた」

「そうなんですか!? あれから、どうなったんですか?! 」

「ああ……」

 

 そして、僕が攻撃を受けたあとの戦闘の概要を皆が教えてくれた。

 

「……と、いうわけだ」

「素晴らしいスタンドさばきだった。美しかったよ」

「そう、か。それは、見たかったな……」

 

(そんなに……強く、なったんだな……)

 

 いいことなのに。嬉しいはずなのに……

 なぜか、胸中に一抹の寂しさを感じている自分が居た。

 知らない間に起こった彼女の変化に戸惑っているのだろうか。

 

 そんな複雑な想いを馳せていると、ポルナレフがまたいつもの調子でいう。

 

「べつに、またいつでも見れるだろー」

「……ああ。そうだな」

 

 今はなんだかこいつの軽口が心地よかった。

 

「しかも聴覚に頼っているという敵の弱点を的確に突いてな」

「うむ。見事じゃったわい。

 孫の成長を見ているようで、じじいは感激してしもうたわ」

「ほんと、冴えっ冴えで……すげー怒ってるのに冷えっ冷えだったもんな……」

「ああ。ぶちきれていた」

 

「そ、そうなのかい? どうして……そんな…… 」

 

「……」

 

 そこで、全員が急に黙る。

 

「どうしたもこうしたも……」

「……え? 」

 

「おまえの目がやられたからに決まってんだろーがっ!」

 

 ポルナレフにヘッドロックをかまされる。

 

「 !ああ、そ、そうか……。そうなのか……」

 

 いわれて、ふと思い当たる。

 

(そういえば、以前彼女が真に怒っているのを見たのは、アヴドゥルさんが倒れたときだったっけ……)

 

「……そうだな。彼女はそういうひとだ。

 仲間が傷つけられるのを、なによりも嫌う……」

 

「……」

 

 再び、すこしの沈黙。そして、あきれたような声が次々とあがる。

 

「ああ、まぁ、うん、そうじゃよ。そうなんだが……」

「こいつ、わかってねぇよ……。しんじらんねー! 」

「もうほっとけ……」

「なんと! 麗しい! 青春だな! がははははは! 」

「え? なに? なんだよ! おい、どういう意味だ!? ねぇ? 」

 

 結局その後何度問うも、みんなはそれに答えてはくれなかった。

 

 

 そんな中、珍しいことに、承太郎が驚いたような声を出す。

 

「うおッ……! ……ムツゴロウさんか、あいつは……」

 

 続いてポルナレフ。

 

「なになに? 中庭になにかあんの? ……って、うわ! うそだろ!?

 イギーが、保乃の膝で寝てるー! 」

 

 どやどやと窓とおぼしき方向に詰め寄る残る大人たち。続々と驚きの声をあげる。

 

「な、なにぃ! 」

「ほ、ほんとうだ! 」

 

 僕もおもわず叫ぶ。

 

「な、なんだと!? 膝ぁ!? うらやまけしからんっ! あの、犬ー! 」

 

 すると承太郎からまたもあきれた声が聞こえてくる。

 

「……そっちかよ。……おまえだって乗ってただろ……」

「は?」

「ここに来るまでの車で、おまえ、あいつの膝枕で寝てたんだぜ」

「な、なんだってぇ! そーいえば、やたらやわらかかった……!

 し、しまった! ほとんどおぼえていないっ!

 くそっ! もったいないことをッ! 」

 

 悔やむ僕にポルナレフがいう。

 

「この、むっつりめ……」

「はぁ!? 失礼だな! 僕は非常にはっきりしているッ!! 」

「またもやそこかよ……。開き直んなよ……」

 

 そんな僕たちにむけられる、大人ふたりの呟き。

 

「ふふ……いつもどおり、ですね」

「ふっ! ああ。そうじゃな」

 

 

 

 

 

「さて、名残惜しいが……そろそろ我々は出発せねばならん」

「……はい」

 

「花京院、また君と合流する日を楽しみにしている……

 が、焦らず、しっかりと傷をなおすんじゃぞ」

「はい」

 

「くれぐれも無理しないように。気を付けてな」

「はい。ありがとうございます、アヴドゥルさん。そちらも気を付けて……」

 

「ついでにスケベなところも治してもらいな! けけけ! 」

「うるさい。だったらまず誰よりも入院すべきはおまえだ、ポルナレフ」

「へへ、じょーだんだよ。……またな」

「フッ。またな」

 

「……じゃーな。……早いとこ治して、戻ってきな」

「……ああ」

 

「よし、では、お大事にな」

「はい」

 

 

 

「……いって、しまったか。」

 

 とうに閉まってしまったドアに向け、独り、呟く。

 

 信頼している、大切な仲間たち。そして……。

 

(……離れてしまう前に、なにか言葉を交わしたかった、な。

 ……って、そんなに長い間、離れるわけでもないじゃあないか……)

 

 不思議なものだ。出逢ってまだ、たかだか1ヶ月ほどなのに。

 それだけ、自分の中で彼女の存在が大きくなっているということなのか。

 

(もっと、気を付けろとか、無理するなとか、念を押しておけばよかった。

 みんなと一緒なのだから、そんなに心配することも、ない……か。でも……)

 

「……」

 

 そばにいられない我が身を、もどかしく思う。

 よく考えたら、今朝の礼すら、言いそびれてしまったことに気づく。

 

「ふふ……、後悔ばかりだな」

 

 すべては怪我なんかをしてしまった自分が悪いのだ。

 自嘲めいて笑う。そのときだった。

 

「ただいまー! 」

 

「……。……は? 」

「イギー先輩、かわいいね! いや、カッコいいって言わないと、また怒られちゃうか! 」  

 

「……はぁーーーッ!?」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「へへ! 今頃あいつ、たまげてるぜ! 」

「ったく、しょーがないやつじゃ……」

「いつもの仕返しだよ! 」

「まぁ、面白いからすべてよし! にしし」

「はぁーあ、でもいいなぁ、あいつ。

 オレもすきな女の子にアーンとかされてみてーよぉ! 」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「……な、なんで? 」

 

(ただいまって、どういうことだ? みんなと一緒にいったのではないのか……? )

 

「え? どうしたの? 」

 

 首を傾げ、きょとんと丸い瞳をこちらにむけているであろう台詞を僕にいう彼女に重ねて問う。

 

「そちらこそ、どうして……? 忘れ物ですか? 」

「あれ? もしかして、ジョースターさんから聞いてない……?

 私、ここに残ることになったんだけど……」

「は!? な、なぜ? 」

 

「……護衛じゃ! ジョースター一行で唯一の遠隔操作型スタンド使いを葬り去るチャンス……

 それを敵が見逃すわけがない! ……だそうです」

 

 またも似てない物真似を披露する彼女。

 最近の彼女の中の流行りなのか。が、やはりちっとも似ていない。

 

「あと、見えないあいだ不便だろうから、身の回りの手伝いと、無理しないように監視も頼む。

 ……だって」

「そ、そんな! 僕は……大丈夫ですよ! 」

「……。……やっぱり……めいわく、かな……? 」

 

 瞬時に彼女の声のトーンがさがる。

 

(ハッ! い、いかん! 明らかにしゅんとしているッ! )

 

 見えなくてもわかる。つい、僕は叫んでいた。

 

「そんなはずない! うれしいに決まって……っ! あ……」

「! ほ、ほんとに……? 」

「う、あ……、は、はい」

「よかった! じゃあ! なんでも! なんでも遠慮なくいってね! 」

「……」

 

(……なんでそっちが、そんなに……うれしそうなんだよ……)

 

 

 

 

 

「……わかりました。では、まず……。いろいろ教えてもらいたいんですが」

「はい! なんでしょう? 」

 

 気を取り直してそう告げると、大変元気な良い返事が返ってくる。

 それにまた戸惑いを感じつつ、訊ねる。

 

「こ、この部屋って、個室ですか? 構造が知りたいんですが」

「そうだよ。個室。ジョースターさんがさすがの太っ腹で、一番いい個室にしてくれたみたい。

 今花京院くんがいるベットがあって。その右背中側に窓。

 左背中側に棚があるのでそこに荷物置いてます。あ、でも何かいるときは教えて。取るから」

「はい」

「右手側、もう少し行くと洗面台、そのとなりにトイレがあります。

 わお、水洗じゃん!ってポルナレフさんが羨ましがってた」

「あの、トイレフェチめ……。しかし部屋の中にトイレあるんですね」

「ふふ、しかもシャワーまであるんだよ。すごいよね! 」

「へぇ。本当にいい部屋なんですね……。なんか申し訳ないな」

「ちなみに位置はトイレ、洗面台の対面にあるよ」

「ふむふむ」

「あと出入口はそこから右手にずっといったところで、あ、あと中央にソファーとテーブルがあります。……ごめんね、こんなのじゃあわかりにくいよね」 

「いえ。充分です。今度は、実際歩いてみるので。できれば解説をお願いします」

「了解。って、あぶなくない? 」

「大丈夫ですよ」

 

 立ち上がる僕。

 

「……じゃあ、手かして」

「だ、だいじょうぶですって……! 」

「ダメ! 怪我したら意味ないでしょう!? いいから! 」

「は、はい……」

 

 またも珍しい強めの口調とともに手を取られ、肩に乗せられる。

 

「はい、じゃあ気を付けてね。ゆっくりだよ! 」

 

 部屋の中を歩き回って、実際の位置や物のありかを確認していく。

 

「……ありがとうございました。これでこの部屋についてはだいたい把握しました」

「ほ、ほんとに?! もうおぼえちゃったの? 」

「やってみましょうか? 」

 

 そういって立ち上がり、洗面台にむかい、手を洗ってみせる。

 

「ほ、ほんとだ……できてる」

「さすがに細かいことは無理ですけどね。これくらいなら」

「すごいなぁ。あ! でもダメだよ! 無理したら! 」

 

(ふぅ……)

 

 密かに心からの安堵とともに溜息を洩らす。

 

(よかった……。トイレが習得できたのは大きい……。

 ……手伝ってもらえって……できるか!

 まったく、ジョースターさんめ……! )

 

 恨み節をこの場にいない人に向ける。

 

「……」

 

(……ありがとうございます)

 

 素直な感謝のきもちとともに。

 

 

 

 

 

 休憩とおやつがてらに、といって、みんなが持ってきてくれたオレンジを彼女が剥いてくれた。

 甘酸っぱくておいしい。

 

「それにしても、すごかったそうじゃあないですか」

 

 食べながら僕は昨日の戦闘について、尋ねてみることにした。

 

「? なにが? 」

「昨日の闘いで、目を見張る活躍だったんでしょう? 修行の成果ですね」

「そ、そんなことないよ! 」

「殺気を感じとって防ぐ……方法を身に付けた、と聞きましたが」

「うん。『殺意の波動』……口で言うのは難しいんだけど。なんかぞわっとする感じ……? 」

「ぞわっと……ですか」

 

 わかるような、わからんような……。彼女は続けた。

 

「しかもまだ全然完全じゃなくて……練習中」

「まぁ、そんなすごいことが一朝一夕でできるほうがすごいんですから」

 

 さらに、嬉しそうに報告してくれる。

 

「あ、そうだ! あのね! セシリアもほんとはいろいろできるんだって! 形かえたり……」

「ええ、それもききました。……とうとう、気づいてしまったのですね」

「え? どういうこと? 知ってたの? 」

 

 彼女が怪訝な声を発する。

 僕は、迷っていた。

 

(でも、こうなったら、もう話したほうがよいか……)

 

「いえ、なんとなく……そういうことも本当は可能なのだろうなと」

「な! なんで?! だったら教えてくれたら……」

「言ったでしょう? 他のことに使うってことは、あなた自身を護る機能はその間失われるわけですよ。危険が増してしまう。だから言わなかったんです」

「あ…… 」

「これからも……ほんとはあまり使ってほしくない。正直」

「……」

「とはいえ、知ったからには使ってしまうでしょう? あなたは……」

「う……」

「だから……『約束』、覚えてます?」

 

「……『誰かを護るのは、自分を護ってからにしてください』……? 」

 

「そのとおり。

 なによりもまず自身の安全を確立したうえで、にしてくださいよ。

 絶対。いいですか? 」

「……うん。わかった」

 

 それだけではなかった。実は密かにずっと考えていたことがあったのだ。

 

「そう、約束してくれるなら……。……やってみたいことがあるんですが」

「? なに? 」

「……、っていうRPG、やったことあります? 」

「もちろん! エンディングも全部みたもん! ……あっ! 」

「やってみませんか? ……『連携技』」

 

 

 そんなわけで、いろいろやってみることに。

 もともと互いにゲームや小説が好きなだけはある。ポンポンとアイデアが出てくる。

 それを話し合うのは想像以上に楽しかった。

 

「ふぅ……。まぁ、あとは実戦でってところですかね」

「そうだね! でも私はやっぱり基本的に練習が足りないなぁ……自主トレしよ」

「……前からおもってましたが、あなたって、考え方が意外と体育会系ですよね……」

 

「あっ! もう夕方!? 」

 

 そんなことをしていたら、いつのまにか日が傾く時間になっていたらしい。彼女がいう。

 

「せっかくだし、ゆっくりしてもらおうと思ったのに……全然してない!

 なんか訓練めいたことばっかり……」

「フッ、まぁ、いいんじゃないですか。けっこうのんびりしましたよ。僕は」

 

 

 

 

 

 夕食……本日三度目のうれしくも恥ずかしい時間が終わったのち、のんびりと彼女が淹れてくれたコーヒーを飲む。

 

「ごめんね、インスタントしかなくて……」

「いや、これはこれで僕は好きなんですよ」

 

「……ちがう飲み物と認識しているから、でしょう? 」

 

「おお、なぜわかったんですか? 」

「父が、言ってた。父さんも好きなの。珈琲」

「へー、そうなんですか。でもあなたはカフェオレ派ですよね」

「そう。……牛乳入れる派です。ブラックも飲めるけど、飲んでて楽しいのはカフェオレかな……。あ、今わかってないと思ってるでしょ?」

「いや、そんなことは……ありますけど」

「やっぱり! 通のひとはすぐにそう言うんだから……」

「いえいえ。いいんですよ。好みなんだから。好きなように飲んだら。

 ただ僕は何でもかんでもミルクを入れたら、せっかくの香りやコクがぼんやりしてしまってわかんなくなるじゃないか、と考えているだけです。もちろんカフェオレに合うものにはいいと思いますけどね」

 

 持論を述べる、と、こんな台詞が返ってくる。

 

「ほーら、すぐそうやって馬鹿にする……。やっぱり父さんと一緒」

「う……そうなんですか?」

「そうだよー。よく母さんをそうやってからかってる……。

 なんかほんと、ちょっと似てる! 」

 

 そういってカップを片付けに行く彼女。

 

 ……よく聞く。

 

 娘は父と似た男を選ぶ、と……。

 

 まあ、このひとはそんなこと自覚なくいっているのだろうが。

 

(しかし、そうなると、いつか挨拶におうかがいする際には自分と対決するわけか……。

 ……って、また、なにを考えているのか僕は。

 どんだけ先の話だよ……いや、それ以前の問題だろ……)

 

 

 

 

 

「さて、あとはどうする?

 シャワー……はさすがに無理……というか傷にさわるからダメだよね」

 

 我ながら、見えないくせに器用に歯磨きをし終えた僕に、彼女がいう。

 

「そうですね」

「でも日中暑かったし、タオルで拭くくらいはしたいよね? 看護師さんにもらってくるね」

「はい、ありがとうございます」

 

 戻ってきた彼女からほかほかとした蒸しタオルが渡される。

 

「はい、どうぞ。」

 

「……」

「……」

 

「……あの、そ、そこに居られると、やりづらいんですが……」

「はっ! あっ、そ、そうだよね! ご、ごめん!! 」

 

 そうして彼女の気配が遠のく。と、思いきや再び声をかけられる。

 

「ついでに着替えるよね。着替え、ここ……ここね。わかるかな? 置くね」

「あ、はい。ここですね。わかりました。ありがとうございます」

「……じゃあその間に、私もシャワー浴びてきてもいいかな? 」

「ええ、もちろん」

 

 そうして僕は服を脱ぎ身体を拭く。

 彼女の方はというと、なにやらごそごそしているようだった。

 

 ……が、そのあと、なんとも艶かしい音が聞こえてきた。

 

 ファスナーを下げる音、衣擦れの音、脱いだ服を置く音まで。

 

 慌てて声をあげる。

 

「ッ!? ちょっ、ちょっと待った!

 も、もしかして、もしかしてですが、あなたそこで着替えてません!? 」

「!? なっ! なんで!? もしかして見えてる!? 」

 

 あちらからも焦った声が返ってくる。

 

「そ、そんなわけないでしょう! 音! 音で……」

 

 懸命の弁解にあっさりとほっとしたような返事が返ってくる。

 

「そ、そうだよね。見えてないよね……よかった! 」

 

「はぁー!?」

 

(ちっともよくない! いいわけあるか! )

 

 そんな僕をよそに、準備を終えた彼女はシャワー室へ移動したようだ。水音が聞こえてくる。

 

(このっ……! ……このひとほんとに、全然、わかってない! 男というものを! うぉぁー! )

 

 最近やたら続いた眼福……水浴びやら透けていたりやら、生足やら……。

 今思えば、やはりそれらはこの目に降りかかる災難の予兆だったわけだが……。

 

 おかげで、リアルに現在の様子が想像できてしまう。

 いや、むしろ音だけというのがより妄想を掻き立てる……。

 しかも、視覚が遮られているせいか、音がやたらクリアに聴こえる……気がする。

 

(これ、は……このままでは、いかん……)

 

 なんだこの生き地獄……いや天国。非常にまずい。

 このままではもっとまずいことをしでかしてしまうことは確実だ。

 

 見えないが。……したこともないが。できてしまえる、そんな自信があった。なんてことだ。

 

(うおあぁあー! 誰か! 誰か僕をとめてくれ! )

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「はぁーあ、あいつら今頃とうとうヤってんのかなぁ……いいなぁ」

「おまえ、そればっかだな……」

「おいおい、見えないのに……それはないだろう。

 こないだ、わたしがあれだけお膳立てしてやったのに意味をなさなかったんだから……チッ」

「アヴドゥル……おぬし、いつのまにそんなことを……」

「えー、でも、あいつが主導でがんばりゃ……いけるんじゃね!?」

「……無理だろ……。……いや、花京院が教えりゃいけるか……。

 でもあいつも初めてだしな……ふーむ」

「やべ! いいなぁ、初体験が病院で、年上の彼女がたどたどしくリードして、とか……

 そそるなぁ……! 」

「わしゃ、ナースさんのコスプレがええのう……」

「おい! じじい! ……気が、合うな……! 」

 

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 僕は助けを呼んだ……しかし、仲間はもうここにはいない。

 いや、たとえいたとしても、まったく役に立たない。そんな気がした。今すごくした。

 

(あああああ……! どうしたら……! )

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「……じゃあその間に、私もシャワー浴びてきてもいいかな? 」

「ええ、もちろん」

 

 彼の清拭中、目のやりばに困った私はそうすることにした。

 

(ええと、自分のパジャマと着替え……とタオルか。あとお風呂セット)

 

 この部屋、シャワーがついてはいるが、実は簡素なもので、脱衣場がついているわけではない。

 しかたがないので、部屋の中央。ソファーのところで着替えることにする。

 

「……」

 

 服に手をかけながらふと思う。

 

(見えていないとはいえ……。すきなひとの前で脱ぐって……。しかも相手も半裸……。

 ……なんかいけないことしてるみたい……。父さん、母さん、ごめんなさい……。

 って、そんな風に考えるのがまずいんだって! もう! )

 

 そんなやましい考えを必死に打ち消していると、後ろから声がとんでくる。

 

「ッ!? ちょっ、ちょっと待った!

 も、もしかして、もしかしてですが、あなたそこで着替えてません!? 」

 

(う、嘘!? )

 

 慌てて隠し、叫ぶ。

 

「なっ! なんで!? もしかして見えてる!? 」

「そ、そんなわけないでしょう! 音! 音で……」

「そ、そうだよね。見えてないよね……よかった! 」

 

(びっくりした……実は見えてるのかと思った……ならいいや)

 

 シャワーの前に移動し、蛇口をひねる。

 焦って体温が急激に上がったからだを冷ますように水を浴びる。少しぬるめでちょうどいい。

 

(……だいたい……こんなの……見てもねぇ。

 ……あ、もう一回見られたんだっけ……あぁあああ……! )

 

 先日の泉での苦い経験を思い出し、悶える。しかし過去は変えられない。

 全身を順番に洗いながら、胸にさしかかったところで思う。

 

(やっぱり……男のひとって、みんな大きい方が好き、だよね……。

 ……花京院くんも……そうなのかな……。そりゃそうだよね。はぁ……)

 

(うちの家系、みんな貧乳らしいもんなぁ……そんなとこまで代々伝わんなくても……。

 ……今からでも努力したらなんとかなるんだろうか……。努力って、何……? )

 

 

 

「ごめんね。自分だけ」

「いえ……」

 

 シャワーと着替えを終え、ベッド上に佇む彼に声をかける。

 心なしか焦燥したようなその様子に首を傾げつつ。

 

「あれ? なんか疲れてない? なにかあった? 」

「……いいえ。まったく。僕もさっぱりしましたよ」

「? そう? あ」

 

 そして、ばっちりお召し替えも完了している……かと思いきや、あることに気づく。

 

「ボタンかけ違えてるよ。ちょっとまって……」

 

 さすがに完璧とまではいかなかったようだ。

 逆になんだか微笑ましくてほっとする。

 

 そばに寄り、手を伸ばす。そこでさらに気づく。

 

(こ、これは! は、はずかしいッ! )

 

 彼のパジャマのボタンを外していく……。

 

(ちょっ! なんか、これ、私、脱がしてるみたいじゃない……!? )

 

 ひとつ外すたび、ちらちらと、厚い胸板や腹筋がみえてしまう。

 

(わぁああ!? どうしよ、見えちゃった! 見ちゃった! ご、ごめんなさい! )

 

 今なら、かの魔術師様のスタンドに負けないのではないか……そんな業火を顔から出しつつ、正しい位置で今度はボタンをとめていく。

 

 あっちは見えてなくて本当によかった……そう思いながら。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 すぐそばに、彼女の、気配。

 

(こ、これは! は、はずかしいッ! )

 

 胸元に手がのびてきて、ボタンがゆっくりと外されていく……感覚。

 

(うっ……)

 

 間接的に触れられている、この何ともいえないくすぐったい感じ。

 そして、それがひとつひとつ外れるたび、揺らぎ、感じる。シャンプーの香り。

 

(……この腕を、少し、伸ばせば……)

 

 抱き寄せ、とじ込めてしまいたくなる衝動を必死に抑える。

 僕の脳内ではまたも理性と本能の戦争が始まった。

 

(だ、ダメだ! 堪えろ!! いかん! ダメだって!! うぉぁああ!! )

 

 ……結果から言うと、理性がかろうじて、辛勝を収めた。

 

「も、も、もう、あとは自分で! 自分でできますから! 」

「ハッ! そ、そうだよね! 軌道にのればもう大丈夫だよね! 」

 

「……」

「……」

 

「も、もう寝ましょうか」

「そ、そうだね! そうしましょう」

 

「……って、あなた、どこで寝るんですか? 」

 

 まさかこの隣に……そんなわけはさすがにないか。

 

「え? そこの、……ソファー」

「……そんなとこじゃなくても、この病院、仮眠室とかあるんじゃあ…… 」

 

 僕が言いかけるとぴしゃりという。

 

「……駄目。夜中に刺客がくるかもしれない」

 

「……ッ!?」

 

 さっきとはうって変わって発された静かで厳かな声。

 どきりとしてしまう。

 いったいなんなのか、このギャップは……。

 

「そ、それはそうですが……」

「だいじょうぶ! けっこう寝心地よさそうだよ! 毛布もあるし。じゃ、おやすみー! 」

「お、おやすみなさい」

 

 

 

 しかし、自ら提案したものの、眠れる気などまったくしなかった。

 昨日今日で、思いも寄らない怒涛の展開……心安らかに受け入れろという方が無理だろう。

 

 本拠地エジプト上陸。新たな強敵達の存在の発覚。旅の制限時間の再確認。

 

 ……この、目のこと。

 

 極めつけに、こんなときにこんなところで、彼女と……ふたりきりで。

 

(いや、だから、そんなふうに考えるのがいかんのだろう……

 このひとは目の見えない僕を護るためにここに残ってくれているのだから。

 ほんとうにけしからんな……我ながら)

 

 頭に浮かぶ。

 

(……『護衛』、か……)

 

「仁美さん、……もう、寝てしまいましたか? 」

 

 ふっとおもったその瞬間、僕は声をかけていた。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「……もう、寝てしまいましたか? 」

 

「ううん。起きているよ」

 

 ベッドから聞こえてきた彼の声に返事をする。

 

「……『セシリア』って、もともと、僕らが出逢った日の守護聖人じゃあないですか」

「うん、師匠が言ってたね」

「知ってます? 他にも……

 目の見えない人を守護する聖女でもあるんですって」

「あ……」

「ふふ、今の状況にぴったりなのかなぁ……なんて、ね」

 

「……」

 

 思い出す。

 

 あの人……たしか、ンドゥール、といっただろうか。

 

 苦悶の声を。

 

 自分の中に、確かに存在した。

 どす黒く、膨らんでいた……。

 

 殺意を。

 

 後悔など、していない。

 そうだ。……かまわない。厭わない。

 

 ただ……、隠したくはなかった。このひとに。

 そんなじぶんを。

 

 誤解されるほうが、嫌だった。

 ……例え、軽蔑されてしまうとしても。

 

「……そうなんだ。

 じゃあ、この名前、返さなきゃ、いけないなぁ……」

「は? どうして? 」

 

「昨日の敵の……あの人ね、目が不自由な人だったの」

「……そう、なんですか……。それで、あんなに聴覚が……」

 

「あの人のことを、私は、……殺めようとした」

 

「……」

 

「盲目の人を守護する聖人……『セシリア』、かぁ。

 ……私、本体失格だもの。そんなの。

 だいたい、『女教皇』……聖女様だなんて、笑っちゃうよ。

 私、そんな綺麗な心、持ってなんかいない」

 

(でも……。それでも、いい。なんだって、かまわない。……私は……)

 

 

「……。すみません。すこしこっちにきてもらって、いいですか? 」

「? うん。……どうしたの? 」

 

 何事かと立ち上がり、ベッドサイドにむかう。

 

「手、貸してください。」

「え? 」

「いいから」

「……? はい」

 

 彼が差し出したてのひらのうえに、自分のものを重ねる。

 

「……ハイエロファント」

 

 透きとおるような声音で相棒をよぶ、彼。

 

 まっくらな部屋のなか、きらきらとひかる、きれいなて。

 

 私のてのうえにそっとのせられる。

 

「……」

「花京院くん……? 」

 

「……かわっていない」

 

「……え……? 」

 

「あのときのままだ。出逢ったときと、おなじ。

 あなたの心は……あたたかくて、やさしい……」

 

「……そんなこと……ないよ。」

 

 やさしい、のはあなただ。

 わたしなんかじゃあない。

 

「僕の、ハイエロファントは……触れればすべてわかる。疑うんですか? 」

「う……」

 

「……むり、しなくていい」

 

「あ……」

 

「いや、そうさせてしまったのは……。

 ……ごめん」

 

「っ! ……ちがう! いいの! 私は……ッ! 」

 

(護りたいの……!

 ただ、それだけなの!)

 

「……。かわっていない……というのは間違いか」

 

「……え?」

 

「本質はなにも。……でも、……つよく、なりましたね」

 

「美しく、まっすぐに、かがやいている。まえよりも、もっと。

 みえないけれど……いや、みえないから、よけいに……かな。……感じる」

 

「そのままでも、いい。むりしなくていい」

 

「でも、かわったっていいんだ。

 どちらだって、かまわない。

 だって、かわらないから。あなたは」

 

「……っ! 」

 

 ああ、どうしよう、やっぱり……

 

「……ふふ、ふふふふふ……! むずかしいこと、いうなぁ……」

「そうかな? かんたんなことだとおもうけど」

 

 ほんとうに、このひとは……

 

「……ありがとう」

「……なんのことやら」

 

「ふふ……ううん」

「フッ……」

 

「おやすみなさい」

「ええ。……おやすみなさい」

 

 

もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?

  • そのまま4部にクルセイダース達突入
  • 花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
  • 花京院の息子と娘が三部にトリップする話
  • 花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
  • 読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!

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