酒はのんでものまれるな! 未成年は飲んじゃ駄目、ゼッタイ!
ここはペルシャ湾を渡るフェリーの中。翌日にはサウジアラビアに到着する予定である。
夕食を取り終え、各々に割り当てられた部屋でシャワーも浴び、あとは寝るだけ。
そのはずだったのだが、ふと、喉の渇きを覚える。
(確か食堂に自販機があったな)
そう思い立ち、僕は財布を持って、部屋を出る。
(そういえば同室である承太郎はどこにいったのだろうか……)
などとぼんやり考えながらドアを開けたところで、よく知った顔とばったりであう。
「あ、花京院くん」
「仁美さん。どうしたんですか? 」
「なんか喉渇いちゃったから、飲み物買いにいこうと思って」
「奇遇ですね。僕もです。ではご一緒してもいいですか? 」
「うん、もちろん! 」
「うーん、味の濃いめな食べ物が多いからかな……。やたら喉渇くんだよね」
「そうですね。浸透圧が上がっちゃうんでしょう」
「なるほど。細胞自体が水を欲しちゃうわけね」
「そうそう。それがセンサーの役割をして……ん? あれは……」
たわいもない話をしながらふたりで食堂に向かうと、さらに見知った顔を見つける。
「よお! おまえら! いい夜だな! なははー! 」
「はっぴー、うれぴー、よろぴくねー!! 」
「「なははははー! 」」
「「う……」」
「酒臭いなぁ……」
「すっかりできあがって……」
どうやら酒盛りの真っ最中らしい。大人二人でと、思いきや……
「なぁ? これしきで。弱ええよなぁ……」
「って、承太郎君もいるし! 」
「未成年だろう……君……」
「かてぇこというんじゃねぇよ。日本じゃねえんだぜ。ここは」
「そりゃあそうだけど」
「そういう問題じゃないだろう……」
国は関係ない。声をそろえてつっこみをいれる。
「おまえらもちょっと付き合えよー! 」
「「遠慮しておきます」」
またもそろって丁重に断りを入れる。
「はぁ! てめぇら、オレの酒が飲めないってーのかよ」
「酔っ払いに関わるとロクなことがない。さ、いきましょう」
これ以上からまれる前に退散するのが吉だ。
……そんなのは、わかりきっている、はず、だったのに……。
「またまたー! そんなこと言ってー!
花京院おまえさん、自分、飲めないからなんじゃないのかぁー?
うちの承太郎と違ってよぉー! 」
「ッ! そんなことはないッ! 」
聞き捨てならないことを言われ、つい、反応してしまう。
「うししー!悔しかったら飲んでみろー!
まぁ、まだまだお子ちゃまのおまえさんには無理かのぅ! 」
「……今、なんと……? 」
「あッ! ちょっ!? だ、ダメだよ! そんなやっすい挑発にのっちゃあ! 」
「……だいじょうぶです。これぐらい……! 」
彼女の制止を振り切り、目の前にある、なみなみと酒の注がれたグラスを一気にあおる。
「おおー! おまえすげぇじゃねーか! ささ、もう一杯いけー! 」
* * *
なんだかんだ、結局酒盛りに参加する羽目になった私たち……というか、花京院くん。
かなりのペースでグラスを空にし、そのたび注がれるお酒を律儀に飲み干していた。なんとも彼らしいといえばそうだが、なにもこんなところでまで生真面目さを発揮しないでいただきたい。
転がっている空瓶を一本手にとりラベルをみる。あまり詳しくない……というか未成年の私ですら知っているこのお酒は……。
ひとり涼しい顔で杯を傾けている、未成年なのにやたらと詳しそうな人に聞いてみる。
「ねぇ、承太郎君。これってたしか、ものすごく強いお酒なんじゃあ……? 」
「ライター、貸してやろうか? 飲んだら、たぶん息で火が吹けるぜ」
「……」
「……もう一杯……」
「お、おい、そろそろやめとけ……」
「だいじょうぶらって、言っているらろう……よこせよ……」
いいかげんまずいと思ったのか、さすがのジョースターさんも止める。が、聞かないようだ。
もはや呂律がまわっていない。これ以上は本気で命にかかわる気がする。たまらず私も必死で止める。
「ちょっと! もうやめといたほうがいいよ! 」
「ひとみさん……? 」
「ね?もう部屋に帰ろ……? 」
どうにか、説得を試みた。……つもりだったのだが。
「……あなたまで……」
「え……? 」
どうやら様子がおかしい。
「……あなたまで、そんなことを、いうんれすか……!? 」
なんだか私は逆に、彼の中のなにかの引き金、をひいてしまったようだった。
しゅる……
「!? 」
ゆっくりと彼の背後から美しくうごめくものが現れる。
きらきら……と、なんか気のせいか、いつもより、……ぬらぬら、した、ものが……。
「は、ハイエロファント……!? 」
(……相変わらず綺麗だなー……とかおもってる場合じゃない、よね? これは……)
おもわず現実逃避をしたくなってしまったがそうもいかないようだ。
「……」
するするする……
(触手……じゃあなくて、ハイエロファントの脚が変化しているものなんだから、正確には『触脚』だよね。……はは……)
またもそれどころではないがおもわず……以下略。もう逃げ出したい。
しかしまわりこまれた! ……とはまさにこのことか。長く伸びた触脚はこちらにむかってきて、うねうねと私のまわりを取り囲む。
「や、やめっ! し、正気に戻って! 」
しかし、嘆願する私の声はむなしく響くだけだった。
完全にいつもとちがう、妖しい光を帯びた彼の瞳に射抜かれる。
「……いけないこだね。そんなこには……」
「……?! 」
「おしおきだよ……! 」
「……きゃーーっっ!! 」
「ひゃっ! あはははは! や、やめて! く、くすぐった……あはははは! 」
ハイエロファントが私の服の中を這いずり回る。しかも手足に絡みつかれて身動きがとれない。
「……じぶんがわるいと、みとめますか……?
そんなときは……どうしたら、いいのかな? 」
「ふぁっ! あっ、はははは!
やっ! やめて! し、しぬ! 死んじゃうー! ご、ごめんなさい! 」
――死ぬかと思ったわい――
笑い死に……先日の敵スタンド使い『
まさに地獄……。くすぐったがりなのでなおさらなのか。自分の体質を恨む。
そもそも、なんで私が謝らねばならないのか……一瞬頭をかすめたが、そんなことはもうどうでもよかった。この地獄から解放されるなら、私の誇りなど安いものだ。
「……」
謝罪が効いたのか、攻撃(? )が止んだ。
しかし、ホッとしたのも束の間、この閻魔様、そんな生易しくはなかったようで……。
「おや……? なんですか、それは……」
「……へ……? 」
さらなる、とんでもない要求を突き付けてきた。
「……ごめんなさい、ご主人様……でしょう? 」
「はぁーー!? 」
(な! ななな、なにを?! そ、そんなこと言えな……)
「……」
躊躇っている私にまたものびる、魔の手。
にゅる……
「ひ、ひゃ! はぅ! わ、わかったからっ! やめっ……! 」
「……ふふ……ふふふ……」
天使のような悪魔の微笑みを浮かべ、私をみおろす彼。逆に怖い。
腹をくくり、叫ぶ。
「ご、ごめんなさいー! ご主人様ぁー! 」
「ふふふ……よく、できました」
「へにゃ……」
そうして私は解放された。脱力感でその場にへたり込む。
(……終わった……
なんだろう……いろんなものを失ってしまった気もするけれど……
とりあえず終わった……)
しかし、それはやっぱり甘い私の思い違いだったようだ。
「……。いいこだ……。ごほうびをあげなきゃあね……」
「は!? 」
「……よっと」
「ひゃん!? 」
ご主人様……じゃあなかった……彼はまたもとんでもないことをつぶやくと、まだうまくからだに力が入らない私を軽々と抱えあげる。
「つづきは、部屋でゆっくり、ね。……じっくり可愛がってあげるからね」
「!? ちょっ! な! なにゆって! え、えええええーー!! 」
(あわわわわ!! なにこれ!? ど、どうしよう! どうしよ! なんでこんなことに!? )
怒涛の展開に頭がついていかない。私はお酒なんて一滴も飲んでいないはずなのに。
「では、失礼」
そんな私をよそに、みんなににこやかに挨拶をする彼。
「わわ! ま、まって!」
(こ、これってやっぱり、そ、そーゆーことかな?! だよね?! そーだよね?! ま、まずいって! そ、そりゃ、すきだよ。私はこのひとのこと、すきだけど……でも、や、やっぱり……)
「ふふ、いこうか」
「……ダメーー!! 」
ゴン!
「ぐぁ……! 」
「はぁ、はぁ……。ごめんね……」
相棒を、すきなひとにぶつけるためにとばす。……まさかこんな風に使う日がこようとは。
崩れ落ちる彼と、もはや放心状態の私。
「終わりだな。よっと……じゃあ、連れて帰るか」
そこへ承太郎君が近寄ってきて、気を失った彼を肩に担ぐ。
「よろしく……って、ちょっと! 見てないでもっと早くとめてよ! 」
抗議の声をあげる私に対し、にやりと楽しそうな笑みを浮かべる。
「とめる? ……そんな必要あったか?
『ダメ! 』ねぇ……『嫌! 』じゃあなくてな。ククク……」
「はっ……! 」
「じゃあな」
「うぅー……」
「ブラボー! 」
「ひゅう! いいぞぉ! 」
「……」
そうだった。傍観者は承太郎君だけではなかった。というか、そもそも……
「それにしても、面白……いや、ひどい男じゃなぁ! 」
「普段、真面目なやつほどっていうけど、ほんとなんだなー!
よかったじゃねーか! 本性がわかって! ギャハハハハ!! 」
「……もとはといえば……」
ゴゴゴゴゴ……
「「はっ! 」」
「ふたりが悪いんでしょー!! 」
ゴスッ! ガン!
「「ぐはぁ!! 」」
「……」
『元凶』を成敗したのち、ふらふらと部屋に戻る。
(あぁ、つかれた……なんて目に……)
ベッドに倒れ込み、先程の惨劇を思い返す。
(……でも、いつもの、が、もちろん、いいんだけど……)
ごろりと寝返りをうち、かかえた枕をぎゅっと抱きしめる。
(……あんな、花京院くんも、かっこいい……とか、おもっ…!?
ま、まだ、ど、どきどきしてるし!
なんで?! どうしよう……私、変態なのかな?
しかも、なんか承太郎君に見抜かれてる気がするし! )
(……あー! もう、お嫁にいけないーッッ!! )
* * *
「う……あ、頭が痛い……」
「よぉ、起きたか」
「承太郎? ここは……? 僕は、一体……? 」
たしか、うっかり挑発に乗って酒を飲んで、それから……? 記憶がない。
「覚えてねぇのか? ……ククク、見ものだったぜ……」
「は? 」
(見もの? なにが……? なんかしたのか? 僕は……)
意味がわからない僕に対し、承太郎は続けてとんでもないことをいう。
「……ハイエロファント、やっぱり便利だな。変態プレイに」
「はぁー!? な、なにをしたんだ! 僕!? ちょっ! 教えてくれよ!! 」
「くくく、おれの口からはとても言えねぇ……あいつ本人に聞きな」
「なッ!? なんだってぇーー! 」
(彼女にッ!? 変態……ッッ!? )
衝撃的すぎるワードに頭が真っ白になる。
(ま、まさか、彼女にあんなことやこんなことを?! )
「……う、うそだろぉー! 」
* * *
結局ろくに眠れず朝を迎えた。
昨日の余波も相まって、激しい倦怠感に襲われる。
(いたたた……しかもなにこれ? 筋肉痛? そりゃそうか……)
なんだかいろんなところが痛い。あれだけ身をよじったのだ。普段出番のない筋肉が悲鳴をあげるのは致し方ない気がする。
もぞもぞと起き上がり、けだるいからだをひきずりお風呂場に向かう。
熱いお湯を頭から浴びると、しだいに意識がはっきりしてきた。
(……よく考えたら、今日どんな顔して会えば……って、そっか。
私が気にしちゃったら、その方がまずいか……
あっちは酔っぱらっていたわけだし、……なかったことにしよう。
うん。無礼講だよ。無礼講。なんかちがう気もするけど……)
心の方針も決まった。身支度を整え、朝食をとるため食堂にむかうべく部屋のドアをあける。
と、なんとそこには、彼が……いた。
「あ、……おっ、お、おはよ……う……」
気にすまい、そうはおもえど、無理でした。
……おもわず心で一句詠んでしまった。
だいたい片想いの相手にあんなことをされて、翌朝平気でいられる人がいたらお目にかかりたいものだ。
(いや、それでも! がんばらねば! がんばれ、私! )
「……すみませんでしたっ! 」
そんな私の心の葛藤をよそに、彼はいきなり深々と頭を下げてきた。
「え!? 」
「昨晩、とんでもないことをしたみたいで……! 」
「い、いや、あの、頭上げて?
私こそセシリアおもいっきりぶつけちゃったし……だいじょうぶ? 」
「……? お、怒っていないんですか……? 」
(へ……? 怒る……? )
彼に対してそんな感情を一切持ち合わせていなかったが、よく考えたらそれが正常な反応な気もする。私の場合、とある感情にさえぎられてか、まったく浮かばなかったけれど……
(ハッ! いけない、ば、ばれちゃう!? )
「え?! だ、だって、そもそもの原因はあの二人でしょう! ちゃんとおしおきしといたから! 」
うん、そうだ。だからです。自分にも言い聞かせるように彼に伝える。
すると、他にもっと気になることがあるようで、彼はその点についてはそれ以上触れずにこういった。
「はぁ。あの、それでその、僕はあなたに、一体、なにを……? 」
「え!? お、覚えてないの?! 」
「はい……。承太郎も、ハイエロファントを、へん……、い、いや、その……、悪用したとしか、教えてくれず……。あとはあなたに聞けと」
「はぁ?! 」
(あ、あのQ太郎、他人ごとだと思って……!! 私からなんて、余計言えないってーの! )
昨晩のめずらしく楽しそうな姿を思い出す。
今もきっとこの状況を作りだして、密かにほくそ笑んでいるに違いない。
「い、いや、もういいよ、忘れてて……」
世の中、知らない方がいいこともあると思う。ほんとうに。
「そ、そういうわけには! お願いですから! 教えて下さい! 」
しかし、彼に引きさがる気配はなかった。
しかたがない。考えに考えた末、私は重い口を開く。
「じゃあ、……その、……」
「ごくり……」
「……くすぐり、地獄」
「……は?」
「だからー! ハイエロファントに縛られて、全身くすぐられたの! 」
「……へ? ……それだけですか? 」
「そ、それだけってなに!? 私、死ぬかと思ったんだよ! 」
「そ、そうですよね。すみません……」
「……」
「……はい、そうです。……ご主人様……」
「は? 」
「い、いや、なんでもない! なんでもないッ!! 」
(厳密には、『それだけ』ではないけど……言えるかー!! )
「そ、そうか……僕はてっきり……」
「? ……てっきり? 」
「……」
「……」
「な、なんでもないです! なんでも!! ほ、本当にすみませんでした! で、では」
そういうと、彼はそそくさと部屋へと戻って行ってしまった。
* * *
部屋へと逃げるようにとび込んだ僕。
(そうか、よかった。もっとまずいことをしでかしたのかと思ったが……)
彼女の言葉を思い出す。
(……くすぐった、だけか。全身、縛っ、て……? ……)
「…よく考えたら…それだけでも…十分、まずいって!!
あぁ、なぜ僕は覚えていないッ! 惜しいことを……」
「……じゃないってぇー! あぁ、もう、お酒、怖い……」
もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?
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読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!