私の生まれた理由   作:hi-nya

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『正義』戦です。今回若干の下ネタ在りです。要注意です。すみません。


MOTEL

「うー……」

 

 時計を見る。

 そわそわと落ち着かない。

 

 パキスタン山地の街の病院に私が担ぎ込まれてから、一夜が明けた。

 今日はアンちゃんを見送ってから、次の目的地にむけて出発するとのこと。

 その前に彼が迎えに来てくれるといっていた。

 

(もうすぐ、かなぁ……)

 

 そぞろな意識でいっこうにページが進まなくなってしまった、読みかけの小説を閉じバッグにしまう。

 やたらと早く目が覚めてしまったため、すでに準備は万端……なはず。

 が、また不安になり、壁にかかっている鏡で確認してみる。

 そこに映し出される、じぶんのすがた。

 

(……変じゃあない……だろうか……)

 

 そんなに何度ながめても、鏡なんて所詮光の反射なのだ。実像以上のものが映し出されはしない……そんなことはわかっていた。

 しかし、たとえ悪足掻きでも、すきなひとの目に映る自分は、すこしでも可愛くありたい……と。そんな乙女心が、生まれて初めてわかってしまった。

 睡眠最重要視……朝起きて30分足らずで家をとび出る生活を送っていた自分の中にも、ちゃんといっぱしの、こんな女の子らしい感情がうずまっていたとは……なんともむずがゆい感覚がする。

 

(……絆創膏が、情けない。

 そして、やっぱり、目が、腫れているよね……。あぁ、さっさと冷やしとけばよかった……)

 

 昨日泣きすぎた代償である。しかたがないというものだが。

 

(はっ! ああーっ!!)

 

 そしてそれをきっかけにまたおもいだしてしまった。あの……

 

(わ、私、よく考えたらなんてことを……!)

 

 胸にかおをうずめて、あんなに泣いて……

 

(は、鼻水つけちゃったりしてないよね!? あぁあぁぁ……)

 

 恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいになる。

 

(でも……)

 

 やさしく包んで、あやすようにあたまをなでてくれていた。あのあたたかい感触。

 おもいだすだけで、また胸が高鳴ってきてしまう。

 

(ふぁあ!? ど、どうしよう……!)

 

 こんなことでは実物の前では一体どうなってしまうのやら。

 そもそも浮かれるのもほどほどにしておかねば。敵がまた迫っている可能性だって高いのだ。

 

(……公私混同はいけない。きっちりけじめをつけなきゃ!)

 

 気をひきしめるべく、キッと鏡の中の自分をみつめ直す。

 

 

「……なに百面相しているんですか?」

 

「きゃぁあぁー!」

 

 瞬間、不意打ちまがいにきこえてきたそのこえに、ついけったいな悲鳴をあげてしまう。。

 

「うわぁ! な、なんですか?! そんなに驚かないでくださいよ……。」

「か、花京院きゅ……っ!?」

 

 振り返ると、そこには『実物』が心外極まりない……そんな面持ちで立っていた。

 そして……噛んだ。

 

「だ、だって! 急に……」

「いや、開いてたから。急にって……一応ノックはしたんですが」

 

 ドアを指さしながら、いう。

 

「あ、ああ、ほんとだ……。」

 

 たしかに間抜けにも開けっ放しだ。そういえば、さっき空気の入れ替えをしてからそのままだった。

 しかし、一体いつからみられてしまっていたのか……は考えないことにした。消えてなくなりたくなりそうなので。

 

「相変わらず不用心なんだから……まったく」

「はい……気をつけます……」

「はい、素直でよろしい……のはいつものことか。頼みますよ、ほんとに」

 

 なんていって微笑む彼。

 

「っ! ええと、……おはよう」

「ああ……おはようございます。って、なんともいまさらですね。ふっ……」

 

 再び存在感を主張してきた心臓の音を誤魔化そうと、よく考えたらまだしていなかった挨拶などをしてみた。

 ……また笑われてしまって逆効果だったけれど。

 

「で……どうですか? 体の調子は」

「あ、うん。だいじょうぶだよ」

 

 事実だった。全身痛くない、といったら嘘になりそうだが、骨折には至らなかったことが幸いしたのか体調的にはすこぶる良好であった。個人的極まりない、他の問題はあれど……。

 さらに幸いなことにそんなことは露知らず、な様子で心配症な彼はさらに訊ねてくれる。

 

「足は?」

「歩くくらいならなんともないよ。走るのはまだやめといた方がいいかもしれないけど」

「ええ? 昨日の今日で? ほんとですか?」

「ほんとだって。前にもいったでしょ? 結構丈夫なんだって、私。

 あれから例のおまじないもしたし……」

「ああ、あれか。あれ、捻挫にも効くんですか?」

「うん。鰯の頭にもなんとやらってやつじゃあないかな?」

「ふーん。まぁ、回復が早いのはいいことですが……。

 無理しないで、つらいときはちゃんと教えてくださいね」

「うん。……ありがと」

「……いえ」

 

「……あ」

 

 つらかったこと、といわれ、はたと、おもいだす。

 

「ん? なんかあるんですか?」

「い、いや、そんな、たいしたことじゃ……」

「いいから!」

 

 勢いに押され、答える。

 

「あ、あの、ええとね……シャワーが、つらかった、かな」

 

 朝、先生の許可が下りたので、シャワー室をお借りしたのだ。

 非常に気持ちよかった、のだが……。

 

「……お湯が、もう、擦り傷にしみてしみて! ちょっとした苦行だったよー。って、それだけ。

 ね? たいしたことないでしょ? ……あれ?」

 

「あ、ああ……そ、そうですか。……そうですよね、……そうか……」

 

 すると、なぜかうつむいてなにやらぶつぶつと呟く彼。

 

「? どうしたの?」

「な、なんでもないです!

 で、では少し早いですが、ぼちぼち行きましょうか。

 足に負担を掛けたくないし。準備はできていますか?」

「うん」

 

 そうして当然の如く、さりげなく荷物を持とうとしてくれる彼。

 

「あ! だいじょうぶだよ!自分で……」

「もう、また……。なに言っているんですか。

 それじゃあ僕が来た意味ないじゃないですか。

 これくらい軽いものです。

 ……そもそもは、あなた自身をはこぶつもりで来ていたんだから……ね?」

 

「ぐっ……。」

 

 瞬間、顔が熱くなる。

 その視線に……しぐさに……ことばに……

 彼にしてみればなんでもない、ちょっとしたことなのだろうが、こちらとしてはいちいち一大事だ。

 

(……もう……、ほんとに……このひとは……)

 

 この短時間に何度ドキドキさせれば気が済むのか。こっちの気も知らずに……こまったひとだ。

 まぁ知られても困るのだけれども。

 

 お世話になったお医者さん、看護師さんたちにお礼を伝えたのち、車へと移動する。

 

 昨日からずっと、普段通り話せるだろうか……とか、おもっていたが、そんな不安は杞憂に終わった。

 彼との会話は、いつものように……たのしくてしかたがなかった。

 おもえばはじめからこうだった。元来口下手であがり症で人見知りなじぶんが……不思議なものだ。

 終始この調子で、幾度となく心臓を壊されかけたことはいうまでもないけれど。

 

 

 *         *          *

 

 

「はい、これ、日本の私の住所!」

「これ、あたしの!」

 

 彼女を迎えに行ったのち、空港へ移動。

 僕らはふたり、皆を代表して、故郷に戻る少女を見送りにやってきた。

 住所交換をしたり、時間まで名残を惜しむ彼女たちを微笑ましくみる。それにしても、いつのまにか、すっかり仲良くなったものだ。おもえば道中、よくふたりでこそこそと話していた。まぁ女の子同士の秘密の話……というやつなのだろう。……気になってなどいない。

 

「……手紙、書くね! そっちもちょうだいね! うふふ、いい報告、待ってるから!」

「うん。旅が無事終わったら報告するね!」

 

 またも含みを込めたいい方をするアンちゃん。必殺の天然で華麗にスルーされているようだが。

 

「ちっがーう! もう……。花京院さん、ちょっと!」

 

 そして、なぜか指名を受ける、僕。

 

「なんだい?」

「彼女……、びっくりするくらいにぶいんだから。

 はっきりズバッと言わなきゃ、いつまでたっても伝わんないよ」

「……なにを、かな?僕にはさっぱり、意味がわからないね。」

 

 負けじと柳の如し微笑みで流す。

 

「……もぉぉ!なんなの、このふたりー!!

 いつのまにかすっかり仲なおりしてるしさ。アホらし……。

 ……もう、泣かせたりしちゃ、ダメだよ!」

「フッ……ご心配なく」

 

 無論いわれるまでもない。本人にも昨日宣言済みである。

 が、しかし、こまったことに、ひとつ、僕は気づいていた。

 彼女の……わらったかおをみるのがすきだ。……それはもちろんそうなのだが。

 

 なきがおも、こう、けっこう、……すきだったりするかもしれないことを。

 

 いや、違う……すきというのは語弊があるかもしれない。

 

 伏せられた目に、濡れそぼった睫毛……その隙間にみえる大きな瞳……

 そこからこぼれた白い頬をつたう涙の筋が美しく、輝いていて……

 

 すごく、きれいだと、おもった。

 

 そして、涙のあとの、あの笑顔がまた、ひとしお、というやつで……。

 

 ……念のためいっておくが、そういう意味合いでいっているわけではない。

 くどいようだが造形的に、だ。

 

 あくまで、彼女は仲間……友人なのだから。

 

 友人のなきがおをみてよろこぶって……なんだそれは……。

 我ながら人としてどうなのか……と思わなくもないが……知らん。

 

 

「……ところで、承太郎は……?」

「うーん、連れてきたかったんだけど……ごめんね……。」

 

 ――おれは忙しいんだよ。学ランの受け取りもあるしな――

 

 とかなんとかいって、やつは結局どこかへ行ってしまった。

 まぁ、こちらも友人として弁護するなら照れ臭いのだろう。あいつのことだ。

 アンちゃんも、残念そうながら、そのあたりはちゃんとわかっているようだ。

 伊達に彼に恋をしているわけではない、ということか。

 

「そっか……でもその方が、承太郎っぽいもんね。

 じゃあ、伝えといて!」

 

 

 

 

 

「『お母さん、助けられるように祈ってる! がんばれ!! いろいろありがとう!!』ってさ」

「フン……」

 

 そうして、元気に旅立って行った少女を見送ったのち、仲間たちの待つ車に合流。

 僕達も次の目的地にむけて走り出した。

 預かっていた言葉を伝えるも、そっけない態度で帽子をかぶり直す承太郎。

 

 しかし、予想通りだった。

 あとから聞いたら、この男は飛び立つ機体を離れたところからちゃんと見送っていたらしい。

 

「あれ? 承太郎君、もしかして……ちょっと、寂しい?」

「うるせーな。ねーよ」

「「……ふふ……」」

 

 わかりにくい男のわかりやすい態度に、おもわず彼女とふたり、かおを見合わせて笑ってしまう。

 

「チッ、うっとーしいやつらだ……」

 

 そして昨日からの疑問をぶつけられる。

 

「おい、花京院、あれ、聞いたのか?」

「あぁ。保乃宮さん、さっきの話ですけど、もう一回、いいですか?」

「ああ、さっきの話? うん。信じてもらえるかわかんないけど……」

 

 彼女は話し始めた。耳を疑うような事実を。

 

「あのとき、なんか、夢みたいなのを、みていて……。

 承太郎君が燃えそうになってたから、いけない! って思ってセシリアに御願いしたんだけど……」

 

「……まじか……」

「はい。私も、まさか現実に起こっていたことだとは……」

 

 僕は先程すでに驚き済みであったので別として、初耳の他の仲間たちは皆それを隠せないようだった。

 

「まだ、セシリアには僕らの知らない能力が、あるのかもしれないですね」

 と、感想を口にする。それに対しお気楽な調子で、しかしある意味もっともなことをいうポルナレフ。

 

「まあ、偶然でもなんでも、よかったんじゃね? 燃えなくて」

「まぁな。助かったぜ」

 

 そんな承太郎に彼女はいう。

 

「今回は、制服は助けられなかったけどね」

「フン……」

 

 

 

「かなり霧が濃くなってきたな……。運転は大丈夫か? ポルナレフ?」

 

 本日もひたすら山岳地帯をひた走る。

 しかし、正午を過ぎたあたりから、生憎の悪天候である。周囲を霧に包まれ、視界はかなり悪くなっていた。

 

「うーん、ちょっと危ないかな……なにせこの道幅で、ガードレールもない。

 ちょっと間違えば崖の下に真っ逆さまだからなぁ……」

「仕方ない、まだ時間は早いが……次の町で早めに今日は宿をとるとしよう」

 

 ここで無理をして事故でも起こし、また車を失ってしまえば、より時間をロスしてしまうことになる。着実に先に進むために、安全策をとることになった。

 

 

「なかなか大きな町じゃねぇか」

 

 そうしてたどり着いた町は、霧のために全貌があまりはっきりしないが、レンガ造りの建物が整然と立ち並んでおり、山間の町にしては栄えている……そんな印象だった。

 

「とりあえずホテルを探すか」

「あそこの人に聞いてみようぜ」

 

 ポルナレフが壁にもたれて座り込んでいる一人に目をつけ、声をかける。

 

「おっさん、すまねーがホテルをさがしてるんだがよ……」

 

 が、しかし、そこで異常に気付いた彼女が言う。

 

「ぽ、ポルナレフさん! そ、その人……!」

 

「なにィ! し、死んでいるッ!」

 

 その男性は、既にこと切れていた。その顔に恐怖の表情を浮かべたまま。

 全員で駆け寄り、注視する。

 

「拳銃を握っている……しかも発砲したばかりみたいだ……」

「しかし、ざっとみたところ傷もなにもないぜ……どういうことだ……?」

 

 とりあえず、こういう時にまずすべきこと……と思い、通りすがった女性に向けて叫ぶ。

 

「おい、そこの人! 人が死んでいる……警察に通報を!」

 

「はぁ……なんでしょうか……」

 

 しかし、その反応は思いがけず……鈍いものだった。

 戸惑いつつも、隣にいた彼女も強めの口調で言う。

 

「い、いや、だから! 人が死んでいるんです!!」

「はぁ……それで? わたしになにを……?」

「警察を呼べと言っているんだ!」

「……はいはい……警察ですね……」

 

 そうして無表情のまま、ふらふらと通りのむこうに歩いていってしまった。

 その様子を、ふたりで呆然と見やる。

 

 それはその女性だけの話ではなかった。

 通行人はいるのだ。幾人も。

 しかし、その中で、こちらを少しでも気に留めるものは、誰ひとりとしていなかった。

 

「な、なに……? この町の人たちは? 人が死んだというのにいくらなんでも無関心すぎない?」

「ええ……しかも銃も発砲されているというのに。誰も気づかないのか……?」

「なにかおかしいよ……。霧も……ますます濃くなってきたみたい……」

「うす気味悪いな……」

 

 深い霧はすでに町全体をすっぽりと覆っていた。

 不穏な空気が充満する中、承太郎が、死体の前でしゃがみ込みながらいう。

 

「じじい、やはり気になる……もう少しこの死体、調べようぜ」

「あ、ああ」

 

 死体を検分し始めてからまもなく、ジョースターさんが気づく。

 

「……あっ! 傷だ! 喉に丸い穴があるぞッ! これが死因か……?」

「しかし、なぜ血が流れ出ていないんだ?

 こんな深くでけー穴があいているなら、大量に血はでるぜ。普通ならよ」

 

 承太郎がもっともな疑問を口にする。

 

「とにかく、もう少し調べてみよう」

 

 男性の荷物から、この人がインドからの旅人であることなどがわかった。

 が、それどころではない事実が判明する。

 

「なッ! こいつ……体中に……!」

 

 傷をよく見ようと、ジョースターさんが上着を脱がせると、驚くべきことに男性の上半身には、直系15cmくらいだろうか……数え切れないほどの黒い穴が開けられていた。

 

「うげっ!ボコボコじゃねーか! トムとジェリーのマンガに出てくるチーズみてーに!」

「それにどの穴からも一滴も血が出ておらん!」

「どういう殺され方なんだ!? どんな意味があるのだ!?」

 

 その疑問の答えはなくとも、全員の頭に浮かぶ。

 

(追手、か……)

 

 こんな芸当、できまい。……スタンド使い以外には。

 

「気をつけろ……とにかく、これで新手の敵が近くにいるという可能性がでかくなったぜ……」

 

 

「みんな! ジープにのってこの町をでるんじゃッ!」

 

 そういうやいなや、レンガ塀を飛び越えようとするジョースターさん。

 

「あっ! なにィ!」

「あ、あぶないっ!」

 

 しかし、壁の向こうにあるのは鋭く尖った鉄柵。それだけだ。

 

「ばかなッ! おおおおおッ!『隠者の紫(ハーミットパープル)』!」

 

 茨をロープ代わりに絡めぶら下がり、何とかそれが突き刺さるのを阻止する。

 

「ひぃぃぃぃぃ!」

「おい……じじい、ひとりでなにやってんだ? アホか?」

 

 そう。傍目には、今の彼の行動は謎だらけだった。

 自ら壁を乗り越えた先にある針地獄につっこんでいった……そうとしか見えなかった。

 

「オーッノォー! 今ここにジープがあったじゃろッ!?」

「え? ジープならさっきあっちにとめただろーが。」

「で、でもたしかに……ん……?」

 

 そのときだった。

 

 霧の中から、ヒタ、ヒタ……とゆっくり、歩いてくる。

 一人の老婆が。

 

 僕達一行のまえで、ぴたりと止まると、ぺこり、とお辞儀をする。

 

 ぺこり……とこちらもそろって返すと、老婆はこんなことを言い出す。

 

「旅のおかたのようじゃな……この霧ですじゃ。

 もう町を車で出るのは危険ですじゃ……ガケが多いよってのォ……

 わたしゃ民宿をやっておりますが……

 今夜はよかったらわたしの宿にお泊りになりませんかのォ……

 安くしときますよって」

 

「おおーっ !やっと普通の人間に会えたぜ!」

「ささ、参りましょう……こちらですじゃ。」

 

 歩き出す、老婆。

 嬉々としてそれに続くポルナレフ。

 

「……。……ん?」

 

 その様子を見ていると、裾を引かれる感覚がした。

 

「(ねぇ、……だいじょうぶかな?……こんな中まともって……逆に……)」

 

 彼女だ。僕に小声で囁く。

 

「(ええ……いかにも……ですね。

 この霧では車を出すのは確かに無理なので……ありがたい話ではありますが……。

 さっきの死体の件といい……この町のどこかにスタンド使いが潜んでいる可能性が強い……。

 この濃すぎるほどの霧もやつらにとっては絶好のチャンス……今夜はもうずっと油断は禁物ですね……)」

 

 

 *         *          *

 

 

「しかし、だれが襲ってくるわけでもねーが、不気味な町だぜ……」

 

 案内してくれるというお婆さんの後を全員でついていく中、ポルナレフさんがあたりを見回しながら言う。

 

「ささ、ジョースター様、これがわたしのホテルですじゃ。

 小さいですがけっこういいホテルだと自負しておるのでごじゃりますですよ。

 今、他にお客はおりませぬが……」

 

 目的の建物に到着し、お婆さんがそういった瞬間、このひとの目がきらりと光る。

 

「……待ちな、婆さん、あんた……今ジョースターという名をよんだが。なぜその名がわかった?」

「はっ!」

 

 承太郎君の鋭い質問に、皆で息をのむ。

 振り返りつつ、ポルナレフさんを指さしながら答えるお婆さん。

 

「……いやですねぇ、おきゃくさん。今さっきそちらの方がジョースターさんって呼んだじゃありませんか。」

「え? オレ?! そういやあ呼んだような……」

「言いましたよぉ! 客商売を長年やっていると人様の名前はパッと覚えてしまうもんなんですよ~!」

「……」

 

 訝しげな表情ながら、口を閉ざす承太郎君。

 そして、ポルナレフさんも気づいたように尋ねる。

 

「あれ? おかみさん、ところで、その左手はどうしたんだい?」

 

 お婆さんの左手には、包帯が分厚く巻かれていた。

 

「あ、こ、これ? これはヤケドですじゃ……歳のせいかウッカリ湯をこぼしてしまってのォ!」

「歳? 何をおっしゃる! こーしてみると40くらいに見えるよぉ! デート申し込んじゃおーかなぁ。へへ!」

「ひゃひゃ! からかわないでくだしゃれよ、ぽ……お客さん♪」

 

「「ははは……うふふ!ヒャハハ……」」

 

 楽しそうに笑い合う二人。

 

(! 今……気のせい……?)

 

 しかし、私は一瞬垣間見た気がした。

 

 能面のような笑顔の隙間に……ポルナレフさんを鋭く捉える、ぎらりと光るお婆さんの視線を。

 

「「……」」

 

 ちらりと他の仲間たちを窺うと、やはり高校生男子二人組も、なにかを考え込むようにその様子を見守っていた。

 

「さ、宿帳にご記入を……わしは部屋の鍵をとってきますよって」

 

 フロントにて、テーブルの上の宿帳にむけて、順番にペンを走らせる。

 

「はいよー……。ほい、ジョースターさん」

「ああ。……。ほれ、次」

 

 祖父から孫へ。

 

「おう……。……ほらよ」

 

 残る私たちに。

 

「「……!」」

 

 一瞬目を見張る。そして、頷きあい、自分たちも、綴る。

 

 

 

「こちらとその隣のお部屋になりますです。どうぞごゆっくり」

 

 少しして、鍵を手に戻ってきたお婆さんは階段を登った先の奥の部屋まで案内してくれた。

 

 先程言っていた通り、他のお客さんは誰もいないようで、ホテル内は静寂に包まれていた。

 長い廊下に整然と同じような扉が立ち並んでいる。ただそれだけであった。

 

「夕食の用意ができたらまた呼びますよって」

「サンキュウ、おかみさん」

 

 そういって、またヒタ、ヒタと階段を降り、消えていく……。

 

 

 とりあえず、一つの部屋に集合する私たち。

 そこで承太郎君が皆にある注意を促す。

 

「……ひとつ言っとくことがある。ふたりはわかってると思うが……

 このホテルにいる間、おれの名前は呼ぶなよ。いいな?」

 

 花京院くんも言う。

 

「ええ。このひとの名前もね。お願いします。あと僕の名も。苗字はかまいませんから」

「そうなのか? わかった」

「よくわからんが? いいぜー」

 

 頷く、仲間たち。

 

「しかし……やはり、どう考えてもこの町は異常です」

「ああ。あの死体といい、追手のスタンド使いが近くに潜んでいる可能性が高い」

「うむ。単独行動は避けるべきだろう。で、今日の部屋割りだが……」

 

 本日の作戦会議を再開する。ジョースターさんの言葉を受け、何かを思いつくポルナレフさん。

 

「あっ! そうだ……そうだよ! なぁ、や……あ、そうか。

 ええと、おほん……妹よ。こんなところで一人になるのは不安だろう?

 お兄ちゃんが、今夜は同じ部屋で……ぐはッ!」 

「……下心が見え見えだ……!」

 

 いい終わる前に隣から入る、鋭すぎるツッコミ。

 

「いって! くそ、なんだよ! 実際問題あぶねーだろ!?」

「……まぁ、それは……たしかにそうだが……」

 

 それにめげることなく、こちらへと向き直る。

 

「だから! な? なっ!」

「い、いえ、大丈夫ですよ……私。いつも通り一人で。セシリアがいてくれますし」

 

 その勢いに若干押されつつも丁重にお断りを入れる。

 が、さらなるポルナレフさんの追撃は止むことはなかった。

 

「だ、め、だ! おまえの存在と能力はあのホルホースのやつが報告しているはず。

 敵もなんらかの対策を講じてくるだろう……

 例えば! 危害を加えられずとも、寝ている間に拐われたりしたらどーすんだ!」

「う……」

「大丈夫だって~。お兄ちゃんを信じなさい! なっ! ぬふふふふ……!」

「うう……」

 

 そんな私の前にまたも立ちはだかってくれる、このひと。

 

「……信じられるか! おまえと同室な方がよっぽど危険だ。」

「ああ? 花京院、さっきからてめー! じゃあどうすんだよ?」

「は? ど、どうするって……」

「なら、おまえが一緒の部屋になるか? え?」

「ぐっ! ……そ、それは、その……。

 ま、まずい、だろう……、そんなの……」

「えぇー? なんでだよ? なにが? どーしてまずいのかなぁー? 言ってみろよ。

 ほら、お兄ちゃんに言ってごらーん!」

「う、うるさい! 黙れッ! この全身下半身男がッ!」

「ああ?! なんだと! このチェリー野郎ッ!」

 

 取っ組み合いを始めんとする彼らの間に割って入ったのはジョースターさんだった。

 

「まぁまぁ。じゃあ、ここはわしが一緒に……」

 

「「……」」

 

「……却下で」

「……じいさん……顔がエロい……」

 

 戦争が勃発寸前のはずだった、ふたりの意見がぴったりと重なる。

 

「なんじゃと? この娘はわしにとっちゃあ孫みたいなもんじゃぞ! 失敬な!」

「そのふぬけた、にやけづらをなんとかしてからいえや……じじい……」

 

 加えてやっぱり辛辣な孫。そしてポルナレフさんが茶化す。

 

「ってか、じいさんくらいの大富豪なら、こいつくらいの歳の若い愛人とかたくさんいんだろ? いいなぁ。おい」

「お、おるか! わ、わ、わしゃあ、神に誓って嫁さん一筋じゃ……!」

「汗、ふけよ……はぁ……」

 

 何故か挙動があきらかに怪しい……そんな祖父が、ため息をつく孫にどうにか言い返す。。

 

「な!じょ……! っと!そうだった。

 お、おまえ!何ひとりで涼しいかおしとんじゃ!なら、おまえが……」

「あぁ? おれは別にかまわんが……。それならまた、ひとつ言っておくことがある……」

「?」

 

「……おれはすきでもなんでもない女でも……抱けるぜ?」

 

「ぬぁー!! ……だめだ!! 絶対にだめだ!! 僕が許さんッ!! 許されるか、そんなことッ!!」

「うるせーな、冗談だ。ってか、花京院、なんでおまえの許可がいんだよ……」

 

「……」

 

(うう、なにこれ……。

 ……師匠……はやく帰って来て……。はっ!)

 

 残念ながらこの場にはいない……こういうときの唯一の常識人のお早い復帰を心から願っていると、痛くなってきた頭に光明がおとずれる。

 

「そ、そうだ! よく考えたらなんで二人の方に私が……! 三人の方でいいじゃないですか!」

 

 私たちの人数は5人なのだから……一人を作らないとすれば2:3で分かれることになる。

 

「ハッ! た、たしかに! それなら安心……」

「ねっ? でしょう? よし、そうしましょ……」

 

 そう言いかけた彼と私に、承太郎君とポルナレフさんが言う。

 

「あぁ? なんで三人なら安心なんだよ?」

「そうそう、逆にアブノーマルだろ。そーいうのがしてみたいのか? へへ……」

 

「……はぁ?」

「……はっ!」

 

 わけのわからない私。一方、なにかに気づく彼。

 

「……さんぴ……ぐぁ!」

 

 にやにやとなにかをいいかけた、ポルナレフさんの顔面に再び彼の正拳突きがめり込む。

 

「だ、駄目だ……こいつら!! はやくなんとかしないと……!!」

 

「え? あの……。なに? どういうこと?」

「あ、あなたは黙っててください! そんなこと知らなくていいッ!」

 

 頭を抱える彼にそう訊ねてみるも答えてはもらえず、さらに横からよくわからないことを言う承太郎君。

 

「教えてやればいーじゃねーか……実地で。おまえのスタンドならふたり一役可能だろう?

 なんならおれが手伝ってやってもいいが……くくく……。」

「があぁッッ! 誰が頼むか!! もう、なにも言うなぁーッ!!」

 

 そうして、しまいにはジョースターさんが匙を投げたかのようにとんでもないことを言い出す。

 

「ええい、埒が明かん! もう、おまえさん、自分で選べ」

「はぁ!? わ、私がですか!?」

 

「いいじゃねーか。そうしろ。

 この中から、共に一夜を明かしたい男をな……くくく……」

「ち、ちょっと、承太郎君! そんな言い方やめてよ……!」

 

(……いっしょにすごしたいひと……なんて、そりゃあ、きまって……)

 

「……ッ!!」

 

(……にぎゃぁあああ!!!)

 

 とんでもなく破廉恥な想像をしてしまい心のなかで絶叫する。

 

(ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ……!!)

 

 選べない。……逆に。……ぜったいに……。

 

 というか、なぜ私はこんな公開処刑を受けるはめになっているのだろうか。

 

 だいたい、もしも彼と同室になったとしても、絶対にそーいう展開になるはずはない。

 西からお日様が昇るよりも天地がひっくり返るよりもありえないことだ。それはわかっているが……。

 自らの心にたしかにある、このきもちに気づいていなかったらよかったのかもしれない。

 

(……うん、だったらたぶん平気でおねがいしていただろうなぁ、彼に。だっていちばん安心だし。)

 

 あちらにはすごく気を遣わせてしまうだろうから、その点は気が引けるが。

 そもそも実績もある。あの初日の夜の。

 

 ……が、今は生憎自覚したてのほやほやで、意識するなという方が無理だ……死んでしまう。

 なにより、彼をえらんだら、気づかれてしまうのではないか……こんなきもちを抱いていることを。

 悟られるわけにはいかないのだ。ぜったいに。

 

 かといって、他のひとなんてもっと選べない。

 言っておくが本気で貞操の危機を感じているわけではない。

 皆、そんなひとたちではない。冗談なのは当然わかっている。

 でも……へんな誤解をされたくはなかった。すこしでも。

 

 しかし、なんだろう……? ちらっとみたところ……気のせいだろうか……?

 

(……視線が、痛い……)

 

 さっきからそちらを正視できていないので正確にはわからないが。

 

(なんで……? そんな目でみないで……! あぁぁぁぁ……!!)

 

 答えなど、出るはずがない。が、出さねばこの場は収まらない。それも痛いほどわかっていた。

 

(ど、どうしよう……。……あ……!)

 

 口を、開く。

 

「……じ、じゃあ……その……、……お願いします! 」

 

 

 

 *         *          *

 

 

 

「……残念だったな。選ばれなくて。くくく……」

 

「……なにがだよ」

「いえばよかったじゃねーか。おれをえらべ、ってよ」

「いえるか! ってか、おもってないし!」

「まぁ、かおに書いてあったがな。しかし、あのときのおまえの剣幕……くくく……」

「うるさいな! いつまで笑ってるんだよ!」

 

 すったもんだあったが、部屋割がやっと決定し、承太郎と僕は荷物を置きに隣室にやってきた。

 議題の中心、本日の彼女の同室となる相手……。

 

 そう。結局、誰が選ばれたのか、というと、だ。

 

「ああ、そうか。選ばれなかった、ってぇのは語弊があったな。」

「は? なんでだよ?」

 

 僕はここにこの男といる。そういうことだ。

 がっかりなんて、していない……するわけがない。

 たしかにちょっと、選んでくれるのではないか……そんなふうにおもってしまったじぶんがいたけれど。

 だいたい、選ばれても……こまる。なんでだ……といわれてしまうと、もっとこまる。

 

(ええい……!)

 

 打ち消すように、ついなぜか乱暴な口調になってしまいつつ疑問を返すと、やつはこんなことをいう。

 

「スタンドと本体は一心同体……だろう?」

 

「……あ……」

 

 そうなのだ。

 

 赤くなったり、青くなったり……

 激しく悩みぬいた果てに、なにかを思いついたように、彼女の口から発された名前、それは……

 

『(うふふふふ! よろしくね、ハイエロファント!)』

 

「……」

 

 相棒を通じて、さらに隣の部屋に居る彼女のこえがきこえてくる。

 

「そうなの、かな……?」

「……ふん、知るか。ちっ、ほんとにうっとーしいやつらだぜ」

 

『(……きゃー! やっぱり可愛いッ!!)』

 

「ぬあっ! ちょ、ちょっと!」

 

 これもまた相棒を通して伝わってくる……いい香りとともに、あたまを包み込まれる、あたたかくて……ふにゃっとした……やわらかな感触。

 

(こ、これはッ、も、もしや……!?)

 

「……うわぁーッ!」

 

「……うるせーな」

「はぁ、はぁ……あ、あのひと……わ、忘れているな……」

 

 相棒が感知したものは僕も感じることができる、ということを……。

 

『(こんやはいっしょにねようね。えへ、たのしみー!!)』

 

「……か、勘弁してくれーッ!!」

「……やれやれだぜ……」

 

 

 

「ってか……感じないよーにもできんだろ? そうすりゃあいいじゃねーか」

「うっ!」

 

「……駄目だ。そんなことをしたら彼女の危機をすぐに察知できないじゃあないか……。

 ふっ。ふふ……」

「……」

 

 

 

 *         *          *

 

 

 

「ふふっ!」

 

 我ながらとっさにいい案が浮かんだものだ。

 おまえのスタンド。ふたり一役。承太郎君の言葉で閃いた。

 宿泊客が他に誰もいない……すなわちもう一部屋借りることも容易だった。

 これなら怪しくない。角も立たない。安全。安心。

 なにより大好きなハイエロファントといられる。

 一石何鳥だろうか。

 

「ねぇ。やったね!」

 

 静かに私のそばにいてくれる彼の相棒に問いかける。

 

(あ、でも……)

 

 立ち上がり隣の部屋へと向かう。

 

 

 

「……いこと、し放題だな。今夜はあいつに。よかったな」

「す、す、す、するかーッ!」

 

 部屋の前までくると、なにやら叫び声が聞こえてきた。

 

(……また叫んでる。いいなぁ、なんかたのしそうで……)

 

 とりあえずノックをする。

 

「はい……あ……」

「どうしたの? なんか叫んでたけど……」

「な、なんでもありません。気にしないでください……」

 

「で! どうしました?」

「あの、……ごめんね。よく考えたら……ずっとハイエロファント出しておくの、花京院くん、疲れちゃうんじゃあないかって……。だから、最小限で済むように、……その、できるだけ、いっしょにいてもいい?」

 

 そうなのだ。自分にとっては最高の案だが、彼にとってはとんだとばっちりだ。申し訳ない。

 

 そして、なんて台詞だろうか。……恥ずかしい……。

 

 他意はない、とおもってくれると非常にありがたい……と願いつつ、訊ねる。

 

「あ、ああ。もちろん……。どうぞ」

「ありがとう。承太郎君、お邪魔してもいい?」

「ああ……」

 

 

 *         *          *

 

 

 彼女がこちらの部屋に来て、しばらく経ったころ、ノックの音が聞こえてきた。

 

「おおい、いいか?」

 

 ジョースターさんだ。

 

「お、皆ここにおったか。ちょうどいい。

 わしはちょっと町をみてこようと思う……できたら買い出しもしたいしな。

 だれか一緒に来ないか?」

「ならおれが行くぜ。……つーか、ポルナレフはどうした?」

「それがトイレに行ってくると言ったまま、なかなか帰ってこんのじゃ……」

「……ついでにヤツの様子もみてくるか……」

「じゃあ、僕らは留守番しています。くれぐれもお気をつけて」

「ああ。そっちもな……」

 

 

 

 

 

「うーん……。どう思う? やっぱりあやしいよねぇ……」

 

 出かけるふたりを見送ったのち、ソファに座りながら、しかめ面をした彼女がぽつりと呟く。

 

「まぁ……ね。あの策が、うまくいくといいんですが」

「あれ、ね……あの名ま……」

 

 ふたりの頭に同時に浮かぶ、宿帳に記された、あの……

 

「……ふ……くく……あはははは!」

 

 そして、決壊する。さらにつられて巻き起こる、連鎖反応。

 

「ちょ、やめてくださいよ!……ふ、ふははふははは! ……が、我慢してたのに! ははははは!」

「ひー、あー! もう、お腹痛い! だって!

 もう私……さっきから、あのおばけのテーマソングが離れなくて……

 頭の中でキュッキュ言ってる……」

「はぁ、はぁ……奇遇ですね。僕もですよ……。

 しかもなんか……合成してしまって……おばけが学ラン着てるし。

 ……あの厳つさと、あのおばけのコミカルさのコラボレーション……」

「ぶはぁ! や、やめてー! あははははは……!!

 

 

 

 

「はぁ、……笑った……。それにしても、みんなおそいね」

「ええ……見に行ったほうがいいかもしれない」

「うん」

 

 立ち上がろうとする彼女を制す。

 

「おっと、あなたはここにいてくださいね」

「え! いやだよ! 単独行動、ダメ、ゼッタイ! でしょう。私も行く!」

「それこそダメですよ。あなたはまだ万全の状態じゃあないでしょう……

 まぁ、確かにひとりここに置いとくのもなぁ……」

 

「「はっ!」」

 

 そのとき、同時に気づく。

 ノックというにはあまりにも乱暴な……なにかが激しく扉を叩く音に。

 

「……どうやら議論の余地はないようですね」

「そうみたい……」

「仕方ない……きますよ!!」

「うん!!」

 

 耐え切れず、決壊する扉。

 そこにひしめき合う、多数の人間の姿。

 

「……なに?! 街の……? 操られているのか? いや、生気を全く感じない……」

「ゾンビってこと……? それってなんて……」

 

((バイオハザー……))

 

 閉じ込められた洋館……迫りくるゾンビ……

 以前意外なことにかなりのゲーマーであることが判明した彼女との話題に上ったことがある某ゲームが思い浮かぶ。おそらく彼女も同じことを考えていることだろう。

 

 しかし、それどころではなかった。

 

「うがー!」

 

 我先に、とばかりに侵入してくるゾンビ共。

 

「……!?」

 

 しかし……

 

「ここから先は……立ち入り禁止……です」

 

 その行く手を薄桃色の障壁が阻む。

 

「お引き取り願おう……。エメラルドスプラッーシュ!!」

 

「うが!」「がはっ!」「ぐおッ!!」……

 

 

「すごい! 眉間に一発ずつヘッドショット! さっすが! 針の穴をも通すコントロール!!」

「フッ! ゲームで培ったこのテクニック! 我が力の前にひれ伏すがいい!!

 ……って、のせないでください。あなたが上手く集めてくれましたからね。しかもあの穴……」

 

 足止めのために結界の如く張られた壁……にはいくつかの小さな穴が開けられていた。

 

「うん、攻撃用にあけてみた。狙ってくれると思ってたよ。ばっちりだったね!」

「フッ……」

 

 嬉しそうに微笑む彼女。またもつられて笑みがこぼれてしまう。

 

 そんな中、廊下の向こうから、聞こえてくる、うめき声。

 

「……うがー……」「……うがー……」

 

 さらに大勢が押し寄せてきているようだ。ため息まじりにいう。

 

「やれやれ、ですね。まだまだ、いらっしゃるようで……」

「ほんと、やれやれだね。みんなはだいじょうぶかな……」

 

 

 

「……よし、これで全部やっつけたみたい……かな」

 

 戦闘開始からおよそ10分。部屋の外には堰き止められたまま動きを停止したゾンビの山ができていた。

 

「ええ。だいじょうぶですか?」

「うん、そっちもだいじょうぶ?」

「もちろん。では、下にいきましょう。……?!」

 

 瞬間、ゾンビたちの姿がすべて、ふっと消える。

 

「き、きえた……?」

 

 おそらく当たっているであろう推測を述べる。

 

「こいつらを操っていたスタンド使いを、倒したんでしょう。」

「ああ……」

 

 かおを見合わせて、声を揃える。

 

「「Q太郎(君)が!」」

 

「「……ぶふぁっ!! あははははは!!」」

 

 再び巻き起こる笑いの渦。

 そんな僕らの腹の如く、周囲の空間が捩れ始めた。

 

「ふはっ!? わ、笑っている場合じゃない! 館が、消える!? 急いで出ましょう!」

「ふ、ふぁいっ!」

 

 

 

 彼女の足をかばいつつ、外に向かう。

 そこには殊勲者とおぼしき男が、項垂れるものとそれを慰める仲間とともに立っていた。

 

「お疲れさま。怪我はない? Q太郎君ッ??」

「さすがだな、Q太郎ッ!」

 

「てめーら……。それはもういいっつーの。気に入りすぎだろ……。」

「だってなぁ。ふっ……」

「ねぇー。ふふふ……」

「やれやれだぜ……」

 

「で、どんな敵だったんだ?」

「霧のスタンドで、傷をつけられると操られる……生きていようが死んでいようが……な」

「なるほど、それであの、ゾンビの群れを……。」

「そういうことだ。

 やはりあの婆さんがスタンド使いだったぜ……しっかり罠にハマってくれたがな」

「ああ!

『おれの名は承太郎じゃなくQ太郎だって書いてあんだろ? なぜ知っているんだよ大作戦』ね。

 ふ、ふふ……!」

 

 まんま、かつ奇天烈な作戦名が自分でツボにハマったのか、再び笑いだす彼女。

 そんな彼女をもう放っておきつつ、承太郎は続けた。

 

「しかもあの婆さん、ポルナレフの妹のかたきだった……あのJ・ガイルの母親なんだと。」

「「な……!?」」

 

 卑劣極まりなかった、あのインドで出会った敵を思い出しつつ、承太郎が指さす方を見やると、そこには捕縛されたあの老婆が目に入った。

 

「気絶させてある。あとでじじいの能力で、DIOや敵のスタンド使いたちの情報を引き出すためにな」

「なるほど。じゃあ早いところ念写に使えるテレビのある町まで行かなければならんな」

「……そういうことだ。なんせこの町はこのありさまだからな……」

 

 周囲を見回しながら、彼女がいう。

 

「この町、本当はお墓だったなんて……」

「もうこの旅では驚きの連続で……なんでもありですからね。

 今度は町全体がスタンドかよ!……みたいなかんじですが」

 

「……『正義(ジャスティス)』……恐ろしいスタンドだったぜ」

 

 

 

 そして、やっと戻ったシリアスな空気をぶち壊す言葉がまた聞こえてくる。

 

「やーい! ポルナレフ! 操られて、何舐めさせられたって?!

 ……べ、便器? ……ぷぷーっ! えんがちょー!!」

「ち、チクショー! あのばばあー!!」

 

「「ゴクリ……」」

 

((た、確かに恐ろしいッ……))

 

 ふたり、息をのむ。

 

「あっ! おまえらまでオレのことを軽蔑すんのかー?!」

 

「い、いや、大変だったな……」

「な、なんてこと……! は、早く消毒しましょう! ……迅速に、念入りに……」

 

「うわーん! 優しさが逆にツライー!!」

 

 

 

もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?

  • そのまま4部にクルセイダース達突入
  • 花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
  • 花京院の息子と娘が三部にトリップする話
  • 花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
  • 読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!

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