私の生まれた理由   作:hi-nya

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※またもや甘い、痒い、暑いの三拍子です。要注意! ……いや、あくまで友情ですよ。友情(棒)。


Endless Summer

 救命ボートで漂っていたところを通りすがった漁船に拾われ、どうにか遭難を回避した私たち。

 二日間の航海ののち、シンガポールの港に無事たどり着いた。

 船員さんと漁船の人達に謝辞を述べ、別れを告げる。

 「……にぃちゃんには手加減してやれよ! 」なんて、最後までからかわれてしまったのは秘密だが……。

 なんだかんだ……いい人達だった。

 

 それからまず、滞在中お世話になる宿を確保した。今回も私たち庶民には本来ご縁がないような、とっても素敵なリゾートホテルだ。見上げると首が痛くなってしまう高層階があるタワーのような建物で、中庭には宿泊者専用のプールなんてものまであった。

 

 部屋に落ち着く。だいぶ回復したものの、まだ船旅特有の、あの揺れているような変な感覚がする。漁船では食事の準備の手伝いをするくらいで、あとはほとんど泥のように寝ていたので船酔いはせずに済んだが。

 

「ふぅ、よかったね、無事に着いて。」

「うん、一時はどうなることかと思ったけど。」

 

 今日はアンちゃんと同室だった。

 到着したものの行くあてがないとのこと。ジョースターさんのはからいで、ならば私たちがここにいる間までは、ということになったのだ。

 

「5日後に来てくれるんだっけ? お父さん。早く会えるといいね」

「あ、ああ。そうなの! うん」

 

 なぜだか気まずそうに目をそらす。そして、思い出したようにいう。

 

「そ、そうだ!承太郎に聞いたんだけど……。

 保乃お姉さん、わたしがあの猿に襲われたとき、助けを呼んでくれたんでしょ? ありがと! 」

「ああ……。ううん、私は何もできなくて……ごめんね」

 

 無力感を思い出し唇を噛みしめる私に届く、明るい声。

 

「そんなことないよ! 承太郎に助けてもらえて……嬉しかった。お姉さんのおかげだよ」

 

 そのときを思い出すように、うっとりとした表情を浮かべる彼女。これが恋する乙女のかおなんだなぁ……なんて、またにやりとしてしまう。

 

「そっか。ふふ、なら、よかった。

 さ、お茶でも入れよっか?」

「うん! 」

 

 そして、お湯を沸かそうと準備をしているところへ、おずおずと声をかけられる。

 

「あの、それで、その……お姉さんに聞きたいことがあるんだけど」

「ん? なぁに? 」

 

 ポットのスイッチを入れつつ返事をすると、とんでもない質問がうしろから飛んできた。

 

「お姉さんは、あの中の誰かと恋人同士なの? 」

 

「はぁ?! いきなり何を……」

 

 おもわず振り向く。すると、アンちゃんの口から仲間たちの名前と勝手な推測が次々に飛び出す。

 

「ポルナレフさん? ……は面白いけど軽くてお姉さんの好みじゃなさそうだし……

 アヴドゥルさんは真面目そうだけど年上すぎるかなー。

 ジョースターのおじちゃんは……もっと年上かぁ」

 

「そんなはずないでしょ……って、聞いてない……」

 

 言っても無駄そうだ。しばらく放っておこうとカップを並べているところへ爆弾が投げ込まれる。

 

「……じゃあ花京院さんだ!」

 

「ふぇっ!?」

 

 おもわず手にしていたカップがすっとんでいってしまった。なんてことだ。同時にお湯が沸いた。それを知らせるピーっという間抜けな音が部屋に響く。

 

(な、なななな、なにゆって……そんな……まさか……ないない……ないってぇー!! )

 

「なッ、あ、うー!!」

 

 残念ながら、その心の叫びは言葉にはなっていなかったらしい。少女にはそれを肯定と解釈されてしまったようで、満足そうな声があがる。

 

「やっぱりー! そうじゃないかと思ったんだよねぇ! 」

「ち、ちがっ……! 」

 

「ねーねー、いつから? どっちから告白したの? 」

 

どんどん膨らんでいく彼女の想像。なんとか歯止めをかけなければ。必死に否定する。

 

「だーかーら! ちがうって!! 」

「えー? 」

「そんなこといったら花京院くんに、し、失礼でしょ! 私なんか……」

「あ! ってことは、お姉さんは好きなんだ! 」

「うっ!? い、いや、そんなことは……」

 

(あれ……なんだか今すごく痛いところを……い、いやいやいや! 痛くないっ!! )

 

 かぶりをふりつつ、ふっとんでいったカップを拾う。なかなかの飛距離である。よく割れなかったものだ。震える手で作業を再開する私になおも問う彼女。

 

「ねっ、そうだよね! 花京院さんだよね。……承太郎じゃ、ないよね……? 」

「はっ! 」

 

 そんな少女の様子から、ようやくその意図に気づく。

 

(この娘、ただ承太郎君と私がそうじゃないことを確認したいだけなのね。

 しまった。無駄に焦っ……い、いや、焦ってないし!! )

 

 お湯に急いで沈めた紅茶のティーバックをあげ、最後の一滴が落ちるのを待つ。

 そうして淹れた紅茶の片方のカップをアンちゃんの前に置き、自分も一口いただき、深呼吸。落ち着きを取り戻したのち、事実を伝えることにする。

 

「コホン。アンちゃん、安心して。私はあの中の誰ともそういう関係じゃないよ。

 仲間。みんな大事な仲間なの」

「……ほんとに? 」

「そうです」

 

 しかし、ちっとも伝わらなかったようだ。追撃をくらう。

 

「えー、でもボートでラブラブっぽかったじゃん、花京院さんと! 」

「かはっ!? 」

 

 勢いよく紅茶が間違った方向に入っていき、おもわずむせる。

 

(らっ、らぶ……!? )

 

 咳き込みながらも考える。

 

(……ど、どれだろう? どれのことだろう……? )

 

 クッキーか? それとも階段か? はたまた、あたまをなでられた、あれであろうか……思い当たってしまう節が思いの外多いことに余計に混乱する。

 

(ち、ちがうちがう! ど、どれにしても……!! )

 

「あ、あれは、やさしさ、だよ! 彼は仲間想いなの! とっても! みんなにやさしいの! わかった? 」

 

 それをうけて、その意得たりと、大きく頷く。

 

「……わかった! つまり両想いだけど、まだ恋人同士ではないってことかぁ! 」

 

「ぜんっぜん、ちがうよぉー!!! 」

 

 そのときだった。ピンポーン。と、私の叫びとともに今度は来客を示すインターホンが鳴る。

 

「あ、誰か来た。はーい! 」

 

 楽しそうにドアの方に向かう少女。

 

「た、助かった……」

 

 これ以上この戦闘を継続することは不可能だ。だれとも知らぬ援軍の到来に心の底から感謝の意を唱える。

 

「あっ! うん、ちょっと待ってて」

 

「……ないない、ありえないし。まったくもう……」

 

 平静を取り戻すべく、呪文のようにそう唱えながら、おもわず一気に飲みほしてしまった紅茶のカップを片付けるべく立ち上がる。

 しかし、続く少女の言葉に、その呪文の効果はあっさりかき消されてしまうのだった。

 

「お姉さん! 未来の旦那様がお迎えにきたよ! 」

 

 言うまでもないが、盛大な物音を立てながら私は躓き転び、カップが再びふっとんでいった。

 

 

 

 

 

 打ちつけてしまい、痛む肘や膝をなでつつ(ちなみにセシリアはこれしきのことではわざわざ出てきて護ってくれない。当たり前だけど)、ドアを開けると、申し訳ないことに話題の人となってしまっているそのひとが心配顔で立っていた。

 

「ちょ、大丈夫ですか? さっき、ものすごい音がしましたけど……」

「う、ううん……なんでもない、なんでもないの、なんでもないから……」

「い、一体なにがあったんですか……? 」

 

 再びぶつぶつと呪文を唱える私に訝しげな表情で問う彼。

 『なにが』など、言えるわけがない。誤魔化そうと、あせって問い返す。

 

「そ、それより! そっちこそ、どうしたの? 」

「あぁ、元気で暇なら出かけないかなーと思いまして。晩御飯まで自由時間だし。

 約束したでしょう? 美味しいもの食べさせてあげるって」

「えっ!? 」

 

「(ほら、デートじゃん!)」

「(ち、ちがうって!)」

 

 うしろからアンちゃんに小突かれ、あわてて否定する。

 その様子を不思議そうなかおをしてみている彼に言う。

 

「あ、えーと、あの、でもアンちゃんを一人には……」

「あぁ、そういうと思いましたよ。

 もちろん、アンちゃんも一緒に。どうかな? 」

「あ、そ、そっか、そうだよね! そうしよう! ねっ! 」

 

 つい意識しすぎていたことに恥ずかしさを感じつつ隣を窺うと、なにやら思案顔の少女。

 これは、(おいしいものは魅力的だけどふたりのおじゃまになるのはなぁ……)などと考えているに違いない。

 

「あ、そういえば、承太郎は? 」

 

 そしてアンちゃんが問う。彼らも同室であった。

 

「うん、誘ったんだけど、おれは寝る。……ってさ。フラれちゃったよ」

 

 首をすくめる彼。すると、しめたとばかりにこう言う。

 

「じゃあわたしも! 疲れてるから承太郎と部屋で休んでる! それならいいでしょ!! 」

 

「「は!?」」

 

 彼と私の声が重なる。

 

「そ、それは、どうだろう……?」

「うん、それは……怒られそう。……私たちが」

「大丈夫! 大丈夫! さ、行こう! 」

 

 

 

 そうしてアンちゃんに押されるようにして私たちふたりは彼らの部屋の前までやってきた。

 

「承太郎? 僕だ」

 

 花京院くんがインターホンを押し声をかけると、しばらくしてゆっくりとドアが開く。

 

「……あぁ? どうした? 財布でも忘れ……」

「わっと! 」

 

 ぶっきらぼうなその顔が見えた瞬間、花京院くんを押しのけ、少女が承太郎君に飛びつく。

 

「承太郎! わたしここにいるッ!! 一緒にいさせてッ!! 」

「うぉっ! 」

 

 そして、閉まる扉。

 

「「……」」

 

 中からは喧噪の声が聞こえる。

 

「わーい! 」

「やかましい! うっとおしいぞ! ……! 」

 

 顔を見合わせ、呟く私たち。

 

「……やっぱり、一緒に連れていきましょう」

「……うん、そうだね」

 

 ドアを開ける。

 

「すまない、承太郎」

「アンちゃん、やっぱり私たちと一緒に行こう」

「……そうしろ」

 

 しかし、承太郎君からアンちゃんを引きはがそうとするもなかなか離れない。

 

「えぇー! やだやだ! ここにいるー!! 」

「……離れろ」

 

そんな混沌を仲裁するかのように、部屋中に電話のコール音が鳴り響き始めた。

 

「おっと、誰だろうか……」

 

 言いつつ応対する花京院くん。その表情がみるみるうちに険しいものに変わる。

 

「はい。……なんだって!? ではすぐに向かいます。

 え?そうなんですか……。はい、わかりました。

 あ、彼女もここにいます。はい、一緒に……。では」

 

 受話器を置いた彼に承太郎君が問う。

 

「なんだ? 」

「ポルナレフの部屋に敵が出現したらしい。

 ジョースターさんたちの部屋に集まって対策を練ろうって」

「なに? やれやれだぜ……。行くぞ」

「ああ」

「うん」

 

 そして思い出し向き直り、少女に告げる。

 

「お前は……ここにいろ」

「えー」

「すぐ戻ってくるから、ね」

 

 

 

 不満げなアンちゃんを部屋に残し、しっかりと鍵をかけ、三人でエレベーターへと歩く。

 

「……で、だ。敵が出たのはポルナレフの部屋なんだろう? そっちに行かなくていいのか? 」

「僕もそう思ったんだが、どうやらポルナレフ自身から5分後にジョースターさんの部屋に行くって電話が来たみたいなんだ。すれ違ってはいけないということだが。大丈夫だろうか」

 

 その言葉に思いつき、提案する。

 

「あ、じゃあ私せめてセシリアをポルナレフさんのところに送っておくよ。ちょっとでも役に立てば」

「そうですね。直線距離にすればそんなに離れていないし、それがいいかもしれません」

「じゃあ……セシリア、御願い! 」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 ジョースターさんの部屋で待機していたが、なかなかポルナレフは現れなかった。

 

「遅いですね……」

「もうとっくに五分過ぎているが……」

「……見に行った方がいいんじゃねえのか?」

 

 そのときドアが開く音がし、一斉に振り返る。そこには待ち人が立っていた。

 

「あ、きた! 」

「遅いぞ。ポルナレフ」

「よし、みんな、それではさっそくだが、呪いのデーボにおそわれたときの対策を練るとするか」

 

「……つ、つかれた」

 

 しかし、よくよく見ると、彼はやたらと疲弊しているようだ。ジョースターさんが問う。

 

「どうした、ポルナレフ? 」

 

「……もう、終わったってんだよぉーーーッ! 」

 

「え……?! 」

 

 怒りに打ち震えながら叫ぶヤツを前に、皆の間に驚きと気まずい空気が流れる中、慌てて弁解をするジョースターさん。

 

「……そ、そうなの? す、スマンスマン。お前がこっち来るっていうからさぁー」

「それにしたって、ひでぇぜ、ちくしょう! 」

 

 そうしてひとしきり嘆いたのち、標的を変える。

 

「保乃、お前だけだー! おれを助けてくれたのは! 」

「え!? い、いや、あれは花京院くんと承太郎君との相談の上でのことで……」

 

 迫りくる男に対し、とっさに隣にいた僕を盾にする彼女。

 

「それでも、だ! 感激した! お礼に今からどうだい? オレと……」

 

 なんとも懲りない男だ。ひとこと言ってやるかと口を開こうとしたときだった。

 背中からこんなこえがきこえてきた。

 

「わ、私、今からは……、だいじな先約があるので」

 

(……え……? )

 

「えー? そうなのか? 」

「はい。すみません」

「ちぇーっ、じゃあまた今度な! 」

「はい、またぜひ、みんなで」

「ええー? 」

 

「……」

 

 二人のやりとりを聞きつつ、おもう。

 

(……断るのに適した理由がちょうどあった。それだけさ)

 

 律儀な性格の持ち主である彼女は、ちゃんと先にした約束を優先するひとだということも。

 それはわかっていた。

 しかし、どうしても、ゆるんでしまう。

 

(……だいじな、か)

 

 こんなかっこわるい顔をみられるわけにはいかない。さりげなく隠すのが精一杯だった。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 気付かれる間もなく終了していた孤独な闘い……それを気まずいながらも私たちは皆で労っていた。

 しかしポルナレフさんの悲劇はそれで終わりではなかったのだ。

 

 部屋のインターホンが鳴る。

 

「? はい」

 

「警察だ! ここに殺人事件の容疑者が逃げ込んだという情報がある! 貴様だな! 」

 

 荒々しくドアが開けられると共に、どかどかと雪崩れこんできてポルナレフさんを指しつつ言う。

 

「はぁ?! おれも被害者だっつーの!! 」

「詳しい話は署で聞く! とにかく御同行願おう!! 」

「そ、そんなぁ! 」

 

 あっという間に有無を言わさぬ勢いでしょっぴかれていってしまう。

 

(((……ど、どうしよう……)))

 

 

 皆一様にあんぐりと口を開け途方に暮れる中、ジョースターさんがため息交じりに言う。

 

「ええい! ポルナレフのことは、わしがなんとかしておく!

 とりあえず予定通り、夕食まで自由行動じゃ。はぁ……」

 

 

 

 そうしてひとまず解散となった。

 

「こんどこそ、おれは寝るぜ」と、承太郎君。

「ああ。アンちゃんを引き取りに僕らも行くよ」

 

 

 

「……こいつ……」

「むにゃ……承太郎~」

 

 しかし、彼らの部屋に戻ると、ベッドにはすやすやと眠る少女の姿があった。寝床を奪われた承太郎君が、諦めたように言う。

 

「……チッ、お前ら行ってきていいぜ」

「え!? 」

「仕方ねぇ。こんだけ静かなら……置いといてやる」

「いいのか? 」

「……起きて煩かったら叩き出す。花京院、おまえのベッド借りるぜ」

「それはかまわないけど……。じゃあ、行きましょうか」

「う、うん! 」

 

 こうして私たちは図らずして……ふたりでシンガポールの街へとくりだすことになったのだった。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 ふたり連れ立ってエレベーターに乗り、一階に降りる。

 

「……で、何が食べたいですか?考えてくれました?」

 

 途中、僕は出していた宿題の答えを彼女に聞くことにする。

 

「えーとね、……うん。なんでもいい、かな」

 

 すると出てきたのは何か意見を求められたときによく彼女から出る言葉だった。

 ぽやーっとしていて何も考えていない。

 何を隠そう最初は僕もそうなのかと疑っていたが、実はそういうわけではないようだ。

 性格がそれぞれ四方八方に散っている(まぁ、僕もそのうちのひとりなわけだけれども、まだマシな方だ……たぶん)あの濃い面々の中で、唯一遠慮がち、かつ、自己主張するタイプではない、というのはもちろんあるのだろうが。それだけではなく。

 ……本当に『なんでもいい』、のだ。おそらく。

 決して投げやりなわけではない。食べ物にしろ何にしろ、彼女はこう言うからにはそれをきっちり楽しんでいるようだった。例えどういうものに決まろうとも。

 許容範囲が広い、というか、それが何であれ、与えられたものの良さをみつけることができる……と、そういう表現がしっくりくるだろうか。

 

「……けど? 」

 

 しかし、今回はせっかくふたりなわけだし、彼女の意見を尊重したかった。それに、なにやら思うところがないわけではなさそうだ、と気づき、答えをゆっくりと促してみる。

 

「……じゃあ、せっかくだから、なんかご当地ものと、……甘いもの、とかでもいい? 」

 

 するとやっぱり控えめにそんなことをいう。なんだかんだ、やっぱり女の子なのだなと、微笑ましいきもちになる。

 

「ふっ、いいですよ。了解しました。じゃあ行きましょう」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 外に出ると、いい天気だった。このあたりはオフィス街のようで、スーツ姿の人が多いが、普通に、Tシャツにジーパンといった出で立ちの人もちらほら垣間見えた。時折サリー姿の女性もいて、それが私に外国にいることを実感させてくれた。

 街並み自体も、雑然としているという他の東南アジア諸国の街のイメージと異なり、きっちりと整備されている印象を受けた。というのも、ごみを捨てたら罰金…等、管理が厳しいことに一端があるのだろうが。この国に到着直後、ポルナレフさんが地面に荷物を置いた途端、勘違いされ警察が飛んでくる……という事態が発生したことを思い出し、呟く。

 

「ポルナレフさん、大丈夫かなぁ」

「うーん。まぁ、ジョースターさんがなんとかしてくれるでしょう。

 それにしても、なんてこの国の警察に縁のあるやつなんだ……」

 

(あ……)

 

「ふふ……」

 

 おもわず笑みがこぼれてしまう。

 

「どうしたんですか? 」

「あ、ごめん。同じこと考えてたなぁ、って」

「あ、ああ、そうなんですね」

 

大丈夫か、といえば。だ。

 

「アンちゃんも。追い出されてないといいけど」

「心配いりませんよ。承太郎、なんだかんだでやさしいですから」

 

 きっぱりとそう言う。高校生同士、もうすっかり仲良しなんだな、なんて、微笑ましくおもってしまう。

 

「そっか。……そうだね」

「それにしても、アンちゃんはずいぶん承太郎のことを気に入っているみたいですね」

「うん、やっぱりわかる?」

「勿論。まぁ、彼は格好良いですからね、いろんな意味で」

「ああ。クールだけど、いざってときは……って、ああいう感じが女の子にはたまらないんだろうなぁ。モテるのもわかるよね」

「そうです、ね……」

 

 そして、なにやらぽつりと呟く彼。

 

「……は、どう……」

「ん? 」

「……いえ」

「え? なに? 」

「なんでもないです」

 

 よく聞こえなかったので問い返すも、答えてはもらえなかった。

 

「もう、言いかけてやめるなっていったの自分……」

 

 気になってしょうがなかったので、そんなうらみごとをいいかけた、そのときだった。

 

「……ほら、見えてきましたよ」

「え? あっ! 本当だ」

 

 なんだか上手いこと誤魔化されてしまったような気もするが、実際私の注意は完全に逸らされてしまった。

 彼が指さす先には市場のようなアーケード街があった。

 

「ホーカーズセンター……集合屋台街、というやつですね。シンガポールでは現在路上屋台が禁止されているんですが、以前路上で商売をしていた屋台を集めてできたものがこれだそうです。ここだけでなく、人が集まるような場所にはだいたいあるみたいですよ。」

 

 さらに続く、彼の解説。

 

「そもそもシンガポールは他民族国家なので、中華料理、マレー料理、インド料理から、フランスやイタリア、スペインなどの西欧料理に、はては我らが日本料理まで『世界中の料理が味わえる国』と言われているんですよ。国民の方々も食べることが大好きで『もうご飯は終わった?』があいさつ代わりだったりするほどです。歴史的な事情などから、外食も盛んで、こういうところが多く存在するわけですが……ここに来れば大概の御当地グルメは味わうことが可能だそうです」

「へぇ……! 」

「あ、すみません。冗長でしたね」

「ううん! いや、すごいなぁって……」

 

 尊敬の念を込め、返事をする。内容も興味深かったが、それよりもなにより、彼の博識さには毎回驚かされてしまう。

 

「ごめん。よかったら、その……もっと教えてもらってもいい? 」

 

 加えて、訊ねる。自らの物の知らなさに恥ずかしさはおぼえるが、知りたいという知識欲の方が勝っていた。

 

「へ? は、はい。僕の知っている範囲であればもちろん……」

「……マレー料理ってどんなのがあるの? 歴史的事情って? それと……」

「……ふっ! それはですね……」

 

 

 彼を質問攻めにしつつ、選んだ一つの店で、お勧め……サテーという見た目は焼き鳥のような、お肉の串焼きをまずはいただくことに。

 

「いただきます。……わぁ、これ、美味しいー! 」

「うん。美味いですね。しかし、あなたって、何でもちゃんと食べますよね。逆に苦手な食べ物とかないんですか? 」

「うーん、食べられないほどっていうのはあんまりないかなぁ。出されたものは、感謝して食べましょう、が、我が家の掟で。小さい頃は結構好き嫌い激しかったんだけど、叱られ続けて直った。厳しくて……兄が」

「へぇ、お兄さんがいるんですか」

「うん、両親が共働きだから、兄さんが教育係みたいなかんじで。厳しかったなぁ……今では感謝してなくもないけど」

「仲良しなんですね」

「うーん、どうなんだろうね。自分ではわからないなぁ……。花京院くんは、兄弟いるの? 」

「僕は一人っ子ですよ。……まぁ、物心ついた時からコイツと一緒ですけど」

 

 そういうと彼の相棒がひょこっと顔をのぞかせる。可愛い。

 

「あ、そっか! 」

 

 そして、問われる。

 

「……そういえば、ふと思ったんですが、セシリアを誰かに飛ばしたときって、あなた自身の感覚ってどんな感じなんですか? 」

「え? ごめん。というと? 」

「ええと、セシリアが見たものはあなたにも見える、わけではないんだなと。さっきの様子では」

 

 ポルナレフさんを護りにいってもらった時のことだろう。 

 

「うん。全く……。というか、ハイエロファントはできるの!? 」

「はい」

「へぇ! すごいねー! そっか、じゃないと偵察とかできないか。

 セシリアは、離れると勝手に頑張ってくれる……みたい。

 どのあたりにいるか、ぼんやりわかるくらいかなぁ。私の修業が足りないのかもしれないけど。」

「半自立型スタンド……ってことなんでしょうね。

 いや、十分すごいですから。……ただ、」

「ただ? 」

「……他人に使っているとき、あなた自身は無防備になってしまう……

 くれぐれも気を付けてくださいね」

「うん……、ありがとう」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 サテー、そして、搾りたてのフルーツを使ったジュースをぺろりとたいらげてしまった僕と彼女。

 

「ごちそうさまでした! おいしかったー! 」

 

気に入ってもらえたようでよかったとほっとしつつ、もうひとつ提案をする。

 

「まだ余裕ありますか? お腹」

「え? だいじょうぶだけど」

「じゃあ、次いきましょうか」

「うん。なに? 」

「デザート、です」

 

 

「わぁ! すごーい!! 」

 

 続いて連れてきたのはこの屋台街の名物と言われているかき氷の店。

 色とりどりのシロップやフルーツのソースがかかったそれは、見ごたえも食べごたえも十分、といった様相であった。

 

「どうしよう! どれもきれいで美味しそう……! こんなの選べないよ! 」

 

 めずらしくはしゃいでいる彼女。こんなに喜んでもらえるなら連れてきた甲斐があったというものだ。しばし店の前のレプリカとにらめっこをしたのち、断腸の思いで、どうにか彼女はひとつを選んだようだ。

 

「……うん、ほどよく甘くて、美味しい! 」

「これもさっぱりしてて美味ですよ。食べます? 」

「あ、ありがと。じゃあこっちもよろしければどうぞ……」

 

「……」

「……」

 

「……しかし……あつい、ですね」

「……うん。あついから……ちょうどいいね」

 

 冷たく甘いかき氷が喉を通っていく感覚が、とても心地よかった。

 シンガポールは年中、日本の夏くらい、そもそも気温が高い。そしてこの屋台街、なかなかの人の多さだ。それがより蒸し暑さを助長しているのだろう。

 

 ……それ以外の理由など見当たらない。なにかあるだろうか。

 

 そしてもっともなことを言いかける彼女。

 

「あの……なら、学生服……い、いやなんでもないです」

 

 

 

 

 

「普段、暇なときって、何してます?」

 

 先ほどからずっと、我ながら長めな蘊蓄を、にこにこと興味深そうに聞いてくれていた彼女。

 自分ばかり喋っていることに反省し、かつ、せっかくの機会なので、いろいろ聞いてみることにした。

 

「うーん、……バイト? 」

 

 思った以上に日々勤労に励んでいるようだ。が、それはもう知っている。

 

「……も、休みなとき。です」

「うーーん、家でのんびりしてるかな。本とか漫画読んだり……」

「へぇ、けっこうインドア派なんですね」

 

 意外だった。ではあの運動神経はどこで培われたものなのだろうか。と、思っていたら続きがあった。

 

「体動かすのも好きなんだけどね。最近はめっきり。素振りくらい? 」

「す、素振り……? なんの?? 野球……? 」

 

女子大生がひとり、部屋で……。なんともシュールな映像が浮かんでしまう。

 

「テニス。両親と兄がやっていたから実家にいた頃は時々やってて。

 あ、野球も好きだよ。観るの」

「そうなんですね。サークルとか入っていないんですか? 大学ってそういうのたくさんあるでしょう? 」

「う、ん……。あるけど……。考えてもなかった……」

「え? なんで? 」

「え、ええと、バイトしなきゃいけないし、レポートとかも大変だし。

 ほ、ほら、私、要領悪いから」

「ふーん……」

 

(要領、か。ちっとも悪くなんてなさそうだけれども……)

 

 軽い気持ちで聞いただけなのだが、予想外の反応をする彼女。なぜだろう? 理由はわからないが……

 

 必死に言い訳をしているようだった。

 

「花京院くんは? 趣味とか。あ、何か部活入ってるの? 」

 

 気になって聞いてみたかったが、先に問われる。

 

「僕は、転校する前の学校では美術部でした。」

「へぇー! すごいね!! 絵、上手いんだ! 」

「上手くはないですが、描くのは、好きですね」

「いいなぁ。私本当に絵心ないから、うらやましい。どんな絵を描くの? 」

「風景とか、人物とか、気分によっていろいろですね。デザインとかも好きですが」

「そうなんだ。今度見てみたいな。花京院くんの絵」

「お見せするほどのものではないかもしれませんが……いいですよ」

「ほんと? 楽しみ! 」

「そのときはあなたの、絵心のない絵も見せてくださいね」

「……うっ……! ……じゃあ、諦める……」

「はぁ? どんだけ苦手なんですか。むしろすごく見たくなったんですけど……」

 

 言うと、誤魔化すように話を変える彼女。

 

「ほ、他は? 暇なときとか何してるの? 」

「そうですね、僕も本読んだり、ゲームしたり、ですかね」

「え! 」

「あ、今、根暗だと思ったでしょう? 」

「全然思ってない。まぁ、私は根暗だけれども」

「は? 」

「……私もけっこうやるんだよね、ゲーム。下手だけど」

「え! そうなんですか? 女性はあまりやらないものかと……」

「やるよぉ! 私が特殊なのかもしれないけど……。

 父さんや兄さんがやってたから、そのまま私もやるようになって。うち、ファミコンあるし」

 

 意外な共通点が発覚する。いろいろ話してみるものである。本当に。嬉しくなり、つい、矢継ぎ早に質問する僕。

 

「そうなんですか! どんなのやるんですか? 今なにかやってます? 」

「RPGが多いかな。でもアクションやらシューティングとかシミュレーションとか、いろいろやるよ。実家にいた頃は父さんや兄さんとマリオとかレースゲームとかでよく対戦してたなぁ」

「へぇー!そうなんですね」

「今はドラクエ3やってる」

「おお! 僕もやってますよ。どこまでいきました? 」

「それがね、私、バラモス城でつまってるの……回転床がクリアできなくて。なんなの?あの落とし穴とのコラボは! 階段目の前なのに、何度も落ちて無駄にレベルばっかり上がってるし……」

「ふっ! そうなんですか」

 

 またも珍しく熱く語る彼女の姿におもわず笑みがもれる。

 

「花京院くんはどこまでいった?」

「僕はもう、一通りクリアしちゃいましたよ。

 回転床ね。確かに、あれは若干コツが要りますね。言葉で言い表すのは難しいんですが……」

「え! そうなの?! に、日本に帰ったら教えて!そのコツを! 」

「いいですよ。帰ったら、……一緒にやりましょうか」

「うん! 」

「ただし! 僕は助言として、口は多少出しますが、手は出しませんよ。自力で頑張ってくださいね」

「うん! もちろん! やったー!! 」

 

 

 

*         *          *

 

 

「……というか、2のあの洞窟の方が大概、鬼じゃあなかったですか? 」

「ああ。私、あれ、やっと抜けた! ってところでザラキかけられて全滅した嫌な思い出しかない……」

 

 熱狂冷めやらぬまま、その後も夢中で(おそらく一般的にはコアな)話をしていると、あの巨大なかき氷がいつのまにか胃袋に収まってしまっていた。

 

「おっと、そろそろ出ましょうか」

「あ、そうだね」

 

 混雑もさらに増してきたようなので、席を空けるため立ち上がり、屋台街と別れを告げる。

 

「さて、これからどうしましょうかね」

 

 腕時計を見る。時間はありそうだが、如何せんさすがにお腹はいっぱいに近かった。これ以上食べると晩御飯が入らなくなることは確実である。

 

「なにか見たいものとかあります? せっかくだし」

「あ、じゃあ、あれ見たいな。マーライオン。ここから近いよね? 」

「ああ、あれね。でも、あれは……」

「知ってる。三大がっかり……でしょ? 」

 

 さすがに私も知っていた。デンマークの人魚姫、ブリュッセルの小便小僧とならぶ、世界三大、行くとがっかりする観光スポットの一つであるということを。

 

「でもなんか、そういわれると……」

「……逆に見たい、でしょう? わかります。僕もそうでしたし」

「あ、でも、付き合わせちゃうの悪いし。やっぱりいいや」

 

 この口ぶりから察するに、きっと彼は見たことがあるのだろう。人生二回も同じことでがっかりさせるのは偲びないというものだ。

 しかし彼はこんなことをいう。

 

「いいですよ。別に暇だし、腹ごなしがてら散歩もしたいし。お付き合いします。

 もう一回見たら意外と新たな発見があるかもしれないし……それに」

「それに? 」

「……がっかりするあなたのかおをみるのも、また一興かな、と」

「っ! ……いじわる」

「フッ……」

 

「……。ありがと」

「……いいえ」

 

 

 

 そうして見に行った実物の白いライオンは、確かに、これだけかぁと感じないこともなかったけれど……

 

 なぜだか、とても楽しくて。

 

 申し訳ないことに、期待されていたがっかり顔は、たぶん提供できなかった。

 

 

 

 

 

 帰り道、ショッピングモールの前を通りかかったので、ついでに買い物をしていくことになり、例によって互いに買いにくいものもあるだろうということで、彼とは少し別行動をしていた。

 待ち合わせ場所の屋上に、約束の時間よりかなり早くに到着してしまった私。設置されている遊具にはしゃぐ子どもたち、それを微笑ましそうに眺めるご老人、愛をささやき合うカップル……。そんな様々な表情の人々をベンチに座ってぼーっと見ていた。

 

 そのときだった。

 ふと目にとまる、みるからに悲壮な……いや、それを通り越して、もはや無表情な女性がふらふらと端にむかって歩いていく。

 

(……ま、まさか!? )

 

 その悪い予感は的中し、彼女は安全のための柵を乗り越え、すれすれに立つ。

 

「落ち着いて、ください……やめましょう」

 

 どうにか思いとどまってもらうべくそっと刺激しないよう声をかけると、はっとした表情を浮かべる彼女。

 

「っ! ……もう、いいの……」

「よくないです」

 

 気をとられている隙に、自分も柵を越え、ゆっくり近づく。

 

「……こないで!! 」

「……」

 

 周りの人々も気づきだし、騒ぎ出す。

 反射的に脳裏に鮮明に浮かぶヴィジョン(・・・・・)

 

(させない……もう二度と……)

 

 なんとか気を引こうと必死だった。

 

「おいしいもの、すきですか? 」

「は? 」

「いいですね。この国。おいしいもの、たくさん……」

 

 彼に聞いた、シンガポールの人は皆、食べることが大好きだと。というか、思いつかなかった。それくらいしか。

 

「もう、食べられなくなっちゃう。そんなこと、したら……」

 

 ゆっくりと、問いかける。

 

「もったいないですよ。そんなの」

 

「……ない……」

「……え? 」

 

「もったいなくなんて、ないっ! 」

 

 彼女の目から、あふれる涙。

 

「だって……! もう、いっしょにたべてもらえない! あのひとは、わたしじゃない……ほかの……っ……! 」

 

 その悲痛な叫びに事情をだいたい察する。

 

「もう、いいの。あのひとのいない世界なんて……生きている意味なんて、もう……」

 

「……また、いますよ。ちがう……。ちがったんですよ」

「っ! 」

 

(あと……すこし……! )

 

 彼女との距離をじわじわとつめる。

 

「ほんとうのひと……きっと、またいっしょに食べてくれるひと、現れますから……だから……」

 

「……死なないで」

 

「……あ、あなた……」

「……だから、ね? 戻りましょう? 」

 

 手を伸ばした瞬間だった。

 

 けたたましいサイレンの音が聞こえ、地上にはパトカーや消防車の、回転する赤い光がたくさん集まってきていた。

 

「はっ! ……わ、わかったようなこと、言わないでっ! 」

 もう、いいの!! わたしなんて……離して!! 」

 

「あっ! 」

(しまっ……)

 

彼女に振り払われ、バランスを崩した私は、まっさかさまに、落ちた。

 

(どうしよう……)

 

 落ちながら、考える。

 おそらく私は大丈夫だけれども、どうやって誤魔化すか。それが問題だ。

 

(まぁ、彼女が落ちるよりは……って!? )

 

 呑気にもそんなことを考えていた天罰か。目に飛び込んできた。衝撃的なものが。

 

 落ちてくる。彼女も。いよいよ絶望してしまったのか。

 

(そ、そんな……! )

 

「セシリアっ! 御願い、彼女を!! 」

 

 飛び立って行く、相棒。

 

(……。こんなことになるなんて……)

 

 まさかスタンド使いとか、そういうのとまったく関係ない……こんな事態に陥るなんて。

 死ぬ前には走馬灯というものがみえる、とはよく言ったものだ。けれども浮かんだのは、なぜか……

 

(……また、叱られちゃうな)

 

 そんなことだった。

 

(……ごめんなさい)

 

 目を閉じた、その刹那。

 

「ハイエロファントッ!! 」

 

 私の身体は受け止められていた。

 

 相棒の触手を、ロープのように木に巻き付けて、横から飛び出てきた彼に。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 屋上へ向かおうと思ったところだった。

 やたらと階下に警察やらが集まっているので、なにかあったのかと思ってはいた。吹き抜けから見える屋上を皆が見ているので、自分も見上げた。その矢先……

 降ってきたではないか……彼女が。

 しかもなにを考えたかセシリアがどこかへ飛び立つのも見えた。

 状況はさっぱりわからなかったが、とにかく受け止めねば……それだけだった。重力加速度的に、そのままでは力に耐えられないととっさに判断し、振り子のようにしてベクトル方向をかえてみたが、上手くいってよかった。

 目を瞬かせる腕の中の彼女に必死に問う。

 

「か、花京院くん……? 」

「だいじょうぶですか?! けがは? 」

「う、うん、だいじょうぶ……」

「よ、かった……」

 

 おもわず全身の力が抜ける。

 

「ご、ごめんね。ありがとう……」

「敵でも出たんですか? 一体何が? 」

「いや、それが……」

 

 曰く、自殺願望者を助けようとしたが、その人も自分も一緒に落ちてしまった、と。

 それにしても、だ。僕が言葉を発そうとした。そのときだった。

 

「貴方たち! 大丈夫ですか!? 」

「無傷だ! すごい! 奇跡だ! 」

 

 救急隊や、警官、レポーターなど大勢に囲まれていることに気づく。これだけ目立ったのだ。そりゃあそうだろう。

 そして、警官に問われる彼女。

 

「貴女、突き落とされましたよね? あの女性に」

「!? い、いえ、あの……。彼女が飛び降りようとしたのを止めようとして、足を滑らせた。それだけです! 」

「いや、しかし……」

「目の錯覚です」

 

 頑として言い張る。

 

(それはさすがに無理がある気がするが……)

 

 加えて僕も、こんなことを言われてしまう。

 

「すごいですね! 貴方も! 恋人のために自らの身を挺して……! 」

「「は!? 」」

「い、いえ、僕は……」

 

 返答に困っていると、彼女がいう。

 

「ち、ちがいます! その……えっと、彼は……! ……と、友だち……です!! 」

 

(え……!? )

 

 しかしそんな場合ではなかった。

 

「……僕たちは大丈夫です。お騒がせして申し訳ありません。では、これで」

 

 それだけ言い残すと、彼女の腕をつかみ、脱兎の如く駆けだす。

 去り際、彼女も叫ぶ。

 

「あっ! あの女性に、私は無事だと伝えてください! それだけ! 御願いします!! すみませんでした!! 」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「まったく、あなたってひとは! 」

 

 追手をまいたところで、彼に詳細を聞かれ、お叱りを受ける。

 

「なんでその状況でセシリアを放つなんて真似を! あのままじゃあなたが……」

「……。助けなきゃって、思って……」

「はぁ、勘弁してくださいよ、もう……。それは、あなたの美徳かもしれないけれど……」

「花京院くん……」

「……今度やったら、本気で怒りますからね? 」

「う……。ごめんなさい……」

 

(すでに、とっても、怒っている気がするけれど……あたりまえか)

 

 またやってしまった。と、ともに、私にはもうひとつ、謝らなければいけないことがあった。

 

「……あの、あと……さっき、ごめんね。

 友だちだなんて、私勝手に……」

 

 恋人なんて恐れ多い、と、つい発したことばだったが、それだって十分図々しい。しかもこんなことをしでかしてしまったのだ。なおさらだろう。

 

(……なりたかったな。いつか、ほんとに……)

 

 が、しかし、どうやらその言葉は火に油を注いでしまっただけのようだった。

 

「……そんなことよりももっと反省することがあるでしょう! 」

「は、はい……」

「人にスタンド使うときは考えろといったそばから! 」

「ごめんなさい……」

「まったく、無茶ばっかりして! 目が離せない……」

「うう……」

 

 耳が痛い。が、事実なのだから仕方がない。せめておとなしく叱られることにしよう。

 

「ほんっと、苦労しますよ。僕は……」

 

 と、そんな私に驚くべきことばがとびこんでくる。

 

「……こんな……友だち、をもつと」

 

(……え!? )

 

「い、今なんて……ひゃっ! 」

 

 たしかめたくて、踏み出した。

 

 しかしそこには段差があり、また転びそうになる。

 

「おっと! 」

 

 ……のをまた支えてもらってしまう。

 

「ご、ごめんね。ありがとう」

「……はぁ、もう、どれだけのうっかり屋さんだよ……」

「う、うっかり?! 」

 

 事実なので仕方がないのだが、恥ずかしさが頂点に達し、つい反論してしまう。

 

「こ、これでも昔はしっかりしてるって言われてたんだよ!

 学級委員とかしてたんだから! ……小学校のとき」

「……ぷっ、ふはははは! そうなんですか。それはすごい…ははははは!! 」

 

 彼の笑いはしばらく納まることはなかった。

 

「ちょっ! 馬鹿にしすぎでしょ!! 」

「ふふふ、すみません。馬鹿になんてしてないですよ。僕も、やっていました。学級委員」

「え、そうなんだ! あー、でも、なんかすごくそれっぽい……」

「そうですか? あなたと同い年で、同じクラスだったら、どんな感じだっただろう? 」

「あはは、一緒にやってたかもね。学級委員。

 うん、それいいな! だったら、……楽しかっただろうなぁ」

「……そう、ですね。きっと、すごく、ね」

 

「……さ、そろそろ行きましょうかね」

 

 そういって向けられた彼の背中をみつめる。

 

「……」

 

 たくさん、反省をしなければならない。もちろん。

 申し訳ないともすごくおもっている。なのに……。

 

 世話がやけると叱られ、うっかりものだと笑われて……

 にもかかわらず、どうしてこんなにうれしいのか……

 

 そんなの、わかりきっていた。

 

「……はい」

 

 こんな顔見られたら、また叱られてしまう。

 悟られないように、そのまま少し後ろを歩く。

 

 ちょっぴりいじわるで……

 でも、すごくやさしくて、あたたかい……

 

 私の『友だち』の。 

 

 

 

 

 

 

「はっ?! 」

 

 急に振り返る、彼。

 

「ど、どうしたの? 」

 

 後ろでしつこくにやにやしていたのを隠しながら問う私に彼はいう。

 

「いや、なんか視線を感じて……」

「敵?! 」

 

 緩みきっていた気持ちを引き締める。

 

「……いえ、もう去ったようです」

「そっか」

「気のせいだといいんですが」

「うん。ごめん、私のせいで目立っちゃったから……

「……。じゃあ、罪滅ぼしに、ひとついいですか? 」

「も、もちろん! なに? 」

 

「……付き合ってください」

 

「は!? へ!? え!? あ!? なっ……!? 」

「……このカフェに。

 僕、喉渇いちゃいましたよ。騒動で焦ったし。走ったし」

 

(な、なんだ。びっくりした……)

 

「あ、ああ、そうだよね。うん。そんなことでいいなら……」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 そうして入った喫茶店は、客も僕達意外にはおらず、静かで落ち着いた雰囲気だった。

 席に座り、注文後、うつむき黙り込む彼女。何かを考え込んでいるようだ。

 

「……」

「どうしました? 」

 

声をかける。

 

「ん……? あの人、大丈夫かな、って」

「……ああ」

 

 飛び降りた女性のことだろう。彼女に少し遅れて落ちてきた。が、さすがセシリア。完璧に護っていたのを僕は横目で見た。救急車に収容されていったが、あれは……。

 

「大丈夫でしょう。外傷はないはずです。ショックで気絶していただけですよ。おそらく」

「そっか。なら、それはいいんだけど」

「あなたが無事であることは、たぶん警察か病院の人が伝えてくれるでしょうし」

「それも、だけど……」

「……。また、繰り返してしまったら、ですか? 」

 

 頷く、彼女。

 

「あの人ね、すきな人が、ほかの人のところにいっちゃったって」

「ああ……」

「私、間違えたかもしれないな、と思って」

「なにをですか? 」

「言っちゃったの、私。その人は『ちがった』だけだからって。ほんとうの人がまた現れるからって……」

「え? 」

 

 その通りではないだろうか。現に想いが実らなかったわけだろうから。

 

「すごいよね。すきなひとのために、ある意味命を懸けたわけだから……」

「まぁ、そうかもしれませんね」

「そこまで想える相手だったなら……彼女にとっては、ほんとうの人だったのかもしれないって。

 ……たとえ実らなくとも。でも……」

 

 少しの沈黙のあと、ふたたびぽつりと呟く。

 

「赤い糸って、信じる? 」

「……小指の?」

 

 再び頷きながら、ゆっくりと言葉にする。

 

「……いるといいな。彼女に、現れてほしいなって……。

 その深い愛情がちゃんと報われてほしいなって……思って。だから……」

 

「わかりません。どう思ったかも、これからどうするかも、あの人次第です」

「うん……」

 

 しゅんと俯く、彼女。

 

「でも、これだけは言える」

「なに? 」

「あなたが助けなければ、そんなこと考える余地もなかった、ということだけは」

「あ……」

「なので、あなたが、救ったことは、伝えたことは……無駄では決してない。……はずです。

 たとえ、また同じ結論に達してしまったとしても」

「……」

「まぁ、個人的には、立ち直って、誰か別のほんとうの人に出逢って、あのとき死ななくてよかったと、そうなったらいいとは思います」

 

「でないとあなたが何のために……まったく」

 

「……。……ありがとう」

 

 いいつつ、彼女はまた、例のふわっとした笑顔を浮かべる。 

 タイミングがさっぱりわからない。

 いつもこうだ。この不意打ちをくらい、すっかり調子が狂ってしまう。

 

「だ、だいたいですよ。正面きって止めるより、落ちたらそこをセシリアで助ける、という方がスマートだったと思いますが」

「あ、そっか」

「まぁ、とっさにであれば、しかたない。

 声をかけずにいられなかったんでしょう? どうせ。あなたのことだから」

「むぅ……」

 

 そのときちょうど注文したものが運ばれてきた。

 

「さ、いただきましょうか」

「うん」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

(なんでもお見通しなんだから……)

 

 そんなことを考えつつ、唐突に気づく。

 

「はっ! そういえば、花京院くんは好き嫌い無いの? 甘いものとか、大丈夫だった? 」

 

 先程のかき氷も普通に付き合わせてしまったが、男性は甘いものが苦手な方も多いのでは、と今さらながら心配になる。現に今、彼の前に置かれているのはブラックのアイスコーヒーだ。

 

「ええ。だいじょうぶです。好きですよ、甘いもの」

「そう? なら、よかった」

 

 ほっとする。

 

「中でも、そのさくらんぼとか、大好物です」

 

 そして、私の頼んだクリームソーダに乗っかっている可愛い果実を指さしながらいう。

 ちなみにこれはショーケースを見て、どうしても飲みたくなったのだ。

透きとおった綺麗な緑。それに浮かべられた氷と次々に湧き出る小さな泡が光を反射して煌めいていて……

 なんだか、すごく似ている。

 なんておもってしまったからというのは秘密だ。

 

「そうなんだ。あ、じゃあこれあげるよ」

「いいんですか? 」

「もちろん。より好きな人に食べてもらった方がさくらんぼも幸せだよ、たぶん」

「ありがとうございます。なんか催促したみたいで、すみません。

 ……ではお礼に、ちょっとした特技があるんですが、見てもらえますか? 」

「なに? 見たい見たい! 」

「では……、……はい」

「うッ! さ、さくらんぼの茎が、あたかも花びらのようにッ!

 す、すっごーい!どうやってるの! めっちゃ器用! 」

「フフ……コツと慣れ、ですよ」

 

 絶対違う。とか思いつつも、本当に凄い。また彼の規格外さを目の当たりにしてしまった。

 

 そして、ふと思い出してしまう。下世話なひとつの噂を。

 

「でもさ、それってよく……、い、いや、なんでもないっ! 」

 

 恥ずかしくなって、飛び出かけた質問をあわててひっこめようとしたが、遅かったようだ。

 

「……わかりません」

「……はい? 」

「今、あなたの頭に浮かんでいるであろう質問に、お答えしたんです。

 あれでしょう? さくらんぼの茎が結べる人はキスが……ってやつ」

「う、うん」

「そう言われるとは思いましたが。わかりません、としか言いようがないんですよ。経験ないので」

「えっ!? そ、そうなの? ほんとに……? 」

 

 意外すぎて、つい驚きの声をあげてしまう。

 

「僕まだ高校生ですよ。そんなに変ですかね? 」

「い、いや、ごめん! 全然変じゃない!

 だってすっごくモテるだろうし、てっきり日本に彼女の三人や四人……」

「……ポルナレフに毒されすぎです」

「……ごめんなさい」

 

 そして逆襲の時が来る。

 

「そーいう、あなたはどうなんですか?

 華の女子大生……さぞかしたいそうなご経験がおありなんでしょうね? ええ? 」

「うぐ……」

 

 見栄を張っても、嘘をついても通用するまい……なにより、彼はちゃんと話してくれたのに自分だけ誤魔化すのは嫌だった。恥を忍んで真実を告げる。

 

「……ないよっ! 笑いたいなら笑えばいいよ……。

 生きる化石とでもシーラカンスとでも好きなように罵るがよいよ! 」

 

「落ち着いてください。誰にいわれたんですか? それ。言いませんし、 笑いませんよ。

 いいじゃないですか。それで。むしろそれがいい! ……。

 ……という男も、世の中にはたくさんいます」

「……そうなの? 」

 

「……信じて、まっているんでしょう? ……これ」

 

 そういって小指を指さす彼。

 

「うっ! ……うん」

 

(やっぱり、お見通しだし……)

 

「大事にとっといたらいいんですよ。

 初めてのキスは、だいすきなひととちゃんとしてくださいね。

 ……僕も、そうしますから」

「は、はい……」

 

「……」

「……」

 

「あー、もう、まったく、なんでこんな話になったんでしょうね」

「う、うん、ほんとにね……」

 

 やっぱり、今日のシンガポールの気温は特に高めらしい。

 

 そして、私は再び、人知を超えた…神がかった動きを目の当たりにする。

 

「……じゃあ、これ、いただきますね。レロレロレロレロレロレロ…。」

「うッ!!」

 

 赤い実を舌で転がす。凄まじいスピードで。

 あまりのその速さに、私の目には果実が無数にあるようにみえた。

 

「あははははは! すっ、すごいッ! はやいッ! 舌の動きが見えないッ!! すっごーーい! あはははは! 」

 

「レロレロレロレロ……」

 

「すごーい!! もう一回やって! あははははは!! 」

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、どうだった? ……デート」

「あはは、デートじゃないよ。でも楽しかったよ! ……すっごく」

 

 部屋に戻ったのち、アンちゃんに問われ、答える。

 そして、どうしても報告したいことを思い出す。

 

「そうだ! あのね、アンちゃん! 私たちね、友だちなんだ! 」

「へ……? 告白したの? 」

「はぁ? そんなわけないじゃない! 」

「そ、そうだよね。でも、それって、ふつう……」

「ふふ……! 」

「……? なんでそんなにうれしそうなの? 」

「は? 友だちだよ? うれしいに決まってるじゃない! ふふふふふ! 」

「……へんなの」

 

 

 

 ベッドに潜り、おもいだす。

 

(ああ、たのしかったなぁ……ふふ)

 

 ついにやにやしてしまうが、こんなことではいけない。

 

(ちゃんと反省しなきゃ。

 こんなんじゃだめだ。もっと。

 花京院くんみたいに、セシリアを生かしてあげられるようにならなきゃ……

 そのためにはどうしたらいいんだろう?

 今度お師匠様(アヴドゥルさん)に相談してみようかな)

 

 そして、おもう。

 

(……ふさわしいひとに、なりたいな)

 

(はっ! い、いや! 友だち! 友だちとして! )

 

(……そういえば、昼間の視線の主はやっぱり敵、だよね。気を引き締めないと。

 明日また花京院くんに聞いてみよう)

 

 

 

 

 




ま、また闘っていない……だと!?
ほ、ほら今回は、次回や今後の前振りなので、御勘弁くださいッ!
次回こそはちゃんと闘う、はず……(汗)

じゃないと、メチャゆるさんよなああああー!(by視線の主)

……というわけで、バックブリーカーされたくないんで、頑張ります。

にしてもファミコン懐かしいなぁ……80年代後半かぁ……。プレステとかみたらどう思うんだろ……。

もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?

  • そのまま4部にクルセイダース達突入
  • 花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
  • 花京院の息子と娘が三部にトリップする話
  • 花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
  • 読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!

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