雄英高校 特殊訓練場 通称『USJ』
災害事故現場を再現した施設で行われるはずだった1-Aの救助訓練は、ヴィラン連合を名乗る集団の襲撃によって危険な戦闘への時間と化した。
頼みの綱であるオールマイトは事情により現場に来ておらず、一瞬の隙をつかれて生徒たちをバラバラに飛ばされてしまったのだ。
さらに悪いことに、ヴィラン連合は教員だけでなく生徒の個性も調べ上げており、飛ばされた生徒は自分の不利な環境での戦いを強いられた。
たとえば、個性の性質上、熱や光が苦手な蛙吹や常闇は火炎が吹き出す火災ゾーンに。
音に関する個性を持った口田や耳郎は雨風によって音が遮られる暴風・大雨ゾーンに。
創造という万能の個性を持った八百万は、水中でその実力を発揮できないようにするべく水難ゾーンに引きずりこんだ。
こうやって生徒たちが実力を出せないようにしたうえでの襲撃。
このままでは雄英側が限界を迎えるのは時間の問題だ。
一刻も早い救援が必要なのだが、電波を初めとした連絡手段が妨害されている状況では、誰かが直接助けを呼びに行くしかない。
その任に一番適した個性をもった、クラスでトップの移動力を持つ飯田は、ビルの瓦礫が道に散乱する崩壊ゾーンに飛ばされていた。
「くっ、足元が悪い。少しでも早く救援を呼びに行かねばならないというのに!」
自慢の健脚を活かせない地形にほぞをかむような思いをしながら必死で進む飯田。
だが、そんな彼のもとに声が届く。
「待って、救けて……」
「む!? いま声が?」
救けを呼ぶ声に足を止め辺りを見渡すと、近くで俯せに倒れている少女の姿が。
何故こんなところに?
そう疑問に思うも、ヒーロー志望の性が出てすぐに駆けつけて助け起こす。
「おい、きみ。大丈夫か?」
「うん、大丈夫…………ちゃんと、捕まえたから」
「なに!? きみはッ!」
口元が弧を描き、危険な笑みを見せる少女の姿に飯田は罠だと気がつく。
が、もう遅い。飯田は彼女の瞳に囚われてしまった。
バラけさせられた生徒の一人。上鳴は崩壊エリアをさ迷っていた。
「くそー、あっちこっち道が塞がっててどっちに向かえばいいのかわかんねえよ!」
ヴィランに襲われ、突然一人で放り出された不安から文句を口にするも、目には涙が滲んでおり少々情けない顔になっている。
一人途方に暮れる上鳴に声をかける人物がいた。
「あらあら、これはまた情けない顔をしてるね」
「この声、ミクモちゃん? どうして……」
ここに? と、続けようとして言葉を失う。
なぜなら、彼女は全く知らない表情をしていたのだから。
「ウフフ、ミクモ? 知らないなぁ……僕の名前は出久だよ?」
「え、えっ? 違う名前? いや、ここにいるってことは……」
「そうだよ。残念でしたぁー。あなた、騙されちゃったの!」
カラカラと笑いながら裏切っていたことを告げる出久に上鳴は絶句せざるをえない。
いったい、いつから? もしかして、最初から?
ぐるぐると思考がまとまらず、足元がおぼつかなくなるような感覚に上鳴は目の前が真っ暗になったようだった。
そんな心の隙につけこむように魔性の言葉を投げかける出久。
「騙そうとしていてごめんね。でも、勘違いしないで。キミと会ったのは偶然なんだよ? そう、たまたまキミが雄英の生徒だった。それだけなんだ」
まるでこうして騙していたのは自分の本位ではなく、偶然、上鳴が雄英の生徒だったからだと、
先ほどみた邪悪な笑みに警戒していた心も、〝人を惹きつける個性”によって薄められていく。目の前の少女を危険だと感じることが維持できない。
敵意も警戒心も溶かされて、無防備になった心は、哀れ魔性の天女の掌へ……。
寸前、その手を叩き落とす存在がいた。
「そいつから離れろ、クソアマ!」
「ハァ……まったく、良いところなのに邪魔しないでくれないかな?」
爆炎をまき散らしながら現れた爆豪に出久はうんざりした様子で距離をとる。
「爆豪、おまえ知り合いかよ!?」
「黙れ、黄色頭! あいつの言葉に耳を傾けんな!」
爆豪が現れたことや、出久と知り合いということなど驚くやら混乱するやら忙しい上鳴。
そんな上鳴を一喝したあと、爆豪は出久へと鋭い視線を向ける。
「久しぶりだなァ、腹黒女。どこかに消えたかと思ったらやっぱりロクでもねえことをやってやがったか」
「フフッ、僕がキミに何してるかなんて教えてあげる義務はないよ。それに、僕がその〝ロクでもないこと”とやらをすると分かっていて何もしようとしなかったのはキミでしょ?」
睨む爆豪を出久は嘲笑う。
見ていただけの無力な奴だと言外に告げる出久に爆豪はギリリと奥歯を噛みならす。
「てめぇは、あの時俺が止めてなきゃいけなかったんだ! 死ねェ! 腹黒女ァ!!」
過去のある日、あの放課後の中学校の校舎で何もできずに見送ってしまったことを思い起こして叫ぶ爆豪。
あの日、周囲に人はおらず二人きりで邪魔するものもいなかったあの時こそ、このヴィランを止める最大のチャンスだった。
そう後悔する爆豪はその負債を清算するべく、目の前の魔性の少女へ攻撃を仕掛けた。
だが、爆豪の思いとは裏腹に出久は冷めた表情でその叫びを戯言だと聞き流している。
「〝あの時”? それっていつのことを言ってる? きっとキミの思っている〝あの時”じゃ遅すぎるよ。僕を止めたければもっと前じゃないと……ずっと昔にチャンスはあったのにね?」
「何を言ってやがる!」
攻撃を優雅ともいえるようなステップで躱しながらどこか呆れた様子の出久。
爆豪が問い返しても、ただ熱のこもらない声ではっきりと答えは返さない。
「分からないならそこまでだよ。キミにボクを止める資格なんてない。だから、僕がキミを相手にする必要もない」
「さっきからわけの分からないことを! 真面目に戦え、クソ女!!」
出久へさらに攻勢を強めようとしたところで、何者かが横から突然攻撃を仕掛けてきた。
その誰かを確認した爆豪の目が、驚きに見開かれる。
「てめぇ、いったいどういうつもり……いや、おまえ、何をしやがった!」
襲撃してきた相手に問いただそうとして、途中で何かに気が付いて出久へと怒りを向ける。
その視線を受けた出久は愉しそうに笑って種明かしをはじめだす。
「ウフフ、彼って生真面目なんだね。素直というかなんというか……あっさり僕の暗示にかかってくれたよ」
「クソメガネが! 簡単にやられてんじゃねえよ」
攻撃を仕掛けてきたのはクラスメイトの飯田だった。
簡単に暗示に引っかかった味方を罵倒しながら戦いへと移っていく。
もともと容赦のない性格と言えど、クラスメイト相手ではどうしても手加減しなければいけない部分が出てくる。
これでしばらくは出久へと意識を向けることはできない。
ならば、先ほどの獲物に手を付ける時だ。
「ねぇ、上鳴くん。僕はこうしてヴィランだけど、上鳴くんは僕の味方になってくれるよね?」
「……あぁ、俺はミクモちゃん、いや、イズクちゃんの味方だぜ」
上鳴の返事を聞きほくそ笑む。
術中にはまった。そう確信した出久は邪魔な爆豪を排除するべく口を開く。
「じゃあ、僕の敵になった爆豪くんを倒すのを手伝ってくれる? やってくれるとうれしいなぁ」
「……出久ちゃん、それは無理、かな」
「なっ……いま、なんて言ったの?」
確実に魅了の効果は受けているはずなのに反抗され動揺する出久。
うろたえる出久とは対照的に上鳴は冷静に話し始めた。
「俺、バカだからさ。イズクちゃんにいままで騙されてたって分かってもまだ好きなんだよなぁ……」
「ッ! それは、僕の個性にかかってるってことでしょ!? なのになんで……」
言うことを聞いてくれないの!?
喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込み、睨みつける出久。
いままでなかった状況にその理由を知るべく、上鳴の言葉に意識が向けられる。
「なんかさ、イズクちゃんの個性とかなんなのか知らないけど、そんなのに関係なく俺、本気で惚れちゃったみたいなんだよね」
「なにそれ、わけが、分からないよ」
予想外の答えに戸惑う出久。さらに上鳴は言葉を重ねる。
「自分の好きな子が間違ったことしてたら、止めてあげるのが当たり前だろ?」
「当たり前……当たり前だって!?」
その言葉に出久が激昂する。彼女の心の何かに触れたのだ。
「知るはずないだろう! そんな〝当たり前〟なんて! 僕のことなんて何も知らないくせに、キミと僕を一緒にするな!!」
「イズクちゃん、俺は――」
「うるさい、うるさいうるさいうるさい!! キミは要らない! 消えてしまえ!!」
いままでの様子も投げ捨てて敵意をあらわにする。
その内心は荒れに荒れていた。
幼いころから好意を向けられてきた出久だが、それらはすべて彼女の個性が引き起こした〝贋物”ばかり。
贋物の好意。
贋物の善意。
それらの贋物の上に成り立つ人間関係。
自分に向けられる人の好意・善意を信頼することができない。
それが緑谷出久という少女の本質。
人を信じられないから利用して、支配して安心する。
それが魔性天女と呼ばれるヴィランの正体だった。
思わぬところで自らの闇深い部分を突かれ、心の余裕をなくした出久。
そのなくした心の余裕は、攻撃性となって現れた。
「イズクちゃん、俺の話を――痛ッ!」
鬼気迫る表情に変わった出久へとなおも声をかけようとした上鳴だったが、投げつけられた千本鍼が左腕に突き刺さり苦悶の声を上げさせられた。
鍼なので大きな傷ではないが、毒が塗ってあるらしくヒリヒリとした痺れが刺さった部分から広がっていくのを感じる。
「待ってくれ、話をしようイズクちゃん」
「フッ、シャアァア!」
命の危機を感じる状況で、まだ説得するという選択肢をとった上鳴であったが、返事は短い呼気と共に繰り出された首元への一撃だった。
なんとか避けたものの、右ほおをかすめて一筋の傷跡を残す。
「いてて、ハハッ、猫みたいだな。イズクちゃん」
「よく知ってるね。〝猫手〟っていう暗器なんだ、よ!」
恐怖心をごまかすつもりで冗談を言ってみたが、攻撃が休まる様子はない。
出久の指にはいつのまにか爪のような刃物が取り付けられていた。ついでにそれにも毒が塗ってあるらしく、かすめた頬が熱を持ってきている。
猛攻は続き、上鳴はひたすら耐えるしかない。
そうして限界を迎えた上鳴は膝をついてしまった。
「これで、もう終わりだね」
「グッ、ハハハ、好きな子に……見下ろされるのも、悪くない、な」
「最後まで減らず口を」
首へ爪を突き立てられれば死ぬ状況で軽口をたたく上鳴に出久は顔を歪める。
どこまでもイラつかせる相手だ。さっさと死んでもらおう。
そう思い振り上げられた手は――
「させるか! クソ女!!」
「ぐぅッ、毎回毎回邪魔をして!」
振り下ろされることなく爆破によって弾き飛ばされた。
爆豪が、戻って来たのだ。
「クラスメイトはどうしたの?」
「んなもん、何発かぶん殴ったら元に戻ったわ! いまは近くで休んどるわ、クソが!」
「ようは、気絶させたってことでしょ。本当、乱暴な人」
こうなったからには爆豪も相手するしかない。
覚悟を決めて爪を構えた出久だったが、それは無駄に終わった。
彼女の側に黒い靄がかかったのだ。
「黒霧さん!? これはいったいどういうこと?」
「緑谷出久。作戦は失敗です。オールマイトをはじめとしたヒーロー数名が現れ、脳無が倒されました」
「失敗? どうして? 救援が来ないように妨害はしてたはず」
「どうやら定期的な連絡がないと、誰かを向かわせる手筈になっていたようです。それで――」
「調査不足だったってこと? いや、雄英が新しく対策を立てたのか……」
雄英側の救援が駆け付け、かつこちらの切り札が倒された状態。
つまりは〝詰み”である。
「あなたが来たってことは、死柄木くんの判断は撤退ってことだね」
「ええ。主だったメンバーは既に回収済みです。あとはあなただけ」
「そう……じゃあ、そういうことだから、かっちゃん。続きはまた次回。では、ごきげんよう」
黒い靄に包まれて消え去る出久。
「クソが、待ちやがれ! クソ、クソ、チクショウがぁ!!」
目の前でまんまと逃げられ、吼える爆豪。
「イズクちゃん……俺は……」
朦朧としながらも無力さをかみしめる上鳴。
ヴィラン連合の襲撃はこうして退けられたが、雄英には浅くない傷として残されることとなったのだった。
――――ヴィラン連合 アジトにて
「イズクちゃん、どうかしたですか? ヒーローになにかされた?」
「トガ、ちゃん。いまの世の中じゃ、僕たちは暮らしにくい。そうだよね?」
どこか縋るように見つめる出久をトガはそっと抱きしめる。
「大丈夫ですよ、イズクちゃん。ヒーローに何を言われたのか知らないですけど、
「そう、だね。そうだよね、トガちゃん」
トガに背を撫でられ、落ち着きを取り戻し始める出久。
上鳴の言葉で揺れ動いていた心はピタリと元の場所に戻る。
思い起こすのは幼少のころ。まだ個性が発現したてのあのころだ。
『かっちゃん、最近みんなの様子がおかしいんだ。僕、怖いよ。どうしたらいいの?』
『ハァ? おまえの個性のせいでならおまえがなんとかしろよ。何とかするまで俺に近づくなよな』
幼いころに一番仲の良かった幼馴染から振り払われた思い。
自身の個性に対する不安を誰も分かってくれない。
誰も本当の自分を見てくれない、理解してくれないと思う絶望。
それが緑谷出久・魔性天女の
同情した? その気持ちも彼女は利用してくれるでしょう。
キアラモチーフにしてたけど、行動原理はどっちかというとメルトっぽいなぁ、とか書いてて思ったり。
ちなみに、
Q.『かっちゃん、どうしたらいいの?』
A.「なんだよ、仕方ねえな、デクは。俺がなんとかしてやるよ」
⇒ヒロインルート
A.「ハァ? おまえでなんとかしろよ。近づくなよ気持ち悪い」
⇒魔性天女ルート
だったり。かっちゃん、選択肢ミスってるで?