2018/09/24 投稿
いずく功夫H
人は生まれながらに平等ではない。
「諦めたほうがいいね」
緑谷出久は齢4歳にしてその社会の現実を突きつけられていた。
「昔“超常”黎明期に一つの研究結果が発表されてね。足の小指に関節があるかないかって流行ったの。で、出久くんには関節が2つある。この世代じゃ珍しい……何の“個性”も宿っていない型だよ」
白いひげと眼鏡が特徴的な老医者が事務的に説明をしていく。
人類の多くが“個性”と呼ばれる特殊体質となったこの社会で……出久は“個性”のない人間、“無個性”であることを医学的に証明されてしまったのだ。
出久が憧れるヒーローという職業は、命の危険がある職業だ。無個性であるということは非常に大きなハンデだった。
つまり、事実上、出久の夢はここで否定されてしまったわけである。
「超かっこいいヒーローさ。僕も、なれるかなぁ」
「ごめんねえ出久、ごめんね……!!」
その晩、すがるように問いかけた自分の夢への希望は、謝罪の言葉と母の涙で否定されてしまった。
翌日、出久は失意のまま公園で一人過ごしていた。
「どうして僕には個性がないのかなぁ……」
誰もいなくなった公園で、一人ブランコに腰掛ける出久。
その独白にはどうしようもなく悲しさがにじんでいた。
どうして自分だけ。どうして他の人は当たり前のようにあるのに。どうして? なんで? 何故?
そんな答えの出ない自問自答を続ける出久は、ふとした瞬間にも泣き出しそうだった。
「ほう、こいつは驚いた。いやいや、長生きはしてみるものだな」
「だ、誰?」
突然、声をかけられて顔を上げる出久。そこにはいつの間にいたのか薄汚れた老人が目の前に立っていた。
驚く出久に構わず、その老人は話を続ける。
「君は世にも珍しい仙人骨を持って生まれてきたのだな」
「仙人……骨?」
「そうだ。かつて大昔に仙人や真の達人と呼ばれた人々がその身に宿していたと言われる骨のことさ。それが、君にある」
いきなり現れて訳の分からないことを言われたと、普段なら思う出久であるが、その言葉をすんなり受け入れていた。
何せ、昨日の医者から“他の人にはないモノがある”と言われていたのだ。それも骨があるとかないとかの話だったような気もする。
老人の言葉を聞いた瞬間に、『あっ、このことだ!』と出久が考えたのも無理はない。
「幼いのに全身の骨と筋肉がしっかりしておる。うむ、百年に一人の逸材だ! カンフーの天才だ!」
「ホント!?」
「ああ! 我地獄に行かずして誰が行く。悪を正して不正を戒める。それがお前の使命だ」
老人の言葉は諦めていたヒーローを目指すことを後押ししてくれるような言葉であった。
目を輝かせて、出久は老人のことを見つめる。
その期待に応えるかのように、老人は懐から一冊の本を取り出した。
「これは値段が付けられないほど価値のあるものだが、これも何かの縁。3万円で売ってやろう」
「……わかった。待ってて!」
老人の言葉を受けて、急いで家に帰った出久は自分の部屋にある貯金箱手に取る。
毎日少しずつため込んでいたオールマイトの100円貯金箱だ。ちょうど、最近溜まったばかり。
これも運命を感じる。
ただ、大好きなオールマイトの姿をした貯金箱をお金を取り出すには壊さなければいけないことは少し躊躇したが。
「オールマイト、ごめんなさい!」
出久が振り下ろした腕がオールマイトの姿を砕く。
いずくのいちげき! オールマイトちょきんばこはくだけちった。
いずくは¥30,000てにいれた。
こうした犠牲を経て手に入れた武術の教本を、それから出久は毎日読み漁り、それに従って修行をする。
“如来神掌”とタイトルが付いたその教本は武術の動きが描かれた挿絵が入っていたので、文字が読めない幼い出久でも問題なく修行を積むことができた。
そして、ある程度の自信が付いたある日の事。
「やめるんだ、かっちゃん! 泣いてるだろ! これ以上は僕が許さないぞッ!!」
「“無個性”のくせにヒーロー気取りか、デク!」
同い年の子供をいじめていた幼馴染の爆豪の前に立ちふさがる出久。
いわゆるガキ大将である爆豪が、自分に逆らう幼馴染に機嫌をよくするわけもなく。
片手から爆破の個性を使って威嚇しながら近づいてくる。それも、取り巻きの2人の友人も一緒に。
だが、出久は恐れることなく修行で覚えた武術の型を構えて対峙する。
「来い、かっちゃん!」
「生意気なんだよ、デクのくせに!」
今こそ、修行の成果を見せつけるとき!
「うぅ……」
「無個性のくせに逆らおうとしてんじゃねえよ、クソデクが」
倒れ伏す出久に唾を吐き捨てて立ち去る爆豪たち。
出久はボロボロになって地面に倒れていた。
積み立ててきた自信は既に粉々だ。
そんな状態になってふと思う。
「僕、騙されてたのかなぁ……」
悔しさで涙があふれる出久。
社会の現実はひたすら厳しかった。
中学生になった出久。気が付けば高校進学のための進路調査を受ける年齢になっていた。
そして、その結果がクラスに伝えられた結果、非常にマズイ状態に追い込まれていたりする。
「こらデクゥ!」
「おわっ! 危ない!?」
幼馴染の爆豪に机を爆破され床を転がっていた。
それもこれも、進路希望先を雄英高校のヒーロー科にしたことを先生がばらしてしまったからだ。
プライドの高い爆豪が、無個性の出久が自分と同じ高校を受験することなど許せるはずがなく、こうして脅されてしまっている。
「“没個性”どころか“無個性”のてめぇがあ~、何で俺と同じ土俵に立てるんだ!?」
「いやいや、無個性は駄目って規定もないし……やってみないとわかんないし!」
「なァにがやってみないとだ!! 記念受験か!」
爆豪の言葉はクラスメイトも同意のようで、出久を見る目には嘲りの色が浮かんでいた。
クスクスと笑い声が教室のあちらこちらで上がる。
出久には、味方はいない。
――放課後。
「話はまだ済んでねーぞ、デク」
「あっ」
帰ろうとしたところへ、爆豪が出久の持ち物である本を手にとって待ったをかける。
騒ぎを聞きつけて爆豪の友人たちが近くに寄ってきた。
「カツキ、何それ?」
「武術書? マジか!? 緑谷~~!!」
「良いだろ!? 返してよ」
爆豪の手にある武術書を見て笑う友人たち。
無個性の出久が頼った武術という選択肢を馬鹿にしていた。
「ハンッ! こんなもんやったところで、無個性のおまえがヒーローなんか無理に決まってるだろ。どこまでも現実が見えてねえんだなァ!?」
「ああっ!?」
そんな努力は無駄だとでもいうように、手の上の本を爆破して窓から投げ捨てる。
分相応をわきまえるように、言い聞かせるべく言葉を続ける爆豪。
「そんなにヒーローになりてえなら、来世は個性が宿ると信じて、屋上からのワンチャンダイブなんつーのはどう……オィィィ!?」
「僕の武術本がーッ!」
最後まで言い切ることができなかった。
出久が投げ捨てられた武術本を追いかけて窓からダイブしたのだ。
ホントにダイブするとは思わないじゃん!?
「やべえ、あいつ死んだか!?」
「フザけんな! あのバカ」
友人と慌てて窓から下を覗き込めば、地面にうつぶせで倒れ伏している出久の姿が。
あ、まずいことになったかもしれない。
顔を青くする爆豪たち。
だが、その心配はすぐに払しょくされた。
「うぅ……何するんだよ、かっちゃん!」
「う、うるせえ! 何するんだはこっちのセリフだ、クソが」
「この本高いんだよ? 爆破するなんて何てことするのさ!」
「そっちかよ!? クソナードが! 表紙しか焦がしてねえよ。中身は読めるだろーが!」
「みみっちい!?」
言い争いを始めた二人。どうやら無事のようである。
大きな事件にならなかったと分かった友人たちは既に帰り支度を進めていたりする。
爆豪もだんだん馬鹿らしくなってきた。
「そんなことしてると、いつか因果応報、天罰が下るからね! かっちゃん」
「ハッ! アホらし。帰る」
出久の言葉を戯言と受け取って無視することにした爆豪。
そのまま友人たちを追って教室から出て行ったのだった。
「ダメだ! これ解決できんのは今この場にいねえぞ!」
「誰か有利な“個性”が来るのを待つしかねえ!」
『ク、クソがあああ!! こんなヤツに俺が呑まれるか!!』
出久の言葉が現実になったか、爆豪は帰り道にヘドロヴィランに襲われ、人質として呑み込まれそうになっていた。
必死で抵抗するも、ヘドロは体にまとわりついて一向に剥がれる気配がない。
周囲にいるヒーローも手を出すことができなくて、救けはもう少しかかりそうだった。
そんな絶望的な状況で、諦めが爆豪の心によぎった時――
「馬鹿ヤロー、止まれ止まれ!」
「かっちゃん!」
『なっ、クソデク!? なんで!?』
人ごみから飛び出してきたのは、無個性で格下のはずの出久だった。
当然、ヘドロヴィランは飛び出してきたパンピーなどに考慮してやることなどなく、排除するべくヘドロの腕を伸ばす。
誰もが悲惨な光景を覚悟した、が、しかし。
「あ、当たらねえ!? 何だ、この動き!?」
特殊な歩法を使っているのか、またはヘドロヴィランの動きを見切っているのか、攻撃はことごとく出久をハズれていく。
とうとうヘドロヴィランの前にたどり着いた出久は爆豪の腕をつかみ取った。
「デク、てめぇ!」
「クソガキが! 何をしても無駄だ!」
「コォォォ……」
ヘドロヴィランが出久を叩き潰そうと質量を増大させた左腕を振りかぶる。
危険が迫る中、出久は呼吸を深く、丹田に気を貯めて一気に全身にいきわたらせるよう意識を集中した。
「破ッ!」
「うおおお!?」
気迫一撃。
ヘドロに押し当てた掌に地を揺らすような踏み込みと共に全身の力を伝えて吹き飛ばし、爆豪を救出した。
中国武術における発勁や寸勁と呼ばれる技だ。
救けた爆豪を背後に投げ捨て、ヘドロヴィランと決着をつけるべく右手を前に突き出すように構えをとる。
「クソ、クソガキが!」
「“如来神掌” 絶招……」
邪魔をした生意気な子供を消し去るべく、ヘドロヴィランが触手のように手を伸ばす。
合わせるように飛び出した出久は次々と掌打を打ち込みヴィラン本体に近づいていく。
「なんだ、何なんだ、このガキはァ!?」
「これで、終わりだァ!」
五行山・釈迦如来掌ッ!
最後の全力の一撃がヘドロヴィランを巻き込んで大きく風を巻き起こし、周囲の炎すら消し飛ばす。
ヴィランも意識を失い、事件は解決したのだった。
「おい、デクゥ! てめえ!!」
「あっ、かっちゃん!?」
「かっちゃん、じゃねえんだよ! あの後、さっさと逃げ出しやがって!」
「だって、なんか面倒が起きそうだったから……」
事件の後、周囲のヒーローたちをすり抜けて立ち去った出久。
その後を追いかけてようやく、見つけた爆豪が声を荒げていた。
その目には怒りが宿っている。
「てめえ、実力を隠してやがったな。なァ、オイ……俺を騙してやがったんだろォ!?」
「そんな、隠してたなんて……ただ、見せるまでもなかったというか――」
武術の達人クラスの実力だったことを黙っていたことを怒る爆豪に対し、出久は武術を見せる機会がなかったから仕方がないと返事をした。
が、爆豪は違った受け取り方をしたようで。
「なンだよ。俺ごとき、見せるまでもないってか? ……ずいぶん、上から目線じゃねえか、アァン?」
「そうじゃないよ! だって、僕が武術をしてるからってかっちゃんには関係ないじゃないか」
「相手にもならねえってか? 上等じゃねえか! クソナード、てめえ、雄英受けろ! そこで白黒はっきりつけてやる!」
そう言い捨てて立ち去る爆豪。
呆然と見送る出久は一言呟いた。
「いや、かっちゃんに言われるまでもなく受けるって言ってたじゃん……」
爆豪が聞こえてなくてよかった。
聞こえていたらまた一悶着あっただろう。
残念ながら、武術書にはコミュニケーション能力は指導していないのである。
これは、幼いころに武術で挫折を味わった上で努力を続けた結果、達人クラスになってしまった緑谷出久がヒーローを目指す物語だ。
何気なく拙作の『たとえば』シリーズでヘドロヴィラン初登場です!
たいていの世界線だと、オールマイトにお縄にされちゃってるからなぁ。出久くんが邪魔しないので。
この世界線は、オールマイトがその場にいなかった世界線だと思ってください。
謎の老人について。
『本物』で、出久くんの才能を本当に見抜いていた。
『贋物』の詐欺師だったけど、出久くんが努力して実力を身に着けた。
どちらでも解釈可能。各自お好みで解釈してもらって結構です。
活動報告で更新予告してます。
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