近日中と言っておきながら、この遅さ。
今回は轟家!
時を少し遡った頃の話。
緑谷出久14歳。
中学生にも関わらず、天才的なゲーム開発能力を買われてゲーム会社で開発を任されている出久。
そんな彼は今、とても困った事態に直面していた。
「どうしても無理かね?」
「え、ええと、それは……」
目の前に座る男性の威圧感にタジタジとなる出久。
オールマイトにも並ぶほどの巨漢の男性の名は轟炎司。ヒーロー・エンデヴァーであった。
“ヒロオン”とのコラボのために開発責任者の一人である出久と打ち合わせをしに来ている。
その際に、出久からエンデヴァーに要望を聞いたところ、その要望がとんでもないものだったのが出久を困らせている原因だったりする。
その要望というのも……
「なんとかしてオールマイトよりも人気を出せるようにしてほしい!」
「え、えええ!?」
エンデヴァーからの要望はただ一つ。
“オールマイトのイベントよりも人気が出る内容で”とのこと。
正直言えば、無理難題もいいところなのだが。
そもそも何をもって「より人気」と言えるのか不明な上に、比較対象がオールマイトであるというのが厳しい。
目の前に座るエンデヴァーからのプレッシャーに耐えながら出久は必死で考えを巡らせる。
『どうするどうするどうする? エンデヴァーのキャラでオールマイトよりも人気にするにはどうしたら……』
オールマイトとエンデヴァーという二人のヒーローの特性を比較した際の大きな差異として“支持層の違い”がある。
No.1ヒーローのオールマイトは支持層が幅広く老若男女を問わず多くの人々から支持を得ている。
一方、エンデヴァーの支持層は20代~30代男性と大きく偏っており、威圧感のある外見や冷徹な対応などのせいで一部からは逆に嫌われてすらいる。
ネットで「エンデヴァー」と検索した際に、予測変換で2番目に「嫌い」三番目に「恐い」と出てしまうほどだ。
それでもNo.2ヒーローとして長らく君臨していられることこそ、他の追随を許さない実績の高さを物語っているわけだが、いかんせん今回はゲームのコラボの話だ。
現実でどれだけ実力があるといえども、一般人にしてみれば関係ない話。
真っ先にとっつきにくいイメージが来るのでどうしようもないところだ。
かといって、万人受けするようなキャラにエンデヴァーを変えるわけにもいかない。
むしろそんなことしてしまえば、エンデヴァーの持ち味を殺すことになってしまう。
難題を前に悩む出久。その脳裏にまたしてもダンディーな外国人男性が浮かび上がった。
『何? エンデヴァーのキャラが変えられなくて困っている? それは万人受けさせようとするからだよ。
逆に考えるんだ。“人気なんてなくたっていいさ”と』
その言葉を受けて出久はアイデアを思いつく。
エンデヴァーを皆に好きになってもらう必要などないのだ。まずは一部から熱狂的な支持を得ることから始めよう!
「エンデヴァー、一つお聞きしたいんですが……指導・教育にご興味はありますか?」
「チクショウ、今回の“ヒロオン”のイベントはなんで人数が限定されてるんだよ」
「しょうがないだろ。前のイベントのランキング上位者にしか参加できないんだから」
ゲームの中で運営からのお知らせを見ながら文句をいうプレイヤー二人。
今回発表されたイベントは、前回のイベントの上位ランキング入賞者に対するご褒美イベントであったため、多くのプレイヤーたちは参加できずにいたのだ。
そういう事情はあらかじめ分かっていたものの、どうしても悔しい気持ちは口から出てきてしまう。
「俺も参加したかったな……エンデヴァーのイベント」
そう、今回皆に望まれているのはあのエンデヴァーのイベントなのだ。
ヒロオン内に設けられた特設会場に複数の人影が動き回っている。
「違う! もっと動きの流れを意識しろ! 一つの行動を次の行動につなげるように動け!」
「そぉだ! 個性の出力を微調整できるようにするのだ!」
「「「「はい!」」」」
エンデヴァーの檄にプレイヤーたちが元気よく返事をする。
雄英高校の巨大体育館γ並の広さを持つ板張りの武道場に声が響き渡った。
まるでヒーローの訓練施設のようなそれはまさしくその見た目通りの目的のための場所である。
No.2ヒーローエンデヴァーの指示のもとプレイヤーたちが
そうしてクエストをクリアするたびにステータスや個性の能力の上昇、スキルやアビリティの獲得をすることができるというのがこのご褒美イベントの内容だ。
それも名付けて『炎のエンデヴァー道場』である。
上位入賞者のみの参加という人数制限を設けたことで“イベントに参加できる”ということそのものに価値を持たせた意図は、一応は成功を見せた。
高いハードルを越えた先にあるボーナスステージという、ゲームでは昔からある人気の要素を取り入れたのだからそれなりの成功は見込めたわけだ。
言ってしまえば、“エンデヴァーのイベント”でなくともウケるイベントを最初に用意し、エンデヴァーというヒーローの特性に関わらずに人を集めるようになっている。
だが、これだけではエンデヴァーの求めるオールマイトのイベントよりも人気になるという目的は果たせない。
大事になってくるのはここからだ。
人数が制限されたことで、各プレイヤーに対する個別対応を実現。
今回のイベントではまさかの各プレイヤーに合わせて
それもNo.2プロヒーローが監修し、直接指導してくれるという形式で……だ。
ついでにクエストの内容も現実的なものが多く、そのまま現実世界でやればヒーローを目指すための訓練になりそうな内容だったりする。
まるでヒーロー科の授業を受けているかのような内容に、世間の一般人の多くは参加できたプレイヤーを羨んだ。
また、一部で不安視されていたエンデヴァーの指導も、蓋を開けてみれば的確なアドバイスに熱血的な指導が好評となった。
熱血で優秀な指導者という今まで見られていなかった意外な一面を知られることで、新たなエンデヴァーのファンを獲得できた相乗効果まであったのだからエンデヴァー本人も大満足。
この影響を受けて新たにヒーローを目指す視聴者の悩みを相談、アドバイスをするwebチャンネルを開設することとなった。
ヒーロー志望が多いこの世の中で、No.2ヒーローがそのための努力の方法を教えてくれるという企画は反響を呼び、また多くのファンを得ることとなる。
めっきり「熱血指導者」のイメージがついたエンデヴァーは一部からは「エンデヴァー先生」「エンデヴァー師匠」と呼ばれ親しまれ始めた。
不思議なもので一度別のイメージが付くと、いままでの行いも違った捉え方をされるようになるもので。
「ファンサービスをしないのは治安維持っていうヒーロー活動を優先している結果なんだ。ストイックなヒーローなんだよ」
「上昇意識が高いって言うけど、それは権力的なことじゃなくて自分の能力を高める向上心の意識の高さなんじゃないか?」
などなど、いまだにアンチは多く存在するものの、支持層を広げることにも成功している。
そんな順風満帆な感じもあるエンデヴァーだが、現在、大きな悩みを抱え込んでいた。
――ヒロオン内 はずれのタウン
人のあまり多くないタウンの公園で、一人の女性がベンチに座って待ち合わせをしていた。
白髪に黒い瞳で、どこか儚い雰囲気を持ったその女性の名前は轟冷。
そう、エンデヴァーの妻である女性だ。
過去に精神を病んで以来ずっと入院したままであったが、今日はそのリハビリの一環としてVRのゲームの中にログインしていた。
目的は夫であるエンデヴァーと話をすること。
現実世界では直接エンデヴァーと会うことは、冷本人がエンデヴァーに対して恐怖を感じてしまうため医者に止められていた。
だが、アバターで見た目を変えられるVR世界ならば、その恐怖も軽減できるのではないかということでこうして場を設けられたわけなのだった。
もちろん、本人が無理だと思えばすぐにログアウトすることができるという安全策があることも、実行しようと決めた理由の一つだったりする。
そういういろいろな事情から実現した久しぶりの夫との会話だが、冷は緊張を隠せない。
何を話せばいいのか。そもそも、まともに話をすることができるだろうか?
そう考え始めればどんどんと不安が大きくなっていってしまい、気が付けば約束の時間よりもずいぶんと早く待ち合わせ場所に着いてしまっていた。
何度も時刻を確認してはその針の進む遅さにため息を吐きそうになる。
「すまんな。待たせてしまったか」
「あっ、はい、いいえ。あな……た?」
物思いにふけっているところに夫の声がして、慌てて声をあげた冷だったが、困惑で言葉が詰まってしまった。
「あの、あなた……ですよね?」
「ああ。俺だ」
思わず本人なのか確認してしまう。
間違いなく、目の前にいるのはエンデヴァーだ。なのだが!
「その姿はいったい?」
「……俺の姿そのままではおまえを怖がらせることになるからな。頼んで作ってもらった特別製のアバターだ」
腕を組み、いつもの尊大な態度はそのままのエンデヴァー。
しかし、だが、その姿はとてもキュートな姿になってしまっていた。
身長30㎝ほどにデフォルメされたぬいぐるみのような姿のエンデヴァー。
いわゆる、『ミニエンデヴァー』であった。
まぁ、この姿に恐怖を抱けという方が難しいのは確かであるが、せっかくの久しぶりの夫婦の再会がこんなのでよいのだろうか?
とりあえず、恐怖から会話が成り立たないということはなさそうなので、成功ということにしておこう。
「それで、元気だったか?」
「え、ええ。いつもと変りなく過ごしてます」
「そうか。…………そうか」
お互いベンチに座って会話を始めるのだが、ぎこちない雰囲気で会話が続かない。
エンデヴァーは何を話せばいいのか分からず、相槌を打ってそのまま黙り込んでしまった。
一方、冷の方でも困惑で会話が続かない。
なぜなら……
『ベ、ベンチに座るために必死に上る姿が可愛い! え? え? この可愛い生き物が私の夫? ええっ!?』
エンデヴァー本人に自覚はないが、デフォルメされた姿で動き回る様子は可愛いの一言に尽きる。
まさに冷の内心は『私の夫がこんなに可愛いわけがない』状態である。
恐怖に感じていた夫が、デフォルメされてぬいぐるみになっていたら、そらそうなるであろう。
お互いに会話が続かない空気に負けてか、エンデヴァーは次に行動を移しだした。
インベントリを呼び出してアイテムを選択し、手元に用意をする。
「ん、おまえへのプレゼントだ。受け取れ」
「あ、ありがとう。お花、ですね」
ぶっきらぼうに手渡されたのは一輪の花。
No.2ヒーローのエンデヴァーが渡すにはなんともこぢんまりとしたプレゼントだった。
だが、冷にとっては嬉しいモノだ。
「フフッ、覚えていてくれたんですね」
出会ったころに一度だけ好きだと伝えたことのある花。
けっして自分のことを全く見ていないわけではないのだと、そう知ることができるプレゼントだった。
嬉しそうにほほ笑む冷に対し、エンデヴァーは不機嫌な表情で返事をする。
「これしか知らんからな。俺は」
お前の好むモノなど。と、自嘲混じりに吐き捨てる。
自分の不甲斐なさが身に染みて感じられたのだ。妻の好みもろくに知らないのだから。
「……なら、もっと知ってほしいです。私のこと」
「……おまえに対して酷い扱いをした俺が、か?」
冷から告げられた言葉に、エンデヴァーは信じられないというように顔を向ける。
今更ながら感じるのは、自分の罪。
だが、目の前の、自分が不幸な目に遭わせてしまった女性はそれを許すというのだろうか?
「私もあなたのことをよく知りません。何が好きで、何が嫌いで、そして何に苦しんでいたのか。夫婦だというのにお互いのことを何も知らなかった」
「それは、そうだな」
「ええ。だから、私たちはお互いのことをこれからもっとよく知っていく必要があると思うんです」
「これから、か……」
過去のことは変えられなくとも、未来のことは今から変えられると告げられているようで。
その言葉はエンデヴァーの心に何か感じ入らせるものがあった。
そうなってみて口から自然と出てきたのは、謝罪の言葉だった。
「すまなかったな、冷。すまない、すまなかった」
謝罪の言葉と共に泣き始めるエンデヴァー。
その涙はVR世界のまがい物だが、その心だけは本物だ。
「あなたの泣いたところなんて初めて見ました。フフッ、これで一つあなたのことが新しく知れましたね」
「情けないところを見せたな……ところで、なんで抱き上げるんだ?」
「せっかくこんな可愛い姿なんですから、いいじゃないですか」
「いや、よさんか。おい、聞いているのか!?」
先ほどまでとは違い、穏やかな会話を続ける二人。
離れていたお互いの距離が近くなっていくのが感じられたのだった。
平和なヒロオン世界なんだから、轟家の問題も解決してやる!
と、思って書き始めたら思った以上に時間がかかりました。
轟家は拗らせすぎなんだよ!