『私、ヒーローになりますわ!』
そう力強く宣言する百お嬢様の姿が脳裏に残って離れない。
本格的に進路志望を決める時期となり、第一志望を雄英高校ヒーロー科とした際にご両親に告げていたものだ。
かつて憧れていたヒーローを目指すとお嬢様に言われたが、たいして心を動かしていないことに自分でも驚く出久。
日本を出ていくくらいに心を悩ませていたのに10年もすればこれだ。
昔の自分の悩みなんて今振り返ればそんなものである。
『10年間の執事修行に比べれば……よそう。思い出すのはいろいろとヤバイぞ!』
修行内容を思い出し、身を震わせる出久。過酷な修行だったな……。
〝貴様がウォルターの弟子か……いいだろう、教育してやろう! 豚のような……悲鳴を上げろ!”
超一流の執事たちに超一流の技術と精神を叩き込まれた――若干執事以外からも教育を受けたが――今となっては大抵のことは何とかなるような気がする。
というより、今の出久ならヒーローにすらなれるだろう。
『というか、ヒーローになるより執事になるほうが大変って、普通じゃない気がしないでもない。うわ、僕の師匠たち、人外すぎ!?』
改めて自分の師たちのデタラメさを痛感し、一人ガックリする。
まぁ、おかげで自分に自信が持てるようになったし、執事という仕事も自分の天職のように感じているので不満は無いのだが。
「奥様、ご相談とは?」
百の母親に呼び出され、お茶の用意をしながら話を聞く出久。
奥様の用件は当然のことながらお嬢様のことであった。
「あの子、ヒーローを目指すって言ってたけれど、危険も多いお仕事。心配でもあります。この先、娘は大丈夫かしら?」
娘の将来を心配する母親の言葉に出久は心が温かくなるのを感じた。
「百お嬢様なら大丈夫ですよ。心も体も頭脳もどれも優秀で向上心があるお方ですから」
「そうね。それは分かっていますの。親バカかもしれないけれど、娘は優秀だって。それでも心配になりますの」
ほぅ、とため息を吐く奥様。
母親として娘のことが心配というのは当然と言える。
そんな家人の不安を黙って聞くのも執事の仕事だ。
「はぁ……いっそ、高校にもあなたがついて行ってくれれば安心なのだけれど……いえ、むしろ、そうしたほうがよいのではないかしら?」
「お、奥様?」
奥様の天然暴走の気配を感じ、慌てる出久。
だが、経験則に従えば、この場合、大抵は止まらないのが常なわけで……
「そうね。それがいいわ! 緑谷くん、娘と一緒にヒーロー科に通ってくれないかしら?」
「奥様……」
当たり前のようにヒーロー科へ通うように言われ、思わずあっけにとられる。
国内最難関の高校だと理解しての言葉だろうか? それとも自分なら大丈夫という信頼のあらわれ?
どちらにせよ主が望まれたのなら執事のすることは一つ。
「八百万家の執事たる者、お望みとあらばヒーローにすらなってみせます」
――――雄英高校。一般入学試験日。
お嬢様は一足早く推薦入試に合格しており、今日受けるのは出久だけだ。
少し前、母親の我儘と自分のために進路を決めさせてしまったことを百お嬢様が心配していたが、昔の夢を叶えるのだと思えば否というわけはない。
それに、お嬢様がヒーローを目指すならば執事として側にいられると思えば問題はない。むしろ大歓迎だ。
「しかし、奥様といい、お嬢様といい、僕が合格すること前提で話すのだものなぁ……」
これは期待に応えねば、と、張り切る出久に怒鳴る人物が。
「俺の前にボサッと立ってんじゃねえよ。クソモブが!!」
「これは失礼……んん!?」
振り向いて謝罪したところで相手を見て固まる出久。
薄い金髪に赤めの三白眼で口の悪い男子学生。
出久の記憶の中にヒットする人物が一人いる。
『かっちゃん!? こんなところで会うなんて、すごい偶然だ』
久しぶりに会う幼馴染へと言葉を探すが、現実は無情だ。
「さっきからなァに人の顔をじろじろと見てやがんだ、クソモブが。喧嘩売ってんのか、アあン!」
「……いえ、知り合いに似ていたもので。重ね重ね失礼しました」
残念なことに相手は覚えていなかったり。
まあ、10年も前のことだし仕方ないよなーと思いつつも残念な気持ちになる出久。
「かっちゃん、なんでさ……」
師の一人である料理長の口癖が思わず出てしまうくらいのガッカリ具合。
ただ、その幼馴染を擁護させてもらえば、原因は出久の方にもあると言える。
モジャモジャ頭でヒョロヒョロだった幼馴染が10年ぶりに会ったら、長髪をオールバックにしたそれなりにガッシリとした体格の少年である。
気づかなくても仕方ない部分はあるだろう。
というか、出久くん、キミ変わりすぎである。師匠たちに魔改造されたともいうが。
ハイ、スタートー!
プレゼント・マイクの開始合図により実技試験が始まる。
すでに大学卒業を出来るほどの学力を持つ出久にとってこの試験こそ本番であったが、始まってみれば何の問題もなかった。
持ち込み自由ということで出久が選んだのは師匠であるウォルターの〝特技”であった。
習得は難しいが、応用が利くこの技術は出久も気に入っている。
「フゥ、こんなもんかな?」
余裕の表情で試験をこなしていく出久に周囲は驚きの声を上げる。
「すげえ、何をしたのかわからねえけど、ロボがバラバラだ」
「手を軽く振っただけでこれかよ。何の個性だ?」
周りの声に惑わされることなく、着々とポイントを稼ぐ出久。
無個性の出久に超常の力はないが、その分身に着けた技術があった。
『鋼糸術』―極細の特殊なワイヤーを操り切断や拘束をする技術で、人をも簡単に殺害できるほどに強力な技術だ。
ゆえに、ヒーローを目指すならば殺さないように手加減もする必要があるのだが、そこの心配は師匠たちによって充分教育されているので問題はない。
そうして試験を進めて時間も半分を過ぎようとした頃に、大きな変化が訪れた。
巨大な破壊音。0Pヴィランの登場だ。
「ずいぶんとまあ、試験にお金かけてるなぁ……ん? あれは?」
建物ほどの大きさのあるロボットを目の前にしても冷静に分析を進める出久は、その足元で瓦礫に足を挟まれて動けない女の子を見つけた。
ヒーローなら救けて当然の状況。ならば、することは一つだけだ。
「人命救助もヒーローの仕事。いや、困ってる女の子を見捨てたらエミヤコックに怒られるな」
薄く笑みを浮かべながら建物から飛び降りつつ、鋼糸を張り巡らせ、次々と0Pヴィランを拘束していく。
そうして地面に降り立った出久は倒れている女の子に声をかけた。
「早く逃げて! ここは僕が抑える!」
「で、でも!」
「いいから、早く! そう長くは抑えてられないから」
出久を放って逃げることを躊躇する少女に出久は急かすように声を張り上げる。
力を分散させるように鋼糸を張ったことで動きをなんとか抑えているのだが、ギリギリと嫌な音が伝わって来て残された時間はそう長くないと察せられる。
耐えられなくなるのはもうすぐか……と、思案しているうちに、鋼糸ではなくビルのほうが耐え切れなかったようで一部が崩れ落ちて糸がたわむ。
瞬間、ロボの腕が振り上げられてつられて宙に身を躍らせる出久。
高々とロボの頭上まで持ち上げられ、ただで落ちれば命が危ない状況となった。
「やってくれたな、人形め! なら、スクラップにしてやる!」
体勢を整えた出久は獰猛に顔を歪め、鋼糸を一気に操って勝負を仕掛けた。
手首、首、指、腕、足首……
装甲の無い構造の弱いところを狙って鋼糸を絡ませ、一気に引き絞る!
「なっ、0Pヴィランが!?」
「バラバラになったァ!?」
0Pヴィランを倒した出久はそのまま重力に従い落下していく。
このままでは落下死は確実。
それを救けに駆け付ける人物があった。
「もう少し、こっち! 手を伸ばして!」
「キミは、さっきの?」
ロボの残骸に乗ってこちらに上ってくるのは先ほどの少女。
伸ばされた手をつかむと身体が軽くなり、落下速度が落ちる。彼女の個性のおかげだ。
それでできた時間の余裕を使って出久は彼女を抱え上げ、建物に張り巡らせた鋼糸を編み込んで急場の足場を作り、空中に一時的な避難所を作る。
「へ? うわあ! 空中に立っとる!?」
「大丈夫だよ。丈夫にできてるから。個性を解除してもいいよ。負担、減らしたほうがいいでしょ?」
「あ、うん。ありがと……うぅ~~~~」
個性を解除してホッとしたところで、自分の状態に気が付いて悶える少女。
いわゆるお姫様抱っこという状態なわけで。
同世代の男子にされているというそれだけでも恥ずかしいのに、現在は空中で注目をあびているとなればそれは赤面ものである。
「暴れないで。すぐに降りるから、ね?」
「うぅ、はい。……イケメン力すごいやん」
同世代とは思えないほど落ち着いた態度で笑みを向けられて、黙らざるを得ない。
束の間の空中散歩を終えて地面に降りたらもう腰が抜けて立てなかった。
「大丈夫? まぁ、無理もないよね。あんな高いところにいたんだし」
「はい、ダイジョウブデス。(そうじゃないんだけどなぁ)」
ちょっとズレた心配をする出久に少女は内心ため息を吐く。が、ドキドキタイムは終わらない。
「あれ? 頬に傷ができてる。少し血も出てるね」
「あ、転んだときにできちゃったかな。あはは」
「放っておくのは良くないね」
スッと清潔なハンカチを取り出し、少女の頬に手を添える出久。
なお、女の子の顔に触れるというのに下心なくやっているのは某コックの教育の賜物である。うん。
「え、あ、こ、ここまでしてもらわなくても! というより、試験は!? 私のことは放っておいていいから!」
「もう時間もそんなにないから結果は変わらないさ。それより、怪我した女の子を放っておくほうが問題かな」
キミがこうして動けないのも僕を救けにきてくれた結果だから責任くらい取らせて?
と、笑顔で言われてしまえば「ひゃ、ひゃい!」と、返事をするしかなくなる女の子。
そうこうしているうちに試験終了となった。
「ああ、終わったね。いろいろ迷惑をかけてごめんね」
「ううん。こっちこそ救けてくれてありがとう。私、麗日お茶子っていいます」
「そういえば、名前も知らなかったね。緑谷出久です」
いまさらながら名前も知らなかったことを思い出し、自己紹介をする二人。
試験会場を去るようにアナウンスが流れ移動を始める。
「終わっちゃったけど、結果どうなるんだろう。思ったよりポイント稼げなかったし……」
「麗日さんなら大丈夫だよ。きっと合格してる」
「な、なんでそう言い切れるん!? 私よりポイント稼いでいる人いるのに」
不安をこぼしたお茶子に出久は合格を断言してあげた。その理由を尋ねるお茶子に出久はフッと笑みを浮かべ、
「確証はないし、予測でしかないんだけどね。ただ、言えるとしたら、『
「え? それって……」
目を見開くお茶子に、更衣室への分かれ道が来たので別れを告げて去る出久。
短い間だったけど強烈なインパクトを残した彼の背中を見つめていたお茶子はハッと気が付いた。
「あ、ハンカチ。私、持ったままだ」
自分の血の滲んだ白いハンカチ。そのまま返すのも申し訳ないだろう。
「雄英高校で、入学式の時に返そう」
また、会えるよね? と、小さくつぶやくお茶子。
その願いはもうしばらくして叶うこととなるのだった。
1.没案~ハンカチの使われ方~
「うっぷ、オロロロ」
「大丈夫? これを使って」
「ありがとう。ハンカチ、汚れちゃった」
「気にしなくて大丈夫だよ」
↓
「あ、ハンカチ。私、持ったままだ」
ゲロインはロマンが無さすぎるので。てか、フラグアイテムがゲロ付きハンカチは嫌じゃ!
2.先生の採点
プレゼント・マイク「あの0Pをバラバラにしちまうなんざ、超エキサイティングだぜ!」
救助ポイント高得点!
ミッドナイト「お姫様抱っこで空中散歩だなんて素敵だわぁ。そのあとのやり取りなんかも青春で……好み!」
救助ポイント高得点追加!
イレイザー・ヘッド「おい、そんな理由で得点を入れるな。だからこの試験合理的じゃないんだ」
ナチュラル女たらしのフラグ回収完了です。
原作で話しかけられただけでドキドキしていた出久くんなんか形も見当たらないぜ!
後半は戦闘訓練!