魔法少女リリカルなのは~魔王の再臨~   作:シュトレンベルク

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思いつきで書かれた話ですが、面白ければ幸いです。


過去の一幕

 王の器とその選定者。それは古代ベルカ時代よりも以前から存在したシステム。選定者が当代最高と思しき人物を選定、或いは生み出す事で世界を変える王をこの世に降誕させる。新世界の王は旧世界の王を喰い破り、王となる事でこの世に降誕する。それはまさしく卵から孵る雛のようで――――

 

「なんだ……なんなのだ、貴様は!」

 

 されど生まれる者は惰弱な雛にあらず。旧き物とは言えども、一つの世界を滅ぼす者である。総てをその無双の咢で喰らい尽くす者。その威容をあえて言葉で語るとするならば、神話に語られる龍が如く。同格の英雄でもない限り、誰もその肉を切り裂く事すら叶わない。

 

「なんだ、とは随分な言い方だ……とは言うまい。誰であろうと俺のような存在を見れば、そのような感想を抱くのは至極当然のことだろうからな」

 

 そう語る男の周りは美しい朱色で染まっていた。誰もがその美しさに、男の持つ力と威容に動く事すら叶わなかった。何人かは呼吸すら忘れ、その光景を見つめていた。まるで、新世界の誕生をその目に映しているかのように、その瞬間を見逃すまいとしているかのように。

 

「あぁ、しかし、名も名乗らないというのは少々不義理に尽きるという物だろうな。故、名乗らせてもらおう。

初めまして、旧世界の王。俺の名はソロモン。ソロモン・アクィナスだ。選定者に選ばれた、この世界を変える運命を持つ者だ」

 

「なっ……ふざけているのか、貴様は!旧世界の王だと!?選定者に選ばれた程度で神様気分か!?この我を舐めるのも大概にしておけよ、若造が!」

 

「ハハハッ。そうだな。それぐらい息が良くなければ、こちらとしても食いでがないという物。その点だけは評価させてもらおう。まぁ……結局、俺がやる事は変わりないのだが」

 

 空間が歪む。ソロモンから放たれる魔力に空間が耐え切れず、まるでガラスを割ろうとしているかのように空間を歪ませる。これがソロモンの全力ではなく、恣意的な行動でしかないという事がソロモンと他の者たちの間にある絶対的な差だった。選定者に選ばれた最高の王の器――――新世界を統べる王。

 

「ニェル・カウスティ・オルフェ・ヴェイン・グルドーン王。あなたは何故、この戦乱において名を挙げようとしない?」

 

「……なに?」

 

「今の時代は名を挙げる絶好の機会だろう。誰しもが己の欲を満たそうと争っている。この場にいる者たちもそうだ。民に重税を課し、己たちは悠々自適な生活を行っている。他の諸王にしてもそうだ。この広大なるベルカを統一せんと動いている。だが、貴様はどうだ?今の生活を守ろうとしているではないか」

 

「……それがどうした。今の生活を守ろうとする事の何が悪いという!人であれば至極当然の、当たり前の事ではないか!」

 

「無論、それはその通りだ。しかし、それは王の役割ではない。王の役割は民を栄えさせ、国を栄えさせる事だ。現状を維持させる事ではない。周りの国々を見渡してみればいい。ほぼ総ての国家が戦争に備えて準備している。何もせずにいるのはこの国ぐらいだ。おかげでスパイは入り放題……国が荒れるのも当然だな」

 

「貴様……!」

 

「貴様の治世は今日を持って終わりだ、グルドーン王。心配せずとも、最低限の生活は保障してやる。少なくとも死にはすまい。愚鈍であったとしても、貴様も王であったのだ。その程度の敬意は払ってやろう」

 

「この我を……侮るなぁぁぁぁぁッ!」

 

 グルドーンが立ち上がる。傍に立っていた兵士から剣を奪いとり、ソロモンとの距離を詰める。その動きはとても滑らかな物であり、相当な鍛練を積んでいる事が窺えた。騎士として活躍できる程度には、グルドーンは強かった。しかし――――ソロモンからすればその程度でしかなかった。

 

「起きろ、■■■■■」

 

 ソロモンの声に反応したかのように右人差し指にある指輪に大量の魔力が注がれていく。すると、ソロモンの背後に巨大な魔法陣が現れた。その魔法陣から荒々しい外見の龍が現れた。謁見場の天井まで届く背、そしてその身から放たれる威圧感は見た事がなくとも龍と同じ物だと分かった。

 

「ふむ……しかし、少々手狭だな。吹き飛ばせ、■■■■■」

 

 ソロモンが指を鳴らすと同時に龍が咆哮する。それと同時に謁見場から上の部分が木っ端微塵に砕け散り、その咆哮と同時に曇天の空が切り裂かれたかのように晴れていく。それはまるで世界がソロモンが王となる事を祝福しているようで――――その場にいたグルドーンを除く総ての存在がソロモンを王として認めた瞬間だった。

 ソロモンも■■■■■を退かせ、足を進める。腰を抜かして倒れ込んでいるグルドーンを無視し、玉座に着いた。騒ごうとしたグルドーンも周りの兵士に気絶させられ、牢に放り込まれた。そんな無様な姿をさらすグルドーンを無視し、ソロモン王は再び人差し指を鳴らした。すると、まるで時間が戻っていくように壊れた城が完璧に復元された。それはまるで神の御業の様であった。

 

「……これよりこの俺が、ソロモン・アクィナスがこの国の、この世界の王となる。それに不満がある者、認められない者は出てくるが良い!ベルカの掟に習い、力によってこの俺を屈服させてみよ!それができないと言うのならば、この俺に従え!」

 

「いいえ、アクィナス……いえ、我らが新しき王たるソロモン王よ。私共は貴方様に絶対の忠義を誓います。あなたこそ、このベルカという世界を統べるに値する御方であると認識いたしました」

 

「ほう……名乗れ。この俺に絶対の忠義を誓うと言ってのけた酔狂者よ。俺はつい先程まで王だった者から権力を簒奪し、この席に着いた。そんな俺に絶対の忠義を、だと?貴様は易々と王を変える尻軽か?」

 

「……そう仰られても仕方なき事かと存じ上げます。私は元筆頭騎士クリスフォード・エトランゼ・アルメニウスと申します。王よ、私は王の力を眼にいたしました。その瞬間に理解したのです。あなたこそが、ベルカを統べる王だと。私はあなたの覇道を共に歩きたいと思いました。どうか、この身をその一助にしていただきたいのです」

 

「騎士として生まれた以上、貴様の役割とは王を守る事ではないのか?」

 

「確かに。それは王の言う通りでございましょう。されど、私は騎士であると同時に一人の男でございます。男であるのならば、頂点という座に憧れるの至極当然の事。自分がそこには至れずとも、その場に至る御方の一助となれるのならば、それは本望という物でございます」

 

「……言うじゃないか。ならばその力、戦場にて示してみせるが良い。もはや、この国は他国からすれば絶好の獲物だ。近日中に戦争を起こされたとしても、なんらおかしくはない。それを防ぐ責務が貴様にはあるはずだ。なに、心配する必要はない。俺がお前たちを勝利に導いてやろう」

 

 その瞬間をその場にいた者たちは生涯忘れる事はなかった。ソロモン・アクィナスの――――ソロモン王の戴冠は帝国が生まれるターニングポイントであったからだ。その後、周辺の国家を征服した上で惑星一つを制覇したソロモンはベルカ戦役に堂々と参戦した。

 諸王乱立時代とも言われた古代ベルカ時代において、ソロモンは次々と国家を屈服させた。しかし、その国を治めていた王を無碍に扱う事はなかった。それ故に反乱を起こす国はほとんどなかった。政治体制によってはその別ではなかったとはいえ、ソロモン王に金や権力といった物に対する興味が一切なかったからこその判断だった。

 

 彼は、ソロモン・アクィナスは贅沢な生活をしたかった訳ではない。多くの人間を屈服させる事ができるような権力が欲しかった訳ではない。彼はただ、一度きりの人生で名を挙げる事もなく死んでしまう事が嫌だっただけだ。歴史に名を刻むとまではいかなくとも、せめて名もない大衆では終わりたくなかっただけだ。ソロモンという一人の人間は選定者に選ばれるまで、そんな小さい事しか考えていなかったのだ。

 

「……懐かしい夢だ。戴冠したての頃とはな。確かに、あんな感じだったな。いや、本当に懐かしい」

 

 気付くと、ソロモンは様々な絵画が飾られている美術館のような場所に訪れていた。その絵画は映像資料の様に見ていると勝手に動き始めていく。他にある絵画も自分の記憶にある場面を切り取ったような絵ばかりだった。即ち、ここはソロモンの記憶の保管所、といった所だろう。

 

 ソロモンにとって、若かりし頃の自分を見つめると言うのは心情的に来るものがある。大人にとって子供の頃にした事を見つめ直すというのが心に来るのと同じ理屈だ。今のソロモンにかつて自分が抱いていたような感情は一切として残っていない。それは実際に歴史に名を残したからではない。自分の思っていたことが杞憂であると分かったからだ。

 たとえ歴史に名を残せずとも。そこにいたという証は確かにそこにあるのだ。いつか時の流れによって消え去ってしまうとしても、いつか誰の記憶にも残らぬ日が来たとしても。自分はそこにいたのだと、少なくとも自分が覚えていられたのなら。それだけで良いのだと、ソロモンは思う事ができる。だからこそ、そんな衝動は今のソロモンの中にはない。

 

「あの頃は怖かった。父も母もおらず、天涯孤独の身として暮らしていた。だからこそ、名を残したかった。そういう意味で言えば、ジェイルとの出会いは寧ろ運命であったのかもしれんな」

 

 その昔、ジェイルとソロモンは出会った。ソロモンが様々な国を放浪し、最も名を挙げやすい国がどこか探しまわっていた。商才などを持ち合わせていたため、様々な国を渡り歩く事に不便はなかった。だからこそ、本来は帝国の以前に存在した王国も適当にやり過ごすつもりだった。武具を扱う技量には困っていなかったが故に、盗賊などが襲ってきても適当に追い返していた。

 ジェイルと会ったのもそういう時だった。偶々自分の道の先で盗賊に襲われかけていたジェイルを助けた。ソロモンからすれば、偶に行っている程度のお節介でしかない。ジェイルもこの時は純粋にお礼を言っただけだ。礼代わりに奢るから街で食事をしないか……と誘おうとした。

 

「急に眼をキラキラと輝かせ始めていたな。なんだ、こいつは唐突に気持ちの悪い、と思った物だ。実際、あの顔は今でも正直気持ちが悪いと思う……」

 

 心底気持ち悪そうな表情を浮かべながら、別の絵画に足を運び始めた。ソロモンの人生には様々な事があった。聖王との戦いだけに納まらず、ソロモンは様々な王と戦った。その上で自らの支配下に置いた王も手ずから殺した王もいた。思惑が交錯した事で生まれた争いもあった。

 

「思えば遠くに来たものだ……ただの一介の商人が今では歴史に名高い魔王様だ。まったくどうなるかは分からない物だ。多くの人と物を見てきた。そんな俺がまた現世に現れるとは……これもまた、お前の策略なのかな?■■■」

 

 ソロモンが振り返ると、その先には一人の男性が立っていた。ソロモンが凛々しい男性だとすれば、目の前に立っている男性は優しげな雰囲気をしていた。ソロモンと目の前に立っている人物には似通っている部分がまったくなかった。けれど、二人はどことなく同じような雰囲気を漂わせていた。

 

「そうではないさ。本来、消える運命(・・・・・)にあった私が何を間違えたか君の中に入った。理由は……私の方が訊きたいぐらいさ。君と私はこんなにも違うのに……どうして私は此処にいるのかという事をね」

 

「そんな事まで俺が知っている訳がないだろうに。ただ……俺たちは同じだ(・・・・・・・)。自分の人生にそれなりに満足している。いや、お前はそうでもなかったか?だが、それでも、託す相手を見つけることはできただろう?」

 

「うん、そうだね。彼になら、最後まで託すことが出来た。僕は何の力にもなれなかったけれど……彼の人生が幸多き物である事を願っているよ」

 

「ならば、良いじゃないか。俺もお前も最早どうにもできない場所まで来ている。今は新たに生まれた時間を楽しむとしよう。いつか……俺が総ての指輪を取り戻した時にはまた語り合おう」

 

「……私の事を思っていっているのなら、それは不要だ。私と君はどこまでも行っても違う人間だ。こうして私がここにいる事がそもそも不自然な状態なんだ。君が消えろと言うのなら、私は消えるだけだよ」

 

「馬鹿か。どうして此処にいるのか分からない奴が、消える方法なんて分かる訳ないだろう。それに、そんな理由じゃないさ。ただ、俺がお前と酒でも飲み交わしながら語り合いたいと思っただけだ。それでは、不服かな?」

 

 ソロモンの口振りに■■■は少しの間呆然としていたが、すぐに笑い始めた。しかし、ソロモンはそれを怒りはしなかった。ソロモンも■■■もお互いの事を分かっている。魂レベルで互いを理解し合い、けれどそうではない一人の人間として向き合いたいと願っている。

 ふとソロモンが上に視線を向けると、何かが崩れるような音を立てながら上から光が差してきた。その光景はつまり、時間切れという意味だった。泡沫の時の終わりを理解し、ソロモンはため息を吐いた。こんな風に互いが互いを認知した状態で話せる機会は滅多にない。それ故に惜しいと言わざるを得なかったが……■■■は微笑を浮かべながら、口を開いた。

 

「……分かったよ。またいつか、君が総ての力を取り戻した時に語り合おう。その時には話してあげるよ。僕が見続けた彼の、――――の物語をね」

 

「ああ、是非とも聞かせてくれ。それでは、またいつか」

 

「……うん。またいつか」

 

 そうして一夜の幻想は崩れ去る。彼らが対面していた証拠など、どこにも残りはしない。誰の記憶にも残っていない。それでも、彼らだけは覚えている。いつか、共に酒を飲み交わしながら話をする約束をした相手がいる事を。その為に必要な事をしようと思っている事を。

 

――――たとえ、それが終わりを迎えた幻想だとしても。彼らは決して諦めない。だって、彼らはそれを一人の男から学んだのだから。


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